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事件 昭和 43年 (行ウ) 146号
裁判所のデータが存在しません。
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 1970/04/22
権利種別 実用新案権
訴訟類型 行政訴訟
主文 一 被告が、原告の昭和四二年一〇月五日付実用新案登録願(特許庁昭和四二年実用新案登録願第八五、一〇三号)につき、同年一〇月一九日付書面をもつてした右出願の不受理処分を取消す。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
申立
一 原告 左記判決を求める。
(一) 被告が、原告の昭和四二年一〇月五日付実用新案登録願(特許庁昭和四二年実用新案登録願第八五、一〇三号)につき、同年一〇月一九日付書面をもつてした右出願の不受理処分を取消す。
(二) 訴訟費用は被告の負担とする。
二 被告 左記判決を求める。
(一) 本案前1 原告の訴を却下する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
(二) 本案について1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
原告の請求原因
一 本件出願、本件不受理処分および本件異議申立棄却決定 原告は昭和四二年一〇月五日、被告に対し、「電子的に制御される露光時間調整装置を有するシャッターを備えた写真カメラ」の考案につき、一九六六年(昭和四一年)一〇月五日ドイツ国出願に基く優先権を主張して、実用新案登録出願(特許庁昭和四二年実用新案登録願第八五、一〇三号)をした。
ところが、右願書に添附した明細書には、「考案の名称」を「発明の各称」、
考案の詳細な説明」を「発明の詳細な説明」、「実用新案登録請求の範囲」を「特許請求の範囲」と各記載したほか、「考案」と記載すべきところを全部「発明」と記載したため、被告は、この点をとらえて、昭和四二年一〇月一九日付書面をもつて、原告に対し、本件出願は左記理由によつて受理しない旨の処分をし、右処分は同年一一月一一日原告に到達した。
記「いずれの種類の出願か不明である。
(註)本願は、実用新案登録願書に特許願に添附すべき様式により作成した明細書が添附されているので、いずれの種類の出願か不明である。」 そこで、原告は、右不受理処分について、昭和四三年一月五日、被告に対し行政不服審査法による異議申立をしたところ、被告は同年五月二日、
右申立を棄却する旨の決定をし、該決定書は同年五月六日原告に送達された。
二 本件不受理処分の取消原因 しかしながら、本件不受理処分には、次のような違法事由(取消原因)がある。
すなわち、
(一) 本件出願は、いずれの種類の出願か不明ではないのに、これを不明であるとして、直ちに不受理処分をした違法 本件出願は、いずれの種類の出願か不明ではない。これは左記事由により明らかである。
1 本件出願の願書は法定の様式(すなわち、実用新案法第5条第1項、同法施行規則第1条第1項所定の様式)に従つて作成されたもので、原告は、まず右願書の冒頭に「実用新案登録願」と明記し、次いで1「考案の名称」、2「考案者」、3「実用新案登録出願人」と題して、それぞれ所要の事項を記載したうえ、実用新案登録出願の手数料として法定の額(すなわち、実用新案法第54条別表所定の額)である金一、五〇〇円の印紙を貼用した。したがつて、本件出願は、本件願書の右記載および貼用印紙の額に照らし、明らかに実用新案登録の出願というべきもので、いずれの種類の出願か決して不明なるものではない。
2 もつとも、その反面、本件願書には、要するに特許願に添附すべき様式により作成した明細書が添附されていたことは前記第一項のとおりである。しかし、被告に対する出願がいずれの種類の出願であるかは、あくまで願書の様式およびその記載によつて定まり、明細書の様式およびその記載によつて定まるものではない。なんとなれば、明細書は、単に願書に添附すべき書類であつて、それ自体では決して出願の内容をなすものではなく、これが願書に添付されて始めて出願の内容となるものであるのみならず、明細書の重要性は、いずれの出願であれ、出願の対象である技術思想を具体的に特定することおよび権利保護の範囲を明確にするという出願の実体的内容の記載にあつて、その作成様式の点は、単なる審査の便宜のためのもので、二次的な重要性しかなく、出願の実体になんら影響を及ぼさないものであるからである。したがつて、本件のように、願書の様式およびその記載と明細書のそれとの間に齟齬がある場合においては、出願はあくまで願書により実用新案登録の出願と解すべきで、ただその明細書作成の方式に瑕疵があるにすぎず、これがため、または両者の重要性を同等なものと考えて、直ちに出願がいずれの種類の出願か不明であるとなすべきでは絶対ない。
