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関連審決 無効2003-35376
関連ワード 考案 /  考案者 /  図面 /  構造 /  設定登録 /  共同出願 /  請求項 /  明細書 /  請求の範囲 / 
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事件 平成 16年 (行ケ) 282号 審決取消請求事件
原告 栄豊物産株式会社
訴訟代理人弁護士 小林政明
同 弁理士 荒崎勝美
被告 株式会社スノウチ
訴訟代理人弁護士 武田正彦
同 弁理士 川崎仁
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/12/27
権利種別 実用新案権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が無効2003-35376号事件について平成16年5月21日にした審決を取り消す。
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,代表者であるAを考案者とし,名称を「溶接用エンドタブ」とする実用新案登録第2564570号考案(平成3年8月2日登録出願〔以下「本件出願」という。〕,平成9年11月28日設定登録)の実用新案権者である。
被告は,平成15年9月5日,上記実用新案登録の無効審判(以下「本件無効審判」という。)を請求した。特許庁は,同請求を無効2003-35376号事件として審理し,平成16年5月21日,「実用新案登録第2564570号の請求項1〜5に係る考案についての実用新案登録を無効とする。」との審決をし,その謄本は同年6月2日に原告に送達された。
2 本件出願の願書に添付した明細書の実用新案登録請求の範囲請求項1ないし5に係る各考案(以下,「本件考案1」ないし「本件考案5」といい,併せて「本件考案」という。)の要旨 【請求項1】少なくとも一方の母材に開先加工面が形成されていない母材同士を板幅方向の端面を揃えて突合わせた継手部を溶接する際に用いる耐火物製エンドタブにおいて,開先断面にほぼ対応する溶接使用面とその両面に非使用面を備えており,かつ,開先加工面を有しない母材側の非使用面が,開先底部レベルを越えて延長した抜け落ち防止用脚部を備えた形状であることを特徴とする裏当金に載せて使用する溶接用エンドタブ。
請求項2】非使用面が堰部をなし,かつ,開先加工面を有しない母材側の堰部に,抜け落ち防止用脚部を除き,溶接使用面に続く傾斜面が形成されている請求項1に記載の裏当金に載せて使用する溶接用エンドタブ。
請求項3】非使用面が溶接使用面と同一平面をなしている請求項1に記載の裏当金に載せて使用する溶接用エンドタブ。
請求項4】溶接使用面が片面又は両面に形成されている請求項1,2又は3に記載の裏当金に載せて使用する溶接用エンドタブ。
請求項5】アークロボット溶接に用いられるものである請求項1,2,3又は4に記載の裏当金に載せて使用する溶接用エンドタブ。
3 審決の理由 審決は,別添審決謄本写し記載のとおり,(1)本件考案1ないし5についての実用新案登録は,考案者でない者であってその考案について実用新案登録を受ける権利を承継しないものの実用新案登録出願に対してされたものであるから,実用新案法(注,平成5年法律第26号による改正前のもの)37条1項4号に該当し,また,(2)本件実用新案登録出願は,本件考案1ないし5について実用新案登録を受ける権利が共有であるにもかかわらず,共同によりその実用新案登録出願をしたのものでないから,本件考案1ないし5についての実用新案登録は,実用新案法9条1項(注,平成5年法律第26号附則4条1項により,同法の施行前にした本件出願については,同法による改正前の実用新案法の規定が適用されるから,審決中に「実用新案法第11条第1項」とあるのは「実用新案法第9条第1項」の誤記と認める。)で準用する特許法38条の規定に違反してされたものであり,実用新案法37条1項1号に該当し,無効とすべきものである,とした。
原告主張の審決取消事由
1 審決は,本件考案考案者の認定を誤り(取消事由1),考案者の認定及び共同出願の規定違反の有無に関する判断の理由に食違いがあり(取消事由2)その結果,本件発明が実用新案法37条1項4号又は1号に該当するとの誤った判断に至ったものであるから,違法として,取り消されるべきである。
