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関連審決 審判1984-4852
関連ワード 技術的範囲 /  考案 /  図面 /  構造 /  補正 /  きわめて容易 /  拒絶理由 /  実施例 /  特段の事情 /  転用 /  頒布 /  特定 /  明細書 /  請求の範囲 / 
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事件 昭和 62年 (行ケ) 225号
裁判所のデータが存在しません。
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 1989/05/31
権利種別 実用新案権
訴訟類型 行政訴訟
主文 特許庁が、同庁昭和五九年審判第四八五二号事件について、昭和六二年一〇月八日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた判決
一 原告主文同旨二 被告1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
請求の原因
一 特許庁における手続の経緯 原告は、名称を「磁気カード送り装置」とする考案(以下「本願考案」という。)につき、昭和五三年九月一四日実用新案登録出願をしたところ、昭和五九年一月九日に拒絶査定を受けたので、同年三月一六日、これに対し審判の請求をした。
特許庁は、同請求を同年審判第四八五二号事件として審理した上、昭和六二年一〇月八日、「本件審判の請求は成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年一〇月二一日、原告に送達された。
二 本願考案の要旨 録音ヘツドと送りロールとを並列し、この両者に、共通の駆動軸に取付けたロールを対向設置してなる磁気カード送り装置。
三 本件審決の理由の要点1 本願考案の出願日は第一項のとおり、本願考案の要旨は第二項のとおりである。
2 拒絶査定の理由において引用された、実公昭四八-三一三〇〇号公報(以下「引用例」という。)には、「磁気カード送り装置」が記載されており、その磁気カード送り装置は、磁気ヘツド1と圧着ローラ3とを並列し、その両者に、共通の駆動軸40に取り付けられた駆動ローラ4を対向設置してなるものと認められる。
3 本願考案と引用例記載のものとを対比すると、両者は、ともに「磁気カード送り装置」であつて、本願考案における「送りロール」が、原告の主張のような「強制駆動の送りロール」に限定されるものとは認められず、引用例記載のものにおける「圧着ローラ」と区別することはできないから、その構成上において、実質的な差異があると認めることはできないものである。
してみれば、本願考案と引用例記載のものとは同一の考案に帰するものである。
4 したがつて、本願考案は実用新案法第3条第1項第3号に規定する考案であるから、実用新案登録を受けることができない。
5 なお、本願について、拒絶査定の理由は、本願考案が実用新案法第3条第2項に規定する考案に該当するものであるとし、本件審決の理由は、本願考案が実用新案法第3条第1項第3号に規定する考案に該当するものであるとして、本願について拒絶すべきものとしているが、いずれの場合も、同一の引用例に記載の考案を公知事実としたものであるから、仮に、改めて審判手続において、本願考案が前記公知事実をもつて実用新案法第3条第1項第3号に規定する考案に該当する旨の拒絶理由を通知しても、原告から実質的に新たな意見などの対応を期待できないから、
新たな拒絶理由の通知を要さないものと認められる(東京高裁昭和五六年(行ケ)第八号事件・東京高裁昭和五九年九月二六日判決参照)。
四 本件審決を取り消すべき事由 本件審決は、本願考案における「送りロール」が、「強制駆動の送りロール」に限定されるものとは認められないと、本願考案の要旨の解釈を誤つた結果、本願考案と引用例の構成の相違点を看過誤認し、本願考案と引用例記載のものとが同一の考案に帰すると判断を誤り(取消事由第1点)、また、手続上、実用新案法第41条の規定により準用される特許法第159条第2項によつて準用される同法第50条に違反した結果、結論を誤つた(取消事由第2点)ものであり、違法として取消されなくてはならない。