それゆえ、本件不受理処分は、既に、その前提事実の認定の点において、違法であり、取消を免れない。
(二) 本件出願に対し、手続の補正を命じないで、直ちに不受理処分をした違法 仮に本件出願が、いずれの種類の出願か不明であるとしても、被告は直ちにこれを不受理処分にするべきではなく、原告に対し、まず実用新案法第55条第2項
特許法第17条により、本件出願がいずれの種類の出願かその釈明を求め、その結果に基き、手続の補正をすべきことを命じなければならない。これは左記理由により明らかである。
1 一般論 実用新案法第55条第2項により実用新案登録出願の場合にも準用される特許法第17条第1項、同条第二項第二号および同法第18条の各規定に、右各法条制定の理由ならびに現行特許法の下では、旧特許法下における不受理処分が、明定された制度としては、廃止された歴史的事情、しかし、右現行法の下でも、特許庁長官が手続の補正を命ずる義務のない場合が例外的にはあり得ること、および特許庁長官が出願人に対し手続の補正を命ずるのは、補正の必要あることが客観的に認められる場合に限られるから、右必要が実際に認められる場合には、特許庁長官は必ず右補正を命じなければならない義務があること等の各事情を総合すると、被告特許庁長官は、すべての出願について(それが特許出願であると実用新案登録出願であると、またそれが適法であると否とにかかわらず)、事件が審査に係属し且つ出願の手続が法令で定める方式に違反している場合は、特別の場合を除き、必ず特許法第17条第2項により、出願人に対し手続の補正を命じなければならない義務があるものというべきである。そして、右特別の場合というのも、前記各事情、特に特許法第17条第18条制定の経過にかんがみ、明細書を願書に添附していない場合、仮にこれが添附してあつても、明細書に記載の技術内容が何を開示しているのか全く不明である場合、または手続の無効処分後にした補正のように、補正によつて出願の実質が影響を受ける場合等、要するに補正を命ずることが不合理な場合に限られるべきである。
2 右一般論の本件に対する適用 右一般論を本件についてみると、(イ)本件出願は、昭和四二年一〇月六日特許庁に受理され、間もなく実用新案法施行規則第6条第4項、特許法施行規則第28条により、特許庁長官から「四二ー〇八五一〇三」の実用新案登録出願の番号を付与され、その旨原告に通知されたものである。したがつて、本件出願が、特許出願であるか実用新案登録出願であるか、またそれが適法であるか否かはともかく、厳として存在することは疑のない事実であるから、まず「すべての出願について」という要件を具備することはいうまでもない。(ロ)次に、本件出願は、前記のように出願番号を付与された後、特許庁出願課方式審査係において出願の手続が法令で定める方式を履践しているか否か審査され、その後において被告から本件不受理処分を受けた。しかし、方式審査も特許法第17条のいわゆる「審査」の中に包含され、したがつて方式審査に附された以上、事件が審査に係属したとみるべきことは一点疑いの余地がない。そうとすれば、本件出願は「事件が審査に係属している場合」に該当することは明らかである。(ハ)次に、本件出願は実用新案登録の願書に特許願に添附すべき様式により作成した明細書を添附してなされたものであることは前記のとおりである。したがつて、本件出願が実用新案登録の出願であるとすれば、右明細書の添附は実用新案法第5条第2項の違反となり、反対に本件出願が特許願であるとすれば、右願書は特許法第36条第1項の違反となつて、いずれにしても本件出願は出願書類が法定の作成様式に従わなかつた瑕疵を有すること明らかである。そうとすれば、本件出願は「出願の手続が法令で定める方式に違反している場合」に該当するこというまでもない。(ニ)次に、本件出願は、明細書を願書に添附していない場合でも、また明細書に記載の技術内容が何を開示しているのか全く不明な場合等のいずれでもなく、ただ願書の作成様式(実用新案)と明細書のそれ(特許)との間に齟齬がある場合にすぎないこと前叙のとおりである。しかし、このような齟齬は、いずれか一方の様式の誤り(本件の場合は明細書の誤記)に基くから、補正によって簡単に適式な出願となし得るにとどまらず、元来、発明と考案とはいずれも技術思想の具体化であつて、両者に本質的差異はなく、発明も考案の一種であるから、或る技術思想を「発明」として表示するか「考案」として表示するかによりその実体は影響を受けず、したがつて特許出願と実用新案登録出願とは相互に出願変更ができること法の明定するところでもあるから(実用新案法第8条、特許法第46条)、前記のような補正によつて本件出願の実質が影響を受けることは全くない。そうとすれば、本件出願は、補正を命ずることが不合理な場合、すなわち前記「特別の場合」に該当しないというべきである。(結論)しからば被告は、本件出願の場合、まず原告に対し実用新案法第55条第2項、特許法第17条により、本件出願がいずれの種類の出願であるかその釈明を求め、その結果に基き、手続の補正をすべきことを命じなければならない義務があつたものというべきである。