2 取消事由1(本件考案考案者の認定の誤り) (1) 審決は,本件考案考案者を認定するに当たり,本件考案と,平成3年6月25日受信の北日本電極製造株式会社(以下「北日本電極」という。)「**」の押印のある原告あてファクシミリ(甲3・審判甲1,以下「甲3ファクシミリ」といい,同ファクシミリに記載された図面を「甲3図面」という。)に記載された考案とが実質的に同一であると認定した上,Aが甲3ファクシミリ受信前に本件考案を完成させていた事実は認められないから,本件考案の真の考案者はAではないと認定したが,誤りである。
(2) 甲3図面のロボット用フラックスタブの構造 審決は,甲3図面には,「ロボット用フラックスタブにおいて,開先断面にほぼ対応する溶接使用面とその両面が非使用面を備えており,かつ,開先加工面を有しない母材側の非使用面が,開先底部レベルを越えて延長した脚部を備えた形状である裏当金に載せて使用するロボット用フラックスタブ」(審決謄本8頁下から第2段落)の考案(以下「甲3考案」という。)が記載されているとした上,甲3考案は,「本件考案1における『溶接用エンドタブ』としての構成をすべて具備している」(同9頁第1段落),「両者(注,甲3考案と本件考案1)はその用途及び作用効果についても共通する」(同頁第2段落),「本件考案1を引用する本件考案2〜5の限定事項についてみても,当業者の技術常識を勘案すれば,甲第1号証の図面(注,甲3図面)の記載から自明な事項である。」(同第3段落)として,「本件考案1〜5と甲第1号証記載の考案(注,甲3考案)とは,実質的に同一」(同第4段落)と判断した。
しかし,甲3図面には,審決が認定した上記構成のほかに,@溶接使用面の下端に円弧状の突起部が設けられており,また,A溶接使用面と開先加工面を有しない母材側の非使用面との間に破線で示された構造の不明な部分があるから,甲3考案と本件考案とは,上記円弧状の突起部及び破線で示される部分の構造において,相違する。審決はこの相違点について何ら言及しておらず,甲3考案の誤った認定に基づいて,本件考案と甲3考案を対比し,両者を実質的に同一と判断した誤りがある。
被告は,甲3図面に描かれた円弧の線は,溶融金属が裏当金に溶け込むであろう予想線であると主張するが,溶融金属の裏当金への溶け込みは,実際には,甲3図面の円弧の線よりも幅広い範囲に及ぶものであり,また,溶接用エンドタブの注文書に,肝心のタブそのものの輪郭線を一部描かずに,溶け込みの予想線を記入することはあり得ないから,上記円弧の線は溶融金属の溶け込む予想線ではない。また,傾斜面43と溶接使用面4 1の交線を破線で表す図法はないから,甲3図面の破線に関する被告の主張は失当であり,甲3図面に記載されたタブの構造は,不明といわざるを得ない。
(3) 本件考案の経緯 ア 本件考案考案者 本件考案は,本件無効審判手続の証人尋問におけるAの証言(以下「A証言」といい,その証言録取テープの反訳が甲6として提出されている。)中に,「その年(注,平成3年)の3月の,桜が終わった時期だったと思うんですけれども,・・・川崎重工野田工場(を)・・・訪問して営業活動をしたときに・・・柱側の底に当たる堰を伸ばせばいいんじゃないかということを考えたわけです。帰りの電車の中です」とあるように,平成3年の「桜が終わった時期」に,Aが訪問先の帰りの電車の中で,エンドタブの「柱側の底に当たる堰を伸ば」して脚部を形成するというアイデアを得,当時原告の営業課長であったBに指示して同年5月ころに図面を作成させたものであるから,Aは,同年6月25日に受信した甲3ファクシミリの内容を知る前に,本件考案を完成していたものである。
イ A証言の信用性 審決は,Aが本件考案の開発経緯を述べた証言について,これを裏付ける証拠が一切示されていないことなどを理由に,A証言には信用性がないと判断し,甲3ファクシミリの受信前にAが本件考案をしていたとは認められないとした(審決謄本12頁第3段落)。
しかし,A証言を裏付ける証拠がないわけではない。Bは,本件考案に基づく本訴原・被告間の別件侵害訴訟(東京地裁平成11年(ワ)第19329号事件)において被告が提出したB作成の陳述書(甲8,以下「甲8陳述書」という。)の中で,「このエンドタブ(注,本件考案に係るもの)は・・・平成3年5月頃に私のところに製造依頼があり,私の手で設計図面を引いたものです」と記述しており,この部分は,同年5月ころにAがBに指示して本件考案に係るエンドタブの図面を作成させたとのA証言を時期の点で裏付けるものとなっている。これ以外に,Aの証言を裏付ける証拠がないのは,現在は被告の従業員となっているBが,平成6年に原告を退職する際,原告にあった本件考案の関係資料をすべて持ち出したために,原告に書類が全く残っていないからである。
