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事件 平成 10年 (ワ) 2667号 実用新案権に基づく差止等請求事件
原告 【A】
原告 株式会社中村化学工業右代表者代表取締役 【A】 右両名訴訟代理人弁護士 村林隆一
同 深堀知子
被告 ミツワ樹脂工業株式会社右代表者代表取締役 【B】
被告 【B】右両名訴訟代理人弁護士 濱口善紀右補佐人弁理士 【C】
裁判所 大阪地方裁判所
判決言渡日 1999/08/24
権利種別 実用新案権
訴訟類型 民事訴訟
主文 一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
請求
一 被告ミツワ樹脂工業株式会社は、別紙(一)ないし(四)の各物件説明書記載の物件を製造し、譲渡し、貸し渡し、譲渡若しくは貸渡しの申出をしてはならない。
二 被告ミツワ樹脂工業株式会社は、前項記載の各物件を廃棄せよ。
三 被告両名は連帯して、原告【A】に対して金二〇万二五〇〇円、原告株式会社中村化学工業に対して金六五四万七五〇〇円、及び右各金員に対する平成一〇年三月二六日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
事案の概要
一 争いがない事実等1 原告らの権利(一) 原告【A】(以下「原告【A】」という。)は、次の実用新案権(以下「本件実用新案権」といい、本件実用新案登録出願の願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)の実用新案登録請求の範囲請求項1記載の考案を「本件考案」という。)を有している。原告株式会社中村化学工業(以下「原告会社」という。)は、その独占的通常実施権者である(弁論の全趣旨)。
登録番号 第二五三五一一四号考案の名称 ハンガーおよびハンガー用タッグ装着具登録日 平成九年二月一三日出願日 平成五年六月一六日(実願平五ー四〇六八〇号)実用新案登録請求の範囲請求項1 「樹脂成型されたハンガー(1)におけるフック部(3)の基部近くに、バーコードが付された細長いタッグ片(t)を全体的に嵌め込む凹部(4)を一体成型し、
この凹部(4)にはタッグ片(t)の長手方向へのずれ動きを阻止する当たり部(5)と、嵌め込まれる際のタッグ片(t)の変形通過を許すとともに嵌め込まれたタッグ片(t)の浮き上がりを阻止する抵抗部とを備えてあるハンガー。」(請求項2略) なお、別添の本件実用新案登録公報(以下「本件公報」という。)参照。
(二) 本件考案の構成要件は、次のとおり分説される。
A 樹脂成型されたハンガー(1)におけるフック部(3)の基部近くに、バーコードが付された細長いタッグ片(t)を全体的に嵌め込む凹部(4)を一体成型し、
B この凹部(4)にはタッグ片(t)の長手方向へのずれ動きを阻止する当たり部(5)と、
C 嵌め込まれる際のタッグ片(t)の変形通過を許すとともに嵌め込まれたタッグ片(t)の浮き上がりを阻止する抵抗部D とを備えてあるハンガー。
(三) 本件考案の作用効果等 本件明細書考案の詳細な説明には、次のような趣旨の記載がある(甲 2)。
【産業上の利用分野】本件考案は、クリーニング工場で、洗濯物をクリーニング取扱店ごとに仕分け管理するためのバーコード付きタッグ片を取り付け可能にしたハンガーに関するものである。【作用】クリーニング処理及びアイロンかけ等の仕上げ処理を受けた洗濯物がハンガーに掛けられる際に、各洗濯物に取り付けられているタッグからバーコードが付された細長いタッグ片を切り離し、このバーコード付きタッグ片を本件考案に係るハンガー本体のフック部の基部近くに一体形成した凹部に抵抗部を乗り越えて指先で押し込む。この際、凹部に嵌め込まれたタッグ片は、凹部に設けた当たり部によって長手方向へのずれ動きが阻止されるとともに、
