運営:アスタミューゼ株式会社
  • ポートフォリオ機能


追加

関連ワード 技術的範囲 /  損害額 /  実施料相当額 /  考案 /  図面 /  構造 /  物品 /  補正 /  進歩性(3条2項) /  新規性(3条1項) /  拒絶理由 /  先行技術 /  減縮 /  削除 /  実施例 /  明細書 /  請求の範囲 /  利益額 / 
元本PDF 裁判所収録の全文PDFを見る pdf
元本PDF 裁判所収録の別紙1PDFを見る pdf
事件 昭和 44年 (ワ) 6522号
裁判所のデータが存在しません。
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 1977/03/14
権利種別 実用新案権
訴訟類型 民事訴訟
主文 被告らは、原告に対し、各自金一、〇四一万一二九円及びこれに対する昭和四四年六月二四日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は、被告らの負担とする。
この判決の第一項、第三項は、仮に執行することができる。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
原告「一 被告らは、原告に対し、各自金一、三一二万二、五三九円及びこれに対する昭和四四年六月二四日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は、被告らの負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言。
被告ら「一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決。
請求の原因
一 原告は、次の実用新案権(以下「本件実用新案権」といい、その考案を「本件考案」という。)がその存続期間の満了によつて消滅した昭和五一年八月九日までその実用新案権者であつた。
実用新案登録番号 第八五二六二〇号考案の名称 圧電素子を用いた燃焼器具用点火装置出願日 昭和三九年二月一二日出願公告日 昭和四一年八月九日公告番号 昭四一―一七一八三号登録日 昭和四三年八月二三日二 本件考案の願書に添附した明細書(以下「本件明細書」という。)の実用新案登録請求の範囲の記載は、次のとおりである。
「圧電素子8に衝撃を与えるべき衝撃子10が、ねじりばね、板ばねのごとき二個のばね11、11′の弾発力によつて衝撃方向と逆向きに押圧されるようにケース1に保持され、前記衝撃子10に設けた鉤18と、前記鉤18をはさんで操作杵16に設けた二個の鉤19、19′との係合動作によつて前記衝撃子10を始動および復帰させるようにしてなる圧電素子を用いた燃焼器具用点火装置。」三 本件考案技術的範囲 本件考案技術的範囲は、右実用新案登録請求の範囲及び本件明細書の「考案の詳細な説明」の項及び図面等を参酌して考察すると、次の構成からなるものということができる。
すなわち、圧電素子を用いた燃焼器具用点火装置において、
(1) 衝撃子が、ねじりばね、板ばねのような二個のばねの弾発力によつて衝撃方向と逆向きに押圧されるようケースに保持されていること(2) 衝撃子に設けた鉤と、これをはさんで操作杵(片)に設けた二個の鉤との係合動作によつて衝撃子を始動乃び復帰させるようにしていることである。
四 本件考案に係る装置の作用及び効果 本件考案に係る装置の作用及び効果は、ハンドル17(以下本件考案における番号は、別添本件実用新案公報記載のものを指す。)を下方に押すと操作杆16は下方へ移動し、鉤19が衝撃子10の鉤18に当接して衝撃子10を下方に移動させ、突子12がバネ作用の死点(線l)を超えたときばね11、11′の弾発力が衝撃子10を下方へ押圧するように作用し、衝撃子10を操作杆16とは独立に急速に下方へ移動させて圧電素子8に衝突させるように考案されており、かくして衝撃子10はばね11、11′によつて線lの上側と下側の二個所の安定点を与えられており、操作杆16の操作によつて始動され、線@を超えるとき不安定状態となり、上記二個所の安定点間のとび越し運動によつて衝撃子10の衝撃力が圧電素子8に与えられるようになつている。
従つて、その結果わずかの力で不安定点を通過させることができ、そのうえ係接部分の摩擦を伴わないから動作が円滑、安定であり、摩擦による減耗がないので繰返し使用しても性能の劣化がきわめて少ないという効果を有するものである。
五 被告らの装置 被告株式会社マルマン(以下「被告マルマン」という。)は、ガスライター等製品の製造販売を主たる目的とする会社であり、被告萬世工業株式会社(以下「被告萬世」という。)は、電気機器製品の製造販売を主たる目的とする会社であつて、
被告マルマンの下請会社としてガスライターその他被告マルマンの販売にかかる製品の製造を担当しているものである。
昭和三九年一〇月原告は、被告マルマンの要請に基づき、原告の開発に係る点火装置を卓上ガスライター用として設計考案し、これを被告萬世に納入販売してきた。しかして原告の設計、開発した右点火装置が本件考案である。
しかるに昭和四〇年七月頃に至り、被告萬世は被告マルマンの指示により、原告からの右点火装置の納入を断るに至つた。
かくするうち、被告マルマンはビジネスセブン(7)と称する卓上横型ガスライターを広く販売するようになつたが、同ガスライターは被告萬世の製造、納入に係るものであり、しかもその点火装置は本件考案における点火装置の構造を竪型から横型に変形したものである。
被告萬世が製造し、被告マルマンが販売するビジネスセブンと称する卓上横型ガスライター(以下「本件物体」という。)の構造は、別紙第一目録及びその添付図面のとおりであり、本件考案と同様圧電素子を利用した点火装置を含むライターである。しかしてその構成は、
(1)′ 圧電素子11(以下本件物件における番号は、別紙第一目録及びその添附図面記載のものを指す。)に衝撃を与える衝撃子15が二個の板ばね17、18の弾発力によつて衝撃方向と逆向きに押圧されるようケース1内に保持され、
