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関連ワード 技術的範囲 /  均等 /  考案 /  構造 /  進歩性(3条2項) /  置換 /  設計変更 /  明細書 /  請求の範囲 / 
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事件 平成 3年 (ネ) 1152号
裁判所のデータが存在しません。
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 1992/09/29
権利種別 実用新案権
訴訟類型 民事訴訟
主文 本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
一 控訴人(第一審原告) 「原判決を取り消す。被控訴人は、原判決別紙目録記載の梁吊金物(以下「被控訴人製品」という。)を製造販売し、若しくは販売のために展示してはならない。
被控訴人は、被控訴人製品を廃棄せよ。被控訴人は、控訴人に対し、金四〇〇〇万円及びこれに対する昭和六三年四月二八日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言。
二 被控訴人(第一審被告) 主文同旨の判決。
当事者の主張
当事者双方の主張は、次のとおり付加するほかは、原判決の「事実及び理由 第二 事案の概要」に摘示のとおりであるから、これを引用する。
一 控訴人の主張1 本件考案のナットに関する実質的構成要件 本件考案のナットに関する特徴(実質的構成要件)は「外周面に環体を嵌着するための溝を有し、且つ、内周面に雌螺子孔部分と無螺子孔部分(遊嵌部分)を有するナット」である。
(1) 本件考案の実用新案登録請求の範囲におけるナットに関する記載 本件考案の実用新案登録請求の範囲には、ナットに関し、「クランプのボルトに螺合される雌螺子孔を有する筒状の螺子体の一側外周が縮径段状とされ、且つ段状部に雄螺子が設けられていると共に該段状部には、前記雄螺子に螺合する雌螺子を有し、且つ前記ボルトに遊嵌される管体が螺着されているナット」と記載されているが、右記載は、ナットが@雌螺子孔部分と遊嵌部分とに分離されて別個の部品から成り、A雌螺子孔部分である筒状の螺子体と遊嵌部分である管体が「螺着」されている構成に限定されることを意味するものではない。
(2) 本件考案の技術的思想 本件考案の技術的思想からして、本件考案におけるナットの構成としては、雌螺子孔部分と無螺子孔部分(遊嵌部分)が設計上分離されていようと一体のものであろうとその具体的構造の如何を問わないものである。
すなわち、
本件考案の公告公報(以下「本件公報」という。)の考案の詳細な説明の記載に基づけば、本件考案は、構築物における梁用鋼材の水平吊上げに供されるクランプに係るものであるところ(本件公報第一欄一九行目)、従来のこの種のクランプは、
第一に、クランプ部分とナット部分が独立しており、クランプを梁用鋼材等に取り付ける作業時あるいは運搬時においてナットの落下若しくは紛失を誘起し、特に高所における作業時には非常に危険性をともなうものであり(同第一欄二二行目ないし二六行目)、第二に、従来のこの種のクランプは、鈑に突設した螺子桿の全周面に雄螺子を刻設してあるため、吊上げ時の梁用鋼材の揺動等による桿の鈑側の螺子山部の損傷が起こり易く、その損傷を生じた場合、薄い鈑体等の吊上げを行なうに際して緊締し得ない不都合のあるものであった(同第一欄二七行目ないし第二欄三行目)が、本件考案は、このような技術的課題を解決するために、第一に、クランプ部分の鈑1とナット部分の環4cのそれぞれにフック6、6を設けて、これらを適宜の長さのワイヤー等の索条5をもって連結させ、ナットの落下及び紛失の危惧を無からしめたのであるが(同第四欄一一行目ないし一四行目)、それだけの工夫ではナット4をボルト状の桿3に螺合する際にワイヤー等の索条5が捩れる不都合があるので、さらにその技術的課題を解決するために、ナットの外周面の適宜の部分に縮径段状部を設け、ワイヤー等の索条の連結される環体4cが回動自在に遊嵌し得るようにし、その捩れを生じないようにしたものである(同第四欄三三行目ないし三七行目)から、本件考案には、まず、ナットの外周面に縮径段状部を設けることによって回動自在の環体を設置することを可能にし、そのうえで鈑部分とナット部分の環体とを索条で連結することにより、従来のナットの落下及び紛失の危険を回避し、かつ、索条の捩れを生じないように工夫した点に新しい技術的思想が存するものである。
したがって、本件考案におけるナットの構成としては、回動自在の環体を設置できる溝さえ備えていれば右技術的課題を解決するに十分であって、本来、
ナット部分を二個の部品により構成するか一体のものとするか、あるいは固着手段を螺着とするか溶着とするか等、その具体的構造の如何を問わないものである。
さらに、本件公報の考案の詳細な説明の記載に基づけば、本件考案は、前述の第二の技術的課題を解決するために、ナットの内周面に雌螺子孔部分と拡径の無螺子孔部分(遊嵌部分)を設けて、無螺子孔部分がボルト状の桿に遊嵌する構成を採用し、梁用鋼材が接触して損傷を受け易いボルトの鈑側部分の螺子山の刻設を省略し得るようにしたものである(同第四欄一五行目ないし二四行目)。
すなわち、本件考案は、第二に、ナット内周面上部に拡径の無螺子孔部分(遊嵌部分)を設けることにより、ボルトの鈑側部分の螺子山の刻設を省略しても支障のないように工夫したことに技術的思想が存するのである。
したがって、本件考案におけるナットの構成としては、内周面に雌螺子孔部分と無螺子孔部分(遊嵌部分)を設けてさえいれば右技術的課題を解決するに十分であって、雌螺子孔部分と無螺子孔部分(遊嵌部分)が設計上分離されていようと一体のものであろうと、本来、その具体的構造の如何を問わないものである。
(3) 考案の詳細な説明におけるナットの構成に関する記載 本件公報の考案の詳細な説明のうち、同第二欄二〇行目ないし第三欄五行目及び第三欄四一行目ないし第四欄八行目の各記載によれば、本件考案の構成の特徴として記載されるナットの構成は、いずれも「嵌通孔内壁の一測半部に雌螺子を刻設し、他測半部を平滑な拡径孔としたナット」で、その「外周面に設けた周凹溝内に回動自在に環体を嵌着し」たものとされており、すなわち、外周面に環体を嵌着するための溝を有し、かつ、内周面に雌螺子孔部分と無螺子孔部分(遊嵌部分)を有することだけが要件とされ、その具体的構造の如何は問われていない。
そのうえ、同第四欄二〇行目ないし二二行目にはナットの構造として螺子体4aと管体4bとを分離した別個の部品とする必要性がなく、むしろ両者は一体のものとして理解されていることを窺わせる記載がある。
ところが、考案の詳細な説明には、
ナットを雌螺子孔部分と無螺子孔部分(遊嵌部分)に分離すること自体の技術的効果、及び、ナットを構成する二つの管体の組付方法を「螺着」とすることによる技術的効果について、いずれも一切記載されていないのであって、これらの具体的構成に特別の意味が与えられていない。
(4) 本件考案のナットに関する実質的構成要件 本件公報の考案の詳細な説明におけるナットの構成についての記載及び本件考案の技術的思想からすれば、本件考案のナットは、その具体的構造が二部品に分離されていようとなかろうと、あるいは分離されている部分がどの部分であろうと、さらには、固着手段が螺着であろうと溶着であろうとを問わず、その外周面に環体を嵌着するための縮径段状部(溝)を有し、かつ、内周面に雌螺子孔部分と無螺子孔部分(遊嵌部分)を有する限り、その目的を達することができるのであり、本件考案におけるナットが@雌螺子孔部分と遊嵌部分とに分離されて別個の部品から成り、A雌螺子孔部分である筒状の螺子体と遊嵌部分である管体が「螺着」されている構成を有する旨の内容となっているのは、本件考案の目的を達成するために必要とされる「外周面に環体を嵌着するための溝を有し、且つ、内周面に、雌螺子孔部分と無螺子孔部分(遊嵌部分)を有するナット」という本来の構成要件を具体的に代表させる趣旨であって、それ以外の構成を除くことを意図したものではない。