しかるに、被告は右義務をつくさず、直ちに本件出願に対し本件不受理処分をした。したがつて、右処分には、前記各法条に違反する瑕疵があるから、取消を免れない。
被告の答弁
一 本案前の主張 原告の本件訴は、左記理由のいずれかにより、不適法であるから、却下さるべきである。
(一) 本訴の出訴期間について 本件訴は、法定の出訴期間を遵守しない不適法なものである。すなわち、原告は、最初、昭和四三年七月三一日、当裁判所に対し、被告を相手方として、被告が原告の本件不受理処分に対する前記異議申立につき同年五月二日付書面をもつてした右申立棄却決定の取消を求める訴(以下、旧訴という)を提起したが、その後同四三年一〇月三〇日、行政事件訴訟法第19条第2項および民事訴訟法第232条に基き、訴変更申立書と題する書面により、請求の趣旨を本件不受理処分の取消を求める旨に変更し、以て同日、右旧訴を取下げ、あらたに原処分である本件不受理処分の取消を求める訴(以下、新訴という)を提起した。これが本件訴である。しかしながら、行政事件訴訟法第19条第2項、民事訴訟法第232条による訴の変更の方法で、処分取消の訴(本件においては右新訴)をその処分についての審査請求を棄却した裁決取消の訴(本件においては前記旧訴)に併合して提起する場合には、行政事件訴訟法第20条による期間遵守の利益が認められないことは、同条の明文(すなわち、右利益を認める場合を同法第19条第1項による併合の場合に限定していること)に照らし、明らかである。そうとすれば、本件訴の出訴期間は、
取消訴訟の出訴期間の大原則である行政事件訴訟法第14条により、被告の前記異議申立棄却決定が原告に送達された昭和四三年五月六日から起算して三ケ月以内(すなわち同年八月六日まで)であること、いうまでもない。しからば、本件訴は右出訴期間を経過したのち提起されたものであること明らかであるから、不適法であつて、却下さるべきである。
(二) 本訴の利益ないし原告適格について 本件訴は、原告に訴の利益ないし原告適格がない不適法なものである。すなわち、原告は、本件出願(以下、先願という)に対し本件不受理処分がなされたのち、昭和四二年一一月一三日、被告に対し、再度、右先願と同一内容の考案につき実用新案登録出願(以下、後願という)をした。そこで、被告は、右後願につき方式審査をして、若干の補正をなさしめたのち、これを受理した。したがつて、本件訴は、原告が本件不受理処分の取消を受けて先願の受理を実現し、これによつて、
原告が前記考案につきドイツ国で出願したとき以後(すなわち昭和四一年一〇月五日から)後願をするまでの間に、第三者によつてなされた右考案と同一内容の出願に対し原告の優先権を保全するため、提起されたものというべきである。しかるに、右期間内に右のような第三者の出願は全くない。
そうとすれば、本件訴は、その前提(すなわち、本件不受理処分により直接且つ現実に原告の法律上の利益が侵害されたこと)を欠いていること明らかであるから、
結局、訴の利益を具備せず、したがつて原告は本件不受理処分の取消を求める原告適格も有しないというべきである(行政事件訴訟法第9条)。それゆえ、本件訴は不適法であつて、却下を免れない。
二 本案についての主張(一) 請求原因第一項は全部認める。
(二) 同第二項(一)について「本件出願の願書が実用新案法第5条第1項、同法施行規則第1条第1項所定の様式に従つて作成されたものであること、右願書には、原告主張のような記載があり、また実用新案登録出願の手数料である金一、五〇〇円の印紙が貼用されていたこと、およびその反面、本件願書には、要するに、特許願に添附すべき様式により作成した明細書が添附されていたこと」は認める。しかし、その余は全部争う。
本件出願は、いずれの種類の出願か、全く不明である。すなわち、本件出願は、
その願書を見れば実用新案登録出願の体裁をとつており、他方その明細書を見れば特許出願の体裁をとつておるので、仮にこれを実用新案登録の出願と考えれば、実用新案法第5条第2項に定める明細書が添附されていない出願となり、仮にこれを特許出願と考えれば、特許法第36条第1項に定める願書が提出されていない出願となつて、結局、これがいかなる出願であるか全く特定できない。