1 本願考案と引用例記載のものの同一性の判断の誤り(取消事由第1点)について(一) 本願考案の要旨中の「送りロール」は、強制駆動されているもの以外考えられないから、本件審決の「本願考案における「送りロール」が、「強制駆動の送りロール」に限定されるものとは認められない。」旨の判断は誤つている。即ち、
(1) 「送り」の文言には、既に強制の字義が内蔵されている。例えば、一対の送りロールという場合には、強制駆動のロールと遊動ロールとを組み合わせる場合がないとはいえないが、一本のロールを送りロールと表現した場合には、そのロール自体に送り作用(強制回転)機能を有しなければならない。したがつて、本願考案の送りロールは当然強制駆動されているものと解され、これに反する解釈をする余地はない。
(2) また、本願考案の解決課題は、磁気カードの送りに際してのすべりを防止することであり、その解決手段として強制駆動のカード送りロールを用いたものである。
駆動ロールに対向設置され、駆動ロールとともに磁気カードを挟着するロールが、強制駆動のロールでなく、単なる遊動ロールである場合には、前記の技術課題の解決は困難であり、強制駆動の送りロールを用いて初めて前記技術課題の解決ができるものである。実験の結果によつても、強制駆動のロール間に磁気カードを挟持した場合と、強制駆動のロールと遊動ロールとの間に磁気カードを挟持した場合とを比較すると、後者の走行トルクは、前者の走行トルクの数分の一となり、後者の場合条件によつてはスリツプを生じて使用に耐えないことが明らかである。
したがつて、本願考案明細書に記載された送りロールは、強制駆動以外に考えられず、これに反する記載はない。本願明細書記載の実施例の送りロールも全て強制駆動の送りロールとなつている。
(3) 原告は、本願出願当初の明細書の実用新案登録請求の範囲において、「強制駆動のカード送りロール」と記載していたが、昭和五九年四月一一日付の手続補正書により実用新案登録請求の範囲の記載を補正し、現在のように「送りロール」とした。しかし、このように補正したことには、構成を遊動ロールをも含むものに拡張する意図は全くなかつた。
即ち、原告は、審査手続の拒絶理由通知において本訴甲第四号証、甲第九号証及び甲第一〇号証を引用例(以下右三通の公刊物を「拒絶理由引用例」という。)として提示されて拒絶査定を受けたものであり、その原告が拒絶理由引用例記載の考案と同一になるように明細書補正する理由は全くない。
しかも、出願当初の明細書には、駆動ロールと遊動ロールとでカードを挟持する考案は開示されていないから、もし補正後の「送りロール」が遊動ロールを含む送りロールであるとすれば、その補正明細書の要旨を変更するものであつて、実用新案法第41条で準用される特許法第161条の3の規定により準用される同法第53条の規定により、却下されなければならないものである。ところが本件審決は、補正後の実用新案登録請求の範囲について判断しているのであり、そのことからしても、出願当初の明細書の「強制駆動のカード送りロール」と補正後の「送りロール」との間に実質的な変更はないことは明らかである。
(二) 本件審決は、右のとおり本願考案における「送りロール」が、「強制駆動の送りロール」に限定されるものとは認められない旨、本願考案の要旨の解釈を誤つた結果、本願考案は、強制駆動された一対のロールによつて送り装置を構成しているが、引用例は、一対のロールの中の一方を駆動ロールとし他方を遊動ロールとしているという本願考案と引用例の構成の相違点を看過誤認し、これにより、本願考案と引用例記載のものとが同一の考案に帰すると判断を誤つたものである。
2 手続上の法令違反(取消事由第2点)について(一) 特許庁における手続の経緯をさらに詳細にみると次のとおりである。
(1) 本願考案の出願当初の明細書は甲第二号証の一中の明細書のとおりであつた。
(2) 審査官が、昭和五七年一二月二〇日付拒絶理由通知書(甲第六号証)で原告に通知した拒絶理由は、「この出願の考案は、その出願前国内において頒布された下記の刊行物に記載された考案に基づいてその出願前にその考案の属する技術の分野における通常の知識を有するものがきわめて容易考案をすることができたものと認められるから、実用新案法第3条第2項の規定により実用新案登録を受けることができない。」とし、下記として実開昭五〇-一一〇六二四号公開実用新案公報(甲第九号証)、特開昭四九-八二三九七号公開特許公報(甲第一〇号証)及び実公昭四八-三一三〇〇号実用新案出願公告公報(甲第四号証)(これらを「拒絶理由引用例」ということは前記のとおりである。)を引用するものであつた。
