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審判1994-17738
審判1997-20421
関連ワード 図面 /  構造 /  物品 /  設定登録 /  進歩性(3条2項) /  新規性(3条1項) /  減縮 /  請求項 /  実施例 /  明細書 /  請求の範囲 / 
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事件 平成 12年 (行ケ) 371号 審決取消請求事件
原告 株式会社ソディック
訴訟代理人弁護士 小坂志磨夫
同 安田有三
同 櫻井彰人
同 弁理士 高野昌俊
被告 三菱電機株式会社
訴訟代理人弁護士 田倉整
同 弁理士 稲葉忠彦
同 樋口武尚
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2002/02/07
権利種別 実用新案権
訴訟類型 行政訴訟
主文 特許庁が平成11年審判第35194号特許無効審判事件について平成12年8月11日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
請求
主文同旨
前提となる事実(争いのない事実)
1 特許庁における手続の経緯 被告は、名称を「ワイヤカット放電加工装置」とする特許第1410446号の発明(昭和55年10月30日出願、昭和62年11月24日設定登録。以下「本件発明」という。)の特許権者である。
本件発明について、原告は、平成6年10月20日、特許無効審判の請求をし(平成6年審判第17738号)、被告は、平成9年12月2日、訂正審判請求をし(平成9年審判第20421号、以下「前回訂正審判」という。)、特許庁は、
平成10年3月6日に、本件発明の登録時の明細書(以下「訂正前の明細書」という。)を、審判請求書に添付した訂正明細書(以下「特許訂正明細書」という。)のとおり訂正することを認める旨の審決をし、同年9月9日に、本件発明の特許を無効にすることができない旨の審決をした。
その後、原告は、本件発明に対して、平成11年4月27日に、新たに無効審判請求をして、特許庁に平成11年審判第35194号事件として係属したため、被告は、平成12年3月13日に、特許訂正明細書を添付の全文訂正明細書(以下「本件訂正明細書」という。)のとおり訂正する請求(以下「本件訂正請求」という。)をし、特許庁は、上記審判事件について審理をした結果、平成12年8月11日、「訂正を認める。本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は同年9月4日に原告に送達された。
2 本件発明に係る明細書の特許請求の範囲の第1項の記載 (1) 訂正前の明細書(甲第2号証参照) 給電体により給電されるワイヤ電極を用いて被加工物を所望形状に加工するワイヤカット放電加工装置において、 上記給電体を中空柱状体で構成すると共に、上記中空柱状体の中空孔に上記ワイヤ電極を挿通させて給電するワイヤカット放電加工装置。(甲第2号証請求項1) (2) 前回訂正審判による訂正後の特許訂正明細書(甲第3号証) 給電体により給電されるワイヤ電極を用い、上記ワイヤ電極を絶縁材からなるダイスガイドによってガイドし、加工液を被加工物の加工区域に噴出させ上記被加工物を所望形状に加工し、かつ、上記ワイヤ電極及び給電体の給電部を冷却するワイヤカット放電加工装置において、上記ダイスガイドを保持すると共に、内部に加工液を導入するダイスホルダーと、上記ダイスホルダー内の加工液中に配設される給電体とを備え、上記給電体を中空柱状体で構成し、上記中空柱状体の中空孔に上記ワイヤ電極を挿通させ、上記ダイスホルダー内の加工液を上記中空孔に通すと共に、上記中空孔の内部面に部分接触させて給電するワイヤカット放電加工装置。
(3) 本件訂正請求に係る本件訂正明細書(甲第4号証、本件訂正発明) 給電体により給電されるワイヤ電極を用い、上記ワイヤ電極を絶縁材からなるダイスガイドによってガイドし、加工液を被加工物の加工区域に噴出させ上記被加工物を所望形状に加工し、かつ、上記ワイヤ電極及び給電体の給電部を冷却するワイヤカット放電加工装置において、上記ダイスガイドを保持すると共に、内部に加工液を導入するダイスホルダーと、中空孔を有する中空柱状体からなり、上記ダイスホルダー内の加工液中に上記中空柱状体の中空孔を加工液が通るように配設される給電体とを備え、上記中空柱状体の中空孔に上記ワイヤ電極を挿通させ、上記ダイスホルダー内の加工液を上記中空孔に通すと共に、上記中空孔の内部面に部分接触させて給電するワイヤカット放電加工装置。
