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事件 昭和 45年 (ワ) 12843号
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裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 1972/09/29
権利種別 実用新案権
訴訟類型 民事訴訟
主文 被告らは、登録第七二一一〇〇号実用新案権に基づき、原告A、同B、同鈴木繊維株式会社、同日本手袋株式会社、同C、同D、同有限会社扶双化成工業、同E、
同F、同丸久莫大小株式会社、同東予メリヤス企業組合、同細井手袋工業株式会社、同藤本繊維工業株式会社、同G、同高山メリヤス工業株式会社、同H、同I、
同J、同田中繊維工業株式会社、同K、同L、同M、同Nに対し、別紙物件目録記載の手袋につき、その製造、販売の差止を求める権利を有しないことを確認する。
被告らは、登録第七二一一〇〇号実用新案権に基づき、原告鶴岡株式会社、同株式会社深瀬商店、同Oに対し、別紙物件目録記載の手袋につき、その陳列、販売の差止を求める権利を有しないことを確認する。
訴訟費用は、被告らの連帯負担とする。
事実及び理由
全容
原告ら訴訟代理人は、主文と同旨の判決を求め、
その請求の原因として、
「一 被告らは、次の実用新案権(以下「本件実用新案権」といい、その考案を「本件考案」という。)の共有者である。
名称 作業用手袋 登録番号 第七二一一〇〇号 出願 昭和三五年一〇月一〇日 出願公告 昭和三八年二月二七日 実用新案出願公告昭三八―三一八三 登録 昭和三八年七月二三日 右出願の願書に添附した明細書の実用新案登録請求の範囲の記載は、次のとおりである。
図面に示すように平編組織で指部、甲部、掌部および長短任意の手首部を構成した手袋1の口縁部表面にジグザグ状に配置した糸aの一側折返部3と裏面にジグザグ状に配置した糸bの同側の折返部4とを掛合する(注―「掛合するよう」の誤記と思われる。)手袋1の編目に拘らず縫綴し糸a、bの反対側折返部5、6は直接または間接に掛合してかがりつけて手袋1の口縁部9を糸環によつて被覆して成る作業用手袋の構造。」二 主文第一項掲記の原告らは、それぞれ別紙物件目録記載の手袋(以下「本件物件」という。)を業として製造販売している者、同第二項掲記の原告らは、それぞれ本件物件を業として販売し、かつ、これを販売のため店舗に陳列している者である。
三 本件考案の構成要件および作用効果は、次のとおりである。
(一) 構成要件1 作業用手袋である。
2 指部、甲部、掌部および長短任意の手首部が平編によつて構成されている。
3 口縁部表面に縫糸aが、同裏面に縫糸bがそれぞれジグザグ状に配置されている。
4 縫糸aの一側折返部と縫糸bの同側折返部とが掛合されて手袋の編目にかかわらず縫綴されている。
5 縫糸a、bの反対側折返部が直接または間接に掛合されてかがりつけられている。
6 口縁部が糸環によつて被履されている。
(二) 作業効果 本件実用新案の明細書には、その作用効果として、縫糸を手袋の編目にかかわりなく縫綴するから、リンキング式のように縫糸を編目を通じて縫綴するものに比べて作業がいちじるしく容易で能率的である旨の記載がある。
四 本件物件の構成および作用効果は、次のとおりである。
(一) 構造1 作業用手袋である。
2 指部、甲部、掌部および手首部が平編によつて構成されている。
3 手首部の上部から下部にかけて、太さ約〇・四ミリメートルの断面ほぼ正方形のゴム条に極細の糸を巻いて被覆したものが螺旋状に挿通されている。
4 口縁端部に、太さ約一ミリメートルの断面正方形の環状ゴム条で、その円周の長さが口縁端部の円周よりやや短いものが添接されている。
5 口縁部表面(外面)にも糸b(大ルーパー糸)、同裏面(内面)に糸a(針糸)、口縁端部に添接された環状ゴム条の外側に糸c(小ルーパー糸)が、それぞれジグザグ状に配置されている。
6 糸a(針糸)が手袋の編目にかかわらず綴編されている。
7 糸bの口縁端部より遠い側の折返部と糸aの同側の折返部とが、口縁部表面で掛合されている。
8 糸b、aの口縁端部の側の各折返部が、前記環状ゴム糸を包み込むように、糸cの口縁部表面側および同裏面側の各折返部と、それぞれ掛合してかがりつけられている。
