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事件 平成 13年 (ワ) 19910号 実用新案権侵害行為差止等請求事件
原告 ヤーマン株式会社
同訴訟代理人弁護士 島田康男
被告 大和製衡株式会社
同訴訟代理人弁護士 川口博也
同 杭田恭二
同補佐人弁理士 角田嘉宏
同 西谷俊男
同 阪本英男
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2002/07/26
権利種別 実用新案権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
1 被告は,別紙物件目録記載の物件(以下「イ号物件」という。)を製造し,譲渡し,貸し渡し,譲渡若しくは貸渡しのために展示し,輸出してはならない。
2 被告は,その本店,工場,倉庫及び営業所に存するその所有するイ号物件を廃棄せよ。
3 被告は,原告に対し,金1500万円及びこれに対する平成13年9月26日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
事案の概要
1 争いのない事実 (1) 原告は,次の実用新案権(以下「本件実用新案権」といい,実用新案登録請求の範囲第1項記載の考案を「本件考案」という。また,本件実用新案権に係る明細書(甲4)を「本件明細書」という。)を有している。
登 録 番 号 第1987490号 考案の名称 体脂肪成分比に基づく携帯用健康指針装置 出 願 日 昭和62年5月27日 出願公告日 平成5年1月20日 登 録 日 平成5年10月8日 実用新案登録請求の範囲第1項 「左右の手のそれぞれ一つの指を載置して体内インピーダンスを測定するために設けた良導体製の複数の電極18と,個人データ入力用のテンキー群16と,機能切換キー群14と,入力値,測定値およびこれ等の値から求めた演算値を表示できる表示部12とを本体ケースの表面に備え,測定した体内脂肪分比および個人データを収納する記憶装置24と,上記個人データおよび体内脂肪分比から適正食事摂取量を算出して表示させる中央処理装置20とを本体に内蔵し,持ち運びが容易な外形寸法と重量を有することを特徴とする携帯用健康指針装置。」 (2) 本件考案は,次のとおり分説される。
@ 左右の手のそれぞれ一つの指を載置して体内インピーダンスを測定するために設けた良導体製の複数の電極と, A 個人データ入力用のテンキー群と, B 機能切換キー群と, C 入力値,測定値およびこれ等の値から求めた演算値を表示できる表示部と D を本体ケースの表面に備え, E 測定した体内脂肪分比および個人データを収納する記憶装置と F 上記個人データおよび体内脂肪分比から適正食事摂取量を算出して表示させる中央処理装置と G を本体に内蔵し, H 持ち運びが容易な外形寸法と重量を有することを特徴とする携帯用健康指針装置。
(3) 被告は,別紙物件目録記載の歩数計付内臓脂肪計(イ号物件,商品名・ウォーキングミニ)を製造・販売している。
イ号物件は,次の構成からなる(当事者間で争いのない部分のみ)。
@’ 左右の手の親指と人差し指とで電極をつまむことにより体内インピーダンスを測定するために設けた良導体製の複数の電極と, A’ 3個のボタン(アップボタン,ダウンボタン,○印ボタン)と, B’ 時計モード,歩数モード,健康チェックモードを選択するモード切替ボタンと, C’ 情報を表示する表示部と D’ を本体ケースの表面に備え, E’ 個人データを収納する記憶装置と F’ 「1日の目標歩数」「目標歩数までの残りの歩数」「今日の消費カロリー」「今日の夕食増加量」を算出して表示させる中央処理装置と G’ を本体に内蔵し, H’ 持ち運びが容易な外形寸法と重量を有することを特徴とする携帯用健康指針装置。
2 本件は,本件実用新案権を有している原告が,被告に対し,イ号物件は,本件考案技術的範囲に属するから,本件実用新案権の侵害であると主張して,イ号物件の差止め及び廃棄並びに同侵害による損害の賠償を求めた事案である。
