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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成14ネ6451各補償金請求控訴事件 判例 特許
平成16ネ2790損害賠償等請求控訴事件 判例 特許
平成15ネ4867「窒素磁石」に係る発明の対価請求控訴事件 判例 特許
平成14ネ730実績報償金請求控訴事件 判例 特許
平成17ネ10125補償金請求控訴事件 判例 特許
関連ワード 技術的範囲 /  実施許諾 /  相当な対価 /  実施料相当額 /  権利濫用(権利の濫用) /  契約の成否 /  考案 /  考案者 /  図面 /  構造 /  物品 /  補正 /  設定登録 /  公序良俗 /  進歩性(3条2項) /  新規性(3条1項) /  公然実施 /  共同出願 /  実施可能 /  拒絶理由 /  立証責任 /  実施許諾(実施の許諾) /  通常実施権 /  専用実施権 /  減縮 /  請求項 /  特段の事情 /  設計変更 /  特定 /  明細書 /  請求の範囲 /  利益額 / 
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事件 平成 15年 (ネ) 2747号 契約代金等請求控訴事件
一審原告 A
訴訟代理人弁護士 岩出誠
同 中村博
同 村林俊行
同 筒井剛
同 石居茜
一審被告 株式会社育良精機製作所 株式会社曾根工具製作所訴訟承継人
一審被告 株式会社広沢製作所
両名訴訟代理人弁護士 中村稔
同 富岡英次
同 渡辺光
同 相良 由里子
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/09/29
権利種別 実用新案権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 一審被告株式会社育良精機製作所の本件控訴に基づき,原判決主文第2項を次のとおり変更する。
(1) 一審被告株式会社育良精機製作所は,一審原告に対し,68万9249円及びこれに対する平成8年7月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 一審原告の同一審被告に対するその余の請求を棄却する。
2 一審被告株式会社広沢製作所の本件控訴に基づき,原判決主文第3項を次のとおり変更する。
(1) 一審被告株式会社広沢製作所は,一審原告に対し,111万7898円及びこれに対する平成8年7月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 一審原告の同一審被告に対するその余の請求を棄却する。
3 一審原告の本件控訴を棄却する。
4 一審原告の一審被告らに対する当審において追加した予備的請求をいずれも棄却する。
5 訴訟費用は,第1,2審を通じ,これを15分し,その1を一審被告らの,その余を一審原告の各負担とする。
事実及び理由
当事者の申立て
(一審原告) 1 原判決主文第1項ないし第4項を次の第2項ないし第4項のとおり変更する。
2 一審被告らは,一審原告に対し,連帯して1億9553万4500円及びこれに対する平成8年7月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 一審被告株式会社育良精機製作所は,一審原告に対し,335万1000円及びこれに対する平成8年7月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 一審被告株式会社広沢製作所は,一審原告に対し,770万2000円及びこれに対する平成8年7月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5 一審被告らは,一審原告に対し,連帯して1億9553万4500円及びこれに対する平成8年7月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え(当審において追加した予備的請求)。
6 訴訟費用は,第1,2審とも一審被告らの負担とする。
7 仮執行宣言 (一審被告ら) 1 原判決主文第1項,並びに同第2項中,原判決別紙職務発明等一覧表のNo.16に係る請求につき一審被告株式会社育良精機製作所の敗訴部分,並びに同第3項中,原判決別紙職務発明等一覧表のNo.30及びNo.40に係る請求につき一審被告株式会社広沢製作所の敗訴部分をいずれも取り消す。
2 上記各取消し部分につき,一審原告の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は,第1,2審とも一審原告の負担とする。
事案の概要
一審原告は,昭和63年11月21日から平成4年3月31日までの間,一審被告株式会社育良精機製作所(以下「一審被告育良精機」という。)に,同年4月1日から平成8年1月31日までの間,株式会社曾根工具製作所(以下「曾根工具」という。後に一審被告株式会社広沢製作所〔以下「一審被告広沢」という。〕と合併し,一審被告広沢が,曾根工具の権利義務を承継した。)に勤務していた者である。
本件は,一審原告が,一審被告らに対し,自己の実用新案登録出願中の考案に係る実施許諾ないし登録を受ける権利の一部譲渡に対する対価の支払等を内容とする本件無名契約に基づく対価として,3億9106万9000円の支払を求めるとともに,一審原告外1名が一審被告育良精機ないし曾根工具に在職中に行った原判決別紙職務発明等一覧表(以下,単に「一覧表」という。)記載の10件の職務発明等について,一審被告育良精機ないし曾根工具に特許等を受ける権利を承継させたとして,特許法35条3項,実用新案法11条3項及び意匠法15条3項に基づき,その対価として,一審被告育良精機に対し総額3089万5000円,一審被告広沢に対し総額7840万7000円の各支払(その根拠となる職務発明等及び請求額の内訳は,原判決別紙「争点に関する当事者の主張」の20頁〜29頁に記載のとおり)を求めた事案であり,本件無名契約に基づく対価請求及び本件職務発明等に基づく対価請求につき,一審原告の請求をいずれも一部認容(ただし,一覧表No.26に係る請求についてのみ全部棄却)した原判決に対し,一審原告及び一審被告らの双方が控訴した。
一審原告は,当審において,本件無名契約に基づく対価請求につき,請求額を1億9553万4500円に減額(請求の減縮)するとともに,同請求が認容されることを解除条件とする予備的請求として,不当利得返還請求権に基づく同額の金員支払請求を追加し,さらに,職務発明等に基づく対価請求のうち,一覧表No.16に係る一審被告育良精機に対する請求につき,請求額を335万1000円に,一覧表No.30及びNo.40に係る一審被告広沢に対する請求につき,請求額を376万4000円及び393万8000円にそれぞれ減額(請求の減縮)した。なお,職務発明等に基づく対価請求のうち,一覧表No.24,No.26,No.27,No.34,No.35,No.65及びNo.70に係る請求については,当事者双方から不服の申立てがなく,当審での審判の対象とはなっていない。
本件の前提となる事実,争点及びこれに関する当事者の主張は,次のとおり訂正の上,当審における当事者の主張を付加するほかは,原判決「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」及び「第3 争点に関する当事者の主張」のとおりであるから,これを引用する。
1 原判決の訂正 原判決5頁7行目の「本件職務」から同8行目の「なされた」までを,「一覧表No.16,No.24,No.26及びNo.27の意匠に係る創作がされ,同年4月1日から平成8年1月31日までの間に,一覧表No.30及びNo.65の実用新案に係る考案,一覧表No.34及びNo.40の特許に係る発明並びに一覧表No.35及びNo.70の意匠に係る創作がされた」に訂正し,同15行目の「被告育良精機ら」を「一審被告育良精機及び曾根工具の権利義務を承継した一審被告広沢(以下,特に必要のない限り,「一審被告ら」と総称する。)」と,同19行目の「被告育良精機ら」を「一審被告ら」と各訂正する。
2 一審原告の主張 (1) 本件無名契約の成否について(争点1関係) ア Bの代理権について 本件無名契約の締結に当たっては,一審被告育良精機らの業務全般にわたり対外的な包括的代理権限を有していたBが,一審被告育良精機らを代理したものである。
イ ノウハウの評価について (ア) 原判決は,「原告がノウハウと主張するものの内容・・・は,いずれも,原告の本件考案や油圧作動型カッター等に関する知識,経験等に基づくものであることは認められる」としながらも,「それ自体,独立して対価の対象となり得るノウハウと断定することができないばかりか,原告は,本件考案や油圧作動型カッターに関する知識,経験等を活用して,実施品である油圧作動型カッター等の製造,販売事業に貢献することを期待されて被告育良精機らに技術部長として迎えられたのであるから,同被告らが,給与とは別に,原告がノウハウと主張するものの提供に対しても対価を支払う旨約したものと推認することはできないし,他に,黙示的にでもそうした合意がなされたことを認めるに足りる証拠はない」と判示したが,誤りである。
(イ) 一審原告は,原審において,原裁判所の釈明を受けて,可能な限り,その主張に係るノウハウの特定と具体化に努めてきた。仮に,原判決が,これ以上のノウハウの特定ないし具体化を求める趣旨であれば,それは,一審原告に不可能を強いるものであって妥当ではない。
(ウ) 原判決は,一審原告の主張するノウハウを「それ自体,独立して対価の対象となり得るノウハウと断定することができない」とするが,本件においては,登録を受ける権利の権利者であった一審原告が,一審被告育良精機に入社する前から,技術資料等(これらはノウハウの典型である。)を提示し,早期開発のための指導をし,入社後においても技術部長として勤務しながら,当該権利を一審被告育良精機らに実施させ,考案者でなければ持ち合わせていないような,出願書類には記載されてない重要な部分のノウハウを一審被告育良精機らに提供したものであるから,もとより,本件におけるノウハウとは,本体ともいうべき登録を受ける権利を抜きにしては考えられない性質のものである。つまり,本件におけるノウハウは,登録を受ける権利に係る実施料や対価の算定に当たり,その存在により当該権利の価値を高め,対価を増額させる要因として評価されるべきである。
他方,電動油圧製品に関する経験がなかった一審被告育良精機らとしては,登録を受ける権利だけを取得しても,それに関する一審原告のノウハウなしでは,短期間にシリーズ化を実現し,多額の売上げを上げることなど不可能であったことは明らかであり,だからこそ,一審被告育良精機らは,ウツミでの実施経験がある一審原告の入社を強く要請したのである。
このような事実関係からすれば,本件無名契約に関する黙示の合意の成立を認めながら,ノウハウに関する対価の支払につき黙示の合意の成立を認めない原判決の上記判断は,本件の実情を無視した不当なものといわざるを得ない。
(エ) 原判決は,上記のとおり,一審原告が,一審被告育良精機らに技術部長として迎えられ,給与を支払われたとの点を重視するが,技術部長とはいえ,常に,自らが発明,考案した特許権等を有しており,これを会社で実施することを予定して入社するわけではない。また,真実,そのような期待をされて入社したのであれば,給与中にこれに見合うだけの対価の項目が設けられていたり,あるいは,他の同程度のポストにある者と比較して,給与が著しく高く設定されていたりしなければならないが,そのような事実はないし,入社後においても,一審原告が,昇格等の面で著しく優遇されたとの事実もない。むしろ,一審原告は,Bから従前のウツミにおける給与額を保証してもらえるとの約束を受けていたものの,入社直後にその言を翻され,従前の給与額に満たない給与しか与えられなかったものである。
(オ) 以上によれば,ノウハウに関する対価支払の合意の成立を認めず,本件無名契約に基づく相当な対価額を算定するに当たり,ノウハウ分を算入しなかった原判決の誤りは明らかである。
ウ 一審被告らの主張に対する反論 (ア) 一審被告らは,原判決の「実施権の設定を受けたり,権利そのものを譲り受けたりする者が,実施品の製造,販売等を計画しているような場合には,対価の支払についての合意が明示的になされていない場合でも,対価の請求をしないとする特段の事情がない限り,実施権の設定を受けた者或いは権利そのものを譲り受けた者と,実施権を設定した者或いは権利そのものを譲渡した者との間では,合理的な額の対価を支払う旨の合意がなされたものと推定するのが相当であ」るとの説示に対し,そのような経験則が存在するかどうかは疑問である旨主張する。
しかしながら,一審被告らが反論として掲げるような例は,親子会社間で取引をするような特段の事情がある場合には考えられるかもしれないが(甲87の22頁参照),本件とは全く事情の異なる場合と比較しても,何ら参考にはなり得ない。
(イ) 一審被告らは,本件無名契約の成立を認めた原判決の事実認定について,るる論難しているが,以下のとおり,失当である。
a 一審被告らは,一審原告がウツミの社長から叱責を受けている状態であったとし,それを前提とした主張をするが,その根拠となるのは,Bの証言のみであり,全く信用するに足りない。
また,仮に,叱責を受けていたことが事実であったと仮定しても,その程度の事実が,一審原告にとって,後記(ウ)aのような事情のある本件考案を,無償同然で実施許諾をしたり,譲渡したりする理由になり得ないことも明白である。
b 一審被告らは,一審原告がオグラに激しい恨みを抱いていたとし,それを前提とした主張をするが,その根拠となるのは,Bの証言のみであり,この点に関するBの証言が虚偽であることは明らかである(甲82,90)。
c 一審被告らは,本件考案の回避技術があったとの前提で,るる主張している。しかしながら,本件考案の回避技術が存在したという証拠は全くないし,仮にあったとしても,以下の理由で全く論じる価値はない。
まず第1に,一審被告らの身内ともいうべき立場のBが,本件無名契約を締結した当時,電動油圧製品について,「図面作成など具体化されていたわけではなかった」と証言し(原審における証人Bに対する尋問調書〔以下「B調書」という。〕57頁),さらに,仮に本件考案を回避した場合には,相当の時間を要した可能性があった旨証言している(同54頁)ことである。Bの証言を整理すると,一審被告らは,本件無名契約が成立した当時のおよそ半年〜1年ほど前から,本件考案に係る電動油圧製品が付加価値の高い製品であることに着目し,開発すれば非常にメリットがあると考えていた(同19〜21頁),しかしながら,その間は計画だけで,図面作成など具体化されていたわけではなかった(同57頁),したがって,本件考案を回避して代替案で製品化しようとすれば,将来,仮に製品化することができたとしても,相当の時間を要したであろうことはいうまでもなく,Bもそのような認識であった(同54頁),となる。つまり,当時の一審被告育良精機らは,「本件考案に係る電動油圧製品は,付加価値が高いので非常にメリットがあり,製造販売したい」という願望だけはあったが,半年から1年経っても図面化ひとつできないのが現実であり,そのことを一審被告ら自らが証明しているのである。
一般に,新製品の開発は容易なことではなく,例えば,既に図面化されている場合でも,試作を何度も繰り返し,試行錯誤の末,やっとの思いで商品化になる場合が多く,途中で挫折して商品化までに至らないことも多いのが実情である。本件無名契約締結当時,一審被告育良精機らの経営状況は相当に苦しく,一日も早く新製品の開発が望まれる状況にあったから,開発に時間を要し,場合によっては永久に成功しない可能性さえある回避技術を選択できる状況になかったことは明らかである。
また,もし仮に,一審被告ら主張に係る回避技術を選択するのであれば,一審原告が一審被告育良精機らに入社したという客観的事実を合理的に説明することができないというべきであり,一審被告らの主張は全く合理性がない。更にいえば,既にウツミにおいて実施し,技術的問題がクリアされていて,新製品に付き物の未知数的要素のない本件考案と,そうでない一審被告ら主張の代替案とを同等に比較できるものでもない。
(ウ) 一審被告らは,本件無名契約の成立を否認するとともに,登録を受ける権利の一部譲渡は,@本件考案の登録に要する費用,権利の維持管理の経費等を一審被告育良精機らが負担すること,A一審被告育良精機らへの入社,同社における高い地位と高額な報酬の保証を受けること,B以前から強く希望していた製品の製造販売という個人的な目的を達成できるというメリットが得られることを対価とする契約として成立したものであり,その際,本件考案につき権利行使をしたことによって得られる利益等は,すべて曾根工具に帰属するとの合意が成立した旨主張しているものと解される。
しかしながら,以下のとおり,一審被告らの上記主張は失当である。
a 一審原告は,本件考案の技術の土台となっている電動油圧技術を利用した製品,特に電動油圧式鉄筋カッターでは最大手のオグラが,当時斜陽産業となりつつあったパイプねじ切り機を製造するメーカーから,上記電動油圧技術を利用した製品を製造するメーカーへ脱皮し成功した昭和50年代に,オグラの技術責任者としてオグラに勤務していた。そして,当時の技術貢献度が会社から高く評価され,通常給与のおよそ2倍という一般的には考えられないような破格の優遇を受けていた(甲79の14頁,甲85-1,2)。
このように,一審原告は,勤務する会社から破格の優遇を受けながらも,職務発明としてではなく,一度は自分個人の発明を持ちたいとの夢を持っていたことから,その夢を捨てきれず同社を退職して独立し,本件考案を完成させたものである。しかも,オグラに在籍していたことで,当該電動油圧製品の利益率が高いことや,当時のオグラが電動油圧製品で年間20億円ほどの売上げを得ていたこと等を熟知していたことから,本件考案が実施されれば,どの程度の売上げと利益が得られるか,もし,どこかの企業に実施させることができれば,およそどれだけの実施料を得られるか,それが数億円になる可能性が高いことなどを容易に推定することができた。
以上のような経緯等からすれば,一審原告にとっての本件考案は,いわば今後の生活を左右する命綱にも匹敵するような貴重な存在であったといっても過言ではない。
b これに対し,一審被告らの上記主張によれば,本件考案につき権利行使したことによって得られる利益等は一審被告育良精機らに帰属するというのであるから,一審原告は,本件考案から得られるべき経済的利益をすべて失うことになる。しかしながら,一審原告にとっての本件考案が命綱にも匹敵するような貴重な財産であったことは,上記aのとおりであるから,一審被告ら主張に係る程度の対価のために,そのような合意をすることは不合理としかいいようがない。
また,(旧)科学技術庁職務発明等規程(甲54)の11条1号には「当該譲渡,設定又は許諾を行う特許権等が実施される場合は,国の持分に応じた実施料が支払われること」と明記され,同条2号には「譲渡又は専用実施権の設定を受けた者は,当該譲渡又は設定を受けた特許権等の出願,審査請求及び登録に要する経費並びにその他の維持経費の全てを負担すること」と明記されている。つまり,譲渡を受ければ譲渡対価の支払と維持費用の負担との両方を行うべきことが明記されており,換言すれば,譲渡対価支払と維持費用負担は別個のもので,等価的価値とみることができないことを国も認めているのである。
c 一審被告らは,「被告育良精機らは,原告の正式入社日である昭和63年11月21日以前には,本件考案の存在を知らされていなかった」と主張し(原判決「争点に関する当事者の主張」12頁),Bも,同旨の証言をしている(B調書12頁)。
しかしながら,一審被告らの上記主張のように,「被告育良精機らへの入社,同社における高い地位と高額な報酬の保証を受けること」が対価であったというのであれば,一審原告が,その目的が済んでいる入社後に,一部譲渡を申し入れなければならない理由はなく,少なくとも,入社前に条件を引き出すために本件考案を有していることを説明し,交渉しなければならないはずである。そもそも,一審原告は,過去に勤務したオグラやウツミで優遇されていたのであるから,一審被告育良精機らに入社を求める必要もなかったのである。
一審被告らの上記主張は,この点においても不合理であることが明らかである。
d さらに,「以前から強く希望していた製品の製造販売という個人的な目的を達成できるというメリット」とは,何のことを指すのか意味不明であるが,もし,オグラに恨みを抱いておりその恨みを晴らすためという意味であれば,上記(イ)bのとおり,そのような事実はないから,この点に関する一審被告らの主張も失当である。
(エ) 本件無名契約において,登録を受ける権利の一部譲渡契約が成立したのは,一審原告が一審被告育良精機に入社した後の昭和63年12月15日であるから,当該譲渡は,使用者と従業者との間における職務発明以外の発明等の承継に該当する。したがって,上記一部譲渡契約に基づく本件考案の一部承継について,従業者保護の観点から,特許法35条3項が類推適用されるべきことは明らかである。
そうすると,同項は強行規定であるから,本件無名契約における相当の対価の意義について,仮に,当事者の認識に不一致があったとしても,一審被告らは,実施料相当額の対価支払を免れることはできないというべきである。
なお,同項の類推適用をいう上記主張は,本件無名契約の成立を認めるべき法的根拠の一つとして主張する趣旨であり,それ自体を別個の訴訟物として主張するものではない。
(オ) 以上によれば,一審被告らの主張はいずれも失当であり,一審原告の主張する本件無名契約の成立が認められることは明らかである。
(2) 相当な対価の額について(争点1関係) ア 算定の基礎となるべき売上高について (ア) 原判決は,相当な対価額の算定の基礎となるべき売上高について,「本件では,対価の額及び算定方法が予め定められていなかったことや,登録を受ける権利の一部を取得した時点での推定利益に基づくよりも,事後的に明らかになる現実の売上高に基づいて対価を算定する方が,実施の実績を反映させてより相当な対価を算定するという見地から合理的であるといえる」と判断した。
しかしながら,一審原告の対価請求権は,曾根工具が登録を受ける権利の一部を取得したのと同時に発生しているのであるから,一審原告の受けるべき対価額の算定は,その時点において予測される推定利益を基礎として行うのが原則である。原判決は,上記のとおり,推定利益に基づくよりも,事後的に明らかになる現実の売上高に基づいて算定する方が合理的であるとして,この原則を採用しなかったものであるが,誤りである。
(イ) 原判決は,対価の額及び算定方法があらかじめ定められていなかったことを上記判断の根拠の一つとしているが,上記のとおり,一審原告の対価請求権は,曾根工具が登録を受ける権利の一部を取得したのと同時に発生しているところ,本件考案の実施品が属する電動油圧製品の分野は,一審被告育良精機らが将来開発したいと着目していたこと(B調書19頁,24頁)からも明らかなとおり,利益率が高く,相当に高額の利益を上げられることが当初から予想されており,それに応じて,支払われるべき対価の額も相当な高額になることも当初から推定できたものである。
しかしながら,一審原告及び一審被告育良精機らは,一審被告育良精機らの当時の苦しい営業状況等をも考慮し,登録を受ける権利の一部取得後,直ちに対価を支払うものとするよりも,対価の相当性を高めるとともにリスクを回避すべく,製品の売れ行きなどの実績をある程度確認した上で対価を支払うものとするのが合理的であるとの見地から,合意の下に,対価支払時期を延期したものである。したがって,その延期の趣旨については,最終的な売上高を確認するとの趣旨ではなく,ある程度製品がそろって売れ行きが確認できれば十分であるとの趣旨であると解するのが相当である。ましてや,本件において対価請求がされたのは,製品の製造販売が開始されてから7年後のことであるから,その時点では,当初に意図された実績の確認は十分に行われているというべきである。
