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事件 平成 1年 (ワ) 1987号
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裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 1993/01/22
権利種別 実用新案権
訴訟類型 民事訴訟
主文 一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨1 被告は、原告Aに対し、金五〇〇万円及びこれに対する昭和六三年一〇月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 被告は、原告東栄光学工業株式会社に対し、金五〇〇万円及びこれに対する昭和六三年一〇月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
4 仮執行宣言二 請求の趣旨に対する答弁 主文同旨
当事者の主張
一 請求原因1 原告東栄光学工業株式会社(以下「原告東栄光学」という。)及び原告A(以下「原告A」という。)は、左記の実用新案権(以下「本件実用新案権」といい、
その考案を「本件考案」という。)を共有している。
記(一) 登録番号 第一六六七三三四号(二) 考案の名称 双眼鏡(三) 出願日 昭和五三年四月二五日(四) 公告日 昭和五七年一〇月二〇日(五) 登録日 昭和六二年一月二九日2 本件考案の実用新案登録出願の願書に添付した明細書(昭和五九年四月一四日付け手続補正書(甲第六号証)により全文訂正されたもの。以下、単に「本件明細書」という。)の実用新案登録請求の範囲の記載は、次のとおりである。
「レンズ筒及び押え環を合成樹脂材により成形し、前記押え環は短筒状の環体として、その外側周面に刻目を穿設せしめて波形面として形成すると共にこの波形面の凸面がレンズ筒の内壁面に圧接する外径を有して形成され、押え環の下面にはその内周側に段部を備えると共に外周側を環体より小径とし且環体より肉薄の延長環部を固設突設せしめて形成し、この押え環をレンズ筒に圧入押圧して延長環部でレンズとレンズ筒との間隙に挿入位置せしめ、そして超音波または高周波振動を与えることにより押え環の外側周面をレンズ筒の内壁に溶着せしめて構成した双眼鏡。」3 本件考案の構成要件は次のとおりである(以下、構成要件のうち、
(一)の要件を「要件(一)」と表示し、他の要件についても同様に表示する。)。
(一) レンズ筒及び押え環を合成樹脂材により成形し、
(二) 前記押え環は短筒状の環体として、
(1) その押え環の外側周面に刻目を穿設せしめて波形面として形成すると共に、
(2) この波形面の凸面がレンズ筒の内壁面に圧接する外径を有して形成され、
(三) 押え環の下面には、
(1) その内周側に段部を備えると共に、
(2) 外周側を環体より小径とし、
(3) かつ環体より肉薄の延長環部を固設突設せしめて形成し、
(四) この押え環をレンズ筒に圧入押圧して延長環部でレンズとレンズ筒との間隙に挿入位置せしめ、
(五) そして超音波または高周波振動を与えることにより押え環の外側周面をレンズ筒の内壁に溶着せしめて構成した双眼鏡。
4 被告は、別紙被告製品目録に記載の双眼鏡(以下「被告製品」という。)を業として製造販売している。
5 被告製品の構造は、以下のとおり、本件考案の要件(一)ないし(五)をすべて充足している。
(一) 被告製品は、レンズ筒及び押え環が合成樹脂材により成形されており、要件(一)を充足している。
(二) 被告製品は、押え環は短筒状の環体として、その押え環の外側周面に刻目を穿設せしめて波形面として形成すると共に、この波形面の凸面がレンズ筒の内壁面に圧接する外径を有して形成されており、要件(二)を充足している。
被告は、その押え環に遮光部が設けてあり、波形面が遮光部の外周に該当する部分にのみ設けられているにすぎないから、要件(二)を充足しない旨主張するが、
仮にそうであったとしても、波形面は押え環の外周側面に設けられ、側面溶着に必要な幅を備えていれば足りるものというべきであるところ、被告製品はこれを具備しているのである。すなわち、右波形面はレンズ筒に圧入されることにより、側面溶着の作用効果を有し、延長環部もレンズの外周縁を柔らかく包んでレンズとレンズ筒との間隙を埋めることによりレンズの横向きのガタツキやヒズミを解消して解像力を良好にするだけでなく、締めつけ固定が完全になり、
光軸調整後の光軸検査の必要性を解消させることができるのであって、以上は本件考案の押え環の波形面と全く同一の作用効果なのであり、その技術的範囲に属することが明らかである。
(三) 被告製品は、押え環の下面には、その内周側に段部を備えると共に、外周側を環体より小径とし、かつ環体より肉薄の延長環部を固設突設せしめて形成されているから、要件(三)を充足している。
被告は、その押え環は、押え環延長環部の外周面とその短筒状の環体の本体部分の外周面とに段部はなく、両者の径は等しいものであるから、被告製品は要件(三)を充足しない旨主張するが、外径とは最大径を指すものであることは明らかであるところ、本件における押え環の外径とは、波形面の外周面である波頭部の直径であり、被告製品の押え環の延長環部は、波形面の波底部の延長上に突設されているのであって、押え環の「外径」より小径になっているのであるから、被告の右主張は理由がない。
