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関連審決 審判1970-6685
関連ワード 技術的範囲 /  考案 /  図面 /  構造 /  組合せ /  物品 /  物品の形状 /  補正 /  進歩性(3条2項) /  新規性(3条1項) /  先願 /  拒絶理由 /  同一の作用効果 /  公知技術 /  先願 /  特定 /  明細書 /  請求の範囲 /  利益額 / 
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事件 昭和 52年 (ワ) 4979号
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裁判所 大阪地方裁判所
判決言渡日 1982/10/05
権利種別 実用新案権
訴訟類型 民事訴訟
主文 一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の申立
一 原告1 原告に対し、被告小泉産業株式会社は金八〇〇〇万円、被告三木商事株式会社は金一〇〇〇万円、及び、右各金員に対する昭和五二年九月二一日から完済まで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行の宣言。
二 被告ら 主文同旨
請求の原因
一1 原告は、次の実用新案権(以下これを「本件実用新案権」といい、その考案を「本件考案」という)の実用新案権者であつた。
考案の名称 石油燃焼器具用芯出 願 昭和三九年四月三〇日(実願昭三九ー三三六四〇)公 告 昭和四二年五月九日(実公昭四二ー八六七六)登 録 昭和五二年四月二八日(第一一七二九六四号)実用新案登録請求の範囲「所要の繊維にて上部並びに下端部を緯糸、経糸にて、又中央部より下部に亘り経糸のみで織成して成る円筒状の下部芯体1の上端縁に緯糸経糸より織成して成る円筒状の上部芯体2の下縁を突き合せこれを一体に縫合すると共にこの上部芯体2、
下部芯体1の縫合部3の外周部に補強テープ4を一体になしたる石油燃焼器具用芯」2 本件実用新案権は、昭和五二年五月九日期間満了により消滅した。
二 本件考案の構成要件及び作用効果は、次のとおりである。
1 構成要件 石油燃焼器具用芯に関するものであつて、
(一) 所要の繊維にて織成し、円筒状に形成して下部芯体1を形成していること。
(二) 下部芯体1の上部並びに下端部を緯糸経糸にて、また中央部より下部にわたり経糸のみで織成していること。
(三) 所要の繊維にて緯糸経糸により織成し、円筒状に形成して上部芯体2を形成していること。
(四) 下部芯体1の上端縁に上部芯体2の下端縁を突き合せ、これを一体に縫合していること。
(五) 上部芯体2と下部芯体1の縫合部3の外周部に、補強テープ4を添着して一体になしていること。
2 作用効果(一) 下部芯体の中央部より下部にわたる部分(以下「屈伸部」という)は、経糸のみであり極めて柔軟性が良いので、芯の昇降作用によつて容易に屈曲し、そのために芯の昇降作用を阻害することがなく、かつ従前のように、緯糸を切裂いたために生じる糸屑が上部芯体の内側面と芯内筒の外側面との間隙に詰つて芯昇降作用を阻害する、ということがない。また、屈伸部では経糸が緯糸によつて締めつけられていないので、吸油によつて撚りが戻り膨潤し含油量が増大し、上部芯体への毛細管現象による給油が増大する。上部芯体を燃焼に必要な最高位に上昇させても屈伸部はなお緩く屈曲し、下部芯体の下端部は、上昇しないでタンクの底面又は底上げ部に沈んで接したままであり、上部芯体を最下位(消火位置)に下降させると屈伸部が大きく屈曲し、タンク内の油液内に拡散し、芯の下降作用を阻害しない。
(二) 下部芯体の屈伸部に緯糸がないため柔軟性が良く、下部芯下端が経糸緯糸により織成され円筒になつているので、切れ目のほつれがなく、燃料を含油した際の重みにより浮き上がることもなく、間断なく円滑に燃料の吸い上げ作用をなす。
(三) 下部芯体と上部芯体の継合部の外周に内径を一定に保たしめ、かつ織物としての縦横のひずみを防止する補強用テープを接着一体化したので、強度を向上させ、点火、消火、火力調節時の芯昇降動作に際し、芯ホルダーからの力の伝達が円滑に行え、ねじれやたるみがなく芯の上下操作が円滑に行える。
(四) 上部芯体と下部芯体の二つの部材に分けることにより、上部芯と下部芯の厚さを異ならせることができ、所要の吸上量の増減を調整し(一般に厚みを大にすると吸上量が増加する)、上部芯の燃料の蒸発量の増減を調整し、あるいは内径を異ならせることにより、上部芯が燃焼器具の芯内筒に密接して挿入され、下部芯を上部芯の内径より少し大きくして芯内筒に遊嵌して、下部芯と芯内筒との間の摩擦抵抗を殆んどない状態にし、上部芯と芯内筒との間の摩擦のみにさせて全体としての芯の上下操作において摩擦抵抗を小さくさせるように調整し、あるいは、材質を異ならせることにより、上部芯体を不燃性ないし難燃性の糸で織成し、下部芯を可燃性であるが吸油性の大きい糸で織成し、上部芯体の上端の燃焼部の炭化、焼失量を殆んど無い状態ないしは微量の状態となして長期間の使用に耐えさせるように調整し、石油燃焼器具における目的たる完全焼焼、長期使用、点火、消火、火力調整のための操作の容易性を達するように調整することができる。
(五) 上部芯と下部芯とを突き合せ縫合することによつて、重ね合せの継ぎ方によつて生じる厚みの増大と継ぎ部の段差の発生を避けることができ、かつ、補強テープの接着が行い易くなるため、芯の上下操作を円滑・容易に行うことができる。
(六) タンク底部の中央部を若干底上げしてあるものに本件考案の芯を用いれば、石油の中に分散している水分、不純物等が底部に沈澱し、下部芯の下端部が円筒状であるために芯内筒の外周に接した状態であり、屈伸部の屈伸の柔軟性が良好であるために、芯を下降させる場合に下部芯の下端がタンクの底上げ部に突当つたのち更に下降させても、屈伸部の屈曲によつて下部芯の下端が外方に向つて拡張することがないので、その下端部が水分等の沈澱しているタンクの底部に達することがない。そのために、水分等の不純物が芯に浸透し吸上げられることがなく、水分等の不純物による完全燃焼の妨害を防止することができる。