また、特許法第36条および実用新案法第5条が願書およびその添附書類の記載事項を法定しているのは、これらの書類の記載事項の全体に基いて、出願人および出願の対象を確定するためであるから、被告において或る出願が特許願か実用新案登録出願であるかを判断するに当つては、右各法条に掲げる各事項に関する一切の書類(すなわち、願書および明細書等)をすべて検討綜合すべきものであつて、単に願書の記載および貼用印紙だけの点から右のいずれであるかを判断すべきものではない。
(三) 請求原因第二項(二)について「現行特許法の下では、旧特許法下における不受理処分が、明定された制度としては、廃止されたこと、特許庁長官は、明細書を願書に添附していない場合には、出願人に対し手続の補正を命ずる義務がないこと、本件出願は実用新案登録の願書に特許願に添附すべき様式により作成した明細書を添附してなされたものであること、本件出願に対しては、被告から原告主張のような出願番号が付されたこと、本件出願は右出願番号を付されたのち、原告主張のような方式審査をされ、その後において被告から本件不受理処分を受けたこと、および特許出願と実用新案登録出願とは相互に出願変更ができること」は認める。しかし、その余は全部争う。
1 本件出願に対しては、実用新案法第55条第2項、特許法第17条の適用される余地はなく、むしろ、それ以前の問題として、被告は当然、条理上、不受理処分をなすべきものである。その理由は次のとおり。すなわち、(イ)元来、特許出願に関する手続の方式違反には、補正の可能な軽微なものから補正の不可能な重大なものまで、いろいろなものがあるから、これらすべての場合を一律に論ずることはできない。それゆえ、特許法第17条第2項第2号が規定する「方式違反」も右すべての場合を、その対象として予定するものではない。(ロ)他方、法令が申請者に一定の要式を備えた書面を提出すべきことを要求している場合において、法令に規定する書面とは全く言い得ないようなもの、または相当重大な方式上の瑕疵があつて、法令に規定する書面と解し得ないようなものが提出されたときには、たとえ法令に明文の規定が存しない場合であつても、条理上、当然、右書面の不受理処分が認められると解するのが相当である。(ハ)したがつて、右のような、条理上、
不受理処分に付することが相当と認められる重大な、特許出願に関する手続の、方式違反の場合には、特許法第17条第2項にいわゆる補正命令の問題は全く発生の余地がなく、右条項は、もつぱら補正可能な軽微な方式違反に対してのみ適用があつて、前記重大な方式違反に対しては、全く適用がないというべきである。(ニ)ところで、本件出願は、いずれの種類の出願であるか全く特定できず、明らかに出願としての体裁をなさないものであること、前記のとおりである。そうとすれば、
本件出願は右(ロ)に述べたような重大な瑕疵があつて、法令に規定する書面とは解し得ないものであるから、条理上まさに不受理処分に付するのが相当であつて、
前記各法条にいわゆる手続の補正の問題の生ずる余地がないものというべきである。
2 仮に右主張が採用されず、特許法第17条第2項は特許出願に関する手続のあらゆる方式違反に対し適用があり、したがつて本件出願に対してもその適用があるとしても、右方式違反につき手続の補正を命ずるかどうかは、あくまで被告の自由裁量に属することで、原告主張のように、被告は必ず、補正を命じなければならない義務があるものではない。それゆえ、本件出願に対し、被告が右のような裁量の結果、補正を命じないで、直ちに本件不受理処分をしたことは全く適法であるというべきである。
(附陳) なお、出願番号について一言すると、この番号は単に整理番号であるにすぎないから、特許庁が出願書類に対し出願番号を付したからといつて、直ちにそれが適式な出願として受理されたことを意味するものではない。適式な出願として受理されるか否かは、あくまでも、いわゆる方式審査を経てから決定されることであつて、
右審査前の出願番号の付与とは無関係である。
被告の本案前の主張に対する原告の答弁
一 本訴の出訴期間について「原告が、最初、被告主張の日に当裁判所に対しその主張のような旧訴を提起し、
その後被告主張の日に訴変更申立書と題する書面により請求の趣旨を本件不受理処分の取消を求める旨に変更したこと、および被告の前記異議申立棄却決定が昭和四三年五月六日原告に送達されたこと」は認める。しかし、その余は全部争う。