(3) これに対し、原告は、昭和五八年三月二二日意見書(甲第七号証)を提出し、本願考案と右(2)で引用されたものとを比較検討の上、「本願考案は、強制駆動の送りロールを対向設置することによつて、カード送りにおける摩擦によるロスやスリツプを未然に防止し、確実に等速でカードを送ることを可能にした。これに対し、前記拒絶理由引用例(甲第四号証、甲第九号証、甲第一〇号証)は強制駆動の送りロールを対向設置する点について全く示唆するものはない。このような構造は、従来全く予想されなかつたものであり、十分に登録要件を具備するものである。」との趣旨の主張をした(甲第七号証二頁九行から三頁九行まで)。
(4) 審査官は、右原告の主張を採用することなく、昭和五九年一月九日に拒絶査定をしたが、その理由は、前記拒絶理由通知書記載の理由を引用するほか、「意見書において原告は、本願考案の特徴である強制駆動の送りロールを対向配置する点が先の三つの引例(拒絶理由引用例のこと)には示されていないと述べているが、紙葉類等を搬送する技術分野において、強制駆動の送りロールを対向配置する技術手段は周知(例えば特公昭五〇-一一八〇三号特許出願公告公報(甲第一一号証)参照)であり、本願考案は上記技術手段を先の各引例(拒絶理由引用例のこと)に示された磁気ヘツドの近傍に設けたローラ対により磁気カードを挟持搬送する磁気カード装置に転用したに過ぎない。したがつて意見書の所論を採用することができない。」というものであつた。
(5) そこで、原告は昭和五九年三月一六日審判請求をし、「拒絶理由引用例のすべてと本願考案とを比較検討した結果、拒絶理由引用例はいずれも駆動ローラと案内ローラを対向して送り装置を構成しているのに対し、本願考案は強制駆動のカード送りロールを対向設置している点が相違している」旨、及び「審査官が拒絶査定に際し広く知られたとして引用した技術は、引張りローラに関し、歯車連動による時は騒音を発生するのみならず、送りムラを生じるおそれがある。しかして、カードは表裏等速移動する効果もあつて、拒絶理由引用例から本願考案きわめて容易考案し得たとすることは妥当でない。」旨の主張をした。
(6) 次いで原告は、同年四月一一日付で手続補正書(甲第二号証の三)を提出し、出願当初の明細書の実用新案登録請求の範囲に「強制駆動のカード送りロール」とあつたものを、「送りロール」と補正した。
(7) これに対し、審判官は、前記三5のとおりの理由により、原告に新たな拒絶理由を通知しないままに、昭和六二年一〇月八日、「本件審判請求は成り立たない。」旨の審決をした。
(二) 本件審決は、「仮に、改めて審判手続において、本願考案が前記公知事実をもつて実用新案法第3条第1項第3号に規定する考案に該当する旨の拒絶理由を通知しても、原告から実質的に新たな意見などの対応を期待できないから、新たな拒絶理由の通知を要さないものと認められる。」と認定判断しているが、次の理由により誤りである。
即ち、本件審決は、「送りロール」が強制駆動ロールに限定されないことを理由にして、本願考案と引用例とを同一と認定したものであるが、右理由について拒絶理由通知を受けていれば、原告としてはこれに対応する手段を講じることができた。例えば、原告が審判段階でした補正拒絶理由の根拠となる条文を変える原因になつたことが判明すれば、原告としては、実用新案登録請求の範囲を、文言上、
補正前の実用新案登録請求の範囲に戻すなり、本願考案明細書に開示されている実施例に対応させて縮小することも十分に考えられた。
(三) 本件審決が引用した東京高裁昭和五九年九月二六日判決(東京高裁昭和五六年(行ケ)第八号事件)も「特許法29条2項拒絶理由通知がなされた場合においても、出願人が右拒絶理由において、そこにあげられた引用例に同項該当の根拠となる発明とみられるばかりでなく、出願発明と同一ともみられ得る発明も記載されている旨の示唆があると理解することのできない特段の事情があるときは、前記のような取扱は許されないものといわなければならない。けだし、このようなときには、出願人に同条一項三号該当の拒絶理由を通知すれば、これに対する意見書の提出あるいは明細書補正等適切な対応を期待することができるからである。」とされている。
本件の場合、審査手続における拒絶理由通知においては、前記のように複数の拒絶理由引用例(甲第四号証、甲第九号証、甲第一〇号証)をあげて、これらからきわめて容易考案をし得たとしたものであり、拒絶査定においては、第四の引例(甲第一一号証)も示されている。したがつて、前記のような手続補正の経過、拒絶理由に対する原告の対応を考慮すれば、本件の場合、右判例にいう「特段の事情」があつたものと認められる。
