関連ワード | 技術的範囲 / 出願経過 / 禁反言 / 損害額 / 権利濫用(権利の濫用) / 考案 / 構造 / 組合せ / 物品 / 物品の形状 / 進歩性(3条2項) / 新規性(3条1項) / きわめて容易 / 請求項 / 容易に想到 / 公知技術 / 特段の事情 / 頒布 / 特定 / 明細書 / 請求の範囲 / |
---|
元本PDF | 裁判所収録の全文PDFを見る |
---|---|
元本PDF | 裁判所収録の別紙1PDFを見る |
事件 |
平成
12年
(ワ)
20946号
実用新案権侵害差止等請求事件
|
---|---|
原告 古林紙工株式会社 訴訟代理人弁護士 鈴木和夫 同 鈴木きほ 補佐人弁理士 野崎照夫 被告 大王製紙株式会社 訴訟代理人弁護士 小坂 志磨夫 同 小池豊 同 櫻井彰人 補佐人弁理士 永井義久 |
|
裁判所 | 東京地方裁判所 |
判決言渡日 | 2001/11/08 |
権利種別 | 実用新案権 |
訴訟類型 | 民事訴訟 |
主文 |
1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は,原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
---|---|
請求
1 被告は,別紙被告製品目録記載のティッシュペーパ用包装箱を製造し,又は販売してはならない。 2 被告は,その保管中の前項のティッシュペーパ用包装箱を廃棄せよ。 3 被告は,原告に対し,2億7000万円及びこれに対する平成12年10月13日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 4 訴訟費用は,被告の負担とする。 5 仮執行宣言 |
|
事案の概要
本件は,後記実用新案権(以下,「本件実用新案権」といい,その考案を「本件考案」という。)を有する原告が,別紙被告製品目録記載のティッシュペーパ用包装箱(以下「被告製品」という。)を製造し,販売している被告に対し,被告製品が本件考案の技術的範囲に属し,被告によるその製造販売は本件実用新案権を侵害するものであると主張して,被告に対して,被告製品の製造販売の差止め及び損害賠償を求めている事案である。 1 争いのない事実等 (1) 原告は,次の実用新案権(本件実用新案権)を有している。 ア 実用新案登録番号 第2543492号 考案の名称 ティッシュペーパ用包装箱 出願年月日 平成3年12月13日 登録年月日 平成9年4月25日 イ 上記実用新案権に係る願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。本判決末尾添付の実用新案登録公報参照)の実用新案登録請求の範囲請求項1の記載は次のとおりである。 「ティシュペーパaを収納した紙製箱本体P上面にそのティシュペーパ取出し用開口1を形成し,その開口1を被うシートFを箱本体Pに貼着し,そのシートFにはティシュペーパ取出し用スリット2を形成したティシュペーパ用包装箱において,上記シートFを,箱本体Pとともに溶かしてもその紙再生に支障がなく,かつ引裂きに対して抗力のある和紙などの素材から成すとともに,そのシートFの貼着のりも溶かしても支障のないものとしたことを特徴とするティシュペーパ用包装箱」 (2) 上記考案の構成要件を分説すれば,次のとおりである(以下「構成要件A@」のようにいう。)。 A@ ティシュペーパaを収納した紙製箱本体P上面にそのティシュペーパ取出し用開口1を形成し, A その開口1を被うシートFを箱本体Pに貼着し, B そのシートFにはティシュペーパ取出し用スリット2を形成したティシュペーパ用包装箱において, B 上記シートFを,箱本体Pとともに溶かしてもその紙再生に支障がなく,かつ引裂きに対して抗力のある和紙などの素材から成すとともに, C そのシートFの貼着のりも溶かしても支障のないものとしたこと D を特徴とするティシュペーパ用包装箱 (3) 被告は,業として,被告製品を,製造し,販売している。 2 争点 (1) 被告製品が本件考案の技術的範囲に属し,被告製品の製造・販売が本件実用新案権を侵害するか。なかでも, ア 被告製品が構成要件A及びBを充足するか(争点1)。 イ 被告製品が構成要件Cを充足するか(争点2)。 (2) 本件実用新案権には無効事由があり,本訴請求は権利濫用に当たるか(争点3) (3) 原告の損害(争点4) |
|
争点に関する当事者の主張
1 争点1(被告製品が構成要件A及びBを充足するか)について (1) 原告の主張 ア 構成要件Aについて 被告製品の「ティシュペーパT」「紙製の箱本体10」「ティシュペーパ取出し用開口17」「シート20」「ティシュペーパ取出し用スリット21」「ティシュペーパ用包装箱50」は,それぞれ本件考案の「ティッシュペーパa」「紙製箱本体P」「ティシュペーパ取出し用開口1」「シートF」「ティシュペーパ取出し用スリット2」「ティシュペーパ用包装箱」に該当する。 したがって,被告製品においては, a(@) ティシュペーパTを収納した紙製の箱本体10上面にそのティシュペーパ取出し用開口17を形成し, (A) その開口17を被うシート20を箱本体10に貼着し, (B) そのシート20にはティシュペーパ取出し用スリット21を形成したティシュペーパ用包装箱50において との構成を具備する。