(一) 原告の前記訴の変更は、被告主張の各条項に基くものではなく、次の各法条に基くものである。すなわち、原告は、まず行政事件訴訟法第19条第1項第20条により前記旧訴に新訴である本件不受理処分取消の訴を追加的に併合提起し、しかるのち同法第7条、民事訴訟法第236条により右旧訴を取下げたが、手続上は、訴訟経済を計るため、便宜、以上を一括して、簡略な訴変更申立の形式によつた。これが前記訴の変更である。したがつて、右新訴は、行政事件訴訟法第20条により、前記旧訴を提起したとき(すなわち昭和四三年七月三一日)に提起されたものとみなされるから、法定の出訴期間内(すなわち被告主張の昭和四三年八月六日まで)に提起されたものというべきである。それゆえ、本件訴はなんら不適法なものではない。
(二) 仮に右主張が採用されず、前記訴の変更が被告主張の各条項によりなされたものであるとしても、本件訴(新訴)は、次のような理由により、法定の出訴期間内に提起されたものというべきである。すなわち、行政事件訴訟法第20条による併合は同法第19条による併合の一場合であつて、両者は共に審理の重複、裁判の矛盾牴触を避け、しかも関連請求の範囲内において係争処分をめぐる紛争を一挙に解決することを目的とする。この点において、両者は、その立法趣旨と法的性質が全く同一である。のみならず同法第19条第2項は同条第一項による請求の追加的併合につき民事訴訟法第232条の例によることを妨げないと規定している。そうとすれば、行政事件訴訟法第20条による訴の併合の場合は、その併合が同法第19条第1項による併合の一場合としてなされようと、同条第二項、民事訴訟法第232条による併合としてなされようとにかかわらず、常に期間遵守の利益が与えられる、換言すれば、行政事件訴訟法第19条第2項第20条による併合の場合も同法第19条第1項第20条による併合の場合と同様、期間遵守の利益が与えられるというべきである。しからば、本件訴は、前記(一)と同様、前記旧訴を提起したときに提起されたものとみなされるから、法定の出訴期間を遵守したものというべきである。
二 本訴の利益ないし原告適格について 「原告が、本件出願(先願)に対し本件不受理処分がなされたのち、被告主張の日に、再度、被告に対し右先願と同一内容の考案につき実用新案登録出願(後願)をしたこと、および右後願が受理されたこと」は認める。しかし、その余は全部争う。
本件訴は、原告に訴の利益ないし原告適格がある適法なものである。すなわち、
本件出願における優先権主張の効果は、単に被告主張の期間内になされた第三者の本件出願と同一内容の出願に対してのみ認められるものではなく、右期間内になされた出願されていない当該発明(すなわち本件出願と同一内容の考案)の公表または実施、その他の行為に対しても認められるものである(いわゆるパリ条約第4条B)。したがつて、仮に被告主張の期間内に第三者の前記出願がないとしても、原告は、なお、右期間内になされた第三者の前記公表または実施その他の行為に対し、依然優先権を主張する法律上の利益がある。しかるに、右行為の不存在は絶対に断定できない。むしろ、存在する危険のあるのが普通である。そうとすれば、本件訴は、原告に訴の利益ないし原告適格があること明らかであつて、まことに適法なものというべきである。
証拠(省略)
理 由
本案前の主張に対する判断
一 本訴の出訴期間について 「原告が、最初、昭和四三年七月三一日、当裁判所に対し被告を相手方として被告主張のような旧訴(すなわち、被告が、原告の後記本件不受理処分に対する行政不服審査法による異議申立につき、同年五月二日付書面をもつてした、右申立棄却決定の取消を求める訴)を提起し、その後同年一〇月三〇日、訴変更申立書と題する書面により、請求の趣旨を本件不受理処分の取消を求める旨に変更したこと」は当事者間に争いがない。
そこで、原告の右訴の変更が、いかなる法条に基く、いかなる訴訟行為であるか、まずこの点について按ずると、当裁判所は、左記のような理由から、右訴の変更は、原告主張のように「行政事件訴訟法第19条第1項第20条に基く、前記旧訴に新訴である本件不受理処分取消の訴の追加的併合」と「同法第7条、民事訴訟法第236条に基く右旧訴の取下」とを、訴訟経済上、便宜一括した簡略な訴訟行為であつて、本件の場合、これは許容することができるものと考える。
1 一般に、訴の変更といえば、民事訴訟法だけが適用される通常の民事訴訟においては、直ちにこれは同法第232条の訴の変更を指すものと考えられるが、同法よりも行政事件訴訟法が優先して適用される行政事件の訴訟においては(本件は、