争点及びこれに関する当事者の主張
1 争点 (1)ア イ号物件は,構成要件@を充足するか。
イ イ号物件の構成@’は,構成要件@と均等であるか。
(2)ア イ号物件は,構成要件Aを充足するか。
イ イ号物件の構成A’は,構成要件Aと均等であるか。
(3) イ号物件は,構成要件Bを充足するか。
(4) イ号物件は,構成要件Cを充足するか。
(5) イ号物件は,構成要件Eを充足するか。
(6) イ号物件は,構成要件Fを充足するか。
(7) 損害の発生及び額 2 争点に関する当事者の主張 (1)ア 争点(1)アについて (原告の主張) イ号物件も本件考案も,左右の手先から体内インピーダンスを測定するもので,「左右の手の親指と人差し指とでつまむ」ことは,親指と人差し指とで接触するということであるから,イ号物件は「左右の手のそれぞれ一つの指を載置する」を充足する。したがって,イ号物件は構成要件@を充足する。
(被告の主張) 「一つの指を載置する」の意味内容は一義的に明確であり,「親指と人差し指で電極をつまみ」とは異なることが明らかである。本件明細書記載の実施例の電極は,親指と人差し指でつまむことが物理的に不可能である。また,イ号物件の構成@’は,インピーダンスを測定する通電経路の長さを一定にし,測定結果を一定にするという作用効果があるところ,本件考案の構成要件@には,このような作用効果はない。したがって,イ号物件は構成要件@を充足しない。
イ 争点(1)イについて (原告の主張) 本件考案もイ号物件も体内インピーダンス脂肪計の原理を利用するものであるから,電極の配置はどこでもよく,左右の手指をどのように電極に接触させるかは単なる設計上の問題であって,本件考案本質的部分ではない。電極の構成をイ号物件のように「つまむ」構成に置き換えても,本件考案の目的を達成でき,同一の作用効果を奏するし,当業者であれば,「つまむ」構成に置き換えることは容易に想到することができたものである。他に「左右の手の親指と人差し指とでつまむ」構成を意識的に除外したという特段の事情もない。したがって,イ号物件の構成@’は,本件考案の構成要件@と均等である。
(被告の主張) 本件考案のような小型で取扱いが容易な指式電極は,本件考案の出願日においては存在しなかったのであるから,構成要件@は,本件考案の本質的要件である。本件実用新案登録の出願日から5年後にも,原告は「つまむ」構成を提供できなかったのであるから,当業者が「つまむ」構成を容易に想到できなかったことは明らかである。イ号物件の電極は,測定結果を一定にする作用効果があり,本件考案とは作用効果が異なるから,両者の間には置換可能性はない。したがって,イ号物件は,均等の要件を充足しない。
(2)ア 争点(2)アについて (原告の主張) 本件考案のテンキー群も,イ号物件のアップボタン,ダウンボタンも個人データ(数値)入力のためのものであり,この差異は設計上の問題であって,実質的に同一であるから,イ号物件は構成要件Aを充足する。
(被告の主張) 本件考案の構成要件Aは,12個のキーからなるテンキー群であるのに対し,イ号物件は,3個のボタンからなるのであるから,両者が異なることは明らかである。また,3個のボタンは,数値入力ミスを避けることができる,部品点数が少ないため体脂肪計を小型化することができるといった,テンキー群とは異なる作用効果を有している。さらに,本件実用新案権の審査過程において,原告は,構成要件Aがテンキー群に限定されることを前提とした主張をしていた。したがって,イ号物件は,構成要件Aを充足しない。
イ 争点(2)イについて (原告の主張) 構成要件Aは,個人データが入力できればいいから,テンキー群か3個のボタンかは,本質的な構成要件ではない。個人データ入力ボタンを3個のボタンに置き換えても,データ入力という目的を達することができ,同一の作用効果を奏するし,当業者であれば,3個のボタンに置き換えることは容易に想到することができたものである。他に,3個のボタンの構成を意識的に除外したなどの特段の事情もない。したがって,イ号物件の構成A’は,本件考案の構成要件Aと均等である。