抵抗部によってタッグ片の浮き上がりが阻止されて、凹部からの外れが阻止されることになる。【効果】これにより、腰の弱いバーコード付きタッグ片を指先で簡単迅速にハンガーの凹部に嵌め付け固定することができ、テープを用いて貼付け固定する手段や、タッグ保持ピースをスライド操作してバーコード付きタッグ片を固定する手段に比較して取扱いが極めて容易で、多数のハンガーを能率良く処理することができる。
2 被告らの行為 被告ミツワ樹脂工業株式会社(以下「被告会社」という。)は、次の点を除き当事者間に争いのない別紙(一)ないし(四)の各物件説明書記載の物件(以下、それぞれ「へ号ないしリ号物件」という。)について、ヘ号物件を平成九年五月から少なくとも平成一〇年四月まで製造、譲渡し(製造、譲渡の終期について、後記第三の三のとおり争いがある。)、ト、チ、リ号各物件を平成一〇年五月から現在まで製造、譲渡している。
被告【B】(以下「被告【B】」という。)は、被告会社の代表取締役である。
へ号ないしリ号物件の特定について、被告らは、@原告らが「当たり部5」と主張する部分は、当たり部でない、A右各物件説明書の図面中「8」と記載した部分(ヘ号、リ号物件では対面のものを含め計四個、ト号、チ号物件では同五個)は、
タッグ片の長手方向へのずれ動きを阻止する目的を有する「第二抵抗部」であると主張して、当事者間に争いがある。
なお、別紙(一)ないし(四)の各物件説明書添付の各図面及び後掲の各証拠物中、
ハンガーのフック部の向きが左右逆のものがあるが、本件考案との関係ではフック部が左右どちら向きでも構わないので、そのまま掲記することとする(例えば各図面中第5図)。
3 へ号ないしリ号物件と本件考案との関係 へ号ないしリ号物件は、本件考案の構成要件A、C、Dを充足する(弁論の全趣旨)。
二 本件は、原告らが、へ号ないしリ号物件は、本件考案技術的範囲に属するから、その製造、譲渡は本件実用新案権を侵害するものであるとして、被告会社に対し、へ号ないしリ号物件の製造、譲渡等の差止め及び廃棄を求めるとともに、被告両名に対し、不法行為に基づき、原告【A】は実用新案権者として実施料相当損害金の、原告会社は独占的通常実施権者としてへ号ないしリ号物件の製造、譲渡等による損害金の各支払を求める事案である。
争点
一 へ号ないしリ号物件は、本件考案の構成要件Bを充足するか。
二 へ号ないしリ号物件は、本件考案の不完全利用か。
三 被告会社は、へ号物件を現在まで製造、譲渡しているか(差止請求の関係)。
四 被告らの損害賠償責任
争点に関する当事者の主張
一 争点一(へ号ないしリ号物件は本件考案の構成要件Bを充足するか。)について【原告らの主張】1 本件考案の構成要件Bの「当たり部」の意義について 本件考案は、凹部と、凹部に抵抗部と当たり部とを必要とする。そのうち、抵抗部は、タッグ片を凹部に嵌め込む際に、タッグ片を変形させて抵抗部を通過させ、
凹部に嵌着固定する作用と、嵌め込まれたタッグ片の浮き上がりを阻止する作用を有する。抵抗部を乗り越えたタッグ片は元の形態に戻るから、凹部中では原則としてタッグ片が長手方向にずれるおそれはない。当たり部は、右のように嵌め込まれたタッグ片が、万が一長手方向にずれ動けば考案の目的が多少弱くなるので、長手方向へのずれ動きを阻止するため念のために設けたものである。したがって、本件考案において、凹部を設けること及び凹部に抵抗部を設けることは本質部分(重要な要件)であるが、当たり部を設けることは本件考案の要件ではあるが非本質部分(重要でない要件)である。このような考案の非本質部分については、仮に作用として弱いものであっても、全体として考案と同様の作用効果があれば、その構成について形式的に解釈すべきではない。
なお、凹部の長さは少なくともタッグ片の長さより長いのが当然であるから、当たり部によって「ずれ動きを阻止」するとは、凹部に嵌め込まれたタッグ片がその位置よりずれることを阻止する作用ではなく、当たり部を越えて下方にずれ動くことの阻止、即ち、落下を阻止することである。
2 へ号ないしリ号物件の本件考案の構成要件Bの充足性について ヘ号物件の凹部4の下部は、傾斜しながら上部に上がっており、かつ、最後に横桟がおかれており、明らかに「当たり部5」がある。仮に、右の当たり部の作用が弱いとしても、本件考案の当たり部に該当する。即ち、前記1で主張したとおり、