にもかかわらず,その後,一審原告が本件訴えを提起し,更に相当期間が経過した後に明らかになったにすぎない現実の売上高(推定利益を下回るもの)をもって対価額の算定の基礎とすることは,一審原告にとって,契約内容の一方的な不利益変更であるといわざるを得ない。原判決に従えば,判決の際に現実の売上高が明らかになっているかどうかによって対価額が異なることになるが,このような解釈は,一審被告らが訴訟を長引かせることによって得をする結果を認めることとなり,公平性の観点からみて不合理である。
(ウ) また,34億1691万8283円という総売上高の数値自体,一審原告が退職し,売上げを確認することができなくなった時点から,著しく売上げが低下しており,その信用性は低いといわざるを得ない。確かに,多くの判決例では,相当対価の額を算定する際,将来の事情を考慮しているが,それは,あくまで双方の合意があった場合のことであり,本件では,「製品の最終売上げを確認して対価を決定する」との合意は,明示的にも黙示的にもされていない。
したがって,本件において,信用性の低い現実の売上高に基づいて対価額を決定することは,むしろ不合理というべきである。
(エ) 以上によれば,原判決が掲げる根拠は,いずれも,対価額の算定は推定利益に基づいて行われるべきであるとの原則を覆すに足りるものではないから,本件無名契約に基づく対価額を算定するに当たっては,対価請求権発生時における推定売上高39億1069万円を基礎とすべきである。
イ 対価の相当性について (ア) 原判決は,以下のとおり,種々の理由を挙げて,「原告が登録を受ける権利の一部を譲渡したことの対価として被告育良精機らから支払を受けるべき相当な対価(実施品の製造,販売の実績を反映させた相当な対価)は,実施品の総売上高34億1691万8283円の0.5%に当たる1708万円(1万円以下〔注,「未満」の趣旨と解される。〕切り捨て)と認めるのが相当である」と判断したが,誤りである。
a 原判決は,上記対価額の算定の考慮要素として,「本件考案が実施されたのは製品の一部である弁機構の部分であるが,その弁機構は,需要者が製品を購入するに当たって特に強く関心を抱く特徴であるとまではいえないこと」を挙げる。
しかしながら,発明等は各要件が不可分有機的に結合されて一体として技術的思想を形成しているのであるから(甲66の137頁参照),本件においても,本件考案に係る技術的思想は,構成を部分的にとらえるのではなく,各要件が有機的に結合して,どのような特徴ないし作用効果を生みだしているのかを検討すべきである。具体的には,本件考案の「超軽量・小型」化に有利な特徴的な技術的思想が,世界最軽量の鉄筋カッター(甲57)を生み出したのであり,そして,実施品である電動油圧式鉄筋カッターが,足場の悪い建築現場の,しかも,高所において使用されることの多い製品であることを考慮すると,「超軽量・小型」化の成功は,製品として極めて優れた特徴である。
確かに,実施品は,50種類以上の部品点数から成り立っているが,原判決が認定するとおり,「本件考案は・・・『先端に油リリース通路の開口の回りに着座してこれを閉塞する環状弁部を有し,ピストンロッドの内部に軸線方向に摺動自在に設けられた柱状摺動弁と,この柱状摺動弁内の油リリース通路と対向する軸心位置に内装され,圧油のリリース時に柱状摺動弁の離座状態を保持するフロートスプリングとを備えていて,さらに,ピストンロッドの内部とシリンダ内とを連通させ,油リリース通路に対する環状弁体の着座中はシリンダ内の圧油を柱状摺動弁にも及ぼすようにしたこと』を特徴とし・・・従来技術の弁機構を改良し,構造を簡素化して,加工を容易化し,弁機構の油リリース通路に対する離着性をより優れたものとしたもの」であるから,実施品の心臓部に相当する弁機構の技術的思想が,不可分有機的に結合され,一体として製品全体の技術的思想を形成していることは明白である。特に,上記のとおり,弁機構の油リリース通路に対する離着性をより優れたものとした点は,製品の性能向上に影響を与える重大な要素として注目されるべきである。
以上によれば,原判決の上記認定が誤りであることは明らかである。
b また,原判決は,上記対価額算定の考慮要素として,「販売実績をあげるに当たっては,本件考案を実施して製品化し,製造,販売する過程で被告育良精機らが行った営業活動,広告・宣伝活動等の効果を軽視できないこと」及び「本件考案を実用新案登録するために要した費用,本件考案の管理維持費用を被告育良精機らが負担していたこと」を挙げる。
しかしながら,前者については,一審被告育良精機らの営業活動,広告・宣伝活動の効果は,一般に,企業が新製品を開発し製造販売する場合における通常のそれと同じ程度のものであって,本件考案の実施に関してのみ妥当する特段の事情とは認められないから,これを減額要因として考慮するのは相当でない。
また,後者については,一審被告育良精機らが負担した維持管理費用は総額で六十数万円程度であり,本件考案の実施により得られた30億円を超える売上高と比較すれば,殊更に強調されるべきものではない。むしろ,本件無名契約前には一審原告が同費用を負担してきたことからすれば,本件無名契約後において,これを一審被告育良精機らが負担することが公平にかなうというべきであるし,さらに,一審原告が,対価の支払を7年間も待ったことをも考慮すれば,対価額の算定に当たり,上記費用負担を減額要因として考慮することは不当といわざるを得ない。
c さらに,原判決は,「原告は,登録を受ける権利の一部を曾根工具に譲渡したのは,原告が広沢グループに技術部長として迎えられた際の手土産といった意味があることも否定できないこと」及び「相当な対価を算出するための(決めるための)計算方法すら決めていなかったことによる不利益を,対価を支払う被告育良精機らに多く負担させることは公平ではないこと」を挙げる。
しかしながら,30億円を超える売上げに貢献した本件考案を「手土産」程度のものとみることは現実的でなく,原判決の上記摘示はこじつけにすぎない。一審原告が一審被告育良精機らに入社したのは,十分なノウハウを得て,短期間で本件考案の実施を可能とすべく,一審被告育良精機らによる強い要求があったからであり,もとより,一審原告が失業していて,好条件で入社させてもらったというようなものではないし,それどころか,一審原告は,当時,ウツミで約800万円の年収を得ていたにもかかわらず,一審被告育良精機に入社後は年収700万円に減額されたものであって,入社によって負担を強いられているのは一審原告の側であるといわざるを得ない。
対価の計算方法を決めていなかった点については,対価の相当性を高め,予想と現実との開きが大きかった場合のリスクを回避するための合理的な方法とみることができるから,「計算方法を決めていなかったこと」が,すなわち「不利益」であるとはいえず,むしろ,双方にとって「利益」であったと解すべきである。また,一審被告育良精機らは,それなりの売上げ及び利益を得て,その代金として一審原告に対し相当対価を支払うのであるから,なにゆえに「不利益」の負担が問題となるのか,全く意味不明である。対価の計算方法を定めていなかったことは,標準的計算よりも高くすることも,低くすることもない,正に標準的計算方法によって対価を決めることを,一審原告と一審被告育良精機らが黙示的に合意していたことの現れというべきである。
d 加えて,原判決は,「原告は,本訴を提起するまで,被告育良精機らに対価の請求をしたことがなかったこと」をも減額要因とする。
しかしながら,本件無名契約においては,しかるべき時期に一審原告が請求することが契約内容となっており,対価請求権の行使時期については,一審原告にある程度の裁量権が与えられていたと解すべきであるから,上記の点を減額要因とすべき理由はない。請求時期が遅れたこと自体が一審原告の負担となっているのであるから,そのことを更に対価の減額要因として考慮するとすれば,一審原告の二重負担となり,不当であることは明らかである。
e 原判決は,「社団法人発明協会発行の『実施料率(第4版)』の『技術分野別実施料率データ』(甲15,134)によると,昭和63年度から平成3年度まで(本件では,平成元年5月29日ころから平成10年10月10日までの被告らによる実施品の製造,販売が問題となっている)の『金属加工機械』の実施料率別契約件数によると,イニシャルペイメントがない場合の最頻値は2%であることが認められる」と判示し,これを斟酌して,相当な対価額を算定している。
しかしながら,実施品は,主に鉄筋を切断するという意味では金属加工機械との見方もできるが,本来,金属加工機械とは工場で使用される機械,つまり,旋盤,フライス,研磨機等に代表される製品が主な製品であるのに対し,実施品は,主に建設現場で鉄筋を切断したり,建設用鋼材に穴を打ち抜いたりする用途に用いるものであるから,建設機械部門の資料を斟酌する方が妥当である。金属加工機械と建設機械の双方を平均的に見るのであればまだしも,原判決が金属加工機械のみを斟酌したのは著しく偏った判断というべきである。
また,原判決は,対象期間の全期間ではなく,期間を限定して最頻値を引用しているが,統計学的にみて誤った手法であり,原判決の引用する甲15,134のようなデータの少ない資料を斟酌する場合には単純平均又は加重平均を用いるべきである。そして,当該資料を用いて昭和63年度〜平成3年度の加重平均を算出すると,金属加工機械3.95%,建設機械4.22%,両業界合算4.03%となり,同資料によれば,金属加工機械及び建設機械における中央値は3及び4,同平均は3.75及び4.22とされている。
さらに,社団法人発明協会発行の「実施料率(第4版)」には,「実施料(率)を決める(特許権等を評価する)国の方式」が記載されている(甲153の159頁以下)ところ,それによれば,実施価値上のものが4%,同じく中のものが3%,同じく下のものが2%とされており(同168頁),当該基準率は,国有特許であるがゆえに一般民間の率より低く設定してあると説明されている(同160頁)から,民間の標準実施料率が3%以上であることは確実である。
このほか,未出願のアイデアでも実施料率は3%が標準とされていること(甲44の181頁),いわゆる利益分配法に基づいて算出しても,本件における実施料相当額は6億6299万円余になること等を考慮すれば,実施料率として2%を基準とする原判決が誤りであることは明らかである。
(イ) 他方,原判決は,本件において相当な対価額を算定するに当たり,考慮すべき以下の事情を考慮していない。
a 製品の利益率の高低は,実施料率を考える上で,最も重要な要素の一つであるところ,本件では,実施品は利益率の高い製品である(B調書21頁,51頁)。
b 本件では,実施品は,既にウツミにおいて実施可能であることが実証済みであったから,技術的にみても,営業的にみても,実施可能であるということが本件無名契約の成立当時から明確になっていた。そのため,実施に当たり,通常の場合のような未知数的要素はほとんどなく,リスクは極めて低かった。
c 本件無名契約の当時,実施品の属する分野については,国内の競争メーカーはオグラ及び石原機械の2社のみであり,外国を含めても競争メーカーは限られており,輸入品もなかった(B調書59頁)。
d 一審被告育良精機らは,事実上の専用実施権者として,本件考案を使用してきており,現実にも,日東工器の類似製品を排除することができたばかりでなく,200万円の金員も得ている。
e 本件では,実施に当たり,特に高額な新規設備を必要としなかった。
(ウ) 以上によれば,本来,本件における実施品の実施料率が通常の場合よりも高率であるべきことは明らかであるが,上記(ア)cのとおり,本件無名契約においては,標準的計算よりも高くすることも,低くすることもない,正に標準的計算方法によって対価を決めることを,一審原告と一審被告育良精機らが黙示的に合意していたと認めるのが相当であるから,相当な対価額の算定は,標準的な実施料率によるべきである。
そして,上記の諸事情を総合すれば,実施品に係る標準的な実施料率がノウハウ込みで5%を下らないことは明らかであるから,本件無名契約に基づき一審原告が一審被告らから支払を受けるべき相当な対価の額は,1億9553万4500円(39億1069万円×5%)である。
(3) 不当利得返還請求について(争点1につき当審において追加した予備的請求関係) 仮に,本件無名契約の成立が認められない場合には,本件考案に係る実施許諾及び登録を受ける権利の一部譲渡に係る合意自体が存在しないこととなるし,また,一審被告ら主張に係る内容での一部譲渡の合意が認定されるにすぎないとすれば,当該合意は,公平の観点からして明らかに公序良俗違反(民法90条)に該当し,無効であるから,いずれにしても,一審被告らが本件考案の実施に起因して得た利得は,一審原告の損失において法律上の原因なく得た利得として,不当利得返還すべきものである。
一審被告らが本件考案の実施により得た粗利益額は,一審原告が一審被告育良精機らを退職した時点(実施開始から79か月)で15億5882万6762円であったから,その後,本件実用新案権の存続期間満了まで(33か月)の最終的な粗利益の推測値は,22億0998万2245円(15億5882万6762円×(79+33)÷79≒22億0998万2245円)であり,これらから営業管理費として25%を控除すると,純利益の額は16億5748万6000円となる。
よって,一審原告は,一審被告らに対し,本件無名契約に基づく対価請求が認容されることを解除条件として,不当利得返還請求権に基づき,上記純利益中,主位的請求と同額である1億9553万4500円及びこれに対する平成8年7月27日から支払済みまで年5分の割合による利息の連帯支払を求める(一部請求)。
(4) 職務発明等に基づく対価請求について(争点2関係) ア 対価額の算定方法について (ア) 一審においては,発明者等の数が複数の場合はその数で除するものとして対価額を算定する旨主張していたが,共同発明者とされるCの確認書(乙50)に,「私の直接の上司は,A氏であり,坂本氏からこのような図面を書くようにと指示されて,メモを渡されたり,製品を渡されたりして,これを図面化するのが私の仕事のひとつでした。・・・私は,坂本氏にいわれて,いつも何かを参考にして図面を書いていた・・・」とあることからすれば,同人の業務の中に,自らが発明者等となるような業務は少なかったものと認められるから,一審原告と同人の発明者等としての貢献度を同等として対価額を算定することは相当でないというべきである。そこで,一審原告は,従前の主張を改め,発明者等の数が複数である場合には0.8を乗じるべきである旨主張する。
(イ) 一覧表No.16,No.30及びNo.40の職務発明等に係る売上数値については,原判決の認定を認める。
しかしながら,原判決が,本件職務発明等の実施を排他的に独占し得る地位を取得することにより見込まれる利益の割合(以下「排他的利益割合」という。)を0.33(3分の1)とした点,貢献度(寄与率)を0.3とした点は合理的でなく,公平の観点からは,いずれも0.5とすべきである。
また,原判決は,実施料率を,特許権については0.03,実用新案権については0.02,意匠権については0.015としたが,合理的でなく,いずれも5%(0.05)とすべきである。
(ウ) 一覧表No.40に係る請求について,原判決は,無効審判により一部の請求項に係る特許が無効とされたことを理由に,「当該特許の権利としての価値は低くなるといわざるを得ないから,実施補償額の算定に当たっては,実施料率を1.5%とするのが相当である」と判示した。しかしながら,後記イ(ウ)のとおり,無効とされていない他の請求項をも利用しなければ,ステンレス製ネジ棒をバリを出さずに切断することは依然として不可能であるから,当該特許権の権利としての価値は低くなっていないというべきであり,原判決の上記認定判断は誤りである。
(エ) 以上によれば,一覧表No.16,No.30及びNo.40の職務発明等に係る対価額は,以下のとおり算定されるべきである。
a 一覧表No.16に係るもの 3億3517万2969円(権利期限までの売上推測値)×0.5(排他的利益割合)×0.05(実施料率)×0.5(貢献度)×0.8(発明者数減額)=335万1000円(千円未満切捨て) b 一覧表No.30に係るもの 3億7641万2915円(権利期限までの売上推測値)×0.5(排他的利益割合)×0.05(実施料率)×0.5(貢献度)×0.8(発明者数減額)=376万4000円(千円未満切捨て) c 一覧表No.40に係るもの 3億9385万0650円(権利期限までの売上推測値)×0.5(排他的利益割合)×0.05(実施料率)×0.5(貢献度)×0.8(発明者数減額)=393万8000円(千円未満切捨て) イ 一審被告らの主張に対する反論 (ア) 一覧表No.16に係る請求について 一審被告らは,IS-25MBが一覧表No.16の意匠(以下「本件意匠」という。)に係る実施品であることを争うが,以下のとおり,一審被告らの上記主張は失当である。
a 本件意匠に係る物品である鉄筋ベンダー(鉄筋曲げ機)の分野においては,かつては,定置式のものが広く知られていた。そうした定置式の鉄筋ベンダーは,3相200ボルトの電源で可動する,いわゆる3相モータを動力源とし,重量がおよそ500kg程度あったことから,通常,その移動にはクレーンを使用していた。しかし,小規模の建設工事現場では,200ボルトの電源がなかったり,また,クレーンを使用して移動しなければならない不便さがあったことから,当時,オグラに在籍していた一審原告が,単相100ボルトの電源で可動する単相整流子モータを動力源とし,しかも,その重量を100kg程度にまで軽量化して,人力で移動できるような,他に類のない可搬式電動鉄筋ベンダーを開発したものであり,これが,本件意匠に係る物品である可搬式電動鉄筋ベンダーの始まりである。こうして開発された可搬式電動鉄筋ベンダーは,当初,外形が立方体に近い直方体の箱型であり,その後,後続メーカーも電動式鉄筋ベンダーを発売するようになり,やや多様化したものの,ボディが箱型という基本的な形状において大きな差異はなかった。
そうした中,一審原告が運搬時の車の積み卸しなどの作業性を考慮し,その重量が2分の1になるよう,更なる軽量化を目指して開発したのが,本件の対象製品IS-19MB,IS-25MBである。意匠公報(甲93)の平面図で説明すると,右上と左下の角を大きく面取りをして,変形六角柱にしたのが本件意匠である。つまり,このときから直方体(四角柱)のボディが六角柱のボディになったのである。本件意匠を使用した製品として,IS-19MBを先行発売し,そのあとIS-19MBに基づいて設計されたIS-25MBが発売された。両製品は,大部分で共通の部品が使用されたため,寸法が多少異なるものの,基本的な形状においてはほとんど同じである。
したがって,意匠として見た場合,IS-19MBとIS-25MBが酷似しているのは当然のことであり,その類似性は,両者が並記されたカタログ(甲60)により明らかである。
b 意匠の類否は,一般に,@意匠の要部比較においての相違はどうか,A意匠のざん新さはどうか,B全体観察による総合判断の比較ではどうか,C物品の見やすい部分の意匠の相違はどうか,Dありふれた部分の相違,特徴的な部分の相違などの諸点を検討することによって判断すべきものであると解される。
そこで,これらの項目に照らしてIS-19MBとIS-25MBの両意匠の類似性を検討すると,まず,@の意匠の要部とは,物品の機能に当然由来する形状の部分や公知の部分を除いた部分で,かつ看者の注意を強くひくと認められる部分であるから,上記の「ボディが六角柱」の特徴は,明らかに本件意匠の要部であり,そして,Aのざん新さの点も,上記aの電動鉄筋ベンダー開発の経緯からみて,ざん新さにおいても顕著であるから,類似性の幅は広く,要部の共通性は疑いようもない。また,Bの全体観察では,上記のとおり,その類似性は明らかというべきであり,「ボディが六角柱」という基本形状が,ボディそのものの形状であることにかんがみれば,C,Dについて検討するまでもなく,その類似性は否定しようもない。
この点に関し,一審被告らは,原判決の意匠類否判断の方法を論難しているが,上記のとおり,原判決の類否判断は,少なくとも,その結論において正当であることは明らかである。
(イ) 一覧表No.30に係る請求について 一審被告らは,一覧表No.30に係る考案は,一審原告が,オグラが既に製造販売していたパンチャー用ポンチを参照し,これが出願されていないことを認識した上で曾根工具名義で出願したものであると推測されるから,支払うべき対価はない旨主張し,これを排斥した原判決の認定判断を論難する。
a しかしながら,仮に,一審被告ら主張のとおり,曾根工具が,オグラに対し,当該考案に係る実用新案権を侵害している旨を警告したことが認められるとしても,それは,かえって,当初,曾根工具が,オグラによる権利侵害を認めていたことを示すものというべきである。
一審被告らは,その後権利行使を中止した旨主張するが,権利行使を中止したとの事実は立証されていないし,仮に,中止したことが事実であったとしても,オグラと一審被告らとの二者間での決着が,最終的に,どのような内容でどのような理由によるものであったかは明らかでなく,少なくとも,一審被告らの主張するような,オグラが公然と実施していたことを認めるに足りる客観的証拠は存在しない。すなわち,オグラが提出したとされる証拠は,@自社内部で作成したとされる図面(乙47-2-1〜8)とオグラのカタログ類(乙47-3,4)であるが,前者は公然実施の十分な証拠とはいうことができず,後者は,パンチャー用ポンチが,そのツバの後端面とロッドの前端面とが「全周に渡って間隙を設けたものである」と確認できる図面ではなく,その点の説明も見当たらない。上記間隙については,0.05〜0.1mmというようなわずかな空間が存在するか否かで性能に大きな影響を与えるものであるが,その微小の空間の存在を何らの説明もなく図面だけで主張するのは,一審被告ら及びオグラが,自己に都合よく解釈しているものとしかいいようがない。
b 確かに,原判決も認定するとおり,当時,オグラは,上記考案に類似する製品を製造販売していたが,その製品(刃物)は,割れやすいという欠点があり,一審原告は,そのことを情報として有していたことから,当該欠点を解消すべく上記考案を開発したものである。したがって,上記考案に係る製品をオグラが先に製造販売していたなどということはあり得ない。ちなみに,オグラが当初製造販売していた製品と上記考案の実施品とを比較すると,刃物(ポンチ)を本体に取り付けたとき,当該刃物のツバの後端面とロッドの前端面との間に全周にわたって,ごく微小の隙間(0.05〜0.1mm程度)を設けて,ポンチのツバに負荷を掛けないように設定してあるか否かが重要な相違点であり,一見すると,外観上はほとんど差がないように見えるものの,両者は,性能においては全く異なるものである。
したがって,オグラが当時一覧表No.30に係る考案の実施品に当たる製品を製造販売していたなどと軽々に主張できるようなものではなく,一審被告らの上記主張は明らかに失当である。
(ウ) 一覧表No.40に係る請求について 一審被告らは,一覧表No.40の特許に係る発明は,亀倉精機がかねて製造,販売していた製品に実施されていた技術を,一審原告がそのまま自己の発明として出願した発明であるとし,当該特許の基本的な請求項に係る発明についての特許につき無効審決がされていることなどを理由に,当該特許について支払うべき対価はない旨主張し,これを排斥した原判決の判断を論難する。
しかしながら,上記特許は,異議申立て,審判等を経て登録が確定しているものであって,一審被告らが主張するように,「他社の実施製品の構造を見てそのまま出願したような特許について,それに多少の変更を加えた請求項」とか,「競争相手による回避は極めて容易であり,特許としての価値は皆無」などということはできないし,同発明によって,ステンレス製ねじ棒の剪断で,初めてバリ取りが不要となった(甲149)という作用効果の大きさから考えても,一審被告らの主張が失当であることは明らかである。