3 審決の理由 別紙の審決書の写し(以下「審決書」という。)のとおり、
(1) 本件訂正請求の適否の判断として、上記2の(2)の特許請求の範囲の記載を、上記2の(3)のとおり訂正することは、特許請求の範囲減縮に該当し、また、該訂正事項は、特許訂正明細書の記載又は本件特許図面に記載した事項の範囲内においてされたものであるから、新規事項や実質変更に当たらず、かつ、
本件訂正発明は、引用例1(米国特許明細書第4081652号、甲第5号証)、
引用例2(特開平47-20797号公報、甲第6号証)、引用例3(機械用語辞典(機械工学用語辞典編集委員会編、株式会社技報堂、昭和35年1月10日発行、第2版)第53頁、甲第7号証)及び引用例4(特開昭50-95894号公報、甲第8号証)にそれぞれ記載されたものと対比し、これらのものに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとは認められず、独立特許要件を充たすものとして、本件訂正請求を認め、
(2) 審判請求人(原告)の無効理由に対する判断として、
ア 無効理由1(前回訂正審判による訂正によって新たに付加された「給電体がダイスホルダー内の加工液中に配設される」という構成は、訂正前の明細書又は願書に添付された図面に記載されておらず、不適法な訂正であり、特許法123条1項8号の規定により無効とされるべきこと)について、本件訂正請求による特許請求の範囲の訂正によって、訂正前の明細書の特許請求の範囲第1項(上記2の(1))は、上記2の(3)の本件訂正明細書のとおり訂正されることになったものであるが、この訂正は、特許請求の範囲減縮を目的とする訂正に該当し、かつ、訂正前の明細書又は本件特許図面に記載された事項の範囲内においてされたものと認められ、
イ 無効理由2(前回訂正によって新たに付加された「給電体がダイスホルダー内の加工液中に配設される」という構成が、給電体が実質的に加工液に浸漬状態となるという構成を意味するものであれば、前回訂正審判による訂正は、実質上特許請求の範囲を拡張又は変更するものであるから、当該訂正は不適法な訂正であり、特許法123条1項8号の規定により無効とされるべきこと)について、
前回訂正によって新たに付加された「給電体がダイスホルダー内の加工液中に配設される」という構成が、給電体が実質的に加工液に浸漬状態となるようにし、これにより給電部のみならず、給電体全体の冷却を図る構成を意味するという審判請求人の主張は誤りであるから、審判請求人の主張は認められず、
ウ 以上のとおり、仮に、前回訂正審判による訂正が特許法123条2項又は3項の規定に違反してされたものであったとしても、訂正前の明細書及び本件特許図面を基準とするとき、本件訂正請求によって訂正された本件訂正明細書が平成6年法律第116条による改正前の特許法126条1項ただし書又は2項の規定に違反していない以上、無効理由1及び2は採用することができない旨判断した。
原告主張の審決の取消事由の要点
審決は、本件訂正請求が登録時の願書に添付した訂正前の明細書又は本件特許図面(以下「訂正前の明細書等」という。)に記載された事項の範囲内においてなされたと誤って判断し(取消事由1)、また本件訂正請求に係る発明(本件訂正発明)の独立特許要件の判断を誤った(取消事由2)ものであるから、違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(新規事項追加の判断の誤り) (1) 審決は、本件発明において追加された「給電体を加工「液中に配設する」こと」という構成に関して、物品を「液中に配設する」との表現は、「物品の全体が液中に浸漬されているという意味に限定的に解すべきではなく、物品の一部が液中に位置するように設けられるものも含むと解するのが相当である。」(審決書7頁末行ないし8頁3行)と認定したうえで、「本件訂正明細書のごとく訂正することは、訂正前の明細書又は本件特許図面に記載された事項の範囲内においてされたものである。」(審決書9頁14行、15行)と判断したが、この判断は誤りである。