(四) 以上のとおり、本件審決は、実用新案法第41条の規定により準用される特許法第159条第2項の規定によつて準用される同法第50条の規定に違反し、
拒絶査定の理由と異なる拒絶の理由の通知をしなかつた結果、結論を誤つたものである。
請求の原因に対する認否及び被告の主張
一 請求の原因一ないし三は認める。同四は争う。本件審決の認定判断は正当であり、原告主張のような違法事由はない。
二 審決取消事由第1点について1 実用新案登録請求の範囲に記載の考案特定するに当たつて、その文言の解釈に問題が生じたときは、当然に、明細書考案の詳細な説明及び図面の記載を勘案すべきであるから、仮に、本願考案の要旨中の「送りロール」を、文言のみの解釈で「強制駆動の送りロール」と解釈できたとしても、それは誤りである。
本件出願の明細書及び図面には、「駆動軸5を軸とした駆動ロール2あるいは伝導ロール16に対向圧着して駆動される連動ロール4と同軸に取付けられた送りロール3」の記載、及び「強制駆動の送りロール」との文言の記載があるが、後記のように、本願考案は、実用新案登録請求の範囲に記載の「送りロール」を「強制駆動の送りロール」にするまでもなく所期の目的を達成することができる考案であるから、明細書及び図面に記載の「強制駆動の送りロール」は、本願考案実施例が示されているにすぎないというべきものである。
2 本件出願当初の明細書(甲第二号証の一中の明細書)の二頁には、本願考案の解決課題と認められる従来の磁気カード送り装置の問題点として、「通常録音ヘツドと駆動ロールとの挾着によつて磁気カードを送つているが、磁気カードの表面は元来平滑な為に滑り易いのみならず、録音ヘツドとの共同によつて挾着するために、挾着圧力に制約があり、かつ磁気カードに油分その他の滑りを促進する異物が付着することによつてその送りは更に不正確になる」と記載されている。
右の問題点を解決するための本願考案における「送りロール」は、本件出願の添附図面に示されている「磁気ヘツド1と並列し、かつ駆動ロール8、2、20に対向配置され、該駆動ロールと共に磁気カード6を挾着し送り出す送りロール3」であれば十分であつて、原告が主張するような「強制駆動の送りロール」でなければ前記問題点を解決できないものではない。本願考案の解決課題は、「強制駆動の送りロール」からなるもの以外に解決できないとする原告の主張は失当である。
3 本件出願当初の明細書の実用新案登録請求の範囲には、本願考案を構成する構成要素として「強制駆動の送りロール」が記載されており、原告は、拒絶査定不服の審判の段階で昭和五九年四月一一日付の手続補正書で、実用新案登録請求の範囲中の「強制駆動の送りロール」から、より技術的範囲の広い「送りロール」に変更したものであり、それにもかかわらず、変更後においても本願考案は「強制駆動の送りロール」からなるものであると主張し続ける原告の主張はその前提において誤りである。
三 審決取消事由第2点について 請求の原因四2(一)の(1)ないし(7)の事実は認める。
本件審決が、改めて実用新案法第3条第1項第3号拒絶理由を通知することなくなされたことに違法はない。
1 実用新案法第3条第2項でいう「その考案の属する技術の分野における通常の知識を有するものが、前項各号に掲げる考案に基づいてきわめて容易考案をすることができた考案」の中に、究極的には右「前項各号に掲げる考案」と実質的に同一の考案も含まれていることは明らかである。けだし、「前項各号に掲げる考案」と実質的に同一ではあるが、きわめて容易考案をすることができる考案でない考案は、通常は存在し得ないからである。
したがつて、実用新案法第3条第2項拒絶理由は、同一の「前項各号に掲げる考案」に基づく同法第3条第1項第3号拒絶理由を含むものと解すべきであるから、拒絶理由通知においては同法第3条第2項拒絶理由としながら同法第3条第1項第3号によつて拒絶査定をしても、準用される特許法第50条の違反とはならない。
そして、審査手続においてされた拒絶理由通知は審判においてもその効力を有する(準用される特許法第158条)のであるから、右の実用新案法第3条第2項拒絶理由通知が審査手続においてなされ、その拒絶理由に基づく同法第3条第1項第3号による拒絶の審決がされたとしても、なんら違法の点はない。