したがって、本件考案のナットに関する特徴すなわち実質的な構成要件は、「外周面に環体を嵌着するための溝を有し、且つ、内周面に雌螺子孔部分と無螺子孔部分(遊嵌部分)を有するナット」と理解されるべきである。
(5) 本件考案の出願前の技術水準と本件考案進歩性 本件考案の出願前においては、本件考案と同一構造のクランプはもとより、これに近似する構造を有する他社のクランプは一切存在しなかった(甲第一九号証)。
唯一、近似する構造を有するといえるものは、控訴人の出願にかかる実開五五―一七〇〇六号「梁吊上用クランプ」(乙第三号証)であった。本件考案は、控訴人が独自に開発し、
利用していたこの実開昭五五―一七〇〇六号のクランプの改良にかかる考案であり、この改良点に進歩性を認められて登録を受けるに至ったものであるが、進歩性を認められた改良点が「外周面に環体を嵌着するための溝を有し、且つ、内周面に、雌螺子孔部分と無螺子孔部分(遊嵌部分)を有するナット」に「回動自在に嵌着されている環体」の「周面に設けられたフック」と「鈑体に設けられたフックとがワイヤー等の索条で連結されている」という本件考案の構成上の特徴であって、
かかる改良点が本件考案の重要な技術的思想である。
前述のとおりの本件考案の出願前の技術水準、本件考案が登録されるに至った経緯からすれば、本件考案にあっては、進歩性を認められた右改良点が最も重要性を有する構成要件である。
したがって、@ナット本体が雌螺子孔部分と遊嵌部分とに分離されて二個の部品から構成され、あるいは、A雌螺子孔部分である筒状の螺子体と遊嵌部分である管体が「螺着」されている構成を有する旨の内容となっているのは、「外周面に環体を嵌着するための溝を有し、且つ、内周面に雌螺子孔部分と無螺子孔部分(遊嵌部分)を有するナット」に「回動自在に嵌着されている環体」の「周囲に設けられたフック」と「鈑体に設けられたフックとがワイヤー等の索条で連結されている」という構成を具体的に代表させる趣旨であり、他の構成を除くことを意図したものではない。
2 被控訴人製品の構成との比較(1) 被控訴人製品のナットの構造との比較 被控訴人製品のナット43′構造は、「吊金物のボルト3の遊嵌される無螺子孔部分47と前記ボルト3に螺合される雌螺子孔部分45とを有する管体43の雌螺子孔部分45を有する一側外周が縮径段状部43cとされ、この縮径段状部43cには管体41が嵌着されて、前記管体43の縮径段状部に一体に溶着されているナット」である。
この構造は、本件考案のナットに関する特徴のうち、第一に、外周面に環体を嵌着するための溝を有するとの要件を充足し、第二に、内周面に雌螺子孔部分と無螺子孔部分(遊嵌部分)を有するとの要件を充足する。
したがって、
被控訴人製品は、本件考案における技術的課題を解決するためのナットの構成をすべて充足し、かつ、本件考案の技術的思想のすべてを網羅し、さらに、ナットの外周面に溝を有することにより回動自在の環体を設置できること及び内周面上部に遊嵌部分を設けることによりボルトの鈑側部分の螺子山の刻設を省略できるというナットの構成から帰する作用効果も同一である。
そして、本件考案においてそのナットの構成を具体的に代表した雌螺子孔部分と遊嵌部分を分割するとの具体的構造について、被控訴人製品はこれを一体として成型された構成としているが、これは、本件考案との具体的な設計上の差異に過ぎず、かえって本件公報には記載されていない環体等の事後的な取り換え又は変更を可能にするという作用効果を奏しない点で技術的不利益を有するものである。また、本件考案においてそのナットの構成を具体的に代表した部品の固着方法を「螺着」とするとの具体的構造について、被控訴人製品はこれを「溶着」としているが、これも本件考案との具体的な設計上の差異に過ぎず、かえって環体の事後的な取り換え又は変更を不能にするうえ、二つの管体の嵌挿当接面を十分に溶接するには高度の溶接技術とコストを必要とする等の技術的不利益を有するものである。したがって、被控訴人製品は、本件考案と同一か若しくはその改悪実施に係るものであり、本件考案技術的範囲に含まれるものである。