(2) 本件訂正発明の「中空孔を有する中空柱状体からなり、上記ダイスホルダー内の加工液中に上記中空柱状体の中空孔を加工液が通るように配設される給電体とを備え」との構成は、「給電体の全体がダイスホルダー内の加工液に浸漬されている」(以下「技術的事項@」という。)、及び「加工液(例えば水)を内部に充満したダイスホルダー」(以下「技術的事項A」という。)との技術的事項を含むものである。したがって、これら技術的事項が、訂正前の明細書等の記載から、当業者が正確に理解し、かつ、容易に実施することができるものでなければならない。
(3) 訂正前の明細書(甲第2号証)には、従来技術として、「加工液パイプ9から加工液8がダイスホルダー5、ノズル4を通って被加工物2の加工部へ噴出され、又、加工液8の一部はダイスホルダー5、押さえ金6の溝62と、通し孔61を通ってワイヤ1の給電部へ達し、ワイヤ1の給電部から、被加工物2の加工電流によるワイヤ1の熱影響部を全て加工液8により覆い、ワイヤ1の冷却を行う構造となっている。」(2欄9行ないし17行)との記載があり、この従来技術は、パイプ9からの加工液8を、上方の被加工物2の加工部と、下方の給電体7の給電部に分流する方式(以下「分流方式」という。)である。他方、本件発明の特許出願前から、特開昭50-95894号公報(甲第8号証、引用例4)にみられるように、被加工物上方の容器と、同下方の容器内にそれぞれ加工液を充満するよう供給し、容器内に給電体を配置し、給電体を加工液中に浸漬する方式(以下「チャンバ方式」という。)があるところ、チャンバ方式は、技術的事項@、Aを特徴とするものである。
このように、本件発明の特許出願前から、ワイヤガイド装置として分流方式とチャンバ方式があるところ、訂正前の明細書等に記載された従来技術は、分流方式である。
(4) 訂正前の明細書(甲第2号証)には、更に次の記載があるが、これらはいずれも、分流方式のワイヤガイド装置についての記載であり、チャンバ方式とは無縁のものである。
ア 従来技術の問題点として、「従来のワイヤガイド装置の給電装置は以上のように構成されているので、押え金6の着脱のためダイスガイド31から給電体7までの距離が長く、それだけワイヤ1の電気抵抗が大きくなって加工電流が少なくなる欠点があった。・・・ワイヤ1及び給電体7の給電部を冷却するために押え金6の通し孔61を大きくする必要があり、それだけ大量のワイヤ冷却用の加工液を下方向に流し、加工区域への加工液噴出量が減少する等の欠点があった。又、
この時、・・・ワイヤ1及びその給電体7の給電部が一時気中に露出することが発生し、これによってこの部分のワイヤ1が冷却不十分で断線する等の欠点もあった。」(2欄18行ないし3欄8行) イ 本件発明の目的及び解決手段として、「この発明は上記のような従来装置の欠点を除去するためになされたもので、給電体を中空柱状体、例えば中空円筒形状にしこの円筒給電体を押え金の中に収納することにより、ワイヤの給電部とダイスガイド間のワイヤ長の縮小と、給電部冷却用加工液の減少及び外部よりの給電体冷却液への干渉の防止を達成できる装置を提供することを目的としている。」(3欄8行ないし16行) ウ 実施例として、「第2図において、6はダイス3を押圧固定する押え金で、ダイスホルダー5のねじ穴に装着され、ダイス3を下方向より押圧している。7はこの発明の主要部である円筒状の給電体で中空孔71を有し、押え金6に形成された中空部内に装着される」(3欄17行ないし22行) エ 発明の効果として、「この発明によれば、ワイヤへの給電体を中空柱状体形状とし、その中空孔の内部面で給電し、かつ、加工液を中空孔の中に通すようにしたので、加工区域よりノズル、押え金の外面より落下する加工液により給電体7の給電部の加工液が影響されないので加工液干渉による気中給電は発生せず、
給電体7の給電部のワイヤ冷却が確実となり、ワイヤ断線が減少する利点がある。」(4欄32行ないし39行) (5) そして、訂正前の明細書等の記載がチャンバ方式と無縁のものであり、チャンバ方式は訂正前の明細書等に記載がないのであるから、チャンバ方式の特徴たる技術的事項@、Aを包含する本件訂正発明が訂正前の明細書等に記載された事項の範囲内のものであるとは、到底いえない。なお、被告は、チャンバ方式である原告製品が本件発明に係る特許権を侵害すると主張して、特許権侵害訴訟を提起しており、本件訂正発明がチャンバ方式を包含することは、被告も認めているのである。
2 取消事由2(独立特許要件の判断の誤り) 引用例4(甲第8号証)には、チャンバ方式のワイヤカット放電加工装置が開示されており、上側のガイド装置では、パイプからの加工液が上方の容器30内に充満して容器底部の小孔31から加工部に流下し、かつ同容器内にローラ状の給電体41を配置している。また下側のガイド装置でみると、パイプからの加工液が、下方の容器35内に充満してノズル36から加工部に噴出し、かつ同容器内に給電体42を配置している。
本件訂正発明は、取消事由1で主張したように、チャンバ方式を包含するものであり、甲第8号証に記載された公知の上側ワイヤガイド装置におけるローラ状の給電体41を、同じく公知の米国特許第4081652号明細書(引用例1、甲第5号証)に例示された給電体としてのブッシュ5に置き換えたものである。そしてブッシュは、「機械工学用語辞典」(引用例3、甲第7号証)73頁にその説明があるように中空柱状体である。
したがって、本件訂正発明は、引用例4(甲第8号証)及び引用例1(甲第5号証)に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明することができたものであって、独立特許要件を欠くから、「本件訂正明細書の発明は、特許出願の際に独立して特許を受けることができるものである。」(審決書6頁28行、29行)との審決の判断は誤りである。
被告の反論の要点
1 取消事由1について 審決は、本件訂正発明の「上記ダイスホルダー内の加工液中に上記中空柱状体の中空孔を加工液が通るように配設される給電体」の構成につき、「物品を「液中に配設する」の表現は、審判請求人の主張する物品の全体が液中に浸漬されているという意味に限定的に解すべきではなく、物品の一部が液中に位置するように設けられるものも含むと解するのが相当である。」(審決書7頁39行ないし8頁3行)と認定したうえで、「訂正前の明細書及び本件特許図面には、給電体の中空孔を加工液が通る機能を奏するように、ダイスホルダー内の加工液中に給電体を配設することが、直接的かつ一義的に記載されていると認められる。」(審決書9頁8行ないし11行)と判断したのであり、審決の認定、判断に誤りはない。
原告は、技術的事項@及びAについての主張をするが、これらの技術的事項は、
原告独自の解釈によるものであり失当である。
また、原告は、本件発明の特許出願前から、ワイヤガイド装置として分流方式とチャンバ方式があり、訂正前の明細書に記載されているものは、いずれも分流方式のワイヤガイド装置についてのものである旨主張している。
しかし、原告は、審判で「チャンバ方式」、「分流方式」なる用語を使用した主張はしておらず、「チャンバ方式」、「分流方式」という用語の内容は原告独自の解釈によるものにすぎない。
2 取消事由2について 引用例1(甲第5号証)、引用例3(甲第7号証)及び引用例4(甲第8号証)には、本件訂正発明の「上記ダイスガイドを保持すると共に、内部に加工液を導入するダイスホルダーと、中空孔を有する中空柱状体からなり、上記ダイスホルダー内の加工液中に上記中空柱状体の中空孔を加工液が通るように配設される給電体とを備え、上記中空柱状体の中空孔に上記ワイヤ電極を挿通させ、上記ダイスホルダー内の加工液を上記中空孔に通すと共に、上記中空孔の内部面に部分接触させて給電する」構成は全く記載されていない。
したがって、本件訂正発明が出願時に独立特許要件を欠くとの原告の主張は、明らかに誤りである。
理 由 1 取消事由1について (1) 本件訂正請求による訂正後の本件訂正発明の要旨は、前記事実欄第2の2の(3)に記載のとおりのものであり、これによると、本件訂正発明は、「給電体により給電されるワイヤ電極を用い、上記ワイヤ電極を絶縁材からなるダイスガイドによってガイドし、加工液を被加工物の加工区域に噴出させ上記被加工物を所望形状に加工し、かつ、上記ワイヤ電極及び給電体の給電部を冷却するワイヤカット放電加工装置」を前提として、「上記ダイスガイドを保持すると共に、内部に加工液を導入するダイスホルダー」の構成を備えるものであり、「給電体」の構造に係る構成を「中空孔を有する中空柱状体からな」るものとし、「給電体」の配置に係る構成を「上記ダイスホルダー内の加工液中に上記中空柱状体の中空孔を加工液が通るように配設される給電体」を備えるものとし、さらに、「上記中空柱状体の中空孔に上記ワイヤ電極を挿通させ、上記ダイスホルダー内の加工液を上記中空孔に通すと共に、上記中空孔の内部面に部分接触させて給電する」との構成を有するものと認められる。