抵抗部の存在によって長手方向にずれることはほとんどあり得ないのであり、当たり部の存在は従たるものであるからである。ト(チ)号物件も、凹部4の下部が傾斜しながら上部に上がっており、かつ、最後に横桟があるから同様に「当たり部5」がある。リ号物件は、凹部4の左下端に「当たり部5」がある。
ヘ号、ト(チ)号、リ号各物件の凹部に、幅一〇・五oにしたタッグ片(幅一一・五oのタッグ片を実験用に切り取ったもの)を挿入すると、長手方向に落下するが、いずれも当たり部5で止まるのであり、当たり部5には、落下阻止作用、即ち、ずれ動きを阻止する作用がある。
【被告らの主張】1 本件考案の抵抗部の作用効果は、タッグ片を凹部へ装着する際に、タッグ片が抵抗部を変形通過して凹部へ収まり、その後タッグ片が、抵抗部の隙間幅がタッグ片の短辺幅より狭いことから抵抗部に邪魔されて浮き上がりが防止される点にある。しかし、抵抗部には、タッグ片の長手方向への移動を阻止する効果はない。
本件考案の当たり部は、凹部の長手方向の両端に直起立形成することにより設けられ(本件公報の実施例の図4の5)、タッグ片の短辺がぶつかることにより長手方向へのずれを阻止するものである。抵抗部は、タッグ片の重力・振動による長手方向へのずれないし落下について無力であることから、これを阻止するために当たり部が設けられたものであり、当たり部は抵抗部とともに本件考案にとって不可欠の構成要件である。なお、本件考案は、当初、平成七年六月七日付で特許庁から、
「空白部を成型し、その空白部に板紙等の板をはめ込み又ははずし替え等を自由に行える、プラスチック製突起部を備えた構成の合成樹脂製ハンガーに関する先行技術」を引用例として、拒絶理由通知がされ、これに対し、原告【A】は、同年八月一八日付意見書において「本願考案では、・・・凹部からの浮き上がりを抵抗部で阻止するとともに、当たり部で位置決めするように工夫したものであります」と記載しているのであり、出願時において、抵抗部と当たり部を必須の構成要件と考えていたことは明らかである。原告らが、本訴に至ってこれに反する主張をすることは、禁反言の法理に照らして許されない。
2 へ号ないしリ号物件には、本件考案にいう「当たり部」は存在しない。右各物件は、タッグ片をハンガーに簡単に装着・固定するとともに、その取り外しの際には、タッグ片を長手方向にずらすと湾曲部に沿ってタッグ片が押し出されてくるように考案されている。本件考案のように当たり部があると、タッグ片の取り外しに際し、ボールペン等先の尖った物でタッグ端をほじり出す必要がある点で難があるため、このようなものを意識的に設けず、容易にタッグ片が浮き出してきて取り外せるように工夫したのである。他方、長手方向へのずれ動きを阻止するために「第二抵抗部8」を「抵抗部6」の下部にヘ号、リ号物件では四個、ト号、チ号物件では五個設け、タッグ片の長辺を横から挟んで圧迫して固定する方法を採っている。
原告が「当たり部5」であると主張する部分は、ヘ号物件においては、タッグ片を長手方向へずらすことにより容易に着脱させることを目的とするものであり、
ト号、チ号物件においては、凹部の強度を保持するためハンガーのアーム部付け根付近で断面をL型に曲げてある部分であり、リ号物件においては、原告らがどこを指示しているか不明確である。
なお、クリーニング業界におけるバーコードハンガー用のタッグ片の横幅は一一・五ミリメートルと規格統一されているのであり、架空の議論をしても無意味であるが、クリーニング工場の洗濯物選別システムは運転中に大きな振動力がかかるから、湾曲部(原告らのいう当たり部)でタッグ片が停止することは考えられないし、湾曲部で停止してもバーコードの読み取り位置をはずれ、読み取りは不可能であるから、本件考案の目的を達し得ない。
二 争点二(へ号ないしリ号物件は、本件考案の不完全利用か。)【原告らの主張】 仮に、へ号ないしリ号物件が、本件考案の構成要件Bを充足しないとしても、