(2)′ 衝撃子15に設けたピン19を、スライド片31に固定した操作片33の操作孔33aに緩挿し、スライド片31と協動する操作片33の移動によつて操作孔33aで衝撃子15を始動及び復帰させる ようにしたものである。
六 本件考案と本件物件の比較 本件考案の構成要件と本件物件の構成を比較すると、本件考案の前記構成要件(1)と本件物件の構成(1)′とはまつたく同一である。
ところで、右要件(1)は本件考案の中心をなすもので、圧電素子に衝撃力をもつて衝撃を与えるこの構造が従来にない新規性進歩性ある技術思想として認められ、実用新案権として登録されたものである。しかして本件考案の前記構成要件(2)は、構成要件(1)を実施せしめるための手法又は手段、具体的にいうと衝撃子を始動及び復帰させるための構成を示すものであつて、いわば構成要件(2)は同(1)から派生し、これに附随するものともいうことができる。
そこで本件考案の構成要件(2)と本件物件の構成(2)′とを比較すると、本件考案においては衝撃子に設けた鉤と、これをはさんで操作杆に設けた二個の鉤とのひつかかりにより衝撃子の始動、復帰を行わせるのに対し、本件物件においては衝撃子に設けられたピン、すなわち鉤(別紙第一目録では「衝撃子に設けたピン」と表現しているが、このピンは鉤といつても一向差支えなく両者に差異はない。)ひつかける操作片を移動することにより、矩形を形成する操作孔の二辺と鉤とのひつかかりによつて衝撃子の始動及び復帰を行わせるのである。従つて、本件考案と本件物件の表面上の差異と認められるのは、本件考案では二個の鉤が操作杆に設けられているのに対し、本件物件では操作片に矩形の操作孔が設けられているというだけのことである。本件物件においては、この矩形の二辺によつて係合動作が行われるのであるからこの二辺はまさに本件考案における二個の鉤に相当する。従つて前記の差異は、設計上の微差というべきものであつて、本件物件においては本件考案における二個の鉤を結びつけたにすぎないものと考えられる。要するに本件考案の構成要件(2)と本件物件の構成(2)′とは同一である。しかしてその作用効果も同一であることについては疑問の余地がない。
七 以上のとおり、本件物件は本件考案技術的範囲に属し、本件物件を製造販売することは原告の本件実用新案権を侵害することになる。しかるに被告萬世は、昭和四一年八月一〇日から昭和四三年一一月二三日までの間別表一の数量欄記載のとおり合計六万一、八四四個の本件物件を製造してこれを被告マルマンに販売し、被告マルマンは右期間同量の本件物件を販売した。しかして被告らは、いずれも右行為が原告の実用新案権を侵害するものであることを知つていたものである。
そこで原告は、被告らの侵害行為がなかつたならば当然得られたであろう利益を原告が被つた損害として請求する。
ところで、本件物件である卓上ガスライタービジネスセブンの生命は、これに装着された点火装置の存在とその構造にあり、これなくしては本件物件の効用は全くなくなり、また右点火装置の構造を前提として本件物件のケース並びに衝撃体を作動する操作体が構成されているのである。しかして、右点火装置の構造が本件考案技術的範囲に含まれるものであるから、右装置を被告萬世が自ら製造し、使用することができないとすれば必然的に原告からこれを購入しなければならないものである。もとより本件物件に装着する点火装置を原告以外のものが製造し、被告萬世に納入することはできない。
原告が前記期間中本件考案の実施品である圧電式点火装置を売却して得た利益は、別表二のとおり一個あたり金二四八円ないし一〇七円であつたから、右利益変動期毎にその期の一個あたりの利益に被告萬世が被告マルマンに納入した本件物件の数量を乗じたものの合計額が被告らの侵害行為により原告が被つた損害額となるが、その額は別表一のとおり金一、三一二万二、五三九円である。
八 仮に前項の原告の得べかりし利益が原告が被つた損害と認められないとしても、被告らは第一目録記載の点火装置を本件物件に装着してこれを製造販売することにより少なくとも前項に示した原告の得べかりし利益額と同額の金一、三一二万二、五三九円の利益を得ているから、その利益額を原告が受けた損害としてその賠償を請求する。
(一) 被告萬世が製造した本件物件の被告マルマンに対する販売単価は金一、一〇〇円ないし金一、三〇〇円であり、その小売価格は金四、五〇〇円である。従つて右金四、五〇〇円と金一、一〇〇円ないし金一、三〇〇円の差額の金三、二〇〇円ないし金三、四〇〇円が被告マルマンと小売店との荒利益を合計したものである。ところで通常この種製品の小売販売業者は、売価の三〇パーセントを荒利益と見込んで製品を販売するのが普通であるから、被告マルマンから小売店に対する本件物件の販売単価は金三、一五〇円ていどであり、従つて被告マルマンの本件物件一個あたりの荒利益は金二、〇五〇円ないし金一、八五〇円ということになる。それゆえ、被告マルマンの広告宣伝費等販売経費を五〇パーセントとみても、被告マルマンは本件物件一個の販売により少なくとも金一、〇二五円ないし金九二五円の純利益をあげていたことは間違いのないところである。
更に被告萬世は、被告マルマンの製造部門を担当し、両者は一体的関係にあるため、被告萬世が本件物件の製造販売に利益を見込んでいないとしても、被告マルマンの純利益は右のとおりであり、被告萬世の販売価格に利益が見込まれていれば、
被告萬世及び被告マルマンが本件物件の製造販売によつて一個あたりに得る純利益は、いかにしても金一、〇〇〇円を下ることはない。
(二) ところで被告萬世は、昭和四〇年四月以降同四一年二月まで本件物件装着の点火装置を原告から金五七五円ないし金五〇〇円、平均金五二〇円ていどで購入していたものである。しかして本件物件の点火装置以外の価格は、金五〇〇円を上廻ることはない。従つて単純に部品価格に対応して利益分配しても点火装置の存在することによる純利益は金五〇〇円を下らないということになる。しかしながら、
点火装置の存在は本件物件のキーポイントであり、これなくしては電子ライターの意義もなくなるわけであるから、本来点火装置を装着したことにより被告らの得た利益は、右金五〇〇円を超えるものであるところ、被告萬世が侵害品点火装置を装着し、製造販売した期間これによつて少なくとも前述の原告の実施品の販売利益と同額の金二四八円ないし金一〇七円の純利益をあげていたということができ、この額は極めてひかえ目でこそあれ、高額にすぎることはない。
