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関連審決 無効2003-35257
関連ワード 考案 /  図面 /  構造 /  組合せ /  設定登録 /  進歩性(3条2項) /  明細書の記載要件 /  実施可能 /  きわめて容易 /  審理範囲 /  請求項 /  実施例 /  本質的部分 /  容易に想到 /  公知技術 /  明細書 /  請求の範囲 / 
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事件 平成 17年 (行ケ) 10290号 審決取消請求事件
原告 川万水産株式会社
原告 株式会社エフネット
原告ら訴訟代理人弁護士 坂口英一,小野明,弁理士 永田豊,増子尚道
被告 株式会社アルス
訴訟代理人弁理士 鎌田文二,東尾正博,鳥居和久,田川孝由,北川政徳
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2005/07/07
権利種別 実用新案権
訴訟類型 行政訴訟
主文 特許庁が無効2003−35257号事件について平成15年12月16日にした審決を取り消す。
訴訟費用は,被告の負担とする。
事実及び理由
原告らの求めた裁判
主文同旨の判決。
事案の概要
本件は,原告らが,被告の有する本件実用新案の登録について無効審判請求をしたところ,審判請求は成り立たないとの審決がされたため,同審決の取消しを求めた事案である。
1 特許庁における手続の経緯 (1) 本件実用新案(甲2,4の2) 実用新案権者:株式会社アルス(被告) 考案の名称:「食品蒸機」 出願日:平成3年2月8日(実願平3-4873号) 設定登録日:平成7年9月18日 実用新案登録番号:第2078885号 (2) 本件手続 審判請求日:平成15年6月25日(無効2003-35257号) 訂正請求日:平成15年9月24日(以下「本件訂正」という。) 審決日:平成15年12月16日 審決の結論:「訂正を認める。本件審判の請求は,成り立たない。」 審決謄本送達日:平成15年12月24日(原告らに対し) 2 本件考案の要旨(下線部が訂正部分。) 【請求項1】 トンネル式蒸し釜内入口,出口間にエンドレスのコンベアを水平方向に走行自在に設け,上記コンベアの往路の途中に煮沸槽を設け,この煮沸槽には処理液の供給部及び液を加熱する加熱器を備え,前記往路が煮沸槽内液中を通過するようにコンベアを案内するガイドを設け,前記 トンネル 式蒸 し釜内 の出口付近に前記煮沸槽 の出口 を設けてなる蛸 蒸機。
3 審決の理由の要点 審決は,本件訂正を認めた上で,本件考案は,当業者が本訴甲5〜8に記載された考案に基づいてきわめて容易考案をすることができたとはいえないので,本件考案の実用新案登録を無効とすることはできないとした。 (1) 審判手続における甲号証 (ア) 甲2(特公昭31-2093号公報,本訴甲5) (イ) 甲3(実公昭64-195号公報,本訴甲6) (ウ) 甲4(実公昭55-41025号公報,本訴甲7) (エ) 甲5(実公昭55-42711号公報,本訴甲8) (オ) 甲6(「Tohoku Journal of Agricultural Research 6(2)1955」(1995年発行)の147〜158頁,本訴甲9) (カ) 甲7(土屋靖彦著,水産学全集第17巻「水産化学」,改訂1版(昭和40年9月10日発行)の284〜285頁,本訴甲10) (キ) 甲8(特開昭52-51063号公報,本訴甲11) (ク) 甲9(特開昭59-169467号公報,本訴乙1) (ケ) 甲10(特開昭59-227273号公報,本訴甲12)(以下,審決引用部分も含め,証拠番号は本訴の証拠番号に置き換えることとする。) (2) 引用刊行物に記載された考案 審決は,甲5には,以下の考案が記載されているとした(以下「甲5考案」という。)。