三1 被告小泉産業株式会社(以下「被告小泉」という)は、昭和四三年一月一日以降本件実用新案権が期間満了により消滅するまでの間、別紙第一物件目録記載の物件(以下「イ号物件」という)を業として販売していた。
2 被告三木商事株式会社(以下「被告三木」という)は、昭和四三年一月一日以降右同本件実用新案権消滅までの間、別紙第二物件目録記載の物件(但し、同目録二(二)(1)中「上部」とあるのを「上端部」と主張)(以下「ロ号物件」という)を製造販売していた。
四 イ号物件の構成及び作用効果は、次のとおりである。
1 構成 石油燃焼器具用芯であつて、
(一)′ 綿糸にて織成し、下端部の一部を除いて円筒状に縫合して下部芯体1′をほぼ円筒状に形成している。
(二)′ 下部芯体1′は、その上部と下端部を、緯糸と経糸にて織成し、また、
中央部より下部にわたり、一本の緯糸が経糸の間を緩く通つているほか、殆んど経糸のみで織成している。
(三)′ ガラス繊維にて緯糸と経糸にて織成し、円筒状に縫合して上部芯体2′を形成している。
(四)′ 下部芯体1′の上端縁上部芯体2′の下端縁を突き合せ、これを一体に縫合している。
(五)′ 上部芯体2′と下部芯体1′との縫合部の外周面に、樹脂被覆綿布の材質で作られている黄色のテープ4′を化学接着剤で接着し一体となしている。
2 作用効果(一)′ 下部芯体の経糸のみの部分は柔軟性が良く、その上部及び下端が緯糸と経糸で織成され、上部を縫合されて円筒状に、下端部の下縁をほぼ円筒状に形成されているから、含油による重みで下端部が浮き上がらない。
(二)′ 補強テープを接着一体化しているから、両芯体の突き合せ縫合部のひずみを防止し、芯の昇降動作に際し芯ホルダーからの伝達が円滑に行える。
(三)′ 上部芯体は、ガラス繊維で織成され不燃性であるから、その上端縁が点火され燃焼を続けても焼失することがなく、下部芯体は、綿糸で織成されているから、ガラス繊維で織成されている上部芯体よりも石油の吸上量が多く、吸上速度が速い。
(四)′ 両芯体を突き合せ縫合してあるから、段差が生ぜず芯の昇降動作が円滑に行える。
五 ロ号物件の構成及び作用効果は、次のとおりである。
1 構成 石油燃焼器具用芯であつて、
(一)′′ 綿糸にて織成し、上端部13′のみを円筒状に縫合して下部芯体1′を形成している。
(二)′′ 下部芯体1′の上部と下端部を緯糸と経糸にて、また、中央部より下部にわたり経糸のみで織成している。
(三)′′ ガラス繊維にて緯糸と経糸にて織成し、円筒状に縫合して上部芯体2′を形成している。
(四)′′ 下部芯体1′の上端縁に上部芯体2′の下端縁を突き合せ、これを一体に縫合している。
(五)′′ 上部芯体2′と下部芯体1′との縫合部の外周面に、
樹脂被覆綿布の材質で作られている黄色のテープを化学接着剤で接着し一体となしている。
2 作用効果(一)′′ 下部芯体の経糸のみの部分は柔軟性が良く、その上部及び下端が緯糸と経糸で織成され、上部は縫合されて円筒状に形成され、下端部は縫合されていないが、含油による重みと経糸のみの部分が柔軟であること及び上部が完全に円筒状に縫合されていることから、下端部が浮き上がらない。
(二)′′ 補強テープを接着一体化しているから、両芯体の突き合せ縫合部のひずみを防止し、芯の昇降動作に際し芯ホルダーからの伝達が円滑に行える。
(三)′′ 上部芯体は、ガラス繊維で織成され不燃性であるから、その上端縁が点火され燃焼を続けても焼失することがなく、下部芯体は、綿糸で織成されているから、ガラス繊維で織成されている上部芯体よりも石油の吸上量が多く、吸上速度が速い。
(四)′′ 両芯体を突き合せ縫合してあるから、段差が生ぜず芯の昇降動作が円滑に行える。
六 イ号物件は本件考案技術的範囲に属する。
1 構成の対比 イ号物件の構成は、下部芯体の下端部が縫合されていないこと、及び下部芯体の中央部より下部にわたり、殆んど経糸のみにて織成され、僅かに一本の緯糸が緩く通つているのみであることの二点において相違するが、本件考案のその余の構成要件をすべて充足している。
2 作用効果の対比 イ号物件は、その構成により本件考案同一の作用効果を奏する。
3 イ号物件は、右のとおりその構成において僅かに本件考案と相違する点があるが、作用効果は同一であり、構成上の相違は設計上の微差に過ぎないから、本件考案技術的範囲に属する。
七 ロ号物件は本件考案技術的範囲に属する。
1 構成の対比 ロ号物件の構成は、下部芯体の下端部が縫合されていない点において相違するが、本件考案のその余の構成要件をすべて充足している。
2 作用効果の対比 ロ号物件は、その構成により本件考案同一の作用効果を奏する。
3 ロ号物件は、右のとおりその構成において僅かに本件考案と相違する点があるが、作用効果は同一であり、構成上の相違は設計上の微差に過ぎないから、本件考案技術的範囲に属する。
八 そうすると、被告小泉は、イ号物件を業として販売することにより、被告三木は、ロ号物件を業として製造販売することにより、それぞれ原告の本件実用新案権を侵害した。
九1 被告小泉は、イ号物件を業として販売することが本件実用新案権を侵害する違法な行為であることを知りながら、若しくは過失によりこれを知らないで、別表Tの1・2「イ号品販売利益表」記載のとおり、イ号物件を、昭和四三年一月一日から昭和五二年五月九日までの間、毎年、(6)欄記載の各単価を小売価格(被告三木の小売価格と同額と推定)と指定し、同各小売価格の七〇%(全国中小企業小売業総平均荒利益率以上に相当する三〇%を控除した率)に相当する(7)欄記載の各単価で販売し、同各販売価格の一五%(全国中小企業卸売業総平均荒利益率以下)に相当する(8)欄記載の各単価利益額を利得し、(9)欄記載の各数量を販売し、(10)欄記載の金額を各年度に利得し、右全期間内に計七〇〇万個を販売して合計金五億八五七一万一〇〇〇円の利益を得たことにより、これと同額と推定される損害を原告に与えた(実用新案法29条1項)。
2 右利得額算定が容れられないとしても、被告小泉提出の各証拠を対比検討して、前同期間中の同被告の荒利益額を次のとおり算定する。同被告の右期間中における正確な卸売実数は、別表VA掲記の各証拠から、同表B(12)(14)(16)(18)(20)(22)(24)(26)(28)欄記載のとおりとなり、