よつて被告らが侵害行為によつて得た利益は、合計金一、三一二万二、五三九円を下廻ることはない。
九 仮になんらかの理由で前二項で述べた原告の得べかりし利益又は被告らの得た利益が原告の被つた損害額と認められないとしても、原告は被告らの侵害行為によつて本件実用新案の実施に対して通常受けるべき金銭の額、すなわち実施料相当額の損害を受けたものであるから、少なくともこの額を原告の被つた損害額として賠償請求する。
ところで本件物件における点火装置の重要性は、前述のとおりこれなくしては電子ライターとしての意味もなく、そもそも本件物件も存在し得なかつたものであるから、本件実用新案の実施料率は、本件物件の販売価格の少なくとも五パーセントを下らないものというべきである。
被告萬世と被告マルマンとの関係は、前述のように、製造と販売とを分担した本来一体たる性格のものであり、かつ被告萬世は被告マルマンの支配下にあり、右両者の利益、損失は一体として考えるべきものであること被告の自認するころである。従つて本件における実施料相当額というのは被告マルマンの小売店に対する本件物件の前述の販売価格金三、一五〇円の五パーセント、すなわち一個あたり金一五七円を相当とする。しかして被告マルマンの総販売台数は合計六万一、八四四個であるから、原告は合計金九七〇万九、五〇八円の実施料相当額の損害を被つたものである。
一〇 よつて原告は、被告らに対し、損害賠償として各自金一、三一二万二、五三九円及びこれに対する本件訴状が被告らに送達された日の後である昭和四四年六月二四日から支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
被告らの答弁及び主張
一(一) 請求原因一及び二の事実は認める。
(二) 同三及び四の主張は争う。
(三) 同五のうち、被告マルマンが原告主張のような会社であること、被告マルマンが販売したガスライターが被告萬世の製造に係るものであること、被告萬世が製造し、被告マルマンが販売した本件物件が別紙第一目録及びその添附図面記載のとおりのものであることは認めるが、その余の事実は否認し、原告の主張は争う。
(四) 請求原因六の主張は争う。
(五) 同七のうち、昭和四一年八月一〇日から昭和四三年一一月二三日までの間被告萬世が製造して被告マルマンに販売した本件物件の個数が別表一の数量欄記載のとおり六万一、八四四個であることは認めるが、その余の事実は否認する。
先に原告が製造して被告萬世に販売した点火装置は、本件考案の実施品ではないから、これがその実施品であることを前提とし、その売却によつて得た利益から被つた損害を算定する原告の主張は理由がない。すなわち、原告が製造して被告萬世に販売した点火装置は別添資料第一図記載のものであるが、これは本件考案における「衝撃子に設けた鉤と前記鉤をはさんで操作杆に設けた二個の鉤との係合動作によつて前記衝撃子を始動及び復帰させるようにした」構造をもつていないから本件考案の実施品ではない。しかも、原告が製造し、被告萬世に販売した点火装置は本件物件のみではなく、他の装置(例えば乙第二七、第二八号証記載の装置)にも使用し得るものであるから、別紙第一目録記載の点火装置を製造販売することによつて得べかりし利益を算出する原告の主張は理由がない。
更に原告は、原告が昭和四一年八月一〇日から昭和四三年一一月二三日までの間本件考案の実施品である圧電式点火装置を売却して得た利益は別表二のとおりであるというが、原告が右の期間他に売却した点火装置は、別添資料第二図に記載されたとおりのものであり、原告が昭和四〇年頃被告萬世に納入していた点火装置は、
前述のとおり同第一図記載のものであり、第二図の点火装置の(a)、(c)、
(d)、(e)は第一図記載の点火装置にはなく、また第二図の(b)、(g)、
(h)、(i)、(j)、(k)の部分は第一図記載のものと形状を異にし、両者の点火装置は素材、加工工程、工数等からみてその原価構成に著しい差異があることは疑う余地がない。しかも、原告は、第一図のものでも第二図のものでもない全く架空の点火装置に基づいて別表二のとおりの原価計算をしたものであつて、これを基礎として得べかりし利益の賠償を請求することはできないものである。
なお被告萬世が被告マルマンに販売した本件物件の前記個数のうち、別表三、
四、五のとおり合計一万二、〇九八個が不良品であると返品され、そのうち修理可能のものはその都度これを修理して他の製品とともに再び被告マルマンに販売している。従つて被告萬世が被告マルマンに納入した前記総数から前記返品数を差引いたものが被告萬世の販売実数である。しかして返品伝票記載の返品価額は不良の程度によつて異なる。その詳細は、乙第二四号証記載のとおりである。
(六) 請求原因八の事実は否認する。
(1) 本件物件の小売価格は、一個につき三、八〇〇円、四、〇〇〇円、四、五〇〇円、四、八〇〇円の四種類があり、その中でも三、八〇〇円、四、〇〇〇円のものが最も多く売れていた。
(2) 被告マルマンは、小売業者の荒利益が四〇パーセント以上になるように販売している。
(3) 原告は、被告マルマンの広告宣伝費等販売経費を五〇パーセントとしているが、被告マルマンは広告宣伝に多額の費用をかけているのでその割合は九〇パーセントにもなる。
(4) 本件物件の点火装置の価額と点火装置以外の部分の価額との比率は一対四以上のひらきがある。
(七) 請求原因九の主張は争う。原告は、実施料率を本件物件の販売価格を基準として算定するが、実施料率の基準となるのは点火装置の価格であるべきである。
二(一) 本件考案の構成要件は、本件明細書の実用新案登録請求の範囲の記載によつて明らかなとおり、
1 圧電素子8に衝撃を与えるべき衝撃子10がねじりばね、板ばねのごとき二個のばね11、11′の弾発力によつて衝撃方向と逆向きに押圧されるようにケース1に保持されていること、
2 衝撃子10に設けた鉤18と、鉤18をはさんで操作杆16に二個の鉤19、