「本体4内入口,出口間に無端帯コンベヤー2を水平方向に走行自在に設け,上記コンベヤー2の往路の途中に煮熱室10を設け,この煮熱室10には予熱温水入口13及び蒸気パイプ12,12´を備え,前記往路が煮熱室10内液中を通過するようにコンベヤーを案内するテークアップ11,11´を設け,前記本体4内を仕切板6により区分し,入口側に1次蒸強室7,中間に煮熱室10,出口側に2次蒸強室15を設けてなる炊飯機」(判決注:「蒸強室」の「強」の文字は,「強飯」を意味し,正しくは「食へんに強」と表記するものであるが,表記し得ないので,便宜上「強」と表記する。以下同様。) (3) 本件考案と甲5考案の対比 審決は,本件考案と甲5考案の一致点及び相違点を,以下のとおり認定した。
ア 一致点 「入口,出口間にエンドレスのコンベアを水平方向に走行自在に設け,上記コンベアの往路の途中に煮沸槽を設け,この煮沸槽には処理液の供給部及び液を加熱する加熱器を備え,前記往路が煮沸槽内液中を通過するようにコンベアを案内するガイドを設けてなる装置。」 イ 相違点 「本件考案は,「トンネル式蒸し釜内入口,出口間にエンドレスのコンベアを設け,前記トンネル式蒸し釜内の往路の途中に煮沸槽を設け,前記トンネル式蒸し釜内の出口付近に前記煮沸槽の出口を設けてなる蛸蒸機」であるのに対して,甲5考案は,「本体4内入口,出口間にエンドレスのコンベアを設け,前記本体4内を仕切板6により区分し,入口側に1次蒸強室7,中間に煮熱室10,出口側に2次蒸強室15を設けてなる炊飯機」である点。」 (4) 相違点についての判断 審決は,本件請求項1の「往路の途中に煮沸槽を設け」の「往路の途中」の意味について,被告が口頭審理において「蒸した後」という意味であると陳述したことを摘示した上で,相違点について,以下のとおり判断した。
「甲6には,「トンネル式蒸し釜内入口,出口間にエンドレスのコンベアを設けてなる蛸蒸機」は記載されているが,トンネル式蒸し釜内に煮沸槽を設けること,更に,「トンネル式蒸し釜内の出口付近に煮沸槽の出口を設けてなる」点は記載されていない。 同様に,甲7及び8には,トンネル式蒸し釜に茹槽を設けた点は記載されているが,この茹槽はトンネル式蒸し釜の入口付近に設けられており,「トンネル式蒸し釜内の出口付近に煮沸槽の出口を設けてなる」ものではない。しかも甲7及び8に記載されたものは,蛸蒸機ではなく,はんぺん等の蒸装置である。 そして,本件考案は,上記の構成を採用することにより,本件明細書の段落【0009】に記載されるように「蒸し釜入口に投入された海産物を蒸し釜内を通過させ,搬送往路の最終付近に設けられた煮沸槽内を通過させると,蛸はさらに煮沸されて色つやが一層鮮やかに処理される」との作用を奏し,また,蛸蒸機において,段落【0027】に記載されるように,「煮沸槽を蒸し釜内に設けることによって装置全体をコンパクトに構成でき,かつ煮沸槽内の加熱器への蒸気消費量も煮沸槽を外部に設けた場合に比べると少なくできるから,装置として経済的でランニングコストを最小限に抑えることができる」との効果を奏するものである。 したがって,本件考案は,甲5ないし8に記載された考案から当業者がきわめて容易に想到し得たものとはいえない。 なお,審判請求人は,「例えば蛸については,蒸し工程の後にアルカリ等の処理液を使用して茹で工程を施し,色つやを鮮やかにすることは,本件考案の実用新案登録出願日以前から,当該技術分野において周知慣用されている技術である。」(審判請求書(甲3)8頁20〜22行)と主張するが,周知慣用技術であることを証明するために口頭審理陳述要領書で提示した甲号証(甲9〜12,乙1)には,蛸を茹でる又は蒸すの単独の処理について記載されているのみであり,蛸を蒸した後に茹でることについては何も記載されていない。したがって,この主張は採用できない。」 (5) 記載不備について 「審判請求人が提出した口頭審理陳述要領書には,「訂正後明細書においては,審判請求書において指摘した登録時の明細書に関する記載不備は解消していると認める。」(12頁26〜末行)と記載され,設定登録時の明細書に関する記載不備の主張は解消されている。」 (6) 結論 「以上のとおりであるから,審判請求人の主張及び証拠方法によっては,本件考案の実用新案登録を無効とすることはできない。」
原告らの主張の要点