(2) 仮に、被控訴人製品の構造が本件考案の構成要件のうちナットに関する要件を充足しないものとしても、両者は技術的に均等であるから、被控訴人製品は、
本件考案技術的範囲に含まれるものである。
すなわち、本件考案は、ナットがクランプ本体から落下若しくは紛失することを防止すること、及び、吊上げ時の梁用鋼材の揺動等による桿の鈑側の螺子山部の損傷を防止することを目的としており、その目的を達成するために、ナットの外周面に回動自在の環体を設置できる溝を設け、その内周面に雌螺子部分と遊嵌部分を設けているものである。
そして、被控訴人製品は、その構造の特徴から、
ナットがクランプ本体から落下若しくは紛失することを防止すること、及び、吊上げ時の梁用鋼材の揺動等による桿の鈑側の螺子山部の損傷を防止することを目的とした製品であることは明らかであり、その目的において本件考案と同一である。
また、被控訴人製品の技術的構成は、右目的を達成するためにナットに溝を設けてその溝に回動自在の環体を設置するものであり、かつ、ナットの内周面に雌螺子部分と遊嵌部分を設けているものであって、その技術的構成においても本件考案と同一である。
さらに、そのような技術的構成により、被控訴人製品は、ワイヤー等の索条が捩れずにナットの落下紛失を防止するという作用効果、及びボルト状の桿の鈑側部分の雄螺子の刻設を省略してその損傷を防止し多回数に亘る使用を可能にするという作用効果においても、本件考案と同一である。
したがって、ナットを一体として成型されたものとし、これに環体の脱落防止のための管体を溶着した被控訴人製品のナットに関する構成ないし技術は、ナットの雌螺子部分と遊嵌部分を別個の部品としてこれを螺着した構成である本件考案と、
発明の目的、技術的構成及び作用効果のすべてにおいて同一であり、実質的な構成要件でない部分においてのみ、技術ないし構成の置換がなされているというべきである。そして、右のように本件考案のナットに関する技術ないし構成を、被控訴人製品のナットの構成に置換することは、単に設計上の変更に過ぎず、あるいは、本件考案の出願前の当業者において周知又は慣用の技術によるものであるから、出願時における当業者ならば実用新案登録請求の範囲の記載から当然に想到し得る程度のものである。すなわち、
@ 本件考案のナットの組付け方法が「螺着」の手段を用いているのに対し、被控訴人製品が「溶着」の手段を用いているが、そもそも、本件考案のナットの組付け方法に関する構成要件として「螺着」を採用したのは、「嵌着」のような脱落し易い組付け方法では適さず、少なくとも荷重等の力が加わっても容易に脱落しない固着方法という趣旨であり、
そのような固着方法を具体的に代表したに過ぎないものであることは本件公報の考案の詳細な説明の記載から明らかであり、被控訴人製品の採用する「溶着」の手段は、本件考案の関連する技術分野の当業者において、任意かつ自由に選択実施されている周知又は慣用の技術であったものである。
梁用鋼材等を吊り上げる作用を有する製品の場合に、「溶着」の手段が「螺着」の手段に置換され得る周知又は慣用の技術であったことは、本件考案の出願前に発行されている甲第一〇(実用新案出願公告公報昭五七―六九六〇号)、一一(実用新案出願公開公報昭五六―八六二五一号の願書添付の明細書)、一二(実用新案出願公告公報昭五〇―七六五六号)号証の記載からも明らかである。
A 本件考案のナットが「雌螺子孔部分である筒状の螺子体と遊嵌部分である管体が組み付けられている」のに対し、被控訴人製品のナットは「雌螺子孔部分と遊嵌部分の両方性質を併せ持つ管体に、環体の脱着防止のための管体が組み付けられている」構成を有している点で相違するが、この点についても、被控訴人製品は本件考案の構成に対して周知又は慣用の技術を用いているに過ぎないものである。