各証拠を対比検討して卸売荒利単価、荒利率を求めると、同表Aの(6)(7)欄記載のとおりである。右卸売実数に右荒利高を乗じて右期間中の荒利益額を求めると、別表W記載のとおり七六五八万七三〇一円となる。
一〇1 被告三木は、ロ号物件を業として製造販売することが本件実用新案権を侵害する違法な行為であることを知りながら、若しくは過失によりこれを知らないで、別表U1ないし3「ロ号品販売利益表」記載のとおり、ロ号物件を、昭和四三年一月一日から昭和五二年五月九日までの間製造し、毎年、(6)欄記載の各単価を小売価格と指定し、同各小売価格の四〇%(被告三木主張どおり)に相当する(7)欄記載の各単価で販売し、同各販売価格の二〇%(全国中小企業製造業総平均荒利益率以下)に相当する(8)欄記載の各単価利益額を利得し、(9)欄記載の各数量を販売し、(10)欄記載の金額を各年度に各利得し、右全期間内に計八〇万個を販売して合計五一四九万円の利益を得たことにより、これと同額と推定される損害を原告に与えた(実用新案法29条1項)。
2 右利得額算定が容れられないとしても、被告ら提出の各証拠を対比検討して、
前同期間中の同被告の荒利益額を次のとおり算定する。被告三木は、ロ号物件を自ら製造し卸売しており、その卸売状況は被告小泉と同一であるから、同被告の昭和五一年のイ号物件の全石油ストーブ芯のうちに占める比率、イ号物件の卸売荒利率(別表XAの(3)(6)欄)をもつて被告三木の卸売荒利高、製造荒利高を試算して別表XBの(11)、(13)欄の金額が得られるが、同じ方法によつて、被告三木がロ号物件を製造販売したことによつて前同期間中に取得した総荒利高を算出すると、別表XC記載のとおり七〇六二万五四五二円となる。
一一 よつて、原告は、不法行為に基づく損害賠償として、被告小泉に対し、金五億八五七一万一〇〇〇円のうち金八〇〇〇万円、被告三木に対し、金五一四九万円のうち金一〇〇〇万円、及び、右各金員に対する各被告への本訴状送達の日の翌日である昭和五二年九月二一日から各完済まで、民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める。
請求原因に対する認否
(被告小泉)一 請求原因一の事実は認める。
二1 同二1の主張、事実は争う。
本件考案の構成要件は、次のとおり分説するのが相当である。
a 所要の繊維にて、上部並びに下端部を緯糸経糸にて、また中央部より下部にわたり経糸のみで織成して成る円筒状の下部芯体1と、
b 下部芯体1の上端縁に、緯糸経糸より織成して成る円筒状の上部芯体2の下端を突き合せ、これを一体に縫合し、
c 上部芯体2、
下部芯体1の縫合部3の外周部に補強テープ4を一体になした構成より成る石油ストーブ用筒型芯。
2 同二2のうち、次の事実は認め、その余の事実は否認する。
a 下部芯体の屈伸部の部位に緯糸がないために、柔軟性が良い。
b 下部芯体の下端が経糸緯糸をもつて織成され円筒状になつているので、含油した重みで浮き上がらない。
c 請求原因二2(三)に同じ。
d 上部芯体と下部芯体の二つの部材に分けることにより、両芯体の厚さを異ならせ、また、円径、材質を異ならせることにより、吸上量、蒸発量、摩擦抵抗等を調整できる。
e 上部芯体と下部芯体とを重ね合せでなく突き合せ縫合することにより、両芯体に段差が生ぜず、また縫合部の外周部に補強テープを接着して一体化しているので、継合部の強度も向上する。
f タンクの底部の中央部を若干底上げしたものに本件考案の芯を用いれば、芯の下端が底部下辺に浸漬することがないので、底部に溜まる水分等の不純物が芯に浸透しない。
三 同三1の事実は認める。
四 同四1は認め、同四2の事実は否認する。
五 同六の主張、事実は争う。
イ号物件の構成は、下部芯体の下端部を縫合せず、下部芯体の中央部より下部にわたる経糸の部分に一本の緯糸が挿通されている点において、本件考案の構成要件を充足しない。
六 同八、九の主張、事実は争う。
七 同一一は争う。
(被告三木)一 請求原因一の事実は認める。
二 同二1の主張は認め、同二2の事実は否認する。
三 同三2のうち、別紙第二物件目録二(二)(1)の事実は否認し、その余の事実は認める。
四 同五1のうち、(一)′′は争い、その余は認める。同五2の事実は否認する。
五 同七、八、一〇の主張、事実は争う。
六 同一一は争う。
被告小泉の主張
一 公知公用技術の存在 本件考案は、以下のとおり、その構成要件のいずれもが出願前公知公用のものであるか、業界の慣用手段であるか、若しくは出願前公知の考案に当業者なら容易に推考できるものを付加したに過ぎないものであるから、本件考案技術的範囲は極めて制約して解釈さるべきであつて、イ号物件が本件考案技術的範囲に属しないことは明らかである。すなわち、
1(一) 本件考案の構成要件aについては、出願前公用の技術であつたコンロ芯ミンク灯芯MC―四〇〇〇(乙第九号証の二の登録異議理由補充書に添付の写真参照、以下「公用技術@」という)の芯体は、下端部が円筒状でない点で本件考案と異なるほかは、全く同一である。
しかも、実公昭三六―一七一七三実用新案公報(公告日昭和三六年六月二八日、
乙第一八号証)に示されているとおり、コンロ芯の下端部を連結させ円筒状に構成する技術も、本件考案出願前公知のものである(以下「公知技術A」という)。
(二) 本件考案の構成要件bのうち、コンロの芯を上下二つの芯体に分ち、これを縫合一体化して一本の芯とすることは、実公昭二九―三一七七実用新案公報(公告日昭和二九年三月三一日、乙第一九号証)記載のコンロ芯として、本件考案の出願前公知である(以下「公知技術B」という)。
また、上部芯体の下端と下部芯体の上端を突き合せ縫合することは、古来衣装製作、工業用その他の布帛の縫合技術として広く慣用されているのみならず、殊に石油コンロ芯のように芯の上下の摺動運動を円滑に行わせる必要がある場合に、燃焼速度、給油速度等の調整のため、材質の異なる二つの芯体を縫合して一本の芯体を作ろうとすれば、その縫合部を重ねて段差をつけるのは適当でなく、両芯体を突き合せて縫合し段差をなくす方法によることとなるが、このことは、当業者といわず一般人にとつても、特に考案を要するほどのものでもない慣用の技術である。
(三) 本件考案の構成要件cについては、公用技術@のコンロ芯が、その芯体中央部の外周に補強用テープを添着一体化することにより、本件考案と同一の効果を奏している。