19′との係合動作によつて衝撃子10を始動及び復帰させるようにしたこと、
であつて、原告主張のように単純に衝撃子に設けた鉤とこれをはさんで操作杆にある鉤との係合動作によつて衝撃子を始動及び復帰させるというような広汎且つ漠然とした要件から成るものではない。
(二) このことは、本件明細書中本件考案の作用効果についての記載及び添附図面を総合しても明らかであるのみならず、本件実用新案出願前公知の技術並びに本件実用新案出願の経過を勘案しても明瞭である。
1 圧電素子を衝撃してこれに電気的に接続されて対向設置された電極間に火花放電せしめて噴出燃料に点火する装置は公知であり(実用新案出願公告昭和三八年第二八八八七号公報―乙第四号証)、
2 板ばねのごとき二個のばねを物体に作用させて死点を超える動作を利用して物体を急激に移動させる方法は公知の技術手段である(実用新案出願公告昭和三二年第五五〇号公報―乙第五号証―及び同昭和二五年第七二七号公報―乙第六号証)。
3 原告は、本件実用新案登録願において実用新案登録請求の範囲を「弾性的安定点が二個存在するようにばね10で支持され圧電素子15に衝撃を与えるべき衝撃子8と、前記衝撃子8に前記二個の安定点間の飛び越し運動を与えるべきケース外部より操作し得る操作杆11とからなる圧電素子を用いた燃焼器具用点火装置。」としたが、右は広汎且つ不明確であり、審査官は右出願に対して拒絶理由通知をしたので、原告は補正書をもつて本件実用新案公報記載の実用新案登録請求の範囲のとおり減縮且つ明確化してようやくその登録を得たものである。
特に原告は、前述の補正において、登録願に添附した第三図及び第四図を削除した。この第三図に記載された実施例は本件物件のスライド片31と協動する操作片33に形成した操作孔33aの一内側部分が衝撃子15に植設したピン19に当接してこれを押圧し板ばねの反発力に抗してあるていど押圧移動した衝撃子は板ばねの死点を超えると操作片の操作孔33aとは無関係に圧電素子の衝撃受キヤツプに向つて急速に進行する構成に類似し、作用効果とも同様である。すなわち、本件実用新案の補正前の第三図において空洞24は本件物件の操作孔33aに相当し、また空洞の下端27及び上端27′に鉤25が係接して衝撃子8に飛び越し運動を起させる構造は、本件物件の操作孔33aの左右両内側部分にピン19が当接して衝撃子15に飛び越し運動を起させる構造と同一の着想であり、単にピンと操作孔とを逆に取り付けたにすぎない。
従つて原告が補正時において第三図及び第四図を削除し、且つ登録請求の範囲を訂正したことは、本件物件の構造が本件考案技術的範囲に属しないことを如実に物語るものである。
4 本件考案の出願公告に対しては、訴外七福金属有限会社外一名のものからそれぞれ異議申立がされ、審査官は右申立についての決定において、本件考案の構成要件は、「二個のばね11、11′の弾発力によつて衝撃方向と逆向きに押圧される衝撃子10に設けた鉤18と前記鉤18をはさんで操作杆16に設けた二個の鉤19、19’とを係合させるようにした」点にありと断じて異議申立を斥けている。
以上のとおりであるから、本件考案技術的範囲は本件実用新案登録請求の範囲記載の字句どおりに解すべく、右字句以上でも以下でもないことが明らかである。
三(一) 本件考案においては、圧電素子に衝撃を与える衝撃子10はばね11、
11′を介して13、13′、14の三か所で保持されているから、点火操作を繰返しても衝撃子が横ぶれすることがない。これに反して本件物件においては、衝撃子15はケース1によつて保持されず、単に衝撃子の中心に一端保持の案内軸16をケース1に設けたにすぎないから、衝撃時に衝撃子そのものが横ぶれしたり、回転したりするので、もし本件考案におけるように19、19′の二個の鉤を用いると、衝撃子の横ぶれ、あるいは回転により、衝撃子で確実に圧電素子に衝撃を与えることができない。また本件物件は、ばねと衝撃子との係合構造をより簡単にし、
且つ衝撃子の衝撃力の損失を避けるため、本件考案における二個の鉤19、19′ではなく、スライド片31に固定した操作片33の細長い操作孔33aを装置したのであつて、この点で本件考案とは構造を異にし、異質の作用効果をあげているのである。
(二) しかも本件考案が要件としている鉤19、19′はガスライター使用中衝撃のため変形し、又は上下あるいは左右に傾斜しゆがむなどの経時変化を来たす欠点があるところ、本件物件は特に放電火花による着火方式のライターにおいて極めて重要なガス放出と放電のタイミングを安定化させるため、右のような鉤を排して、操作片33に形成した操作孔33aによつて衝撃子15を操作しているから、
本件考案のもつ欠点を完全に除去改良している。
(三) 更に本件考案においては、衝撃子10が二個のばね11、11′の弾発力によつて衝撃方向と逆向きに押圧されるようにケース1に保持されることが必須の要件であるところ、本件物件の衝撃子15は、ケース1に保持されず、フレーム7に一端を固定した案内軸16に挿通保持されているのであつて、この点においても本件物件は本件考案技術的範囲に属しないことが明らかである。
(四) また本件考案は、鉤19、19′による鉤18の押下げ運動によつて衝撃子10を作動させるものであるが、本件物件は横方向に摺動運動させて衝撃子15を作動させるものである。
以上のとおり、本件考案と本件物件とは構造上、作用効果上、別異の範疇に属するものであることは明らかである。
四 仮に本件物件が本件考案技術的範囲に属するとしても、次の理由で原告には損害が生じない。
原告は今日に至るまで、圧電素子を用いた点火装置を昭和四〇年四月頃から昭和四一年一月までの間合計約五万個被告萬世に販売したほかは他の業者のために製造販売したことはない。従つて被告らの本件物件の製造販売行為により原告が原告製品の販売数量の減少により損害を被るというような余地はない。
被告らの主張に対する原告の反論
一 被告らは、本件考案の出願当初の明細書の実用新案登録請求の範囲が抽象的で広汎、漠然としたものであつたから拒絶理由通知を受け、そのため原告は実用新案登録請求の範囲を訂正明細書のとおり減縮し、その結果ようやく登録されたものであるから、その技術的範囲は極めて限定的に解すべきであるという。しかしながらこの主張は誤つている。