したがって,被告製品は本件考案の構成要件Aを充足することが明らかである。 イ 構成要件Bの分説について 構成要件Bを,さらに以下のように分説する。 上記シートFを, (@) 箱本体Pとともに溶かしてもその紙再生に支障がなく, (A) かつ引裂きに対して抗力のある (B) 和紙などの素材 から成すとともに ウ 構成要件B(B) のシートの素材について 被告製品のシート20は,パルプ75パーセント,レーヨン25パーセントからなるレーヨン紙であり,機械漉き和紙の一種である。和紙は,手漉き和紙と機械漉き和紙に分類される。機械漉き和紙の原料としては,化学繊維であるレーヨンが使用されており,レーヨンを原料とする機械漉き和紙は,レーヨン紙と呼ばれ,障子紙として使用される典型的な機械漉き和紙である。本件考案は,大量に工業生産されるティシュペーパ用包装箱に係わるものであるから,「シートF」に使用される「和紙」は,「機械漉き和紙」が想定されているのであって,構成要件Bの「和紙」が,「手漉き和紙」に限定されることはあり得ない。 したがって,被告製品のシート20は,本件考案の,構成要件Bの「和紙」であって,被告製品は構成要件 B(B) の「和紙などの素材」を充足する。 ウ 構成要件 B(@)の紙再生に支障がないことについて 被告製品のシート20は,上記のとおり,「和紙」(機械漉き和紙であるレーヨン紙)を素材とするものであって,「箱本体10とともに溶かしてもその紙再生に支障がないこと」は明らかである。また,被告製品において,「シート20」を箱本体10とともに溶かしてもその紙再生に支障がないことは,原告が被告製品を使用して行った実験(1)(甲12)及び実験(3)(甲14)により裏付けられている。 したがって,被告製品は構成要件 B(@)を充足する。 エ 構成要件B(A)の引裂きに対する抗力について 構成要件Bに,「引裂きに対して抗力のある」とは,シートのスリットからティシュペーパを取り出して使用する際,「この取出し時,ティシュペーパがスリットの縁に擦れてシートに引裂き力が加わるが,シートはその抗力を有するもののため支障がない。」(本件明細書【0009】)ことをいう。 ティシュペーパ用包装箱において,シートFは,「開口1から塵埃が入るのを防止し(本件明細書【0003】),かつ,一般に,ティシュペーパを取り出した際に,スリットにより次のティシュペーパを保持し,次のティシュペーパを取り出しやすくする機能(いわゆるポップアンドホールド機能)がある(乙1の4の2〔公開実用新案公報〕参照)。 「引裂きに対して抗力のある」とは,シートFが,紙製箱本体に収納されているティシュペーパをすべて取り出すまで破れることがなく,塵埃の進入防止機能やポップアンドホールド機能を果たすことができ,実際の製品として支障が生じないことをいうものである。紙製箱本体に収納されているティシュペーパのすべてを取り出すまで,取出し時の引裂きに耐えるという作用が維持されれば足り,従来の合成樹脂(プラスチック)シートと物理的に同等のレベルの引裂き強度を有する必要はない。 被告製品の「シート20」が,紙製箱本体に収納されているティシュペーパをすべて取り出すまで破れることがなく,取出し時の引裂きに耐えるという作用が維持され,塵埃の進入防止機能やポップアンドホールド機能を果たすことができ,実際の製品として支障が生じないことは,原告が被告製品を使用して行った実験の実験報告書(2)(甲13)により裏付けられている。 よって,被告製品の「シート20」は,取出し時の引裂きに耐えるという作用が維持され,「引裂きに対して抗力のある」ものであるから,被告製品は,構成要件B(A)を充足する。 オ 争点1のまとめ 以上述べたとおり,被告製品は,シート20を, (@) 箱本体10とともに溶かしてもその紙再生に支障がなく, (A) かつ引裂きに対して抗力のある (B) 和紙であるレーヨン紙 から成す,との構成を有しており,構成要件Bをすべて充足する。 (2) 被告の主張 被告製品のシートは,構成要件Bの「引裂きに対して抗力のある」にも,「和紙などの素材」にも該当しないから,当該構成要件を充足しない。 ア 引裂き抗力について 本件考案のシートは,単に和紙であれば足りるのではなく,「引裂きに対して抗力のある」ものでなければならない。和紙であれば直ちに引裂きに対して抗力があるということができないことはいうまでもない。 「引裂きに対して抗力のある」とは,出願経過を参酌すると,原告は,特許庁に提出した平成8年11月27日付け意見書中で,この要件を加入した目的につき,「シートFが従来の合成樹脂(プラスチック)シートと同等の作用をなすことを明確にするため」と説明しているから,少なくともかかる作用が必要なことが明らかである。乙2の試験結果報告書によれば,被告の別製品たるティシュペーパ用包装箱の取出し口シートに使用されたポリエチレンフィルムからなるシートが,引裂き強さ538gfを有するのに対し,被告製品のシートの引裂き強さは28.1gfであり,その19分の1の強度しかない。原告が出願経過で述べた「シートが従来の合成樹脂(プラスチック)シートと同等の作用をなす」などとは到底いえないことは明らかである。 原告は,本件において,本件考案のシートが従来の合成樹脂(プラスチック)シートと物理的に同等のレベルの引裂き強度を有する必要はないと主張するが,出願経過における主張と矛盾し,禁反言の原則に反する主張で許されない。 