2 本件考案の作用効果についても、その作用効果aないしfのうち、a及びcは公用技術@、b及びfは公知技術A、dは公知技術Bの各コンロ芯によりもたらされる作用効果であり、作用効果eの前段は前記のとおり当業界のみならず一般に慣用されている技術により、後段は公用技術@1、公知技術Bの各コンロ芯の複合によりもたらされる作用効果である。
3 被告小泉の請求原因に対する認否五に記載のとおり、そもそもイ号物件の構成は本件考案の構成要件を充足しないが、本件考案技術的範囲が限定解釈されるときには、イ号物件が右技術的範囲に属しないことは一層明らかである。
二 公知公用技術の利用 芯体の下端部を縦に二分あるいは複数条に分断された芯体は、既に大正、昭和初期より知られており(甲第二号証中の公知品の写真、以下「公用技術C」という)、更に、芯体の中央部を経糸のみで織成し、その下部が経糸緯糸で織成され、
かつ下端が縦に二つに分断された芯体は、公用技術@として既に昭和三八年頃には公知公用とされていたのであり、芯体の下端部の切れ目が一箇所のイ号物件は、公知公用技術を利用しているに過ぎない。
三 本実用新案出願人による技術的範囲の限定 本件考案の重要な構成要件であるa中の「円筒状」とは、縦に二分されていないエンドレスな円形状を指称するところ、本実用新案出願人である原告は、意識的に、イ号物件のごとく下部芯体の下端部が縦に二分された芯体を、本件考案技術的範囲より除外していることが、次の資料により明らかである。
1 出願人原告の昭和四二年一二月一八日付実用新案登録異議答弁書(乙第一〇号証)の三頁一七行目から四頁三行目には、「甲第一号証では芯の下端は(例えば乙第一号証=実公昭四一―二七八三号の如く。)芯保持筒の中間部分で拡開するか又ははかまのようにタンク底面に這わせ(る)より致(し)方がなく、」との記載がある。
2 右答弁書添付の補正書中2には、「芯の円筒形状を保つ下端が底上げした部分に乗り、水分等の存在する部分に」との記載がある。
3 昭和四五年審判第六六八五号審決書(乙第一七号証)三頁五行目のXには、
「前記甲第一号証を検討すると、同号証のコンロ芯は、上部と下部が縫合されることなく一連のものとして形成され、かつ、芯下端部は縦に二分されていて円筒状をなしていないから……」との記載がある。
4 本件考案の昭和五二年七月一八日発行の訂正公報(甲第一号証の二)の下記部分の三、四行目には、「なおこの屈伸部Aは連続した上部及び下端部を緯糸、経糸にて織成し、円筒状を保たしめる。」との記載がある。
5 右訂正公報の前同八、九行目には、「下部芯下端が経糸、緯糸を以て織成され円筒状になつているので切れ目のほつれがなく燃料を含油した際の重みにより浮き上ることなく、」との記載がある。
四 設計上の微差との主張について 原告主張の本件考案とイ号物件との構成上の相違が設計上の微差に過ぎないというためには、イ号物件が本件考案同一の作用効果を奏することが前提となるが、
両者には次のとおり作用効果上の相違がみられる。
1 本件考案がエンドレスな円筒状をなしていることによる作用効果は、芯下端が芯内筒に被嵌されて密着しているために、外周側方に拡がらず浮き上がらないことである。一方イ号物件は、芯下端が縦に二分されているために芯内筒に密着することがなく、したがつて外周側方へ拡がるものである。
2 石油タンクの底部の中央部を若干底上げしたものに本件考案の芯を装着すると、芯の下端は底上部にとどまり底部下辺に浸漬することがないのに対し、イ号物件の場合には、芯の下端が底上部にとどまらず底部下辺に垂れ下がるので、底部下辺に溜まる水分等の不純物を吸収することとなり、本件考案に劣る。
3 イ号物件は、芯体の下端部に切れ目があるとの共通の構造を有する公用技術@(その芯体下端部の切れ目の数に関係なく)とほぼ同様の作用効果を奏する。
4 イ号物件は、芯下端が縦に一か所分断していることにより、本件考案の芯に比べ、石油ストーブの芯筒に芯体を挿嵌被着するとき、手間が掛らず簡単に行える、
との本件考案にない作用効果を有する。
五 原告主張の損害について1 被告小泉が販売したイ号物件の年度別販売数量、売上単価、利益率は次のとおりである。
<12321-001>2 原告の算定方法は不当である。まず、明生産業から被告小泉に対する「売上帳」と、同被告の第三者への「販売表」とを対照比較して、両者の売掛数量と販売数量の間に大きな誤差があるとし、いわゆる誤差率を算定し、これを「販売表」記載の販売数に乗じて得られる数量が実際の販売数量である、としている。しかし、
「売掛帳」は昭和五一年八月三〇日から昭和五二年三月三一日までの売掛数量の記載であるが、「販売表」は昭和五一年一月一日から同年一二月三一日までの販売数量であつて、両者は比較される時期を異にするから、原告主張の誤差率が不正確であることはいうまでもない。次に、「売上帳」記載の数量は被告小泉の仕入数量であるが、これがそのまま販売数量となるものではなく、販売分のほかに商品不適格による廃棄分と商品在庫増として残る分が生ずるから、仕入数量から二四・五パーセントないし二六・五パーセントを差引いたものが、販売数量となる。更に、原告は、販売諸経費を控除することなく、荒利益高をもつて被告小泉の利得と主張しているが、これが不当であることは多言を要しない。
被告三木の主張
一 公用技術の踏襲 ロ号物件は、下部芯体の下端部が縫合されていない構成が採られているところ、
本件考案の出願当時既に、芯体の上部と下部を経糸と緯糸で織成し、中央部の屈伸部分を経糸のみで織成し、下部芯体に二箇所程切れ目が設けられている公用技術@が存しており、ロ号物件は公知技術@を踏襲したにすぎない。
二 ロ号物件は、次のとおり本件考案とは構成、作用効果を異にするから、本件考案技術的範囲に属しない。
1 ロ号物件は、その構成において下部芯体1の下端部が縫合されず円筒状に形成されていないから、本件考案の重要な構成要件である「円筒状の下部芯体」を充足しない。「円筒状の下部芯体」が本件考案の重要な構成要件であることは、前掲審決書(乙第一七号証)の理由VWXの記載に照らして明らかである。
2 ロ号物件は、右構成を採ることにより、一般の石油ストーブに装備されている回転式ハンドルによつて芯保持筒を上下操作すると、その消火状態においては、非縫合部の両先端が左右不対称に拡がり、拡がつた芯下端部がタンク内の水の溜る部分に接触するという欠点を有するが、反面タンク内の灯油が少量になつた場合でも、これに接触することにより残つた灯油を少しでも多く吸収して燃焼させうる効果がある。
