運営:アスタミューゼ株式会社
  • ポートフォリオ機能


追加

関連ワード 契約の解除 /  考案 /  訴えの利益 /  通常実施権 / 
元本PDF 裁判所収録の全文PDFを見る pdf
事件 平成 14年 (ワ) 2663号 実用新案実施権確認請求事件
原告 株式会社ヴァンガード
原告訴訟代理人弁護士 佐瀬正俊
同 米川勇
同 島由幸
同 東海林利哉
同 加藤潮子
被告 株式会社サテライトインテリジェンス
被告A
被告ら訴訟代理人弁護士 中野正人
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2003/03/14
権利種別 実用新案権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 原告と被告株式会社サテライトインテリジェンスとの間において,原告が別紙目録記載1及び2の各実用新案権について,範囲全部,地域日本全国,実施料無料とする許諾による通常実施権を有することを確認する。
2 本件訴えのうち被告Aに対する請求に係る部分を却下する。
3 訴訟費用は,原告に生じた費用の4分の3と被告株式会社サテライトインテリジェンスに生じた費用を被告株式会社サテライトインテリジェンスの負担とし,原告に生じたその余の費用と被告Aに生じた費用を原告の負担とする。
事実及び理由
請求
1 原告が別紙目録記載1の実用新案権について範囲全部,地域日本全国,実施料無料とする許諾による通常実施権を有することを確認する。
2 原告が別紙目録記載2の実用新案権について範囲全部,地域日本全国,実施料無料とする許諾による通常実施権を有することを確認する。
事案の概要
1 本件は,後掲実用新案権を利用した商品を製造販売している原告が,同実用新案権者である被告株式会社サテライトインテリジェンス(以下「被告会社」という。)と登録原簿上同実用新案権の譲受人であった被告A(以下「被告A」という。)に対し,原告が同実用新案権につき許諾による通常実施権を有していることの確認を求めた事案である。
2 争いのない事実等(証拠を掲げた事実以外は,当事者間に争いがない。) (1) 当事者 ア 原告は,後掲実用新案権を利用した商品である「シンクロエナジャイザー」(以下「本件商品」という。)を製造販売している会社であるが,同社は,もともと,被告代表者B(以下「B」という。)が,平成7年12月24日,有限会社八光建物(以下「八光建物」という。)の社員権をすべて買い取った上,平成8年4月26日,商号を「有限会社サテライトインテリジェンス」に変更して,自らが同社の代表取締役となり,さらに,同年6月5日に「株式会社サテライトインテリジェンス」に組織変更し,その後の平成9年1月14日に現在の商号である「株式会社ヴァンガード」に商号を変更した会社である。
イ 被告会社は,平成元年5月2日,Bが設立し,自らが代表取締役となっている会社である。したがって,原告と被告会社は,平成8年6月5日から平成9年1月14日までの間,Bを代表取締役とする同一商号の会社として併存していた。
ウ 被告Aは,Bの妻である。
(2) 被告会社は,別紙目録記載1及び2の各実用新案権を有している(以下,別紙目録記載1の実用新案権と同目録記載2の実用新案権を併せて「本件各実用新案権」という。)。
(3) 被告会社は,平成8年5月ころ,本件各実用新案権を利用した本件商品の製造を原告の前身である有限会社サテライトインテリジェンス(以下「有限会社サテライトインテリジェンス」という。)に行わせることとし,同社に対し,使用範囲,使用地域の定めのない許諾による通常実施権(以下「本件通常実施権」という。)を付与した。
(4) 被告会社は,本件通常実施権の付与後,原告に対し,本件通常実施権の使用料を請求することはなかった。
(5) 本件各実用新案権の登録名義の更正 本件各実用新案権の登録時の登録名義人は原告であったところ,被告会社は,平成12年6月9日,特許庁長官に対して,本件各実用新案権の登録名義人の表示更正手続を行い,本件各実用新案権の登録名義人の名称は「株式会社サテライトインテリジェンス」に,住所は被告会社の住所にそれぞれ更正された。
(6) 本件各実用新案権の登録名義の移転 本件各実用新案権につき,平成12年7月27日付けで,その登録名義が被告会社から被告Aに移転されたが,平成14年3月12日付けで,被告Aから被告会社へ,その登録名義が移転された(甲8の1・2,乙3の1・2)。