イ 「和紙」について 原告提出の甲6や甲7の文献によれば,和紙とは,「我が国で発展してきた特有の紙」若しくは「我が国特有の紙」である「こうぞ,みつまた,がんぴ」等の靭皮繊維を原料とするものである。乙4に示されているとおりJISによると「レーヨン紙」は化学繊維を主原料とした「化学繊維紙」の分類に属するものであって,「和紙」の範疇に属さない。 2 争点2(被告製品が構成要件Cを充足するか)について (1) 原告の主張 ア 構成要件Cの「支障がない」とは,紙再生に支障がない,という意味である。 イ 被告製品のシートの貼着のりについて 被告製品のシート20の貼着のりである「シート貼着用接着剤31」は,「酢酸ビニル重合体を主成分として,フタル酸ジ-n-ブチルを可塑剤として含む」もの(被告主張の製品名「マルカボンドC680G」)である。酢酸ビニル重合体を主成分とする接着剤は,「酢酸ビニルエマルジョン接着剤」であり,合成樹脂系接着剤の中で一番多く使用されている接着剤であって,その主用途は木工用と紙工用(包装,製本,合紙,紙管など)である。そして,「酢酸ビニルエマルジョン接着剤」は,回収と紙再生が最もよく行われている段ボール箱の製造において,ごく一般的に使用されている接着剤である。段ボール箱による紙再生過程において,「酢酸ビニルエマルジョン接着剤」が使用されていることは障害とされていない。したがって,被告製品において,「シート貼着用接着剤31」として,酢酸ビニル重合体を主成分とする「酢酸ビニルエマルジョン接着剤」が使用されていても,紙再生に何らの支障もない。 また,被告製品の「シート貼着用接着剤31」が,溶かしても紙再生に支障がないことは,原告が被告製品を使用して行った実験の実験報告書(1)(甲12)及び同(3)(甲14)により裏付けられている。 よって,被告製品は,「シート20のシート貼着用接着剤31も溶かしても支障のないもの」という構成を具備し,構成要件Cを充足する。 (2) 被告の主張 ア 構成要件Cは,抽象的・機能的で,実用新案の構成要件として意味不明である。「支障がない」とは,何か1つの基準が設定されたうえでの表現であり,単に「溶かしても支障がない」というだけでは,考案の構成自体理解できない。 イ そこで本件明細書の記載を参酌すると,本件明細書には,「その再生には,紙製包装箱を溶かして行うが,その際,再生に不要な付着物は除去する必要がある」(【0004】)とあり,また,「そのシートの貼着のりも溶かしても支障のないものとした」(【0007】)と,同種の表現があり,他に,シートについて,「でんぷん樹脂などのように水可溶性のものからなる不織布などを採用し得る。」(【0008】)とある。かかる本件明細書の記載に照らせば,構成要件Cにいうのりは,少なくとも,水溶性ののりであり,再生に当たってその除去作業を行う必要がないようなのりを指していることは明らかである。 ウ 被告製品のシート接着のりは,酢酸ビニル重合体及びフタル酸ジ-n-ブチルを成分とするもの(製品名「マルカボンドC680G」)であるところ,酢酸ビニル重合体には水溶性がなく(乙7),ポリ酢酸ビニル(酢酸ビニル重合体)は水に対し20パーセントしか溶解せず,80パーセントは残留することが文献により示されている(同号証46頁第13図)。 被告製品のシート接着のりに使用されている酢酸ビニル重合体は,エマルジョン系接着剤としても,ホットメルト接着剤としても使用されている。乙5ないし13の文献によれば,ホットメルト接着剤は古紙再生に当たっての阻害要因物質であり,再生に当たっては除去しなければならないものである。エマルジョン系接着剤とホットメルト接着剤のいずれにより使用するかは使用方法の問題にすぎないのであって,酢酸ビニル重合体としての性質が変わるものではない。被告製品では,エマルジョン化して使用しているが,エマルジョン化して使用したとしても,最終的には乾燥して固化した形で存在するのであるから,ホットメルト接着剤として使用した場合と同様,紙再生の阻害要因となる。 したがって,被告製品のシート接着のりは,構成要件Cを充足しない。 3 争点3(本件実用新案権には無効事由があり,本訴請求は権利濫用に当たるか)について (1) 被告の主張 本件考案には,明らかに無効事由が存し,無効となることが明白であるから,本件実用新案権に基づく請求は権利濫用に当たり,許されない。 ア 改正前実用新案法37条1項3号該当 本件考案は,平成5年法律第25号による改正前の実用新案法5条(以下「改正前実用新案法」という。)に規定する実用新案登録請求の範囲の記載要件を充たしておらず,同法37条1項3号により無効とされるべきものである。 本件考案は,実用新案登録請求の範囲の記載形式からして,公知のティシュペーパ用包装箱(構成要件A)において,構成要件B及び同Cを特徴としたものとして実用新案登録出願されていることは明らかである。他方,実用新案権は,物品の形状,構造又は組合せにかかる考案を対象としているものである。 ところが,本件考案において特徴部分とされるべき構成要件Bは「上記シートFを,箱本体Pとともに溶かしてもその紙再生に支障がなく,かつ引裂きに対して抗力のある和紙などの素材から成すとともに」というものであり,構成要件Cは「そのシートの貼着のりも溶かしても支障のないものとしたこと」というものであって,ともにおよそ物品の形状,構造又は組合せとは相容れない抽象的・機能的記載に止まっている。