本件では、上記構成のうち、給電体の配置について、「上記ダイスホルダー内の加工液中に上記中空柱状体の中空孔を加工液が通るように配設される給電体」とする構成(以下「給電体の配置の構成」という。)が、訂正前の明細書等に記載された事項の範囲内にあるとした審決の判断の当否が争点となっているものであるところ、この構成中の「配設」との用語は、審決が説示するとおり、「配」の意義からみて位置を割当てて設けるという程度の意味を有するものと解するのが相当である。
そして、審決は、給電体の配置の構成を解釈するに当たり、「物品を「液中に配設する」の表現は、・・・物品の全体が液中に浸漬されているという意味に限定的に解すべきではなく、物品の一部が液中に位置するように設けられるものも含むと解するのが相当である。」(審決書7頁39行ないし8頁3行)と説示している。
審決の上記の文言の解釈は、願書添付の明細書の特許請求の範囲に記載される文言について普通にされるべき解釈であって、相当なものと認められ、これと異なる解釈を採るべき特段の理由は見いだすことができない。
したがって、本件訂正発明の給電体の配置の構成は、「ダイスホルダー内の加工液中に」、「上記中空柱状体の中空孔を加工液が通るように」、「給電体の一部又は全部が位置するように設けられている」との意義を有するものであると認められるのであって、この構成について、「ダイスホルダー内の加工液中に」「給電体の一部のみが位置するように設けられているもの」に限定されると解釈することはできず、この構成が「ダイスホルダー内の加工液中に」「給電体の全部が位置するように設けられているもの」を含むものであることは、明らかである。
(2) そこで、本件では、本件訂正発明における給電体の配置の構成として、
「ダイスホルダー内の加工液中に」「給電体の一部又は全部が位置するように設けられている」ことが訂正前の明細書等に記載されているか否かについて検討すべきである。
この点について、審決は、訂正前の明細書等の記載を認定した上で(審決書8頁4行ないし9頁4行)、「訂正前の明細書及び本件特許図面に記載されたものは、
給電体7の一部である中空孔71の開口部が加工液中に位置するものであって、かつ、中空孔71の開口部が加工液中に位置することによってダイスホルダー5内の加工液が給電体の中空孔を通るものと認められる。」(同9頁4行ないし8行)と説示しているが、本件訂正発明に係る給電体の配置の構成に含まれる「ダイスホルダー内の加工液中に」「給電体の全部が位置するように設けられているもの」が訂正前の明細書等に記載されているか否かについて、明確には言及していない。
そこで、この構成のものが訂正前の明細書等に記載されているか否か、以下検討する。
(3) 訂正前の明細書等の記載内容 甲第2号証によれば、訂正前の明細書等には、次の記載内容があることが認められる。
ア 従来技術の問題点及び発明の目的 「この発明は・・・ワイヤカット放電加工装置に係り、特にワイヤへ給電する給電体の改良に関するものである。従来、ワイヤカット放電加工装置のワイヤへの給電装置として、第1図に示すものがあった。・・・4は被加工物2の加工部へワイヤ1に沿って加工液8を噴出するノズルで、・・・6はダイス3をダイスホルダー5のペーパー穴部51へねじにより押圧固定する押え金で、この押え金6の中心部及び先端部に加工液通し孔61及び溝62があり、この溝62、通し孔61により、加工液8は下方向へ一部が流れる構造になっている。7はワイヤ1に加工電流を供給する給電体、9は上記加工液8を供給する加工液パイプで、この加工液パイプ9から加工液8がダイスホルダー5、ノズル4を通って被加工物2の加工部へ噴出され、また、加工液8の一部はダイスホルダー5、押え金6の溝62と、通し孔61を通ってワイヤ1の給電部へ達し、ワイヤ1の給電部から、被加工物2の加工電流によるワイヤ1の熱影響部を全て加工液8により覆い、ワイヤ1の冷却を行う構造となっている。」(1欄12行ないし2欄17行)、