争点及び当事者の主張
1 本件の争点 (1) 本件通常実施権設定契約の約定に基づく解除の可否 (2) 本件通常実施権設定契約は使用料を無料とする契約であるか否か (3) 本件通常実施権設定契約の契約の目的終了による解除の可否 (4) 被告Aに対する本件通常実施権存在確認請求の可否 2 当事者の主張 (1) 争点(1)について (被告らの主張) 被告会社は,平成8年5月から,有限会社サテライトインテリジェンスに対し,本件各実用新案権を利用した本件商品の製造販売を許諾したことによって本件通常実施権を設定したが,被告会社は原告に対する暫定的な経済的支援方法として通常実施権を付与したにすぎないから,被告会社の都合が生じた場合にはいつでも原告に実施権の使用を禁止し,被告会社が本件各実用新案権を実施することを予定していた。
そこで,被告会社は有限会社サテライトインテリジェンスとの間で,平成8年5月1日,有限会社サテライトインテリジェンスはいかなる場合であっても,被告会社の承諾なしに本件商品の開発,製造及び販売を行ってはならず,被告会社はいつでもその承諾を拒絶することができることを定めた商品製造に関する基本契約書(乙1。以下「本件基本契約書」という。)を作成し,同基本契約を締結した。 そして,被告会社は,原告代表者に対し,平成12年6月3日付け「ご通知」によって,本件基本契約書に基づき本件各実用新案権の使用を禁止する旨の内容証明郵便を同月8日に発し,遅くとも同月15日には到達した。
そうでないとしても,被告会社は,原告に対し,被告会社の平成14年4月8日付け準備書面(1)(第2回口頭弁論陳述)をもって,本件各実用新案権の使用禁止の意思表示をした。
したがって,本件通常実施権設定契約は,上記約定に基づいて解除されたというべきである。 (原告の主張) 否認する。原告と被告会社間に,被告らが主張するような基本契約が締結された事実はない。
被告らがその根拠とする本件基本契約書(乙1)は,当時作成された真正なものではなく,Bが契約当事者双方の印鑑を所持していることを奇貨として,事後的に本件訴訟対策として作成名義を偽って作成したものである。そのことは次の事実から明らかである。
すなわち,同契約書中の「有限会社サテライトインテリジェンス」の押印欄に押されている代表印は「(株)サテライトインテリジェンス」である。しかし,同契約書の作成日付時点には原告はまだ有限会社であり,その時期にも有限会社の印は作成されていなかった。そして,この「(株)サテライトインテリジェンス」という印影の印鑑は,同契約書の被告会社の押印欄に押捺されている「株式会社サテライトインテリジェンス」という印影の印鑑と共に,現在までBが所持している。また,本件基本契約書(乙1)には被告会社が本件訴訟で主張する必要最小限の記載しかなく,基本契約書として通常記載されるべき事項が何ら記載されておらず,極めて不自然である。 さらに,本件訴訟以前の平成12年ころ,原告と被告会社間において本件各実用新案権の帰属自体を争点とする訴訟(以下「別件訴訟」という。)が係属していたことがあったが,本件基本契約書(乙1)は,原告と被告会社間において本件各実用新案権の権利者が被告会社であることを端的に示す内容になっているにもかかわらず,被告会社は別件訴訟において同基本契約書を証拠として提出していない。このことは,少なくとも別件訴訟が行われている間にはこの基本契約書(乙1)が存在していなかったことを明確に表している。
(被告らの反論) 本件基本契約書(乙1)が作成された当時,有限会社サテライトインテリジェンスは,「(株)サテライトインテリジェンス」という印影の印鑑を,その代表印として使用していた。この「(株)サテライトインテリジェンス」という印影の印鑑は,Bが被告会社の実印の作成を印鑑業者に依頼する際に誤った指示をしたために作成されたものであったが,Bとしては,すぐに有限会社サテライトインテリジェンスを株式会社に組織変更することを考えていたので,「(株)サテライトインテリジェンス」という印影の印鑑を有限会社サテライトインテリジェンスの代表印として印鑑登録し,使用していたものである。実際のところ,有限会社サテライトインテリジェンスが存在していたのはわずか2か月にも満たないのであるから,有限会社サテライトインテリジェンスの代表印として,「(株)サテライトインテリジェンス」という印影のある印鑑を使用していたとしても,何ら不思議ではない。