(四) 被告製品は、この押え環をレンズ筒に圧入押圧して延長環部でレンズとレンズ筒との間隙に挿入位置せしめているから、要件(四)を充足している。
(1) 被告は、その製品のレンズ押え環の延長環部がレンズとレンズ筒との間隙に挿入されていない旨主張するが、全く事実に反する。すなわち、レンズ押え環の延長環部は、その先端部分は鋭角になっており、当然にレンズとレンズ筒との間隙に挿入されるのであり、かつ、押え環の延長環部が先端が鋭角であるために、レンズの面取りを介してもレンズの調心作用を及ぼし、レンズを中心にレンズ筒と同心位置せしめ、光軸調整も行われるのである。
また、レンズ押え環の延長環部は、その先端部分は鋭角で薄いことから、圧力を加えるとレンズ面に沿って外側に広がる形で位置するのであって、内側に団子状又はささくれ状の突出部を形成することはなく、仮にそのような突出部が形成されるとすれば、それは失敗作であるといわなければならない。
更に、被告は、超音波を印加しない限り、物理的圧力だけではレンズ押え環の延長環部はレンズとレンズ筒との間隙に挿入位置させることはできない旨主張するが、レンズ押え環の延長環部は、その先端部分は鋭角で薄いため、圧力を加えるとレンズ面に沿って外側に広がる形で位置するのであって、レンズの面取りを介してもレンズの調心作用を及ぼし、レンズを中心にレンズ筒と同心位置せしめるから、
超音波を印加しながら押し込まなくとも、レンズ押え環の延長環部はレンズとレンズ筒との間隙に挿入位置されることになり、そのうえで、超音波が印加されることによりさらに深部に侵入位置させることができることになるのである。
(2) また、被告は、要件(五)の「そして」の語句に関連して、右語句が時間的後を示すものであるから、超音波の印加の前にレンズ押え環の延長環部がレンズとレンズ筒との間隙に挿入位置せしめることを要する旨主張する。
しかしながら、本件考案は、押え環の形状と押え環とレンズ筒とレンズの組立構造との組合せにより構成したものであり、要件(四)、(五)は、押え環とレンズ筒とレンズの組み立てられている状態を各構成要素として列挙したものであって、
「押え環がレンズ筒にピッチリとした状態に挿入された組み立てになっていること」、「延長環部がレンズとレンズ筒との間隙に挿入位置した組立になっていること」、「押え環とレンズ筒とは、接着剤や釘等その他の手段により固着するものでなく、超音波又は高周波振動を与えて溶着した組み立てになっていること」という組立構造を列挙して示すものであるから、組み立てるときの順序、工程を示したものではない。それ故、本件考案は、押え環の形状とレンズ筒とレンズとの組立構造組合せに係るものであり、複数の組立を列挙したものであるから、要件(五)の「そして」は、単なる事柄の列挙として読むべきである。
右の「そして」の記載部分は、公告時には「同時に」であったが、右「同時に」は、「と共に」と同義に読むべきであり、原告Aが、昭和五九年四月一四日付け手続補正書で、右の記載を「そして」に訂正したのは、「同時に」の記載を経時的工程による製造方法を示すかのように誤解されることを恐れ、複数の事柄を列挙するときに用いる「そして」に訂正したにすぎない。このことは、本件考案明細書における詳細な説明の欄と、「登録請求の範囲」の欄において、説明の順序、配列が同一になされていないことからも、工程、順序を示すものではなく、単に複数の事柄を列挙したものであることが明らかであり、被告主張のように「そして」を「その後」の意味で理解しなければならない必然性は全くないのである。
更に、本件考案は、超音波振動の印加が終了する前に、押え環の延長レンズとレンズ筒の間隙に位置していれば、「延長環部をレンズとレンズ筒との隙間に挿入してレンズの外周縁を柔らかく包むことにより、溶着時の高周波又は超音波の振動による悪影響を排除し、組立後の外部からの衝撃から防護し、レンズに傷をつけることなくレンズの横向きのガタツキやヒズミの発生を解消せしめて常に良好な解像力を有せしめると共にレンズの締付け固定を完全にして光軸調整の必要性をも解消し、構造簡単で組立作業も容易にする等の種々の間題点を完全に解決したものである。」との作用効果を得ることができる。すなわち、超音波振動の印加は、押え環とレンズ筒の材質、プレスの降下スピードと共に電圧の強弱の関係によって、印加の開始時期の設定時期がそれぞれ異なり、任意に設定しうるものであるから、印加の開始時期は、延長環部がレンズとレンズ筒との間隙に挿入された後に印加させてもよく、また印加を与えながら延長環部をレンズとレンズ筒との間隙に挿入させてもよいものであって、印加の開始時期が限定されることはないのである。重要なことは、印加が終了する前に延長環部がレンズとレンズ筒の間隙に挿入位置していれば、明細書に記載の作用効果と登録請求の範囲の組立構造を得ることができるのである。
(3) しかも、超音波を印加する時間は、数分の一秒の単位であって、超音波を印加する時期との時間的格差は極めて僅かであり、構成要件に異同をきたすようなものでもないのである。
(五) 被告製品は、超音波又は高周波振動を与えることにより押え環の外側周面をレンズ筒の内壁面に溶着せしめて構成した双眼鏡であるから、要件(五)を充足している。