また,「紙再生に支障がなく」「引裂きに対して抗力のある」「溶かしても支障のないもの」などという記載は,抽象的・機能的であるだけでなく,そこには何らの基準も示されておらず,考案の範囲を定める表現としてはそれ自体意味不明であって,実用新案登録請求の範囲の記載要件を欠如しているものといわなければならないから,本件実用新案権には,改正前実用新案法5条・37条1項3号所定の無効事由が存することが明らかである。 イ 改正前実用新案法37条1項1号該当 (ア) 本件考案の実用新案登録出願前に米国において頒布された刊行物である米国特許第3369699号公報(乙18)は,先のティシュペーパが取り出された後に,続くティシュペーパが取出しスリットから抜け落ちるフォールバック,及び先のティシュペーパが取り出されるときに,一以上のティシュペーパが抜け出るダブルプルを防止する技術を開示しているものであるところ,その構成は,大要次のとおりである。 A 折り畳まれたティシュペーパの束の包装箱10の上面14には,取出し開口13が形成され,この取出し開口13は軽量ポリエチレンフィルムなどからなる滑らかで柔軟な素材15により覆われている。素材15は,上面14の裏面に適宜の接着剤により固定され,取出し開口13の長手方向中央線に沿う個々のティシュペーパを取り出すためのスリット16を有する(同公報2欄47〜60行)。 B 包装箱の開口における特殊な柔軟シート材料には限定はないが,プラスチックフィルム類が望ましい。他の柔軟フィルム,ティッシュ,薄い紙又は不織布材料もまた使用できる。これらの重要な特性は,十分な伸張性を有しかつ締付け把持作用を示すように弾力性を有することである(同公報4欄53〜61行)。 (イ) 同公報における「包装箱10」は本件考案の「紙製箱本体P」に,「取出し開口13」は「取出し開口1」に,「素材15」は「シートF」に,「スリット16」は「取出し用スリット2」にそれぞれ該当する。そして素材15は取出し開口13を被い,包装箱10の上面14に接着剤により固定されている。したがって同公報には,まず「ティシュペーパaを収納した紙製箱本体P上面にそのティシュペーパ取出し用開口1を形成し,その開口1を被うシートFを箱本体Pに貼着し,そのシートFにはティシュペーパ取出し用スリット2を形成したティシュペーパ用包装箱」が開示されていることは明らかである。 (ウ) 同公報には, @シートを,箱本体とともに溶かしてもその紙再生に支障がない Aシートを,引裂きに対して抗力のある和紙などの素材から成す Bシートの貼着のりも溶かしても支障のないものとした との点については直接の記載はない。しかし,上記アのとおり,これらの記載は,物品の形状,構造又は組合せに関するものでなく,考案の技術的範囲を定める表現としては意味不明であるから,無意味なものであり,これらの記載をもって公知技術との対比に供することはできない。 したがって,同公報には,本件考案の構成がすべて開示されているのであって,本件考案は,新規性又は進歩性を欠如しており,改正前実用新案法3条・37条1項1号所定の無効事由が存することが明らかである。 (2) 原告の主張 ア 改正前実用新案法37条1項3号該当性の主張について 本件考案は物品の形状,構造又は組合せとして明確に特定されている。 「紙再生に支障がない」「引裂きに対して抗力のある」「溶かしても支障がない」などの記載も明確なもので,抽象的・機能的表現ではない。 イ 改正前実用新案法37条1項1号該当性の主張について 被告は,本件考案は公知技術そのものであると主張するが,被告の挙げる米国特許公報(乙18)には,本件考案の構成が示されているとはいえず,被告の主張は成り立たない。 同公報には,ティッシュの取出し開口13に柔軟な素材15が設けられている。これは,プラスチックフィルム類が望ましい,とされ,その代替品としてティッシュ,薄い紙が例示されている。この「ティッシュ,薄い紙」は本件考案の「和紙など」のように引裂きに対して抗力のあるものではない。 また,同公報にも,無効審判請求書添付の他の証拠にも,取り出し口を被うシートと箱本体との接着に溶かしても紙再生に支障がない貼着のりを用いることに関しては,一切記載されていない。さらに,ティッシュの取出し口に設けるシートの素材及び貼着のりを選択することによって,箱本体と共に溶かしても紙再生に支障がないティシュペーパ用包装箱を提案したという本件考案の目的及び効果については何ら記載されておらず,その示唆さえされていない。したがって,被告主張の証拠に,本件考案の構成が示されていて,本件考案に新規性がないとか,きわめて容易に想到し得るもので進歩性がないということはできない。 4 争点4(原告の損害)について (1) 原告の主張 ア 被告は,平成11年1月1日から平成12年9月30日までの間,少なくとも被告製品を5000万個販売した。被告による被告製品の1個当たりの平均販売単価は50円であり,上記期間内の被告による販売高は25億円を下らない。 本件考案の実施料率はその販売高の10パーセントが相当であるから,原告は被告に対し,実用新案法29条3項に基づき,上記販売高の10パーセントである2億5000万円を損害としてその賠償を請求する。 イ 原告は,原告訴訟代理人に本訴遂行の委任をしたが,その弁護士費用は,2000万円が相当である。 ウ したがって,原告は被告に対し,上記合計2億7000万円及びこれに対する平成12年10月13日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払うことを求める。 (2) 被告の主張 原告主張の損害額は,争う。 |