(被告の主張) 本件考案のテンキー群は,体脂肪計を小型化し,取扱いを容易にするために採用された手段であり,本件考案の本質的要件である。また,3個のボタンは,テンキー群よりも入力ミスの機会が少なく取扱いも容易であるから,その作用効果を異にし,両者の間には置換可能性がない。さらに,平成5年当時健康指針装置の分野で入力手段としてボタン方式を採用したものは見受けられなかったから,当業者がテンキー群を3個のボタンに容易に置換できたとはいえない。したがって,イ号物件は,均等の要件を充足しない。
(3) 争点(3)について (原告の主張) 本件考案の機能切換キー群は,携帯用健康指針装置の動作機能を切り換えるために使用されるものであり,イ号物件のモードボタンも各モードを選択するときに使用されるものであるから,イ号物件は,構成要件Bを充足する。
(被告の主張) 本件考案の機能切換キー群が実行する機能は,主としてイ号物件の「健康チェックモード」に対応する機能に限られているのに対し,イ号物件は,この他に「歩数モード」及び「時計モード」を有しており,その機能が異なるから,両者は同一ではない。本件実用新案権の審査過程において,原告は,機能切換キー群について,健康指針を与える機能を有するとのみ主張していた。したがって,イ号物件は,構成要件Bを充足しない。
(4) 争点(4)について (原告の主張) 本件考案もイ号物件も,入力値,測定値及びこれらの値から求めた演算値を表示できる表示部を有するから,イ号物件は,構成要件Cを充足する。
(被告の主張) イ号物件は,表示部はあるが,表示される情報には,「時刻」「今日の歩数」「1日の目標歩数」等があり,健康指針に限られないから,本件考案とは異なる。本件実用新案権の審査過程において,原告は,表示部について,健康指針を与えるものであると主張していた。したがって,イ号物件は構成要件Cを充足しない。
(5) 争点(5)について (原告の主張) イ号物件においては,個人データの他,測定された体脂肪率(FAT)及び内臓脂肪断面積(VFA)が記憶装置に収納される。体脂肪率及び内臓脂肪断面積は,体内インピーダンスを測定して得られる身体組織の脂肪分と非脂肪分の割合であるから,いずれも本件考案の「体内脂肪分比」に該当し,イ号物件は構成要件Eを充足する。
(被告の主張) イ号物件の場合,記憶装置に収納されるデータは,個人データのみであって,体脂肪率及び内臓脂肪面積は,記憶装置に収納されないから,イ号物件は本件考案の構成要件Eを充足しない。なお,体内脂肪分比は,体脂肪率のことであって,内臓脂肪断面積とは異なる。
(6) 争点(6)について (原告の主張) 本件考案は,個人データ及び体内脂肪分比から適正食事摂取量を算出するものであるが,適正食事摂取量とは,「その人に相応しい食事の摂取量」を意味し,測定された体内脂肪量に応じた適正摂取カロリー,当日の運動量を加味した適正食事内容の目安等の形で算出表示される。イ号物件は,個人データ及び測定した身体内組織の脂肪分と非脂肪分の割合を利用して,「1日の目標歩数」「目標歩数までの残りの歩数」「今日の消費カロリー」「今日の夕食増加量」を算出して表示させる中央処理装置を有するので,構成要件Fを充足する。
(被告の主張) 「1日の目標歩数」「目標歩数までの残り歩数」「今日の消費カロリー」「今日の夕食増加量」は,いずれも「適正食事摂取量」とは異なるから,イ号物件は構成要件Fを充足しない。なお,「今日の消費カロリー」「今日の夕食増加量」の算定には,内臓脂肪断面積,体脂肪率のいずれも利用していない。
(7) 争点(7)について (原告の主張) 被告は,平成5年10月8日から平成13年9月19日までの間,イ号物件を少なくとも1万台販売し,イ号物件1台当たり1500円の利益を得ている。
したがって,被告の利益は1500万円を下らない。
(被告の主張) 原告の上記主張は争う。
当裁判所の判断