6(一) 被告は、昭和五八年三月一日から昭和六二年四月二六日までの間、被告製品を少なくとも一〇万台製造販売した。
次いで、被告は、原告東栄光学に本件実用新案権の一部移転登録がされた昭和六二年四月二七日から昭和六三年一〇月二〇日までの間、被告製品を少なくとも一〇万台製造販売し、仮にそうでないとしても、昭和六二年四月二七日から口頭弁論終結時までの間、被告製品を少なくとも一〇万台製造販売した。
(二) 本件実用新案権の通常実施料相当額は、被告製品一台当たり金一〇〇円である。
(三) したがって、原告Aは、出願公告の日である昭和五七年一〇月二〇日以降、昭和六二年四月二六日までの間に、少なくとも金一〇〇〇万円の損害を被ったものというべきであるが、その内金三〇〇万円の支払いを求める。
また、原告らは、本件実用新案権の一部移転登録がされた昭和六二年四月二七日から昭和六三年一〇月二〇日までの間、仮にそうでないとしても右昭和六二年四月二七日から口頭弁論終結時までの間、少なくとも金一〇〇〇万円の実施料相当額の損害を被ったから、それぞれ二分の一宛の金五〇〇万円の損害を被ったものというべきであるところ、原告Aはその内金二〇〇万円の、原告東栄光学は金五〇〇万円の支払いを求める。
7 よって、本件実用新案権の侵害に基づく損害賠償請求権に基づき、右6のとおり、原告らは、被告に対し、各金五〇〇万円宛、並びに右各金員に対する不法行為の日の後である昭和六三年一〇月二一日から支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求の原因に対する認否1 請求原因1ないし3の事実は認める。
2 同4の事実のうち、被告が業として双眼鏡を製造販売していることは認めるが、被告の製造販売する双眼鏡が別紙被告製品目録に記載のとおりであることは否認する。
被告の製造販売する双眼鏡は、以下の(一)ないし(五)の諸点において、別紙被告製品目録とは異なる。
(一) 押え環の延長環部が、別紙被告製品目録の第三図及び第五図のような形状でないことについて 被告の製造販売する双眼鏡は、レンズの外径と押え環の延長環部の内径が必ずしも常に均一でなく、前者より後者が小さいため、押え環の延長環部がレンズとレンズ筒の隙間に挿入されていない物が相当数あるのであって、押え環の延長環部が、
別紙被告製品目録の第三図及び第五図のような形状ではない。
また、被告の製造販売する双眼鏡は、前記隙間に挿入されている場合も、延長環部は超音波で溶解されるので別紙被告製品目録の第三図及び第五図のような形状にはなっていない。
(二) 環体の内側上部の形状について 被告の製造販売する双眼鏡においては、環体の内側上部に遮光部が設けられており、目録記載の被告製品とは環体の内側上部の形状が異なる。
(三) 波形面が設けられている部分について 被告の製造販売する双眼鏡においては、波形面が遮光部の外周に該当する部分にのみ設けられているから、目録記載の被告製品とは波形面が設けられている部分が異なる。
(四) 波形面の下側先端部の形状について 被告の製造販売する双眼鏡は、波形面の下側先端部分が鋭角的に丸みを帯びており、目録記載の被告製品とは波形面の下側先端部の形状が異なる。
(五) 延長環部の外周の径について 被告の製造販売する双眼鏡においては、延長環部の外周の径が環体の外周面と同径であって、目録記載の被告製品とは延長環部の外周の径が異なる。
3 同5の事実のうち、被告が製造販売する双眼鏡が要件(一)を充足することは認め、その余は否認する。これを敷衍すると、以下のとおりである。
(一) 要件(二)のうち、押え環が「短筒状の環体として、その外側周面に刻目を穿設せしめて波形面として形成」されるとの部分は、本件考案の登録請求の範囲の文言及び明細書添付の図面等に照らすと、波形面が押え環の外周面全体に形成されることを意味するものと解すべきであるが、被告が製造販売する双眼鏡に用いられている押え環は、波形面が押え環の外周面全体に形成されておらず、その一部である遮光部の外周に該当する部分にしか設けられていないから、被告が製造販売する双眼鏡は要件(二)を充足しない。
(二) 要件(三)については、被告が製造販売する双眼鏡に用いられている押え環は、押え環延長環部の外周面とその短筒状の環体の本体部分の外周面とに段部はなく、両者の径は等しいものであるから、被告が製造販売する双眼鏡は要件(三)を充足しない。
(三) 被告が製造販売する双眼鏡は、次のとおり、要件(四)を充足しない。
(1) 要件(四)は、本件考案の登録請求の範囲の文言に照らすと、超音波ないし高周波が印加される前に、レンズ押え環の延長環部がレンズとレンズ筒との間隙に挿入されていることが必要であると解すべきである。すなわち、要件(四)、
(五)は、「延長環部をレンズとレンズ筒との間隙に挿入位置せしめ」とし、これが「そして」で接続されて「超音波または高周波振動を与える」とされているのであり、右の「そして」の語は、その語の後に示された行為が前に示された行為より時間的に後になされることを意味するものであるから、同要件は、超音波又は高周波振動を延長環部をレンズとレンズ筒の間隙に挿入位置せしめた後に与えることを記載しているものと解すべきである。