9 口縁部が環状ゴム条をかがり込んだ糸環によつて被覆されている。
(二) 作用効果 本件物件において、
手袋の口縁部に複数の糸をジグザグ状に配置し、その各折返部を相互に掛合し、そのうちの針糸を手袋の編目にかかわらず縫綴してかがり縫を施すのは、いわゆるオーバーロツク縫にほかならないが、かかるオーバーロツク縫は、口縁部におけるメリヤス編地の伸長を妨げないという作用効果を有することにとどまり、それ自体なんらの縮小性を有するものではないので、これのみでは、手袋の口縁部に必要な伸縮性を与えることができない。そこで、本件物件においては、口縁部にその円周の長さが手首部の円周よりやや短い環状ゴム状を添接し、これをかがり込むようにオーバーロツク縫を施すことにより、口縁部に伸長性とともに縮小性を付与し、もつて、手袋の口縁部に顕著な伸縮性を具備させている。これにより、作業中手袋が使用者の手首から離脱することを防ぎ、しかも、環状ゴム条の前記縮小性により、口縁部の糸環は常時縮小した形態を維持し、かつ、糸環の装飾的効果を長く保持することができ、また糸環が常に縮小した状態にあることにより、口縁のほつれを防止するという効果も大である。
五 本件考案と本件物件との比較(一) 構造の比較1 共通点(1) 作業用手袋であること。
(2) 指部、甲部、掌部および手首部が平編によつて構成されていること。
(3) 口縁部に複数の糸がジグザグ状に配置され、その各折返部が相互に掛合され、そのうちの針糸が手袋の編目にかかわらず縫綴されて、口縁部にいわゆるオーバーロツク縫が施されていること(なお、本件考案にあつては、糸aおよび糸bをともに手袋の編目にかかわらず縫綴するかのように、実用新案公報に記載されているが、オーバーロツク縫においては、針糸は一本であり、針糸以外の糸は編地の縫綴を行なわないものであるから、各公報の記述は正確を欠いている。)2 相違点(1) 本件物件にあつては、口縁端部に、その円周が手首部の円周よりやや短い環状ゴム条が添接されているのに対し、本件考案はかかる構造を有しない。
(2) 本件物件にあつては、糸a、b、cが右の環状ゴム糸を包み込むように掛合してかがりつけられているのに対し、
本件考案はかかる構造を有しない。
(3) 本件物件にあつては、口縁部が前記環状ゴム条をかがり込んだ糸環によつて被覆されているのに対し、本件考案にあつては、口縁部が単なる糸環によつて被覆されているにすぎない。
(二) 作用効果の比較1 共通点 本件考案については、その明細書に前記のような作用効果の記載があるが、およそ縫糸を生地の縫目ないし編目にかかわらず縫綴することは、縫成の手段としてもつとも平凡かつ基本的なものであるから、そこになんらの特徴的な作用効果をも見出すことはできない。右の明細書において引用されているリンキングのように一つ一つ編目を拾つて縫綴するものにこそ、むしろ縫成手段としての特殊な作用効果を認めることができるのである。けだし、編目を一つ一つ拾つて縫綴するときは、編目にかかわらず縫綴する場合に比して、縫綴した部分が目立たず、かつその部分を整然と美しく仕上げることができるからである。それ故、編目にかかわらず縫綴する方法が編目を一々拾つて縫綴する方法に比し作用効果においてすぐれたところがあるとするのは、縫成手段に対する基本的な認識を誤つた議論であるといわなければならない。
したがつて、本件考案が、編目にかかわらず縫綴することに関し、「作業が著しく容易で能率的である」とするのは、要するに、特別なことをしようとしないで、
特別なことをする場合に比し、作業が簡単であるというだけのことにすぎず、作用効果の主張としては失当というほかはないが、もしそれをしもあえて本件実用新案の作用効果というのであれば、本件物件もまたその点において変りはない。
2 相違点 本件考案は、要するに、手袋の口縁部にオーバーロツク縫を施すというものであるから、その作用効果も一般のオーバーロツク縫のそれに尽きるとみるべきであるが、口縁部にオーバーロツク縫を施すのみでは、口縁部のメリヤス編地の伸長を妨げないという作用効果が得られるに止まり、伸長をした口縁部を縮小するという作用効果は得られないから、手袋の口縁部はその必要とする伸縮性を具備することができない。