上記特許は,19の請求項から成っており,無効とされた五つの請求項以外の残りの14の請求項については,そのまま特許権が存続していることは当然である。そして,重要なことは,この種の製品において,残りの請求項を一切侵害しないまま,ステンレス製ねじ棒をバリを出さずに切断することのできる技術は,当時開発されていなかったという点である。
また,曾根工具が,泉精機,オグラ,西田製作所及びダイアに対して,警告書を送付したことは原判決認定のとおりである。
以上の事実関係の下において,原判決が,「被告育良精機らには・・・実施を排他的に独占し得たことによる利益があったということができるのであって,当該特許については実施補償をなすべきである」と判断したのは正当であり,一審被告らの上記主張は失当である。
(エ) 職務発明等に基づく対価請求と特許等の無効との関係について 一審被告ら引用に係る東京地裁判決は,要旨変更という極めて蓋然性の高い無効理由の存在する事案に関するものであって,本件には適切でない。
3 一審被告らの主張 (1) 本件無名契約の成否について(争点1関係) ア Bの代理権について Bが,一審被告育良精機らの業務全般につき,対外的な包括的代理権限を有していたことは認める。
イ 原判決の事実認定について (ア) 原判決は,登録を受ける権利の一部譲渡に関し,「原告と被告育良精機らとの間では,原告が被告育良精機に入社した昭和63年11月21日までには,原告は被告育良精機らが本件考案を実施することを許諾し,同被告らは原告に,実施品の製造,販売の実績がある程度積まれた後に,そうした実績を反映させた相当な対価を連帯して支払う旨の合意が黙示的になされ,その後,同年12月15日に,両者の間で,原告は,実施権を設定するのに代えて,曾根工具に登録を受ける権利の一部を譲渡する旨契約内容の一部を変更する旨の合意が黙示的になされ,そうした合意に基づいて,同月21日,出願者を原告及び曾根工具とする名義変更手続がなされた」と認定したが,誤りである。
(イ) 原判決は,上記(ア)のように認定する根拠の一つとして,「特許権等について,実施権を設定したり,権利そのものを譲渡したりする契約は,原則として,有償でなされたものと推定するのが相当であるところ,まして,実施権の設定を受けたり,権利そのものを譲り受けたりする者が,実施品の製造,販売等を計画しているような場合には,対価の支払についての合意が明示的になされていない場合でも,対価の請求をしないとする特段の事情がない限り,実施権の設定を受けた者或いは権利そのものを譲り受けた者と,実施権を設定した者或いは権利そのものを譲渡した者との間では,合理的な額の対価を支払う旨の合意がなされたものと推定するのが相当であ」るとの一般論を掲げている。
しかしながら,一般的に,特許権等の知的財産権の譲渡又は実施権の設定が有償であることが多いということができるとしても,上記のように,「実施権の設定を受けたり,権利そのものを譲り受けたりする者が,実施品の製造,販売等を計画しているような場合」には,対価の支払についての合意が明示的にされていない場合でも,特段の事情がない限り,黙示的に合理的な額の対価を支払う旨の合意がされたものと推定し得るという経験則が存在するかどうかは疑問である。実施権の設定は,実施許諾権者と実施権者との関係が密接な場合に行われることが多いことは,古くから指摘されているところであり,実際にも,特許権者が実施製品の製造を委託する場合や,特許権者が半製品や実施製品のための部品,素材等を製造し,これを売り渡した先において実施品を完成するというような場合はよくあることである。これらの場合においても,実施権の設定を受ける者は,実施品の製造,販売等を計画しているが,特に対価を定めないことが多く,その場合,対価が定められていないことは,文字どおり,特別の対価を支払わない趣旨であり,対価の支払について黙示的な合意があるということはできない。
また,特許権等の譲渡についても,本件の場合には,原判決は,実施権の設定から登録を受ける権利の一部譲渡へと形式が変更されたと認定しているのであるから,一般的な譲渡を問題とすべきではなく,特許権等の持分譲渡について論じるべきである。そして,持分譲渡,しかも,先に実施権が設定されている場合について考えれば,上記実施許諾権者と実施権者との関係と同様のことが考えられ,譲渡の合意には,対価を支払う旨の黙示の合意を伴うというような経験則は働かない。
したがって,上記一般論に基づき,一審被告らに対し,「特段の事情」についての事実上の立証責任を負担させた原判決は,その前提において誤りである。
(ウ) 原判決は,上記(ア)の認定に先立ち,本件無名契約の成否に関連する事実経緯を各別に認定している(6頁〜8頁)が,その認定には,以下のような誤りがある。
a 原判決は,「原告は,被告育良精機の取締役工具事業部長で曾根工具の専務取締役でもあったBが,ウツミの前記アの製品(注,本件考案に係る実施品である電動油圧式鉄筋カッター4機種及び電動油圧式ベンダー2機種)につきOEM(相手方商標製品)として供給を受けたいと希望しているとの営業情報を得た」として,あたかも,そのことが一審原告と一審被告育良精機らとの接触の契機であったかのような認定をしているが,そのような事実はあり得ない。一審原告も,どこからその情報を得たかを明らかにしていないが,当時,曾根工具は,独自に油圧式の工具を手掛け始めており,近い将来,製品化する予定があった(乙2)のであるから,上記のようなことを考えるはずもないし,そのような情報が流れるはずもない。むしろ,ここで肝心なことは,一審原告から一審被告育良精機らに対し売り込みの電話を掛けたという事実である。
b 原判決は,Bが,「原告に対し,『OEMだとそれだけで終わってしまうので,思い切って当社に転職して実施品を開発してはどうか』などと提案し」たと認定している。しかしながら,商談に来た相手方に対し,突然,転職を勧誘するなどということは唐突すぎて不自然である。このような話になったのは,一審原告が,Bに対し,製品の販路開拓に成功しないことから,ウツミの社長に叱責を受けていることなどを訴えたためであり,その背景には,一審原告は,オグラに激しい恨みを抱いており,それを晴らしたいとの強い願望があったものの,ウツミは電動油圧カッターの生産に不向きな会社で,販路も欠くため,その願望を果たせないとの事情があったと考えるのが,自然で合理的である。そのような経緯からすれば,一審原告にとって,一審被告育良精機らへの入社の話は極めて魅力的なものであったのであり,あたかも,一審被告育良精機ら側が,渋る一審原告を強く勧誘して入社させたかのような原判決の上記認定は,証拠の正しい評価に基づかず,全体の流れとも整合しない不自然なものである。
c 原判決は,「原告は,被告育良精機に入社するのに先立ち,Bから『一日も早く来て欲しい。社長もそのように強く希望している』などと強く求められ」たと認定している。一審原告が入社の意向を強く示している以上,一審被告育良精機らが,一審原告に対し,早く同社に来て打合せを行うことを望むのは当然のことであるが,原判決の上記認定は,前後の記載と併せ読むと,それ以上に,あたかも一審被告育良精機らが早く製品を開発したいがために,無理にないし強引に一審原告に有給休暇を取らせてまで出社を求めたかのような印象を抱かせる。そのような理解が誤りであることは,上記bのとおりである。
d 原判決は,昭和63年「11月10日から16日までウツミで有給休暇を取得し,その間の5日間,曾根工具の工場に赴き,Bに対し本件考案についての技術資料(公開公報,手続補正書等本件考案の実用新案登録の出願手続に関する資料をも含む)を示し,本件考案の実施に向けた計画の打ち合わせ」をしたと認定している。しかしながら,Bは,上記打合せの際に,公開公報や技術資料を見せられたことはないと明確に証言している(B調書12頁)。しかも,既にウツミで製造し,その製作図面等を持ち出してきていた一審原告にとって,これから製造する製品の打合せに必要のない,本件考案に関する資料を示す理由もないから,上記認定は誤りである。
e 原判決は,「原告が曾根工具に登録を受ける権利の一部を譲渡した当時,本件考案は既に出願公開されており,また,昭和63年12月1日には出願公告をすべきものとする決定がなされており,Bはそのことを認識していた」と認定している。
確かに,登録を受ける権利の一部譲渡を受ける手続の際,Bが,本件考案の出願手続がどのような段階にあるかを認識していたことは当然である。しかしながら,一審原告が一審被告育良精機らに入社する時点において,Bは,本件考案の内容及びその具体的な手続状況を認識していなかった。このことは,同人が一貫して証言しているとおりであり,上記時点では,Bは,ウツミ製品について何らかの特許出願がされていることは知らされたものの,具体的に本件考案の存在及び内容を認識する機会は与えられていなかった(B調書11頁)。
昭和63年9月12日,本件考案に係る拒絶理由に対する意見書が提出されるとともに,実用新案登録請求の範囲を含め,明細書の全文が補正された(甲29,乙34)が,この補正の内容は公開公報(公開日昭和60年5月11日)には反映されていないから,一審原告が,本件考案の内容をBに伝えるには,全文補正済みの明細書(乙34)自体をBに示す必要があった。しかし,一審原告が,Bに対し,具体的にどのような資料を示したのかという点については,一審原告は満足な説明をすることができず(原審における原告本人に対する尋問調書〔以下「原告本人調書」という。〕46頁〜47頁),かえって,本件考案の実用新案登録請求の範囲の文言にさえ無とん着であったこと(同47頁)及び補正をした事実さえ説明していないこと(同48頁)を自認している。
(エ) 原判決は,上記(ウ)で認定した事実経緯に基づき,@「原告が被告育良精機に入社するまでの経緯・・・,殊に,原告は同被告へ入社する前から,実施品の製造,販売に向けた具体的な打ち合わせをしたり,実施品及びその部品の詳細な図面を作成したりするなどの準備行為を行っており,Bらもこれに積極的に協力していること」,A「被告育良精機らは,原告が被告育良精機に入社するまでは,電動油圧式カッターを製造,販売していなかったが,原告が被告育良精機に入社した後は,実施品である電動油圧式カッターの製造,販売を速やかに開始していること」,B「被告育良精機らは,曾根工具が原告から登録を受ける権利の一部の譲渡を受けた昭和63年12月15日までには,本件考案の存在,具体的内容,本件考案の出願が原告個人名義でなされていること,原告がウツミに対し本件考案通常実施権を与えていること,本件考案については既に出願公開がなされていたことなどを知っていたこと」,C「被告育良精機らは,本件考案の価値を相当高く評価していたこと」,D「登録を受ける権利は,その一部が譲渡された昭和63年12月15日当時,既に出願公開がなされており,それ自体独立して譲渡の対象となる財産権としての価値が認められるものであったところ,本件考案の出願を原告と曾根工具との共同名義にすることにより,被告育良精機らは,本件考案を事実上独占的に実施して利益をあげることができるが,他方,原告は被告育良精機らの承認を得ない限り本件考案を他者に実施させることができなくなるので,原告の方から自ら進んで曾根工具との共同出願としたり,対価なしに譲渡したりすることは一般的に考えられないこと」,E「被告育良精機らは,平成元年5月29日から実施品の生産,販売を開始し,平成10年10月11日までの総売上高は34億1691万8283円に達していたこと」の各事情を摘示した上,それらの事情を総合考慮すれば,上記(ア)のとおり,本件無名契約が成立した事実を認めることができるとした。
しかしながら,まず,上記@,A及びBの事情については,原判決のいう無名契約が将来相当な対価を支払う黙示の合意が存在していたことを裏付ける間接事実とはなり得ない。Bのウツミに対する通常実施権は対価の支払を伴わないものであったし,また,一審原告が入社した当時,本件考案が公開されていることを一審被告育良精機らが認識していなかったことは上記(ウ)eのとおりである。
次に,原判決は,上記(ウ)で認定した事実経緯のうち,コの項(原判決8頁)を援用して,上記Cの事情を摘示しているが,同項における認定事実は,「曾根工具は,本件考案の出願公告がなされた後になされた,オグラからの登録異議の申立てに対し,共同出願人として,原告と共に答弁書を提出し,本件考案の価値(進歩性)を強調して争った(なお,曾根工具は,平成3年,日東工器が本件考案を侵害しているとして警告書を送付し,平成4年12月4日,その紛争に関して和解契約を締結し,同社から和解金として200万円を受け取っている)」というものにすぎず,この事実から,上記Cの事情を導くことはできない。すなわち,実用新案登録及びその維持についての費用を負担する約定で持分権を譲り受けた以上,曾根工具が,その後にされた登録異議の申立てに対応することは当然であり,これをもって,本件考案の価値を高く評価していたことの間接事実とみることは相当でないし,そもそも,これらの本件考案に関する手続及び日東工器に対する権利行使等は,当時,一審被告育良精機らの技術部長の職にあり,すべての工業所有権を実質的に管理していた一審原告が担当していたものであり(乙3〜7,9),一審原告が,自らが共有持分権を有する本件考案について高く評価していたことは当然である。
さらに,上記Dについては,原判決は,「共同名義」すなわち共有持分権の譲渡のみを問題とし,通常実施権の設定については何ら触れていないが,原判決の論理は,通常実施権の設定に当てはまるものではない。しかしながら,原判決は,上記(ア)のとおり,通常実施権の設定が先行し,それが登録を受ける権利の一部譲渡に変更されたと認定したはずであり,そして,そのように,先に通常実施権の設定の合意が先行していた場合には,地方の製造メーカーである一審被告育良精機らにとって,自社の従業員である一審原告が,自社の利益に反して,既に自社で使用している本件考案について同業他社に通常実施権を設定することなど考えられないことであったし,一審原告においても,既に一審被告育良精機らに対し通常実施権を供与した以上,更に同業他社に対しても実施権を供与するなどということは,考慮外であったはずである。
また,そもそも,上記(ウ)bのような一審原告が一審被告育良精機らに入社を望んだ経緯からすれば,ウツミ製品と同様の製品を一審被告育良精機らにおいて製造し,広く販売できれば,一審原告の個人的目的を達成することができたものであるし,その希望をかなえるためにも,いわば手土産として,本件考案を含む油圧電動工具についての知識,身に付けた技術をアピールして一審被告育良精機らへの入社を果たし,同製品の製造販売を企画させる必要があったものである。このような特殊な事情にかんがみれば,一審原告としては,代表者から叱責されていたウツミを退職し,自分の夢が実現できる一審被告育良精機らに,当初から技術部長という高い地位で,かつ,一審被告育良精機らとしては破格の700万円という高額の年収を保証されて入社し,しかも,直ちに企図していた製品の開発責任者の地位に就くことができたものであるから,実施権の設定及び持分権の譲渡当時,それ以外に特別の対価を希望したはずがない。実施権の設定及び持分権の譲渡当時に作成された文書等の証拠で,特別の対価の支払を一審原告が希望していたことをうかがわせるに足りるものが一切ないことは,これを裏付けるものである。
他方,一審被告育良精機らは,厳しい価格競争を強いられている電動工具市場において,常に円単位の製造コストの削減に努力してきたものであり,特に一審被告育良精機らを含む企業グループである広沢グループは,その総帥であるDの極めて厳格なコスト管理により,バブル期及びその崩壊後の時期に,飛躍的にその規模を全国に広げてきた茨城県を本拠とする優良企業グループである。このような企業グループに属する一審被告育良精機らが,将来のコスト負担となる対価の支払について,その時期,決定方法も正確に定めることなく,黙示の合意をしたなどと考える余地はない。
(オ) さらに,本件においては,以下のとおり,一審原告が一審被告育良精機らに入社した際の合意が,一審原告主張のような,本件考案に関する特別の対価の支払についての合意を含むものではないことを示す事情が存在する。
a 対価の決定方法,支払時期,支払方法等の契約の要素となる重要な事項について,書面による合意がされていないばかりか,口頭による合意すら一審原告は明確に主張し得ないこと b 知的財産権の対価を将来の実績により定める場合には,金額がばく大なものとなり得ることから,通常の共同開発,学者等との共同研究においては,詳細な契約書,覚書が交わされるのが通常であること c 一審原告は,有名な学者でも,有名な技術開発者でもなく,何らの契約書も作成せずに,このような重大でありながら内容の不確定な約束をする理由はないこと d 技術者を雇用するに際して,その有する知的財産権を譲り受けるのに,一審原告主張のような不明確な内容の契約を口頭で行うという慣行は,少なくとも,一審被告育良精機らの属する当業界には一般的に認められず,一審被告育良精機らにおいては,全く経験がないこと e 当時,本件考案は,実用新案権として登録されている状況ではなく,一審被告育良精機らは,将来,相当の対価を支払うことがあっても,この際,実用新案を受ける権利を譲り受けるべきであると考えるほど,本件考案について検討し,評価していたという事実は全く存在しないこと f 従業者が,雇用される際に,既に雇用前に完成していた知的財産権を使用者に譲渡する際には,使用者と対等な立場で取引が可能であり,契約の条件について,慎重に検討し,重ねて交渉をすることが可能であるところ,本件においては,一審原告からの申入れをも含め,当事者間でそのようなやり取りは一切存在しなかったこと g 一審被告育良精機らの担当者であったBは,社内的には,そのような重大な債務を負担する可能性のある契約を締結する権限はなく,また,同社の代表者と相談したという経緯もないこと,仮に,そのような相当な対価を将来支払う可能性があれば,一審被告育良精機らのようなコスト管理の厳しい企業にあっては,必ず代替手段を模索した上で,これとの選択を検討し,本件考案の実施を採用するとすれば,その支払時期,金額の計算方法等を代表者の決裁により正確に定め,文書化したであろうこと なお,上記主張は,Bの対外的な包括的代理権限の不存在を主張する趣旨ではなく,一審被告育良精機らの内部的な意思決定過程における権限分配の点を間接事実として主張するものである。
h 専門的な技術及び知識を有することに目をつけて社外の技術者に入社をさせることはよくあることであり,また,技術者は,その有する考案等についての権利を含め,自己の専門的な技術及び知識を就職の際の有利な条件として売り込むのであって,これらは,社内の特別の地位を保証する入社の取引条件にすぎないこと (カ) 原判決は,原審において,一審被告らが,一審原告主張のような合意が存在しないことを裏付ける様々な事実を主張したのに対し,一審被告らの主張をすべて退けている。しかしながら,原判決の判断は,以下のとおり,いずれも失当である。 a 原判決は,一審被告らが,「本件無名契約には,契約の要素である対価の額,その計算方法が特定されていない」と主張したのに対し,一審被告らの主張事実は,「そのとおりであるが・・・,原告と被告育良精機らが,対価の額や支払時期を予め具体的に定めず,実施品の製造,販売がある程度の実績を積んだ時点で,原告の請求を待って,その実績を反映させた相当な対価を算定して支払う旨を合意したとしても,それ自体不合理とはいえない」と判示する。
しかしながら,そもそも,対価を将来支払うという黙示的合意が一般的に推測されるという前提自体に問題がある上,仮に,その点を措くとしても,本件においては,上記のとおり,一審被告育良精機らが本件無名契約に関して対価の額や支払時期をあらかじめ定めないで将来の対価支払を合意することがあり得ない事情が存在するのであるから,原判決の上記判断は,明らかに誤りである。
どのような企業であっても,将来,例えば,対価の支払が売上高にリンクして発生することを事前に約束する場合に,これをコストとして計上し,積み立てておかないことはあり得ない。なぜならば,そのような対価支払の約束があり,これに対して何らの手当ても講じない場合には,請求を受けた時点では,極めて巨額な請求額となる可能性があって,経営に深刻な打撃すら与えかねないにもかかわらず,そのような予測もできないような無展望な契約をし,しかも,将来の支払のための積み立てもしないなどということは,絶対にあり得ないことだからである。
b 原判決は,「被告育良精機らと原告との間で,登録に要する費用,権利の維持管理の経費等は同被告らが負担する旨の合意をしたとしても,登録を受ける権利は,本来,独立して譲渡の対象となり,それ自体に対して対価が支払われるべき財産権であるから,そうした合意がなされたことをもって,登録を受ける権利の一部を譲り受けたことに対する対価は支払わない旨の合意がなされたことを窺わせる事情ということはできない」と判示する。
しかしながら,一審被告らは,本件考案の登録に要する費用,権利の維持管理の経費等のみをもって,登録を受ける権利の完全な対価であると主張していたものではない。一審原告の一審被告育良精機らへの入社時の事情の下においては,同社への入社,同社における高い地位と高額な報酬の保証とあいまって,当時の一審原告にとっては十分な利益を得られ,しかも以前から強く希望していた製品の製造販売という個人的な目的を達成できるというメリットがあったのであるから,こうした事情は,将来特別な対価の支払を受けることなく,実施権を設定し,あるいは共有持分権を譲渡する決意をするに足りる十分な動機となる旨主張してきたものである。そして,このような動機は,当時,一審被告育良精機らの担当者であったBにも明確に表示されていたものである。
また,これから雇用されることを希望する技術者等にとって,使用者から保証される上記の総合的な利益は,極めて重大なものであり,その時点及びその後の長い職業生活を左右する決定的なものであって,雇用後に生じる職務発明についての問題とは,質的に異なるものである。もし,このような場合において,上記のような総合的な利益をもっては,実施権の設定又は権利の譲渡に対する対価性が認められないとされ,「将来何らの特別な対価を請求しない」という明示の意思表示がされない限り,あるいは,このような明示の意思表示がされていても,将来対価を請求することが可能であるということになれば,企業と従業者となろうとする者との間の雇用契約及び知的財産に関する契約は,その不安定性から極めて不自由なものとなり,その結果,技術者の転職にとって,重大な支障を生じる可能性すらある。
c 原判決は,「原告が,専ら『かねて恨みをもっていたオグラに対抗して報いたい』との意図のみをもって被告育良精機に入社したものと認めるに足りる証拠はなく,仮に,そうした事実があったとしても,そのことをもって,登録を受ける権利を無償で譲り受けたことを窺わせる事情と認めることはできない」と判示するが,このような個人的な事情が実施権の設定又は権利の譲渡の重要な動機の一つになることは,否定できないはずである。もちろん,一審被告らが,このことをもって,一審原告にとっての実施権の設定又は権利譲渡の唯一の利益ないし動機であると主張していたものでないことは,上記のとおりである。
d 原判決は,「原告は,被告育良精機に入社した後,毎月,組立日程表,販売計画書,月末在庫表等の資料・・・を受け取っていたこと,原告は,平成4年8月からは,原告が所属していた技術部にも回覧されていた完成伝票によって,実施品の完成日付,製造番号,製造台数を知ることができたこと・・・,原告は,製造部に問い合わせることによって,実施品の生産台数を確認することができたこと・・・が認められ,そうした事実からすれば,原告は実施品の製造,販売実績を相当程度詳細に知り得る状態にあったといえる(もっとも,原告が,実施品の製造,販売実績を正確に知ることができなかったとしても,そのことの一事をもって,原告が登録を受ける権利の一部を譲渡するにつき,その対価を請求しないとの意思を有していたとする特段の事情があったとは認められない)」と判示する。