三 原告主張の損害について 原告三木が製造販売したロ号物件の年度別生産数量、売上単価、利益率は次のとおりである。
<12321-002><12321-003>
原告の反論
一 被告小泉の主張四、被告三木の主張二について イ号、ロ号物件の下部芯体下端部に切れ目が一箇所設けられていることと、本件考案の構成要件(一)の「円筒状」であることの構造上の相違は、以下のとおり単なる設計上の微差にすぎないから、イ号、ロ号物件は本件考案技術的範囲に属する。
イ号、ロ号物件は、その作用効果の面において本件考案のそれと全く同一である。すなわち、
1 イ号、ロ号物件の下部芯体の下端部は、切れ目が一箇所のみでC字状に形成され、ほぼ円筒状になつているので、公用技術@、Cの芯のように、芯内筒の外周方向へ大きく拡がることがなく、最も芯内筒から離れて拡がつている切れ目下端部の先端においても、芯内筒の外周面から約二八ミリメートル程度にすぎない。先端部を除く下部芯体下端部の大部分が芯内筒の外周面に接する状態が保たれている。
そして、下部芯体の下端部が緯糸経糸で織成され屈伸部が経糸のみであるので、
屈伸部に浸潤している石油の量よりも下端部に浸潤している石油量の方が多くより重くなつていることと、下端部がC字状に形成されて大部分が芯内筒に接し、切れ目の先端さえも芯内筒の外周面より僅か約二八ミリメートル離れているに過ぎずそれ以上に外周方向に拡がらないこととによつて、下部芯体の下端部が浮き上がることがなく常にタンクの底部に位置している。それ故、下部芯体の下端部がタンク内の石油の中に十分浸漬され、石油を十分にかつ間断なく吸い上げる作用効果がある。
2 更に、イ号、ロ号物件を、底部に底上部を設けてある石油タンクに使用した場合には、タンクの最深部に水分が沈澱していても、下部芯体の下端部がC字状に形成されて大部分が芯内筒に接していて切れ目の先端一箇所のみがやや外周方向に拡がつているに過ぎないので、底上部より下方に下がることがなく、タンクの最深部に沈澱している水分に接することがない。したがつて、下部芯体に水分を吸上げるおそれが全くなく、石油の燃焼を円滑に行わしめる効果がある。
二 被告小泉の主張二、被告三木の主張一について イ号、ロ号物件のごとく、下部芯体の下端部に切れ目が一箇所設けられている構造のものは、本件考案の出願当時に存在しなかつた。公知公用のものとしては、前記のとおり切れ目が少なくとも二箇所以上設けられており、切れ目の全くない円筒状を形成しているものはもちろん、切れ目を一箇所設けてC字状に形成しているものも存在しなかつた。イ号、ロ号物件のごとく、切れ目が一箇所のものは、本件考案の出願時新規性のあるもので、単に公知公用の技術を利用した、とすることはできないのであつて、イ号、ロ号物件は、本件考案の技術思想を利用するものである。
証拠(省略)
理 由一 請求原因一の事実(本件実用新案権の存在とその消滅に関する事実)は当事者間に争いがない。
二 本件考案の構成要件及び作用効果1 右争いのない実用新案登録請求の範囲の記載と、いずれも成立に争いのない甲第一号証の一(本件考案の公報)、同号証の二(本件考案の訂正公報)によれば、
本件考案の構成要件は請求原因二1のとおり分説するのが相当である。
2 前掲甲第一号証の一、二によると、本件考案は、前記構成を採ることにより次の作用効果を奏するものであることが認められる。
(一) 「屈伸部Aの部位に緯糸がないため柔軟性が良く、下部芯下端が経糸、緯糸を似て織成され円筒状になつているので切れ目のほつれがなく燃料を含油した際の重みにより浮き上ることなく、間断なく円滑に燃料の吸い上げ作用をなす効果がある」。(本件考案の訂正公報下記部分八行目ないし一〇行目)(二) 「下部芯1と上部芯2の継合部3の外周に内径を一定に保たしめ且つ織物としての縦横のひずみを防止する補強用テープ4を接着一体化したので、点火、消火、火力調節の時の芯昇降動作に際し、芯ホルダーからの力の伝達が円滑に行え、
ねじれやたるみがなく芯上下操作が円滑に行なえる」。(前同一一行目ないし一三行目)(三) 「上部芯と下部芯の二つの部材に分けることにより、上部芯と下部芯の厚さを異らせ、或いは内径を異らせたり、材質を異らせることにより所要の吸上量や蒸発量や、摩擦抵抗等を調整し所要の目的に合致する芯を製し得ることができる」。(前同一四行目ないし一六行目)(四) 「上部芯と下部芯とが重ね合わせの継ぎ方では、厚みが増加すると共に継ぎ部に段差が出来て、芯の上下動作を円滑に行なわしめることが出来ないので、上部芯2と下部芯1とを突き何(合の誤字)わせて縫合することに依り、前記段差がなくなり上記の支障をなくしうると共に更らに継合部3の外周部に補強テープ4を接着して一体化が行いやすくなり強度も向上させることができる」。(前同一六行目ないし二〇行目)(五) 「タンク底部、中央部を若干底上げして本案芯を用いれば底部周囲に水分等の不純物Wが混入した場合でも芯の下端が該部に浸漬することがないので芯に水分が浸透して芯の損傷燃焼不良になるようなことも防止出来るなどの効果も得ることが出来る」。(前同二一行目ないし二三行目)三 被告小泉が昭和四三年一月一日以降本件実用新案権消滅までイ号物件を業として販売したことは、同被告と原告との間に争いなく、被告三木が同期間中ロ号物件(但しその特定については一部争いがある)を業として製造し販売したことは、同被告と原告との間で争いがなく、ロ号物件であることにつき争いのない検甲第二号証によれば、ロ号物件は別紙第二物件目録記載の構造を有するものであることが認められる。
四 イ号物件の構成が請求原因四1のとおりであることは、原告と被告小泉との間で争いがなく、右三で認定したところによれば、ロ号物件は請求原因五1(但し(一)′′の「上端部」とあるのを「上部」に改める)のとおりの構成からなるものであることが認められる。
五 そこで、以下イ号、ロ号物件が本件考案技術的範囲に属するか否かについて検討するが、被告らは、本件考案はその出願前公知公用の技術であるか、それから容易に推考できる考案であるから、その技術的範囲につきいわゆる限定解釈をなすべきである旨主張し、またイ号、ロ号物件が公知公用の技術を踏襲・利用しているに過ぎない旨主張するので、まずこの点についてみることとする。