また,平成3年当時,北日本電極の従業員であったCは,本件無効審判手続の証人尋問における証言(以下「C証言」といい,その証言録音テープの反訳が甲4として提出されている。)の中で,同年6月25日に原告に甲3ファクシミリを送った後に,原告から「既に開発を進めている。貴社が初めてではない」との回答を受けたと証言しており,同証言も本件考案考案時期に関するA証言と符合する。
ウ Bの証言の不自然さ 本件考案の開発過程に関するBの供述内容は,信用性がない。Bは,甲8陳述書においては,「このエンドタブ(注,本件考案に係るもの)は株式会社有志貴工業工場長D氏の考案で」,「真実の考案者であるD氏」などとして,本件考案考案者が株式会社有志貴工業(以下「有志貴工業」という。)のDであると述べる一方,本件無効審判手続の証人尋問における証言(以下「B証言」といい,その証言録音テープの反訳が甲5として提出されている。)では,「後から・・・北川組さんから・・・ファックスのものが見つかって,これの日付の方が早かった・・・実際には,北川組さんの方が二,三日早かった」と証言するなど,供述が不自然に変遷している。また,本件考案の作用効果についての説明も,甲8陳述書におけるものとB証言とでは食い違っている。しかも、Bは,上記証言をした当時,被告の取締役技術部長職にあり,B証言は信用できない。
3 取消事由2(理由の食違い) 審決は,実用新案法37条1項4号該当性の判断においては,本件考案考案者を株式会社北川組鉄工所(以下「北川組」という。)の社員と認定する一方で,同法9条1項で準用する特許法38条違反の判断においては,上記北川組の社員を共同考案者とする矛盾した認定を行い,また,共同出願の規定違反については,本件考案が甲3図面に記載された考案と実質的に同一でないことを前提とした判断を行っているが,適用する条文によって,真の考案者の認定や考案の同一性に関する判断が変わるはずはない。審決は,事実認定が一貫せず,理由に食違いがあるから,取り消されるべきである。
被告の反論
1 審決の認定判断に誤りはなく,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
2 取消事由1(本件考案考案者の認定の誤り)について (1) 甲3図面のロボット用フラックスタブの構造について ロボット用フラックスタブの底面に円弧状の突起を設けるならば,溶融金属の漏出を惹起し,所期の作用,効果を達成し得ないことは,当業者にとって自明であるから,甲3図面に描かれた円弧の線がタブの突起ではなく,溶接初層段階において溶融金属が裏当金に溶け込むであろう予想線を示していることは容易に理解できることである。
また,甲3図面の破線について説明すると,本件実用新案登録公報(甲2)の【図5】及び【図6】に示されるように,タブの溶接使用面41と溶接非使用面42との間には,傾斜面4 3が形成されており,傾斜面4 3と溶接使用面4 1の交線は,脚部44の内側の側辺のほぼ延長線上にある。一方,甲3図面に描かれた破線も脚部の内側の側辺のほぼ延長になっているので,同破線は本件実用新案登録公報の【図5】及び【図6】のタブの傾斜面43と溶接使用面4 1の交線に対応する線を示すものであることが容易に理解される。なお,溶融金属は,傾斜面43まで行き渡るので甲3図面の円弧状の線(溶融金属の裏当金における溶け込み部分を示すもの)は,破線を越えて傾斜面の一部にまで食い込んで描かれているのである。
以上により,甲3図面に示されたロボット用フラックスタブに,構造が不明な部分はない。
よって,甲3考案と本件考案が実質的に同一であるとした審決の認定判断に誤りはない。