|
当裁判所の判断
1 争点1(被告製品が構成要件A及びBを充足するか)について (1) 構成要件Aについて 前記争いのない事実によれば,被告製品が, @ ティシュペーパTを収納した紙製の箱本体10の上面に,そのティシュペーパ取出し用開口17を形成していること, A その開口17を被うシート20を箱本体10に貼着していること, B そのシート20には,ティシュペーパ取出し用スリット21を形成したティシュペーパ用包装箱50であること であることは明らかである。したがって,被告製品は本件考案の構成要件Aを充足することが認められる。 (2) 構成要件Bについて 構成要件Bは,さらに以下のように分説できる。 上記シートFを, @ 箱本体Pとともに溶かしてもその紙再生に支障がなく, A かつ引裂きに対して抗力のある B 和紙などの素材 から成すとともに (3) 構成要件BAについて ア 「引裂きに対して抗力のある」の意味について 構成要件BAにいう,「引裂きに対して抗力のある」とは,シートのスリットからティシュペーパを取り出して使用する際,「この取り出し時,ティシュペーパがスリットの縁に擦れてシートに引裂き力が加わるが,シートはその抗力を有するもののため支障がない。」(本件明細書【0009】)ことをいうものと解される。 イ 被告は,原告が出願経過において,「引裂きに対して抗力のある」は,原告がこの要件を加入した目的は,「シートFが従来の合成樹脂(プラスチック)シートと同等の作用をなすことを明確にするため」と説明しているから,少なくともかかる作用が必要なことが明らかであるところ,被告製品のシートの引裂き強さは,ポリエチレンフィルムからなるシートの19分の1の強度しかなく,原告が出願経過で述べた「シートが従来の合成樹脂(プラスチック)シートと同等の作用をなす」などとは到底いえないから,被告製品のシートは「引裂きに対して抗力のある」ものとはいえず,構成要件Bを充足せず,原告が,本件において,本件考案のシートが従来の合成樹脂(プラスチック)シートと物理的に同等のレベルの引裂き強度を有する必要はないと主張するのは,出願経過における主張と矛盾し,禁反言の原則に反し,許されない,と主張する。 ウ そこで検討するに,本件考案は,ティシュペーパ用包装箱にかかるものであるところ,本件明細書の記載及び技術常識を参酌すると,一般に,ティシュペーパ用包装箱において,ティシュペーパ取出し口に貼着されたシートには,「開口1から塵埃が入るのを防止し(本件明細書【0003】),かつ,ティシュペーパを取り出した際に,スリットにより次のティシュペーパを保持し,次のティシュペーパを取り出しやすくする機能(いわゆるポップアンドホールド機能。被告の主張するフォールバックの防止)があると解される。 このような,ティシュペーパ取出し口のシートの機能を考慮すると,「引裂きに対して抗力のある」とは,シートが,紙製箱本体に収納されているティシュペーパをすべて取り出すまで破れることがなく,塵埃の進入防止機能やポップアンドホールド機能を果たすことができ,実際の製品として支障が生じないことを指すものと解すべきである。すなわち,紙製箱本体に収納されているティシュペーパのすべてを取り出すまで,取出し時の引裂きに耐えるという作用が維持されれば足り,従来の合成樹脂(プラスチック)シートと物理的に同等のレベルの引裂き強度を有する必要はないというべきである。原告が,出願経過において提出した意見書(乙1の5)で,この要件を加入した目的を,「シートFが従来の合成樹脂(プラスチック)シートと同等の作用をなすことを明確にするため」と説明していることは,従来の合成樹脂(プラスチック)シートと同様,ティシュペーパをすべて取り出すまで破れることがなく,塵埃の進入防止機能やポップアンドホールド機能を果たすことができることを指しているものというべきであるから,本件において原告がこのように主張することが禁反言の原則に反することにはならないというべきである。 エ 被告製品の「シート20」が,紙製箱本体に収納されているティシュペーパをすべて取り出すまで破れることがなく,取出し時の引裂きに耐えるという作用が維持され,塵埃の進入防止機能やポップアンドホールド機能を果たすことができ,実際の製品として支障が生じないかどうかについては,原告が被告製品を使用して行った実験(2)(甲13)と,被告が同様に行った実験(乙15の実験A)とでは,結果が異なっている。前者では,シートが破れることなく,ティシュペーパをすべて取り出すことができたが,後者では,ティシュペーパをすべて取り出した時点では,シートの裂け目が広がっていたことが認められる。しかしながら,シートが破れるか否かは,ティシュペーパを取り出す際の力の入れ方で大きく差異が出るものと考えられ,このような実験で結果が分かれることは,当然にあり得るものと考えられる。したがって原告の実験の結果,被告製品のシートが破れなかったのであれば,被告製品のシート20は,引裂きに対して抗力があるものと認めて差し支えないというべきである。また,市場で販売されている被告製品において,ティシュペーパをすべて取り出すまでに破れてしまい塵埃の進入防止機能やポップアンドホールド機能を果たさなくなるようなシートが採用されていることは考えられない。 