審決は,本件明細書の実用新案登録請求の範囲等の記載要件違反を看過し(取消事由1),本件考案進歩性の判断を誤り(取消事由2),その結果,本件実用新案登録を無効とすることができないとしたものであり,これらの誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,違法なものとして取り消されるべきである。
1 取消事由1(明細書の実用新案登録請求の範囲等の記載要件違反) (1) 本件明細書(甲4)の考案の詳細な説明には,「処理液は蒸し蛸の色つやを鮮やかにするためにアルカリ性薬液を水に適当量混合したものが使用される」と記載されているが(段落【0017】),「処理液」として示されているのは「アルカリ性薬液」のみである。これに対し,本件実用新案登録請求の範囲には「処理液」と記載されている。
実用新案登録出願では,請求の範囲に記載された考案は,考案の詳細な説明に記載した範囲を超えるものであってはならないところ,本件明細書考案の詳細な説明の「アルカリ性薬液」と実用新案登録請求の範囲の「処理液」とは,その対応関係が明らかではなく,考案の詳細な説明によって実用新案登録請求の範囲の記載が支持されているとはいえない。したがって,本件実用新案登録請求の範囲の記載は,平成5年法律第26号附則第4条第1項の規定によりなおその効力を有するものとされる,同法による改正前の実用新案法5条5項1号(以下「旧実用新案法」という。)に違反する。
(2) 「処理液」を煮沸処理のみによる蛸の色づけに使用するものと機能的に解釈すると,出願時の当業者の技術常識からして「処理液」は,「アルカリ性薬液」であると想定できる余地はある(甲11参照)。
しかし,「蒸し後に所定の処理液での煮沸を行うと蛸の色つやがより鮮やかになる」という本件考案特有の作用は,出願時において当業者が認識することはできないものであるから,この「処理液」の範囲にいかなるものが含まれるかは,出願時の当業者の技術常識を考慮しても具体的なものが想定できない。
したがって,実用新案登録請求の範囲に記載した考案は不明確であり,旧実用新案法5条5項2号の規定に違反する。
(3) 本件実用新案登録請求の範囲に記載された「処理液」は,「蒸しただけのものよりも色つや鮮やか」(本件明細書の段落【0027】)な色付け作用を生じさせるために必須の構成要素であり,本質的部分であるから,蒸し工程後の煮沸工程でいかなる処理液を用いた場合に所定の作用効果があるのか明確にされなければ考案を実施することができない。このように,「処理液」がいかなるものを指すのかは,作用効果の実証と切り離せない問題である。アルカリ性薬液で茹でれば蛸が色つや鮮やかになることは裏づけられているものの,蒸し工程後の煮沸工程でいかなる処理液を用いた場合に,蒸しただけのものよりも色つや鮮やかになるのか不明というほかないのであるから,本件明細書の記載は旧実用新案法5条4項実施可能要件を満たしていない。
(4) 被告は,処理液の記載要件の充足性は,審判段階で主張していないのであるから,本件審決取消訴訟の対象外であると主張する。確かに,処理液についての記載不備の点は,もともと審判請求において無効事由として直接掲げていない。しかし,審決取消訴訟の審理範囲は事案の特殊性に応じて柔軟に検討されるべきところ,本件では「処理液」について特許庁が実質的な審理を行い,第1次的な判断をしているのであるから,処理液に関する記載不備の点は本訴訟で主張することができるというべきである。
(5) 以上のとおり,本件実用新案登録請求の範囲及び明細書の記載は,旧実用新案法5条5項1号,2号及び4項に違反するものであるから,この点を看過した審決は違法であり,取り消されるべきである。 2 取消事由2(進歩性の判断の誤り) (1) 審決は,本件考案の「トンネル式蒸し釜内の出口付近に煮沸槽の出口を設けてなる」構成を,甲5考案との相違点として認定した上で,蒸し釜内に投入された海産物を蒸し釜内を通過させ,搬送往路の最終付近に設けられた煮沸槽内を通過させると,蛸がさらに煮沸されて色つやが一層鮮やかに処理されるとの作用が奏されると認定した。すなわち,審決は,本件考案に係る蛸蒸機が,蛸の色付けに有用な蒸し処理と煮沸処理を連続的に実施し得る構造であることに着目して本件考案進歩性を肯定している。