本件考案のナットは、主として環体の嵌着のための溝を設けるのに製作上便宜であることから、二個の部品により構成してその間に右環体を嵌着させているものであるが、被控訴人製品のナットの構成は、環体を嵌着させるための溝を設けるためにナット本体を二個の部品から構成させていることにおいて、本件考案と共通しており、その技術的思想は同一である。そして、ナット本体を二個の部品により構成させるとして、これを具体的にどのような部品により構成するかは主としてナットに環体を嵌着させる便宜を考慮のうえでの単なる設計上の問題であって、被控訴人製品のナットのような構成を選択することは、環体を嵌着させるためのナットの構成としては最も基本的な技術であり、本件考案の出願時の当業者において容易に推考し得る周知又は慣用の技術手段である。
また、本件考案にあっては、
ナット本体の内側側面の雌螺子孔部分と遊嵌部分とが二個の部品に別れているのに対し、被控訴人製品のナット本体はこの点では一個の部品の内側側面に雌螺子孔部分と遊嵌部分を設けている点に相違が見られることについては、本件考案のナットを二個の部品に分けているのは主として環体の嵌着のための溝を設けるのに製作上便宜であることによるものであり、内側側面に雌螺子孔部分と遊嵌部分を設ける必要があることからそのような構成をとっているのではなく、また、二個の管体の組み合わせに代えて一個の管体の内側側面に雌螺子孔部分と遊嵌部分を設ける技術は、本件考案の出願時の当業者において容易に実現できるものであって、この点においても被控訴人製品は、本件考案に単に設計変更を施したものに過ぎない。
よって、被控訴人製品におけるナットの構成は、本件考案におけるナットの構成と均等であり、さらに被控訴人製品は、本件考案のその余の構成要件をすべて充足するものであるから、全体として本件考案均等物であるというべきであり、本件考案技術的範囲に属するものである。
二 被控訴人の主張 被控訴人製品の構成は、本件考案の技術ないし構成を置換したものではなく、単なる設計上の変更ではない。また、出願時における当業者ならば実用新案登録請求の範囲の記載から当然に想到し得る程度のものでもない。本件考案と被控訴人製品とは構成が大きく異なり、その作用効果も大きく異なっており、均等物とはいえない。
1 構成について 本件考案のナットについての構成要件は、「外周面に環体を嵌着するための溝を有し、且つ、内周面に雌螺子孔部分と無螺子孔部分(遊嵌部分)を有するナット」とすることはできず、二分割された一つである「雌螺子を刻設した内周面と雄螺子を刻設した縮径段状部を持つ「螺子体4a」と、もう一つの段設された内周面に螺子体4aの雄螺子部に螺合する「雌螺子を刻設した管体4bを回動自在環4cを介して螺着してなる」ものであるのに対し、被控訴人製品は、右4a、4bにあたる部分を分割せず、一体として43のナットとし、さらに単なる環41を縮径段状部に嵌入、
溶着させたものであって、螺着と溶着の差につきるものではなく、本件考案の構成要件とは全く異なる。
2 作用効果について 被控訴人製品には次のような本件考案とは異なる作用効果がある。
(1) 本件考案では、ボルト3にナット4を螺着したり、これを外したりする作業を反復する際、環体4aと4bが分離し、回動環4cも外れてしまう可能性があり、また螺着に際して常に人の動作が入り、それが完全かの問題が起きるのに対し、溶着が完全であれば、被控訴人製品にはこれがない。
(2) 控訴人は、本件考案は、環体4aと4bを螺着とする目的の一つとして、
回動環4cが交換できることを挙げているが、その結果、環体4aの脱落の可能性が生じているのに対し、被控訴人製品には、回動環42の交換を不能とすることによって、ナット43の脱落の可能性を無くし、より安全性の確保が可能となっている。この結果、作業途中、あるいは、運搬途中での緩みの点検も不要となる。