しかしながら,仮に,当初の実施許諾又は持分譲渡の際に,将来販売実績に応じた対価の支払をするとの合意が成立していたとすれば,一審被告育良精機らとしても,販売台数のみならず販売利益までを契約当事者として定期的に報告していても不思議はなく,また,一審原告とすれば,重大な関心があるはずであって,報告がなければそれを少なくとも一度は要求することが自然であり,単に,事実上,生産台数の概要を知ることができる立場にあったからといって,売上高,利益額について全く関心を持たなかったということは,不自然極まりない。
e 原判決は,曾根工具が,本件考案に係る実用新案権を日東工器に対して行使した際に,一審原告がその担当者として立ち会いながら,和解契約の当事者にならなかったり,和解金の分配を求めなかったことについて,一審被告らの「主張については,そのとおりであるが・・・原告が,和解契約の当事者にならなかったり,和解金の分配を求めなかったこと等をもって,原告が,被告育良精機らに対し,登録を受ける権利の一部譲渡の対価を求める意思を持っていたことを否定する事情にはならない(なお,原告は,曾根工具を退職した後の平成8年には,日東工器に対し,同社が本件考案を侵害したと主張して損害賠償を求める訴訟を提起し,同訴訟において,平成10年2月6日,日東工器が原告に対し200万円を支払うという和解をしている・・・)」と判示した。
しかしながら,仮に,原判決の認定するような将来の対価の支払を予定した無名契約が黙示的に成立していたとすれば,権利行使による和解金は,正に権利が現実に生み出したことが明確な利益であるから,曾根工具と日東工器との和解の時点で何らかの請求があるのが自然である。一審原告が,その際には一切そうした言動に出ることなく,担当者として関与しながら,後に退職してから,日東工器を相手として訴訟を提起したことは,正しく,一審原告が将来の対価の支払ということを全く念頭に置いていなかったことを示すものである。
f 原判決は,「ウツミは,昭和63年2月1日ころから実施品を製造,販売していたが,原告が同年11月20日に同社を退社してから間もなくして,実施品の製造,販売を行わなくなった・・・のであるから,ウツミが本件考案を実施することにより受けた利益は,被告らが受けた利益に比べて格段に小さかったといえる」と判示する。
しかしながら,だからといって,一審原告がウツミとの間でのみ無償の実施契約を締結していたこと,あるいは,有償の実施契約を締結し,その対価請求権が発生しながら何らの請求もウツミに対してしなかったことの理由とはならない。個人にとっては重大な利益となっていたはずであるばかりでなく,ウツミとの間に対価請求の合意が発生していたとすれば,既に本件無名契約の締結の際には具体的な対価請求権が発生していたはずであるのに,本件無名契約の際,一審被告育良精機らとの間で何ら対価についての具体的な取り決めも,その要求もせず,他方,その後,一審原告にとって全く気を遣う必要性のなくなったウツミに対して,何らの請求もしなかったという事実は,原判決指摘の利益額の大小の点を考慮しても,不自然というほかはない。
g 原判決は,「Bは,被告育良精機らが,昭和63年12月15日,原告から登録を受ける権利の一部の譲渡を受けるに当たり,遅くとも同日までには,本件考案の具体的内容,出願が原告個人名義でなされていること,原告がウツミに対し本件考案通常実施権を与えていることを知っていたことは前記・・・のとおりである。また,被告育良精機らは,原告が被告育良精機に入社した後,程なくして実施品の製造,販売を開始しているのであるから,被告育良精機らが,原告が被告育良精機に入社する前に,本件考案についてどの程度の事実を認識していたのかということは,登録を受ける権利の一部を譲渡するにつき対価を支払うとの合意をしたか否かの認定を左右するほどの事情とはいえない」と判示する。
しかしながら,上記のとおり,一審被告育良精機らの属する広沢グループのコスト管理は極めて厳格である。本件考案についてその内容をも具体的に把握することなく,また,回避技術の存否,難易も判断することなく,将来相当の対価支払義務の発生するような合意を,Bの独断でできたはずがない。原判決は,当初の実施権設定の段階で将来の対価の支払に関する黙示の合意が成立していたとするものであるにもかかわらず,その段階における一審被告育良精機らの本件考案についての認識を軽視するものであって,説得力を欠く。
なお,上記主張は,一審被告育良精機らの契約対象に対する認識の点を間接事実として主張するものであり,契約対象が不特定であるがゆえに,契約が不成立ないし無効であるとの主張をする趣旨ではない。
h 原判決は,「被告育良精機らの営業実績がいかなる状況であったとしても,原告が曾根工具に登録を受ける権利の一部を譲渡するに当たり,被告育良精機らが原告に対しその対価を支払う合意があったか否かの認定を左右する事情とはいえない」と判示する。
しかしながら,一審被告らは,一審被告育良精機らの営業実績が悪かったために本件考案の実施を強く望んだという一審原告の主張に対する反論として,逆に,一審被告育良精機らの営業実績は,そのような考案に頼る必要が全くないほど良好であったことを立証した上,特に無理をする必要のない一審被告育良精機らが,従来行ってきた厳格なコスト管理を放棄して,将来の相当な対価発生の可能性のある実施権の設定,あるいは権利の一部譲渡の契約を,代替手段の検討も全くすることなく,時期も計算方法も定めずに,黙示の形式で合意するなどということは考えられないと主張したものであり,原判決の上記説示は,こうした一審被告らの主張に対して何らの説得力をも持たない。
i 原判決は,「(回避技術の存在)については,被告育良精機らが本件考案を相当高く評価していたこと,同被告らは,被告らが主張するような回避技術が存在していたにもかかわらず,あえて本件考案を実施することを選択し,実際に実施品を製造,販売して利益をあげたことは前記・・・のとおりであって,仮に,被告育良らがその回避技術を用いた製品を製造,販売していたとすれば,本件考案の実施品と比べて同等以上の販売実績をあげることができたか否かを明確にし得る事実関係を認めることができないことなどからすると,被告らが主張するような回避技術を用いることも考えられたとの一事をもって,本件考案に係る権利の対価を支払う合意がなかったとか,本件考案の価値が乏しかったということはできない」と判示する。
しかしながら,「被告育良精機らが本件考案を相当高く評価していたこと」という認定事実が,全く根拠のないものであることは,上記(エ)のとおりである。
また,「被告らが主張するような回避技術が存在していたにもかかわらず,あえて本件考案を実施することを選択し,実際に実施品を製造,販売して利益をあげた」という点については,特に将来の対価等が発生しないとの前提であったからこそ,回避技術の選択を考慮することなく本件考案の実施をしたと考えるのが合理的である。
さらに,「仮に,被告育良らがその回避技術を用いた製品を製造,販売していたとすれば,本件考案の実施品と比べて同等以上の販売実績をあげることができたか否かを明確にし得る事実関係を認めることができない」とする点についても,将来の特別の対価の支払を予定していなかった以上,回避技術を用いた製品の販売実績を予測する必要性がなく,それを検討していないため,そのような事実関係を示す資料が残っていないのは当然である。逆に,そのような資料が残っていないことこそ,当時,そうした検討の必要性がなかったこと,すなわち,将来特別の対価を支払う合意が存在しなかったことを示すものというべきである。
j 原判決は,「(書面の不存在)については,登録を受ける権利の一部を譲渡したり,実施権を設定したりする契約は,当事者間の合意のみによって成立し,書面によるなどの特別の方式は要求されていない」と判示する。
一般論として,上記判示に誤りはない。しかしながら,本件のこれまで述べたような具体的な事情の下にあって,職務発明のように,当然には将来の特別な対価請求権が発生することが認められない実施権の設定契約又は権利の一部譲渡契約を締結するに当たって,一審原告にとっては,将来の重要な利益を確保するための,一審被告育良精機らにとっては,不測の多大な支払義務を負わされないようにするための,最も常識的でかつ有効な手段である契約書の作成がされなかったという事実を無視することは許されない。一審原告は,特許管理士という資格を取得し,ライセンスの知識を有していたものであり(当事者間に争いのない事実),しかも,対等な当事者として契約を締結し得る立場にあったのであるから,その一審原告が,持分の譲渡証書を作成した際にも,あえて,対価についての合意を記載した契約書の作成による契約の締結を打診することすらしなかったという事実こそ,重視されるべきである。
(キ) 以上のとおり,原判決の上記(ア)の認定に反する間接事実が多数存在し,しかも,原判決は,そのそれぞれについて,納得のいくような排斥理由を示し得ていないのであるから,原判決の上記(ア)の認定に,いかに無理があるかは明白である。
職務発明について,特許法35条を廃止して,当事者間の契約にできる限り任せるような法制度への改正が真剣に検討されている現在の状況下にあって,本件のような,職務発明に該当しない全くの対等な当事者間における自由な契約の解釈が,原判決の認定するような不確定な黙示の合意によって規制されるとすれば,同条についての上記のような検討は,その基礎において意味を失うといっても過言ではない。もとより,一審被告らとしても,雇用関係に入る前とはいえ,これから雇用関係に入ろうとする使用者と従業者とが実質的に全く平等であると主張するものではないし,将来の従業者の相対的に弱い立場を考慮して,後見的な立場から契約の解釈がされるべき必要性を全く否定するものでもない。また,個人の知的労働の成果を軽視し,これに対する相当な報酬を提供することを軽視してきた風潮を擁護するものでもない。しかしながら,上記個人の利益保護の必要性がある一方,1円単位のコスト削減を従業員と一丸となって日々追求している企業においては,利益の確保とその予測可能性が極めて重要な問題であることも疑いなく,本件における契約解釈に当たっては,双方の利益や,契約に至った具体的な経緯を慎重に考慮し,両者のバランスに配慮することが強く望まれる。
ところで,契約当事者の契約当時における相互関係及び契約に至る具体的事情は,上記の当事者間のバランスに配慮した契約解釈に当たり,基本的な要素となるが,本件においては,一審被告育良精機らは,堅実ではあるが,知的財産部もなくその知識も乏しい地方の優良中堅製造企業であったのに対し,一審原告は,上記のとおり,特許管理士という資格を取得し,ライセンスの知識を有し,身につけた技術と知識を財産として,自己の目的を達成するのにより好ましい企業を渡り歩いてきた技術者であり,一審被告育良精機らに入社後も,一審原告が従来から企図してきた新製品の開発を責任者として任され,知的財産権の実質的な管理をすべてゆだねられるだけの立場にあったものである。このような当事者相互の関係を考慮すれば,一審原告と一審被告育良精機らとの関係は,一審原告が一方的に弱者の立場にあったものとはいえず,少なくとも,対等の立場に立ち得るような状況にあったものということができるから,特別に黙示の意思表示の存在を推認させるような事情が認められない限り,契約法の原則に基づいて,通常の契約における意思表示の解釈を行うべきである。そして,資本主義の原則から知的財産権の有償性が導かれるとしても,その有償性は,成果に応じた金銭の支払というような一律のものとして把握されるべきではなく,個々具体的な事情に応じて判断されるべきものである。
本件において,本件考案は,一審原告が一審被告育良精機らへの自己の売り込みに際し,手土産として持参したものであり,有償性は,希望する入社,社内での待遇等によって十分満たされると,一審原告も,一審被告育良精機らも信じていたと認定することが最も自然であり,社会常識にも適合し,また,契約法の原則にも合致するということができる。
以上によれば,本件無名契約の成立についての一審原告の主張は理由がなく,これを一定の限度において認めた原判決は取り消されるべきである。
ウ 一審原告の主張に対する反論 (ア) ノウハウの評価について,一審原告は,原判決が,一審被告育良精機らが「給与とは別に,原告がノウハウと主張するものの提供に対しても対価を支払う旨約したものと推認することはできないし,他に,黙示的にでもそうした合意がなされたことを認めるに足りる証拠はない」と認定したのに対し,仮に,原判決がこれ以上のノウハウの特定ないし具体化を求める趣旨であれば,それは,一審原告に不可能を強いるものであって妥当でない旨主張する。
しかしながら,原判決は,「原告がノウハウと主張するものの内容・・・は,いずれも,原告の本件考案や油圧作動型カッター等に関する知識,経験等に基づくものであることは認められるものの,それ自体,独立して対価の対象となり得るノウハウと断定することができない」として,一審原告が最大限特定したとするノウハウの内容に基づいて検討しても,独立して譲渡の対価の対象となるものとは認められないとしているものであり,一審原告の上記主張は失当である。
譲渡に関して当事者間で話合いすらされたことのないノウハウについて,発明や考案等と同視できるような具体的な内容も特定し得ないにもかかわらず,独立して譲渡の対価の対象となるノウハウであるとすることができないのは当然である。
(イ) また,一審原告は,本件におけるノウハウは,登録を受ける権利に係る実施料や譲渡代金の算定に当たり,その存在により当該権利の価値を高め,対価を増額する要因として評価されるべきであるなどとし,本件無名契約に関する黙示の合意を認めながら,ノウハウに関する対価の支払につき黙示の合意を認めない原判決は,本件の実情を無視した不当なものといわざるを得ない旨主張する。
しかしながら,原判決は,「それ自体,独立して対価の対象となり得るノウハウと断定することができないばかりか,原告は,本件考案や油圧作動型カッターに関する知識,経験等を活用して,実施品である油圧作動型カッター等の製造,販売事業に貢献することを期待されて被告育良精機らに技術部長として迎えられたのであるから,同被告らが,給与とは別に,原告がノウハウと主張するものの提供に対しても対価を支払う旨約したものと推認することはできないし,他に,黙示的にでもそうした合意がなされたことを認めるに足りる証拠はない」としているのであって,独立して対価の対象とならないことを措いても,一審原告の入社の経緯等からして到底対価の支払約束を認めるに足りないと判示しているのであるから,一審原告の上記主張は,原判決に対する批判となっていない。
(ウ) さらに,一審原告は,原判決の上記判示に対する反論として,技術部長とはいえ,常に,自らが発明,考案した特許権等を有しており,これを会社で実施することを予定して入社するわけではないし,また,真実,そのような期待をされて入社したのであれば,給与中にこれに見合うだけの対価の項目が設けられていたり,あるいは他の同ポストにある者と比較して給与が著しく高めに設定されたりしなければならないと考えられるが,そのような事実はない旨主張する。
しかしながら,一審被告育良精機らは,機械,工具のメーカーであるから,その技術部長の地位が極めて重要なものであることはいうまでもない。このような重要な地位に入社当初から就き,それにふさわしい給与を保証されるには,一審原告に,それ相応の技術,ノウハウが期待できなければあり得ないことである。また,一審原告も自己の実績,技術,ノウハウ等を誇示して,自己を一審被告育良精機らに売り込んだものである(B調書3頁〜5頁)。このような売り込みがあり,また,事前に告げられた油圧式の電動カッターについての技術,ノウハウを期待したからこそ,一審被告育良精機らは,部長待遇での採用を考え,事前に入社後の条件を示し,一審原告もこの事情を当然認識しながら条件を相当と認めて入社したのである。したがって,一審原告の主張するようなノウハウは,一審原告自身の評価,すなわち,上記の入社の条件において当然に評価し尽くされているものとしか考えられない。
なお,一審原告は,一審被告育良精機らからの給与が,入社前の約束に反して低額であった旨主張するが,入社前に最も重要な賃金について明確な合意がされないはずがなく,まして,このように明確に合意された賃金を減額することなど考えられない。殊に,一審原告は,原審における本人尋問において,入社後の賃金に関しては経済的メリットはなさそうだと考えていた(原告本人調書62頁)としながら,本件考案に関し,自己の利益を増大させるために計算尽くめで入社したかのように述べている(同60頁)。仮に,このような一審原告の入社前の認識が真実であるとすれば,一審原告が主張するように,Bから従前のウツミにおける給与額を保証してもらえるとの約束を受けていたものの,入社直後にその言を翻されたなどという事実の存在は,信じるに足りない。
(エ) 以上のとおり,一審原告のノウハウの評価についての主張は,理由がないことが明らかである。
(2) 相当な対価の額について(争点1関係) ア 算定の基礎となるべき売上高について (ア) 一審原告は,一審原告の対価請求権は,曾根工具が登録を受ける権利の一部を取得したのと同時に発生しているのであるから,一審原告の受けるべき対価の算定は,曾根工具が登録を受ける権利の一部を取得した時点において予測される推定利益を基礎として行うのが原則であると主張し,原判決が現実の売上高に基づいて対価を算定したことを論難する。 確かに,当初に対価の算定方法が決められていない対価を後日算定するに当たっては,曾根工具が登録を受ける権利の一部を取得した時点において予測される推定利益を基礎として行うのが原則であると考えられ,このことは原判決も指摘するとおりである。しかしながら,その予測をすべき時点において,どの程度の利益が推定できたかを証明することが困難と考えられるため,その後の実績をもって,上記時点において予測される利益と認定する方法を採用することも許されるというべきであって,この点において原判決に何ら誤りはない。
(イ) また,一審原告は,本件無名契約締結時に対価算定方法について合意をしなかった事情を考慮すれば,本件無名契約においては,双方の合意により対価支払時期を延期したものであり,その延期の趣旨は,最終的な売上高を確認するとの趣旨ではなく,ある程度製品がそろって売れ行きが確認できれば十分であるとの趣旨であると解されるなどと主張とした上,一審原告が本件訴えを提起し,更に相当期間が経過した後に明らかになったにすぎない現実の売上高(推定利益を下回るもの)をもって対価額算定の基礎とすることは,契約内容の一方的不利益変更といわざるを得ない旨主張する。
しかしながら,原判決は,一審原告主張の上記合意が成立したと認定しているわけではなく,もとより,「原告が実施品の売上実績を確認し得る状況にあった時期,すなわち,原告が被告育良精機らに在籍していた時期までの資料を斟酌して最終売上高を推定」(原判決別紙「争点に関する当事者の主張」10頁)するという合意が存在したと認定しているわけでもないから,契約の一方的不利益変更といった問題が生じる余地はない。
(ウ) さらに,一審原告は,34億1691万8283円という総売上高の数字自体,一審原告が退職し,売上げを確認できなくなった時点から著しく売上げが低下していることからすれば,その信用性は低いといわざるを得ないなどとも主張する。しかしながら,「被告育良精機らの平成10年10月11日(本件実用新案権の存続期間の終了日)までの実施品の売上高は,合計34億1691万8283円であった」ことは,当事者間に争いのない事実である(原判決5頁第2段落)から,一審原告の上記主張は,考慮に値しない。
イ 対価の相当性について (ア) 一審原告は,原判決が対価額認定の考慮要素として挙げた諸点について,るる論難しているが,以下のとおり,いずれも失当である。
a 一審原告は,原判決が,対価額算定の考慮要素として,「本件考案が実施されたのは製品の一部である弁機構の部分であるが,その弁機構は,需要者が製品を購入するに当たって,特に強く関心を抱く特徴であるとはいえないこと」を挙げたことに対し,本件考案に係る技術的思想は,構成を部分的にとらえるのではなく,各要件が有機的に結合して,どのような特徴ないし作用効果を生みだしているのかを検討すべきであるとした上,本件考案は,実施品の「超軽量・小型」化の成功,性能の向上等に寄与している旨主張する。
しかしながら,平成元年5月9日付け日経産業新聞記事(甲77)によれば,一審被告育良精機らの電動油圧カッターのセールスポイントは,その大きな見出しからも明らかなとおり,「4ピストン内蔵カッター」という点にあるとされ,同月12日付け日刊工業新聞記事(甲78)においても,同製品の特徴は,「業界初の四プランジャー(カッター力を四カ所で発生する方式)を採用した」ことにあると記載され,いずれも,本件考案に係る弁機構には言及していない。また,本件考案に係る登録異議の決定(乙35)によれば,本件考案が従来技術と対比して進歩性を有する点は,「先端に油リリース通路の開口の周りに着座してこれを閉塞する環状弁部を有し,ピストンロッドの内部に軸線方向摺動自在に設けられた柱状摺動弁を有した点」にあるとされるところ,こうした電動油圧カッターの構成部分のわずか一部の相違が,消費者に対し,告知ないし宣伝されるわけではないし,消費者が手に取ってみて理解することができるわけでもない。確かに,このような改良は,弁機構の簡素化に多少なりとも寄与するものであるが,製品全体の「超軽量・小型」化の主な要因が,このようなわずか一部の工夫にあるはずがない。性能の向上についても,上記日刊工業新聞記事(甲78)に,「従来,電動油圧式異形鉄筋カッターは三プランジャー方式が使われてきたが,スピードアップする建設現場での作業や,だれにでも取り扱うことのできるカッター性能の需要にこたえることができなくなってきた。曾根工具製作所は,こうしたカッターの需要変化に敏速に対応,業界初の四プランジャー方式の電動カッターを中心にシリーズ化した」と記載されているとおりである。
したがって,原判決が,実施品を製品全体として見た場合,本件考案の弁機構の一部についての特徴的構成が,売上げにどの程度寄与しているかという点は,相当な対価の額を算定する上で無視できない要素であると考えたことに不合理な点はない。
b 一審原告は,原判決が,対価算定の考慮要素として,「本件考案を実施して製品化し,製造,販売する過程で被告育良精機らが行った営業活動,広告・宣伝活動等の効果を軽視できないこと」,「本件考案を実用新案登録するために要した費用,本件考案の管理維持費用を被告育良精機らが負担していたこと」を挙げている点を論難する。
しかしながら,後者については,本件考案の維持管理費用の額を総売上高と比較して,原判決を論難する一審原告の主張は,原判決の趣旨を正解しないものである。原判決は,本件考案の維持管理費用を全部一審被告育良精機らが負担していたことを認定することにより,共有に係る本件考案の実用新案権を共有者のいずれが責任をもって維持管理してきたのかという事情を明らかにし,これをも算定の要素として考慮すべきであることを指摘しているものであって,不当な点はない。
前者については,一審被告育良精機らが,30億円を上回る売上げを達成できたことについては,一審被告育良精機らによる,需要者のニーズの的確な把握,製品としてのコンセプトの明確化,シリーズとしての企画,小型化・軽量化・高性能化を図りながら,コスト管理を厳格にすることにより実現した購入し易い価格,強力な宣伝,販売の組織と機動力,営業努力などが主な要因であったのであり,このことは,一審原告自身が,原審における本人尋問において,本件考案に係る実施品の展開には,ウツミで行うよりも,一審被告育良精機らで行った方が有利であると考えたことを自認していること(原告本人調書33頁)からも明らかである。
c 一審原告は,原判決が,「原告は,登録を受ける権利の一部を曾根工具に譲渡したのは,原告が広沢グループに技術部長として迎えられた際の手土産といった意味があることも否定できない」ことを考慮要素として挙げたことに対し,30億円を超える売上げに貢献した本件考案を「手土産」程度のものとみることは現実的ではないなどと主張する。