これに対し、本件物件は、口縁端部に、その円周の長さが手首部の円周よりやや短い環状ゴム条を添接し、これをかがり込むようにオーバーロツク縫を施す構造を有するから、これにより口縁部に伸長性ともに縮小性が付与され、もつて手袋の口縁部に顕著な伸縮性が具備されているのである。その結果、作業中手袋が使用者の手首から離脱することを防止することができ、しかも環状ゴム条の縮小性により、
口縁部の糸環は、常時縮小した形態を維持し、かつ糸環の装飾的効果を長く保持することができ、また糸環が常に縮小した状態にあることから、口縁のほつれを防止する効果も大きいという各効果が得られるのであつて、これらはいずれも本件考案にない本件物件特有のものであるから、両者の作用効果には明白な差異があるということができる。
六 そこで、本件考案技術的範囲および本件実用新案権の効力について考える。
(一) 平編による構成について 平編は、メリヤス編の中で最も基本的な編方である。したがつて、手袋の各部を平編で構成することは公知公用の技術であつて、本件考案につきその点になんらの新規性をも認めることはできない。
(二) オーバーロツク縫について オーバーロツク縫による縫い方は、使用する縫糸数によつて、二本糸、三本糸、
四本糸等に分けられるが、二本糸の場合は、縫糸が直接に掛合され、三本糸、四本糸の場合には縫糸が他の縫糸一本または二本を介して間接に掛合されることになる。本件実用新案公報第四図および第五図は二本糸によるものを、第二図および第三図は三本糸によるものを示している。
ところで、オーバーロツクミシンを用いてオーバーロツク縫を行なうことは、メリヤス業界において、メリヤス編物の縫合または縢着(かがりつけ)のために古くから行なわれてきたところであり(甲第四号証ないし第六号証)、また昭和三二年五月二〇日当時、作業用手袋の口縁にゴム条を添接し、右口縁部をオーバーロツク縫でかがりつけることは、公知であり、かつ広く行なわれていたことが知られる(甲第七号証)。
(三) 糸環の形成について 本件考案においては、手袋の口縁部が糸環によつて被覆されているが、これは手袋の口縁部に前記オーバーロツク縫を施すことにより結果として生ずるものにすぎない。およそ、手袋の口縁部にかがり縫を施せば、結果として糸環が形成され、右糸環をもつて口縁部が被覆されることは自明であるから、手袋の口縁部をオーバーロツク縫でかがることが本件実用新案出願前から公知公用のものであつた以上、手袋の口縁部を糸環によつて被覆することもまた公知公用であつたことに疑問の余地はない。
(四) 総括 以上のようにみてくると、本件考案はあらゆる点で公知公用の技術のみを内容とするものであり、そこになんらの新規性を認めることができない。
本件実用新案出願がその考案新規性がなく、本来拒絶さるべきものであつたことは、次の事実からも明らかである。
すなわち、被告Pおよび同Qは、本件実用新案の出願と同時に、甲第一〇号証に表示されるような本件考案の手袋とは、手袋の口縁に環状ゴムテープまたは環状ゴム条を当てたほかは、まつたく同じ作業用手袋の考案について実用新案登録出願をしたが、右出願に対しては、出願前公知であることを理由として三件の異議申立がなされ、異議申立人らは公知文献として、R著「編組工学」(甲第五号証)、および昭和三三年第一〇九四五号実用新案公報(甲第七号証)を引用した。その後、右三件の異議は、出願人らとの間に和解が成立した等の理由で取下げられたが、審査官は右甲第七号証の特に「実用新案の説明」第一七―二八行の記載を引用して拒絶理由通知をなし(甲第一一号証)、さらに右拒絶理由通知記載の理由を援用しつつ、「ゴム条を環状にし、口縁全周に施すことは引例公報の他の部分に記載されている。また手袋の編目に拘りなく縫成することは引例の縫成手段以前の基本的な縫成手段である。」との説明を付加して拒絶査定をした(甲第一二号証)。さらに、
右拒絶査定に対する審判手続においても、審査官により、前記甲第七号証および米国規格第七五一、ステツチ・タイプ五〇五(甲第一四号証の一、二)を引用して再び拒絶理由通知がなされている(甲第一三号証)。
右の出願に対して審査官および審判官が拒絶の理由とするのところは、本件実用新案に対してもそのまま該当するものである。しかるに、本件実用新案登録の出願が拒絶されなかつたのは、本件実用新案の出願公告に対して異議の申立がされなかつたため、審査官が公知例の存在に気付かなかつたことによるものと思われる。
