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関連審決 審判1960-273
関連ワード 考案 /  図面 /  構造 /  物品 /  技術的思想の創作 /  新規性(3条1項) /  先後願 /  冒認(冒認出願) /  実施例 /  明細書 / 
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事件 昭和 40年 (行ケ) 5号
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裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 1974/09/03
権利種別 実用新案権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
原告は「特許庁が昭和三九年一一月一八日、同庁昭和三五年審判第二七三号事件についてした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告は主文同旨の判決を求めた。
請求原因
一 特許庁における手続の経緯 登録第四六〇二七五号実用新案「毛糸編機の摺動板」(以下「本件実用新案」という。)は、昭和三〇年四月一九日Aによつて登録出願され、昭和三二年四月六日登録された。被告は昭和三五年九月一六日Aから本件実用新案権を譲り受けた。原告は昭和三五年四月四日特許庁に対しAを被請求人として本件実用新案の登録無効審判を請求した(昭和三五年審判第二七三号)。特許庁はこれに対し、昭和三五年九月一九日被告を被請求人として審判手続を続行する旨を原告に通知したうえ、昭和三九年一一月一八日「本件審判の請求は成り立たない。」との審決をし、その謄本は同年一二月二〇日原告に送達された。
二 本件実用新案の要旨 摺動板1に定着したカム板2、4の左右両端に屈折カム板5、6を屈曲し得るように枢着し、其の側面にスプリング7、8を接着せしめ、摺動板1の側面にそれぞれ摺動杆13、14を摺動自在に支持板15、16により支持し、摺動杆13、14の屈曲先端11、12を屈折カム板5、6の先端に係合せしめ、摺動杆13、14に設けた切欠19に弾性線18を嵌入せしめるようにした毛糸編機の摺動板の構造(別紙図面参照)三 審決理由の要点(一)本件実用新案の要旨は、前項掲記のとおりである。
(二)原告(請求人)は本件実用新案の登録を無効とすべき理由として次のとおり主張した。
(1)昭和二五年特許願第七八四三号(特許第二〇九一一七号)(以下「第一引用例」という。)のカム構造は、模様編、引返し編編成を可能にした点において、目的および作用効果が本件実用新案と同一である。また、昭和二八年特許願第一七四九〇号(第一引用例の追加特許願)(以下「第二引用例」という。
)および同年特許願第二二三六〇号(第一引用例の分割特許願)(以下「第三引用例」という。)には、その実施例に本件実用新案の構造と同一原理にかかるあこべ山および同一構造である屈曲カムが明示され、その作用効果は本件実用新案と同一である。したがつて、本件実用新案は旧実用新案法(大正一〇年法律第九七号)第3条にいう新規性を有しない。
(2)各引用例記載の発明は、いずれも原告(請求人)によつて発明された特許出願されたものであるから、これと同一である本件実用新案の登録は、冒認者のためになされたものである。
(3)被告(被請求人)の答弁書は、特許法第134条の指定期間ならびに審判手続続行通知後年月を経過した後に提出された不適法なものであるから却下されるべきである。
(三)そこで審理すると、特許法第134条は、審判長の行うべき手続を規定したものであつて、審判の審理中に被請求人が審判長の指令の有無にかかわらず自発的に答弁書を提出することを妨げるものではない。したがつて原告の(3)の主張は採用することができない。
(四)第一引用例の特許出願は、昭和二九年七月二八日出願公告された。その発明の要旨はカム装置に関するものではないが、その明細書および図面には、メリヤス編機のカム装置に関し、ライジングカム(8)(8′)をニッテイングカム(9)の両側に配しかつライジングカムを休止させる装置を設け、柄編および引返し編を可能にする旨説明されている。