この中の抗告訴訟に属する処分取消の訴訟である)、いわゆる訴の変更の中に、右民事訴訟法第232条の場合のほか、被告の変更を伴う訴の変更および事実上訴の交換的変更と同様の結果を実現する「請求の追加的併合と訴の取下の併用」の場合が含まれ(行政事件訴訟法第19条第21条等参照)それぞれその要件と法的効果を異にするから、或る申立が、その形式上、訴の変更という文言を使用している場合であつても、直ちにこれを民事訴訟法第232条の訴の変更であると断定することはできない。右申立が前記いずれの性質のものであるかは、単に申立の文言だけにとらわれず、諸般の事情、殊に原告の該申立をした目的、その法的効果およびこれとの関係から推測せられる原告の通常の意思を十分検討して決定すべきである。
そこで、これを本件についてみると、本件弁論の全趣旨によれば「原告が前に述べた訴変更申立書によつて、いわゆる前記訴の変更をした目的は次のとおりであること、すなわち元来、原告が本件訴訟を提起したのは、被告のした本件不受理処分の取消を求めるためであつたのに、前記旧訴は、本件不受理処分(原処分)そのものの取消を求めず、右処分に対する異議申立につき被告のした決定の取消を求めるもので、しかもその理由は右決定自体に固有の違法を主張せず、すべて原処分の違法を主張するものであつたことから(これは行政事件訴訟法第10条第2項に違反するものである)、右違法を回避し且つ本来の訴訟目的を達成するため、前記旧訴を取下げ、同時に原処分の取消を求める新訴を提起すること(すなわち、訴の交換的変更または事実上これと同様の結果を実現すること)が、その目的であつたこと」を認めることができる。ところで、原告の右目的に関しては、本件のような抗告訴訟(取消訴訟)においては、これを達成する手段として、次の二つの方法、すなわち行政事件訴訟法第19条第2項、民事訴訟法第232条による訴の交換的変更および行政事件訴訟法第19条第1項第20条による請求の追加的併合と同法第7条、民事訴訟法第236条による訴の取下とを併用する方法が存在しうることは周知のとおりである。そうとすれば、原告のした前記いわゆる訴の変更も右いずれかの方法によつたものというべきところ、右二つの方法には、その法的効果、特に行政事件訴訟法第20条の利益享受の有無の点(本件の場合は、そのうちの出訴期間遵守の利益を享受するか否かの点)で、大いなる差異があること後述のとおりであるから、原告が前記各方法のうちいずれを採用する意思であつたかは、この点の異同と重大な関係があり、結局、原告は、そのうちの有利なもの、すなわち請求の追加的併合と訴の取下を併用する意思で、前に述べたいわゆる訴の変更をしたものと推認するのが相当である。蓋し、行政事件訴訟法第19条第2項、民事訴訟法第232条による訴の交換的変更の方法で、処分についての審査請求を棄却した裁決取消の訴(本件においては前記旧訴)をその処分取消の訴(本件においては前記新訴)に変更して提起する場合には、行政事件訴訟法第20条による期間遵守の利益が認められないことは、同条の明文(すなわち、右利益を認める場合を同法第19条第1項による追加的併合の場合に限定していること)に照らし、明らかであるから、もし右方法をとるとすれば、本件の場合、前記新訴の出訴期間は、一般原則である同法第14条により、被告の前記異議申立棄却決定が原告に送達された昭和四三年五月六日(この点は当事者間に争いがない)から起算して三ケ月以内(すなわち同年八月六日まで)となつて、同年一〇月三〇日に提起された前記新訴(本件訴)は明らかに不適法な訴となるに反し、行政事件訴訟法第19条第1項第20条による請求の追加的併合と同法第7条、民事訴訟法第236条による訴の取下とを併用する方法で、前記旧訴に前記新訴を併合提起し、同時に右旧訴を取下げる場合には、行政事件訴訟法第20条による期間遵守の利益が認められることは前記のとおりであるから、前記新訴(本件訴)は前記旧訴を提起したとき(すなわち昭和四三年七月三一日)に提起されたものとなつて、明らかに法定の出訴期間を遵守した適法な訴となるべく、そうとすれば、原告は、以上のような著しい法的効果の差異にかんがみ、すべからく自己に有利な後者の方法を実行する意思で、前記いわゆる訴の変更をしたものと推測するのが当事者の通常の意思に最もよく合致し、相当とすべきであるからである。しからば、原告の右訴の変更は、その申立書における文言とは若干の隔りがあるが、実質的には、原告主張のような各法条による、その主張のような請求の追加的併合と訴の取下との両者を含む複合的訴訟行為であつて、ただ手続上、訴訟経済を計るため、便宜以上を一括して、簡略な訴変更申立の形式をとつたものというべきである。