また、本件実用新案権の出願審査過程において、要件(四)、(五)にかかる作用効果が強調されたことからも、右のように解すべきである。すなわち、本件実用新案権においては、右各要件の記載は、公告時には、「この押え環をレンズとレンズ筒との間隙に挿入押圧すると同時に超音波または高周波振動を与えることにより」とされていたのであるが、原告Aは、拒絶査定に対する不服審判時において、
昭和五九年四月一四日付け手続補正書で、右記載を訂正するに当たり、「延長環部をレンズとレンズ筒との間隙に挿入してレンズの外周縁を柔らかく包むことにより、溶着時の高周波又は超音波の振動による悪影響を排除し、組立後の外部からの衝撃から防護し、レンズに傷をつけることなくレンズの横向きのガタツキやヒズミの発生を解消せしめて常に良好な解像力を有せしめると共にレンズの締付け固定を完全にして光軸調整の必要性をも解消し、構造簡単で組立作業も容易にする等の種々の問題点を完全に解決したものである。」と作用効果を強調しながら、前記のとおりに変更したものであり、審査手続において、右各要件を構成要件とし、そこに特徴があると主張していたものであって、特許庁においても、それを基礎として登録すべきものとされたものである。本件実用新案権に対する無効審判事件においても、新規性及び進歩性の判断において、「本件考案に係わる双眼鏡は……製造過程に特徴があり」と認定されており、同手続においても、右の点が確認されているのである。
(2) これに対し、被告が製造販売する双眼鏡は、レンズ押え環の延長環部はレンズとレンズ筒との間隙に挿入されていない。この点を敷衍して述べると以下のとおりである(なお、以下の本項における番号・記号は別紙被告図面記載のものを指す。)。
すなわち、溶着前の双眼鏡では、押え環1の延長環部2の先端がレンズ3の面取4部分に接触している。この状態において、押え環1には、上方から僅かな力が加えられており、延長環部2の先端がレンズ3を下方向に付勢することによりレンズ3を固定している。高周波の印加は通常数分の一秒程度であり、合成樹脂部材である押え環1の延長環部2はその先端部分と波形面の先端部分のみが高周波の作用により軟化する。押え環1の延長環部2の軟化した先端部分は第2図に矢示したとおり、上方向からの圧力によりレンズ3の面取り4部分に沿ってレンズ筒5に向かって斜め下方向に第2図に矢示したとおり移動する。
高周波印加前に、延長環部2の外周、波形面6の下縁及びレンズ筒5の内壁間に空間が存在する。高周波印加により押え環1が軟化変形してこの空間を閉塞することになるが、高周波印加による溶着が完了する前には第3図に示すように、この空間が完全に閉塞されていない段階が存在する。先端が僅かに軟化されている延長環部2がレンズ筒5方向に移動した場合、該延長環部2はレンズ3とレンズ筒5の非常に狭い間隙8に侵入するよりは前記空間7を閉塞するよう変形し、前記間隙8には侵入しない。
したがって、この空間を閉塞するために必要とする以上の高周波印加が行われても、変形した延長環部2は間隙8に侵入するのでなく、かえって広い空間が存在し自由に変形しやすい延長環部2の内側方向に面取り4に沿って変形して団子状又はささくれ状の突出部9を形成する結果となる。
また、被告製品における押え環の延長環部の径は、同レンズの径に較べて小さいので、超音波又は高周波振動をかけない限り、物理的圧力だけでは押え環の延長環部はレンズとレンズ筒との間隙に挿入位置させることはできない。
(3) よって、被告製品は、要件(四)を充足していない。
なお、要件(四)、(五)は、経時的工程によりなる製造方法を示すいわゆる方法的記載であって、本件考案の構成要件とすべきではないとの見解もありえようが、本件実用新案権のように、単なる物品の形状構造等についてだけでなく、その製造方法についても登録請求の範囲に明確に記載されて登録を受けた場合には、
侵害訴訟の場においても、当該実用新案権の権利範囲は、その製造方法に関する記載に従って限定されるべきである。なぜなら、このように解することは、出願者及び審査機関の意思に合致するものであるし、出願者に予想外の不利益を与えるものでもないうえ、当該実用新案権の権利範囲がその製造方法に関する記載に従って限定されないとすると、むしろ、出願者に対し、その予想しない過大な保護を与えることとなり、極めて不当であるし、また、登録請求の範囲の記載から実用新案権の権利範囲を認識しようとする一般当業者に不足の損害を与えることにもなるからである。
(四) 要件(五)の「そして」の語は、時間的順序を示す語句であることは前記のとおりであるから、同要件は、延長環部をレンズとレンズ筒との間隙に挿入位置せしめた後に、超音波又は高周波振動を与えることをいうものと解すべきである。
これに対し、被告製品においては、前記のとおり、超音波又は高周波振動は延長環部をレンズとレンズ筒との間隙に挿入位置せしめるのと同時に行っているから、
要件(五)を充足しない。
4 同6の事実は否認する。
