関連審決 |
審判1962-1456 |
---|
関連ワード | 技術的範囲 / 実施許諾 / 損害額 / 実施料相当額 / 考案 / 考案者 / 図面 / 構造 / 物品 / 設定登録 / 新規性(3条1項) / 注意義務 / 実施許諾(実施の許諾) / 通常実施権 / 専用実施権 / 独占的通常実施権 / 実施例 / 同一の作用効果 / 特定 / 明細書 / 請求の範囲 / |
---|
元本PDF | 裁判所収録の全文PDFを見る |
---|---|
元本PDF | 裁判所収録の別紙1PDFを見る |
事件 |
昭和
42年
(ワ)
412号
|
---|---|
裁判所のデータが存在しません。 | |
裁判所 | 大阪地方裁判所 |
判決言渡日 | 1970/04/17 |
権利種別 | 実用新案権 |
訴訟類型 | 民事訴訟 |
主文 |
原告らの請求を棄却する。 訴訟費用は原告らの連帯負担とする。 |
事実及び理由 | |
---|---|
全容
第一、当事者双方の申立 原告ら訴訟代理人は「被告三名は、原告アートメタル株式会社に対し連帯して金四七七万八、三三〇円及びこれに対する昭和四二年二月二二日から右支払済に至るまで年五分の割合による金員を、原告【A】に対し連帯して金一七万六、九九〇円及びこれに対する前同日から右支払済に至るまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、被告深江金属工業株式会社訴訟代理人及び被告株式会社阪急百貨店、同鐘淵紡績株式会社訴訟代理人は、いずれも、主文同旨の判決を求めた。 第二、原告ら訴訟代理人は請求の原因として次のとおり述べた。 一、原告【A】(以下、原告【A】という)は、次の実用新案について登録出願のうえ権利付与を受け、その後原告アートメタル株式会社(以下、原告会社という)に右実用新案権を譲渡し昭和四一年四月二六日移転登録をしたが、それまでの間右実用新案権を有していたもの、原告会社は、昭和四〇年六月原告【A】から右実用新案権につき独占的な実施許諾を受け、以来昭和四一年四月二六日右実用新案権を取得するまでの間その通常実施権者であつたものである。 考案の名称 金属編籠の縁編組装置出願 昭和三四年三月二七日(実願昭三四―一七六七一号)公告 昭和三七年一月二三日(実公昭三七―九九七号)登録 同年五月三一日(第五七一一九三号)二、本件実用新案の願書に添附した明細書に記載された登録請求の範囲は、別紙実用新案公報該当欄記載のとおり(但し、二行目に「編み編籠を上り」とあるのは「編み上り」の誤植)である。 三、本件実用新案の要部は、金属編籠の縁編組装置の構造で、 (イ) 開口上縁のごとき編み上り最終である縁部の相隣る各編骨杆1、2の各末端を掛止環部3、4を有する水平屈曲脚5、6及び7、8と、屈曲脚6、8よりさらに屈曲された掛鉤部9、10に形成すること(ロ) 各編骨杆1、2をその掛止環部3、4よりの各屈曲脚5、6及び7、8の挿出と掛鉤部9、10の環部3、4への掛止を介し連結一体化した縁部Aを形成することという二要件からなつている。 そして本件実用新案は、右(イ)、(ロ)の要件からなる金属編籠の縁編組装置の構造であることによつて、次の作用効果をあげることを目的とするものである。 (い) 縁部Aは上下の各脚5、6、7、8と連鎖状に相連なつているから、二重部分の強固な縁として歪曲変形のおそれがないこと(ろ) 掛鉤部9、10の掛止によつて伸張離脱のおそれが生じないこと四、被告深江金属工業株式会社(以下、被告深江金属という)は、昭和四〇年六月頃から昭和四一年四月頃までの間、別紙イ号図面及び説明書記載の手芸用糸入れ金属編籠(以下、イ号製品という)七〇、七九六個を製作したうえ、その全部を被告株式会社阪急百貨店(以下、被告阪急という)に販売し、被告阪急はこれを全部被告鐘淵紡績株式会社(以下、被告鐘紡という)に販売し、被告鐘紡はこれを各方面に拡布した。 五、イ号製品は、蓋体と承体の両者からなつているが、それぞれの縁編組装置の構造についてみると、いずれも、金属線杆をもつて編成された編籠で、 (イ)ダツシユ その編み上り最終部分たる口縁部(蓋体の下縁部、承体の上縁部)の相隣る各編骨杆1ダツシユ、2ダツシユの各末端は、掛止環部3ダツシユ、 4ダツシユを有する水平屈曲脚5ダツシユ、6ダツシユ及び7ダツシユ、8ダツシユと屈曲脚6ダツシユ、8ダツシユよりさらに屈曲された掛鉤部9ダツシユ、10ダツシユを形成しており(ロ)ダツシユ 各編骨杆1ダツシユ、2ダツシユは、その掛止環部3ダツシユ、 4ダツシユよりの各屈曲脚5ダツシユ、6ダツシユ及び7ダツシユ、8ダツシユの挿出と、掛鉤部9ダツシユ、10ダツシユの環部3ダツシユ、4ダツシユへの掛止を介し、連結一体化した縁部Aダツシユを形成している。 そして、右(イ)ダツシユ、(ロ)ダツシユの構造を具えていることにより、イ号製品の縁編組装置は本件実用新案と同一の作用効果をあげている。 六、イ号製品における縁編組装置は本件実用新案の要部を構成する第三項(イ)、 (ロ)の要件を具えていることは明らかであり、その奏する作用効果も本件実用新案の目的とする作用効果と同一である。したがつて、イ号製品の縁編組装置は本件実用新案の技術的範囲に属するものというべく、イ号製品が手芸用糸入れ編籠であるため、編籠全体としては本件実用新案にみられない構成と作用効果とを有しているとしても、その縁部の編組構造が前述のとおりである以上、被告らによるイ号製品の無権限の製造拡布行為が本件実用新案権の侵害を構成することは論をまたない。 