本件考案を不完全に利用するものである。不完全利用とは、「第三者が実用新案の考案の作用効果を低下させる以外には他になんらすぐれた作用効果を伴わないのに、専ら権利侵害の責任を免れるために殊更に考案構成要件から、そのうち比較的重要性の少ない事項を省略した技術を用いて登録実用新案の実施品に類似したものを製造すること」であり、右行為は、考案の「技術思想を用いるにほかならず、考案の保護範囲を侵害する」(大阪地裁昭和四三年五月一七日判決・下民集一九巻五・六号三〇三頁参照)。不完全利用は、均等論の一つとして採用されるべきである。
これを本件について見ると、@被告らは、比較的重要度の低い構成要件である「当たり部」を省略している。Aその結果、長手方向におけるずれ動きの阻止又は落下阻止の効果が本件考案より劣る。Bしかし、なお、「多数のハンガーへのタッグ片取り付けに多大の時間と労力を必要とした」本件考案の出願前の技術に比べ、
それを克服した点で作用効果に優れている。Cへ号ないしリ号物件の製造販売等の経緯を見ると、本件考案を知って、それから逃れるために「当たり部」を外し、あえて技術的に劣ることが明らかな手段を採用したことは明らかである。
【被告らの主張】 不完全利用論についての原告らの主張は争う。
本件考案で「当たり部」は本質的部分であり、また、へ号ないしリ号物件は、
「当たり部」の存在でタッグ片の取り出しに困難を来すという問題点を克服するため、「当たり部」を取り除いて湾曲ないし平坦形状の底部に変えるとともに、タッグ片の長手方向へのずれ防止を目的として新たに「第二抵抗部」を設けたのであるから、本件考案の不完全利用ではない。
三 争点三(へ号物件を現在まで製造、譲渡しているか。)【原告らの主張】 被告会社は、へ号物件を現在まで製造、譲渡している。
【被告らの主張】 被告会社は、へ号物件を平成九年五月から平成一〇年四月末まで製造したが、既に製造していない。その金型も既に廃棄しており、今後も製造する予定はない。
四 争点四(侵害の場合の損害賠償責任)【原告らの主張】1 被告【B】は、被告会社の代表取締役としての過失により、へ号ないしリ号物件の製造、譲渡等をしている。被告会社は、被告【B】の行為につき、原告に対して損害賠償義務がある。
2 被告会社は、平成九年五月一日から平成一一年三月末日までへ号ないしリ号物件を合計二五〇万本製造し、譲渡している。これにより被告会社が得た利益は、六七五万円である。原告【A】は実用新案権者としてその三%相当の二〇万二五〇〇円、原告会社はその余の六五四万七五〇〇円の損害賠償請求権がある。
3 後記「被告の主張2」の被告会社の利益三二六万三九四〇円を有利に援用し、
同額の損害賠償を、予備的に同じく被告会社の売上げ一四二九万五八三五円を有利に援用し、その五%の実施料相当額七一万四七九一円の損害賠償を請求する。
【被告らの主張】1 争う。なお、被告【B】は、会社代表者の立場で会社の業務としてへ号ないしリ号物件の製造、譲渡等をしているに過ぎず、被告会社と別個に個人的な過失責任を負わない。
2 被告会社が製造したハンガーの月別出荷本数等から売上げを推計すると、ヘ号物件は平成九年五月から平成一〇年四月出荷分の三分の一にほぼ対応し、売上げ三〇二万四六一五円、ト号ないしリ号物件は、平成一〇年五月以降出荷分にほぼ対応し、平成一一年四月までの売上げは一一二七万一二二〇円、合計売上げ一四二九万五八三五円となる。その経費として、材料費が約八六〇万円、製造経費(光熱費、
人件費等)が約七一〇万円、金型製作費及び機械代が約四七八〇万円かかったので、利益はない。仮に、金型製作費等を除くと三二六万三九四〇円の利益と推計される。
当裁判所の判断
一 争点一(へ号ないしリ号物件は本件考案の構成要件Bを充足するか。)について1 本件考案の構成要件Bの「当たり部」の意義について 構成要件Bの「当たり部」の解釈について当事者間に争いがあるので、検討する。
(一) 前記争いがない事実等と証拠(甲2)によれば、本件考案の「当たり部」について、本件明細書には次のような記載があることが認められる。