(3) 本件考案は、鋼材の荷重を受ける重要な部分を大きく二分割のうえ螺着をしているため、ナットそのものの強度が弱くなっているが、被控訴人製品は一体成型のナット43で荷重を受け、環体41は鋼材の荷重を受けず、単に回動環42の脱落防止作用のみを負担しているので、同じ材質、大きさの製品を比べた場合、強度が本件考案より増大し、安全である。
三 控訴人の再反論(1) 二の2の(1)及び(2)について 本件考案のナットの両管体の螺合はスパナ等の治具によって行なわれ(なお、かかる螺合は通常は製作時の一回限りである。)、ボルトに対する組付けが繰り返されても両管体の固着状態が常に保持されるように、十分な螺子溝を両管体に条設してナットが成形されることは、この種の大荷重を支えるクランプにおいては自明のことである。さらに、衝撃に対する強度の点からは、かえって、本件考案の方が優れているのである。すなわち、被控訴人製品における溶着は、衝撃により溶着面が剥離して両管体が一度に分離してしまう虞れを常に有しており、加えて、その溶接状態を外部から確かめることができないのであるから、この点では、
逆に、衝撃によって分離することない螺着の方が、溶着よりもより強固に両管体の組付け状態を維持し得る方法であり、より安全性の確保が可能となる。固着方法としての「螺着」を採用するか、「溶着」を採用するかは、必要に応じた任意の選択に属する事項である。
(2) 二の2の(3)について 最終的に鋼材の荷重を受けるのは、本件考案では4aの「雌螺子部」であり、被控訴人製品では45の「雌螺子部」であるから、この点において両者の間に差異は無い。
証拠関係(省略)
理 由一 控訴人は、本件考案の技術的思想及び技術的課題からみて、本件考案のナットは「外周面に環体を嵌着するための溝を有し、且つ、内周面に雌螺子部分と無螺子孔部分(遊嵌部分)を有する」ことを特徴とするものであって、@ナットは雌螺子孔部分と遊嵌部分とに分離されて別個の部品から成り、A雌螺子孔部分である筒状の螺子体と遊嵌部分である管体が「螺着」されている構成を有するものに限られるものではなく、被控訴人製品のナットは、右特徴を充足するから、本件考案技術的範囲に属すると主張する。
控訴人の右主張が理由がないことは、次に付加するほか原判決六頁五行目ないし九頁二行目の認定判断のとおりであるから、これを引用する。
1 実用新案法26条、特許法70条(平成二年法律三〇号による改正前のもの)によれば、実用新案の技術的範囲は願書に添付された明細書の実用新案登録請求の範囲の記載に基づいて定めなければならないのであり、実用新案法5条4項(昭和六二年法律二七号による改正前のもの)によれば、実用新案登録請求の範囲には、
考案の詳細な説明に記載した考案の構成に欠くことができない事項のみを記載しなければならない。しかして、ナットに関し本件考案の実用新案登録請求の範囲には、「該クランプのボルトに螺合される雌螺子孔を有する筒状の螺子体の一側外周が縮径段状とされ、且つ段状部に雄螺子が設けられていると共に該段状部には、前記雄螺子に螺合する雌螺子を有し、且つ前記ボルトに遊嵌される管体が螺着されているナット」と記載されているところ、
右記載はその記載文言自体から前記引用に係る原判決摘示(原判決六頁九行目「本件考案における」から七頁二行目まで)のとおり解すべきことは明らかであり、本件公報の考案の詳細な説明を参酌して解釈する余地のないものである。
確かに、成立に争いのない甲第二号証(本件公報)によれば、本件考案は、梁吊上げクランプにおいて、ナットがクランプ本体から落下若しくは紛失することを防止するとともに、ナットとクランプ本体を結ぶワイヤー等の索条の捩れを避け、かつ吊上げ時の梁用鋼材の揺動等による桿の鈑側の螺子山部の損傷を防止することを技術的課題とするものであることが認められるところ、梁吊上げクランプにおいて、ナットの雌螺子部分と無螺子部分(遊嵌部分)が螺合されていようが、一本化されていようが、控訴人主張のように「外周面に環体を嵌着するための溝を有し、