1 そもそも、本件考案は、物品の形状構造又は組合せに係る考案であつて、前記のごとき複数の構成要件から成りたつているものであるが、それは右各構成要件の単なる集合ではなく、右各構成要件を一定の技術思想のもとに不可分有機的に結びつけたものであり、一体性ある技術思想の創作である。前記各構成要件の結合関係もまた無視することのできない構成要件である。
このような点に留意してみると、被告らが指摘する公知公用技術@ないしCは、
それぞれこれに対応する証拠である、成立に争いのない乙第九号証の二、同号証中の写真を明確にした写真であることにつき争いのない検甲第四号証(公用技術@)、成立に争いのない乙第一八号証(公知技術A)、成立に争いのない乙第一九号証(公知技術B)、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認める甲第二号証中の従来品の写真、従来品の写真であることにつき争いのない検甲第三号証の一、
二(公用技術C)によるも、それらは本件考案の構成要件を全く充足しないか、その一部を充足するに過ぎないものばかりであつて、登録請求の範囲に記載された本件考案の技術思想全部がそのまま公知公用であつたことを示すものはなく、このことは被告らの主張自体からも窺い知ることができるところである。
2 ところで、実用新案権の付与、無効等の処分は特許庁の専権に属するところであり、ひとたび特許庁がその専権に基づきある考案新規性進歩性等の登録要件を認めて実用新案権設定の登録をした以上、それが実用新案法所定の無効審判手続(及びこれに続く行政訴訟)で無効にすべき旨の審決がなされその審決が確定しない限り、侵害訴訟裁判所においてみだりにこれを無効と判断し、無効を前提として訴を断ずることは許されないというべきである。
3 ただ、侵害訴訟における登録実用新案の技術的範囲の認定、判断が、裁判所の権限に属することはいうまでもなく、実用新案法は登録出願人に新規で進歩性のある技術を公開させて産業の発達、公衆の利益に供する反面として、その者に一定期間その技術を独占させるために実用新案権を付与するのであるから、登録出願人と一般社会公衆との基本的な利益衡量関係は、侵害訴訟裁判所が登録実用新案の技術的範囲を確定する際にも十分参酌されるべきである。一般に、実用新案登録請求の範囲を解釈するに際して、単にその文字のみに拘泥することなく、考案の性質、目的、詳細な説明、添付図面をも勘案して実質的に考えるべきであり、ことに出願当時既に公知公用の事項を含む事項については、当該部分を除外して解すべきである、といわれるのも、右の趣旨に出たものにほかならないと解される。
4 右にみた特許庁と裁判との権限分配の点や登録出願人と一般社会公衆との基本的な利益衡量関係を考慮するとき、登録実用新案の登録請求の範囲に記載された技術思想が、その出願前既にそのまま公知、公用である、いわゆる全部公知、公用のような例外的な場合に、被告ら主張のごとく限定解釈するのはともかく、かかる事実の認められない本件において、被告ら主張のように本件考案の登録請求の範囲を確定するについて限定解釈をなすべき余地はない、というべきである。
したがつて、本件考案が公知、公用であることを前提とする被告らの主張は採用できない。
六 イ号、ロ号物件が本件考案技術的範囲に属するかについてみる。
1 イ号物件の構成を本件考案の構成要件と対比すると、ともに石油燃焼器具用芯であつて、イ号物件(三)′(四)′(五)′の構成がそれぞれ相対応する本件考案の(三)(四)(五)構成要件を充足していることは明らかである。
イ号物件の構成(二)′のうち、一本の緯糸が経糸の間を緩く通つていることによりもたらされる特段の作用効果については、これを認めるに足りる証拠がないから、(二)′の構成は(二)の構成要件を実質的に充足するものと解するのが相当である。
2 ロ号物件の構成を本件考案の構成要件と対比すると、ともに石油燃焼器具用芯であつて、ロ号物件の(二)′′(三)′′(四)′′(五)′′の構成が、それぞれ相対応する本件考案の(二)(三)(四)(五)の構成要件を充足していることは明らかである。
3 イ号、ロ号物件の(一)′、(二)′′の構成を本件考案の(一)の構成要件と対比すると、両者は明らかに文言上の相違がみられる。
原告は、イ号、ロ号物件における下部芯体下端部に切れ目が一箇所設けられていることは、設計上の微差に過ぎず、構成要件(一)の、「……円筒状に形成して下部芯体1を形成していること」を充足するとし、被告らは、同構成要件の円筒状とは切れ目のない円筒形のものを意味するから、イ号、ロ号物件は同構成要件を充足しない、と反論するところ、この点が本件における主要な争点である。
ところで、ある考案の出願から登録に至る過程において、登録出願人が、特許庁による拒絶理由通知、拒絶査定に対する意見、登録異議の申立に対する答弁、更には補正書などで、右拒絶理由、異議の理由等に対応して、意識的に登録請求の範囲に限定を加えた場合には、出願までに存していた公知公用の技術、出願から登録に至る過程で特許庁が示した見解などとともに、登録出願人が示した限定的意図をも参酌した上で、当該考案技術的範囲を定めるのが相当である。
これを本件についてみるに、前掲甲第一号証の一、二、いずれも成立に争いのない乙第一、第二号証、第三号証の一、二、第四ないし第六号証、第九号証の一、
二、第一〇ないし第一五号証、第一六号証の一、二、第一七号証、前掲甲第一号証の一、二、検甲第四号証、証人【A】の証言を総合すると、次の事実を認めることができる。
(一) 本実用新案登録の出願は、昭和三九年四月三〇日になされているが、出願当初の明細書には、登録請求の範囲として、「本文に記し図に例示するように任意材質の繊維にて形成した下部芯筒体の下端部を若干残して緯糸を全くなくすか極めて少なくして殆んど経糸のみで編成して屈伸部を設け、この上端縁部に同上材質の筒状に形成した上部芯筒体の下端縁を縫合した石油燃焼器具用芯。」と記載されていた。
(二) 特許庁審査官は、昭和四一年二月二八日、本願の考案先願である実願昭三八ー六三〇五七号(実公昭四一―二七八三号公報参照)の考案と同一であるとして、拒絶理由の通知をなした。