ところで,本件考案において,煮沸処理は処理液を用いてなされるところ,その処理液の実施例として示されているアルカリ性薬液で蛸を煮沸すれば,水で煮沸した場合よりもさらに赤くなることは周知である(甲11の表1の1欄及び6欄,甲10の284頁下から2行〜285頁2行)。本件考案は,いきなりアルカリ性薬液で煮沸するのではなく,最初に蒸し処理をした後にアルカリ性薬液で煮沸するという構造にしたものであり,審決は,この点において,本件考案と上記周知技術との間には作用上の差異があると認めたものと考えられる。
しかしながら,本件明細書には蒸し処理と煮沸処理を結合することにより特有の色づけ作用が生じることを裏付けるような記載は存在せず,蒸し処理と煮沸処理を結合させると従来の色づけ処理に比べて有効である旨の証明や,当業者がその作用を予測できるような実験結果は示されていないのであるから,審決がかかる根拠のない作用効果に基づいて本件考案進歩性を認めたことは誤りである。
(2) 蒸し処理と煮沸処理の結合による色付け効果が本件考案の作用効果ではないとすると,色付け効果はアルカリ性薬液による煮沸処理により生じるにすぎないことになるが,これは周知の技術である。そうすると,本件考案の作用効果は,「「煮沸槽を蒸し釜内に設けることによって装置全体をコンパクトに構成でき,かつ煮沸槽内の加熱器への蒸気消費量も煮沸槽を外部に設けた場合に比べると少なくできるから,装置として経済的でランニングコストを最小限に抑えることができる」との効果」(審決書11頁12〜16行)に尽きることになる。
しかしながら,蒸し釜内に煮沸槽を設置した構造をもつ食品蒸機は公知である。
すなわち,甲5には,エンドレスのコンベアを水平方向に走行自在に設け,コンベアの往路の途中に煮沸槽を設け,この煮沸槽には処理液の供給部及び液を加熱する加熱部を備え,前記往路が煮沸槽内液中を通過するようにコンベアを案内するガイドを設けてなる装置が,甲7及び8には,トンネル式蒸し釜内にエンドレスのコンベアを水平方向に走行自在に設け,上記コンベアの往路に煮沸槽(茹槽)を設け,この煮沸槽には処理液を加熱する加熱器を備え,前記往路が煮沸槽内液中を通過するようにコンベアを案内するガイドを設けた茹蒸装置(蒸装置)が開示されている。そして,甲6には,トンネル式蒸し釜内入口,出口間にエンドレスのコンベアを設けてなる蛸蒸機が開示されている。
上記甲5〜8記載の蒸機の構成と本件考案の構成とを対比すると,甲5〜8記載の装置はすべて食品蒸機であり,本件考案と技術分野が同一である。また,甲5,7,8は,いずれも煮沸槽を蒸し釜内に設ける構造を採用しており,装置全体をコンパクトに構成できて経済的である点で,本件考案とは課題及び作用効果の同一性が認められ,とりわけ,甲5には,「熱量の損失も極めて僅少である」(2頁右欄9〜10行)と具体的に記載され,本件考案と作用効果が同一ということができる。したがって,当業者が日常の創作活動において,これら甲5〜8考案組合せを試みることには,十分な動機付けが存在する。
(3) 甲5〜8記載の考案を組み合わせた場合,本件考案との相違点は,トンネル式蒸し釜内の出口付近に煮沸槽の出口を設けた点のみとなる。しかし,蒸し釜内における煮沸槽の設置位置は,例えば,甲5では,蒸し処理後に連続して煮沸処理が行えるように煮沸槽が蒸し釜の中程に設置されているように,食品の処理手順に応じて当業者が容易に設定し得るものであり,本件考案では,蒸した後に煮沸処理を行う構成となっているために蒸し釜内の出口に煮沸槽が設置されているにすぎない。また,装置全体をコンパクトに構成するという作用効果については,煮沸槽をトンネル式蒸し釜内の前部,中程,後部のいずれの位置に設けても差異はない。煮沸槽の位置の決定は単なる設計事項に属し,蒸機の使用目的等に応じて,当業者が日常の企業活動において自由に選択することのできる事項にすぎない。
(4) 以上のとおり,本件考案は,甲5〜8に基づいて当業者がきわめて容易考案できたものであるから,本件考案進歩性を肯定した審決の判断は誤っており,審決は取り消されるべきである。
被告の主張の要点
審決の認定判断は正当であり,原告らの主張する取消事由はいずれも理由がない。