七、原告【A】は本件実用新案権につき昭和四〇年五月までは訴外第一金属工業株式会社にその実施許諾をしていたが、昭和四〇年六月からは原告会社のみに独占的実施を許諾し、以来原告会社においてその通常実施権に基づき金属編籠を製造販売していたものであり、被告らのイ号製品の製造拡布により、原告【A】は本件実用新案権を侵害され、得べかりし実施料相当額の損害を蒙り、原告会社は独占的通常実施権を侵害され、イ号製品と同種同類の編籠の製造販売によつて得べかりし利益を喪失した。 被告らは、イ号製品の製造及び拡布行為が原告らの右各権利を侵害することを知つていたか、又は過失によりこれを知らなかつたものである。すなわち、実用新案権者であつた原告【A】に対する関係においては、被告らに過失があつたものと推定されるし、通常実施権者であつた原告会社に対する関係においては、原告会社は右実施権の設定登録こそしていなかつたが、被告らの製造拡布行為がなされた当時原告【A】自身は本件実用新案を実施していなかつたのであるから、被告らは右実用新案につき権利者から実施許諾を受けている者がいるかどうかを調査すべき義務があつたのにこれを怠つた点において過失の責あることを免れない。 しかして、原告会社は前記製品一個につき金七〇円の利益を挙げ、そのうちから原告【A】に対し実施料として金二円五〇銭を支払うものであるから、被告らのイ号製品七〇、七九六個の製造拡布行為により原告会社の蒙つた損害額は金四七七万八、七三〇円であり、原告【A】の蒙つた損害額は金一七万六、九九〇円である。 八、よつて本訴において被告らに対し、原告会社は右損害の賠償として内金四七七万八、三三〇円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日たる昭和四二年二月二二日から右支払済まで年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を求め、原告【A】は右損害の賠償として金一七万六、九九〇円及びこれに対する前同日から右支払済まで年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める。 九、被告らの主張に対する反論(一) 被告深江金属主張の登録無効の抗弁中、同被告がその主張の事由に基づき本件実用新案権の登録無効審判請求をなし、右審判事件が特許庁に係属中であることは認めるが、その余の主張事実は否認する。実用新案権が無効である旨の主張は通常の民事訴訟においてはこれを主張することを許されず、裁判所もまた無効の判断をすることができないものである。 (二) 被告ら主張第三項二の事実中、その主張にかかる登録無効審判事件について無効審判請求不成立の審決があり、右審決が確定していることは認めるが、その余はすべて否認する。本件実用新案の登録出願時において公知であつた金属編籠口縁部の鎖天場構造なるものは、編骨杆末端に本件実用新案におけるような掛鉤部9、10を具えていず、掛止環部3、4を隣接編骨杆の屈曲脚7、5の基部に掛止した構造のものであつた。前記審決は、本件実用新案はその登録出願前に意匠登録のあつた被告ら主張の各登録意匠の願書に添附した図面代用写真に示されている食器入れの縁編組構造と技術的範囲が異なる旨判断しているのではなく、右図面代用写真によつては意匠にかかる物品の具体的な縁編組構造は不明であり、本件実用新案の縁編組構造がその出願当時国内において公知であつたとは認められない旨判断しているのである。かりに右図面代用写真に示されている縁編組構造が被告ら主張のとおりの構造であつたとしても、本件実用新案における水平屈曲脚5、6及び7、8は、口縁沿いに左右いずれかの方向に屈曲していれば足り、両脚のなす面が水平であるか、あるいは編籠周壁に対し内方又は外方に傾斜しているか、掛鉤部が内側になるか外側になるか等は、いつさいこれを問わないのである。明細書の図面に表現された屈曲脚は実施例として内方又は外方に傾斜したものを開示しているにすぎず、両脚が水平面上にあるものを特に考案要旨から除外すべき理由はない。同様に明細書に示された編骨杆1、2の相反屈曲部11、12も、本件考案の一実施例にすぎず、相反屈曲部を設けることは考案の構成要件ではない。 (三) イ号製品に関する被告ら主張の別紙い号説明書の記載は、原告ら主張の別紙イ号説明書の記載を言葉を換えて表現しているだけで、その実質においては何等の差異もない。本件実用新案の登録請求の範囲にいう「開口上縁のごとき云々」とは「編み上り最終部分」をいうのであつて、イ号製品の蓋体頂上の円環開口部分の如きものではなく蓋体の下縁部及び承体の上縁部がこれに該当する。なお、イ号製品における被告ら主張の線条aダツシユaツーダツシユは、籠本体の構成部分であり、縁部の編止めのために必要不可欠なものではない。更に、被告らはイ号製品においては編骨杆末端の屈曲脚は二本とも掛止環部に掛止されていて「挿出」は存在しない旨主張するが、これも結局は表現の問題であつて、屈曲脚が下方から隣接編骨杆の掛止環部をくぐって上面に出ている以上、「挿出」されていることにかわりはない。 第三、被告阪急、同鐘紡訴訟代理人は答弁として次のとおり述べた。 一、(一) 請求原因一の事実中、原告【A】が本件実用新案について登録出願のうえ権利付与を受け、その後昭和四一年四月二六日原告会社に右実用新案権の移転登録をなすまでの間その実用新案権者であつたことは認めるが、その余は否認する。 (二) 同二の事実は認める。 (三) 同三の主張は争う。 (四) 同四の事実中、被告阪急が被告深江金属から同社製造の手芸用糸入れ金属編籠(以下本件編籠という)を買い受けてこれを全部被告鐘紡に納入売渡し、被告鐘紡が右編籠を各方面に拡布したことは認めるがその余は否認する。