そこで、本件実用新案と第一引用例の記載とを比べてみると、編針を休止させて柄編の編成を可能にするという作用効果において両者は一致する。しかし、本件実用新案は、このような作用効果を要旨とするものではなく、その要旨とする「屈折カム板(5)(6)を屈曲し得るように枢着し、その側面にスプリング(7)(3)を接着せしめ、摺動板(1)の側面にそれぞれ摺動杆(13)(14)を摺動自在に支持板(15)(16)により支持し、摺動杆(13)(14)の屈曲先端(11)(12)を屈折カム板(5)(6)の先端に係合せしめ、摺動杆(13)(14)に設けた切欠(19)に弾性線(18)を嵌入せしめるようにした」具体的構造は、第一引用例記載のものと相違する。またこの構造により屈折カム板(5)(6)を摺動杆により屈折させてその位置に保持するという、第一引用例記載のものとは異なる効果を奏する。
したがつて、本件実用新案、その構成および具体的作用効果からみて、第一引用例記載のものと同一またはこれに類似するものとは認められない。
(五)第二および第三引用例の特許願は、本件実用新案の登録出願前に出願されたが、その登録出願前に出願公告されたものではない。したがつて第二および第三引用例の明細書および図面に記載された事項は、本件実用新案の登録出願前に公然知られたものではない。
以上のとおりであるから原告の(1)の主張は採用することができない。
(六)原告は、本件実用新案の登録出願人が誰の権利をいつどのように冒認したのかについて具体的には何も主張しない。したがつて、原告の(2)の主張は採用することができない。
(六)よつて、本件実用新案の登録は、原告主張の理由によつては、実用新案法第26条によりなお効力を有する旧実用新案法第16条第1項に基づき無効とすることができない。
四 審決を取消すべき事由(一)第一引用例に関する審決の認定(前項(四))、第二および第三引用例の特許願が本件実用新案の登録出願前に出願公告されたものでないことは争わない。しかし、本件実用新案の登録を無効とすることはできないとした審決の判断は、以下に述べる理由により誤りであるから、違法として取消されるべきである。
(二)特許庁審判長は昭和三五年五月二〇日発送の書面で被請求人Aに対し、実用新案法第41条により準用される特許法第134条1項により、発送の日から四〇日の期間を定めて答弁書の提出を命じた。ところが、被請求人の地位を承継した被告は、この提出期間を三年余も経過した昭和三九年八月一日付で答弁書を提出した。したがつて、この答弁書は不適法であるから却下されるべきである。審決はこの不適法な答弁書に基づいてなされたものであるから違法である。
(三)本件実用新案は原告が発明した第二引用例記載の発明と類似し、第三引用例記載の発明と同一の考案である。そして、旧実用新案法第4条は特許出願と実用新案登録出願との間にも適用されると解すべきところ、第二および第三引用例記載の発明は、いずれも本件実用新案の登録出願前である昭和二八年九月二七日および同年一二月五日に特許出願された。したがつて、本件実用新案の登録は旧実用新案法第16条第1項第1号第4条により無効とされるべきである。なお、原告が審判手続においてした冒認の主張(前項(二)(2))はこの趣旨であつたのにかかわらず、審決はこれを誤解した結果、この点の判断を遺脱したものである。
(四)第二および第三引用例記載の発明は、その特許願書が本件実用新案の登録出願前特許庁に受理されたことにより公然知られるに至つた。そして、本件実用新案は、第二引用例記載の発明と類似し、第三引用例記載の発明と同一の考案であるから、新規性を有しない。したがつて本件実用新案の登録は旧実用新案法第16条第1項第1号第3条第1号第1条により無効とされるべきである。
(五)本件実用新案は、その実用新案公報の図面(別紙図面)によれば、摺動板(1)の裏面にスプリング(7、8)、摺動杆(13、14)、その届曲先端(11、12)、支持板(15、16)からなる休止装置を取り付けたため、編針の突片(バツト)が必ずスプリング(7、8)および摺動杆の屈曲先端(11、12)に衝突する。特に摺動杆の屈曲先端(11、12)は、編成作業中必ず垂下して編針の突片に衝突するから、工業上実施不能である。したがつて、本件実用新案は「実用アル新規ノ型ノ工業的考案」ではないから、その登録は旧実用新案法第16条第1項第1号第1条により無効とされるべきである。