1 取消事由1(明細書の実用新案登録請求の範囲等の記載要件違反)に対して 原告らは,審判において,本件訂正前の明細書は,明細書及び図面に開示されていない事項を包含し,「前記往路」という言葉に対応する先行語が存在しないため不明瞭であるから,旧実用新案法5条5項1号,2号及び6項に違反すると主張していた。しかし,これらの記載不備が,本件訂正により解消したことは,原告ら自身が,口頭審理陳述要領書(乙2)で認めるとおりである。
原告らは,本件明細書に記載された「処理液」の意味が不明瞭であるなどと主張するが,この登録無効理由は,本訴訟において新たに追加されたものであり,審判段階での審理,判断を経ていないものであるから,本訴訟で主張することは許されるべきではない。
2 取消事由2(進歩性の判断の誤り)に対して 原告らは,本件考案の作用についての審決の認定は誤りであると主張する。しかし,本件明細書の段落【0009】に記載されているとおり,本件考案は,「蒸し釜入口に投入された海産物を蒸し釜内を通過させ,搬送往路の最終付近に設けられて煮沸槽内を通過させると,蛸はさらに煮沸された色つやが一層鮮やかに処理される」との作用を奏するものであるから,上記記載に基づく審決の認定に誤りはない。
本件考案は,トンネル式蒸し釜内にコンベアを設け,その往路の途中に煮沸槽を設けた蛸蒸機であるから,この蛸蒸機内を往行する蛸が蒸し釜で蒸された後,煮沸槽で煮沸されることは当業者にとって容易に理解することができる。被告は,本件明細書に記載されているとおり「トンネル式蒸し釜内で蒸された食品はその搬送往路途中で煮沸槽に通されて煮沸され,蒸しただけのものよりもさらに色つや鮮やかに処理されたものが得られる。」(段落【0027】)と主張しているのであって,蒸し処理と煮沸処理が結合すると,より鮮やかな色付け作用が生じるとまでは主張していない(答弁書4頁19〜22行)。したがって,本件考案の作用について,原告らが主張するような裏付けが必要であるとはいえない。
なお,原告らは,蒸し処理自体は蛸の色つやを鮮やかにすることに直接寄与するものではないと主張し,これを裏付けるものとして実験報告書(甲13)を提出している。しかし,この実験は,蛸の加工品を量産する場合とは全く懸け離れた非現実的な条件の下で行われたものであり,その結果は実際的ではない。被告の試験によれば(乙3実験報告書),蛸を蒸した後に,さらに処理液で煮沸した場合には,吸盤の部分は染め上がらずに,蛸全体としては十分な染色ができ,蒸しただけのものよりもさらに色つや鮮やかに処理されたものが得られる。
原告らは,本件考案は,甲5〜8に記載された考案から当業者がきわめて容易に想到し得たものとはいえないとした審決の判断を誤りであると主張する。しかし,本件考案と甲5考案との相違点(「トンネル式蒸し釜内の出口付近に煮沸槽の出口を設けてなる」構成)については,甲5〜8に記載されていない。すなわち,甲6記載の考案は,トンネル式蒸し釜内に煮沸槽10そのものを有していない。また,甲5,7,8記載の考案は,いずれも,煮沸槽10の後に蒸室を設けることが必要不可欠である。したがって,甲5〜8のいずれにも,本件考案の構成要件中,「前記トンネル式蒸し釜内の出口付近に前記煮沸槽の出口を設けてなる」ことに相当する構成は開示されていない。
原告らは,甲5〜8記載の考案は,本件考案と課題及び作用効果において同一性が認められ,当業者がその組合せを試みることに十分な動機付けが存在し,煮沸槽の位置を決定することは単なる設計事項である旨を主張する。しかし,甲5〜8記載の考案は,炊飯器,蛸蒸機,あるいははんぺん等の蒸装置であり,本件考案のように色つやが鮮やかに処理されたものが得られるとの作用効果を奏するものではなく,また,そのような作用効果を奏することを課題とするものでもない。また,仮に,甲5〜8の技術分野が同一であり,また,甲5,6,8に,蒸し釜内に煮沸槽を設けた構成が記載されているとしても,蛸を蒸しただけのものよりもさらに色つや鮮やかに処理されることを目的として,「前記トンネル式蒸し釜内の出口付近に前記煮沸槽の出口を設けてなる」構成を想到する動機付けとはならないというべきである。したがって,煮沸槽の位置の決定は単なる設計事項にすぎないとの原告らの主張は誤りである。
さらに,審決は,甲9〜12,乙1について,蛸を茹でる又は蒸すという単独処理が記載されているにすぎず,蛸を蒸した後に茹でることについては何ら記載がないとしているが,この認定判断も正当である。