拒絶理由通知は、本件考案が出願前公知の実用新案出願公告昭和三八年第二八八八七号公報記載の考案と同一であるということであつて、実用新案登録請求の範囲の記載が広汎であるとか抽象的であるとかといつたことではない。従つて拒絶理由通知のため実用新案登録請求の範囲減縮したとするのは全くの誤りである。原告は、右拒絶理由通知に対して当然のことながら意見書を提出し、本件考案の要旨を明確にするため訂正明細書を提出したものであつて、要旨の変更がないのはもちろん、実用新案登録請求の範囲減縮されたということは全くないのである。
二 被告らは、更に、原告が前記訂正明細書で当初の出願明細書に添附してあつた第三図を削除したことは、本件物件の構造が本件考案技術的範囲に属さないことの証左であるといい、右第三図は本件物件における操作構造と同一のものを示すという。
第三図は、まさに被告らのいうとおり本件物件の構造そのものを示すものである。しかし第三図(及び第四図)が出願明細書から削除されたのは、本件考案の実施態様を例示するものとしては第一図、第二図の表示で充分であり、変形としての第三図、第四図を特に掲げておく必要性を認めなかつたからである。従つてこれをもつてしても、本件物件が本件考案技術的範囲に属すること一点の疑いもないのである。
三 被告らは、また、圧電素子を衝撃してこれに電気的に接続されて対向設置された電極間に火花放電せしめて噴出燃料に点火する装置は公知であつたといい、実用新案出願公告昭和三八年第二八八八七号公報を挙げる。右公報の開示する技術は、
ライターの構造に関するもので、圧電素子に衝撃を与える技術をみると、衝撃子に同軸的に係合したつる巻ばねを衝撃子の移動操作によつて圧縮蓄力し、衝撃子の所定位置で操作部を衝撃子から離して(この際操作部は衝撃子を摩擦しながら離れる)前記蓄力を解放するようにして、圧電素子に衝撃を与えるように特殊の構造により構成されているものである。これに対し本件考案は、衝撃子が二個のばね(ねじりばね又は板ばね)で連結保持され、このばねによつて与えられた二個の安定点間の飛び越し運動によつて、圧電素子に衝撃を与えるものであるから、このための構造は前記公知文献のものとは全く違つたものであり、作用の異なるのはもちろん、効果もまた異なるのである。
なお右公知文献は、本件考案の審査過程において拒絶理由通知の引例、異議申立事件の引例として提示されたが、原告の意見並びに答弁によつて両者の技術思想が異なることが確認されて引例は排除され、本件考案の技術思想が新規性進歩性ありとして登録されたのである。
四 被告らは、板ばねのごとき二個のばねを物体に作用させて死点を超える動作を利用して物体を急激に移動される方法は出願前公知の手段であるとして乙第五、第六号証を提出する。しかしこれらに開示されている技術は、本件考案の評価又は技術的範囲を認定するうえで参考とすべき先行技術には該当しないものである。すなわち、乙第五号証の技術は釦開閉器鎖錠装置に関するものであり、また乙第六号証の技術は変圧器焼損防止装置に関するものである。いずれも電気回路の開閉あるいは切換についてのものであつて、本件考案とは全く技術分野を異にする関係のない物品に関する技術であつて、これを持ち出すこと自体おかしいのである。仮になんらか参考にすべき余地があつたとしても、本件考案における技術的課題は、圧電素子を用いる点火装置において、圧電素子に衝撃を与える手段に関するものであり、
衝撃の程度、衝撃を与える構造が問題であるのに対し、前記の各技術は電気回路の開閉にあり、課題及び観点を異にするものであるから、その解決方法についてもおのずから本件考案とは全く違つたものとなり、そもそも比較の対象にはならないものなのである。なおこの乙第五、第六号証は、異議申立事件において引例として提示されたが、全く問題にもされなかつたことは極めて当然なことである。
五 本件考案の出願公告に対する異議決定は、本件考案新規性進歩性を認め、
その内容としては結局実用新案登録請求の範囲により開示された本件考案の技術思想が登録性あることを認定したのである。従つて本件異議決定をもつて本件考案技術的範囲が実用新案登録請求の範囲の記載のみに限局されるという根拠には全くならない。
六 被告らは、原告が被告萬世に納入した点火装置をとらえ、これには操作杵が付されていないことから、あたかも本件物件の点火装置が本件考案技術的範囲に属さないものであるかのような主張をしている。しかしながら本件操作機構を伴わない点火装置などは全く無意味であるし、本件物件における点火装置には本件考案と同一機構の操作杵が付されていることは疑いのないところである。しかして原告納入の点火装置は、ビジネスセブンにセツトされ、これが操作杵によつて作動し得るように設計されているのであつて、この操作杵を付した構造がすなわち本件考案技術的範囲に属するのである。従つて右操作杵以外の操作機構によつてはビジネスセブンの点火装置を作動させることはできないから、操作機構が全く異なり、且つ本件考案の後願である乙第二七、第二八号証の各考案を持出しても無意味であるし、原告の納入した点火装置及びその後被告萬世がこれを真似てビジネスセブンにセツトした点火装置は、ビジネスセブンの操作杵によつてのみ作動するものである。それゆえ、本来操作杵のついた点火装置全体について原告の損害が発生するところ、原告は点火装置本体しか納入していなかつたから、それについて得べかりし利益の賠償を請求しているのである。
立証(省略)
理 由一 原告が本件実用新案権がその存続期間の満了によつて消滅した昭和五一年八月九日までその実用新案権を有していたこと、本件明細書の実用新案登録請求の範囲の記載が原告主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。
右争いのない実用新案登録請求の範囲の記載によれば、本件考案の構成要件は、
(1) 圧電素子に衝撃を与えるべき衝撃子が、ねじりばね、板ばねのような二個のばねの弾発力によつて衝撃方向と逆向きに押圧されるようにケースに保持されていること(2) 衝撃子に設けた鉤と、この鉤をはさんで操作杵に設けた二個の鉤との係合動作によつて衝撃子を始動及び復帰させるようにしていること(3) 圧電素子を用いていること(4) 燃焼器具用点火装置であることであると認められる。