このように、同一の出願人により同日付でされた二個の出願であつて、本来同一の理由により拒絶されるべきものが、審査官の不注意により一つだけ拒絶され、一つは登録されたという事情の明白な本件の場合は、本件実用新案登録の出願自体もまた拒絶されたと同視すべきである。
以上のように、本件実用新案登録には、きわめて明白な無効原因があるというべきであり、すでに特許庁に二件の無効審判請求手続が係属中である(昭和四二年第一八五六号、昭和四四年第六四八七号)。
(1) 権利の濫用 このような実用新案権にもとづいて、権利者が第三者に対し、その製造販売等の行為の差止を求め、またはこれに対して損害賠償の請求をなすことは、権利の濫用として許されないところといわなければならない。けだし、かかる実用新案権については、近い将来登録無効の審決の確定することが確実であり、登録無効の審決が確定するときは、実用新案権は初めから存在しなかつたものとみなされる(実用新案法第41条、特許法第125条本文)ので、いつたんかかる権利にもとづき行為の差止または損害賠償の請求を許しても、登録無効審決確定後損害賠償ないし不当利得の返還によりこれを原状に回復しなければならないため結局権利者にとつても、かかる権利の行使がなんらの実益をもたらさないばかりか、ことに差止請求の場合、公知公用の技術を用いて営業を行なう当該第三者にとつては、その正当な営業活動を阻害され、回復しがたい損害を蒙ることになるからである。
(2) 技術的範囲の限定 本件考案のように公知公用の技術を内容とするものは、産業の発達をはかるため技術上の創作を保護することを目的とする実用新案法の精神に照らして、その技術的範囲をきわめて限定的に解釈し、公知公用の技術の万人による利用をできるかぎり妨げないよう配慮しなければならない。すなわち、かかる考案は、明細書の説明および図面に記載された構造および作用効果と完全に一致するものに及ぶにすぎず、多少ともこれと構造または作用効果を異にするものには及ばないと解するのが相当である。なかんづく、当該公知公用の技術を利用しつつ、これに別個の構造を付加し、ために別個の作用効果をあげる物件については、これをすべてその技術的範囲外とし、いわゆる利用関係の成立を否定すべきである。
これを本件考案についてみれば、その技術的範囲は、各部を平編で構成した作業用の手袋の口縁部に単にオーバーロツク縫を施して糸環を形成するものに限られ、
口縁部に環状のゴム条を添接し、これをオーバーロツク縫でかがり込んで糸環を形成するものには及ばないものといわなければならない。
また、本件考案明細書添付図面の第二図および第三図ならびに実用新案の登録請求の範囲の記載によれば、本件考案の三本糸を使用したものは、手袋の口縁部表面に針糸(糸a)を、同裏面に大ルーパー糸(糸b)を配置したものであるから、
その技術的範囲は、右の縫成構造に限定されるものといわなければならない。しかるに本件物件にあつては、針糸(糸a)を口縁部裏面に、大ルーパー糸(糸b)を同表面に配置しているから、本件考案の術的範囲に属しないことが明白である。
なお、針糸(糸a)を口縁部表面に配置するときは、その表面にあらわれる糸環の形状が本件実用新案公報第一図の口縁部に見られるような形状を呈するのに対し、大ルーパー糸(糸b)を口縁部表面に配置するときは、その表面にあらわれる糸環の形状が本件物件目録第一図の口縁部に見られるような形状を呈するから、後者の方が装飾的効果においてまさつており、したがつて両者は、構造の面のみならず、その効果の面でも顕著な差異を有するのである。
(3) 差止請求権の不存在 被告らが、原告らに対し本件実用新案権にもとづいて原告らによる本件物件の製造および販売または陳列および販売の差止を求めることは、前記のように、一つには権利の濫用として、二つには本件物件が本件考案技術的範囲に属しないが故に許されないところである。すなわち、被告らは原告らに対し本件物件の製造、販売または陳列、販売の差止を求める権利を有しないのである。
七 よつて、請求の趣旨記載の判決を求めるため本訴に及んだ。」と述べた。