以上のとおり,本件考案は,甲5〜8記載の考案,あるいは甲9〜12,乙1記載の考案がいずれも有しておらず,また示唆もしていない「前記トンネル式蒸し釜内の出口付近に前記煮沸槽の出口を設けてなる」という構成要件を備えたものであり,本件明細書記載の優れた作用効果を奏するものであるから,当業者がきわめて容易に想到し得るものではない。したがって,本件考案進歩性を有するから,本件実用新案登録は無効とすることはできないとした審決は正当である。
当裁判所の判断
1 取消事由1(明細書の実用新案登録請求の範囲等の記載要件違反)について 原告らは,前記取消事由1(1)ないし(3)記載のとおり,処理液に関する本件明細書の記載は,旧実用新案法5条5項1号,2号及び4項に違反すると主張する。しかしながら,処理液に関する上記主張は,審判段階では現実に審理されず,本訴において初めて主張されたものであるから,取消事由として主張することは許されないというべきである(なお,原告らは,審判請求書(甲3)において,@煮沸処理を行ってから蒸し処理を行う旨の本件実用新案登録請求の範囲の記載は明細書及び図面に記載されていない事項を包含する,A本件考案請求項1の「前記往路」という言葉に対応する先行語が存在しないため本件訂正前の明細書の記載は不明瞭であるなどと主張したが,口頭審理陳述要領書(乙2)において,明細書の記載要件違反は本件訂正により解消したと認めている。そのため,審決は,原告らの上記主張についても判断をしていない。)。
しかしながら,本件実用新案登録請求の範囲の「処理液」の意義は,本件考案進歩性の判断の前提となる事項でもあることから,念のため,取消事由1(1)ないし(3)について,以下,判断する。
(1) 本件明細書の実用新案登録請求の範囲には,「トンネル式蒸し釜内入口,出口間にエンドレスのコンベアを水平方向に走行自在に設け,上記コンベアの往路の途中に煮沸槽を設け,この煮沸槽には処理液の供給部及び液を加熱する加熱器を備え,前記往路が煮沸槽内液中を通過するようにコンベアを案内するガイドを設け,前記トンネル式蒸し釜内の出口付近に前記煮沸槽の出口を設けてなる蛸蒸機。」と記載されている。この記載によれば,本件考案に係る蛸蒸機においては,トンネル式蒸し釜内のコンベア往路の途中に煮沸槽が設けられており,コンベアは,往路において,トンネル式蒸し釜の入口から蒸し釜内に入り,煮沸槽内液中を通過した後,トンネル式蒸し釜の出口付近に設けた煮沸槽の出口を通って,復路へと走行するよう作動するものと認められ,このコンベアの走行作動からすると,本件考案に係る蛸蒸機においては,蛸を蒸した後,処理液中で煮沸するという加工処理が実現されるものと認められる。
本件請求項1にいう「処理液」がいかなるものであるかは,同請求項の記載からは必ずしも明らかではない。しかしながら,本件明細書考案の詳細な説明には,実施例についてではあるが,「処理液は蒸し蛸の色つやを鮮やかにするためアルカリ性薬液を水に適当量混合したものが使用される。」(段落【0017】),「処理液に含まれる薬液の作用で蒸したままの蛸よりも色つやが鮮やかになる。」(段落【0022】),「かかる煮沸作用を行なうため,煮沸槽10内には予め蒸し蛸のつや出し作用に有効な処理液が満たされ,」(段落【0023】)と記載されている。そして,甲9の2には「蛸が水で茹でられたとき,窒素を含む塩基性化合物の溶解の結果として,煮液のpHがアルカリ側に変化する…。そして,これは,黒紫色素胞からの葡萄酒色の色素(オンモクローム)の流出をより容易にする。」(本文7〜9行),甲10には「タコをゆでると赤くなるがそれは煮熟によって肉組織から塩基性物質が煮汁へ溶出し,液がアルカリ性となり,黒紫色素胞から葡萄酒色のオンモクロームが溶出してそれが組織蛋白と強く結合する。」(284頁下から2行〜285頁2行)との記載がある。これらの記載に照らすと,蛸を煮沸する際に色つやをよくするためにアルカリ性薬液を使用するとよいことは本件考案の出願当時周知の事項であったものと認められ,本件明細書の上記記載に加えて,上記周知技術の存在を考慮するならば,当業者は,本件請求項1にいう「処理液」が蛸の色つやを鮮やかにする作用を有するアルカリ性薬液を意味すると理解し得るというべきである。