三 抗弁1 権利濫用(一) 訴外精電舎工業株式会社(以下「精電舎」という。)はプラスチック加工機械の製造業者であり、訴外B及び同C(以下「Bら」という。)は、同社の従業員であったが、右Bらは、同社の顧客である複数の双眼鏡製造業者の要望を聞きながら、双眼鏡のレンズ押え環をプラスチック製のものとし、超音波溶接を行う技術を訴外石川光学工業株式会社(以下「石川光学」という。)の代表者Dと共に研究し、昭和五〇年一二月九日、右石川光学に対し、本件考案にかかる双眼鏡の製造技術を実施するため、プラスチック加工機械である「ウェルダー」(以下「ウェルダー」という。)を納入して研究を継続し、昭和五一年六月ころ、右石川との協議により、レンズ押え環に延長環部を設けて、レンズとレンズ筒との間隙に挿入位置せしめる工夫を行い、これに成功した。そのころ、右坪根は、押え環の外側に波状の突起を設ける工夫を提案し、これが実施されたものであり、以上の研究開発はすべて精電舎の主導で行われた。原告東栄光学は、精電舎の右顧客のうちの一社にすぎなかった。
そして、精電舎は、本件考案にかかる双眼鏡を製造する用に供するため、石川光学のほか、昭和五二年三月、双眼鏡製造業者である訴外鎌倉工機株式会社に対し、
昭和五二年一〇月、被告に対し、昭和五二年一一月、訴外進成光学工業株式会社(以下「進成光学」という。)に対し、昭和五一年七月、原告東栄光学に対し、それぞれウェルダーを販売するとともに、本件考案にかかる双眼鏡の製造技術を指導した。
その結果、進成光学は、昭和五三年一月から、本件考案にかかる双眼鏡と同一のものを製造販売し、被告も昭和五二年一二月ころには、本件考案にかかる双眼鏡とまったく異ならない双眼鏡を製造販売していたのである。
(二) したがって、本件考案は原告Aが考案したものではないから、本件実用新案権の出願は考案者でない者がしたいわゆる冒認出願であり、実用新案法37条1項4号に該当し、無効である。
(三) また、右各双眼鏡製造業者が本件考案にかかる双眼鏡を製造販売していたのは本件考案の出願前であるから、本件考案は、その登録前に日本国内で公然実施されていたものであり、実用新案法3条1項1号に該当し、無効である。
(四) したがって、本件実用新案権が無効審判が確定するまで有効なものとして取り扱われるべきものであるとしても、右のように無効事由が明らかである本件実用新案権に基づく権利行使は、権利の濫用であって許されないものというべきである。
2 通常実施権の許諾 原告らは、昭和五八年一月一三日、被告に対し、本件実用新案権の通常実施権を許諾した。
3 先使用 被告は、遅くとも本件考案出願前である昭和五二年一二月ころから現在に至るまで、本件考案の内容を知らないで、業として、本件考案にかかる双眼鏡を製造販売している。
4 消滅時効 原告Aは、昭和五七年一〇月二〇日以降の損害の賠償を請求するが、原告Aは、
昭和五八年一月一三日当時から被告の双眼鏡の製造販売行為を知っていたのであって、その権利行使が可能であったから、昭和六三年一〇月一九日付け内容証明郵便により被告に催告をするに至るまでに三年以上の期間を経過した昭和六〇年一〇月一九日以前の損害賠償請求権は時効により消滅している。
四 抗弁に対する認否1(一) 抗弁1(一)の事実のうち、原告Aが精電舎からプラスチック加工機械を購入したことは認め、その余は否認する。
本件考案考案者は原告Aであり、ウェルダーの購入は、本件考案の開発研究のためである。原告Aは、精電舎から、当該機械の性質及び操作方法を指導されたのみであって、その他のことについては何らの指導も示唆も受けていない。原告Aは、ウェルダーを用いて独自に本件考案にかかる双眼鏡を開発研究したのである。
また、被告主張の双眼鏡製造業者がウェルダーを購入していたとしても、超音波溶接方法自体は合成樹脂の溶接方法として広く採用されているものであり、双眼鏡の押え環の溶着以外にも使用しうるものであるから、購入したことが直ちに本件考案にかかる側面溶着に使用されたことになるとまではいえない。Bらは、単に自社の機械で行った実験結果を依頼人へ報告したにすぎないものであって、ウェルダーを押え環の研究開発に使用していないものである。
(二) 同1(二)ないし(四)は争う。
2 同2の事実は否認する。
原告らは、昭和五八年一月一三日、被告に対し、本件考案にかかる双眼鏡の溶着製法を許可したことはあるが、右は、本件実用新案権が登録前であったため、将来、登録された時点でその通常実施契約を締結することを前提として、その利用を事実上認めたものにすぎない。
3 同3の事実は否認する。
被告が先行して実施していたと主張する押え環の構造は、本件考案にかかるものとはまったく別のものであり、結局は商品化に失敗したものであって、到底、先使用といえるものではない。
4 同4は争う。
五 再抗弁1 仮に、抗弁2が認められるとしても、被告は、昭和五八年一月一三日、原告らから、本件考案通常実施権の許諾を得る際、本件実用新案権の出願について、昭和五七年一二月一三日付けで異議の申立てをしていたにもかかわらず、これを原告東栄光学に秘匿したまま、右許諾を求めたため、原告らは、錯誤に陥り、これを許諾したものであるが、原告らの被告に対する右使用許諾は、詐欺による意思表示ないし錯誤に基づく意思表示であり、取り消しうべきものであるか、無効である。
2 原告らは、昭和五八年七月ころ、被告の右秘匿の事実を知ったものの、本件実用新案権が登録されてから交渉することとし、そのままにしておいたが、昭和六二年一月、本件実用新案権が登録されたので、そのころ、原告らは、被告に対し、実施料相当損害金の支払いを前提として、それまでに被告が本件考案を利用して製造した双眼鏡の台数を照会し、もって本件考案通常実施権を設定する旨の意思表示を取り消した。
六 再抗弁に対する認否再抗弁1、2の事実は否認する。