すなわち、被告阪急、同鐘紡が右編籠についてなした取引は昭和四〇年六月頃の一回のみであり、また同編籠の形状及び構造も別紙イ号図面及びその説明書に表現されたものとは相違している。被告らが取り扱つたのは別紙い号図面及びその説明書記載のものであり、またその数量は七〇、〇九六個である。 (五) 同五ないし七の主張はこれを争う。 二、本件編籠は次に述べるとおり本件実用新案権の技術的範囲に属しない。 (一)1 金属線杆をもつて編成する編籠において、相隣る各編骨杆の各末端を口縁に沿い折曲して、掛止環部と二つの脚と一つの先端掛鉤部を有するループ状に形成し、これを鎖状に連結して一直線状に並ぶ縁部を構成した縁編組装置は、いわゆる鎖天場と称せられるもので、この構造は本件実用新案の登録出願前において既に公知であつた。すなわち、訴外【B】によつて昭和三三年二月二〇日意匠登録出願がなされ、同年一一月一三日登録となつた登録第一四三一九七号、同第一四三一九八号、同第一四三三三四号各意匠の願書に添附された図面代用写真には、金属線杆で編成された食器入れ手提籠で、その口縁部に前述の鎖天場の構造を具えたものが示されており、右各登録意匠の実施品は昭和三三年二月以降国内において相当広範囲にわたり製造販売されていたものである。もつとも、右各登録意匠及びその実施品における口縁部の鎖天場構造では、編骨杆末端のループの二本の脚が同一水平面上にあつて、その二本の脚の根元は二本とも相隣編骨杆の掛止環部に係止されており、且つ、編骨杆の末端を編籠の外側から見て先ず右方へ折曲し、次いで左方に掛け戻し、さらに右方へ折曲して、それにより形成される先端掛鉤部が編骨杆より籠の内側寄りに位置するようになつていた。 2 ところで、本件実用新案の明細書によれば、実用新案の説明の項には「本案では相隣位置となる編骨杆1、2の末端をそれぞれ掛止環部3、4を構成する上下の水平屈曲脚5、6、7、8とこれにつづく掛鉤部9、10としたから……水平屈曲脚5、6、7、8の一直線状に並ぶ縁部Aが簡単に構成される。」、「このさい縁部Aは上下の各脚5、6、7、8と連鎖状に相連なる」との記載がみられ、図面にも、正面図として、上下面においてS字状をなす屈曲脚が示され、水平屈曲脚5及び7はそれぞれ同6及び8よりも上方の位置にあり、掛止環部3、4は屈曲脚の基部より左方に、掛鉤部9、10は手前側にあるように描かれている。また、登録請求の範囲の記載からも明らかなとおり、環部3、4への掛止は掛鉤部9、10によつてなされるものである。 3 以上の諸点にかんがみると、本件実用新案は、編骨杆末端のループ状の二本の脚が同一水平面上でなく上下面上にあり、その当然の帰結として、先端掛鉤部を有する脚のみが相隣編骨杆の掛止環部に掛止され、他の一本の脚は単に掛止環部から挿出されているにすぎず、且つ、編骨杆を編籠の外側から見て明細書図面のように、先ず左方へ折曲し、次いで右方へ掛け戻し、さらに左方へ折曲して、それにより形成される掛鉤部が編骨杆よりも手前側(籠の外側寄り)に位置するようにした点において、従来公知の鎖天場とは異なるか又は鎖天場のうちでも極めて特殊な構造であるとみられ、公知の鎖天場構造の存在に拘らずこれとは技術的範囲を異にする新規な型として実用新案登録がなされるにいたつたものと考えられる。このことは、訴外株式会社伊藤商店外三名から原告【A】に対する本件実用新案の登録無効審判事件(特許庁昭和三七年審判第一四五六号)において、本件実用新案は前掲各登録意匠にかかる食器入れ手提籠の鎖天場構造と技術的範囲を異にするとの前提のもとに昭和四〇年二月四日無効審判請求不成立の審決がなされ、右審決が確定していることに徴しても明らかである。 4 そうすると、本件実用新案は原告主張の構成要件(イ)、(ロ)のほかに、 「(ハ)屈曲脚5、6及び7、8を上下面上にあるように曲成すること」及び「(ニ)籠の外側から見て、掛止環部3、4は屈曲脚5、7の基部より左側方に、 且つ、掛鉤部9、10は屈曲脚の基部よりも手前側(籠の外側寄り)に設けること」をも考案構成上の必須要件とするものというべきである。 5 また、本件実用新案の明細書には実用新案の説明として「図において11、12は編骨杆1、2における相反屈曲部を示している」との記載があり、図面には、 相隣る編骨杆1、2は相反屈曲部11、12を境として上方に開いているばかりでなく、下方にも開いた形状のものとして図示されているから、前記(イ)、 (ロ)、(ハ)、(ニ)に加えて「(ホ)編骨杆1、2には相反屈曲部11、12を設け、屈曲部を境として上下とも先開きの形状のものとすること」も、本件実用新案の構成要件の一に算えるべきである。 6 しかして、本件実用新案は上記(イ)ないし(ホ)の構成により、原告主張の作用効果のほか、「縁部の形成のため別の挿通芯杆に掛着するを必要とせず、したがつて別資材が全く不要であること」「各主体を形成する編骨杆を交互に直接掛合わせるだけで、水平屈曲脚が一直線状に並ぶ縁部が簡単に形成できること」という作用効果をあげることを目的としているのである。 (二) 本件手芸用糸入れ編籠は登録第二六〇四〇四号意匠と同一形状のもので、 別紙い号説明書記載の各項を形状上の構成要件とするものである。そのうち、口縁部の構成を本件実用新案と対比すると次のとおりである。 1 本件編籠は蓋体及び承体の両者からなり、縁部としては蓋体頂上の開口上縁部、蓋体下端の閉鎖口縁部、承体上端の閉鎖口縁部の三つがある。本件実用新案は登録請求の範囲に「開口上縁の如き云々」と記載してあるように、平常開口している縁部を目的とするものであるから、平常閉鎖されている本件編籠の蓋体及び承体の各口縁部は、本件実用新案にいう「開口上縁」に該当しない。