そうすると,実用新案登録請求の範囲の「処理液」が考案の詳細な説明に記載されたものではないとの原告らの主張(取消事由1(1))は理由がなく,また,「処理液」の範囲にいかなるものが含まれるかが具体的に想定できないので実用新案登録請求の範囲の記載は不明確であるとの原告らの主張(取消事由1(2))も理由がない。
(2) 次に,原告らは,本件明細書に記載された作用効果を,蒸し処理と煮沸処理を結合することにより特有の色づけ作用が生じること,すなわち,蒸し処理と煮沸処理を併用することにより煮沸処理をしただけの場合より優れた色づけ効果が生じることと理解し,これを前提として,そのような効果を奏する処理液の具体的な意義が明らかではなく,裏付けとなる記載も本件明細書にはないと主張する。
しかしながら,本件明細書には,「このように構成した食品蒸機では,蒸し釜入口に投入された海産物を蒸し釜内を通過させ,搬送往路の最終付近に設けられた煮沸槽内を通過させると,蛸はさらに煮沸されて色つやが一層鮮やかに処理される。」(段落【0009】),「蛸が蒸し釜1内に移動する間に出口3の手前の煮沸槽10内を通過すると蒸し蛸はさらに煮沸され,処理液に含まれる薬液の作用で蒸したままの蛸よりも色つやが鮮やかになる」(段落【0022】),「トンネル式蒸し釜内で蒸された食品はその搬送往路途中で煮沸槽に通されて煮沸され,蒸しただけのものよりもさらに色つや鮮やかに処理されたものが得られる」(段落【0027】)との記載がある。これらの記載によれば,本件考案の作用効果は,蛸を煮沸することにより蒸しただけの場合よりも色つやが一層鮮やかになるということにとどまると理解すべきであり,被告自身も,蒸し処理と煮沸処理を結合させることによって一層鮮やかな色付け作用が生じる場合があり得るとしても,そのような作用効果は本件考案の作用効果には含まれないとしている。
そうすると,本件明細書考案の詳細な説明の記載が不明確であるとの原告らの主張(取消事由1(3))は,その前提において採用できず,理由がないというべきである。
2 取消事由2(進歩性の判断の誤り)について 次に,本件考案進歩性について,検討する。
(1) 審決は,前記のとおり,本件考案と甲5考案の相違点として,「本件考案は,「トンネル式蒸し釜内入口,出口間にエンドレスのコンベアを設け,前記トンネル式蒸し釜内の往路の途中に煮沸槽を設け,前記トンネル式蒸し釜内の出口付近に前記煮沸槽の出口を設けてなる蛸蒸機」であるのに対して,甲5考案は,「本体4内入口,出口間にエンドレスのコンベアを設け,前記本体4内を仕切板6により区分し,入口側に1次蒸強室7,中間に煮熱室10,出口側に2次蒸強室15を設けてなる炊飯機」である点。」と認定している。審決の上記認定を敷衍すれば,本件考案と甲5考案の相違点の要諦は,本件考案は,蒸し釜内の出口付近に煮沸槽を設けた蛸蒸機であるのに対し,甲5考案は,蒸し釜内の中間部分に煮沸槽を設けた炊飯機である点にあるということができる。
(2) まず,審決も指摘するとおり,甲6には「トンネル式蒸し釜内入口,出口間にエンドレスのコンベアを設けてなる蛸蒸機」が記載されており,甲7及び8には,トンネル式蒸し釜内に茹槽を設け,一つの装置内において蒸し処理と煮沸処理とを行う食品茹蒸装置が開示されている。これらの公知技術に基づき,甲6の蛸蒸機のトンネル蒸し釜内に,甲7及び8記載のような煮沸槽を設けることは,当業者であればきわめて容易に想到し得るということができる。審決は,本件考案について,「煮沸槽を蒸し釜内に設けることによって装置全体をコンパクトに構成でき,かつ煮沸槽内の加熱器への蒸気消費量も煮沸槽を外部に設けた場合に比べると少なくできる」としているが,かかる作用効果は,蒸し釜内に煮沸槽を設けるという当業者であればきわめて容易に想到し得る構成から生じるものにすぎず,本件考案進歩性を肯定するに足る格段の作用効果であるとは認められない。
(3) そうすると,本件考案について進歩性を肯定できるかどうかは,本件考案の煮沸槽を蒸し釜内の出口付近に設置したとの構成について,当業者が甲5〜8に基づききわめて容易に想到し得るかにかかることになる。