七 再々抗弁詐欺による取消権は、時効により消滅しているから、被告は、これを援用する。
八 再々抗弁に対する認否再々抗弁の主張は争う。
証拠(省略)
理 由一 請求原因1ないし3の各事実及び同4のうち、被告が業として双眼鏡を製造販売していることは当事者間に争いがない。
二 原告らが主張する被告製品が、本件考案技術的範囲に属するか否かについて判断する。
1 まず、要件(五)の冒頭の「そして」の意味に関し、原告らにおいては、組立時の時間的順序ないし工程を示したものではなく、単なる事柄の列挙を意味するものにすぎない旨主張し、また被告においては、時間的順序を示す「その後」を意味し、具体的には超音波又は高周波振動を与える前にレンズの押え環の延長環部がレンズとレンズ筒との間隙に挿入位置されていることを要する旨主張するので、この点について検討する。
(一) 本件明細書の実用新案登録請求の範囲には「この押え環をレンズ筒に圧入押圧して延長環部でレンズとレンズ筒との間隙に挿入位置せしめ、そして超音波または高周波振動を与えることにより押え環の外側周面をレンズ筒の内壁面に溶着せしめて構成した双眼鏡」と記載されているが、この記載部分の前には、「押え環の下面にはその内周側に段部を備えると共に外周側を環体より小径とし且環体より肉薄の延長環部を固設突設せしめて形成し」と、押え環の下面に形成する延長環部の形状を特定し、そのうえで、要件(四)の「この押え環をレンズ筒に圧入押圧して延長環部でレンズとレンズ筒との間隙に挿入位置せしめ」と記載しているのであるから、この記載部分は右押え環をレンズ筒に組み立てる工程を示したものというべきであり、更にこれに引き続いて、「そして」として「超音波または高周波振動を与えることにより押え環の外側周面をレンズ筒の内壁面に溶着せしめ」ることとしているのであるから、この記載部分は、押え環の下面に形成された延長環部をレンズとレンズ筒との間隙に挿入位置せしめた後の工程を示したものと解され、「そして」は「その後」の意味であると認められる。
(二) 右のとおり、本件明細書の実用新案登録請求の範囲の記載のみから、要件(五)の冒頭の「そして」が「その後」の意味であることが認められるが、このことは、以下のとおり、本件明細書考案の詳細な説明及び本件実用新案登録出願の経緯をみても明らかであるといわなければならない。
成立に争いのない甲第六号証によれば、本件明細書考案の詳細な説明には、従来技術の欠点に関して、「又、双眼鏡のレンズ筒とレンズとの関係において、レンズ筒の内径は、レンズの挿入を容易にするため、従来一般に、レンズの外径より稍々大径に形成されており、レンズをレンズ筒に設置した際に、レンズの外周縁とレンズの内壁との間に間隙が存在することは既に説明した通りであり、それ故に、高周波又は超音波振動により押え環を溶着する手段を用いた場合に押え環を上部より押圧して超音波振動を与えると、レンズは超音波の振動による影響を受けて位置ヅレを生じて正しい光軸を得ることができないと云う双眼鏡にとって致命的とも云える問題が提起されしかも押え環を溶着固着させた場合、レンズの位置ズレを生じたもの(に)対して矯正が不可能となるために、……高周波又は超音波振動を用いて押え環を設置するために、押え環は前述の様なレンズの位置ズレと云う超音波の振動による悪影響……から完全に防護排除してレンズを常に正しい位置に設置保持せしめ得る構造物として形成されなければならない」(同号証四頁一〇行目から五頁一六行目)としたうえ、「被加工物の側面に突起物等を設けて形成し、この被加工物を上部より押圧して超音波振動を与えた際に、被加工物の側面に備える突起物を発熱させることにより被加工物を側面で溶着させることが既に知られていることから、双眼鏡のレンズ押え環を短筒状に形成し、この押え環の側面に突起物に相当する波形面を備えさせることにより押え環を側面で接着させることができ、それ故に、押え環の下面は溶着固着させる機能から開放させることができ、そして押え環の下面にレンズの外周縁を柔らかく包む薄肉の延長環部の形成を可能とし、前述の様な、溶着に於る超音波の振動波……による悪影響から排除防護すると共に短筒に成る押え環の簡素な形状を損なわずにレンズを正しい位置に設置保持せしめうる手段を施こすことができ」る(同号証六頁四行目から二〇行目)とされており、更には「本考案は……合成樹脂材より外側周面に刻目を設けた押え環を形成し、この押え環を合成樹脂材に成るレンズ筒に圧入押圧した時に刻目にひずみが生じて溶着に必要な衝撃摩擦熱の発生を増大させて押え環の外側周面をレンズ筒の内壁に溶着固定せしめ、そして前記押え環はその下面に延長環部を一体に突設形成せしめ、この延長環部をレンズとレンズ筒との間隙に挿入してレンズの外周縁を柔らかく包むことにより、溶着時の高周波又は超音波の振動による悪影響を排除し……レンズに傷をつけることなくレンズの横向きのガタツキやヒズミの発生を解消せしめて常に良好な解像力を有せしめると共に輪図の締付け固定を完全にして光軸調整の必要性をも解消し、構造簡単で組立作業も容易にする等の種々の問題点を完全に解決したものである。」(同号証七頁五行目から八頁一行目)と記載されていることが認められる。