しかしながら,30億円以上の売上げを達成した主な要因が,一審被告育良精機らの企画力,製造能力,販売力等にあったことは,上記bのとおりであり,結果として,本件考案に係る実施品が市場において成功したことと,本件考案を手土産と評価できることとは,何らの関係もない。むしろ,対価請求が一審原告が退職するまで行われなかったことからしても,一審原告自身,当初は入社に際しての手土産にすぎないと考えていたものと推認すべきであり,手土産に対価を要求する者はいないから,独立して対価請求をする意思がなかったものと考えることが合理的である。ちなみに,一審原告は,ウツミに対しても本件考案通常実施権を与えているといいながら,その対価を請求したことがないことを認めている(原告本人調書36頁,60頁)。
d 一審原告は,原判決が,「相当な対価を算出するための(決めるための)計算方法すら決めていなかった不利益を,対価を支払う被告育良精機らに多く負担させることは公平ではないこと」を考慮要素として挙げたことに対して,対価の計算方法を決めていなかった点については,対価の相当性を高め,予想と現実との開きが大きかった場合のリスクを回避するための合理的な方法であるとし,「計算方法を決めていなかったこと」が,すなわち「不利益」とはいえず,むしろ,双方にとって「利益」と解すべきである旨主張する。
しかしながら,対価を授受する当事者間において,一方の不利益は,他方の利益となるから,「利益」と「不利益」に関する一審原告の上記のような言い替えに意味はない。また,対価の計算方法を決めないことが,「対価の相当性を高め,予想と現実との開きが大きかった場合のリスクを回避するための合理的な方法である」との主張については,真実,対価支払の合意が存在し,例えば,売上げの予測が実際と異なる可能性があるのであれば,売上額にリンクさせて定率,あるいは段階的に増減させた率を乗じて計算するようにあらかじめ定めることは極めて容易であり,実際にも,知的財産権の譲渡の際には,このような合意が日常的に行われているところであるから,理解し難い主張というほかはない。
むしろ,知的財産権の譲渡に際し,その対価について計算方法すら定めなかったということは,譲渡自体が無償であるか,既に実質的に対価に該当する利益を譲渡人が得ていることによるものであると推認されるべきである。この点は,特許法35条が,職務発明を使用者に譲渡した従業者に対し,相当な対価を保証することを義務付けているのとは,全く異なる。
仮に,当事者の意思解釈として,後日,対価を支払う旨の黙示の合意があったと認定するとしても,その場合における対価の額あるいはその計算方法は,譲渡人がこの点について立証責任を負っていることを十分に考慮し,契約当時の具体的事情を考慮しながら,「少なくとも」その程度の対価の支払は譲受人として合意したであろうと考えられる限度,すなわち,同様の譲渡契約において通常採用される対価額あるいは計算方法中の「最低額」をもって,合意額あるいは合意された計算方法と認定することが,事実認定法則に合致するものである。一審原告は,全く自己の立証責任を考えておらず,従来の職務発明に関する議論と同様に,漫然と,標準的な実施料率等の適用が両者にとって合理的であるかのような主張をしているが,現在では,職務発明についてさえ,両当事者の明確な合意により算定方法等を定めるべきであるとの意見が社会的に広く形成されている状況にあり,そうした主張が成立する余地はない。
e 一審原告は,原判決が,「原告は,本訴を提起するまで,被告育良精機らに対価の請求をしたことがなかったこと」を減額要因としたのは不当である旨主張する。
しかしながら,まず,一審原告が,このように対価請求を長期間してこなかった事実は,何よりも一審原告自身が対価を請求できるものと考えていなかった証左というべきである。
また,仮に,原判決のように,対価支払合意の成立を認定するとしても,請求できる金額がさしたる金額のものではないと考えていたからであると推認するのが自然である。他方,早い時期からそのような請求があれば,一審被告育良精機らとしては,これを検討した上,支払義務の発生する可能性が一応認められれば,売上利益中から必要な額を控除して積み立てるなどして,不測の一括支払による経営への悪影響を避けることができたはずであるところ,何らの請求もなかったため,そのような請求はあり得ないものと信じ,支払についての準備その他の措置を何ら採ってこなかったものである。
このような事情が対価の算定に当たって考慮されるべきことは当然であり,一審原告の上記主張は理由がない。
f 一審原告は,原判決が,「社団法人発明協会発行の『実施料率(第4版)』の『技術分野別実施料率データ』(甲15,134)によると,昭和63年度から平成3年度まで(本件では,平成元年5月29日ころから平成10年10月10日までの被告らによる実施品の製造,販売が問題となっている)の『金属加工機械』の実施料率別契約件数によると,イニシャルペイメントがない場合の最頻値は2であることが認められる」と判示し,これを斟酌したことについて,@実施品は,「金属加工機械」ではなく,「建設機械」であるから,建設機械の実施料率を斟酌する方が妥当である,A原判決は,対象期間の全期間ではなく,期間を限定して最頻値を引用しているが,単純平均又は加重平均を用いるべきである旨主張する。
しかしながら,前者の点については,一審原告自身,当初,甲15として金属加工機械についての実施料率を記載した部分のみを提出していることからも明らかなように,当初から,実施品を金属加工機械であると考えてきたものである。また,上記「実施料率(第4版)」の「農業・建設・鉱山用機械」の項に,同技術分野についての説明として,「この技術分野は・・・農業用機械製造技術(農機具製造販売を除く)及び建設機械・鉱山機械製造技術(建設用・農業用・運搬用トラクタ製造技術を含む)等である。具体的には,耕うん機・収穫機・・・,浚渫機械・道路及び空港等建設機械,油井・井戸等の掘削機械,鉱山で使用される重機械等の製造技術及び一般産業用に使用される破砕機械,磨砕機械,選別機械等の製造技術を含む」(甲134の66頁〜67頁)と記載されている。これらの記載から明らかなとおり,「建設機械」とは,極めて大型の機械を指すものである。このことは,社団法人発明協会発行「実施料率」〔第3版〕の「農業・建設・鉱山用機械」の項の説明において,「この分野は,農業・建設・鉱山専用の機械とその製造技術を取り扱う。農業・建設・鉱山用に使用される大型の専用機のみを取り扱い・・・」(乙56の50頁)と記載されていることを参照すれば明らかであり,これに対して,金属加工機械の分野の説明には,このような制限的な記載はない(乙56の34頁)。
以上によれば,本件に関し,建設機械についてのデータを基準とする余地はなく,原判決には,一審原告の主張するような誤りはない。
次に,後者の点については,本件考案に係る実施料率を上記のデータから認定するに当たって,統計学的な精密さを要求する理由は一切ない。すなわち,上記dのとおり,当事者の意思解釈についての妥当な方法からすれば,本来は,仮に,支払合意を認めるとしても,統計に表れた最低の実施料率を選択すべきであるところ,原判決は,幾つか考えられる相当な実施料率の認定方法中,最頻値を採用したにすぎない。一審原告の上記主張は,単に自己に都合のよい方法の採用を要求しているにすぎず,何ら理由がない。
さらに,一審原告は,国有特許の実施料の基準率(甲153の159頁以下)を引用して,民間の標準実施料率が3%以上であることが確実である旨主張する。しかしながら,一審原告の引用する基準率(同168頁)を見れば明らかなとおり,同基準率は,産業分野ごとに分類したものではなく,全産業に共通の実施料率の標準である。原判決がこのような大まかな基準率を採用せず,上記の実施料率(甲15,134)を採用したことは当然である。
(イ) 一審原告は,原判決は,相当対価額を算定するに当たり考慮すべき事情を考慮していないとした上,そのような事情の一つとして,実施品は,既にウツミにおいて実施可能であることが実証済みであったから,新製品を実施する上でリスクが極めて低かった旨主張する。
しかしながら,本件考案に係る実施品がウツミで既に実施されていたとの事情は,仮に,この考案を一審被告育良精機らが実施し,成功した場合,同考案の実施を独占することができず,これを見たウツミが販売を拡大しようとする可能性があるという逆のリスクがあったものである。このような逆のリスクがあるようなウツミにおける先行的な実施の点について,原判決が考慮しなかったとしても,問題のあるはずがない。
また,一審原告は,競争メーカーが限られていたとの事情をも考慮すべきであるとするが,そうした事情は,一審被告育良精機らが,本件考案の有無にかかわらず,本件考案の実施品の販売に成功することができた理由として,本件考案の寄与を低くみる方向で考慮するのであれば理解できるが,本件考案の寄与が高かったことの理由として主張する一審原告の主張は,理解し難い。
一審原告は,一審被告育良精機らは,事実上の専用実施権者として本件考案を使用してきたとも主張する。しかしながら,一審原告は,原審における本人尋問において,ウツミに対しても通常実施権を与えていたと供述しており(原告本人調書8頁),一審被告育良精機らが,事実上,市場において独占することができたのは,一審被告育良精機らの販売力によるものであったのであるから,一審原告の上記主張は,根拠のないものである。なお,日東工器が和解金200万円を支払ったのは事実であるが,その金額からも明らかなとおり,同社が紛争の継続を嫌い,また,設計変更による回避も容易であるため,弁護士費用相当額を支払って和解したものにすぎない。
さらに,一審原告は,本件では,実施に当たり,特に高額な新規の設備を必要としなかったことについても考慮すべきであると主張する。しかしながら,特に高額な新規の設備を必要とする場合にこれを減額要素として考えることは当然であるが,特にそのようなものを必要としなかったからといって,実施料率を通常よりも高める要素と考える余地はないから,一審原告の上記主張は理由がない。
(ウ) 一審原告は,本件無名契約においては,標準的実施料率で対価を算定することを黙示的に合意していたと認めるのが相当である旨主張する。
しかしながら,明示であれ,黙示であれ,対価の算定方法について合意があったことは何ら証明されていない本件において,抽象的な標準的実施料率による対価の算定方法が黙示的に合意されていたと認定することは,許されるべきではない。
(3) 不当利得返還請求について(争点1につき当審において追加した予備的請求関係) 一審原告の主張はすべて争う。
本件において,登録を受ける権利の譲渡が存在することは,当事者間に争いのない事実であり,その結果,一審被告らに通常実施権が発生し,一審被告らが同実施権に基づいて本件考案を実施したことにより得た利益を単独で取得できることは当然である。
一審原告は,一審被告ら主張の内容での合意が成立したと認定されるのであれば,当該合意は,公序良俗違反に該当し,無効であるとも主張する。しかしながら,本件は,一審被告育良精機らの担当者を上回る豊富な知識を有する一審原告が,一審被告育良精機らに入社する前に実用新案登録出願を済ませていた考案について,就業規則その他の社内規則による拘束もない自由な状況において,自らの意思に基づいて,一審被告育良精機らとの間で対価の合意をしたという事案であって,そのような事情の下での合意が公序良俗違反に該当しないことは明らかである。
(4) 職務発明等に基づく対価請求について(争点2関係) ア 対価額の算定方法について 一審原告の主張はすべて争う。
イ 一覧表No.16に係る請求について 原判決は,本件意匠について,「IS-19MBとIS-25MBを対比すると,IS-25MBには,その右側面に,IS-19MBにはないスリットがあるが,同製品の鉄筋ベンダーとしての用途,機能に照らすと,スリットがあることに格別の意義はなく,そのスリットが特に同製品を購入しようとする需要者の注意を惹く特徴であるとは認められないこと,両製品の正面及び上面の各縦横比率をみると,IS-19MBが約1対1.19(正面),約1対1.13(上面)であるのに対し,IS-25MBが約1対1.10(正面),約1.07対1(上面)であり,上面については両製品の寸法比率がわずかに逆転しているといえるものの,格別顕著な差異があるとはいえないこと,両製品の上面からみた面取り部の縦横寸法比率をみると,IS-19MBが約1.23対1であるのに対し,IS-25MBが約2.40対1であり,縦横寸法比率はかなり異なっているといえるが,両製品の面取り部の形状,寸法は概ね同様であって,被告らが指摘する相違は,いずれも,両製品の外観形状における些細な差異,或いは,本件意匠のさして重要ではない部分の差異にすぎず,両製品の全体的観察において共通の外観形状を左右するほどのものではない」と認定判断し,IS-25MBは本件意匠に係る実施品と認められるとしている。
しかしながら,IS-25MBに備えられているスリットに関し,本件意匠との相違点であると認定しながら,「製品の用途,機能に照らすと,スリットがあることに格別の意義がない」ことを理由として,需要者の注意をひく特徴であるとは認められないと判断する方法は,意匠に格別の用途,機能がない限り,意匠における特徴と認められないとするものであって,意匠としての創作性の認められる部分に着目し,あるいは,混同の可能性の有無を検討することにより両者の類否を判断するという,判例,学説の採用する一般的な判断方法と合致せず,不当である。
また,原判決は,本件意匠のいかなる部分に特徴又は要部があり,これと実施品に係る意匠との共通性はあるか,いわゆる基本意匠というべきものは何であり,その共通性はあるか,本件意匠の全体的な印象はどのようなものであり,その共通性はあるか,需要者の注意をひく部分はどの部分のどのような意匠であり,その共通性はあるかといった,意匠の類否判断において必要な認定判断を全くしていないから,理由不備というほかない。
ウ 一覧表No.30に係る請求について 原判決は,一覧表No.30に係る考案は,一審原告が,オグラが既に製造,販売していたパンチャー用ポンチを参照し,これが出願されていないことを認識した上で曾根工具名義で出願したものであると推測されるから,支払うべき対価はない旨の一審被告らの主張に対し,「曾根工具の警告に対して同社から提出された設計図,カタログ,取扱説明書等の資料によれば,オグラは,当該考案の実用新案登録出願日(平成4年4月2日)より前の昭和61年から,当該考案の特徴的な構成,即ち,『ポンチの基部の後端面が往復動ロッドの前端面に開口する穴の底面に当接し,ポンチの基部の軸線方向の長さは前記穴の深さよりも大きく,ポンチのツバの後端面と前記ロッドの前端面との間に間隙が形成される』との構成に類似した構成を具備したパンチャー用ポンチを製造,販売していたことが窺える」と認定しながら,「当該考案の出願公告に対し登録異議の申立てがなされたが,同申立ては理由がないとされ,実用新案登録がなされたことが認められ,当該考案には,オグラが実施していた技術に対して新規性及び進歩性があると判断されたこと,また,登録後においても,無効審判を請求されたことはなく,曾根工具が,オグラに対し,当該実用新案を侵害している旨を警告したり侵害訴訟を提起したりしたこともないことを窺うことができる」と判示して,一審被告らの上記主張を排斥した。
しかしながら,曾根工具が,オグラに対し,当該考案に係る実用新案権を侵害している旨警告したことは明らかであり(乙45),「曾根工具が,オグラに対し,当該実用新案を侵害している旨を警告したり侵害訴訟を提起したりしたこともないことを窺うことができる」との上記認定は,明らかな事実誤認である。そして,上記通知書に対するオグラの回答は,新たな資料に基づく公然実施による無効理由の存在を主張するものであり(乙46),登録異議の際の進歩性を問題とした異議理由(乙18-1)とは別である。この回答を検討し,調査した結果,一審被告らは権利行使をあきらめ,これに応じて相手方も無効審判を請求しなかったにすぎないから,かつて別の理由により提起された登録異議の申立てが退けられたことがあり,また,その後,正式に無効審判が提起されていないからといって,当該考案に係る実用新案権の行使が可能であるということは到底できない。
以上のとおり,原判決の上記判断は,事実誤認に基づく誤ったものというべきである。
エ 一覧表No.40に係る請求について 原判決は,一覧表No.40の特許に係る発明は,亀倉精機がかねて製造,販売していた製品に実施されていた技術を,一審原告がそのまま自己の発明として出願した発明であり,当該特許の基本的な請求項につき無効審決がされていることを理由に,曾根工具が当該特許を独占して実施する利益はなく,当該特許について支払うべき対価はない旨の一審被告らの主張に対し,「当該特許に係る発明は,平成5年1月26日出願され,平成7年11月22日出願公告となり,その後,泉精器,亀倉精機及びEによる3件の異議申立てがあり・・・一旦拒絶査定がなされたが,被告育良精機らが不服審判請求をし,平成12年5月19日特許登録された」こと,「泉精器が,当該特許の主要な特徴である,ネジ付き棒鋼切断用の剪断機において,刃の摩損を防止するとともに棒鋼の被切断面にバリを生じさせにくくする効果を奏するための基本的な構成に係る発明である請求項1ないし3,7,16について特許無効審判請求を申し立て,平成14年3月12日,『前記の各請求項に係る発明は,当該特許の出願前に日本国内において公然実施された発明であり,特許法29条1項2号に当たるから特許は無効である』との審決がなされ,同審決は確定した」ことを認定しながら,その他の派生的な請求項に係る発明についての特許が存続していること,曾根工具が一覧表No.40の特許を実施して利益を挙げていること,「曾根工具は,平成7年9月20日付けで泉精器に対し,『同社は,当該特許に係る発明(請求項1ないし3,6ないし8,10,11,13,14,16ないし18)を実施した製品を製造,販売して同発明を侵害している』旨の警告書を送付し,また,そのころ,オグラ,西田製作所及びダイアに対しても,泉精器に対するものとほぼ同趣旨の警告書を送付し,西田製作所及びダイアからは,警告を受けた製品の製造,販売を中止した旨の回答を受けた」こと等を指摘し,「被告育良精機らには,当該特許に係る発明のうち,請求項1ないし3,7,16を除く請求項に係る発明について,なおその実施を排他的に独占し得たことによる利益があったということができるのであって,当該特許については実施補償をなすべきである」と判断している。
しかしながら,他社の実施製品の構造を見てそのまま出願したような特許について,それに多少の変更を加えた請求項が存続しているからといって,このような特許権を行使できるはずがなく,また,これらの存続した請求項については,無効審判の請求人も,必要性がないために,無効審判を請求しなかったにすぎないと考えるのが自然である。また,同請求人は,必要であれば,別の技術を引用例として無効審判を請求した可能性も高く,その場合には,その請求が認められた可能性も高い。さらに,存続した請求項に加えられた変更はさ細なものにすぎないから,仮に,その請求項が存続したとしても,競争相手による回避は極めて容易であり,特許としての価値は皆無というべきである。
他方,上記のような無効理由の存在を詳細に知ることなく,任意に実施を中止した会社があるからといって,そのことによって,特許権としての価値を認め,これに対する補償金を支払うことを法的に義務付けることは,職務発明における相当な対価の補償の趣旨に反し,制度をゆがめるものであって,許されないというべきである。
以上によれば,原判決の上記判断は誤りというほかはない。
オ 職務発明等に基づく対価請求と特許等の無効との関係について 職務発明等について,当該発明に係る特許等に無効理由のあることが明らかであることを理由として,その譲渡に係る対価請求が権利濫用に該当すると判断した裁判例は見当らないが,無効とされる可能性があることを対価の算定の要素とすることは認められている(東京地裁平成11年4月16日判決・判例時報1690号145頁,その控訴審判決である東京高裁平成13年5月22日判決・判例時報1753号23頁もこの判断を是認している。)。
当裁判所の判断
1 本件無名契約の成否について(争点1関係) (1) 一審原告は,一審被告育良精機へ入社する前のBとの交渉の過程で,一審被告育良精機らとの間で,一審原告は,@本件考案を一審被告育良精機らが実施することを認める,A一審被告育良精機らに対し,本件考案を実施するのに必要なノウハウを提供する,そのために,ウツミを退職して一審被告育良精機又は曾根工具に入社する,一方,一審被告育良精機らは,@及びAの対価として,将来本件考案を実施した商品が出そろうことを停止条件として,実施料相当額(ノウハウ提供分を含む)を連帯して支払うといった事項を内容とする本件無名契約を締結し,その後,昭和63年12月21日,前記@の約定は,一審原告は,曾根工具に登録を受ける権利の一部を譲渡すると変更された旨主張し,さらに,上記契約締結に当たっては,一審被告育良精機らの業務全般にわたって対外的な包括的代理権限を有していたBが一審被告育良精機らを代理したと主張する。
これに対し,一審被告らは,Bの対外的な包括的代理権限の存在については認めるものの,上記本件無名契約の成立を否認し,本件考案に係る実施権の設定ないし登録を受ける権利の一部譲渡は,一審原告主張に係る実施料相当額の対価支払を伴うものではなく,@本件考案の登録に要する費用,権利の維持管理の経費等を一審被告育良精機らが負担すること,A一審原告が希望する一審被告育良精機らへの入社,同社における高い地位と高額な報酬の保証,B以前から強く希望していた製品の製造販売という個人的な目的を達成できるというメリットが得られることなどを対価とするものである旨主張する。
(2) そこで検討すると,当事者間に争いのない事実並びに証拠(甲4,5-1,2,甲11-1〜4,甲14-1〜3,甲23,27,34-1,38,72,73,乙2,14-1,2,原審における証人B,原告本人)及び弁論の全趣旨を総合すれば,本件無名契約の成否に関連する事実経緯として,以下の事実を認めることができる。
ア 一審原告は,昭和58年10月11日,自らが考案した本件考案について,考案の名称を「油圧作動型カッター」とする実用新案登録出願(実願昭58-157097号)をし,昭和60年5月11日には出願公開(実開昭60-66411号)がされた。
イ 一審原告は,昭和62年7月21日に,開発プロジェクト長としてウツミに入社し,同社は,昭和63年2月1日から,本件考案に係る実施品である電動油圧式鉄筋カッター4機種及び電動油圧式ベンダー2機種(以下「ウツミ製品」という。)の製造,販売を開始した。
なお,ウツミにおける一審原告の給与は,年間800万円程度であり,ウツミは,一審原告に代わって,本件考案の登録に要する費用等の支払を行っていた。
ウ 昭和63年9月ころ,一審被告育良精機らは,電動油圧式カッターを製造,販売しておらず,電動油圧式工具は比較的利益率の高い商品であるとの認識があったことから,これを商品化したいとの意向はあったものの,いまだ具体的な製造,販売の計画を立てる段階にはなかった。
エ 一審原告は,ウツミ製品を,OEM(相手方商標製品)の方式等によって一審被告育良精機の販売網を通じて販売することについて,一審被告育良精機に連絡を取り,その結果,同年10月4日,当時の一審被告育良精機の東京営業所において,一審被告育良精機の取締役工具事業部長であり,曾根工具の専務取締役でもあって,一審被告育良精機らの業務全般にわたり対外的な包括代理権限を有していたBと面談することになった。
席上,一審原告は,Bに対し,ウツミ製品のカタログを示しながら,ウツミ製品の説明を行い,「特許関係はどうなっているんだ。」というBの質問に対し,一審原告自身の出願になっており,ウツミに通常実施権を与えている旨を回答した。Bは,ウツミ製品について興味を示し,一審原告に対し,「OEMもいいけど,OEMだとそれだけで終わってしまうから,思い切って当社に転職して実施品を開発してはどうか。」などと提案し,曾根工具の工場を見学することを勧めた。
オ 一審原告は,Bの上記転職の提案に対し,その場では即答しなかったが,工場見学についてはすぐに承諾し,同月8日,曾根工具の工場を見学した。