2 本件審決が引用した判決が判示する「特段の事情」とは、出願に係る考案と引用例記載の考案とが、実用新案法第2条でいう「考案」としての目的及び効果を抜きにして、その構成のみがたまたま類似あるいは同一であつて、右「考案」として類似(きわめて容易考案をすることができるもの)あるいは同一とはいえない場合をいうものと解される。
そうであれば、本件出願当初の本願考案と、実用新案法第3条第2項拒絶理由とし、そこで引用した引用考案とは、その目的及び効果において軌を一にするものであるから、右引用考案は実用新案法第3条第2項該当の根拠となる考案とみられるばかりでなく、本件出願当初の本願考案と同一とも見られ得る考案といえるので、本件出願についての実用新案法第3条第2項拒絶理由の通知は「特段の事情」に該当しない。
また、出願当初の明細書の実用新案登録請求の範囲に記載の考案についてなされた実用新案法第3条第2項拒絶理由通知において引用した拒絶理由引用例の中の一つである実公昭四八-三一三〇〇号実用新案出願公告公報(甲第四号証)には、
同項該当の根拠となるばかりでなく、本願考案と同一とも見られ得る考案が記載されているので、この拒絶理由については、本件審決で引用した東京高裁昭和五九年九月二六日判決(東京高裁昭和五六年(行ケ)第八号事件)で判示する「特段の事情」に該当しない。
したがつて、改めて実用新案法第3条第1項第3号拒絶理由を通知することなく審決をしたことに違法はない。
証拠関係(省略)
理 由一 請求の原因一ないし三は当事者間に争いがない。
二 まず、審決の取消事由第2点について判断する。
1(一) 請求の原因四2(一)の(1)ないし(7)の事実は当事者間に争いがない。
(二) 右当事者間に争いのない請求の原因四2(一)の(1)の事実と成立に争いのない甲第二号証の一(本願実用新案登録願書、出願当初の明細書及び図面)中の明細書によれば、本願考案の出願当初の実用新案登録請求の範囲は七項からなり、その第一項には、「録音ヘツドの下方に強制駆動のカード送りロールを対向設置してなる磁気カード送り装置」が記載されていたことが認められる。
(三) 当事者間に争いがない前記請求の原因四2(一)(6)の事実と成立に争いのない甲第二号証の三(昭和五九年四月一一日付手続補正書)によれば、同補正書による補正は、出願当初の実用新案登録請求の範囲を全部補正し、実用新案登録請求の範囲が三項からなるものとし、その第一項を請求の原因二のとおりとし、出願当初の明細書考案の詳細な説明中の二箇所に説明を加入するものであつたことが認められる。
2 実用新案法第3条第2項所定の「その考案の属する技術の分野における通常の知識を有するものが、前項各号に掲げる考案に基づいてきわめて容易考案をすることができた考案」は、本来右「前項各号に掲げる考案」とは別の概念であるが、
実際には、「『前項各号に掲げる考案』から出願時の技術水準や技術常識に基づいて、当業技術者がきわめて容易考案をすることができた考案」と、「出願時の技術水準や技術常識に基づいて判断して『前項各号に掲げる考案』と実質的に同一と認められる考案」との差異は必ずしも明らかではない場合がある。このような場合、具体的刊行物を挙げて、当該刊行物に記載された考案に基づいてその出願前にその考案の属する技術の分野における通常の知識を有するものがきわめて容易考案をすることができたものと認められるから、実用新案法第3条第2項の規定により実用新案登録を受けることができない旨の拒絶理由の通知があれば、出願人は、
出願に係る考案が出願時の技術水準や技術常識に基づき引用例に記載された事項からきわめて容易考案をすることができたかどうかを検討するとともに、必然的に、出願に係る考案が出願時の技術水準や技術常識に基づいて判断して引用例に記載された事項と実質的に同一と認められる考案か否かをも検討することになり、その結果に基づいて、意見書の提出等の対応をすることができるはずである。したがつて、その後に、出願に係る考案が右と同一の引用例に記載された事項と同一であるから実用新案法第3条第1項第3号に該当する旨の拒絶理由の通知がされても、
出願人に実質的に新たな内容の意見書を提出する等の対応を期待することはできないであろう。
してみれば、審査段階で引用例を挙げて実用新案法第3条第2項に該当する旨の拒絶理由通知がされていれば、拒絶査定に対する不服の審判手続において、改めて同法第3条第1項第3号に該当する旨の拒絶理由を通知することなく、前記引用例に記載された事項と同一であるから同法第3条第1項第3号の規定により実用新案登録をすることができない旨の審決をすることが許される場合があることは明らかである。