被告P、同Q、同Sら三名訴訟代理人は、「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は、原告らの連帯負担とする。」との判決を求め、答弁ならびに主張として、
「一 請求原因一および二を認める。
二(1) 本件考案の構成要件を分折すると、次のとおりである。
1 作業用手袋に関するものである。
2 平編組織で指部、甲部、掌部および長短任意の手首部を構成してあること。
3 手袋の編目にかかわらず縫綴りされていること。
4 手首口縁部の表面にジグザグ状に配置した糸と裏面にジグザグ状に配置した糸とが一側折返部で掛合されていること。
5 表面にジグザグ状に配置された糸と裏面にジグザグ状に配置された糸との同側折返部を直接に掛合わせるかまたは別な糸によつてジグザグ状に間接に掛合わせて二本または三本の縫糸で縫綴されていること。
6 口縁部が糸環によつて被覆されていること。
(二) 本件考案の作用効果 前記1ないし6の各要件は、密接不可分に結合して、手袋の手首口縁部から編糸の編戻りを防止するものであつて、在来の手袋のように、編目を一々通してリンキング式のように目綴りするものに比べて作業が著しく容易で能率的である。それは、編目にかかわらず縫綴りして口縁部を糸環によつて全面的に被覆するからである。
三 本件物件の構造は、次のとおりである。
1 作業用手袋である。
2 指部、甲部、掌部および手首部が連続して平編組織で構成されている。
3 手袋の編目にかかわらず縫綴りされている。
4 手首口縁部の表面にジグザグ状に配置した糸と裏面にジグザグ状に配置した糸とが一側折返部で掛合されている。
5 口縁部表面(外面)に糸(大ルーパー糸)、同裏面(内面)に糸(針糸)、口縁端部に、外側に糸(小ルーパー糸)をそれぞれジグザグ状に配置し、
糸の口縁部表面側および同裏面側の各折返部がそれぞれ掛合してかがりつけられている。
6 口縁部が糸環によつて全面的に被覆されている。
7 被覆された糸環内に輪ゴムを縫包んでいる。
構造の比較 本件考案と本件物件との共通点は、次のとおりである。
1 作業用手袋であること。
2 平編組織で指部、甲部、掌部および手首部を構成していること。
3 手袋の編目にかかわらず縫綴りされていること。
4 手首口縁部の表面にジグザグ状に配置した糸と、裏面にジグザグ状に配置した糸とが一側折返部で掛合されていること。
5 本件考案における「表面にジグザグ状に配置された糸と裏面にジグザグ状に配置された糸との反対側折返部が別な糸によつてジグザグ状に間接に掛合されて三本の縫糸で縫綴りされている」ことと、本件物件における「口縁部表面(外面)に糸(大ルーパー糸)、同裏面(内面)に糸(針糸)、口縁端部に、外側に糸(小ルーパー糸)をそれぞれジグザグ状に配置し、糸の口縁端部表面側および同裏面側の各折返部とそれぞれ掛合してかがりつけてある」こととは、文章の表現に相違があつたとしても、その構成は同一であつて、なんら変るところはない。
6 口縁部が糸環によつて全面的に被覆されていること。
本件物件における「被覆された糸環内に輪ゴムを縫包んでいる。」構成は、右のように本件考案の1ないし6の各構成要件をことごとく具備した構成に対する附加的構成であつて、これがあるからといつて本件考案の実施でないとすることはできない。
仮にそうでないとしても、本件考案の口縁部における構成を利用しなければ輪ゴムを糸環内に縫包むことはできないのであるから、本件物件は、本件考案を利用しなければ構成しえないのである。
五 原告らは、本件考案はあらゆる点で公知公用の技術のみを内容とするものであり、なんらの新規性も認められないから、本件実用新案登録には無効原因があると主張する。しかしながら、公知公用の縫機のもつ縫糸構造の特徴を未開拓の分野に実施することによつて、実施せられた物品が新規の考案と認められた実例は枚挙にいとまがないのである(乙第一二号証ないし第一六号証参照)。本件考案は、縫機およびそのステツチ(縫糸の糸構成)自体を実用新案の対象とするものではなく、
作業用手袋の構造において新規かつ有用のものと認められたものであることは明らかであり、本件考案についてステツチ自体を捉えて新規性がないとする原告らの主張は理由がない。