(2) 本件考案の経緯について ア 原告は,Aが本件考案を着想したのは平成3年の「桜が終わったころ」であり,同年5月にBに図面の作成を指示したと主張し,これは,同年6月25日にCが送った甲3ファクシミリに対し,「既に開発を進めている。貴社が初めてではない」と回答した事実と符合すると主張するが,C証言によれば,「もう既にある会社からこういう提案が出されている」という回答を受けたというのであるから,上記回答内容は,むしろ,本件考案がA自身の考案ではないことを裏付けている。B証言によれば,当時,上越酸素を介して有志貴工業からも同じような形状のタブを記載したファクシミリが届いて,製作依頼があったとのことであるから,上記C証言とB証言とは一致しており,平成3年6月当時,原告では,北日本電極(C)のほか上越酸素からも同様形状のタブの図面を受け取り,これに基づいて製作図面を作成していたことがうかがわれる。原告は,20坪程度の大部屋に4名の従業員が働いていたのであり,Bの机はAの傍らで,Bが受け取るファクシミリはその都度Aに報告されていたから,原告の代表者であるAは,その間の事実をすべて知っていたのである。したがって,本件考案はそのころAが考案し,Bに図面を書かせたという原告の主張は,極めて信ぴょう性に乏しいものといわざるを得ない。
イ 原告は,A証言を裏付ける資料が乏しいのは,Bが,平成6年に原告を退職する際,関係資料を持ち出したので,原告には本件考案に関する資料が残っていないためであると主張するが,本件考案がA自身の創作に係るものであるとしたならば,Aの手元に何の資料もないということは,到底理解し難い。原告では,社内打合せや客先訪問等は議事録や報告書を作成して書面として残す習慣があったから,北日本電極や,上越酸素とのやり取りも書面として残っているはずである。本件考案をめぐる紛争が起こることをまだだれも予想できなかった時期に,それらの書類をすべてBが持ち出したなどということは,その理由の説明がつかないし,また,実際に起こり得べくもない。
3 取消事由2(理由の食違い)について 原告は,審決は一方において本件考案考案者はAではなく,北川組の社員であると認定しながら,他方,共同出願の条文の適用に関しては,北川組の社員は共同考案者であると判断しており,事実認定が一貫せず,理由に食違いがあるから,審決は取り消されるべきであると主張する。しかしながら,被告(審判請求人)は,Aが本件考案者ではなく,考案者から実用新案登録を受ける権利を承継もしていないと主張しているのであり,審決は,この被告の主張を採用して,Aは本件考案考案者ではなく,出願の権利承継もしていないと判示しているのであるから,更に共同出願の規定についての判断を加えたとしても,審決の結論に影響を及ぼす違法は存在しない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(本件考案考案者の認定の誤り)について (1) 証拠(甲2〜6,8,9)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
ア 北日本電極の商事部営業課長であったCは,取引先の北川組石狩工場の取締役工場長Eからロボット用フラックスタブについての相談を受け,平成3年6月25日,当時原告の営業課長であったBに対し,「北川組様より,ロボット用フラックスタブとして,下図のような形状のものを依頼されましたのでよろしく検討願います」と記載し,ロボット用フラックスタブの略図(甲3図面)を示した甲3ファクシミリを送信した。
イ Bは,受け取った甲3ファクシミリが製作依頼であると判断し,Cに対し,甲3図面に記載されたフラックスタブ下方の10mmの延長部分(脚部)の延長理由や溶接方法の詳細について,問い合わせたが,Cからは,甲3図面のタブの詳細は分からないとの回答を得た。そこで,Bは,依頼元である北川組のEに対し,甲3図面に記載されている製品形状の詳細を尋ねるなどして,その脚部を有する形状がロボット溶接時に必要であることを確認した。
ウ 甲3ファクシミリによる製作依頼と時期の前後は明らかではないが、ほぼ同じころ、上越酸素の担当者を介して,有志貴工業から,原告に対し,甲3図面と同様の形状の脚部付きフラックスタブの製作に関して,依頼があった。
エ Bは,甲3図面のフラックスタブの脚部に関して北川組に確認して得た情報等に基づき,製作図面を作成し,これを原告代表者であるAに提示して,外注先への製作発注の承認を得た。そこで,Bは,セラミックの専門メーカーである有限会社丸冨碍子製作所(以下「丸冨碍子」という。)との間で打合せをし,平成3年7月26日,丸冨碍子の代表者Fあてに,金型の仕上げと製品の製作を依頼するファクシミリ(甲9,審判乙12,以下「甲9ファクシミリ」という。)を送信した。甲9ファクシミリには,「下記図の面取り部を修正し,至急金型を仕上げて下さい。その他の面取りは結構です」,「製品化は,至急20,000個かかって下さい。尚,単価見積を至急お願い申し上げます」などの記載と共に,脚部の寸法(7mm)等を記入した溶接用フラックスタブの斜視図(以下「甲9図面」という。)が示されている。