1 イ号物件の仕組み 証拠(甲5,6,乙8,乙9の1,2,乙10,14,検甲1)及び弁論の全趣旨によると,次のとおりの事実が認められる。
(1) 基本設定 まず,基本設定モードにおいて,時刻,歩幅,生活活動強度(LIFE1〜4)をアップボタン,ダウンボタンで設定し,○印ボタンを押して決定する。
次に,モードボタンを押し,健康チェックモードにする。そして,体重,身長,年齢,性別,ウエストの個人データをアップボタン,ダウンボタンで設定し,○印ボタンを押して決定する。
そうすると,自動的に「体格指数(BMI)」が表示される。「体格指数」とは,体重(s)÷身長(m)2で計算され,理想値は22.0である。
ダウンボタンを押すと,「目標体重」が表示される。「目標体重」とは,体格指数の理想値22.0に身長(m)2をかけた値である。
さらにダウンボタンを押すと,「1日の目安食事量」が表示される。「1日の目安食事量」は,目標体重に生活活動強度のそれぞれの係数(25〜40)をかけた値である。
(2) 測定結果 体格指数表示中(測定マーク点滅中)に,指を湿らせ,親指と人差し指でイ号物件の電極をつまみ,体に対して90度の角度になるように腕をまっすぐ伸ばし,測定ボタンを押す。それにより,体内インピーダンスが測定される。
測定が終了すると自動的に「内臓脂肪断面積(VFA)」が表示される。
これは,腹の中の内臓脂肪の断面積の意味で,医学的には,腹部CT撮影による実測値で100p2を超えていると生活習慣病を引き起こす可能性が高いと言われているものであるが,イ号物件の表示は,腹部CT撮影を行わずに被告が独自の方式により,体内インピーダンスの測定値から推定した数値である。
○印ボタンを押すと,「体脂肪率(FAT)」が表示される。体脂肪率とは,体の中に脂肪が占める割合(内臓脂肪も含む)である。イ号物件は,Segalらの式を参考に被告が作成した身体密度推定式より身体密度を求め,その身体密度の値に基づき,Brozekの体脂肪率算出式により体脂肪率を算出している。身体密度推定式には,体内インピーダンスの測定値が用いられている。
再度○印ボタンを押すと「生活習慣に対する注意度」が表示される。これは,体格指数,体脂肪率,内臓脂肪断面積について,それぞれL,-,Hで標準値か否かを表示した上で,体格指数と内臓脂肪断面積及び統計上のデータをもとに被告が独自に推定した注意度を算出して表示するものである。
さらに○印ボタンを押すと,「1日の目標歩数」が表示される。この「1日の目標歩数」は,内臓脂肪断面積を基礎として,体脂肪率,体格指数を変数として組み込んだ上で算出されている。「1日の目標歩数」は,歩数モードにおける「1日の目標歩数」に自動的にセットされる。
もう一度結果を見たい場合は,○印ボタンを順次押すと,再び測定結果を確認することができる。また,○印ボタンを押し,内臓脂肪断面積表示中に測定ボタンを押すと,再測定することができる。測定後,1分経過すると,「内臓脂肪断面積」,「体脂肪率」,「生活習慣に対する注意度」のデータは消去されるが,「1日の目標歩数」のデータは消去されない。
(3) 歩数表示 モードボタンを押して,歩数モードにすると,「今日の歩数」が自動的に表示される。ダウンボタンを押すと,「1日の目標歩数」から「今日の歩数」を差し引いた「目標歩数までの残りの歩数」が表示される。再びダウンボタンを押すと,「過去の累積歩数」が最高99日分まで表示される。さらに,ダウンボタンを押すと,「今日の歩数」の表示に戻る。
「今日の歩数」の表示中に,○印ボタンを押すと,「今日の歩行距離」が表示される。ダウンボタンを押すと,「過去の累積歩行距離」が,最高99日分まで表示される。さらにダウンボタンを押すと,「今日の歩行距離」の表示に戻る。
「今日の歩行距離」の表示中に,○印ボタンを押すと,「今日の消費カロリー」が表示される。これは,「今日の歩数」,エネルギー代謝率,性別,年齢補正係数,体重から算出されるものであって,内臓脂肪断面積及び体脂肪率のいずれも利用されていない。