原告らは、被告PおよびQは、甲第一〇号証の実用新案公報に表示されるような、本件考案の手袋とは、手袋の口縁に環状ゴムテープまたは環状ゴム条をあてたほかは、まつたく同じ作業用手袋の考案について、実用新案登録出願をしたが、右出願については、審査官から拒絶理由通知、拒絶査定、さらに審査官から拒絶理由通知がされたから、本件考案の出願についても拒絶査定がされるべきものであつたのであり、明白な登録無効の原因があるというが、右拒絶の理由として挙げられたところは、いずれも妥当ではない。
(一) すなわち、審査官の拒絶理由通知(甲第一一号証)に引用文献とされている実公昭三三―一〇九四五号実用新案公報は本件考案の手袋におけるように、手袋の手首部口縁に伸縮性を与えるようなものではない。なぜならば、同公報には、
「口縁の折返しは甚だ外部を分厚として外観を損じ、且この縫着によつてメリヤス自身の伸縮性を阻害し、又ゴム条等を口縁一側に添接して縫着したものは多くオーバーロツク縫であるが、この手段では手袋の如く荒目のものにおいては各ウエールの目毎にかかる故メリヤス自身の伸縮性を阻害される点において全く同様であり、
更に口縁端が不揃となり縫着自身に相当の熟練が必要とされる欠陥が存ずる。」と記載されており、オーバーロツク縫では各ウエールの目毎に縫目がかかり、そのためにメリヤス自身の伸縮性を阻害するものであると記載されていることは、手袋の手首部口縁にオーバーロツク縫を実施すること自体が該記載によつて明らかなように、本件実用新案出願前における基本的縫成手段によるのでは無理であり、手袋の着脱に際し伸縮度を制約することを意味したものであり、かつ、口縁は不体裁な不揃となることを物語つているものである。
本件考案は、そのような欠陥を克服することを課題として研究した結果のものであり、手袋のウエール数の密度の約四分の一に当る飾り縫の構成を用いることによつて、伸張度が充分得られる縫成構造を案出したものである。
本件考案の構成要件の一つに「口縁部が糸環によつて被覆されていること」があることは前述したが、「被覆」すること、すなわち、飾り縫の構成によつて口縁部を被い包むことを必要とするため、一回縫では完全に被い包むことができず、「被覆状態を完成するまでに二回または三回重複して縫綴することが本件実用新案に欠くことのできない必須要件となる。
(二) また、前記拒絶査定中には、「手袋の編目に拘りなく縫成することは引例の縫成手段以前の基本的な縫成手段である。」とあるが、この記載は、まつたく技術背景のない推論というべきである。このことは、前掲甲第七号証実用新案公報中に、荒目の編成による手袋に実施した場合における欠点を指摘している事実に徴しても明らかである。
(三) また、審判官は、米国規格第七五一、ステツチ・タイプ五〇五を引用して拒絶理由通知をしているが、本件考案は、ステツチ自体を考案の対象とするものではなく、ステツチと作業用手袋とが密接不可欠の関係をもつているところに新規性があり、また、有効な作用効果を発揮するものである。
六 原告らは、本件考案において、三本糸を使用したものは、手袋の口縁部表面に針糸を、同裏面に大ルーパー糸を配置したものであるのに、本件物件においては、
針糸を口縁部裏面に、大ルーパー糸を同表面に配置しているから、本件物件は本件考案技術的範囲に属しないというが、本件実用新案登録請求の範囲全文の記載に徴し、被縫物に対し、裏から縫綴りするか表から縫綴りするか、いずれから縫綴りすることも本件考案の実施の態様であつて、糸構成が変らない限り、作用効果になんらの影響を及ぼすものではないのである。」と述べた。
被告Tは、公示送達によるのでない呼出を受けたが、本件口頭弁論期日に出頭せず、かつ、答弁書その他の準備書面も提出しなかつた。
立証(省略) 理 由一 被告Tについては、原告主張の請求原因事実をすべて自白したものとみなされるところ、この事実によれば、同被告に対する原告らの本訴請求は、すべて理由がある。
二 被告らが本件実用新案権の共有者であること、主文第一項掲記の原告らは、それぞれ本件物件を業として製造販売している者であり、同等二項掲記の原告らは、
それぞれ本件物件を業として販売し、かつ、これを販売のため店舗に陳列している者であることは、原告らと被告P、同Q、同Sら三名(以下特に表示しない場合は、被告らとは、右被告ら三名を指すものとする。)との間で争いがない。