オ 同年8月2日,原告は,本件考案考案者をAとする本件実用新案登録出願をしたが,本件実用新案登録公報(甲2)の【図5】及び【図6】に示された溶接用エンドタブの形状構造は,甲9図面のものと同一である。また,同公報の【図8】には,本件考案のエンドタブの他の例を示すものとして,甲3図面に示されたタブと略同一形状のタブの斜視図が記載されている。
(2) 上記認定事実によれば,甲9図面に示されるフラックスタブは,平成3年6月に,甲3図面に示される脚部付きのフラックスタブの製作依頼を受けたことを機縁として、Bが製作図面を作成し,原告において製品化したものであり,その形状構造は,甲3図面についてBが北川組の関係者に問い合わせて得た確認情報等に基づき,甲3図面に示されたものを適切な製品形状に仕上げたものと認められる。
そして,甲3図面は,実際の製品化の段階で作られた甲9図面と比べると簡略であって,各部の詳細構造までは図示していないものの,甲9図面のものと同様の脚部を有するロボット用フラックスタブを示していることが明らかである。そうすると,本件考案は,甲3図面で提案され,その後、甲9図面の製品として製作されることになった,脚部付きの溶接用フラックスタブの考案と実質的に同一のものというべきであって,甲3考案は,「開先断面にほぼ対応する溶接使用面とその両面に非使用面を備えており,かつ,開先加工面を有しない母材側の非使用面が,開先底部レベルを越えて延長した脚部を備えた形状である裏当金に載せて使用するロボット用フラックスタブ」(審決謄本8頁下から第2段落)であり,「本件考案1における『溶接用エンドタブ』としての構成をすべて具備している」(同9頁第1段落),「両者(注,甲3考案と本件考案1)はその用途及び作用効果についても共通する」(同頁第2段落),「本件考案1を引用する本件考案2〜5の限定事項についてみても,当業者の技術常識を勘案すれば,甲第1号証の図面(注,甲3図面)の記載から自明な事項である」(同第3段落)として,「本件考案1〜5と甲第1号証記載の考案(注,甲3考案)とは,実質的に同一」(同第4段落)と認定判断した審決に誤りはない。
これに対し,原告は,甲3図面からは,タブの構造は不明であると主張する。しかしながら,甲3図面は,脚部付きのロボット用フラックスタブの製作依頼に当たり,説明のために,タブの要部のみが簡略化して示されているものであるから,甲3図面自体にタブの詳細構造がすべて示されていなくとも,当業者が,技術常識に基づいて,当該タブの構造を理解し得るものであったと解される。そして,この観点から甲3図面を見ると,当業者にとって,甲3図面に描かれた円弧の線が溶接時に溶融金属が裏当金に溶け込むであろう予想線を示し,また,破線が,本件実用新案登録公報(甲2)の【図5】及び【図6】のタブの傾斜面と溶接使用面の交線に対応する線を表していることは,容易に理解し得ると考えられる。加えて,甲3図面に示されたタブについては,その後,製作図面が作成され,これに基づき,甲9図面の製品が製作されているのであるから,この点からも,甲3図面からは,甲9図面のタブ,ひいては本件考案に係るタブと同様に,「開先断面にほぼ対応する溶接使用面とその両面に非使用面を備え,かつ,開先加工面を有しない母材側の非使用面が,開先底部レベルを越えて延長した抜け落ち防止用脚部を備え」るという構成を有するタブの考案の存在を認め得るというべきである。したがって,原告の主張は採用の限りではない。
(3) 以上によれば,本件考案は,甲3図面に示される溶接用フラックスタブの考案(甲3考案)と同一であり,かつ,甲3考案はA以外の者によりされた考案であると認められるから,Aが甲3考案とは別に自ら完成した考案を出願したのが本件出願であると認められない限り,本件出願は,「考案者でない者であってその考案について実用新案登録を受ける権利を承継しないものの実用新案登録出願」(実用新案法37条1項4号)に該当するというべきである。
(4) そこで,進んで,Aが,甲3ファクシミリの内容を知るよりも前に,自ら,本件考案を完成していた事実があるかどうかを検討すると,原告は,本件考案は,平成3年3月の「桜が終わった」時期に,Aが,エンドタブの柱側の底に当たる堰を伸ばして脚部を形成するというアイデアを得て,同年5月ころ,Bに図面作成を指示し,完成させたものであると主張し,A証言には,上記主張に沿う部分がある。しかしながら,A証言を客観的に裏付ける証拠はないから,上記証言は信用し難い。