また、本件編籠の蓋体頂上の開口上縁部は、一三組の放射状開披組桿の頂部を掛止線条で固定して形成した円孔に円環を嵌着した構造であるから、本件実用新案の構成要件を全く具えていないことは明白である。 2 かりに、本件編籠の蓋体及び承体の各閉鎖口縁部が本件実用新案にいう「開口上縁」に該当するとしても、右各口縁部の編組構造は、別紙い号図面によつて明らかなとおり、編骨杆の二本の屈曲脚が同一水平面上にあること、籠の外側から見て、編骨杆が先ず右方へ、次いで左方へ、更に右方内側寄りに順次折曲され、掛止環部に相当する部分d、eが屈曲脚基部cより右側方にあるとともに掛鉤部に相当する部分fがcよりも籠の内側方にあること、掛鉤部に相当する部分fのみならず屈曲脚の基部cも隣接編骨杆の掛止環部に相当するe、d部に、これを包絞するように係止され、水平屈曲脚の掛止環部からの単なる挿出が存しないこと等の諸点において、本件実用新案出願前から公知であつた鎖天場と共通する構造である。したがつて、右各口縁の編組構造は前述の本件実用新案の構成要件(ハ)、(ニ)の全部及び(ロ)の一部を欠いている。しかも、本件編籠においては、編骨杆1、2に相当する二本の重合金属線杆は単に相反屈曲部から上方が先開きとなつているのみで下方が開いていないから、この点において本件実用新案の構成要件(ホ)を具えていない。 (三) 以上に指摘した構成上の差異により、作用効果の面においても両者の間にはつぎのような差異がある。 1 本件実用新案においては、屈曲脚の両脚を上下面上にあるように形成するため、これを順次掛け合わせて縁部を編成した場合、上下の屈曲脚が一直線状に二段に並ぶ縁部しか形成することができず、縁部を環状に形成することは不可能であり、また、編骨杆の相反屈曲部から下方を先開きの形状とするため、編骨杆1、2が重合しない関係上、編骨杆を籠の底部から放射状に開披して編成した籠については、本件実用新案によつては縁部を編組することができない。しかるに本件編籠口縁部の編組構造は、屈曲脚の両脚が同一水平面上にあり、編骨杆に下開きの相反屈曲部がないため、二本の重合線条からなる一三組の放射状開披線杆を編杆骨として編成された籠において、編み上り最終部分たる編骨杆の先開き部の内側と外側とを一つおきに横方向の線条aダツシユで絡みつけ囲繞し、線条aダツシユと連続する線条aツーダツシユで反対に一つおきに絡みつけ囲繞し、各先開き部に対する内外両側からの線条aダツシユaツーダツシユによる絡みつけ捲纒力と挟持力の均衡を保持させる手段を各屈曲脚の掛合せと不可分のものとして併用することによつて、 屈曲脚が環状に連続した縁部の形成が可能となつているのである。その反面、右環状縁部形成のためには、別資材である線条aダツシユとaツーダツシユを使用することが不可欠の要件となつているから、この点において本件編籠縁部の編組構造は、本件実用新案の有する「別資材を必要としない」という作用効果を奏していない。 2 本件編籠の口縁部は二六角形の環状構成となつており、且つ、編骨杆末端屈曲脚の両脚が隣接編骨杆掛止環部に掛止されているため、縁部が一直線状をなし二本の屈曲脚のうち先端に掛鉤部を有する一本のみを掛止環部に掛止める本件実用新案よりも、縁部がいつそう強固確実である。 3 本件実用新案においては、屈曲脚の両脚を上下面上にあるように形成し、掛鉤部を屈曲脚基部より籠の外側寄りに位置させているため、かかる縁部を有する籠を糸入れ籠として使用した場合、収納糸を取り出す際に糸が縁部又は掛鉤部にひつかかるおそれがあるが、本件編籠では屈曲脚の両脚が同一水平面上にあり、その掛合せによつて形成される縁部は幅のある平坦面となるうえ、掛鉤部は縁部の直下に格納されるから、収納糸を取り出す際に糸がひつかかるおそれがない。 (四) 本件実用新案は一つの縁部に関するだけのものであるのに対し、本件編籠は三つの縁部を有するものであり、右各縁部が本件実用新案と相違する別個の構成であり、その作用、効果も著るしく相違することは以上に述べたとおりであるが、 そればかりでなく、右各縁部は本件手芸用糸入れ編籠を構成する一部分にすぎず、 本件編籠はそのほかに別紙い号説明書(三)記載の構成を有し、同(一)、(二)記載の構成と相俟つて「収納糸を蓋体頂部の円環からスムーズに引き出して能率的に手芸することができ、糸がもつれたり、途中で切れたり、あるいは糸玉が転がりまわつたりする懸念がない。」、「鎖を手腕にかけ、または机上に載置し、あるいは壁面に懸垂して手芸することができ、ハンドバツグ、机の引き出しに収納したりする必要がなく、手間が省ける。」、「糸玉の出し入れが簡単であり、銀色に着色した承体、蓋体とその外部から透いて見える糸玉の着色の色合いと金色に着色した蝶番、嵌合金具、鎖止め金具、鎖とで意匠的にも優雅である。 」という作用効果をも有しているものであるから、本件編籠が本件実用新案の権利範囲に属するものでないことは明瞭である。 三、かりに、本件編籠の拡布が原告【A】の本件実用新案権を侵害するものとしても、被告らは予め専門家に委嘱して、本件編籠が原告【A】の権利と抵触しないかどうかを十分検討研究したうえ、抵触しないことの確信をもつてその拡布をなしたものである。また、原告会社において当時右実用新案権につき原告【A】から独占的実施の許諾を受けていたとしても、原告会社は専用実施権設定登録はもちろん通常実施権設定登録すらしていなかつたので、被告らは右実施権の存在を知ることができなかつた。かかる場合被告らは実施権者の存否について登録原簿を調査すれば足り、それ以上の調査方法を尽すべき注意義務はない。