被告の答弁
一 本件の特許庁における手続の経緯、本件実用新案の要旨、審決理由の要点が原告主張のとおりであることは認める。
二(一)被告が特許庁において答弁書を提出した経緯が原告主張のとおりであることは認める。しかし、特許法第134条は審判長の行うべき手続を規定したもので、
被請求人は指定期間内に答弁書を提出しなければならないものではない。したがつて、指定期間経過後に提出された答弁書に基づいて審決をしても違法ではない。
(二)第二および第三引用例記載の発明が原告主張の年月日に特許出願されたことは認める。しかし、本件実用新案の登録出願がこの各特許出願と先後願の関係にあるという原告の主張は争う。なお、原告が審判手続でした冒認の主張が原告主張の趣旨であつたことは特に争わない。
(三)第二および第三引用例の特許願書が本件実用新案の登録出願前特許庁に受理されたことは認める。しかし、各引用例記載の発明がこれによつて公然知られる状態になつたとはいえない。
(四)本件実用新案のスプリング(7、8)および摺動杆の屈曲先端(11、12)が編針の突片に衝突する必然性はない。摺動杆(13、14)は支持板(15、16)により支持されているから、編成作業下方に移動するおそれはない。仮に摺動杆(13、14)が軸線を中心として回動するためその屈曲先端が垂下するおそれがあるときは、例えば摺動杆(13、14)の断面を正方形とする等これを防止する手段を構ずればよい。したがつて、本件実用新案は工業上実施不能ではない。
三 以上のとおり、審決は正当であり、原告主張の違法はない。
証拠(省略)
理 由一 本件の特許庁における手続の経緯、本件実用新案の要旨、審決理由の要点が原告主張のとおりであることは、当事者間に争いがない、
二 被告が特許庁において答弁書を提出した経緯が原告主張のとおりであることは当事者間に争いがない。しかし、審判長が被請求人に対し答弁書提出のための相当な期間を指定すべきことを定めた実用新案法第41条、特許法第134条第1項の趣旨は、審理の促進と便宜をはかるためであつて、指定期間経過後の答弁書の提出を禁止する趣旨ではないと解するのが相当である。したがつて、審判事件の被請求人は、その指定期間経過後であつても、実用新案法第41条、特許法第156条第1項による審理終結通知がなされるまでは、いつでも答弁書その他の書面を提出することができる。
そうすると、被告が提出した答弁書は適法であるから、これに基づいてした審決は違法でないことが明らかである。よつて、原告の(二)の主張は採用の限りではない。
三 第二および第三引用例記載の発明がいずれも本件実用新案の登録出願前である昭和二八年九月二七日および同年一二月五日に特許出願されたことは、当事者間に争いがない。しかし、旧実用新案法第4条は「同一又ハ類似ノ実用新案ニ付テハ最先ノ出願者ニ限り登録ス」と規定するだけで、現行実用新案法第7条第3項に相当する規定を欠く。この新旧実用新案法の法条を対比してみると、現行実用新案法は、実用新案登録出願と特許出願との間にいわゆる先後願の関係を認めたのに対して、旧実用新案法は両者の間にこれを認めなかつたものと解される。その理由は、
現行法のもとにおいては、実用新案登録出願に係る考案と特許出願に係る発明とは程度の差こそあれいずれも技術的思想の創作であつて、両者が権利として併存することは許されない。これに反して、旧実用新案法による実用新案は、技術的思想を背後にもつが、技術的思想そのものの創作ではなく、「物品ニ関シ形状、構造又ハ組合ハセニ係ル実用アル新規ノ型ノ工業的考案」であるから、同一の技術的思想について特許権と実用新案権が併存することが許されるからである。したがつて、旧実用新案法第4条を現行実用新案法第7条第1項、第三項と同じように解釈することは誤りであるといわなければならない。