また,Bは,平成11年9月,原告代表者C(以下Cという。)らによって不当に原告の経営権を剥奪されたが,それ以来,有限会社サテライトインテリジェンスの代表印として使用していた「(株)サテライトインテリジェンス」という印鑑を事務所に置いたまま原告に引き継いでおり,Bは同印鑑を現在所持していない。したがって,そもそもBないし被告会社が,事後になって本件訴訟の対策として本件基本契約書(乙1)を作成することはできなかった。
(2) 争点(2)について (原告の主張) 原告は,本件各実用新案権を利用した本件商品を,当時原告の代表取締役であったBのもとで開発,製造及び販売してきたものであるから,被告会社は原告に対し,本件各実用新案権につき,定期的な使用料の定めのない無償の通常実施権を許諾していたものというべきである。
仮に,本件通常実施権が無償のものでないとしても,原告は,被告会社に対し,平成9年9月ころ,本件通常実施権の対価として1480万7966円を支払っているので,将来に向かって本件通常実施権の対価が発生することはない。 (被告らの主張) 本件通常実施権は無償ではない。本件基本契約書(乙1)第3条(承諾料)のとおり,被告会社は,原告に対し,「商品の製造における承諾料を製造期間を遡って請求できる」ものである。
また,原告から被告会社に対し合計1480万7966円の支払があったことは認めるが,この支払は本件通常実施権の対価ではない。
(3) 争点(3)について (被告らの主張) 本件通常実施権の使用料が無償であるとすると,原告は,被告会社が平成8年5月以来現在まで,6年以上の長期間にわたり,無償で本件各実用新案権を利用した本件商品の製造販売を行ってきたことになる。このように無償で他人の権利を長期間使用し利益を得ていた場合には,十分にその権利使用の目的は達成されたものと考えられるから,原告は契約の目的達成を理由として一方的に契約を解除することができるというべきである。しかるところ,被告会社は,被告ら準備書面(3)(第4回口頭弁論陳述)をもって,本件各実用新案権設定契約を解除する旨の意思表示をした。
(原告の主張) 否認ないし争う。
(4) 争点(4)について (原告の主張) 本件各実用新案権につき,平成12年7月11日,その登録名義が被告会社から被告Aに移転されている。しかし,被告会社は,設立以来,株主総会や取締役会を開催したことは一度もなく,被告Aへの有効な権利移転がされたものではない。 (被告らの主張) 否認ないし争う。
争点に対する判断
1 争点(1)について (1) 前記争いのない事実並びに証拠(甲1の1・2,甲2,甲3の1・2,甲4ないし7,甲8の1・2,甲11ないし15,25ないし30,乙1,2,乙3の1・2,乙4,5,証人D,被告代表者)及び弁論の全趣旨によると,次の事実が認められる。
ア 被告会社は,平成3年に,本件各実用新案登録の出願を行い,同出願に係る考案を利用した商品である本件商品の製造販売を行っていた。ところが,被告会社は,平成6年ころから,負債が大きくなって,営業活動が円滑にできない状況に陥り,事実上の休眠会社になった。
そこで,Bは,平成6年6月ころから,E(以下Eという。)が代表取締役であったが,Bが実質的な経営者であった株式会社エスイーシー(以下「エスイーシー」という。)をして,個人向けの本件商品を製造販売させることとした。
その後,同社は,本件商品の製造販売を行い,順調に業績を伸ばしていった。
イ 一方,Bは,本件商品とは別の,半導体を利用した新しいタイプの肩こり用の健康用品である「バイオセル」という商品に関する開発,製造及び販売の事業を立ち上げるために,被告会社及びエスイーシーとは別の会社を設立することにし,平成7年12月24日,当時休業状態となっていた八光建物の社員権をすべて買い取って同社の唯一の社員となり,平成8年4月26日,商号を「有限会社サテライトインテリジェンス」に変更した。
ウ しかし,当時,Bが経営していた被告会社,エスイーシー及び有限会社サテライトインテリジェンスのうち,収益を上げているのはエスイーシーによる本件商品の製造販売のみであったので,バイオセル事業を行う有限会社サテライトインテリジェンスに営業資金を回す必要から,本件商品の製造,販売の両方を行っていたエスイーシーから製造部門を切り離し,それを有限会社サテライトインテリジェンスにさせることによって必要な営業資金を捻出させることとした。