カ その後も,Bは,一審原告に対し,一審被告育良精機らへの転職を勧め,その結果,一審原告も,一審被告育良精機は,ウツミとは異なり,販売網を全国に有していることから,一審被告育良精機らに転職した方が実施品の販売実績を上げるのに有利であると考えるようになった。一審原告は,同月25日,一審被告育良精機の代表者であるDと面談した上で,最終的に転職を決意するに至り,そのころ,一審原告の一審被告育良精機らへの入社が決定した。
キ 一審原告は,一審被告育良精機らに正式に入社するに先立ち,一審被告育良精機らの求めに応じて,同年11月10日から16日までの間,ウツミで有給休暇を取得した上,事実上,曾根工具に出社した。
同月10日,一審原告は,本件考案に係る公開公報や手持ちの設計図面などの技術資料を携えて,曾根工具の工場に赴くと,まず,Bと本件考案の実施に向けた計画の打合せをした上で,必要な図面の作成や実施品に使用するモーターの選定等の作業に着手した。また,一審原告は,本件考案に使用するモーターを仕入れるため,同月16日,Bとともに東芝機電販売の厚木営業所に赴いた。
その結果,早くも同月14日には鍛造部品(カッターヘッド)の素材図(IS-13C,同16C,同19C,同22Cについてのもの。乙14-1,2)が,同月19日には,機械の組立図(甲73)が完成した。
ク 一審原告は,同月21日,一審被告育良精機に正式に入社し,直ちに技術部長に就任した。一審原告の同社での給与は,年間700万円程度とされた。
ケ 一審原告が一審被告育良精機に入社した直後ころ,一審原告とBとの間で,本件考案に係る実用新案権者を一審原告と曾根工具との共有名義にすることについて話合いがされ,その結果,同年12月15日,一審原告は,曾根工具に対し,登録を受ける権利の一部を譲渡し,同月21日,特許庁長官に対し,その旨の名義変更の届出をした。
コ 一審原告は,遅くとも,上記ケの合意をするまでには,Bに対し,本件考案の存在及び具体的内容,本件考案を自己名義で登録出願していること,ウツミに対し本件考案通常実施権を許諾していることなどを伝えていた。
なお,本件考案は,同月1日に出願公告決定が,平成元年5月9日に出願公告(実公平1-15464号)が,平成2年10月23日に実用新案権者を上記ケのとおり一審原告及び曾根工具とする実用新案登録(登録第1836205号)がされた。
サ 一審被告育良精機らは,昭和63年12月3,4日ころ,幹部会議において,一審原告をメンバーに対し紹介するとともに,本件考案の具体的な実施計画について説明し,さらに,平成元年1月9日には,「建機のシリーズ化」を含む新製品の開発,拡販による年間売上利益の向上を督励する営業資料(甲38)を作成し,これを全国の営業所の幹部等に配布した。
この当時,一審被告育良精機らにおいては,本件考案の実施品に係る「建機のシリーズ化」の計画は,曾根工具のその後の存続を左右するような大きな計画であるとの認識であった。
シ 一審被告育良精機らは,一審原告が一審被告育良精機に入社した約6か月後である同年5月29日ころ,上記計画に沿って,実施品である電動油圧式カッター4機種(IS-13C,同16C,同19C,同22C)の製造,販売を開始した。
その後,一審被告育良精機らは,本件考案の実施品を含む電動油圧式工具の分野で次々と新製品を開発し,同分野で好調な業績を上げ続けた。このことは,曾根工具に係る「会社のあゆみ(2)」と題する文書(甲11-4)の平成元年の項において,「電動油圧部門に進出し,快進撃が始まる」と表現されている。
(3) 本件においては,一審原告と一審被告育良精機らとの間において,一審被告育良精機らが本件考案を実施すること,あるいは,曾根工具が登録を受ける権利の一部を譲り受けることについて,一審原告に対し対価を支払う旨の合意が明示的にされたことを認めるに足りる証拠はない。
しかしながら,他方,上記認定事実によれば,一審原告が一審被告育良精機に入社する前後の事情として,@一審原告が入社する直前の時期において,一審被告育良精機らは,比較的利益率の高い商品である電動油圧式工具の分野に進出したいとの意向を有していたが,その製造,販売について具体的な計画を立てるには至っていなかったこと(上記(2)ウ),ABは,昭和63年10月4日における最初の一審原告との面談の時点から,ウツミ製品の油圧式鉄筋カッターが一審原告の本件考案に係る実施品であることを知っており,遅くとも,同年12月15日に登録を受ける権利の一部譲渡の合意をする時までには,本件考案の存在及び具体的内容,本件考案が一審原告の名義で登録出願されていること,並びに,一審原告がウツミに対し本件考案通常実施権を許諾していることなどを確知していたこと(同エ,コ),BBは,一審原告の一審被告育良精機らへの入社に向けて積極的な勧誘を行ったこと(同エ〜カ),Cその結果,一審被告育良精機らは,上記@のとおり,一審原告の入社前には電動油圧式工具の製造,販売について具体的な計画を有していなかったにもかかわらず,一審原告の入社直後から,「建機のシリーズ化」という名称で,本件考案の実施品を含む電動油圧式工具について,大規模な開発計画を立て,現実に,一審原告の入社後約6か月という短期間で実施品の製造,販売に至っていること(同サ,シ)などの事情を認めることができる。また,上記B及びCのような一審被告育良精機らの本件考案の実施に向けた積極的な姿勢及び電動油圧式工具の利益率が高いとの認識(同ウ)に照らせば,その当時,一審被告育良精機らにおいて,本件考案の実施によって相当多額の売上げ及び利益が得られるであろうことは十分に予測していたものと推認され(現実にも,本件考案の実施品を含む電動油圧式工具の分野での業績は,実施品の製造,販売の開始直後から好調であり〔同シ〕,本件実用新案権の存続期間の満了日である平成10年10月11日までの実施品の売上高は,合計34億1691万8283円という多額に上る〔当事者間に争いがない〕。),以上によれば,一審被告育良精機らの側において,本件考案を実施し,あるいは,登録を受ける権利の一部譲渡を受けることについて,必要ならば相当な対価を支払ってでも,その実現を求める意思を有し,これを黙示的に表示していたことは明らかというべきである。
他方,一審原告の側において,一審被告育良精機らが本件考案を実施すること,あるいは,曾根工具が登録を受ける権利の一部を譲り受けることについて,相当な対価を求める意思があったことは,原審における原告本人尋問の結果を始めとする関係証拠により明らかであり,この認定を覆すに足りる証拠はない。殊に,登録を受ける権利の一部譲渡については,本件考案に係る実用新案権者を共有名義にすることにより,一審被告育良精機らは,本件考案について事実上独占的に実施して(ただし,一部譲渡前,一審原告から既に実施許諾を受けていたウツミを除く。),それにより利益を上げることができるのに対し,一審原告は,以後,一審被告育良精機らの同意を得ない限り,本件考案を他人に実施させることができなくなると解される(実用新案法26条において準用する特許法73条3項参照)ので,事実上,一審被告育良精機らの実施を通じてしか,本件考案を利用することができなくなることからすれば,一審原告において,相応の対価の支払を求めずに,登録を受ける権利の一部譲渡を行うことは,通常,考え難いというほかはない。
この点について,一審被告らは,@本件考案の登録に要する費用,権利の維持管理の経費等を一審被告育良精機らが負担すること,A一審原告が希望する一審被告育良精機らへの入社,同社における高い地位と高額な報酬の保証,B以前から強く希望していた製品の製造販売という個人的な目的を達成できるというメリットが得られることなどを対価とする合意が成立した旨主張する。しかしながら,まず,@の点については,一審原告が,ウツミにおいて,登録に要する費用等の支払を受けていたこと(上記(2)イ)に照らし,一審原告にとっては対価として大きな意味を有したものとは考えられないし,Aの点についても,一審被告育良精機らにおける給与が,ウツミにおける給与よりも低額であったと認められること(同イ,ク)からすれば,やはり,一審原告にとってそれほど重要な意味を持っていたとは認められない。さらに,Bの点についても,個人的な目的の達成が,財産的利益の獲得に優先する場合があることは否定できないにしても,上記のとおり,登録を受ける権利の一部譲渡が,本件考案の利用に関し,一審原告にとって一方的に不利益な効果をもたらすものであることを考えれば,その対価として十分な説得力を持つものとは考え難いというべきである。
そうすると,後記のとおり,他に特段の事情の認められない本件においては,一審原告と一審被告育良精機らの対外的な包括的代理権限を有するBとの間で,遅くとも,一審原告が一審被告育良精機に正式に入社した昭和63年11月21日までに,一審原告は一審被告育良精機らが本件考案を実施することを許諾し,一審被告育良精機らは一審原告に対し上記実施許諾の対価として相当額を連帯して支払う旨の合意が黙示的にされ,その後,同年12月15日に,両者の間で,一審原告は,実施許諾に代えて,曾根工具に対し登録を受ける権利の一部を譲渡する旨契約内容の一部を変更する合意が黙示的にされたものと認めるのが相当であり,一審原告の本件無名契約の成立に関する上記主張は,上記認定の限度で理由があるというべきである。
(4) これに対し,一審原告は,本件無名契約において,対価の支払は,「将来本件考案を実施した商品が出そろうこと」を停止条件とし,対価の額は,「実施料相当額」とする旨合意したと主張する。
一審原告が上記のように主張する根拠は,本件考案に係る実用新案権者を一審原告と曾根工具との共有名義にすることについての一審原告とBとの話合い(上記(2)ケ)の中で,Bが「製品が揃ったら相応のものを出すから」(甲27の8頁)あるいは「製品が揃った段階で,それなりのものを,ちゃんとするから」(原告本人調書27頁)と述べたとの事実を主な根拠とするものであると解されるが,Bは上記発言の存在を明確に否定しており(乙10の6頁〜7頁,B調書16頁),また,一審原告自身,その本人尋問の中で,「そういうニュアンスの言葉でした。私は合理的な対価を貰えるという意味で解釈しました」(原告本人調書49頁)と述べているとおり,一審原告の記憶によっても,Bの当該発言はあいまいな部分を含むものであったというのであるから,結局,本件全証拠によっても,Bの上記発言の存在及び具体的内容を認めるに足りないというほかはない。そもそも,仮に,一審原告が前提とする内容のとおり,Bの上記発言が存在したとしても,「相応のもの」ないし「それなりのもの」という発言は,登録を受ける権利の一部譲渡の対価として相当額の金銭を支払う意思があることをうかがわせるにしても,そこから,直ちに,対価の額を「実施料相当額」とするという意思までも読み取れるものではないし,そのように推認する根拠となる社会通念や商慣習が成立していたと認めるに足りる証拠もないから,そうした点からも,一審原告の上記主張は採用の限りではない。
さらに,一審原告は,本件における登録を受ける権利の一部譲渡については,特許法35条3項が類推適用されるべきであり,同項は強行規定であるから,本件無名契約における相当の対価の意義について,仮に,当事者の認識に不一致があったとしても,一審被告らは実施料相当額の支払を免れることはできない旨主張する(なお,本件無名契約の成立を認めるべき法的根拠の一つとして主張する趣旨であり,それ自体を別個の訴訟物として主張するものではないことは,一審原告の自認するとおりである。)。しかしながら,上記(3)で認定したとおり,本件においては,一審原告が一審被告育良精機に正式に入社した昭和63年11月21日までに,一審原告は一審被告育良精機らが本件考案を実施することを許諾し,一審被告育良精機らは一審原告に対し上記実施許諾の対価として相当額を連帯して支払う旨の合意が黙示的に成立し,その後,実施許諾に代えて,登録を受ける権利の一部譲渡をすることに契約内容の一部が変更されたものであると認められるから,登録を受ける権利の一部譲渡自体は,一審原告が一審被告育良精機の従業者となった後に行われたにしても,上記合意の基本的な部分は一審原告の入社前に成立していたものである。そうすると,上記合意を全体として見れば,そもそも,使用者と従業者の間の関係を規律する特許法35条3項を類推適用する前提を欠くというべきであるから,その余の点につき検討するまでもなく,一審原告の上記主張は失当である。
他方,一審被告らは,本件無名契約においては,契約の要素たる対価又はその決定方法が特定されていない旨主張する(原判決別紙「争点に関する主張」10頁)。確かに,上記(3)で認定した合意における対価としての「相当額」の意義については,必ずしも一義的に明確ではない部分があることは否定できない(本件の経緯にかんがみ,「相当額」として,一審原告はその主張のとおり実施料相当額を念頭に置き,Bは,通常よりも大幅に高額な賞与等を与えることによる報奨を念頭に置いていたと見る余地もある。)し,その決定方法について,黙示的にせよ,一審原告と一審被告育良精機らとの間で合意があったことを認めるに足りる証拠もない。しかしながら,本件においては,一審原告がその主張する内容での本件無名契約の成立を主張するのに対し,一審被告らは,同契約の成立を否認してはいるものの,錯誤無効の主張はしておらず,かえって,一審原告の不当利得返還請求の主張に対し,登録を受ける権利の譲渡の存在を主張し,一審原告による無効の主張を争っている(上記第2の3(3))との事情があること等をも勘案すると,上記(3)のとおり,両者の黙示的な意思表示の合致する範囲において契約の成立を認定した上,対価としての「相当額」の意義については,本件考案の実施により一審被告らが受けた利益の額,本件考案の寄与の程度,本件無名契約締結の経緯その他諸般の事情を総合考慮して,社会通念上,相当と認められる額がこれに当たると解することが,当事者の合理的意思にかなうものというべきである。したがって,一審被告らの上記主張は採用の限りではない。
(5) さらに,一審原告は,本件無名契約中には,一審原告が一審被告育良精機らに対し,本件考案を実施するのに必要なノウハウを提供し,一審被告育良精機らはそれに対して対価を支払う旨の合意も含まれていた旨主張する。
確かに,上記(2)のウ,キ,サ及びシなどの事実によれば,本件考案考案者である一審原告自らがその実施品の製作等にかかわったことにより,一審被告育良精機らにおいて実施品の製造,販売を迅速,円滑に行うことができたことは疑いのないところである。しかしながら,一審原告の主張に係るノウハウとは,「各部品の材料の選択,最良の熱処理の方法,使用するモーターの選択や最適な回転数の決定,最適な作動オイルの選択,ピストン等の可動部の必要な加工精度,故障原因の見分方法,その他本件考案を被告育良精機らで実施する前から原告が経験や研究によって持っていた技術的知識や図面,資料及び営業的情報の全て」(原判決別紙「争点に関する当事者の主張」8頁)であるところ,本件において,一審原告は,本件考案や電動油圧式工具に関する知識,経験等を活用して,実施品を含む電動油圧式工具の製造,販売事業に貢献することを期待されて一審被告育良精機らに技術部長として入社したものであるから,上記のようなノウハウは,別途の契約が存在しなくとも,雇用契約に基づいて当然に一審被告育良精機らに提供されるべきものである。そうすると,一審被告育良精機らにおいて,雇用契約に基づく給与の支払とは別に,上記ノウハウの提供に対しても対価を支払う旨約したものと推認することはできないし,他に,黙示的にでもそうした合意が成立したことを認めるに足りる証拠はない。
なお,この点について,一審原告は,技術部長とはいえ,常に,自らが発明,考案した特許権等を有しており,これを会社で実施することを予定して入社するわけではないこと,また,真実,そのような期待をされて入社したのであれば,給与中にこれに見合うだけの対価の項目が設けられていたり,あるいは,他の同程度のポストにある者と比較して,給与が著しく高く設定されていたりしなければならないが,一審原告が,一審被告育良精機らにおいて給与や昇格等の面で著しく優遇されたとの事実はないこと等を主張する。しかしながら,一審原告の上記主張を前提に考えても,単に,当事者間の合意によって一審原告主張に係るノウハウに対して対価を支払うこともあり得るということを示すにすぎず,本件において,ノウハウの提供に対しても対価を支払う旨の特段の合意があったものと積極的に推認すべきであるということにはならないから,結局,一審原告の主張は,上記の判断を左右するものではない。
(6) 他方,一審被告らは,本件無名契約の成否に関する原判決の事実認定を論難し,上記(1)の一審被告らの主張に沿う間接事実の存在を主張するなどして,本件無名契約の成立を争うので,以下,当裁判所の上記判示内容に関連する範囲において,検討する。
ア 事実経緯の認定について a 一審被告らは,昭和63年10月4日の面談の際,一審原告がBに対し,ウツミ製品が一審原告の出願に係る本件考案に基づくものである旨説明した事実はなく,一審原告が一審被告育良精機に正式に入社する同年11月21日以前には本件考案の存在を知らされていなかった旨主張する(上記(2)エ関係)。
しかしながら,一審原告は,上記面談の際,Bの「特許関係はどうなっているんだ。」という発問に対し,一審原告自身が出願人になっており,ウツミに通常実施権を許諾している旨回答したと明確に述べている(甲27の3頁,原告本人調書8頁)ところ,Bも,ウツミ製品の特許関係について自ら進んで発問した事実は自認しており(B調書7頁,26頁),にもかかわらず,「出願しているものもあるという程度の返事」(同7頁)であって,個人の出願であるか,ウツミという会社の出願であるかすら明らかではない(同26〜27頁)まま,放置したというのは不可解な態度というほかはない。その後の経緯を見ても,一審被告育良精機らは,上記面談の約1か月後である同年11月10日には,本件考案の実施品の製造,販売の準備に着手しているが(上記(2)キ),仮に,この時点で,一審被告育良精機らが,本件考案が一審原告の出願に係るものであることを確知していなかったとすれば,コスト管理に厳格であるはずの一審被告育良精機らが,無謀にも,同業他社の出願した考案であるかもしれないとの疑いを払拭しないまま,本件考案の実施に着手したということになって,明らかに不合理である。さらに,本件考案の実施に向けた決断が非常に短期間でされていることや,Bの上記発問に対し,一審原告が回答を濁さなければならない理由も特段見当たらないことからすれば,上記面談の際,Bは,一審原告から,ウツミ製品が一審原告の出願に係る本件考案に基づくものであることの説明を受け,その結果,本件考案を自社で実施することに興味を持ったものであることを優に推認することができ,これに反するBの証言等は信用するに足りないというべきである。
したがって,一審被告らの上記主張は採用の限りではない。
b 一審被告らは,昭和63年10月4日の面談の際,Bが,一審原告に対し自社への転職を勧めた背景には,一審原告がウツミの社長に叱責されていたことや,一審原告がオグラに対する激しい恨みを抱いていたことなどがあったとし,一審原告の一審被告育良精機らへの入社の話は,一審原告にとって極めて魅力的なものであったのであり,一審被告育良精機らが強く勧誘して入社させたものではない旨主張する(上記(2)エ,カ,キ関係)。
一審原告がウツミの社長に叱責された事実,一審原告がオグラに対する激しい恨みを抱いていたとの事実については,これを裏付ける客観的な証拠もなく,反対の趣旨の証拠(甲79,原審における原告本人)の存在に照らし,直ちにこれを認定することはできないものの,一審被告育良精機らへの入社の話が一審原告にとって魅力的なものであったとの主張自体は,上記(2)カのとおり,これを首肯することができるし,もとより,そうであるからこそ,最終的に,一審原告も一審被告育良精機らへの転職を決意したものというべきである。しかしながら,一審原告の一審被告育良精機らへの入社と,それによって実現されるであろう本件考案の実施品の製造,販売が,当時,電動油圧式工具の分野への進出を希望していた一審被告育良精機らにとって極めて魅力的なものであったことは,上記(2)ウ,サ及びシ等の事実に照らし,疑いのないところであり,そうとすれば,本件において,一審原告が一審被告育良精機らに入社するに至った要因として,本件考案の実施に魅力を感じたBによる積極的な勧誘があったことは明らかである。
したがって,一審被告らの上記主張も採用することができない。
c その他,一審被告らは,原審の事実経緯の認定をるる論難するが,いずれも,上記(2)の認定を左右するものとは認められない。
イ 反対事情の存在について 以上のほか,一審被告らは,本件無名契約が存在しないことを推認させる間接事実として,@本件無名契約においては,対価の額や決定方法,支払時期,支払方法等の事項が不確定であること,A本件無名契約に関する書面の不存在,B一審被告育良精機らが本件考案を評価していた事実の不存在,C本件考案に係る実施権の設定ないし登録を受ける権利の一部譲渡に関する交渉の不存在,D本件無名契約の締結に当たり,Bが,一審被告育良精機らの代表者と相談した事実がないこと,E本件考案については,一審被告育良精機らへの入社のための取引条件にすぎないと見るべきこと,F一審原告が,一審被告育良精機らにおける在籍期間中,生産実績等を確認する資料の提出を求めなかったこと,G曾根工具と日東工器との和解の際,一審原告が,和解の名宛人となったり,和解金の分配を求めたりしたことはなかったこと,Hウツミにおいても,一審原告主張に係る有償の実施契約が成立していたと認められないこと,I一審被告育良精機らの営業状況は良好であったこと,J回避技術の存在について主張する。
a まず,上記@の点については,対価の額や決定方法については,上記(4)において検討したとおり,社会通念上相当と認められる額を支払う旨の合意が成立していたものと認めるのが相当であり,他方,支払時期や支払方法についての定めがされていないことが,直ちに本件無名契約の不存在ないし不成立を導くものではないというべきである。
b 上記Aの点については,そのとおりであるが,本件考案に係る実施権の設定や登録を受ける権利の一部譲渡に関する契約は,当事者の合意のみによって成立し,書面によるなどの特別な方式によることは求められていないから,書面が存在しないことのみをもって,上記(3)の認定を覆すに足りる事情とまではいうことができない。
一審被告らは,書面の不存在をもって,一審被告育良精機らにおいて,本件無名契約のような重大な内容の契約をしたはずがないことを示す間接事実であると主張するようであるが,一審被告育良精機らの側において,本件考案を実施し,あるいは,登録を受ける権利の一部譲渡を受けることについて非常に積極的であり,必要ならば相当な対価を支払ってでも,その実現を求める意思を有していたと認められることは,上記(3)において検討したとおりである。確かに,一審被告ら主張に係る書面の不存在その他の事情は,Bが,本件における対価としての「相当額」の支払について,それほど深刻な問題ではないと認識していたことを推測させる余地があるから,対価としての「相当額」を算定する際の考慮事情となり得るというべきであるが,一審被告らが錯誤による無効の主張をしていない本件において,そうした事情が,本件無名契約自体の不存在ないし不成立を導く事情であるとまでは解されないことは,上記(4)において検討したとおりである。
c 上記Bの点については,一審被告らは,本件無名契約が締結された当時,本件考案が未登録であったことなどを根拠とするが,そもそも,登録を受ける権利は独立して譲渡の対象となり得る権利であるし,また,当時,一審被告育良精機らの側において,本件考案を実施し,あるいは,登録を受ける権利の一部譲渡を受けることについて非常に積極的であったことは,上記(3)において検討したとおりであるから,一審被告らの主張は採用の限りではない。
d 上記Cの点は,明示的な交渉が行われなかったという限りにおいては,そのとおりであるが,上記(2)で認定した事実経緯から,黙示の意思表示による契約の成立を推認することができるというべきであるから,上記(3)の認定を左右しない。