二 本件物件を表示するものであることについて当事者間に争いのない別紙第一目録及びその添附図面によれば、本件物件は卓上ガスライターであつて、その構造は、
(1)′ 圧電素子11に衝撃を与えるべき衝撃子15が二個の板ばね17、18の弾発力によつて衝撃方向と逆向きに押圧されるようにケース1内に保持されており(2)′ 右衝撃子15に設けたピン19を、スライド片31に固定した操作片33の操作孔33aに緩挿し、スライド片31と協動する操作片33の移動によつて操作孔33aで衝撃子15を始動及び復帰させるようにしてあり、
(3)′ 圧電素子を用いている。
三 そこで本件物件の構造を本件考案の構成と対比してみると、
(一) 本件物件の前記構造(1)′が本件考案の前記構成要件(1)を充足していることは明らかである。
被告らは、本件考案においては衝撃子がケースに保持されていることが必須の要件であるところ、本件物件の衝撃子15はケース1に保持されず、フレーム7に一端を固定した案内軸16に挿通保持されているから、本件物件は本件考案技術的範囲に属しない旨の主張をしているが(第三の三の(三))、本件考案において衝撃子がケースに保持される態様について限定があるものと解すべき資料はなにもなく、被告ら主張のような保持の態様においても衝撃子がケースに保持されているものということができるから、この主張は理由がない。
(二) 本件物件におけるピン19は、衝撃子15に設けられ、スライド片31に固定された操作片33の操作孔33aの両短辺の移動によるひつかかりによつて衝撃子の始動及び復帰を行わせるものであるから、これを本件考案における鉤18であるということができ(成立について争いのない甲第二号証―本件実用新案公報―の考案の詳細な説明の項の記載及び別紙第一目録並びにその添附図面とを対比すると両者の作用効果は全く同じであり、これをピンというも鉤というも単なる呼称の差異にすぎないものであることが認められる。)、また本件物件におけるスライド片に固定された操作片33の操作孔33aの両短辺は、前記衝撃子に設けられたピンをはさんでおり、その両短辺とピンとの係合動作によつて衝撃子を始動及び復帰させるものであるから、本件考案における「鉤をはさんで操作杆に設けた二個の鉤」であると認定することができる。
本件考案の前記構成要件(2)における「操作杆に設けた二個の鉤」とは、操作杆に各独立した鉤が二個設けられているという限定的な意味を有するものではなく、むしろ本件実用新案公報の考案の詳細な説明の項及び図面を参酌すれば、「操作杆に設けた二個の鉤形をしたもの」の意であることは明らかであり、本件物件においては操作片33の操作孔33aの両短辺と両長辺とで二個の鉤形が形成されていることは明らかである。
以上のとおり、本件物件の前記構造(2)′は、本件考案の前記構成要件(2)を充足している。
(三) 本件物件は、圧電素子を用いている点で本件考案の構成要件(3)を充足する。
(四) 本件物件は、ライターであるから本件考案の構成要件(4)を充足していることはいうまでもない。
右のとおり本件物件は、本件考案のすべての構成要件を充たしており、本件考案技術的範囲に属する。
四 被告らは、本件明細書中本件考案の作用効果についての記載添附図面あるいは出願前公知の技術並びに出願の経過などを勘案すれば、本件考案技術的範囲は本件明細書添附の図面に表示された構造をもつ燃焼器具点火装置に限られる趣旨の主張をしている。
(一) しかしながら本件明細書中には本件考案技術的範囲が、被告ら主張のように本件明細書添附の図面に表示された構造をもつ燃焼器具用点火装置に限られることをうかがわしめるような記載はない。
(二) 成立について争いのない乙第四ないし第六号証によれば、本件実用新案登録出願時以前において、圧電素子を衝撃して燃料を点火する装置は公知であつたこと、更に板ばねのような二個のばねを物体に作用させて死点を超える動作を利用して物体を急激に移動させる方法は公知の技術手段であつたことをそれぞれ認めることができる。しかしながら、このことからただちに本件考案技術的範囲が本件明細書添附図面表示の構造をもつた点火装置のものに限られるということにはならない。ことに被告らが公知文献であるとして提出する前掲乙第五、第六号証は、釦開閉器鎖錠装置及び変圧器焼損防止装置に関するものであつて、点火装置に関するものではないから、これらの証拠は被告らの主張を根拠づけるものではない。
(三) 被告らは、本件実用新案登録出願の最初の登録請求の範囲は、「弾性的安定点が二個存在するようにばね10で支持され圧電素子15に衝撃を与えるべき衝撃子8と、前記衝撃子8に前記二個の安定点間の飛び越し運動を与えるべきケース外部より操作し得る操作杆11とからなる圧電素子を用いた燃焼器具用点火装置」であつたが、右は広汎且つ不明確であり、審査官は右出願に対して拒絶理由通知をしたので、原告は補正書をもつて本件実用新案公報記載の実用新案登録請求の範囲のとおりに減縮且つ明確化してようやくその登録を得たものであり、特にその補正において、登録願に添附した図面から第三図を削除したが、その第三図に記載された実施例は本件物件の構造とよく似ており、これを削除したことは本件物件のような構造のものは本件考案技術的範囲に属しないものであることを示すものであると主張する。
なるほどその成立について争いのない乙第二、第三号証によれば、本件実用新案登録出願の最初の実用新案登録請求の範囲が被告ら主張のとおりであつたこと、この出願に対して出願に係る考案は実用新案出願公告昭和三八年第二八八八七号公報(乙第四号証)に記載された公知の考案であるから実用新案登録を受けることができないという理由で拒絶理由通知がされたことを認めることができる。しかしこのことから本件考案技術的範囲は、本件明細書の添附図面に表示された構造の点火装置に限定されるということはでてこない。前記乙第二、第三号証に乙第四号証を総合すると、本件実用新案出願の当初の明細書においては、衝撃子を押圧するばねの個数には限定がなかつたのを補正によつて二個に限定し、更に衝撃子に設けた鉤とこの鉤をはさんで操作杆に設けた二個の鉤の係合動作によつて衝撃子の始動及び復帰をはかる点を追加して当初の出願考案減縮したものであり、当初出願書類に添附した図面から第三図及び第四図を削除したのは、右図にはそれぞればねが一個しかついていないもの及び鉤のないものの表示があつたためであつたことが認められ、その他に本件実用新案出願の審査の経過から本件考案技術的範囲を被告ら主張のように解しなければならないとする資料はない。