したがつて、被告らに権利侵害について故意過失はなく、被告らが不法行為責任を負うべきいわれはない。のみならず、原告【A】は当時自ら本件実用新案権を実施していたわけではないし、 原告会社も当時営業不振の状態にあつたのであるから、被告らの行為によつて原告両名に損害が生じたものとは認められない。 第四、被告深江金属訴訟代理人は答弁として、前記第三掲記の被告阪急、同鐘紡訴訟代理人の答弁と同旨の陳述をしたほか、更に次のとおり述べた。 一、本件登録実用新案は当然無効である。すなわち、右実用新案と全く同一の縁編組構造を有するアルミ線製編籠は、戦後イタリアにおいて製造が開始され、一九五四年頃には既に同国からアメリカに向け大量に輸出されていた。日本では昭和三〇年頃米国バイヤーから右イタリア製の籠見本を示された訴外南里貿易株式会社神戸支店がこれを国内で製造して米国に輸出することを計画し、同年暮頃その製造を柳行李の編成技術に長けている兵庫県豊岡地方の農家に委託してやらせたのが始まりである。昭和三二年以来、訴外【C】が右編籠の製造販売を始め、その販売数量は昭和三二年中に数千個、昭和三三年中には数万個に達し、製品は問屋を通じて関西の有名百貨店を初め全国各地の小売店において販売された。 原告【A】は昭和三三年九月頃訴外【C】から本件縁編組構造を有する編籠の見積書と見本一個の交付を受けたが、その翌年の三月二七日に自己の考案にかかるものとして本件実用新案の登録出願をしたのである。そしてまた、昭和三三年から昭和三四年にかけては、他の数社の業者も本件縁編組構造を有する各種の形態の籠の製造販売を始めていたのである。以上の経過にかんがみれば、本件実用新案は、願書に考案者として表示された原告【A】本人の考案にかかるものではなく、他人が考案して既に国内において公知公用となつていたものを、原告【A】が自己の考案と偽つて登録出願をなし、登録を受けたものであることは極めて明らかである。 そこで、被告深江金属は昭和四二年四月一五日特許庁に対し本件実用新案の登録無効審判請求を提起し、同庁昭和四二年審判第二、六三四号事件として係属中であるが、原告【A】の前記行為は旧実用新案法第28条第1号、現行実用新案法第57条所定の詐欺登録罪に該当するものであり、かかる犯罪行為によつて付与を受けた本件実用新案権は敢て登録無効の審判をまつまでもなく民事的には当然無効のものといわねばならない。 二、かりに本件実用新案権が当然無効のものではないとしても、被告深江金属が本件手芸用糸入れ編籠を製造した昭和四〇年当時には、前記【C】を含めて他に数社が前記縁編組構造を有する籠の製造販売を盛んになしていたため、被告深江金属は右製品の製造販売は何びとも自由になしうるものと考えた結果製造販売を開始した次第であるから、たまたま原告らの権利を侵害する結果が生じたとしても、被告深江金属に故意過失はない。 第五、証拠関係(省略) 理 由一、原告【A】が「金属編籠の縁編組装置」なる考案について昭和三四年三月二七日実用新案登録を出願し、昭和三七年一月二三日出願公告(実公昭三七―九九七号)を経て同年五月三一日第五七一一九三号実用新案として登録を受けたこと、同人は昭和四一年四月二六日原告会社に右実用新案権の譲渡による移転登録をなすまでの間その実用新案権者であつたこと、右登録実用新案の明細書に記載された登録請求の範囲は「図面に示す通り、金属線杆をもつて編成するものにおいて、開口上縁のごとき編み上り最終たる縁部の相隣る各編骨杆1、2の各末端を掛止環部3、 4を有する水平屈曲脚5、6および7、8と屈曲脚6、8よりさらに屈曲された掛鉤部9、10に形成し、各編骨杆1、2をその掛止環部3、4よりの各屈曲脚5、 6および7、8の挿出と掛鉤部9、10の環部3、4への掛止を介し連結一体化した縁部Aとして成る金属編籠の縁編組装置の構造」であること、以上の事実は当事者間に争いがない。 二、被告深江金属は、右実用新案の考案は原告【A】自身の考案にかかるものではないのに自己の考案にかかるものと偽つて登録出願をなし、実用新案として登録を受けたものであるから、民事的には無効の実用新案権として無視すべきである旨主張するけれども、本件実用新案につき登録無効の審決を得ていないことは同被告の自認するところである。いつたん登録された実用新案は、たとえ無効事由の存在を推測せしむる場合でもこれを無効とする旨の確定審決があるまでは一応有効な権利として取り扱うのほかなく、通常の民事訴訟において登録実用新案権の有効性を否定するが如きは許されないと解するのが相当であるから、同被告の右主張は採用することができない。 三、昭和四〇年六月頃から昭和四一年四月頃までの間において、被告深江金属が手芸用糸入れ金属編籠七万余個を製造したうえ、これを全部被告阪急に売り渡し、被告阪急がそのままこれを被告鐘紡に売り渡し、被告鐘紡がこれを各方面に拡布した事実は、被告らの行為の具体的な日時及び正確な取引数量をしばらく別とすれば、 当事者間に争いがなく、検甲第二号証(これが被告深江金属において製造のうえ被告阪急に売り渡した編籠であることは、原告と被告深江金属との間で争いがなく、 その余の被告に対する関係では、証人【D】、同【E】の証言によつて認定しうる)、検乙第一号証(これが被告阪急、同鐘紡において被告深江金属から仕入れて拡布した編籠であることは、原告と被告阪急、同鐘紡との間で争いがない)によれば、被告らが製造又は拡布した前記手芸用糸入れ編籠(以下これをイ号製品という)は、アルミ線杆をもつて編成した編籠で、蓋体と承体との両者からなり、全体としての外観は別紙イ号図面第1図に示されたとおりのもので、蓋体と承体のそれぞれについてその編み上り最終部分たる口縁部(蓋体の下縁部及び承体の上縁部)の構造をみると、別紙イ号図面及びその説明書に記載のとおり、編み上り最終である縁部の相隣る各編骨杆1ダツシユ2ダツシユの各末端を掛止環部3ダツシユ、4ダツシユを有する水平屈曲脚5ダツシユ、6ダツシユ及び7ダツシユ、8ダツシユと屈曲脚6ダツシユ、8ダツシユよりさらに屈曲された掛鉤部9ダツシユ、10ダツシユに形成し、各編骨杆1ダツシユ、2ダツシユをその掛止環部3ダツシユ、4ダツシユよりの各屈曲脚5ダツシユ、6ダツシユ及び7ダツシユ、8ダツシユの挿出と掛鉤部9ダツシユ、10ダツシユの環部3ダツシユ、4ダツシユへの掛止を介し連結一体化した編縁Aダツシユを有する構造であることが認められる。 