2 しかしながら、他方、民事訴訟においては、その手続の安定を計るため、手続を組成する訴訟行為につきその形式的確実性が要求されるこというまでもないから、一定の法的効果を生ずる訴訟行為をする場合には、手続上、当然、当該行為を他の行為と区別し且つこれによつて生ずる法的効果の判断を可能にする程度に、明確な形式を具備すべきものであつて、合理的な理由なく、以上の識別および判断を困難にするような手続の簡略化、形式の不明確化は許されない。
そこで、これを本件についてみると、原告の前記いわゆる訴の変更は、訴の交換的変更の形式をとつているといつても差支がないから、厳格にいえば、これと性質および効果の異なる前認定のような複合的訴訟行為の手続上の形式としては不明確であつて、形式的確実性を欠くものというべく、したがつて、この点からすれば、
原告があくまでも前に述べた請求の追加的併合と訴の取下とを併用せんとするならば、改めてその旨の明確な手続上の形式を具備させるべきものというべきである。
しかし、元来、訴の交換的変更は当然に新請求の追加的併合と旧請求の取下とを包含するから、原告が前記訴の変更につき、その実質は、原告主張のような各法条による、その主張のような請求の追加的併合と訴の取下との両者を含むものである旨釈明しており、しかも、原告のこの真意に前記申立の形式を合致せしめるよう訂正する手続を行うことが現在もなお可能であり、且つこれが一挙手一投足の労にすぎない本件においては、いまさら改めて原告が形式的に右手続をするまでもなく、訴訟経済上、前記訴の変更により、手続上も、前記請求の追加的併合と訴の取下とが、便宜一括して、しかも適法になされたものと解して妨げない合理的理由があるものというべく、したがつて右簡略な訴訟行為も、本件の場合には、結局、これを許容することができるものというべきである。
そうとすれば、原告の本件訴(前記新訴)は、行政事件訴訟法第20条により、
前記旧訴を提起したとき(すなわち、昭和四三年七月三一日)に提起されたものとみなされるから、明らかに法定の出訴期間(すなわち、同年八月六日まで)を遵守したものといわなければならない。
もつとも、右出訴期間の遵守については「同法第20条にいわゆる、その処分についての審査請求を棄却した裁決の取消の訴とは同法第10条第2項に違反しない訴をいうから、本件のように、同条項に違反する前記旧訴に前記新訴を併合して提起しても、同法第20条による出訴期間遵守の利益は認められない」旨、考える者もあるかもしれない。しかし、この考え方は、次のような理由により、到底採用することができない。すなわち、行政事件訴訟法は、その第10条第2項において、
いわゆる原処分中心主義をとり、処分の違法は処分の取消の訴によつて争うべきものとし、裁決の取消の訴においては、処分の違法を争うことは許さず、ただ、裁決に固有の瑕疵だけを理由として争うべきものとしたが、これを誤つて、原処分の違法だけを理由とする裁決の取消の訴を提起する者がいた場合、右誤解から出訴期間の徒過等により、その者の権利、利益の救済される機会が失われることを防止するため、同法第20条の特例を設けているものと解される。したがつて、同条にいわゆる裁決の取消の訴とは、同法第10条第2項に違反する訴をもその対象としているものというべきであるからである。
それゆえ、本訴の出訴期間の点に関する被告の主張は採用できない。
二 本訴の利益ないし原告適格について 「原告が、後記本件出願(先願、なお、これには、後記ドイツ国出願に基く優先権の主張がある)に対し本件不受理処分がなされたのち、昭和四二年一一月一三日、再度、被告に対し右先願と同一内容の考案につき実用新案登録出願(後願)をしたこと、および右後願が受理されたこと」は当事者間に争いがない。
そこで、本件訴の利益ないし原告適格の有無について按ずると、右認定のような事情のもとでは、本件訴には、通常、次のような利益があることが考えられる。すなわち、原告が、右訴により、まず本件不受理処分の取消を受けて先願の受理を実現し、次に右受理によつて、先願考案についてのドイツ国出願日昭和四一年一〇月五日から後願をするまでの間に、第三者によつてなされた(イ)右考案と同一内容の出願および(ロ)出願されていない右考案と同一の考案の公表または実施、その他の行為に対し、原告の優先権を保全することができる利益があることが考えられる。(工業所有権の保護に関する、いわゆるパリ条約第4条A、B、C参照)。
したがつて、仮に被告主張のように、単に前記期間内に第三者の前記出願がないことをもつて、にわかに原告に訴の利益ないし原告適格がないとしえないことは、一般に同期間内に第三者の前記公表または実施その他の行為の存在する可能性が十分あることに徴しても明らかである。そうとすれば、この点に関する被告の主張も、
また、採用できない。
本案についての判断