三 成立に争いのない甲第一号証(本件実用新案公報)によれば、本件考案の構成要件は、次のとおりであると認められる。
1 作業用手袋であること。
2 指部、甲部、掌部および長短任意の手首部が平編によつて構成されていること。
3 口縁部表面に縫糸aが、同裏面に縫糸bがそれぞれジグザグ状に配置されていること。
4 縫糸aの一側折返部と縫糸bの同側折返部とが掛合されて手袋の編目にかかわらず縫綴されていること。
5 縫糸a、bの反対側折返部が直接または間接に掛合されてかがりつけられていること。
6 口縁部が糸環によつて被覆されていること。
四 本件物件を表示したものであることについて原告らと被告らとの間に争いのない別紙物件目録の記載によれば、本件物件の構成は、次のとおりのものであることが認められる。
1 作業用手袋である。
2 指部、甲部、掌部および手首部が平編で構成されている。
3 手首部の上部から下部にかけて、太さ約〇・四ミリメートルの断面ほぼ正方形のゴム条に極細の糸を巻いて被覆したものが螺旋状に挿通されている。
4 口縁端部に、太さ約一ミリメートルの断面正方形の環状ゴム条で、その円周の長さが口縁部の円周よりやや短いものが添接されている。
5 口縁部表面(外面)に糸b(大ルーパー糸)、同裏面(内面)に糸a(針糸)、
口縁部に添接された環状ゴム条の外側に糸c(小ルーパー糸)が、それぞれジグザグ状に配置されている。
6 糸aが手袋の編目にかかわらず縫綴されている。
7 糸bの口縁部より遠い側の折返部と糸aの同側折返部とが、口縁部表面で掛合されている。
8 糸b、aの口縁端部の側の各折返部が、前記環状ゴム条を包み込むように、糸cの口縁部表面側および同裏面側の各折返部とそれぞれ掛合してかがりつけられている。
9 口縁部が環状ゴム条をかがり込んだ糸環によつて被覆されている。
五 手袋の口縁部に複数の糸をジグザグ状に配置し、その各折返部を相互に掛合し、そのうちの針糸を手袋の編目にかかわらず縫綴してかがり縫を施すのは、いわゆるオーバーロツク縫であること、オーバーロツク縫においては針糸は一本であり、針糸以外の糸は編地の縫綴を行わないことは、被告らの明かに争わないところであるから、被告らはこれを自白したものとみなすが、右のことを前提にして前記本件考案の構成要件と本件物件の構造とを比較すると、
両者の共通点は、
1 作業用手袋であること2 指部、甲部、掌部および手首部が平編によつて構成されていること、
3 口縁部に複数の糸がジグザグ状に配置され、その各折返部が相互に掛合され、
そのうちの針糸が手袋の編目にかかわらず縫綴されて、口縁部にいわゆるオーバーロツク縫が施されていること、
4 口縁部が糸環によつて被覆されていることであり、
両者の相違点は、
1 本件物件においては、手首部の上部から下部にかけて断面ほぼ正方形のゴム条に極細の糸を巻いて被覆したものが螺旋状に挿通されているのに対し、本件考案はかかる構造を有していない、
2 本件物件においては、口縁端部に、その円周が手首部の円周よりやや短い環状ゴム条が添接され、糸a、b、cが右の環状ゴム条を包み込むように掛合してかがりつけられているのに対し、本件考案はかかる構造を有していない、点にあると認められる。
六 そこで、本件実用新案権の権利範囲について審究するに、成立に争いのない甲第三号証ないし第五号証、第七号証、第一四号証の一、二、乙第七号証を総合すれば、
本件考案の前記構成要件のうち、作業用手袋において、指部、甲部、掌部および長短任意の手首部が平編によつて構成されていること、手袋の口縁部に複数の糸をジグザグ状に配置し、その各折返部を相互に掛合し、そのうちの針糸を手袋の編目にかかわらず縫綴してかがり縫を施すこと(オーバーロツク縫)は、いずれも本件実用新案出願前公知であつたことを認めることができ、右認定に反する証拠はない。
原告らは、本件考案の前記構成要件のうち、「口縁部が糸環によつて被覆されている」ことは、およそ手袋の口縁部にかがり縫を施せば結果として糸環が形成され、右糸環をもつて口縁部が被覆されることは自明であるから、手袋の口縁部をオーバーロツク縫でかがることが本件実用新案出願前から公知公用のものである以上、手袋の口縁部を糸環によつて被覆することも公知公用であつたものとしなければならないと主張するに対し、被告らは、本件実用新案出願前においては、手袋の口縁部にオーバーロツク縫を施すときは、各ウエールの目毎に縫目がかかりそのためにメリヤス自身の伸縮性を阻害するものとされていたのを、本件考案は手袋のウエール数の密度の約四分の一に当る飾り縫の構成を用いることによつて伸張度が充分得られる縫成構造を案出したものであり、本件考案では飾り縫の構成によつて口縁部を被い包むことを必要とするため、一回縫では完全に被い包むことができず、