e 上記Dの点については,一審被告育良精機らにおいて,経営上の重要な事項にかかわる意思決定は,代表者に相談した上で定めるとの内部的な権限分配が存在したことは,証拠(乙2,原審における証人B〔B調書16頁〕)及び弁論の全趣旨により,これを認めることができる。しかしながら,そのことは,上記bにおいて書面の不存在の点について検討したのと同様,Bが,本件における対価としての「相当額」の支払について,それほど深刻な問題ではないと認識していたことを推測させる余地があるにしても,一審被告らが,錯誤による無効の主張をしておらず,かつ,Bの対外的な包括的代理権限の存在を争わない本件においては,直ちに,本件無名契約の不存在ないし不成立を導くものではないというべきであるから,一審被告らの主張は採用することができない。
f 上記Eの点については,本件において,本件考案が,一審原告が一審被告育良精機らに入社するに当たっての取引材料ないし手土産的な意味を有していたとみられることは,上記(2)で認定した事実経緯に照らし,これを首肯することができる。しかしながら,そうした事情は,対価としての相当額を定めるに当たって考慮事情となり得ることは格別,直ちに本件無名契約の不存在ないし不成立を導くものではないというべきであるから,結局,一審被告らの主張は採用の限りではない。
g さらに,一審被告らは,上記F〜Hの事情をもって,一審原告が,本件考案に係る実施権の設定ないし登録を受ける権利の一部譲渡について対価を受ける意思を有しなかったことを示す間接事実であると主張する。
しかしながら,上記Fの点については,一審原告は,一審被告育良精機に入社した後,毎月,組立日程表,販売計画書,月末在庫表等の資料(甲63-1〜3)を受け取っていたこと,一審原告は,平成4年8月からは,一審原告が所属していた技術部にも回覧されていた完成伝票によって,実施品の完成日付,製造番号,製造台数を知ることができたこと(甲52),一審原告は,製造部に問い合わせることによって,実施品の生産台数を確認することができたこと(弁論の全趣旨)が認められ,そうした事実からすれば,一審原告は実施品の製造,販売実績を相当程度詳細に知り得る状態にあったということができる。また,上記Gの点については,そのとおりであるが(乙3〜9),一審原告は,本件実用新案権の共有者として,日東工器に対し,権利行使をし得る立場にあったのであるから(一審原告は,一審被告育良精機らを退職した後の平成8年には,日東工器に対し,同社が本件考案を侵害したと主張して損害賠償を求める訴訟を提起し,同訴訟において,平成10年2月6日,日東工器が一審原告に対し200万円を支払うという内容の和解をしている。甲71,72,75,乙29〜31),一審原告が,曾根工具と日東工器との和解の際,和解契約の当事者にならなかったり,和解金の分配を求めなかったことをもって,一審原告が,一審被告育良精機らに対し,登録を受ける権利の一部譲渡の対価を求める意思を有していたことを否定する事情とまではいうことができない。さらに,上記Hの点については,本件では一審原告とウツミとの間の契約関係が争点となった事案ではなく,その存否,あるいは,対価の支払を伴う契約であったか否かを判断すべき的確な証拠はない上,ウツミが本件考案を実施することにより受けた利益は,一審被告育良精機らが受けた利益に比べて格段に小さかったと見られることをも考慮すれば,一審原告が,現在に至るまでウツミに対し実施料を請求していないことも,格別不自然であるとまではいうことができない。したがって,一審被告らの上記主張は採用の限りではない。
h 上記Iの点は,一審被告育良精機らの経営状態いかんにかかわらず,一審被告育良精機らの側において,本件考案を実施し,あるいは,登録を受ける権利の一部譲渡を受けることについて非常に積極的であったことは明らかであるから,上記(3)の認定を左右しない。
i 上記Jの点については,一審被告ら主張に係る回避技術の存在を認めるに足りる証拠はない上,仮にそうした回避技術が存在したとしても,その開発に要する期間やコスト等を考慮すれば,一審被告育良精機らが本件考案を回避するかどうかは,結局,本件考案に係る実施権の設定ないし登録を受ける権利の一部譲渡の対価額いかんであると考えられることなどからすれば,一審被告らの主張は,上記(3)及び(4)の認定判断を左右するものではないというべきである。
ウ 以上のとおりであるから,本件無名契約の存在ないし成立を争う一審被告らの主張は,いずれも採用することができない。
2 相当な対価の額について(争点1関係) (1) 本件においては,上記1(3)で認定したとおり,一審原告と一審被告育良精機らの包括的代理権限を有するBとの間で,遅くとも,一審原告が一審被告育良精機に正式に入社した昭和63年11月21日までに,一審原告は一審被告育良精機らが本件考案を実施することを許諾し,一審被告育良精機らは一審原告に対し上記実施許諾の対価として相当額を連帯して支払う旨の合意が黙示的にされ,その後,同年12月15日に,両者の間で,一審原告は,実施許諾に代えて,曾根工具に対し登録を受ける権利の一部を譲渡する旨契約内容の一部を変更する合意が黙示的にされたものと認めるのが相当であり,また,上記でいう対価としての「相当額」の意義については,上記1(4)で検討したとおり,本件無名契約締結の経緯,本件考案の実施により一審被告らが受けた利益の額,本件考案の寄与の程度その他諸般の事情を総合考慮して,社会通念上,対価として相当と認められる額がこれに当たると解することが,当事者の合理的意思にかなうものというべきである。
(2) そこで検討すると,社会通念上,対価として相当と認められる額を算定するに当たり考慮すべき事情として,以下のような事情を認めることができる。
ア 本件考案の実施により一審被告育良精機らが受けた利益については,一審被告育良精機らは,平成元年5月29日ころ,実施品の生産,販売を開始し,平成10年10月11日(本件実用新案権の存続期間の終了日)までの実施品の売上高は,合計34億1691万8283円であった(当事者間に争いがない)。また,本件実施品の属する電動油圧式工具は,比較的利益率の高い商品であったと認められる(甲27,原審における証人B,原告本人)。
イ 平成5年8月25日社団法人発明協会発行「実施料率〔第4版〕」によると,昭和63年度から平成3年度までの間における「金属加工機械」の分野における実施料率別契約件数について,イニシャル・ペイメントがない場合の最頻値は2%である(甲15)。
ウ 本件考案は,「先端に油リリース通路の開口の回りに着座してこれを閉塞する環状弁部を有し,ピストンロッドの内部に軸線方向に摺動自在に設けられた柱状摺動弁と,この柱状摺動弁内の油リリース通路と対向する軸心位置に内装され,圧油のリリース時に柱状摺動弁の離座状態を保持するフロートスプリングとを備えていて,さらに,ピストンロッドの内部とシリンダ内とを連通させ,油リリース通路に対する環状弁体の着座中はシリンダ内の圧油を柱状摺動弁にも及ぼすようにしたこと」を特徴とし,従来技術の弁機構を改良し,構造を簡素化して,加工を容易化し,弁機構の油リリース通路に対する離着性をより優れたものとしたものであって,そうした本件考案の特徴が,一審被告育良精機らが製造,販売した実施品の小型化,軽量化等に寄与したものということができる(甲14-1,甲29,30,77,132,乙14-1,弁論の全趣旨)。
他方,実施品は,50種類以上の部品点数から成り立っているところ,本件考案が実施されたのは,製品の一部である弁機構の部分である(甲46,47)。また,実施品については,「超軽量小型」である点のほか,「従来製品はモーター一回転当たり三つのピストンでモーターの力を油圧に変換していたが・・・新製品は四つのピストンを内蔵しているので力の伝導効率がよく高速に鉄筋を切断できる」,「同カッターは業界発の四プランジャー(カッター力を四カ所で発生する方式)を採用したもので,切断速度は・・・業界ではトップ」であるとの点が主なセールスポイントとされていた(甲12,57,77,78)。
エ 一審被告育良精機らの貢献については,上記アのような販売実績を上げるに当たって,一審被告育良精機らの営業活動,広告宣伝活動等の効果を軽視することはできない上,本件考案の実用新案登録に係る登録費用及び維持管理費用を一審被告育良精機らが負担していた(甲27,乙2,原審における証人B,原告本人)との事情がある。
オ 一審原告のウツミにおける給与は年間800万円程度,一審被告育良精機らに入社した際,その給与は年間700万円程度であった(甲23,27,乙2,原審における証人B,原告本人)。
以上に加え,本件無名契約の締結に際しての特殊事情として,@本件無名契約の契約内容は全く書面化されていない上,口頭ですら明確な合意がされたわけではなく,殊に,相当な対価の額を定めるための決定方法については,何ら定められていなかったと認められること,A本件で,一審原告が,本件考案を一審被告育良精機らに実施させ,最終的に曾根工具に登録を受ける権利の一部譲渡をしたことは,一審原告が一審被告育良精機らに入社する際の手土産としての意味合いがあったことも否定できないことなどの諸事情があることを併せ考慮し,さらに,対価の額については,最終的に,権利者である一審原告の側が主張立証責任を負うべきものであることをも勘案すると,本件において,社会通念上,対価として相当と認められる額は,原判決の認定額,すなわち,実施品の総売上高34億1691万8283円の0.5%に当たり(1万円未満切捨て),かつ,一審原告の一審被告育良精機らにおける当初の年間給与額700万円の2.44倍に相当する1708万円と認めるのが相当である。
(3) これに対し,一審原告は,相当な対価額の算定の基礎とする売上高は,現実の総売上高ではなく,対価請求権発生時における推定売上高(一審原告の主張によれば39億1069万円)とすべきである旨主張する。
しかしながら,一審原告の上記主張は,本件無名契約において,将来,本件考案を実施した商品が出そろうことが停止条件とされたとの主張を前提とするものであると解されるところ,そのような条件が付されたことを認めるに足りる証拠がないことは,上記1(4)で検討したとおりであるから,一審原告の上記主張は,その前提において失当である。
そして,本件無名契約においては,対価の支払時期等についての定めがなかったものと認められるところ,こうした場合,対価請求権自体は観念的には契約締結と同時に発生するから,対価額の算定は,その時点における推定利益を基礎とすべきであると考えられるにしても,当該推定利益を算出するための証拠が十分とはいえない本件において,事後的に判明した最終的な実施品の売上高を基礎として対価を算定することには,なお十分な合理性があるということができるから,一審原告の上記主張は,この点でも当を得ないものというべきである。
なお,一審原告の当審での主張中には,最終的な実施品の売上高(上記(2)ア)の正確性を争うかのような部分も見受けられるが,上記売上高の点については,原判決において当事者間に争いのない事実として摘示され(原判決5頁第2段落),当審の第1回口頭弁論期日において,一審原告も,原審における口頭弁論の結果としてこれをそのまま陳述しているところ,一審原告は,当該売上高が真実に合致しないこと等を立証し得ていないから,この点に関する一審原告の主張は採用の限りではない。
(4) また,一審原告は,対価額算定の考慮事情として原判決が挙げた諸事情について論難するとともに,原判決が挙げていない事情についても考慮すべきである旨主張するので,当裁判所の上記判示内容に関連する範囲で検討する。
ア 一審原告は,本件考案が実施されたのが製品の一部である弁機構の部分であるとの事情(上記(2)ウ後段)を考慮すべきでないとするが,対価としての相当額を算定するに当たり,本件考案が,製品のいかなる部分に,どの程度寄与したのかを考慮することは当然のことというべきであるから,一審原告の主張は採用の限りではない。
イ 一審原告は,一審被告育良精機らの営業活動,広告宣伝活動の効果は,通常のそれと同程度のものであったにすぎない,一審被告育良精機らが負担した登録費用等は,売上高と比較して殊更に強調されるべきものではないなどとして,本件考案の実施に当たって一審被告育良精機らが寄与したとの事情(上記(2)エ)を考慮するのは相当でないとする。
しかしながら,本件においては,上記1(4)のとおり,対価額を実施料相当額とする旨の合意の成立は認められないのであるから,飽くまで,本件をめぐる諸事情を総合考慮した上で,社会通念上,相当と認められる対価額を算定すべきものであり(実施料率はその際の考慮事情の一つにすぎない。),そうした事情の一つとして,一審被告育良精機らの寄与の点を考慮すべきであることはいうまでもないし,また,その際,通常の寄与の程度を超えた特別の寄与のみを考慮すべきであるとする理由もないというべきである。
したがって,一審原告の上記主張は採用の限りではない。
ウ 一審原告は,登録を受ける権利の一部譲渡等には,入社時の手土産としての意味合いがあったことも否定できないこと,及び,相当な対価を算定するための決定方法を定めていなかったことを減額要因として考慮するのは不当である旨主張する。
しかしながら,既に上記1(4)において検討したとおり,本件無名契約においては,契約締結当時の一審被告育良精機らの意思として,対価として「実施料相当額」の支払を容認していたとまでは認めるに足りないところ,本件において,契約内容の書面化がされず,口頭による明確な合意さえもされなかったこと等による不利益を対価を支払う側である一審被告らに負わせることが,当事者間の公平の見地から不当であることはいうまでもない。換言すれば,書面の不存在その他の契約締結時の諸事情は,本件無名契約締結当時,当事者間において,将来,それほど高額の対価支払が行われることはないとの共通の予測があったことを推認させるというべきであることから,本件においては,上記(2)のとおり,そうした事情をも含めた諸般の事情を総合的に考慮して,社会通念上,相当と認められる対価額を算定したものである。
したがって,一審原告の上記主張は採用の限りではない。
エ また,一審原告は,本件においては,金属加工機械ではなく,建設機械部門の資料を斟酌することが妥当であるなどとして,実施料率として2%の例を斟酌すること(上記(2)イ)は誤りである旨主張する。
しかしながら,一審原告が上記主張の根拠として主張する事情のうち,本件においては,金属加工機械ではなく,建設機械部門の資料を斟酌することが妥当であるとする部分については,昭和55年11月1日社団法人発明協会発行「実施料率〔第3版〕」において,「農業・建設・鉱山用機械」の説明として,「この分野は・・・農業・建設・鉱山用に使用される大型の専用機のみを取り扱い・・・」とされていることから,明らかに失当である。また,一審原告は,対象期間を限定せずに,単純平均又は加重平均を用いるべきであると主張したり,いわゆる利益分配法により算出した実施料相当額を提示したりしているが,社会通念上,相当と認められる額の算定に当たり,本件無名契約の締結時(昭和63年10月〜12月)に即した時期において締結された現実の実施契約に見られる最頻度値を斟酌することも十分に合理的であるというべきであるから,一審原告の主張は採用することができない。さらに,一審原告は,国有特許の実施料率に関する基準率(甲153の168頁)を斟酌すべきであるとも主張するが,上記(2)イで採用した資料(甲15)の信頼性が上記資料に劣るとする理由は特段見当たらないというほかはない。
以上によれば,一審原告の上記主張はいずれも採用の限りではない。
オ さらに,一審原告は,相当な対価額を算定するに当たり,@本件考案は,既にウツミで実施されていたこと,A競争メーカーの数が限られていたこと,B一審被告育良精機らは,事実上の専用実施権者として本件考案を使用してきたこと,C本件では,実施に当たり,特に高額な新規設備を必要としなかったことなどの事情をも考慮すべきである旨主張する。
そこで検討すると,上記@の事情について,一審原告は,ウツミで既に実施されていたとの事実をもって,予見可能性を高め,リスクを低減させる要因であった旨主張するが,他方,これから本件考案を実施しようとする一審被告育良精機らの立場からすれば,ウツミとの競合によって生じる問題発生のリスク要因であるとも考えられるから,当該事情を対価額を高める要因としてのみ考慮することは相当でない。
また,一審原告は,上記Aの事情を対価額を高める事情として主張するが,競争メーカーの数が限られていたことは,一審原告が本件考案を売り込むことのできる相手方が非常に限定されていたこと,すなわち,対価額の決定に当たり,買い手側から買いたたかれる危険が高かったことをも意味するのであって,そうした事情を対価額を高める要因としてのみとらえることが相当でないことは明らかである。
さらに,上記Bについては,本件考案に係る実用新案権者を共有名義にすることにより,一審被告育良精機らは,本件考案について事実上独占的に実施して(ただし,一部譲渡前,一審原告から既に実施許諾を受けていたウツミを除く。),それにより利益を上げることができるのに対し,一審原告は,以後,一審被告育良精機らの同意を得ない限り,本件考案を他人に実施させることができなくなったことは,上記1(3)のとおりであるが,こうした事情も対価額の算定要素として考慮していることは,上記(2)の判示からも明らかである。
上記Cについては,実用新案権の実施に当たり,特に高額な新規設備を必要とすることが通例であるとの経験則は存在しないから,これを必要としなかったことが増額要因となるとの主張自体,当を得ないものであるというほかはない。
したがって,一審原告の上記主張は,いずれも採用の限りではないというべきである。
(5) 以上によれば,本件無名契約に基づく相当な対価の額は1708万円であると認めるのが相当である。
3 不当利得返還請求について(争点1につき当審において追加した予備的請求関係) 一審原告は,本件無名契約の成立が認められない場合の予備的請求として,一審被告らが本件考案の実施に起因して得た純利益中,主位的請求と同額の金員につき不当利得返還を求めるが,本件において,本件考案に係る登録を受ける権利の一部譲渡を目的とした本件無名契約の成立が認められること,及び,その対価としては,社会通念上,相当と認められる金額である1708万円を認めるべきことは,上記1及び2において判示したとおりである。
また,一審被告らは,本件考案に係る実施権の設定ないし登録を受ける権利の一部譲渡は,一審原告主張に係る実施料相当額の対価支払を伴うものではなく,@本件考案の登録に要する費用,権利の維持管理の経費等を一審被告育良精機らが負担すること,A一審原告が希望する一審被告育良精機らへの入社,同社における高い地位と高額な報酬の保証,B以前から強く希望していた製品の製造販売という個人的な目的を達成できるというメリットが得られることなどを対価とするものである旨主張するところ,一審原告は,一審被告ら主張に係る上記内容での一部譲渡の合意が認定されるにすぎないとすれば,当該合意は,公序良俗違反に該当し,無効である旨主張する。しかしながら,本件無名契約の内容は,上記1(3)に判示したとおりのものであって,一審被告ら主張に係る上記合意の成立は認め難いから,一審原告の主張は,その前提を欠き,失当というほかはない(なお,上記判示に係る本件無名契約が,公序良俗違反に該当しないことは,その合意内容自体から明らかである。)。
したがって,その余の点について検討するまでもなく,本件において,一審原告主張の不当利得返還請求が成り立つ余地はなく,一審原告の予備的請求は理由がない。
4 職務発明等に基づく対価請求について(争点2関係) (1) 対価額の算定方法等について ア 一審原告の権利について 一審原告は,昭和63年11月21日から平成4年3月31日まで一審被告育良精機に,同年4月1日から平成8年1月31日まで曾根工具に在籍したこと,昭和63年11月21日から平成4年3月31日までの間に,一覧表No.16,No.24,No.26及びNo.27の意匠に係る創作がされ,同年4月1日から平成8年1月31日までの間に,一覧表No.30及びNo.65の実用新案に係る考案,一覧表No.34及びNo.40の特許に係る発明並びに一覧表No.35及びNo.70の意匠に係る創作がされたこと,本件職務発明等の発明者,考案者,創作者がいずれも一審原告及びCであること,並びに,曾根工具は,一審原告及びCから,一覧表No.16,No.24,No.26,No.27,No.35及びNo.70に係る意匠登録を受ける権利,一覧表No.30及びNo.65に係る実用新案登録を受ける権利,並びに一覧表No.34及びNo.40に係る特許を受ける権利をそれぞれ承継し,一覧表記載の各出願日にこれらを出願したことは,当事者間に争いがない。
また,一審原告と一審被告育良精機らとの間で,本件職務発明等を承継させることについて,対価を支払う旨の明示の合意がされていなかったとしても,一審原告は,特許法35条3項,実用新案法11条3項及び意匠法15条3項に基づいて,相当の対価の支払を受ける権利を有することは明らかである。
そして,一審原告の主張に従い,一審原告が本件職務発明等をした際,一審原告の使用者が一審被告育良精機又は曾根工具のいずれであったかに応じて,当該職務発明等の対価請求に係る相手方を区分すると,当審において争われている,一覧表No.16に係る請求については一審被告育良精機が,一覧表No.30及びNo.40に係る請求については曾根工具の権利義務を承継した一審被告広沢が相手方となる(なお,以上の各対価請求を含め,本件職務発明に基づく対価請求の相手方を一審原告の上記主張のとおり区分することにつき,一審被告らが,原審及び当審を通じて特に争っていないことは,弁論の全趣旨に照らして明らかである。)。
イ 算定方法について 一審被告らが一審原告に対し支払うべき本件職務発明等の相当の対価額を算定するに当たっては,以下の点を考慮すべきである。 (ア) 発明等により一審被告らが受けるべき利益 a 売上高 本件職務発明等に係る実施品の製造,販売実績をできる限り対価額の算定に反映させる見地から,一審被告らが現実に得た売上高が判明している限り,これに基づいて対価額を算定すべきであるところ,各実施品の,実施開始時から平成11年3月までの総売上高及びこの間における決算期ごとの年平均売上高,平成10年4月から平成11年3月までの1年間の売上高は,B作成の平成11年6月25日付け陳述書(四)添付の別表(乙38)記載のとおりであることが認められる。そして,本件職務発明等の相当の対価の算定上,考慮要素となるのは,使用者が「現に受けた利益」ではなく,将来「受けるべき利益」であるから,上記の現実の売上高のほか,特許権等の権利の存続期限までの推定売上高を含む実施品の総売上高を算定基礎とすべきである。
b 排他的利益割合 一審被告育良精機らが本件職務発明等を実施して受けるべき利益のうち,一審被告育良精機らが本件職務発明等を承継したこと,すなわち,同業他社に対し本件職務発明等の実施を禁止することができたことに起因する部分が,法定通常実施権を得たままであった場合との対比で,いかなる割合であったのかを明確にし得る事実関係を認めるに足りる証拠はない。
この点に関し,一審原告は,公平の観点から,排他的利益割合は0.5とすべきである旨主張し,一審被告らは,排他的利益割合は多くとも3分の1を超えることはない旨主張する(原判決別紙「争点に関する当事者の主張」30頁)ところ,本件全証拠によっても,排他的利益割合が,原判決が本件職務発明等に基づく対価請求(ただし,一部認容したもの)のすべてを通じて採用した数値である3分の1(0.33)を超えるものであると認めるに足りない。そして,一審原告の本件職務発明等に基づく対価請求のうち,一覧表No.24,No.26,No.27,No.34,No.35,No.65及びNo.70に係る請求については,当事者双方から不服の申立てがなく,当審での審判の対象とはなっていないこと,本件職務発明等(原判決において全部棄却された一覧表No.26に係るものを除く。)は,発明が2件(一覧表No.34及びNo.40),考案が2件(一覧表No.30及びNo.65),意匠が5件(一覧表No.16,No,24,No.27,No.35及びNo.70)であって,職務意匠がその大半であることを併せ考えると,当審において争われている,一覧表No.16,No.30及びNo.40に係る請求について,排他的利益割合を原判決とは別異に認定するだけの根拠を見いだすことはできない。