また、前掲甲第六号証及び成立に争いのない甲第一、第四及び第七号証によれば、本件実用新案権については昭和五七年一〇月二〇日に出願公告され、その実用新案登録請求の範囲には「この押え環をレンズ筒に圧入押圧すると同時に超音波又は高周波振動を与えることにより」と記載され、またその考案の詳細な説明には「本考案は……高周波による側面溶着を可能としたもので、合成樹脂材により外側周面に刻目を設けた押え環を形成し、この押え環を合成樹脂に成るレンズ筒に圧入押圧した時に刻目にひずみが生じて溶着に必要な衝撃摩擦熱の発生を増大させて押え環の外側周面をレンズ筒の内壁に溶着固定せしめ、これによりレンズ筒及び押え環を合成樹脂を用いて形成し得るようにしたものである。」(甲第一号証2欄31行ないし3欄2行)、「押え環3をレンズ筒2へ圧入押圧すると同時に振動子に所定周波の振動を与えて押え環3をレンズ筒2に溶着設置せしめる」(同3欄18ないし21行)と記載されていたところ、昭和五八年一一月九日付けで拒絶査定され、そのため出願人である原告Aは昭和五九年四月一四日付け手続補正書により、
前記のとおり補正したこと、その結果昭和六一年一〇月二三日付けで、右拒絶査定を取り消し、実用新案登録すべき旨の審決がなされるに至ったことが認められる。
これらによれば、本件考案は、押え環の延長環部が、まずレンズの外周縁を柔らかく包むようにして、レンズとレンズ筒との間隙を埋めた状態にしたうえで、その後に、高周波又は超音波振動を与えることにより、押え環の側面をレンズ筒に溶着し、それによって、高周波又は超音波振動による溶着時のレンズのズレを防止するところに特徴があるものと考えられるから、本件考案においては、双眼鏡が単に押え環が超音波又は高周波振動によりレンズ筒に溶着され、押え環の延長環部がレンズとレンズ筒との間隙に挿入され固着されていればよいというものではなく、その押え環の延長環部をレンズとレンズ筒との間隙に挿入位置せしめた後、超音波又は高周波振動を与えることを必須の要件とし、これにより、本件考案の目的すなわち本件明細書に記載の前記作用効果を達成するものであることが認められ、このような本件明細書考案の詳細な説明及び本件実用新案登録出願の経緯からも、要件(五)の冒頭の「そして」が工程の順序としての「その後」を意味することが明らかである。
(三) なお、成立に争いがない甲第七及び第一七号証によると、本件について、
拒絶査定を取り消し、実用新案登録すべきものとした審決は「……のいづれにも、
本願考案の構成要件である『押え環の下面に外周側を環体より小径とし且つ環体より肉薄の延長環部を固設突設せしめて形成し、この延長環部をレンズとレンズ筒との間隙に挿入位置せしめる』点は記載されていない。そして、本願考案は、この構成によりレンズの外周縁を柔らかく包み溶着時の超音波又は高周波の振動によるレンズへの悪影響を排除する等明細書記載の効果を有するものである。」と説示し、
無効審判請求を成り立たないとした審決も同旨を説示していることが認められる。
(四) 原告らは、要件(五)の冒頭の「そして」の意味について、単なる事柄の列挙すなわち複数の組立構造を並列的に列挙しているにすぎないものであって、経時的工程を示したものではない旨主張するが、本件考案は、これまで説示したとおり、その押え環の延長環部をレンズとレンズ筒との間隙に挿入位置せしめ、工程としてその後に超音波又は高周波振動を与えることを要件としているものと認められるから、原告らの右主張は採用することができない。
(五) ところで、以上のとおり、本件明細書の実用新案登録請求の範囲における「そして」の意義を工程の順序としての「その後」と理解すると、製造方法を要件とする結果となるが、物品の形態等を実現するための製造方法が実用新案登録請求の範囲に記載された場合であっても、その考案において、右方法的記載が登録に必要不可欠なものとされて利用新案権として登録された以上、右方法的記載は実用新案登録を受けようとする考案の構成に欠くことができない事項であって(実用新案法5条5項2号参照)、その考案技術的範囲を確定するに当たっては、実用新案法26条、特許法70条の規定に照らし、このような製造方法の記載を物品の最終的な形態等を特定するための要件として考慮しなければならないものというべきである。なぜなら、実用新案登録請求の範囲においては実用新案登録を受けようとする考案の構成に欠くことができない事項が記載されるべきことは当然であるが、実用新案法が、技術的思想の創作のうち「物品の形状構造又は組合せに係るもの」のみを保護の対象とし、製造方法を除外しているからといって、そのことと登録請求の範囲における製造方法の記載を要件とすることとは区別することができないわけではないのみならず、このような製造方法の記載を要件から一切除外するとすれば、右の実用新案法26条、特許法70条の規定に反するばかりか、かえって実用新案権者に対しその者自身が期待した以上の広い保護を与え、反面この記載を要件として信じた当業者に対し予期しない不利益を与えるという不合理な結果となるからである。実用新案法1条3条も、登録実用新案が物品の最終的な形状、構造又は組合せ特定するために製造方法を内容とする場合に、このような製造方法に関する記載を要件と理解することまで否定しているわけではないと解される。最高裁判所昭和五六年六月三〇日第三小法廷判決(民集三五巻四号八四八頁)も、実用新案登録請求の範囲に製造方法的記載があり、右記載が物品の最終的な形状、構造又は組合せ特定するために必要不可欠である場合、その技術的範囲の確定に当たり、この記載部分を物品の最終的な形状、構造又は組合せ特定する要件として考慮することまで一切否定する趣旨のものではないと理解される。