ダウンボタンを押すと,「今日の夕食増加量」が表示される。これは,目標歩数値を達成した場合に,目標歩数を超えた歩数をカロリーに換算して80kcal単位で表示するものである。
再びダウンボタンを押すと,「過去の累積消費カロリー」が最高99日分まで表示される。さらにダウンボタンを押すと「今日の消費カロリー」に戻る。その後,○印ボタンを押すと「今日の歩数」に戻る。
今日の結果については,午前2時になると自動的にリセットする。
2 争点(6)について 前記1認定の事実に基づいて,争点(6)について判断する。
(1) 本件考案の構成要件Fにいう「体内脂肪分比」とは,本件明細書の〔従来技術〕欄記載のとおり,身体内組織の脂肪分と非脂肪分の割合であると認められるから,イ号物件における体脂肪率(体の中に脂肪が占める割合)は,「体内脂肪分比」に該当するものと認められる。これに対し,イ号物件における内臓脂肪断面積は,腹の中の内臓脂肪の断面積の意味であるから,「脂肪の面積」であって,「脂肪又は非脂肪の割合」ではない。したがって,「体内脂肪分比」に該当するとは認められない。また,体内インピーダンスの測定値も,それから,身体内組織の脂肪分と非脂肪分の割合を算出することができるものの,「脂肪又は非脂肪の割合」そのものではないから,「体内脂肪分比」に該当するとは認められない。他に,イ号物件において本件考案の「体内脂肪分比」に該当するものが存するとは認められない。
(2) イ号物件の「1日の目標歩数」は,内臓脂肪断面積を基礎として,体脂肪率と体格指数を変数として組み込んだ上で算出されるもの,「目標歩数までの残りの歩数」は,上記算出方法で算出した「1日の目標歩数」から,歩数計で計測した「今日の歩数」を差し引いたもの,「今日の夕食増加量」は,「1日の目標歩数」を達成した場合に,目標歩数を超えた歩数をカロリーに換算して80kcal単位で表示するものである。また,体格指数は,個人データとして入力された体重と身長から算出されるものである。
したがって,「1日の目標歩数」は,内臓脂肪断面積を基礎としているものの,体脂肪率と個人データである体格指数を変数として算出されるから,構成要件Fの「上記個人データおよび体内脂肪分比から算出」したものに該当する。また,「目標歩数までの残りの歩数」「今日の夕食増加量」は,いずれも「1日の目標歩数」を基に算出されるもので,上記のとおり「1日の目標歩数」の算出過程で体脂肪率と個人データである体格指数を利用しているから,構成要件Fの「上記個人データおよび体内脂肪分比から算出」したものに該当する(もっとも,後記のとおりイ号物件において「適正食事摂取量」が「体内脂肪分比から算出」されるとは認められない。)。
しかし,「今日の消費カロリー」は,「今日の歩数」を消費エネルギーに換算しただけのものであって,「今日の歩数」の他,エネルギー代謝率,性別,年齢補正係数,体重から算出され,個人データは利用しているものの,体脂肪率を利用していないから,構成要件Fの「上記個人データおよび体内脂肪分比から算出」したものには該当しない。
(3) 次に,同構成要件Fの「適正食事摂取量」の意義について判断するに,本件明細書の〔考案の課題〕欄には,「その人に相応しい食事の摂取量」と記載されており,本件明細書の〔考案の効果〕欄には,「体内脂肪量に応じた適正摂取カロリー」,「当日の運動量を加味した適正食事内容の目安」と記載されており,本件明細書の〔実施例〕欄には,「当日の目標摂取カロリー数」と記載されている。また,「適正食事摂取量」は,本件考案において算出,表示することを唯一規定されているものであり,この表示は,「一般個人が手軽に使用でき,しかも低価格な携帯用健康指針装置を提供する」という本件考案の課題の解決に欠くことができないものであると考えられる。これらのことを総合すると,「適正食事摂取量」は,体内インピーダンスが測定された際には,必ず算出,表示されなければならないものであり,しかも,摂取することができる食事の全体量が明らかになるようなものでなければならないと考えられる。なぜならば,それが算出表示されない場合には,健康の指針を示すことはできないし,算出表示されても,摂取することができる食事の全体量が明らかにならなければ,結局のところどれだけ食事を摂取することができるかわからないからである。