(四) 被告らはまた、本件考案の出願公告に対しては第三者から異議申立がされ、審査官は右申立についての決定において、本件考案の構成要件は「二個のばね11、11′の弾発力によつて衝撃方向と逆向きに押圧される衝撃子10に設けた鉤18と、前記鉤18をはさんで操作杆16に設けた二個の鉤19、19′とを係合させるようにした」点にありと断じて異議申立を斥けているが、このことから本件考案技術的範囲は限定して解釈されるべきであるとの趣旨の主張をするが、仮にそのような事実があつたとしても被告ら主張のように解釈すべきであるという理論はどこからもでて来ない。被告らの主張は理由がない。
(五) 被告らは更に、本件考案技術的範囲が本件明細書添附の図面に記載されてある構造をもつものに限られることを前提として、本件考案の奏する作用効果と本件物件のそれとを比較しているが、その前提において誤つているのみならず、本件物件の構造により本件考案の意図している点火装置以上の格段の作用効果があることを認めるに足る証拠はないから、作用効果の点からも本件物件が本件考案技術的範囲に属しないとする被告らの主張は理由がない。
(六) 被告らはまた、本件考案は鉤19、19′による鉤18の押下げ運動によつて衝撃子10を作動させるものであるが、本件物件は横方向に摺動運動させて衝撃子15を作動させるものであるから、本件物件は本件考案技術的範囲に属しないとするかのような主張をしているが、その主張の誤つていることは説明するまでもなく明白で採用のかぎりではない。
五 以上のとおり本件物件は、本件考案技術的範囲に属するから、本件物件を業として製造販売することは原告の本件実用新案権を侵害することになる。しかして、原告が主張する期間(昭和四一年八月一〇日から昭和四三年一一月二三日まで)被告萬世が本件物件を製造して被告マルマンに販売し、被告マルマンがこれを他に販売したことは当事者間に争いがなく、被告らの右行為は少なくとも過失により原告の本件実用新案権を侵害したものというべきである。そうすると被告らは、
原告に対し、被告らの行為によつて生じた損害を賠償すべき義務がある。
六 そこで損害額について考える。
(一) 原告は、原告が昭和四一年八月一〇日から昭和四三年一一月二三日までの間本件考案の実施品である圧電式点火装置を他に売却して得た利益は、別表二のとおり一個あたり金二四八円ないし一〇七円であつたから、右利益変動期毎にその期の一個あたりの利益に被告萬世が被告マルマンに納入した本件物件の数量を乗じたものの合計額が被告らの侵害行為により原告が被つた損害額となるが、その額は別表一のとおり金一、三一二万二、五三九円であると主張する。
これに対し被告らは、先に原告が製造して被告萬世に販売した点火装置は別添資料第一図記載のものであるが、これは本件考案における「衝撃子に設けた鉤と前記鉤をはさんで操作杆に設けた二個の鉤との係合動作によつて前記衝撃子を始動及び復帰させるようにした」構造をもつていないから本件考案の実施品ではないのに、
これがその実施品であることを前提とし、その売却によつて得た利益から被つた損害を算定する原告の主張は理由がなく、また原告が製造し被告萬世に販売した点火装置は本件物件のみではなく、他の装置にも使用し得るものであるから、別紙第一目録記載の点火装置を製造販売することによつて得た利益に基づき得べかりし利益を算出する原告の主張は理由がないと主張する。
しかしながら、被告らの指摘する別添資料第一図記載の点火装置は、これをライターに組込んで別紙第一目録に示すようなスライド片や操作片をつければ被告らのいう本件考案における「衝撃子に設けた鉤と前記鉤をはさんで操作杆に設けた二個の鉤との係同動作によつて前記衝撃子を始動及び復帰させるようにした」ものとなることは、昭和四〇年四月当時原告が製造したPE―03Bであることについて当事者間に争いのない検甲第二号証に証人【A】の証言(第一回)を総合すると明らかであるから、被告らの前記前段の主張はその前提において誤つていることは明らかであり、また別添資料第一図記載の点火装置が本件物件のみではなく、他の装置にも使用し得るものであるからといつて、別紙第一目録記載の点火装置と同様のものを原告が製造販売することによつて得た利益に基づき得べかりし利益を算出することはできないとする根拠は全くなく、被告ら後段の主張もまた理由がない。
被告らはまた、原告が原告主張の期間他に売却した点火装置は別添資料第二図に記載されたとおりのものであり、原告が昭和四〇年被告萬世に納入していた点火装置は同第一図記載のものであつて、両者の点火装置は、素材、加工工程、工数等からみてその原価構成に著しい差異があり、しかも原告は第一図のものでも第二図のものでもない全く架空の点火装置に基づいて別表二のとおりの原価計算をしたものであつて、これを基礎として得べかりし利益の賠償を請求することはできないと主張する。