先願に係る考案の要旨は、縦糸及び横糸で織られている円筒形の芯体の中間部の横糸を除いて縦糸のみにし、下部を仕切板の内穴に固着せしめてなる石油コンロ用芯であつて、この考案によるときは、芯の上部が上下しても、中間部の芯を抜いた部分で芯が折れるために、下部が動かない、という効果を奏するものである。
これに対して原告は、昭和四一年五月六日付の二通の意見書において、右先願に係る考案との差異を述べるに当り、本願の考案は、「耐熱物質にて筒体に形成した芯筒の下端縁部に任意材質の糸を縦方向に筒状になるよう囲繞して縫合するかして接合し、その接合部の内周又は外周面に補強帯を装着すると共に下端縁も縫綴するか帯片にて筒状に縫着した」ものである、と主張した。
(三) 特許庁審査官は、昭和四一年六月一四日、再度右出願の考案は、公知刊行物(実公昭三六―一七一七三実用新案公報―公知技術A、実公昭二九―三一七七実用新案公報―公知技術B)に基づいて、当業者が極めて容易に考案することができたものと認められる、として、原告に対し拒絶理由の通知をした。
公知技術Aは、従来品(公用技術Cに相当)のごとく芯体の下端まで達する多数の切れ目を有する構造の芯体では、ストーブの内芯筒に装入して使用するうちに、
芯体を上方に上昇させても四方に開いた癖がつき常に外開きとなつて上昇するから、芯が漸次焼失しかつ油タンク内の油が減少するにつれて芯体の下端が十分に油タンクの油と接触しなくなる欠点があり、この課題解決のために考案されたもので、その内容は、綿糸等を織成して出来た筒状の芯体の下方周囲に、適当の間隔を置いて、下端部を残して縦方向に数条の切れ目を施した石油コンロに使用する芯であつて、切れ目があるために、芯を下げたときは中央部が膨出し、芯を上げたときはその膨出部が弾性によつて原状態に復帰し、芯端は常に油タンクの底面に接触し、常に油を十分に芯に浸潤させる効果を有する、
というものである。
公知技術Bは、従前の石油コンロ火皿の石綿製芯では、石油送入管に通ずる小孔から石綿への石油浸透速度が遅いために、完全に燃え上がるまでに時間を要し、かつ小孔付近の火焔勢力と小孔より遠い箇所の火焔勢力とが著しく不均衡を生ずる欠点があることから、この課題解決のために、石油コンロの火皿用芯として、上部を石綿とし、下部を浸透速度の早いフエルト類とし、合せ目を強靭な糸で縫合する、
との方法を採用したものであつて、下部のみ浸透速度の早い芯を使用することにより、火の回る速度が早くなり、開閉弁の開閉加減による火焔勢力の制御が容易となり、円周各部の火焔勢力の程度もよく均衡を保つ効果がある、というものである。
(四) 原告は、昭和四一年九月二〇日付手続補正書をもつて、当初の明細書全文及び図面を訂正したが、登録請求の範囲は、「所要の繊維にて上部並びに下端部を緯糸、経糸にて、又中央部より下部に亘り経糸のみで織成して成る下部芯体1の上端縁に緯糸経糸より織成して成る通常の上部芯体2の下縁を突き合せこれを一体に縫合すると共にこの上部芯体2下部芯体1の縫合部3の外周部に補強テープ4を一体になしたる石油燃焼器具用芯。」と訂正された。
特許庁審査官は、昭和四二年三月三日、本出願につき出願公告の決定をし、前判示のとおり本件考案は昭和四二年五月九日公告された。
(五) 昭和四二年七月八日訴外有沢商事株式会社から本実用新案について登録異議申立がなされ、申立の理由として次の主張がなされた。
(1) 出願明細書には、下部芯体と上部芯体をつぎ足したこと及びその継ぎ目に補強テープを巻いた構成を採つたことについての作用効果の記載がなく、そのためにこれらの構成は、考案の構成に不可欠の事項とはいえず、これらを構成要件とした実用新案登録請求の範囲の記載は、実用新案法5条4項に規定する要件を充たしていない。
(2) 本願出願前に市販された公用技術@のコンロ芯と比べ、本件考案には格別の差異がないから、実用新案法3条1項及び二項に該当する。
右主張にある公用技術@は、昭和三八年訴外山口細巾織物工場で製作し、訴外日研商事株式会社に販売したMINK MC4000であつて、芯体上部を緯糸経糸で織成して円筒状に形成し、芯体全体の中央部より上部のほぼ半ばまでの間経糸のみで織成して屈伸部を形成し、芯体全体の中央部から下端までを緯糸経糸で織成し、右緯糸経糸で織成した部分の二箇所に中央部から下端まで縦方向に切れ目が入つて二枚の帯状となつている石油コンロ用芯である。
右主張に対して原告は、昭和四二年一二月一八日付登録異議答弁書で、本件考案と公用技術@との差異について、公用技術@では、「下部芯体は裾を切り裂いて分割している。」と(同答弁書二頁一三行目)、また、公用技術@では「芯の下端は(例えば乙第一号証=実公昭四一―二七八三号の如く。)芯保持筒の中間部分で拡開するか又ははかまのようにタンク底面に這わせ(る)より致(し)方がなく、これでは『底部周囲に水分等の不純物が混入した場合でも芯の下端が該部に浸漬することがないので芯に水分が浸透して芯の損傷燃焼不良になることが防止』で(き)る効果を齎しうるものとは認められない。」(同三頁一七行目から同四頁七行目)と反論したうえ、同答弁書に添付の補正書で、前記(五)の明細書二頁一〇行目(甲第一号証の一公報一頁右欄四行目)の「織成するものである。」を、「織成し、円筒形状を保たしめたものである。」と、同明細書三頁八行目(同公報一頁右欄二二行目)の「芯の下端が該部に」を、「芯の円筒形状を保つ下端が底上げした部分に乗り、水分等の存在する部分に」とそれぞれ訂正した。
(六) 特許庁審査官は、昭和四五年四月一四日、前記明細書にはなお不備があるとして、異議申立人の前記(五)(1)の主張を採用したうえ、登録異議申立は理由がある、との決定をし、本出願につき拒絶すべき旨の査定をした。
原告は、昭和四五年七月二八日、拒絶査定の取消と本件考案は登録すべきである、との審決を求める審判請求をした(昭和四五年審判第六六八五号)。
(七) 特許庁審判官は、昭和五一年四月九日、明細書の記載不備のため実用新案法5条3項、四項の要件を充たしていないことを理由に、拒絶理由の通知をしたが、右不備な点の一つとして、「下部芯体が屈曲するためには、下部芯体が円筒状になつていることが必要であるが、この構成について実用新案登録請求の範囲に記載がない」ことを指摘した。