「従来のワイヤガイド装置の給電装置は以上のように構成されているので、押え金6の着脱のためダイスガイド31から給電体7までの距離が長く、それだけワイヤ1の電気抵抗が大きくなって加工電流が少なくなる欠点があった。また、ダイスガイド31にワイヤ1を幾分押し付ける構造の為、ダイスガイド31とワイヤ1の給電部間のワイヤ1は傾斜しており、この間のワイヤ1及び給電体7の給電部を冷却するために押え金6の通し孔61を大きくする必要があり、それだけ大量のワイヤ冷却用の加工液を下方向に流し、加工区域への加工液噴出量が減少する等の欠点があった。また、この時、給電体7の給電部への冷却用加工液が上部から落下する加工液の干渉を受け、ワイヤ1及びその給電体7の給電部が一時気中に露出する事が発生し、これによってこの部分のワイヤ1が冷却不十分で断線する等の欠点もあった。」(2欄18行ないし3欄8行) 「この発明は上記のような従来装置の欠点を除去するためになされたもので、給電体を中空柱状体、例えば中空円筒形状にしこの円筒給電体を押え金の中に収納することにより、ワイヤの給電部とダイスガイド間のワイヤ長の縮小と、給電部冷却用加工液の減少及び外部よりの給電体冷却液への干渉の防止を達成できる装置を提供することを目的としている。」(3頁第8行ないし16行) イ 実施例の説明 「以下、この発明の一実施例を第2図により説明する。第2図において、6はダイス3を押圧固定する押え金で、ダイスホルダー5のねじ穴に装着され、ダイス3を下方向より押圧している。7はこの発明の主要部である円筒状の給電体で中空孔71を有し、押え金6に形成された中空部内に装着されると共に、押え金6の中心より偏心した位置に固定ねじ10により装着されている。なお、固定ねじ10の中心部にはワイヤ1及び加工液8の通し孔101が形成されている。・・・その他の構成は第1図に示す従来装置と同様であり・・・。」(3欄16行ないし30行) 「加工液8はパイプ9を通ってダイスホルダー5内に入り、ノズル4を通って加工区域へ噴出される。また、一部の加工液8は押え金6の溝61を通って給電体7の中空孔71を通り、下方向へ流れることによりワイヤ1及びその給電体7の給電部を冷却する。給電体7より下方向へ流れる加工液8は少なく、大半の加工液8は加工区域へ噴出され加工に供する。また、給電体7の給電部より被加工物2間のワイヤ1は全て冷却用の加工液8中にあり、加工電流の流れるワイヤ1の冷却は十分になっている」(3欄38行ないし4欄4行) 「第3図、第4図は夫々この発明の他の実施例を示すものである。第3図は第2図で説明した給電体7をダイス3の中に挿入したものであり、押え金6によって給電体7とダイス3を同時に押圧固定するもので、ワイヤ1の給電部とダイスガイド31間の距離をより短くすることを目的としたものである。」(4欄5行ないし11行) また、訂正前の明細書添付の図面のうち、実施例を示す第2図ないし第4図には、いずれも、ダイスホルダー5内に導入された加工液8が給電体7の中空孔71の開口部に接しており、中空孔71を通過して下方向に流れる様子が図示されているが、ダイスホルダー5内に導入された加工液8が給電体7の外側面部にも存在し、給電体7の全体が加工液8の中に位置していることについては記載されていない。
ウ 発明の作用効果 「この発明によれば、ワイヤへの給電体を中空柱状体形状とし、その中空孔の内部面で給電し、かつ、加工液を中空孔の中に通すようにしたので、加工区域よりノズル、押え金の外面より落下する加工液により給電体7の給電部の加工液が影響されないので加工液干渉による気中給電は発生せず、給電体7の給電部のワイヤ冷却が確実となり、ワイヤ断線が減少する利点がある。また、給電体が中空柱状体の為、給電体7の給電部への冷却液を少量流すだけで十分なる冷却効果があり、それだけ加工区域へ加工液量が増大でき、加工速度の向上が計れる。また、この給電体を押え金又はダイス内へ挿入すれば、加工電流の流れるワイヤ部長さが短く、抵抗が少なくなり、加工電流の増大を計ることが可能となり加工速度の向上が達成できる。」(4欄32行ないし5欄3行) (4) 訂正前の明細書等における上記の記載事項によると、従来の放電加工装置は、加工液の一部をダイスホルダー5、押え金6の溝62と、通し孔61を通って下方に流し、押え金の外部で斜め下方に位置することになる給電体からワイヤに給電していたため、@ダイスガイドから給電体までの距離が長いため、ワイヤの電気抵抗が大きいこと、A押え金の通し孔を大きくする必要があり、冷却用の加工液が大量となり、加工用の加工液が減少したこと、B上部から落下する加工用の加工液と冷却用の加工液との干渉により、ワイヤ及びその給電体の給電部が一時気中に露出したこと、という欠点があり、上記の欠点@ないしBを解消することが訂正前の明細書記載の発明の目的であることが記載されているものと認められる。