よって,被告製品は,構成要件BAを充足する。 (4) 構成要件B@について 前記争いのない事実によれば,被告製品のシート20は,パルプ75パーセント,レーヨン25パーセントからなるレーヨン紙である。上記シートは,合成樹脂(プラスチック)などではなく,通常の紙の一種であるから(しかもパルプを75パーセントも含有する。),同様に紙製である箱本体10とともに溶かしてもその紙再生に支障がないことは明らかである。また,被告もシート20を溶かした場合,紙再生に支障がある旨争っておらず,これに反する証拠もない。 よって,被告製品は,構成要件B@を充足する。 (5) 構成要件BBについて 構成要件BBは,「和紙などの素材」となっており,「和紙」は,箱本体とともに溶かしてもその紙再生に支障がないもので,かつ引裂きに対して抗力のあるシートの素材の例示にすぎない(和紙であれば,当然にこれらを満たすわけではない。)。したがって,被告製品のシート20が和紙であるかどうかは,構成要件Bの充足性とは直ちに結びつくものではないということができる。そして,上記判示のように,被告製品のシート20は,構成要件B@及びAを充足しており,箱本体とともに溶かしてもその紙再生に支障がなく,かつ引裂きに対して抗力のあるものということができるのであるから,構成要件Bをも充足するものというべきである。 なお,本訴係属後,本件実用新案権に対する無効審判手続において,原告が,構成要件Bの部分を「和紙素材から成す」として,和紙に限定する旨の訂正請求をしているので(甲24),念のため,この訂正請求が認められた場合に「和紙素材から成る」という要件を被告製品が充足するかどうかについても,一応検討すると,文献(甲8,9)や実際の障子紙(甲10,11)などに,和紙の素材としてレーヨンを使用したものがあることが認められるので,前記のような配合である被告製品のシートも,機械漉きの和紙の一種といって差し支えないというべきである。したがって,この訂正請求が認められたとしても,上記の結論に影響しないものというべきである。 よって,被告製品は,構成要件Bをすべて充足する。 2 争点2(被告製品が構成要件Cを充足するか)について (1) 「溶かしても支障のない」の意義について 構成要件Cの「溶かしても支障のない」は,構成要件Bの「箱本体Pとともに溶かしてもその紙再生に支障がなく,」との対比,「貼着のりも」と同様であることを表す表現で記載されていること,本件明細書に「シート及び貼着のりもその紙溶解に支障がないものであるため」(【0010】)とあること,原告が出願経過において提出した意見書(乙1の5)に,この要件を加入した理由につき,「シートFを剥ぎ取ることなく,箱本体Pと一緒に溶解し得ることを明確にするためです。」とあること,以上の事実が認められるので,「溶かした際に紙再生に支障がない」との意味だと解すべきである。上記のように,構成要件の記載や明細書の記載からその意義が明らかになるものであるから,格別不明確な記載とは認められない。 なお,本訴係属後,本件実用新案権に対する無効審判手続において,原告が,構成要件Cの部分を「そのシートFの貼着のりも紙とともに溶解させても支障のない」として,明確にする趣旨の訂正請求をしているが(甲24),この点は,上記訂正がなくても同趣旨に解されるから,結論に影響がないものというべきである。 (2) 被告製品のシート貼着のりが紙再生に支障がないかについて ア 「支障がない」ことの意義について 上記意見書や本件明細書の記載から,シートFを「箱本体Pとともに溶かしてもその紙再生に支障がない」とは,箱本体Pをパルプにする(溶かす)際に,シートの繊維もバラバラになり,パルプと一体化して,再生紙として利用できることを指すと解される。 シートの貼着のりについては,パルプと一体化するものではないため,再生された紙に異物として残留しないこと,すなわち水に溶けることを指すものと解すべきである。ここに「水に溶ける」とは,「水溶性」という意味での「水に溶ける」でもよいし,パルプを「溶かす」というのと同様,バラバラになって水中に分散する(エマルジョン化する)のでもよいと解される。 しかし,水中に溶けず,あるいは分散化(エマルジョン化)しなかった貼着のりを,分離除去しなければならないのでは,課題を解決したことにならず,わざわざこの要件を加入した意味がないから,紙再生に支障がないことにならないというべきである。したがって,貼着のり自体が,その性質上分離除去する必要がないものであることを要するというべきである。 イ 被告製品のシート貼着のりについて 被告製品のシート20の貼着のりである「シート貼着用接着剤31」は,酢酸ビニル重合体を主成分として,フタル酸ジ-n-ブチルを可塑剤として含む」ものであることは当事者間に争いがなく,乙6によれば,製品名「マルカボンドC680G」であることが認められる。 証拠(甲15ないし19及び乙20ないし23)並びに弁論の全趣旨によれば,酢酸ビニル重合体は,ホットメルト接着剤として使用されることも,エマルジョン系接着剤として使用されることもあることが認められるが,被告製品においては,エマルジョン系接着剤として使用されていることが認められる(被告もこの点を認めている。上記「マルカボンドC680G」の製造元である株式会社マルバン作成の実験報告書(乙6)の実験中で,被膜形成の際,乾燥工程を取っていることもこれに沿う。)