四、本件実用新案の登録請求の範囲の記載の意義につき当事者に争いがあるので、 先ず本件実用新案の考案内容について検討する。 (一) 前記当事者間に争いのない登録請求範囲の記載に成立に争いのない甲第二号証(本件実用新案公報)の実用新案の説明及び図面の記載を綜合して考察すると、本件実用新案は、金属線杆をもつて編成する編籠において、たとえば開口上縁部の如き編み止め部分となる口縁の形成のために編骨杆を別の挿通芯杆に掛着することなく、編骨杆自体によつて、平坦で整然とした縁部を編組形成することを考案の課題とし、その具体的解決手段として登録請求範囲記載の構成を採用したものであり、右構成によつて編骨杆を直接掛合させるだけで整然とした縁部を容易に形成でき、縁部が二重部分の強固な縁として歪曲変形のおそれなく、また掛鉤部の掛止によつて伸張離脱のおそれが生ぜず、別資材も全く必要としないとの明細書記載の作用及び効果を奏するものであることが認められる。そうすると、登録請求範囲に記載された「開口上縁のごとき編み上り最終たる縁部の相隣る各編骨杆1、2の各末端を掛止環部3、4を有する水平屈曲脚5、6および7、8と屈曲脚6、8よりさらに屈曲された掛鉤部9、10に形成」する事項及び「各編骨杆1、2をその掛止環部3、4よりの各屈曲脚5、6及び7、8の挿出と掛鉤部9、10の環部3、 4への掛止を介し連結一体化し」て縁部Aを編成する事項が本件実用新案の考案の構成要件をなすことは疑いをいれないところである。 (二) 被告らは、本件実用新案においては、@水平屈曲脚は、その二本の脚5、 6及び7、8を上下面上に連なるように曲成することが必要であり、従つて、その掛合せによつて形成される縁部Aは各屈曲脚の二本の脚が上下二段となつて一直線状に連なるものに限定され、A掛止環部3、4は籠の外側からみて屈曲脚5、7の基部より左側方に、掛鉤部9、10は籠の外側からみて屈曲脚5、7の基部より手前側にそれぞれ設けることが必要であり、B相隣る編骨杆には相反屈曲部11、12を設け、同屈曲部を境として上開き及び下開きの形状を付与することが必要である旨主張する。 なるほど、前掲甲第二号証の公報によると、実用新案の説明中には、被告らの指摘するように、「本案では相隣位置となる編骨杆1、2の末端をそれぞれ掛止環部3、4を構成する上下の水平屈曲脚5、6、7、8とこれにつづく掛鉤部9、10としたから……水平屈曲脚5、6、7、8の一直線状に並ぶ縁部Aが簡単に構成される。」、「このさい縁部Aは上下の各脚5、6、7、8と連鎖状に相連なるから二重部分の強固な縁として歪曲変形のおそれなく」、「図において11、12は編骨杆1、2における相反屈曲部を示している」との記載がみられ、図面にも、一部切欠正面図として水平屈曲脚の一方の脚5及び7はそれぞれ他の一方の脚6及び8よりも上方の位置にあり、掛止環部3、4は屈曲脚の基部より左方に、掛鉤部9、 10は手前側にあり、全体としてS字状に連なるように描かれ、また相隣る編骨杆1、2は相反屈曲部を境として上方及び下方に開いた形状のものとして図示されている。 しかしながら、右に摘示した「水平屈曲脚5、6、7、8の一直線上に並ぶ縁部A」との記載は平坦であつて凹凸のない縁部を意味するものと解せられ、また「縁部Aは……二重部分の強固な縁として」との記載は屈曲脚5、7の連続する線と屈曲脚6、8の連続する線とが内外二重となつて縁Aを構成するとの趣旨に解せられるし、前記図面の表現にしても、これが籠の外側から見た図であるか内側から見た図であるかは何等解説が施されていない。しかも、実用新案の説明の項には、その冒頭において登録請求範囲の記載と全く同一の表現をもつて考案の構成が説明されており、被告ら主張@ABの構成が本件考案において果す役割については、図面及び説明の全般を通じても何等これに言及した記載は存在しないばかりでなく、明細書に記載された前段説示の作用及び効果はすべて前記登録請求範囲の構成から生ずるものと認められ、右構成に被告ら主張@ABの要件が加わることによつてはじめて生ずるものではないことが明らかである。 以上を要するに、被告ら主張の諸点は、登録請求範囲に記載されていないばかりでなく、図面及び説明全般の記載からみても考案の構成上不可欠の要件と認めるべき根拠は見出せないのであり、図面の表現及び説明中の「上下の水平屈曲脚」「上下の各脚」「相反屈曲部」なる記載は、本件実用新案の一実施例を示したにすぎないものと解するのが相当である。 (三) もつとも、成立に争いのない乙第八号証、同第一一ないし第一三号証、公文書であるから真正に成立したと認める乙第一〇号証、ならびに検乙第七号証(乙第八号証中の斜面図と対比の結果その拡大写真と認める)、検乙第八号証の一ないし三(乙第一〇号証中の正背面図、左右両側面図、斜面図との対比の結果これらの拡大写真と認める)、検乙第一二、一三号証(乙第一一号証中の斜面図、乙第一二号証中の正背面図と対比の結果それぞれの拡大写真と認める)によれば、訴外【B】によつて出願され、本件実用新案の登録出願前たる昭和三三年一一月一三日にそれぞれ意匠原簿に登録された登録第一四三一九七号、同第一四三一九八号、 同第一四三三三四号各意匠の願書に添附された図面代用写真には、いずれも、金属様の線杆で編成された食器入れ手提籠で、開口上縁部につぎのような構造を具えたものが示されていることが認められる。すなわち、右手提籠の開口上縁部は、編上り最終部分たる縁部の相隣る各編骨杆の各末端が籠の外側から見て口縁沿いに先ず右方へ折曲げられ、次いで口縁内周側を通り左方へ曲げ戻されて掛止環部を有する水平屈曲脚となり、更にその先端が下向きに右方へ曲げ戻されて水平屈曲脚に連なる掛鉤部となり、各編骨杆の水平屈曲脚は隣接編骨杆の掛止環部から挿出されるとともに掛鉤部が該掛止環部に掛止められ、右挿出及び掛止により各編骨杆の末端が連結一体化した編縁となつている。そして、証人【B】、同【F】の各証言によれば、【B】が専務取締役をしていた訴外庄司貿易株式会社は、右【B】によつて前記各意匠登録出願がなされた昭和三三年二月頃から右各意匠の実施品としてアルミ線編みの食器入れ手提籠で前認定の構造の口縁を有するものの製造販売を開始し、 昭和三三年中に国内においては大阪のパーマン化粧品なる会社に相当数を納入したほか東京方面にも販売し、その製品が銀座の三愛の店頭に陳列されていたこと、右庄司貿易株式会社は右手提籠の製造にあたり籠本体及び口縁部の編成作業を兵庫県城崎郡<以下略>の柳行李製造業者【E】に請負わせ、【E】はこれを下請に出し、直接その編成作業に従事した者は多数に上つたが、これらの者の間で前認定の構造の口縁は鎖天場と呼ばれていたことが認められる。 以上によれば、金属線杆をもつて編成する編籠において、その口縁部を前認定の構造のものとする技術は、本件実用新案の登録出願時には既に国内において公知公用となつていたと認定せざるをえない。成立に争いのない甲第九号証、証人【E】の証言、原告【A】本人尋問の結果(第二回)中の右認定に反する部分は採用できず、また、成立に争いのない甲第三号証によれば、訴外株式会社伊藤商店ほか三名を請求人とし原告【A】を被請求人とする本件実用新案についての昭和三七年審判第一四五六号登録無効審判事件の審決においては、当裁判所の認定と異なる判断が示されていることが認められるが、この事実は何等前認定を妨げるものでない。 ところで、被告らは、前認定の公知の鎖天場においては屈曲脚の両脚が同一水平面上にある旨主張し、証人【B】はこれに添うよう供述しているが、前認定の用に供した乙号証及び検乙号証の各写真に現われている水平屈曲脚は、必ずしもその両脚が同一水平面上にあるものとは認められないし、証人【B】が前掲各意匠の実施品として昭和三三年中に製作した現物である旨供述している検乙第九ないし第一一号証の各編籠の縁部を検しても、屈曲脚の両脚の連続によつて構成されている編縁の面は水平でなく、むしろ籠の外方に向つて下り味に傾斜し、籠の外側正面から見れば屈曲脚の両脚の高さは異なつていることが認められるのみならず、昭和三三年中に前記各意匠の実施品たる手提籠の編成作業に従事した証人【F】の証言によれば、鎖天場の口縁を編組する場合には、特別の事情なき限り口縁の面を水平に保つことに特段の考慮を払うものではなく、出来上つた製品において口縁が籠の内方又は外方に傾斜していることが少なくないことが明らかであるから、屈曲脚の両脚が同一水平面上にないものも本件実用新案の出願当時公知であつたと認められる。 被告らはまた、本件実用新案は前記公知の鎖天場の構造と対比して水平屈曲脚の屈曲方向が左右反対となり、掛鉤部の位置が内外反対となつている点に新規性があるとして登録されるにいたつたものと解すべきである旨主張するけれども、前掲【F】証人の証言によれば、編籠における鎖天場の編組は機械によるものではなく人の手先作業によるものであり、その編み方は口縁を上方から見て反時計方向に編んで行くのが通常であるが、左利きの者は時計方向に編んで行くことも絶無ではなく、この場合水平屈曲脚の屈曲方向は前掲各写真に示されたものと左右反対となること、掛鉤部を籠の内側にするか外側にするかは籠の使用目的によつて異なることが認められるから、水平屈曲脚の屈曲方向、掛鉤部の位置が反対となつていても鎖天場としては結局同一性質のものであることを失なわず、これを別異の技術と解すべき理由は認められない。 そうすると、本件実用新案の登録請求の範囲に記載の技術思想は、その全部が出願時既に公知公用のものであつたのであり、また課題解決の着想において新規な点を認定することは到底不可能であつて、登録請求の範囲の記載の意義について被告ら主張の如く限定して解釈する余地もないといわなければならない。すなわち、保護範囲(他人に模倣を禁ずる技術上の範囲)の問題はしばらく措き、本件実用新案権の登録請求範囲に示された技術的内容としては、登録請求の範囲の記載を文言通り解釈するのほかない。 五、イ号製品の構造について。 イ号製品が金属線杆をもつて編成した編籠であり、その口縁の編組構造が別紙イ号図面及びその説明書記載のとおりであることは前記三において認定したところによつて肯定し得べく、右口縁の編組構造は前段説示の本件実用新案の考案構成要件をすべて具えており、且つ、これによつて本件実用新案と同一の作用、効果をあげていることが認められる。 