エ そこで,Bは,平成8年5月ころ,有限会社サテライトインテリジェンスに対し,本件各実用新案登録の出願に係る考案の実施を許諾し,同社は,本件商品の製造を行うこととなった。もっとも,それは,本件商品が全て外注であったので,有限会社サテライトインテリジェンスが自社工場において実際に製造するわけではなく,同社が外注により製造する製造元になるという意味であった。 オ そして,Bは,有限会社サテライトインテリジェンスとエスイーシーとの間で,本件商品の販売に関する基本契約(乙4,以下「本件商品販売契約」という。)を締結することとした。本件商品販売契約は,取扱製品,販売仕様,契約期間,再契約の条件,解除条件などを定めるとともに,エスイーシーは,有限会社サテライトインテリジェンスに対し,製品の売買代金の他に,有限会社サテライトインテリジェンスが所有する権利技術,商標の使用権利料として,合計2100万円及び売上総額の12パーセントのランニングロイヤリティーを支払うという内容のものであった。このように使用権利料を支払うこととしたのは,有限会社サテライトインテリジェンスにバイオセル事業を行う資金を得させるためであった。
カ 本件商品販売契約は,上記のとおり,エスイーシーにとって極めて厳しいものであったことから,エスイーシーの代表取締役であったEが,本件商品販売契約の締結に難色を示す可能性があった。
キ そこで,Bは,Eの不安を解消するために,有限会社サテライトインテリジェンスに許諾する本件各実用新案登録の出願に係る考案の実施はあくまで一時的なものであると説明する必要が生じ,平成8年5月中旬ころ,被告会社の他の役員に相談することなく,独断で本件基本契約書(乙1)を作成した。
ク Bは,当時「(株)サテライトインテリジェンス」という印影の印鑑を有限会社サテライトインテリジェンスの代表印として使用していたので,本件基本契約書を作成する際に,この印鑑を有限会社サテライトインテリジェンスの代表印として使用した。
ケ 本件基本契約書(乙1)は,本件商品に関する製造契約との表題の付されたわずか3箇条から構成された契約書であって,第1条において契約の概要を説明し,第2条において有限会社サテライトインテリジェンスは被告会社の承諾なしに本件商品の開発,製造,販売ができないこと,被告会社はその承諾をいつでも拒絶できることを定め,第3条において,被告会社が有限会社サテライトインテリジェンスに対し本件商品の製造における承諾料を製造期間に遡って請求できることを定めた極めて簡単なものである。
コ EがBの説得に応じて本件商品販売契約を締結したため,結局,Bは,Eを含む他の誰にも本件基本契約書(乙1)の存在を示すことはなかった。
サ その後,有限会社サテライトインテリジェンスは株式会社に組織変更し,さらに,平成9年1月14日に原告の現在の商号である「株式会社ヴァンガード」に商号を変更し,Cが新たに取締役に就任した。
原告は,商号変更の前後を通じて,変わることなく本件商品の製造販売を行っていた。
シ ところが,その後,原告が多額の負債を抱えて経営困難になったことから,Bは,平成11年9月16日臨時株主総会において,原告の代表取締役及び取締役を退任した。代わってCが代表取締役に就任したが,当時の原告にはバイオセル事業の売上はほとんどなく,当面の会社再建は本件商品の売上だけで行わなければならない状況にあったことから,本件商品の売上によって原告を再建することが関係者の共通の認識であった。
ス しかし,Cが原告の経営を引き継いだ後,BとCは激しく対立するようになり,平成12年になって,それまで原告による本件商品の製造に異議をとなえなかったBが原告の本件各実用新案権に関する権利を否定するようになったことから,原告は被告会社に対して本件各実用新案権の原告への移転登録を求めて別件訴訟を提起した。Bはその訴訟において本件基本契約書(乙1)を証拠として提出しなかったので,同基本契約書(乙1)は,本件訴訟の証拠として提出されるまで,その存在を明らかにされることはなかった。
(2) 以上の認定事実によると,本件基本契約書(乙1)は,平成8年5月中旬ころ,当時,有限会社サテライトインテリジェンスと被告会社双方の代表取締役であったBにより作成されたことが認められる。