一 請求原因第一項(本件出願、本件不受理処分、および本件異議申立棄却決定)の事実は全部、当事者間に争いがない。
二 そこで、本件不受理処分の取消原因の存否について判断する。
まず、原告主張の取消原因(一)の存否について按ずると「本件出願の願書が実用新案法第5条第1項、同法施行規則第1条第1項所定の様式に従つて作成されたものであること、右願書には、原告主張のような記載があり、また実用新案登録出願の手数料である金一、五〇〇円の印紙が貼用されていたこと、およびその反面、
本件願書には、要するに、特許願に添付すべき様式により作成した明細書が添付されていたこと(この点の詳細は請求原因第一項を参照)」は当事者間に争いがない。そうとすれば、本件出願においては、願書の様式およびその記載は実用新案登録出願の体裁をとつており、他方、明細書のそれは特許出願の体裁をとつていて、
両者の間に齟齬があつたこと明らかである。
しからば、かかる場合、本件出願は直ちにこれをいずれの種類の出願か不明であると断定すべきものであろうか。
なるほど、右のような事情の場合、仮に本件出願を願書だけに基いて実用新案登録の出願と考えれば、実用新案法第5条第2項に従つた適式の明細書が添付されていない出願となり、仮にこれを明細書だけに基いて特許出願と考えれば、特許法第36条第1項に従つて適式の願書が提出されていない出願となるから、結局、本件出願は右いずれの種類の出願であるか不明であるとしえない訳ではない。
しかしながら、一般に、或る出願がいずれの種類の出願であるかは、単に願書の様式およびその記載または明細書のそれだけによつて判断すべきものではなく、願書およびその添付書類(すなわち明細書図面その他一切の出願書類)をすべて検討、綜合して、客観的に出願人の合理的意思を推測し、以てそのいずれであるか判断すべきものであるから、右認定基準の各一つだけに依拠した場合の前記各矛盾の存在を以て、直ちに、本件出願がいずれの種類の出願であるか不明であると断定することはできない。のみならず、右綜合判断の場合においても、前記認定基準相互間では、おのずからその基準としての重要性に軽重の違いがあるから、この点の区別を捨象して、願書と明細書の右重要性が同等であることを前提とする前記各矛盾の存在を以ては、到底、本件出願がいずれの種類の出願であるか不明であると断定するに足りない。蓋し、前記のような出願の種類認定の各基準のうち、願書の様式およびその記載は、元来、願書が、明細書図面等の添附書類と異つて、いかなる出願人が、いかなる種類の出願をするのか等、いわば出願の形式的内容もしくは意思表示的側面の特定を主たる目的とした書面であることから、最も直接且つ的確に出願の種類を指示するものであり(特許法第36条第1項、同法施行規則第23条第1項、実用新案法第5条第1項、同法施行規則第1条第1項等参照)、また出願の手数料として願書に貼用せられた印紙の額も、右手数料が出願の種類によりその額を異にするところから(特許法第195条第1項、実用新案法第54条第1項等参照)、間接にではあるが、端的に出願の種類を表象するものであるに反し、明細書の様式およびその記載は、元来、明細書が、いずれの種類の出願であれ、出願の対象である技術的思想(発明または考案等)の具体的特定およびその権利保護範囲の確定という、いわば出願の実体的内容もしくは技術的側面の記載を主たる目的とした書面であることから、出願の種類認定の基準としては、前者に比較し、二次的な重要性しか認められないのが普通であり、したがつて、明細書の様式およびその記載が願書のそれと矛盾する場合には、他に合理的理由が認められない限り、前記認定の基準としては、願書の方を明細書等よりも尊重せざるを得ないものであるからである。
そうとすれば、他に特段の事情の主張、立証のない本件においては、いまだ本件出願がいずれの種類の出願であるか不明であると断定することはできず、むしろ、
前認定のような具体的事情のもとでは、本件出願は、通常、願書の記載および形態のとおり、実用新案登録の出願であつて、ただ明細書の作成様式を誤つたにすぎないものと認定するのが、最も出願人(原告)の合理的意思に合致するものというべきである。
しからば、本件出願が、いずれの種類の出願か不明であるとの理由により、これを受理しないものとした本件被告の不受理処分は、既にその前提事実の認定の点において、経験則の適用を誤つた違法があるから、取消を免れないものというべきである。
三 よつて、原告の本訴請求は、爾余の点につき判断をするまでもなく、これを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第89条を適用して、主文のとおり判決する。
裁判官 荒木秀一
裁判官 古川純一
裁判官 牧野利秋