しかし、引用例を挙げて実用新案法第3条第2項に該当する旨の拒絶理由通知がされていても、出願人が、その拒絶理由には、挙げられた引用例に記載された事項と出願に係る考案とが同一であることも実質的には含まれていることを理解することが期待できない場合や、引用例に記載された事項と出願に係る考案との同一性が、拒絶理由通知後の補正により初めて問題となつた場合等、出願人に対して、審決が実用新案登録を拒絶する理由である同法第3条第1項第3号の規定に該当するか否かについて検討しその結果に基づいて意見を述べる等の対応をする機会が与えられていないことになる場合には、前記のような拒絶理由通知の省略は許されない筋合である。
3 本件の場合、請求の原因四2(一)の(2)の拒絶理由通知がされた時点では、本願考案の実用新案登録請求の範囲は、前記1(二)認定のとおり七項からなり、その第一項には、「録音ヘツドの下方に強制駆動のカード送りロールを対向設置してなる磁気カード送り装置」が記載されていたのに対し、成立に争いのない甲第四号証、甲第九号証、甲第一〇号証によれば、前記拒絶理由引用例には、強制駆動のカード送りロールを対向設置することの記載がないことが認められるから、客観的にみて、それらの拒絶理由引用例に記載されたものと、右時点での本願考案との間に、実質的な同一性があると解される可能性があつたとはいえないから、原告が、通知された拒絶理由には、それらの拒絶理由引用例に記載された事項と本願考案とが同一である旨の拒絶理由も実質的には含まれていると理解することは期待できなかつたというべきである。
しかも、本件審決が本願考案の実用新案登録を拒絶する理由とした、引用例に記載された事項と本願考案との同一性は、審査手続における拒絶理由通知(昭和五七年一二月二〇日付通知書)の後の審判手続中に、前記1(三)認定のとおり、昭和五九年四月一一日付手続補正書で実用新案登録請求の範囲を全部補正し、実用新案登録請求の範囲が三項からなるものとし、その第一項を「録音ヘツドと送りロールとを並列し、この両者に、共通の駆動軸に取付けたロールを対向設置してなる磁気カード送り装置。」と補正したことにより初めて生じた問題であり、原告に対して、本件審決が実用新案登録を拒絶する理由とした、「本願考案における『送りロール』が原告主張のような『強制駆動の送りロール』に限定されるものとは認められず、引用例記載のものにおける『圧着ローラ』と区別することができないから、
本願考案と引用例記載のものとは同一の考案である。」旨の判断の当否について検討しその結果に基づいて意見を述べる等の対応をする機会が与えられていなかつたといわなければならない。
そうすると、本件の場合、前記のような拒絶理由通知の省略は許されず、原告に対し新たな拒絶理由を通知しないままにされた本件審決は、実用新案法第41条の規定により準用される特許法第159条第2項の規定によつて準用される同法第50条の規定に違反するものであり、その違法は本件審決の結論に影響を及ぼすべきものであることは明らかであるから、本件審決は取り消されなければならない。
4 被告は、実用新案法第3条第2項拒絶理由は、同一の「前項各号に掲げる考案」に基づく同法第3条第1項第3号拒絶理由を含むものと解すべきであるから、拒絶理由通知においては同法第3条第2項拒絶理由としながら同法第3条第1項第3号によつて拒絶査定をしても、準用される特許法第50条の違反とはならないのであり、審査手続において同法第3条第2項拒絶理由通知がなされ、これに基づいて同法第3条第1項第3号による拒絶の審決がなされても違法ではない旨及び本件の場合、拒絶理由引用例には実用新案法3条2項該当の根拠となるばかりでなく、本件出願当初の本願考案及び補正後の本願考案と同一とも見られ得る考案も記載されているので、そのような考案が記載されていると理解することのできない特段の事情はなかつた旨各主張するが、前記認定の本件の事実関係のもとでは、
新たな拒絶理由の通知を省略することは許されないことは、右に判断したとおりであり、被告の主張は採用できない。
三 よつて、原告のその余の主張について判断するまでもなく、その主張の審決取消事由第2点を理由に本件審決の取消を求める原告の本訴請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法第7条、民事訴訟法第89条を適用して、主文のとおり判決する。
裁判官 秋吉稔弘
裁判官 西田美昭
裁判官 木下順太郎