且つ、内周面に雌螺子部分と無螺子部分(遊嵌部分)を有するナット」により、前記技術的課題は解決されるが、ナットをこのような構造とすることについて、具体的な構成がいくつか考えられるのである。その中にあって、控訴人が特に本件考案において、ナットに関し前記のような構成を採択し、これを実用新案登録請求の範囲に記載して実用新案登録査定を経て同登録を得たものである以上、右記載に基づいて技術的範囲を定めなければならないのは当然であり、原判決摘示(原判決七頁三行目ないし同頁八行目のとおり本件考案のナットの構成と被控訴人製品のナットの構成は明らかに異なる。また、本件考案と被控訴人製品の技術的思想が異なるものであることは原判決摘示(原判決七頁九行目ないし九頁二行目のとおりである(この点は後記二において詳説する。)。したがって、被控訴人製品は本件考案技術的範囲に属さないものというべきである。
2 控訴人のいわゆる実質的構成要件に関する主張は、本件公報の考案の詳細な説明を参酌したうえ、ナットの構成を、実用新案登録請求の範囲に記載された本件考案のナットの構成に限らず、前記技術的課題解決のため可能なものを広く包含しようとするもので、前記実用新案法26条、同法5条4項の文言に照らし、
また、実用新案権の及ぶ客観的範囲を画する技術的範囲の果たす法的安定性の機能の見地からも採用することはできない。
なお、螺着と溶着の設計上の差異及び作用効果の同一に関する控訴人の主張は後記二において検討するが、これによれば、本件考案も被控訴人製品も同じ技術的課題の解決を目的とするとはいえ、ナットに関し、螺着構成を採択するか、一体構造及び溶着構成を採択するかにより、それぞれ別異の効果を奏するものであり、もとより、被控訴人製品が環体の事後的な取替えが不能であるからといって、また、溶着にコストと技術を要するからといって、そのことから直ちに被控訴人製品が本件考案の改悪実施と認めることはできないものというべきである。
二 進んで、本件考案のナットと被控訴人製品のナットは技術的に均等あるいは両者の差異は単なる設計変更に過ぎないとの控訴人の主張について判断する。
1 控訴人は、前記一の1認定の技術的課題を解決するために、ナットの外周面に回動自在の環体を設置できる溝を設け、そのうえで鈑部分とナット部分の環体とを索条で連結することにより、ナットの落下及び紛失の危険を回避しかつ索条の捩れを避けるように工夫した点、さらに、その内周面に雌螺子部分と遊嵌部分を設けて、吊上げ時の梁用鋼材の揺動等により桿の鈑側の螺子山部の損傷を防止するよう工夫した点にそれぞれ新しい技術的思想が存するものであって、被控訴人製品のナットに関する構成上の差異は右技術的課題の解決に必要な技術的思想に関わらない部分に関するものである旨主張する。
本件考案の実用新案登録請求の範囲の記載によれば、本件考案のナットはクランプのボルトが嵌通する部分が、ボルトが螺合する雌螺子孔を有する部分と、雌螺子孔がなくボルトが遊嵌される部分(遊嵌部分)とに分離され、それぞれが別個の部品からなり、この雌螺子孔を有する筒状の螺子体の外周の縮径段状部に刻設された雄螺子と遊嵌部分に刻設された雌螺子とが螺着され、その縮径段状部に環体を回動自在に嵌着する溝を形成しているものと認められるのに対し、原判決別紙目録の記載によれば、被控訴人製品のナット43′は、
ボルト3の遊嵌される無螺子孔部分(遊嵌部分)47と前記ボルト3に螺合される雌螺子孔部分45とを有する一体として成型された管体43の雌螺子孔部分45を有する一側外周の縮径段状部43cに管体41が嵌着かつ溶着されて、管体43と管体41との間の縮径段状部43bに環体42を回動自在に嵌着する溝を形成しているものと認められる。
してみると、被控訴人製品のナットは、本件考案の技術的課題を解決しており、
その解決手段の方向を共通にするにしても、本件考案のナットとは、課題解決の具体的構成において、特に遊嵌部分と溝を形成するための技術的構成を異にすることは明らかであり、両者の技術的思想は別異のものと認められる。