この点,原告は,有限会社サテライトインテリジェンスの印鑑として「(株)サテライトインテリジェンス」という印影の印鑑が押されているのは不自然であると主張するが,前記認定のとおり,平成8年5月当時,Bは「(株)サテライトインテリジェンス」という印影の印鑑を有限会社サテライトインテリジェンスの代表印として使用していたのであるから,同基本契約書の有限会社サテライトインテリジェンスの押印欄に「(株)サテライトインテリジェンス」という印影があることには何ら不自然ではないというべきであって,このことは,証拠(甲30,乙4,5)によると,当時,有限会社サテライトインテリジェンスの銀行印として「(株)サテライトインテリジェンス」という印影の印鑑が用いられていたこと,本件基本契約書(乙1)と同時期に作成された有限会社サテライトインテリジェンスとエスイーシー間の本件商品販売契約書(乙4)中にある有限会社サテライトインテリジェンスの押印欄にも同一の印影が押捺されていることによって裏付けられる。
また,原告は,「(株)サテライトインテリジェンス」という印影の印鑑は,現在もBが所持している旨主張するが,Bが「(株)サテライトインテリジェンス」という印影のある印鑑を現在も所持していることを窺わせる証拠はなく,かえって,上記のとおり,同印鑑は有限会社サテライトインテリジェンスの預金通帳の銀行印として用いられているところ,証拠(甲30)によると,同通帳は原告側に引き渡されて,原告が保管していることが認められるから,Bが現在も同印鑑を所持している蓋然性は低いというべきであるし,仮にBが現在も同印鑑を所持しているとしても,そのことから直ちに本件基本契約書(乙1)が事後的に本件訴訟対策として作成されたと認められるものではない。
さらに,原告は,本件商品販売契約書(乙4)は平成8年5月当時作成されたものではなく,平成9年2月7日の税務調査の際に税務職員に見せるためにBが一人で作成した虚偽の文書である旨主張し,同主張に沿う証拠(甲15,証人D)も存するが,それらの証拠は,同契約書(乙4)の体裁及び税務調査時の状況からみて,極めて不自然な内容であって,証拠(乙4,5,被告代表者)に照らし,信用することができない。
したがって,上記の原告の主張は,いずれも,本件基本契約書(乙1)は平成8年5月中旬ころ作成されたとの上記認定を左右するものではない。 (3) しかしながら,本件基本契約書(乙1)がBによって平成8年5月当時作成されたものであっても,次のとおり,同基本契約書どおりの内容の契約が有効に成立したとまでは認められないというべきである。すなわち,@前記認定のとおり,Bが本件基本契約書(乙1)を作成するに至った目的は,有限会社サテライトインテリジェンスとエスイーシーとの間の本件商品販売契約(乙4)締結に難色を示す可能性があったFの不安を解消するためであったこと,A本件基本契約書(乙1)は,わずか3箇条で構成された極めて簡単なものであり,内容のある実質的な規定としては,承諾と承諾料に関する規定しかなく,しかも,その内容も一方的なものであり,およそ商品製造に関する基本契約書としての体裁をなしていない不自然なものであること,Bこの内容を前提とすると,有限会社サテライトインテリジェンスの通常実施権は,期間の定めがなく,被告会社の都合によりいつでも解約されうる極めて不安定な権利ということになるが,そのような事実は,この通常実施権の存在を前提として作成された有限会社サテライトインテリジェンスとエスイーシーとの本件商品販売契約(乙4)において,契約期間が定められ,再契約によって1年毎に契約期間が延長されることが予定され,しかも,製品の売買代金の他に,有限会社サテライトインテリジェンスが所有する権利技術,商標の使用権利料として合計2100万円及びランニングロイヤリティーを支払うことが約定されるなど,有限会社サテライトインテリジェンスが有する実施権が強力な権利であることを前提とした内容になっていることと矛盾しているといわざるを得ないこと,C被告らは,有限会社サテライトインテリジェンスに許諾した通常実施権はあくまで一時的なものであって,バイオセル事業が立ち上げに成功した場合は当然にその権利を被告会社に戻す予定であった旨主張し,同主張に沿う被告代表者の供述もあるが,当時,被告会社は多