被覆状態を完成するまで二回または三回重複して縫綴りすることが、本件実用新案に欠くことのできない必須要件であると主張する。口縁部にオーバーロツクミシンを一回がけした手袋であることについて争いのない検甲第四号証によれば、口縁部にオーバーロツク縫を一回施することにより口縁部を糸環によつて被覆することができること、およびオーバーロツク縫を一回施しても、各ウエールの目毎に縫目がかかつてそのためにメリヤス自身の伸縮性を阻内害するというようなことがないことを認めることができる。そうであるとすれば、手袋の口縁部をオーバーロツク縫でかがることは必然的に手袋の口縁部を糸環によつて被覆することになるということができ、したがつて、原告主張のように、手袋の口縁部をオーバーロツク縫でかがることが本件実用新案出願前から公知のものである以上、手袋の口縁部を糸環によつて被覆することも公知であつたとせざるをえない。二回または三回重複して縫綴りすることが本件実用新案に欠くことのできない必須要件であるとの被告らの主張は、本件実用新案公報の記載自体からこれを認めることはできず、他にそのように本件実用新案権を解釈しなければならないとする証拠はない。
以上説明したところにより、本件実用新案の構成要件のはすべて公知であると認められる。しかし、本体実用新案権が権利として成立している以上、この権利を無内容のものとして取扱うこと、すなわち実質的にその登録を無効のものとして扱うことができないから、本件権利は本件実用新案公報に記載されている字義どおりの内容をもつものとして最も狭く解するのが相当である。
そうすると、本件実用新案公報の実用新案登録請求の範囲の記載ならびに同添付図面第二図および第三図によれば、本件考案におけるオーバーロツク縫において三本糸を使用したものは、手袋の口縁部表面に針糸(糸a)を、同裏面に大ルーパー糸(糸b)を配置したものに限られると解すべきである。しかるに、本件物件においては、針糸(糸a)を口縁部表面に、大ルーパー糸(糸b)を同表面に配置しているから、本件物件は、その点ですでに、他の点を判断するまでもなく、本件考案技術的範囲に属しないものといわざるを得ない。
七 以上のとおり、本件物件が本件実用新案の技術的範囲に属しないことを理由とする原告らの本訴請求は、いずれもその理由があるからこれを正当として認容することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第89条第93条第1項但書を適用して主文のとおり判決する。
追加
(別紙)物件目録一図面の説明第1図は、この作業用手袋の正面図、第2図は、口縁部を表面(外面)からみた拡大図、第3図は口縁部を裏面(内面)からみた拡大図、第4図、第5図は、糸環の一単位の構造である。
構造の説明図面に示すような作業用手袋1の指部、甲部、掌部及び手首部を平編によつて構成し、右手首部の上部より下部にかけて、太さ約〇・四ミリメートルの断面ほぼ正方形のゴム条に極細の糸を巻きつけて被覆したものを螺旋状に挿通し、手袋1の口縁端部9に、太さ約一ミリメートルの断面正方形の環状ゴム条で、その円周の長さが口縁端部の円周よりやや短かいもの2を添接し、口縁部表面(外面)に糸b(大ルーパー糸)、同裏面(内面)に糸a(針糸)、口縁端部9に添接された環状ゴム条2の外側に糸c(小ルーパー糸)をそれぞれジグザグ状に配置し、糸aはこれを手袋1の編目にかかわらず縫綴し、糸bの口縁端部より遠い側の折返部4と糸aの同側の折返部3とを口縁部表面で掛合させ、糸b、aの口緑端部の側の各折返部6・5を、前記環状ゴム条2を包み込むように、糸cの口縁部表面側8及び同裏面側7の各折返部とそれぞれ掛合してかがりつけ、もつて口縁部9を環状ゴム条2をかがり込んだ糸環によつて被覆して成るものである。
(別紙)<11735―001><11735―002>
裁判官 荒木秀一
裁判官 高林克己
裁判官 野沢明