被告らは、イ号製品の蓋体下縁部及び承体上縁部は平素閉鎖されているものであるから、登録請求範囲記載の「開口上縁」に当らない旨主張するが、右蓋体及び承体は内部に手芸用糸を入れた場合上下嵌合されて縁部が閉鎖されるとしても、それぞれについてみれば開口した縁を有していることは明瞭であるのみならず、「開口上縁」とは「編み上り部分」の例示として登録請求範囲に記載されたものであり、 イ号製品の蓋体下縁部及び承体上縁部は籠本体の編み上り部分であるから、右主張は理由がない。 また、被告らは、イ号製品の水平屈曲脚は、その両脚とも隣接編骨杆の掛止環部に掛止されていて、挿出されていない旨主張するが、イ号製品においても別紙イ号図面に示すように水平屈曲脚の両脚が隣接編骨杆の掛止環部をくぐつて縁の表面に現われているのであり、この状態がすなわち登録請求範囲に記載の「掛止環部よりの各屈曲脚の挿出」にほかならないのであり、イ号製品において、かりに水平屈曲脚に連なる掛鉤部9ダツシユ、10ダツシユのほか水平屈曲脚の一方の脚5ダツシユ、7ダツシユの基部も隣接編骨杆の掛止環部に掛止されているとしても、それは本件実用新案からみれば付加的な構造にすぎない。 その他、被告らはイ号の編籠の構造および作用効果について縷々述べ、検甲第二号証、検乙第一号証によれば、イ号製品が糸入れ籠であることの性質上本件実用新案の目的とする縁部の編組装置以外の構造をも多く具えその部分について被告ら主張の如き特有の作用効果があることが認められなくはないが、これらはいずれも本件実用新案の内容たる技術とは関係のないものであるから、イ号製品に具わる被告主張の右構造は、イ号製品の口縁の編組構造が本件実用新案の考案構成要件を具備していることを否定する理由となるものではない。 六、それでは被告らによるイ号製品の製造販売行為は本件実用新案権を侵害するものであるか。 被告らは、イ号製品は登録第二六〇四〇四号意匠と同一形状のものである旨主張し、成立に争いのない乙第一、二号証によれば、被告深江金属は右登録意匠(昭和四〇年四月二七日出願、昭和四一年六月一〇日登録、意匠に係る物品手芸用糸入れ籠)の意匠権者であることが認められるけれども、右登録意匠は本件実用新案より後願にかかるものであるから、かりにイ号製品が右登録意匠の実施品であるとしても、その故をもつて侵害の成立が阻却されるものでないことは意匠法第26条第1項前段の規定に照らし疑いを容れないところである。 また、訴外株式会社伊藤商店外三名から原告【A】に対する本件実用新案の登録無効審判事件(特許庁昭和三七年審判第一四五六号)において、請求人らは登録を無効とすべき事由として「本件実用新案は、登録第一四三三三四号意匠及びこれと同一日時に登録された他二件の意匠(登録第一四三一九七号、同第一四三一九八号意匠と推察される)の願書に添附した図面代用写真に示されている手提籠の縁編組装置と一致しているし、本件実用新案と一致する縁編組装置を有する金属籠が出願前に兵庫県城崎郡<以下略>地方等において製作され、庄司貿易株式会社をとおして国内にも広く販売されたことがある」旨、当裁判所の認定したところと殆ど同旨の事実を主張したのに、右各主張はいずれも排斥されて請求不成立の審決がなされたものであることは、前顕甲第三号証により明らかであり、右無効審判事件が現在すでに確定していることは当事者間に争いがない。 しかしながら、本件実用新案は、さきに認定したとおり当審に顕出せられた証拠によれば、その登録請求範囲に記載の技術思想がそのまま出願時国内において既に公知公用のものであり、なんら新規な事項を含んでいないと認められるのである。 出願時公知公用であつた技術は万人共有の財産であるというべく、私権は公共の福祉に従うとの民法の大原則から考えても、それまで万人共有の財産であつた技術について、実用新案権の名のもとに、一般にはその実施を禁止し、特定出願人にのみ独占行使せしめることがたやすく許されてよい道理はない。殊に、イ号製品の縁編組装置は前掲各登録意匠の願書に添附した図面代用写真に示されている手提籠の縁編組装置と単に技術思想において同一であるというにとどまらず、些かの差異も見受けられない実施形態であつて、従来公知の手法をそつくりそのまま踏襲したに過ぎず、もとより本件実用新案の明細書に開示されたところからヒントを得て設計実施をしたものではないと認められるものである。本件実用新案権は形式的には有効であると解せざるを得ないから、たとえば、他人が故意あるいは過失により原告の実用新案権の実施行為を実力をもつて直接阻害し、よつて原告に損害を与えたような場合には、原告は容易に不法行為による救済を求めうるであろう。しかし、本件実用新案権は前記認定の如くその考案がなんら新規のものを含まず、出願時公知公用の技術そのものを内容とするものであるから、このような場合においては、独占的権利行使の点については制約を受けることを免れず、単に出願時公知公用の技術を用いたに過ぎない商品を他人が製造販売する行為について、実用新案権者は右技術が自己が権利を有する実用新案の技術的範囲と一致する故をもつて、右第三者に対し禁止権を行使することは許されず、第三者の右技術を用いる行為はなんら右実用新案権を侵害するものではないと解するのが相当である。 そうすると、被告らのイ号製品の製造拡布行為が原告【A】の本件実用新案権及び原告会社の独占的通常実施権を侵害することを前提とする原告らの本訴請求は、 いずれも失当として排斥を免れないものである。 七、以上の次第で、被告らに対する原告らの本訴請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第89条、第93条第1項但書を適用して、主文のとおり判決する。 |
裁判官 | 大江健次郎 |
---|---|
裁判官 | 近藤浩武 |
裁判官 | 丸山忠三 |