これに応えて原告は、更に明細書の登録請求の範囲及び詳細な説明、図面の一部を補正する内容の手続補正書を提出したが、詳細な説明の補正部分には、「なおこの屈伸部Aは連続した上部及び下端部を緯糸、経糸にて織成し、円筒状を保たしめる。」(同補正書一頁一〇行目ないし一二行目)、「下部芯下端が経糸、緯糸を以て織成され円筒状になつているので切れ目のほつれがなく燃料を含油した際の重みにより浮き上ることなく。」(同二頁二行目から五行目)との記述があり、右補正書において、登録請求の範囲も請求原因一の内容のものに訂正された。
(八) 特許庁は、原告からの前記審判請求について、昭和五一年一一月二二日、
「本願の考案は登録すべきものとする。」との審決をしたが、その理由において、
本件考案が公用技術@と対比して格別の差異がない、との異議申立人の主張について、公用技術@の「コンロ芯は、上部と下部が縫合されることなく一連のものとして形成され、かつ、芯下端部は縦に二分されていて円筒状をなしていないから、本願考案はこれと同一の考案とすることはできず、また、これより本願考案が極めて容易に考案できたとすることもできない。」との判断を示した。
本件考案の実用新案公報(甲第一号証の一)は、前記(七)の補正書どおりに訂正されて、昭和五二年七月一八日発行の訂正公報(甲第一号証の二)に登載された。
以上のとおり認められる。
右事実によれば、原告が出願当初に意図していた下部芯体の下端縁とは、縫綴により、又は帯片で筒状に縫着する、というものであつたところ、原告は、前判示の異議申立から審決に至るまでの過程で、下部芯体下端部を切れ目のない円筒状にしたものに限定して、本実用新案の登録請求の範囲をはじめ明細書の記載を補正することにより、本件考案が前判示の公知公用技術とりわけ公用技術@とは相違するものであることを強調して、その実用新案登録を求め、特許庁もまた、
芯が上部芯体と下部芯体とを縫合して形成され、下部芯体が円筒状である点に本件考案新規性進歩性を認めて、実用新案権設定の登録を許したものと解することができる。
してみると、本件考案の(一)の構成要件にいう「……円筒状に形成して下部芯体1を形成していること」とは、文字どおり円筒形の下部芯体を形成していることを意味し、このなかには、イ号、ロ号物件のごとく下部芯体の下部に切れ目が設けられているものを含まない、と解するのが相当である。
更に、イ号、ロ号物件が本件考案の作用効果を奏するかについてみるに、いずれも成立に争いのない乙第二〇号証、丙第一号証、【A】の証言により真正に成立したものと認められる甲第二号証を総合すると、本件考案の実施品とイ号、ロ号物件をそれぞれ芯保持筒に装着して芯体を上下させると、本件考案の実施品では、芯体を上下させても下部芯体は芯内筒基部に密接し静止しているのに対し、イ号、ロ号物件においては、いずれも芯体の上下に伴い下部芯体下端縁とくに非縫合部の両先端付近が芯内筒基部を離れて若干移動することが認められる。
右の事実に照らすと、前認定の本件考案の作用効果のうち、下部芯体下端が円筒状になつていることによりもたらされる、前二2(一)中の切れ目のほつれがなくなるとの点、前二2(五)の芯の下端が不純物に浸漬することがないとの点において、イ号、ロ号物件は本件考案とは若干差異があるものと認められる。
右のとおりであるから、イ号、ロ号物件は、その構成(一)′、(一)′′が本件考案の構成要件(一)を充足せず、したがつて、本件考案の構成要件をそつくりそのまま備えているとはいえないから、本件考案の技術思想を利用するものでないことも明らかであつて、本件考案技術的範囲には属しない、というべきである。
七 以上のとおりとすると、被告小泉が業としてイ号物件を販売し、被告三木が業としてロ号物件を製造販売することは、なんら本件実用新案権を侵害するものではないから、右侵害を前提とする原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、すべて理由がない。
よつて、原告の本訴請求を、いずれも失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第89条を適用して、主文のとおり判決する。
追加
第一物件目録(イ号品)一別紙添付図面に図示し、つぎに説明するような構造を有する。
石油ストーブ用筒型芯二構造説明(一)図面の説明補強テープの一部を切欠いた正面図符号1′は下部芯体同2′は上部芯体同3′は上部芯体2′と下部芯体1′との縫合部同4′は補強テープ同A′は屈伸部同12′は下部芯体1′の下端部同13′は円筒状縫合部同15′は一本の緯糸(二)構造(1)綿糸にて織成し、下端部の一部を除いて円筒状に縫合して下部芯体1′をほぼ円筒状に形成している。
(2)下部芯体1′は、その上部と下端部を、緯糸と経糸にて織成し、また、中央部より下部にわたり、一本の緯糸が経糸の間を緩く通つているほか、殆んど経糸のみで織成している。
(3)ガラス繊維にて緯糸と経糸にて織成し円筒状に縫合して上部芯体2′を形成している。
(4)下部芯体1′の上端縁に、上部芯体2′の下端縁を突き合せこれを一体に縫合している。
(5)上部芯体2′と下部芯体1′との縫合部の外周面に、樹脂覆綿布の材質で作られている黄色のテープ4′を化学接着剤で接着し一体となしている。
<12321-004>第二物件目録(ロ号品)一別紙添付図面に図示し、つぎに説明するとおりの構造を有する石油ストーブ用筒型芯商品名(一)ミツキヱバーウイツク替芯(二)ミツキサンヨー石油ストーブ用不燃性ガラス芯(三)ミツキフジカ石油ストーブ用不燃性ガラス芯(四)ミキシン石油ストーブ用不燃性ガラス芯二構造説明(一)図面の説明補強テープの一部を切欠いた正面図符号1′は、下部芯体同2′は、上部芯体同3′は、上部芯体2′と下部芯体1′との縫合部同4′は、補強テープ、同A′は屈伸部、同12′は下部芯体下端部、同13′は、円筒状縫合部(二)構造(1)綿糸にて織成し上部13′のみを円筒状に縫合して下部芯体1′を形成している。
(2)下部芯体1′の上部と下端部を緯糸と経糸にて、また、中央部より下部に亘り経糸のみで織成している。
(3)ガラス繊維にて、緯糸と経糸にて織成し、円筒状に縫合して上部芯体2′を形成している。
(4)下部芯体1′の上端縁に、上部芯体2′の下端縁を突き合せこれを一体に縫合している。
(5)上部芯体2′と下部芯体1との縫合部の外周面に、樹脂被覆綿布の材質で作られている黄色のテープを化学接着剤で接着して一体となしている。
<12321-005>別表(省略)
裁判官 金田育三
裁判官 鎌田義勝
裁判官 若林諒