この点について,原告は,裏付けとなる証拠がないのは,Bが原告を退職する際に,原告にあった本件考案の関係資料をすべて持ち出したためであると主張する。しかし,Bが,原告を退職した平成6年の時点で,本件考案に関連する資料一切を原告から持ち出す理由があったとは考えられず,また,Aが真に本件考案考案者であれば、アイデアを記したメモやスケッチ,その他,本件考案に関連する資料がAの手元にも原告の社内にも全く存在しないということ自体,極めて不自然というほかない。
また,原告は,本件考案の時期に関するA証言は,平成3年6月25日に送られた甲3ファクシミリに対し,Bが「既に開発を進めている。貴社が初めてではない」という趣旨の回答をした事実とも符合すると主張するが,C証言によれば,上記回答の内容は,「もう既にある会社からこういう提案が出されている」というものであったと認められるから,この間の経緯は,むしろ,脚部付きエンドタブの考案がA自身のものではなく,原告の外部からもたらされたものであることを推測させるというべきである。
なお,原告は,甲3ファクリミリを受け取ってから脚部付きエンドタブが実際に製品化されるまでの経緯について述べたB証言は,全く信用性がないと主張するが,B証言は,同人の甲8陳述書の記載内容と時期の前後等の点で細部の違いはあるものの,平成3年6月ころ,北日本電極から脚部付きフラックスタブの製作依頼があり,同じころ,有志貴工業からも同様の形状の脚部付きフラックスの製作依頼があったとする点では,一貫しており,客観的証拠及びC証言とも合致するものであるから,その信用性を否定することはできない。そして,B証言によれば,Bは,そのころ,提案のあったフラックスタブを適切な製品形状とするために,フラックスタブに脚部を付ける理由やその使用方法について,北川組の関係者等に問い合わせをしたことがうかがわれるところ,本件考案の真の考案者がAであったとすれば,同時期にそのような問い合わせをする必要はなかったはずである。
これらの点も含め,上記(1)の一連の経緯を総合すると,Aが,甲3ファクリミリの内容を知る前に,本件考案を自ら完成していたと認めることはできない。
(5) 以上のとおり、本件考案は、Aが考案をしたものとは認められず,また,原告及びAが甲3図面記載の考案について,その考案者から実用新案登録を受ける権利を承継したことの主張立証もないから,本件考案1ないし5についての実用新案登録は,考案者でない者であってその考案について実用新案登録を受ける権利を承継しないものの実用新案登録出願に対してされたものであるとした審決の認定判断に誤りはなく、原告の取消事由1の主張は理由がない。
2 取消事由2(理由の食違い)について 原告は,審決は一方において本件考案考案者はAではなく,北川組の社員であると認定しながら,他方,共同出願の条文の適用に関しては,北川組の社員は共同考案者であると判断しており,事実認定が一貫せず,理由に食違いがあるから,審決は取り消されるべきであると主張する。
そこで検討すると,審決は,共同出願の規定違反に関する判断において,「仮に,本件考案1〜5と甲第1号証記載の考案(注,甲3考案)とが実質的に同一でないとしても,甲第1号証記載の考案は,少なくとも・・・の事項を備えている。そうすると,甲第1号証のファクリミリに示された図面(注,甲3図面)を作成した上記北川組の社員は,本件考案1〜5についての考案者の一人,すなわち,共同考案者であると云うべきである」(審決謄本12頁最終段落〜13頁第2段落)と説示しているから,その判断は,甲3考案考案者が北川組の社員であるとする点では一貫しており,ただ,甲3考案と本件考案が実質的に同一でないと仮定した場合には,甲3考案の内容を含む本件考案については,甲3考案考案者も共同考案者になるという当然の理を述べているにすぎない。
したがって,原告の主張は,審決を正解しないものであって,失当というほかなく,原告の取消事由2の主張は理由がない。
3 以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,他に審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 古城春実
裁判官 岡本岳