本件においては、前記の実用新案登録出願審査の経緯に照らすと、本件考案については、当初拒絶されていたものが、前判示のような製造方法を考案の構成に欠くことができない事項として記載することによって初めて進歩性が認められ、登録されるに至ったものであることが明らかであり、これを要件と解さないことによる不都合さは極めて大きいものというべきである。
2 別紙被告製品目録によると、原告らの主張する被告製品は、押え環3をレンズ筒1に固定するに当たって、「この押え環3をレンズ筒1、2に圧入押圧すると同時に超音波または高周波振動を与えることにより押え環3の外周側周面をレンズ筒1、2の内壁面に溶着せしめ、そして押え環3の延長環部6がそれぞれのレンズ筒1、2の内周壁と接眼レンズ7または対物レンズ8の外周との隙間に差し込まれてレンズ7、8を柔らかく包むようにして各レンズ筒1、2に固定設置」するという方法を採用しており、被告も、その製造販売する双眼鏡においてこのような方法を採用していることは、これを認めるところである。
被告製品目録の右記載部分によると、押え環がレンズ筒に圧入押圧されると同時に、超音波又は高周波振動が与えられて押え環の外周側周面とレンズ筒の内壁とが溶着され、押え環の環体がレンズ筒に固定されること、その後押え環の延長環部がおそらく超音波又は高周波振動を受けて溶けてやや柔らかくなり、レンズとレンズ筒との隙間に入り込むこと、その結果押え環の延長環部がレンズを柔らかく包むようにしてこれを固定するものと理解される。そうすると、原告らの主張する被告製品は、超音波又は高周波振動を与える前に、レンズの押え環の延長環部がレンズとレンズ筒との間隙に挿入位置されていることを要するとの構成の点においても、延長環部がレンズとレンズ筒との間隙に挿入位置されていることにより、超音波又は高周波振動を与えることによるレンズのズレを防止するという作用効果の点においても、本件考案とは異なるものといわざるを得ず、本件考案の要件(四)、(五)を充足しないものというべきである。
また、仮に、右の「押え環3をレンズ筒1、2に圧入押圧すると同時に超音波または高周波振動を与える」との記載部分を、「押え環3をレンズ筒1、2に圧入押圧した後に、超音波または高周波振動を与える」と理解することが可能であるとしても、別紙被告製品目録の記載のみでは、押え環の延長環部がレンズ筒のどの箇所まで挿入されるのか、すなわち超音波又は高周波振動を与える前に、押え環の延長環部がレンズとレンズ筒との間隙に至るまで挿入されるのかについては明らかでないといわざるをえない。
なお、被告は、被告が製造販売する双眼鏡において、超音波又は高周波振動が与えられる前に、レンズの押え環の延長環部がレンズとレンズ筒との間隙に挿入されていない旨主張して、要件(四)及び同(五)を争っているところ、被告が製造販売する双眼鏡であることについて争いがない検甲第一号証によっても、超音波又は高周波振動が与えられる前に、レンズの押え環の延長環部がレンズとレンズ筒との間隙に挿入されていたことを認めることはできないし、他に超音波又は高周波振動が与えられる前に、押え環の延長環部がレンズとレンズ筒との間隙に挿入されているとの点を認めるに足りる証拠はない。
3 右のとおり、原告らの主張する被告製品は、前記要件(四)、(五)を充足するものということができないことに帰着する。
三 以上のとおりであるから、原告らの本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法89条を適用して主文のとおり判決する。
追加
被告製品目録(説明書及び図面)説明書接眼側のレンズ筒1及び対物側のレンズ筒2、若しくはその一方のレンズ筒1或いは2と押え環3とを合成樹脂により形成し、
前記押え環3は接眼側及び対物側のそれぞれのレンズ筒1、2の内径に対応する大きさの直径を有する短筒状の環体として、その外側周囲に刻目4を穿設せしめて波形面として形成すると共にこの波形面の凸面が接眼側及び対物側の各レンズ筒1、
2の内壁面に圧接する外径を有してそれぞれ形成され、押え環3の下面にはその内周側に段部5を備えると共に外周側に環体より肉薄の延長環部6を固設突設せしめて形成し、この押え環3をレンズ筒1、2に圧入押圧すると同時に超音波または高周波振動を与えることにより押え環3の外周側周面をレンズ筒1、2の内壁面に溶着せしめ、そして押え環3の延長還部6がそれぞれのレンズ筒1、2の内周壁と接眼レンズ7または対物レンズ8の外周との隙間に差し込まれてレンズ7、8を柔らかく包むようにして各レンズ筒1、2に固定設置して構成した双眼鏡。
尚、第一図は接眼及び対物レンズ筒にレンズを固定設置している状態を示す双眼鏡の要部断面図、第二図は接眼側に設けられた押え環の半体を断面で示す正面図、第三図は接眼レンズ筒に抑え環とレンズを設置した状態を一部断面で示す正面図、第四図は対物側に設けられた押え環の半体を断面で示す正面図、第五図は対物レンズ筒に抑え環とレンズを設置した状態の半体部を断面で示す正面図である。
<9215-001><9215-002><9215-003><9215-004>
裁判官 一宮和夫
裁判官 足立謙三
裁判官 前川高範