2 控訴人は、本件考案のナットの組付け方法が「螺着」の手段を用いているのに対し、被控訴人製品が「溶着」の手段を用いているが、そもそも、本件考案のナットの組付け方法に関する構成要件として「螺着」を採用したのは、「嵌着」のような脱落し易い組付方法では適さず、少なくとも荷重等の力が加わっても容易に脱落しない固着方法という趣旨であり、被控訴人製品の採用する「溶着」の手段は、本件考案の関連する技術分野の当業者において、任意かつ自由に選択実施されている周知又は慣用の技術であったものである旨、及び、被控訴人製品のナットのように環体の脱落防止のための管体を組み付ける構成を選択することは、環体を嵌着させるためのナットの構成としては、本件考案の関連する技術分野の当業者において、
任意かつ自由に選択実施されている周知又は慣用の技術であったものである旨主張する。
しかしながら、遊嵌部分と溝を形成するのに、本件考案のナットは、遊嵌部分を有する部材と雌螺子孔部分を有する部材とを組み付けた構成を採るのに対して、被控訴人製品のナットは、遊嵌部分と雌螺子孔部分を有する一の部材と他の部材とを組み付けた構成を採るものであり、両者は組付け構造を異にするものであって、しかも、本件考案のナットにおける螺着部と被控訴人製品のナットにおける溶着部は互いに対応するものではなく、両者のこの相違は、
単に「螺着」と「溶着」といった組付け方法の違いと言えないものである。控訴人の援用するいずれも成立に争いのない甲第一〇ないし甲第一二号証のうち、甲第一〇、第一一号証は、対応する部位又は同じ部位における螺合による固着と溶着等による固着との置換に係るものであり、甲第一二号証は、係止杆1の両端に取付け足2、2を「溶接等により一体的に連設し」と記載しているのであるから、「溶接等」に螺着を含むものであるか否かはその記載自体から明らかでないだけでなく、
仮に螺着を含むとしても、それは同じ部位における固着手段の置換に係るもので、
いずれも控訴人の主張を支えるものではなく、また、遊嵌部分と溝とを形成する構成として、本件考案のナットの構成から被控訴人製品のナットにみられる構成を採用することが、当業者において容易に推考し得る周知又は慣用の技術であると認めるに足りる証拠もない。
3 本件考案のナットと被控訴人製品のナットと、その奏する作用効果において差異がないか判断するに、既に設定した本件考案のナットが遊嵌部分を有する管体4bと雌螺子孔を有する筒状の螺子体4aを螺着し、その間に溝を形成した構成と、
被控訴人製品のナット43′が本件考案の管体4bに相当する部分と螺子体4aに相当する部分を一体とした管体43と管体41を溶着し、その間に溝を形成した構成との差異、特に螺着と一体形成及び螺着箇所と溶着箇所の差異により、少なくとも被控訴人が前記第一、二、2の(1)及び(2)において主張する被控訴人製品の作用効果は、螺着を採択した本件考案にみられない別異のものと認めるのが相当である。この点に関する控訴人の反論も、螺着と一体形成及び溶着の差に鑑みれば理由がないものというべきである。また、衝撃に対する強度も控訴人主張のように常に螺着によるものが優れているものとは認めるに足りる証拠はない。
4 したがって、本件考案のナットと被控訴人製品のナットとは、その技術的思想及び構成を異にし、作用効果にも差異があり、構成の差異点も単なる周知又は慣用の技術の置換とはいえないというべきである。
三 したがって、
被控訴人製品が本件考案技術的範囲に属さないことは明らかであるから、控訴人の請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないというべきである。
四 そうすると本件請求を棄却した原判決は相当であるから、民事訴訟法384条1項により本件控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担につき同法95条89条を各適用して主文のとおり判決する。
裁判官 松野嘉貞
裁判官 押切瞳
裁判官 田中信義