まず,「1日の目標歩数」「目標歩数までの残り歩数」「今日の消費カロリー」が,「適正食事摂取量」を充足するかどうかについて判断する。「適正食事摂取量」は,上記のとおり,摂取することができる食事の量,すなわち,体内にエネルギーとして取り入れる量を指すのに対し,「歩数」や「消費カロリー」は,いずれも体内からエネルギーとして出す量を表しており,逆の関係にあるから,「適正食事摂取量」という文言が,「1日の目標歩数」「目標歩数までの残り歩数」「今日の消費カロリー」を含むとは解されない。また,本件明細書では,〔実施例〕に,演算・表示例として,「個人データに応じた適正運動量」「当該運動量によって消耗されるカロリー数」「当日の目標摂取カロリー数」が挙げられているところ,「1日の目標歩数」と「目標歩数までの残り歩数」は「個人データに応じた適正運動量」に,「今日の消費カロリー」は「当該運動量によって消耗されるカロリー数」に,「適正食事摂取量」は上記のとおり「当日の目標摂取カロリー数」にそれぞれ対応すると考えられるから,「1日の目標歩数」「目標歩数までの残り歩数」「今日の消費カロリー」は,「適正食事摂取量」とは明確に区別されていると考えられる。したがって,「1日の目標歩数」「目標歩数までの残り歩数」「今日の消費カロリー」は,いずれも構成要件Fの「適正食事摂取量」を充足しない。
次に,「今日の夕食増加量」が「適正食事摂取量」を充足するかどうかについて判断するに,「今日の夕食増加量」は,「今日の歩数」が「1日の目標歩数」を上回った場合にのみ表示されるにすぎないから,体内インピーダンスが測定された際に,必ず食事摂取量が算出,表示されるものではなく,しかも,体内インピーダンスを測定する以前に体脂肪率に無関係に算出表示される「1日の目安食事量」を併せて参照しなければ,摂取することができる食事の全体量すら知ることができないものである。したがって,「今日の夕食増加量」は,構成要件Fの「適正食事摂取量」を充足しない。
(4) したがって,イ号物件は,本件考案の構成要件Fを充足しない。
3 争点(5)について 構成要件Eの「記憶装置」の意義について判断するに,本件明細書実施例〕欄には,「・・・インピーダンスを測定する。更に個人の身体データとしてテンキー16から体重が入力されれば,身体組織内で脂肪の占める割合を中央処理装置20で演算して,各データおよび演算結果を表示部12に表示できる。『必要であれば』,この測定・演算結果は記憶装置24に格納しておくこともできる。」とあり,演算及び表示に使用するために一時的に装置の中にデータを留まらせることと,記憶装置に格納しておくことを明らかに区別する記載があることからすると,構成要件Eの「記憶装置」とは,演算及び表示のための一時的な記憶装置ではなく,測定結果や演算結果を後日再確認したり,比較表示するためにある程度の期間保存しておくための記憶装置であると考えるべきである。
前記2(1)認定のとおり,イ号物件において,体脂肪率は,本件考案の「体内脂肪分比」に該当するものと認められ,他に,イ号物件において本件考案の「体内脂肪分比」に該当するものが存するとは認められないところ,前記1(2)認定のとおり,体内インピーダンス測定後,1分経過すると,体脂肪率のデータは消去される。
そうすると,イ号物件では,「体内脂肪分比」は,一時的に記憶されるものの,測定後1分で消去され,後日再確認できないため,構成要件Eの「記憶装置」には収納されないといえるから,構成要件Eを充足しないというべきである。
4 よって,イ号物件は,構成要件E及びFを充足しないので,その余の点につき判断するまでもなく,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 森義之
裁判官 東海林保
裁判官 瀬戸さやか