そうすると、仮に本件実用新案が第二および第三引用例記載の発明と同一または類似であつたとしても、本件実用新案の登録は適法であつて、旧実用新案法第4条の規定に違反するものではない。よつて、原告の(三)の主張は採用することができない。
なお、原告が特許庁でした冒認の主張(審決理由の要点(二)(2))が旧実用新案法第4条違反の趣旨であつたとすれば(この点は被告も特に争つてはいない。)、審決はこの主張についての判断を遺脱したことになる。しかし、この主張は、前述のとおり、旧実用新案法第4条の誤つた解釈を前提とする。そして、法律の解釈については当事者は特許庁審判官の判断を予じめ経由する利益を有しない。
したがつて、この点について特許庁審判官の判断を先行させる必要はないから、この判断の遺脱自体は審決を取消すべき事由にならないと解すべきである。
四 第二および第三引用例記載の発明がそれぞれ前記の各年月日に特許出願されたことは前述のとおりである。原告はその各願書が特許庁に受理された時に第二および第三引用例記載の発明は公然知られるに至つたと主張する。しかし、特許出願の願書が特許庁に受理されても、出願公告前は特許庁の関係職員以外の一般第三者は出願された発明の内容を知ることができない(旧特許法(大正一〇年法律第九六号)第30条、現行特許法第186条参照)。そして、特許庁の職員がその職務上知ることのできた特許出願中の発明について秘密を守る義務があることは、その義務違反に刑罰を課する旨を定めた旧特許法第133条に照らし明らかである。したがつて、願書が特許庁に受理されただけでは、出願された発明が公然知られるに至つたとはいえない。
したがつて、原告の(四)の主張は採用の限りではない。
五 原告は、本件実用新案はスプリング(7、8)および摺動杆の屈曲先端(11、12)が必ず編針の突片に衝突するから実施不能であると主張する。しかし、
前述の本件実用新案の要旨および成立に争いがない甲第六号証の一ならびに弁論の全趣旨によれば、本件実用新案のカム板(2、4)は、摺動板(1)の左右への運動に伴い、その腹背のいずれかにより、突片を介して編針を上昇または下降させる作用を営むものであり、したがつて、編針の突片の高さが一定であるとすると、これがスプリング(7、8)および摺動杆の屈曲先端(11、12)に衝突するかどうかは、両者が摺動板(1)の裏面に突出する高さとカム板(2、3、4)および屈析カム(5、6)の高さとの相関関係によつて定まることが認められる(別紙図面第1図参照)。そうとすると、本件実用新案ではこれらの高さについては何も限定がないから、前者の高さを小さくし、後者の高さを大きく設計すれば、衝突の可能性がなくなることが明らかである。そして、当業者がこのように設計することに技術上の障害があることを認めるに足りる証拠はない。
また、本件実用新案の要旨によれば、摺動杆(13、14)は支持板(15、16)により摺動板(1)の側面に支持されているから、摺動杆(13、14)の下方への移動によつてその屈曲先端(11、12)が編成作業中に垂下するおそれはない。しかも、本件実用新案では摺動杆(13、14)および支持板(15、16)の形状については何も限定がないから、両者の断面を正方形とする等の設計上の工夫を加えれば、編成作業中に摺動杆(13、14)が軸線を中心として回動することに伴つてその屈曲先端(11、12)が垂下することを防ぐことができる。
そして、当業者がこのように設計することに技術上の障害があることを認めるに足りる証拠はない。
以上のとおりであるから、本件実用新案のスプリング(7、8)および摺動杆の屈曲先端(11、12)が必ず編針の突片に衝突するとはいえない。したがつて、
原告の(五)の主張は採用することができない。
なお、原告がこれと同趣旨の主張を審判手続において主張したとしても、審決は本件実用新案が工業上実施不能ではない旨を黙示的に判断したものと認められるので、判断遺脱の違法は生じない。
六 以上のとおりであるから、審決には原告主張の違法はない。よつて、原告の請求を棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第7条、民事訴訟法第89条を適用して主文のとおり判決する。
裁判官 古関敏正
裁判官 瀧川叡一
裁判官 宇野栄一郎