。 なお,証拠(甲27,乙9,11,12,23等)から,ホットメルト接着剤は,紙再生の障害となるものであることが認められる。 ウ マルカボンドC680Gの水溶性及び水分散性 上記アで検討したように,「紙再生に支障がない」とは,上記「マルカボンドC680G」が水中に溶け,あるいは水中に分散化することを要するものというべきである。そこで検討するに,まず文献(乙8,化学大辞典)には,ポリ酢酸ビニル(酢酸ビニルの重合体)が「水に不溶」とあるので(ここにいう「不溶」は,水溶性でないの意と解される。),酢酸ビニル重合体は,本来水に溶けない物質であると認められる。これに対し,甲15などの文献には,酢酸ビニルエマルジョン接着剤であるPVA(ポリビニルアルコール)が耐水性が低く加水分解されやすいとの記述があるが,同号証全体を見れば,この「耐水性」は耐水接着力をいうものであって,同接着剤自体が水に溶けることをいうものとは認められない。よって,「マルカボンドC680G」は,水中に溶けないものと認められる。 次に,前記乙6の実験結果によれば,被膜化した「マルカボンドC680G」が,20℃の水中で約24時間攪拌しても,20.9パーセントしか溶けず(水中に溶けることも分散化することもなく),45℃で同様にしても25.5パーセントしか溶けない(前同)ことが認められる。この実験結果は,文献(乙7の第13図)の,ポリ酢酸ビニルの耐水性について記載した知見や,文献(甲18)において,同接着剤が段ボール,コルゲーター用として用いられ,耐水性があるとされていることなどに沿うもので,公正な実験結果と認められる。これらより,酢酸ビニルの重合体を,乾燥させ,被膜化したものは,完全には水中に溶けることも分散化することもないものと認められる。したがって,被告製品において同様な形で使用されている,酢酸ビニル重合体を主成分とする「マルカボンドC680G」が,「紙再生に支障がない」ものとはいえない。 エ 原告の主張等について この点に関し,原告は,酢酸ビニルエマルジョン接着剤は,回収と紙再生が最もよく行われている段ボール箱の製造において,ごく一般的に使用されている接着剤であるが,段ボール箱による紙再生過程において,酢酸ビニルエマルジョン接着剤が使用されていることは障害とされていないことから,被告製品において,酢酸ビニルエマルジョン接着剤が使用されていることが,紙再生に支障とならない,と主張する。 しかしながら,同接着剤が,段ボール用として使用されていることは,上記甲18などの文献からも認められるが,それが本件におけるような分離除去を要しないという意味で,紙再生に支障になっていないことを認めるべき証拠は存しない。かえって,段ボール等をも含めた紙の再生は,雑多な紙を一緒に溶かして行うものなので,いずれかの段階で異物の分離除去を行っていると考えるのが技術常識に適うというべきである。 よって,原告の上記主張は採用できない。 また,原告が被告製品を使用して行った紙再生の実験(甲12及び14)によりできあがった再生紙(検甲3,4)から,これが「紙再生に支障がない」ものかどうか判断することは,その基準が存しないため,不可能であるというほかない。 以上より,被告製品のシート貼着のりが紙再生に支障がないと認めることはできず,被告製品は構成要件Cを充足しない。 3 争点3(本件実用新案権には無効事由があり,本訴請求は権利濫用に当たるか)について 上記2の判断により,既に原告の請求は理由がないことになるが,なお,所論に鑑み,念のため争点3につき判断することとする。 (1) 特許に無効事由が存在することが明らかであるときは,その特許権に基づく差止め,損害賠償等の請求は,特段の事情がない限り,権利の濫用に当たり許されない(最高裁平成10年(オ)第364号同12年4月11日第3小法廷判決・民集54巻4号1368頁参照)が,この理は,実用新案権にも,当然当てはまるものである。 (2) 進歩性の有無について ア 米国特許第3369699号について 本件考案の実用新案登録出願前に頒布された刊行物である米国特許第3369699号公報(乙18)は,先のティシュペーパが取り出された後に,続くティシュペーパが取出しスリットから抜け落ちるフォールバック,及び先のティシュペーパが取り出されるときに,一以上のティシュペーパが抜け出るダブルプルを防止する技術を開示しているものであり,その構成は,概ね次のとおりと認められる。 A 折り畳まれたティシュペーパの束の包装箱10の上面14には,取出し開口13が形成され,この取出し開口13は軽量ポリエチレンフィルムなどからなる滑らかで柔軟な素材15により覆われている。素材15は,上面14の裏面に適宜の接着剤により固定され,取出し開口13の長手方向中央線に沿って個々のティシュペーパを取り出すためのスリット16を有する(同公報2欄47〜60行)。 B 本発明は,包装箱の開口における特殊な柔軟シート材料の使用に限定されるものではないが,薄いプラスチックフィルムが望ましい。他の柔軟フィルム,ティッシュ,薄い紙又は不織布材料もまた使用できる。これらの重要な特性は,十分な伸張性を有しかつ締付け把持作用を示すように弾力性を有することである(同公報4欄53〜61行)。 イ 同公報の発明と本件考案との比較 (ア) 同公報における「包装箱10」は本件考案の「紙製箱本体P」に,「取出し開口13」は「取出し開口1」に,「素材15」は「シートF」に,「スリット16」は「取出し用スリット2」にそれぞれ該当する。