そして、訂正前の明細書には、発明の作用効果として、上記(3)のウのとおりの記載事項があることが認められ、以上の各記載事項に、実施例についての上記(3)のイの記載事項を斟酌して総合すれば、訂正前の明細書等には、審決が認定したように、給電体の配置の構成について「給電体7の一部である中空孔71の開口部が加工液中に位置するものであって、かつ、中空孔71の開口部が加工液中に位置することによってダイスホルダー5内の加工液が給電体の中空孔を通るもの」(同9頁4行ないし8行)が記載されていることが認められる。
(5) しかしながら、訂正前の明細書等において、給電体の配置の構成に関して記載された事項は、上記(3)のとおりであって、本件訂正発明の給電体の配置の構成に含まれる「ダイスホルダー内の加工液中に」「給電体の全部が位置するように設けられているもの」については、何ら記載されていないものと認められる。
のみならず、訂正前の明細書等に記載された従来技術の上記の欠点Aを解消するには、給電体の中空孔のみに加工液を通し、給電体の内部面をワイヤ電極との接触部とし、このことによって、従来技術における押え金の通し穴を通るよりも少量の加工液により、ワイヤ及びこれと接触する給電体部分を十分冷却することができるようになるのであって、給電体全部を加工液中に位置させるような構成を採ることは、訂正前の明細書の発明において想定していないものというべきである。
すなわち、給電体の外側面部をも含めた「給電体の全部」を加工液に接して、冷却用の加工液がここからも下方向に流れる構成のものを採用するとすれば、その流量によって上記欠点Aの解消がかなり阻害されることになるものであるから、訂正前の明細書の発明では、そのような構成を採ることを想定しているものとは考え難く、むしろ、訂正前の明細書の「一部の加工液8は押え金6の溝61を通って給電体7の中空孔71を通り、下方向へ流れることによりワイヤ1及びその給電体7の給電部を冷却する。給電体7より下方向へ流れる加工液8は少なく、大半の加工液8は加工区域へ噴出され加工に供される。」(甲第2号証3欄40行ないし4欄2行)との記載事項に照らせば、訂正前の明細書の発明は、加工液を通す穴を給電体の中空孔とすることによって、従来技術における加工液を押え金の通し穴を通すものに比して、必要とされる冷却用の加工液をかなり少量のものとすることができ、
欠点Aを解消することができるものとしたものと解されるのである。上記(3)のイのとおり、訂正前の明細書添付の図面の第2図ないし第4図の実施例では、給電体7の中空孔のみを加工液が通るように図示されており、給電体の外側面部をも含めた「給電体の全部」を加工液中に位置させて、冷却用の加工液が広く給電体の外側面部からも下方向に流れる構成のものは、訂正前の明細書及び添付の図面において、全く記載されていないことは、このことを裏付けるものということができる。
(6) 以上によれば、訂正前の明細書等には、給電体の配置の構成として、
「ダイスホルダー内の加工液中に」「給電体の全部が位置するように設けられているもの」は記載されていないと認められるのであるから、これを包含する「中空孔を有する中空柱状体からなり、上記ダイスホルダー内の加工液中に上記中空柱状体の中空孔を加工液が通るように配設される給電体とを備え」との構成については、
訂正前の明細書等に記載がないものといわざるを得ない。
したがって、「訂正前の明細書及び本件特許図面には、給電体の中空孔を加工液が通る機能を奏するように、ダイスホルダー内の加工液中に給電体を配設することが、直接的かつ一義的に記載されていると認められる。」(審決書9頁8行ないし11行)、及び「本件訂正明細書のごとく訂正することは、訂正前の明細書又は本件特許図面に記載された事項の範囲内においてされたものである。」(審決書9頁14行、15行)との審決の認定判断は、誤りであるというべきであるから、取消事由1は、理由がある。
2 結論 以上のとおり、原告の審決の取消事由1は理由があり、この誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、取消事由2について検討するまでもなく、
審決を取り消すべきである。
よって、原告の請求は理由があるから認容することとし、主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 永井紀昭
裁判官 塩月秀平
裁判官 橋本英史