額の負債を抱えた事実上の休眠会社であって,前記第2の2争いのない事実等及び前記(1)認定の事実からすると,Bは,被告会社と同一名称の原告において継続的に事業を行っていくことを計画しており,被告会社の事業を復活させることを考えていたとは思われないから,権利を被告会社に戻すことが前提とされていたとは認められず,現に,原告は,平成8年以来本件商品の製造を継続してきており,平成12年までは,Bから異議が述べられたこともなかったこと,DBは有限会社サテライトインテリジェンスと被告会社の双方の代表取締役を兼ねていたとはいえ,双方の会社の存亡を左右しかねない重大な内容を有するこの契約書を他の役員に一切相談することなく独断で作成し,そればかりか,Bは,平成8年5月に本件基本契約書(乙1)を作成して以来,誰にも同契約書の存在を示したことがなく,本件訴訟において初めてその存在を明らかにしたこと,その他前記(1)認定の事実からすると,本件基本契約書(乙1)は,BがEを説得するための便法として形を整えるために作成した,実体を伴わない契約書というべきであって,有限会社サテライトインテリジェンスと被告会社との間には,本件基本契約書(乙1)に記載された内容の契約が成立したものと認めることはできない。
したがって,本件基本契約書(乙1)に記載された内容の契約が成立したことを前提として,本件各実用新案権の使用禁止の意思表示により,原告は本件各実用新案権の通常実施権を喪失した旨の被告らの主張は理由がない。
2 争点(2)について (1) 前記認定のとおり,本件基本契約書(乙1)に記載された内容の契約が成立したものと認めることはできないから,本件通常実施権の設定契約においては実施料の定めがあったとは認められないのであり,また,前記第2の2(4)のとおり被告会社は原告に対し過去一度も実施料の支払を請求したことがない。したがって,本件通常実施権設定契約は実施料を無料とする内容の契約であると認めるのが相当である。
(2) なお,原告は,本件通常実施権の対価は既に支払済みであると主張するので,この点につき,付言する。確かに,原告が被告会社に合計1480万7966円を支払ったことは当事者間に争いがない。しかし,証拠(甲9,甲15,証人D,被告代表者)によると,平成9年8月25日から平成10年5月25日までに原告から被告会社に振り込まれた合計1480万7966円については,原告の会計上借入金の返済として計上されており,本件実用新案権の対価の支払としての処理はされていないこと,それらの振込金は被告会社が金融機関から融資を受けていた借入金を返済するために送金されていたもので,実際にも返済に充てられたこと,以上の事実が認められるから,これらの振込金は原告が被告会社の借入金を肩代わりして返済していたにすぎないものというべきであって,本件通常実施権の対価の支払とは認められない。
3 争点(3)について (1) 被告らは,原告が約6年間無償で本件各実用新案権を実施してきたことを捉えて,他人の権利を長期間使用し利益を得た場合は権利使用の目的を達成したものとして,権利者が一方的に設定契約を解除できる旨主張するが,そもそもその法的根拠が明らかでないばかりか,仮に本件通常実施権設定契約を使用貸借類似の無名契約と考えることができるとしても,被告会社が原告に対し,本件通常実施権を設定して以来,原告はそれに基づき本件各実用新案権を利用した本件商品を製造販売することを業として営業活動を続けている以上,いまだ通常実施権設定の目的を達したものとはいえないというべきである。
(2) したがって,単に原告が約6年間本件各実用新案権を無償で実施してきたからといって,被告会社に一方的な通常実施権設定契約の解除を認める理由はないというべきであるから,被告らの主張は理由がない。
4 争点(4)について (1) 前記第2の2(6)のとおり,平成14年3月12日付けで被告Aから被告会社へ本件各実用新案権の登録名義が移転されたことが認められる。
(2) そうすると,被告Aはもはや本件各実用新案権の権利者でないことは明白であるから,本件訴えのうち原告の被告Aに対する請求に係る部分については訴えの利益がなく,不適法というべきである。
5 よって,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 森義之
裁判官 東海林保
裁判官 瀬戸さやか