そして素材15は取出し開口13を被い,包装箱10の上面14の裏面に接着剤により固定されている。したがって同公報には,「ティシュペーパaを収納した紙製箱本体P上面にそのティシュペーパ取出し用開口1を形成し,その開口1を被うシートFを箱本体Pに貼着し,そのシートFにはティシュペーパ取出し用スリット2を形成したティシュペーパ用包装箱」が開示されているものと認められる。 (イ) 同公報の発明と本件考案とを比較すると, @シートを,箱本体とともに溶かしてもその紙再生に支障がない Aシートを,引裂きに対して抗力のある和紙などの素材から成す Bシートの貼着のりも溶かしても支障のないものとした との点については,直接の記載がないといえる。 (ウ) 上記アBのように,前記米国特許公報(乙18)の発明は,シート材料につき,「開口における特殊な柔軟シート材料の使用に限定されるものではないが,薄いプラスチックフィルムが望ましい。他の柔軟フィルム,ティッシュ,薄い紙又は不織布材料もまた使用できる。」としており,また「これらの重要な特性は,十分な伸張性を有しかつ締付け把持作用を示すように弾力性を有することである」としていて,シートの材料として「ティッシュ,薄い紙」を示している。 「ティッシュ」には,「柔らかいガーゼ状の紙,tissue paper(ティッシュぺーぺー,薄様紙)」などの意味があり(小学館ランダムハウス英和辞典,研究社新英和辞典など),それに続く「薄い紙」(thin paper)とほぼ同様なものを意味すると解される。 ところで,前記2(1)で判示したように,本件考案におけるシートの機能を考慮すると,「引裂きに対して抗力のある」とは,シートが,紙製箱本体に収納されているティシュペーパをすべて取り出すまで破れることがなく,塵埃の進入防止機能やポップアンドホールド機能を果たすことができ,実際の製品として支障が生じないことである。すなわち,シートが「引裂きに対して抗力」がなく,箱本体に収納されているティシュペーパをすべて取り出す前に破れてしまうと,塵埃の進入防止機能やポップアンドホールド機能を果たすことができなくなるということができる。そうすると,塵埃の進入防止は,シートに当然求められる機能として明らかというべきであるし,ポップアンドホールド機能は,上記米国特許公報(乙18)の「十分な伸張性を有しかつ締付け把持作用を示すように弾力性を有すること」と同義といわなければならない。結局,「十分な伸張性を有しかつ締付け把持作用を示すように弾力性を有する」薄い紙は,箱本体に収納されているティシュペーパをすべて取り出す前に破れることがなく,塵埃の進入防止機能やポップアンドホールド機能を果たすものであり,ここに「引裂きに対して抗力のある」薄い紙が,すべて開示されているといえる。そして,上記特許公報(乙18)は米国特許であるが,日本で同発明を実施しようとすれば,上記のような特性を備えた薄い紙の材料として,和紙に想到するのは,当業者であればきわめて容易といわなければならない。 ウ 貼着のりについて 上記イに認定したように,シートの素材に,薄い紙を用いるならば,その貼着のりは,例えばでんぷんのりのような,紙再生に支障とならない材料を使用することは,最も初めに思いつくことであり,当業者であればきわめて容易に想到し得るといわなければならない。でんぷんのりの欠点は耐水性に乏しいことであるが(甲20など),ティシュペーパ用包装箱にはさほどの耐水性は求められないので,差し支えがない。 本件明細書に記載のあるように,従来技術では,シートの素材としてプラスチックが使用されており(【0005】),これを接着するための粘着系接着剤は,紙再生に禁忌品であったということができる。シートの素材に,薄い紙を用いるならば,上記のような粘着系接着剤を用いる必要がなく,このようなことは問題とならない。なお,原告は,本件明細書において,シート貼着のりの材料について,何ら開示しておらず,この点につき,原告が新たに付け加えた新規性のある部分は存しない。 また,本訴係属後,本件実用新案権に対する無効審判手続において,原告が,構成要件Bの部分を「和紙素材から成す」として和紙に限定し,構成要件Cの部分を「そのシートFの貼着のりも紙とともに溶解させても支障のない」とする旨の訂正請求をしていることが証拠(甲24)により認められる。しかしながら,上記判示から明らかなように,この訂正は,本件考案の進歩性判断のうえでは,何らの影響をももたらさないものというべきである。 エ 小括 以上述べたように,本件考案は,実用新案登録出願前に頒布された刊行物に記載された考案に基づき,当業者がきわめて容易に考案することができたものであるから,改正前実用新案法3条2項,37条1項1号に該当し,無効であるといわなければならない。したがって,本件考案に基づく本訴請求は,権利の濫用に当たり許されないというべきである。 4 結論 以上判示のとおり,被告製品は,本件考案の技術的範囲に属するものでなく,かつ,本件考案に基づく本訴請求は,権利の濫用に当たり許されないというべきであるから,いずれにしても,原告の請求は,その余の点について判断するまでもなく,理由がない。 よって,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 三村量一 |
---|---|
裁判官 | 村越啓悦 |
裁判官 | 青木孝之 |