c 実施料率 証拠(甲15,59,134)及び弁論の全趣旨によれば,実施料率は,発明(特許権)については3%,考案(実用新案権)については2%と認めるのが相当であり,意匠(意匠権)については,需要者が金属加工機械製品を選択するに当たって意匠が影響する度合いはさほど高くないものと推認されることをも考慮して1.5%と認めるのが相当である。
なお,この点について,一審原告は,一律に5%とすべきである旨主張するが,上記認定を左右するに足りる客観的事実や証拠を格別提示していないから,採用の限りではない。
(イ) 発明者等の貢献度(寄与率) 一審原告は,本件職務発明等をした当時,一審被告育良精機又は曾根工具において技術部長の職にあり,本件職務発明等は,一審原告が,その職務遂行の過程で,他の1名の従業者(C)とともに,一審被告育良精機らの協力を得て,その設備及び被用者を活用して行ったものであること,一審被告らは,本件職務発明等の特許,実用新案登録及び意匠登録を受けるための費用や権利の維持管理費用等の経費をすべて負担していることなどを考慮すれば,一審原告及び他の1名の従業者の本件職務発明等に対する貢献度(寄与率)は,30%(0.3)と認めるのが相当である。
なお,この点について,一審原告は,公平の観点から,貢献度(寄与率)は0.5とすべきである旨主張するが,その裏付けとなる客観的事実や証拠を格別提示していないから,採用の限りではない。
(ウ) 本件職務発明等の発明者数 本件職務発明等の発明者等は,いずれも一審原告外1名であるから,0.5を乗じて算出すべきである。
なお,この点について,一審原告は,C作成の確認書(乙50)を根拠に,同人の業務の中に,自らが発明者等となるような業務は少なかったものと認められるから,一審原告と同人の発明者等としての貢献度を同等として対価額を算定することは相当でなく,一審原告の貢献した割合を0.8として算定すべきである旨主張する。しかしながら,本件において,一審原告が,訴え提起の当初から一貫して,本件職務発明等の対価額の算定方法として発明者等の数によって除する方法を主張してきたことは当裁判所に顕著であり,このことは,一審原告自身が,自らとCとの間で発明者等としての貢献度に差がないことを自認してきたものと評価することができるし,また,一審原告の上記主張を裏付ける的確な証拠も見いだし難いから,一審原告の上記主張は採用することができない。
(エ) 以上のとおりであるから,本件職務発明等の対価額については,実施品の総売上高(現実の売上高のほか,特許権等の権利の存続期限までの推定売上高を含む。)に,排他的利益割合として0.33を,実施料率として,特許権については0.03,実用新案権については0.02,意匠権については0.015を,貢献度(寄与率)として0.3を,発明者等の数による減額要素として0.5を順次乗じて算出することとする。
(2) 一覧表No.16に係る請求について ア 対価額について (ア) まず,本件意匠の実施品であることにつき当事者間に争いのないIS-19MBについて見ると,平成3年2月から平成11年3月までの98か月間の総売上高は9394万5600円であり,これを月平均売上高に換算すると95万8628円となる。
他方,平成11年4月から平成22年5月12日(権利の存続期限)までの133か月間の推定総売上高は,平成10年4月から平成11年3月までの1年間の売上高454万8096円が,平成11年3月までの決算期ごとの年平均売上高1150万3543円の約39.5%(小数点以下2桁以下切捨て,以下同じ。)に減少していることを斟酌して,合計5036万1521円(95万8628円×0.395×133,円未満切捨て)と認めるのが相当である(乙38)。
以上によれば,本件意匠に係る意匠権の存続期限までの,IS-19MBの総売上高は,上記合計額である1億4430万7121円となる。
(イ) 次に,IS-25MB(一審被告らは同製品が実施品であることを争うが,これが実施品と認められることは後記イのとおりである。)について見ると,平成4年7月から平成11年3月までの81か月間の総売上高は1億5664万4208円であり,これを月平均売上高に換算すると193万3879円となる。
他方,平成11年4月から平成22年5月12日(権利の存続期限)までの133か月間の推定総売上高は,平成10年4月から平成11年3月までの1年間の売上高308万3472円が,平成11年3月までの決算期ごとの年平均売上高2320万6549円の約13.2%に減少していることを斟酌すると,合計3395万1179円(193万3879円×0.132×133,円未満切捨て)と認めるのが相当である(乙38)。
以上によれば,本件意匠に係る意匠権の存続期限までの,IS-25MBの総売上高は,上記合計額である1億9059万5387円である。
(ウ) 上記両製品の総売上高の合計は,3億3490万2508円(1億4430万7121円+1億9059万5387円)であるから,これに基づいて,一覧表No.16に係る対価額を算定すると,24万8000円(3億3490万2508円×0.33×0.015×0.3×0.5,千円未満切捨て)となる。
イ 一審被告らの主張について 一審被告らは,IS-25MB(以下「対象製品」といい,その意匠を「対象意匠」という。)は,本件意匠に係る実施品ではない旨主張するので,以下,検討する。
(ア) 本件意匠は,別添意匠公報(甲93)のとおりであり(なお,実施品であることにつき当事者間に争いのないIS-19MBに係る図面として,乙27-1参照),対象意匠は,対象製品に係る別添図面(乙27-2)のとおりであって,意匠に係る物品は,いずれも「鉄筋曲げ機」である。
(イ) 両意匠を全体として観察すると,両意匠は,@全体の形状が,その平面図において,四辺形の右上隅と左下隅を三角形状に削った変形六角形となる,略変形六角柱様の態様であること,Aその上部には,平面図の略中央に略半円状を描く二重弧線からなる模様が大きく配されるとともに,平面図の右下部分に表される突起部と,平面図の略中央部分に,上記二重弧線の円心部に位置する突起部との二つの突起部を有すること,Bその正面には,正面図の下から約3分の1ほどの高さに横長長方形状のラインが設けられ,当該ラインの上方には,右側下部にドアノブ状の突起部が配され,左側上部に二重線で描かれた円形の押しボタン様のもの,さらに,その下に,ごく小さな円形とスイッチ様のものが左右に並んで配されており,当該ラインの下方右側には,右から順に,電源コンセント様のもの及び二重線で描かれた円形が並んで配されていること,C左右側面の高さ方向において略中央部に持ち運び用の取っ手が配されていること等において共通する。
他方,両意匠の主要な差異点は,(ア)突起部を除いた正面,側面及び平面の各縦横比率において,本件意匠が約1対1.17(正面),約1対1.06(側面)及び約1対1.11(平面)であるのに対し,対象意匠は約1対1.11(正面),約1対1.18(側面)及び約1対0.93(平面)であって,寸法比率が異なること,(イ)平面図上の上記三角形状の面取り部の縦横寸法比率において,本件意匠が約1対0.7であるのに対し,対象意匠は約1対0.42であって,面取り部の縦横寸法比率が異なること,(ウ)上部に形成される上記二つの突起部の形状及び大きさが異なること,(エ)左右側面において,対象意匠には,本件意匠にはない縦線状の模様及び横線状のスリット様のものが存在すること,(オ)底面について,本件意匠は底面部がほぼ完全に平たんであるのに対し,対象意匠は底面部に小さな凹凸を有すること,であると認められる。
(ウ) 以上に基づき,両意匠の類否について検討すると,両意匠は,上記共通点@のとおり,全体が略変形六角柱状をなすものであって,その形態全体に及ぶ基本的構成態様が共通している上,上記共通点A及びBのとおり,最も看者の注意をひく部分であると考えられる上部及び正面の基本的構成態様が共通しており,これらの共通点は,上記共通点Cとともに,両意匠の全体の基調を形成し,看者に強い共通感を与えるものと認めるのが相当である。
これに対し,両意匠には,上記(ア)ないし(オ)の差異点も認められるが,まず,意匠全体の寸法に関する差異点(ア)については,特に平面図において,本件意匠は横長,引用意匠は縦長である点において,看者の印象にある程度の影響を与えることは否定できないものの,その差はそれほど大きなものではなく,全体として両意匠を別個のものであると感じさせるほどの強い印象を与えるものとは認め難い。この点は,面取り部の寸法に関する差異点(イ)についても同様である。
また,上部に形成される二つの突起部の形状及び大きさに関する差異点(ウ)については,確かに,看者の印象にある程度の影響を与えるものと考えられるが,当該突起の基本的な配置に関する上記共通点Aを前提とする,具体的な構成における差異にすぎないから,看者の美感に与える印象はそれほど強いものではないというべきである。
さらに,側面及び底面の具体的形状に関する差異点(エ)及び(オ)については,両意匠において,最も看者の注意をひく部分が上部及び正面であると考えられることからすれば,看者の注意を比較的ひかない部分における微小かつ局部的な差異にすぎないということができる。
(エ) 以上のとおり,両意匠の間に見られる上記各差異点は,いずれも両意匠の類否判断に及ぼす影響は強いものではなく,上記各共通点によって形成された全体の基調ないし強い共通感をしのぐものではないというべきであるから,看者に異なった美感を与えるものということはできず,結局,両意匠は意匠全体として類似するというべきである。
したがって,対象意匠は本件意匠の類似の範囲にあり,対象製品は本件意匠に係る実施品であると認められるから,一審被告らの上記主張は採用することができない。
(3) 一覧表No.30に係る請求について ア 対価額について IS-18Pが,一覧表No.30に係る考案(以下「当該考案」という。)の実施品であることについては当事者間に争いがないところ,同製品の平成2年3月から平成11年3月までの109か月間の総売上高は3億1747万1520円であり,これを月平均売上高に換算すると291万2582円となる。
他方,平成11年4月から平成18年3月29日(権利の存続期限)までの83か月間の推定総売上高については,ロッド部分に係る平成10年4月から平成11年3月までの1年間の売上高70万0929円が,平成11年3月までの決算期ごとの年平均売上高287万2201円の約24.4%に減少していること(なお,乙38においては,製品全体の価格の約8.22%を占めるロッド部分の価格について,上記売上高の減少の点が記載されているが,ロッド部分の価格は製品全体の価格に上記割合を乗じて算出されたものであるから,製品全体の価格についても同様の売上高の減少が認められることは当然である。)を斟酌すると,5898万5610円(291万2582円×0.244×83,円未満切捨て)と認めるのが相当である(乙38)。
以上によれば,当該考案に係る実用新案権の存続期限までのIS-18Pの総売上高は,上記合計額である3億7645万7130円(3億1747万1520円+5898万5610円)となるが,一審原告は,当該考案に係る原判決の売上数値の認定を認める旨陳述している(上記第2の2(4)ア(イ))ので,原判決の認定した総売上高3億7641万2915円を採用することとし,これに基づいて,一覧表No.30に係る対価額を算定すると,37万2000円(3億7641万2915円×0.33×0.02×0.3×0.5,千円未満切捨て)となる。
イ 一審被告らの主張について これに対し,一審被告らは,当該考案は,一審原告が,オグラが既に製造,販売していたパンチャー用ポンチを参照し,これが出願されていないことを認識した上で曾根工具名義で出願したものであると推測されるから,支払うべき対価はない旨主張する。
そこで検討すると,証拠(甲99,乙45,46,47-1〜5)及び弁論の全趣旨によれば,曾根工具の警告に対してオグラから提出された設計図,カタログ,取扱説明書等の資料によれば,オグラは,当該考案の実用新案登録出願日(平成4年4月2日)より前の昭和61年ころから,当該考案の特徴的な構成である「ポンチの基部の後端面は往復動ロッドの前端面に開口する穴の底面に当接し,ポンチの基部の軸線方向の長さは前記穴の深さよりも大きく,ポンチのツバの後端面と前記ロッドの前端面との間に間隙が形成される」との構成に類似する構成を具備したパンチャー用ポンチを製造,販売していたとの事実をうかがうことができる。
しかしながら,証拠(甲99,乙18-1〜8)及び弁論の全趣旨によれば,当該考案考案の名称は「パンチャー用ポンチ」であり,その出願公告(平成8年3月29日)に対し登録異議の申立てがされたが,同申立ては理由がないとして棄却決定がされ,その際,当該考案は,オグラの出願に係る考案に比して新規性及び進歩性を有すると判断されたこと,また,当該考案の実用新案登録(平成11年5月28日)後においても,これに対する無効審判を請求されたことはないことが認められる。加えて,オグラが上記設計図等(乙47)を提出したのは,本件訴訟の係属中である平成13年3月に,一審被告らがオグラに対し,「同社は,当該考案技術的範囲に属する製品を製造,販売して当該考案に係る実用新案権を侵害している」旨の通知書(乙45)を送付したことを契機とするものであって,その後,一審被告らが侵害訴訟を提起したり,オグラが無効審判を請求したりした事実がうかがわれないことをも考慮すると,上記設計図等のみを根拠に,当該考案に係る実用新案登録に無効理由があることが明らかであるとまでは認めることができず,他に,一審被告らの主張に沿う的確な証拠は存在しない。
したがって,一審被告らの上記主張は採用することができない。
(4) 一覧表No.40に係る請求について ア 対価額について IS-13NKの刃物が,一覧表No.40に係る特許(以下「当該特許」という。)の実施品であることについては,当事者間に争いがないところ,IS-13NKの刃物の平成4年9月から平成11年3月までの79か月間の総売上高は1億2751万7220円であり,これを月平均売上高に換算すると161万4142円となる。
他方,平成11年4月から平成25年1月26日(権利の存続期限)までの165か月間の推定総売上高については,平成10年4月から平成11年3月までの1年間の売上高78万3000円が,平成11年3月までの決算期ごとの年平均売上高1951万9789円の約4.0%に減少していることを斟酌すると,1065万3337円(161万4142円×0.04×165,円未満切捨て)と認めるのが相当である(乙38)。
以上によれば,当該特許に係る特許権の存続期限までのIS-13Kの刃物の総売上高は,上記合計額である1億3817万0557円(1億2751万7220円+1065万3337円)であり,これに基づいて,一覧表No.40に係る対価額を算定すると,10万2000円(1億3817万0557円×0.33×0.015×0.3×0.5,千円未満切捨て。なお,実施料率については,3%ではなく1.5%を採用した。その理由は,後記イ(ウ)のとおりである。)となる。
イ 当事者の主張について (ア) 一審被告らは,当該特許に係る発明は,亀倉精機がかねて製造,販売していた製品に実施されていた技術を,一審原告がそのまま自己の発明として出願した発明であるとした上,当該特許の基本的な請求項に係る発明についての特許につき無効審決がされたことなどを理由に,当該特許について支払うべき対価はない旨主張する。
そこで検討すると,証拠(甲107,149ないし152,乙22-1〜14,乙23-1〜3,乙48〜51,55)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
a 当該特許に係る発明は,発明の名称を「剪断機」とし,平成5年1月26日に特許出願され,平成7年11月22日出願公告となったものの,その後,泉精器,E及び亀倉精機による3件の異議申立てがあり,平成10年5月6日,いったん拒絶の査定がされた。
しかしながら,曾根工具が拒絶査定に対する不服審判請求をした結果,平成12年3月28日に原査定取消しの審決がされ,同年5月19日,設定登録(特許第2141349号)がされた。
b その後,泉精器が,平成13年5月2日,当該特許のうち,請求項1〜3,7及び16に係る特許について無効審判の請求をし,特許庁は,審理の結果,平成14年3月12日,上記の各請求項に係る発明は,当該特許の出願前に日本国内において公然実施をされた発明であり,特許法29条1項2号に該当するとして,「特許第2141349号の請求項1乃至請求項3,請求項7及び請求項16に係る発明についての特許を無効とする」との審決をし,当該審決は確定した。
なお,当該特許は,合計19の請求項に係る特許であり,上記無効審決により無効とされた五つの請求項に係る発明についての特許を除き,その他の14の請求項に係る発明ついての特許は有効である。
c 当該特許に係る明細書(甲107,乙51)によれば,当該特許に係る発明は,「建築工事又は機械製作等における鋼材加工作業」において用いられる「対をなす固定刃及び可動刃により主として鉄筋等の棒鋼を剪断」(段落【0001】,【0002】)する剪断機に関するものであり,そのうち,無効とされた請求項1〜3,7及び16に係る発明は,「可動刃は,該可動刃が前進される際に前端部が前記棒鋼に押圧される切刃部分を有し,前記固定刃は,左右の固定刃部分と,該固定刃部分間に配置されたスリットとを有し,該スリットは,前記切刃部分と対向し,前記切刃部分が前進した際に該切刃部分を収容する位置に位置決めされ,前記固定刃部分は,前記可動刃の両側で前記棒鋼を支持し,該可動刃は,左右の固定刃部分の間で前記棒鋼を押圧し,該棒鋼を切断する」(段落【0007】)という基本的構成を含んだものにおいて,「上記構成の剪断機によれば,固定刃部分は,棒鋼を2点で支持する支点を構成し,可動刃は支点間にて棒鋼を押圧する。
棒鋼は,極めて安定した状態で支持され,棒鋼には,片持ち支持の場合に観られるような軸線方向の逃げが生じない。従って,固定刃部分に形成されためねじに不要な横力が作用せず,めねじのねじ山の損耗が防止される。また,棒鋼の逃げが生じないので,棒鋼の被切断面にバリなどが発生しない」(段落【0008】)という効果を得るために,最も重要な役割を果たす固定刃の骨格部分に改良を加えたものであると認められる。
しかしながら,他方,無効となった五つの請求項を除くその他の14の請求項に係る発明について見ても,「剪断作業により発生した破材は,スリットから破材通路ないし中空部及び落し穴に円滑に通り得るので,従前の破材がスリット内に残留するのを確実に防止できる。かくして,残留する破材が引き続く剪断作業によりスリットを押し拡げ,これによりスリットの底部付近にクラックが生じる事態が未然に回避される」(請求項4及び5について,段落【0012】,【0063】),「固定刃に設けられるカラー又は鍔の破損又は損傷を,未然に回避できる」(請求項6について,段落【0013】),「刃の磨損を防止し,棒鋼の被切断面にバリを生じさせ難く,しかも,剪断により良好な被切断面の仕上げを達成できるねじ付き棒鋼切断用の剪断機を提供することが可能となる」,「剪断機の可動刃は,棒鋼の軸線方向変位の阻止及び被切断面のバリの防止に寄与できる」(請求項8及び9について,段落【0065】)等の作用効果を奏する特徴を有することが認められる。
d 曾根工具は,同社の製品であるIS-13NKの刃物につき当該特許を実施して,前記アのとおりの利益を上げた。
e 曾根工具は,平成7年9月20日付けで泉精器に対し,「同社は,当該特許に係る発明(請求項1〜3,6〜8,10,11,13,14,16〜18)の技術的範囲に属する製品を製造,販売して同発明を侵害している」旨の警告書を送付し,また,そのころ,オグラ,西田製作所及びダイアに対しても,泉精器に対するものと同趣旨の警告書を送付し,西田製作所及びダイアからは,警告を受けた製品の製造,販売を中止した旨の回答を受けた。
(イ) 上記(ア)のaないしeの事実によれば,曾根工具ないしこれを承継した一審被告広沢には,当該特許に係る発明のうち,無効とされた請求項1〜3,7及び16を除く請求項に係る発明について,なおその実施を排他的に独占し得たことによる利益があったということができ,一審被告広沢は,それに対する対価の支払を免れないというべきである。
この点について,一審被告らは,C作成の確認書(乙50)を根拠に,当該特許に係る発明は,亀倉精機がかねて製造,販売していた製品に実施されていた技術を,そのまま一審原告の発明として出願した発明である旨主張するが,上記確認書に添付された図面からは,当該発明のすべての構成が亀倉精機の製品を参考にしたものであるとまでは認められない上,上記確認書にも,「亀倉精機の品物ずばりそのものではありませんが,参考にして図面を書いたものです」とあるとおり,該当する部分についても,亀倉精機の製品をそのまま出願したものであるとまでは認められないから,一審被告らの上記主張は採用することができない。
(ウ) もっとも,上記(ア)cのとおり,審決により無効とされた請求項1〜3,7及び16に係る発明は,当該特許の主要な特徴である,刃の摩損を防止するとともに棒鋼の被切断面にバリを生じさせにくくするとの効果を奏するために,上記基本的構成を含んだ剪断機において,最も重要な役割を果たす固定刃の骨格部分に改良を加えた発明であり,それに比して,無効とされていない残余の請求項に係る発明は,固定刃に付随する部分の改良ないしは固定刃の細部形状に係るもので,付随的な価値しか有しないものといわざるを得ないから,そうした事情をも総合考慮して,対価額の算定に当たっては,実施料率を1.5%とするのが相当である。
これに対し,一審原告は,当時,上記残余の請求項に係る発明を一切侵害しないまま,ステンレス製ねじ棒をバリを出さずに切断することのできる技術は存在しなかったなどとして,実施料率を引き下げるべきでない旨主張するが,上記主張を認めるに足りる的確な証拠はない上,仮に,ステンレス製ねじ棒の剪断に関する一審原告の上記主張を前提にしても,その他の通常の棒鋼の剪断に関する基本的発明が無効とされたことにより,当該特許の権利としての価値は低くなったものと見るほかはないから,一審原告の上記主張は採用の限りではない。
5 結論 以上によれば,一審原告の一審被告らに対する本件無名契約に基づく対価請求については,1708万円及び附帯金員の連帯支払を求める限度で理由があり,その余は理由がなく,当審において追加した予備的請求はいずれも理由がない。また,一審原告の一審被告らに対する職務発明等に基づく対価請求のうち,一審被告育良精機に対する請求については,68万9249円(上記認定に係る一覧表No.16の24万8000円と,当審で争われていない原判決の認定に係る一覧表No.24の4万3511円及びNo.27の39万7738円との合計),一審被告広沢に対する請求については,111万7898円(上記認定に係る一覧表No.30の37万2000円及びNo.40の10万2000円と,当審で争われていない原判決の認定に係る一覧表No.34の1万4023円,No.35の5万1672円,No.65の28万7496円及びNo.70の29万0707円との合計)並びに各附帯金員の支払を求める限度で理由があり,その余は理由がない。
よって,原判決中,一審原告の一審被告らに対する職務発明等に基づく対価請求に係る部分は不当であるから,一審被告育良精機及び一審被告広沢の本件各控訴に基づき,原判決主文第2項及び第3項をそれぞれ本判決主文第1項及び第2項のとおり変更することとし,その余の原判決は相当であって,一審原告の本件控訴は理由がないから棄却し,一審原告の一審被告らに対する当審において追加した予備的請求をいずれも棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 古城春実
裁判官 早田尚貴