審決は,「トンネル式蒸し釜内の出口付近に煮沸槽の出口を設けてなる」という構成は,甲5〜8のいずれにも開示されていない上,本件考案は上記段落【0027】記載の効果を奏するものであるから,当業者がきわめて容易に想到し得たとはいえないと判断している。
しかしながら,前記判示のとおり,蛸蒸機のトンネル蒸し釜内に煮沸槽を設けることは当業者であればきわめて容易に想到し得ると認められるところ,本件考案に係る蛸蒸機は,蒸し処理と煮沸処理を結合させることにより一段と鮮やかな色付け作用が生じることをその作用効果とするものではなく,アルカリ薬液による煮沸処理により「蒸したままの蛸よりも色つやが鮮やかになる」という従来周知の効果を奏するにすぎないのであるから,煮沸槽を蒸し釜内の入口付近,中間付近,出口付近のいずれに設置して煮沸処理を行うかは,蛸の処理手順に応じて当業者が自由に設計し得る事項であるというべきである。したがって,甲5〜8に,煮沸槽が蒸し釜の出口付近に設置されている蛸蒸機が開示されていないとしても,それをもって本件考案進歩性を肯定することはできないというほかない。また,本件明細書の段落【0027】記載の効果も,蛸をアルカリ性薬液中で煮沸すると色つやがよくなるという周知の技術の作用効果を超えるものではなく,本件考案進歩性を肯定するに足る格段の作用効果ということはできない。したがって,相違点に係る上記構成は,当業者がきわめて容易に想到し得たものであるというべきである。
(4) 前記のとおり,本件考案に係る蛸蒸機は,蒸し処理と煮沸処理を結合させることにより一段と鮮やかな色付け作用が生じることをその作用効果とするものではなく,明細書にその旨の記載もないというべきであるが,仮に,蛸を蒸した後に煮沸することにより特別の発色効果が得られるとした場合に,本件考案進歩性を認めることができるかどうかについても,念のため検討しておく。
蛸の加熱処理について,甲12には「蛸は熱湯内で煮沸されるため,どうしても皮剥けが生じ易いだけでなく,白くでき上がるべき蛸足のイボ部分までが小豆色に染色され」(1頁右下欄14〜16行),「蛸を蒸気により蒸煮する…場合には,茹でた場合に比し皮剥けもなく,またイボ等の変色もない色調鮮明なものが得られるものの,…不整置の状態にあって蒸煮処理されるため,蒸煮された蛸の仕上がり形状がまちまちになってしまうだけでなく,完全に煮上ったところと生煮えのところが生ずることがあり」(2頁左上欄1〜9行)との記載がある。これらの記載によれば,煮沸により蛸を加熱すると,皮剥けが生じたりイボ部分までが染色されるなどの不都合がある一方で,蒸煮により加熱すると,加熱が不十分で生煮えの部分が生じ,アルカリ性薬液で処理した場合のような発色効果は生じないなどの不都合があることは,本件考案の出願時に周知であったと認められる。
ところで,乙1に「タコを加熱する前,加熱時,冷却時の任意の時期にあるいはこれらの2回以上の時期において,…水溶液に浸漬する」(2頁右下18行〜3頁左上3行)と記載されているように,蛸を加熱するに当たり,相互補完的な処理を行うことは,当業者が通常行う試行錯誤の範囲内にあるということができる。上記のとおり,蛸を加熱する手段としての蒸し処理と煮沸処理にはそれぞれ長所と短所が存在するのであるから,両処理を相互補完的に組み合わせ,まず,皮剥けが生じたりイボ部分まで染色されるなどの不都合を避けるために蒸して加熱処理した後に,補完的に,発色のためアルカリ薬液による煮沸処理を行う構成とすることは,当業者であればきわめて容易に想到し得るというべきである。したがって,仮に,本件考案に係る蛸蒸機が蛸を蒸した後に煮沸することにより特別の作用効果を奏するとしても,その構成は,甲5〜8,甲12,乙1に基づき,当業者であればきわめて容易に想到し得たものというほかない。
(5) 以上によれば,本件考案における「トンネル式蒸し釜内の出口付近に煮沸槽の出口を設けてなる」構成は,当業者がきわめて容易に想到し得たものであるというべきであり,審決は誤って本件考案進歩性を肯定したものである。したがって,原告らの主張する取消事由2には理由がある。
3 結論 以上のとおり,原告らの主張する取消事由2は理由があるので,審決は違法として取消しを免れない。
裁判長裁判官 塚原朋一
裁判官 田中昌利
裁判官 佐藤達文