しかしながら原告は、本件物件に組込まれた点火装置を被告萬世に販売したならば得られたであろう利益を得べかりし利益の賠償として被告らに請求しているのであつて、被告萬世が仮に原告の前記主張期間以前に原告から点火装置を買入れたことがあつたとしても、原告の損害賠償請求はこの過去に原告が被告萬世に売渡した点火装置の原価計算によらなければならないということはない。ことに、本件物件であることについて争いのない検甲第一号証、前掲検甲第二号証、原告が製造した点火装置「PE―03H」を使用したガスライターで、吉永プリンス株式会社販売にかかるものであることについて争いのない検乙第一号証、証人【A】の証言(第一、二回)を総合すると、原告は昭和四〇年四月末頃から昭和四一年一月二〇日頃まで検甲第二号証と同じ点火装置を製造してこれを被告萬世に販売していたが、その頃被告萬世がその購入を断るようになつたので、その後は検甲第二号証とほとんど同じ点火装置を製造してこれを訴外梶田金属工業株式会社に販売し、この点火装置を使用して作られたライターが国内ではエスパーI型として吉永プリンス株式会社から売出されたこと、被告萬世が原告から買入れた点火装置を組入れて作つたライターは横型で、前記エスパーI型は縦型であり、共に卓上のガスライターで、両者は横型、縦型の差異はあるが、その中に組込まれた点火装置はその大きさ、形状等にほとんど差異がないこと、原告が被告萬世に納入した点火装置と梶田金属工業株式会社に納入した点火装置とは、後者には前者にないいくつかの附属品がついていること及び両者のコードの長さが幾分違うのみであること、並びに後者にあつて前者にない附属品も、点火装置を組込んでライターに仕上げるにはいずれは装着しなければならないものであることが認められ、右認定に反する証拠はないから、原告が梶田金属工業株式会社その他に売渡した点火装置(原告が梶田金属工業株式会社以外の会社に売渡した点火装置も、コードの長さ等に相違が見られるだけで形状、大きさ等はすべて梶田金属工業株式会社に売渡したものと同一であることは、
証人【A】の証言(第二回)により、これを認めることができる。)の原価計算により、原告の得べかりし利益を算出することは至当であると認められるから、被告の前記主張は理由がない。
(二) 原告は、被告萬世が昭和四一年八月一〇日から昭和四三年一一月二三日までの間合計六万一、八四四個の本件物件を製造してこれを被告マルマンに販売したと主張し、被告らはこの事実を認めている。しかしながら、成立について争いのない乙第一四号証の二ないし四、第一五号証の二ないし八、第一六号証の二ないし七、第一七号証の二、三、第一八号証の二ないし四、第一九号証の二ないし八、第二〇号証の二ないし一四、第二一号証の二ないし六、八ないし一六、一九、二〇、
二四、二六、二七、証人【B】、同【C】、同【D】の各証言を総合すると、前記期間において被告マルマンから被告萬世に対して不良品その他の理由で合計一万一、〇一六個の本件物品が返品されたことを認めることができ(被告らは、返品は一万二、〇九八個であるというが、前記の期間に限れば前記のとおり一万一、〇一六個である。)、他に右認定を左右するに足る証拠はないから、結局原告が主張する前記期間中被告萬世が被告マルマンに販売した本件物件は前記六万一、八四四個から返品数である右一万一、〇一六個を引いた五万八二八個の限度においてのみその立証があるものということができ、しかして原告主張の期間被告萬世が被告マルマンに売渡したのと同数の本件物件を被告マルマンが他に販売したことは、被告らの明らかに争わないところである。
(三)証人【E】の証言によつて真正に成立したものであることが認められる甲第二一号証に同証人の証言を総合すると、原告主張の期間原告が梶田金属工業株式会社その他に前説明のような点火装置を販売して得た利益は別表第二記載のとおりであつたことを認定することができ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
そうすると原告が得べかりし利益として被告らにその賠償を請求し得べき損害額は、別表一記載の期間毎にその期の一個あたりの利益に被告らが製造販売した本件物件の数量を乗じたものの合計額であるというべきである。しかして別紙計算表記載のいずれも成立について争いのない証拠によつて計算すれば、右原告の得べかりし利益は金一、〇四一万一二九円と認定するのが相当である(別紙計算表の返品欄記載の本件物件の返品が原告主張の期間に被告萬世から被告マルマンに販売されたものの中から返品されたものであるかどうかについては、これを確定することはできないが、原告が被告らが製造販売したと主張するもののうち、少なくともその返品数だけは被告らが製造販売したとの立証なしとして扱うべきものであることは前説明のとおりであり、これと同様の理由により、原告の得べかりし利益の計算においても、前記各期のうち最も多額の利益―点火装置一個につき―を挙げた期の販売数から全返品数に満つるまで―具体的には二四八円及び二四一円の利益を挙げた期―逐次差引いて計算すべきものである。)。
七 よつて原告の被告らに対する請求のうち、被告らに対し各自金一、〇四一万一二九円及びこれに対する本件訴状が被告らに送達された日の後であること記録上明らかな昭和四四年六月二四日から支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による金員の支払を求める部分は理由があるからこれを正当として認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用について民事訴訟法第89条第92条但書、
仮執行について同法第196条を各適用して主文のとおり判決する。
追加
別紙一第一目録圧電素子11に衝撃を与える衝撃子15を二個の板ばね17、18の弾発力によつて衝撃方向と逆向きに押圧されるようにケース1内に収容し右衝撃子15に設けたピン19を、スライド片31に固定した操作片33の操作孔33aに緩挿し、スライド片31と協動する操作片33の移動により操作孔33aで衝撃子15を始動及び復帰させるようにしてなる圧電素子を利用した卓上ガスライター。別紙図面参照<12004-001><12004-002><12004-003><12004-004><12004-005><12004-006><12004-007><12004-008><12004-009><12004-010><12004-011><12004-012><12004-013><12004-014><12004-015><12004-016><12004-017><12004-018><12004-019><12004-020><12004-021><12004-022><12004-023><12004-024><12004-025><12004-026>
裁判官 高林克巳
裁判官 清永利亮
裁判官 塚田渥