(1) 「実用新案登録請求の範囲」として「バーコードが付された細長いタッグ片(t)を全体的に嵌め込む・・・凹部(4)にはタッグ片(t)の長手方向へのずれ動きを阻止する当たり部(5)」との記載。
(2) 「作用」として「バーコード付きタッグ片をハンガー本体のフック部の基部近くに一体形成した凹部に抵抗部を乗り越えて指先で押し込む。この際、凹部に嵌め込まれたタッグ片は、凹部に設けた当たり部によって長手方向へのずれ動きが阻止されるとともに、抵抗部によってタッグ片の浮き上がりが阻止されて、凹部からの外れが阻止されることになる。」との記載(本件公報四欄二四行から三〇行)。
(3) 「効果」として「腰の弱いバーコード付きタッグ片を指先で簡単迅速にハンガーの凹部に嵌め付け固定することができ」との記載(本件公報四欄四三行及び四四行)。
(4) 「実施例」として「図2に示すように、この凹部4の・・・長手方向の両端に当たり部5が起立形成されている。」(本件公報五欄一〇行から一二行)、「この際、タッグ片tは・・・少し変形されながら小突起6を乗り越え、凹部4の凹入湾曲面に沿った姿勢で保持される。このように凹部4に嵌め込まれたタッグ片tは、
その両端が当たり部5で支持されるために長手方向へのずれ動きが阻止される。また、タッグ片tの湾曲が反転して中間部が浮き上がるためにはタッグ片tの端部が長手方向へ変位する必要があるが、当たり部5がこれを阻止するためにタッグ片tの浮き上がりも阻止される。そして、例えタッグ片tが浮き上がろうとしても小突起6がこれを阻止する抵抗部として働くことになり、一旦、凹部4に嵌め込まれたタッグ片tは振動や衝撃程度の外力では外れることはない。」(本件公報五欄二八行から四〇行)との記載。
また、証拠(甲2)によれば、本件考案実施例を示す図2、4及び8(本件公報)には、当たり部5として、凹部の長手方向両端の全幅にわたって垂直に立ち上がった壁状のものが記載されており、実施例としては、この垂直壁状のもの以外の態様のものは記載されていない。以上の各事実を認めることができる。
(二) 以上の認定事実によれば、本件考案にいう「当たり部」は、バーコードが付された腰が弱く細長いタッグ片を全体的に嵌め込む凹部に設けられ、かつ、タッグ片の長手方向へのずれ動きを阻止することにより、タッグ片を凹部に嵌め付け固定する作用をも有するものであることは明らかである。したがって、当たり部は、タッグ片の長手方向の両端側に対向して存在し、タッグ片の長手方向の両端がこれに支持されることによって、確実に、その長手方向のずれ動きを阻止できる構造であることを要すると解するのが相当である。そして、確実に長手方向のずれ動きを阻止できる構造としては、実施例記載のような全幅にわたる垂直壁状のものであることまでは要しないとしても、部分的であれタッグ片の移動を阻止し得る垂直壁ないし段差状等のものが設けられたものであることを要するというべきである。
(三) 原告らは、本件考案の当たり部の意義について、抵抗部を乗り越えたタッグ片は元の形態に戻るから、凹部中では原則としてタッグ片が長手方向にずれるおそれはなく、当たり部は、万が一タッグ片が長手方向にずれ動けば考案の目的が多少弱くなるので、念のために設けたものであって、当たり部を設けることは本件考案の非本質的要件(重要でない要件)であり、このような考案の非本質的部分については、仮に作用として弱いものであっても、全体として考案と同様の作用効果があれば、その構成について形式的に解釈すべきではない旨主張するので、検討する。
本件考案にいう「抵抗部」について、本件明細書の実用新案登録請求の範囲には「嵌め込まれる際のタッグ片の変形通過を許すとともに嵌め込まれたタッグ片の浮き上がりを阻止する抵抗部を備えてある」との記載がある。さらに、前記争いのない事実等と証拠(甲2)によれば、本件明細書考案の詳細な説明中の「課題を解決するための手段」の項にも同じ記載がある(本件公報四欄五行から八行)ほか、
「作用」として「タッグ片を・・・凹部に抵抗部を乗り越えて指先で押し込む。この際、凹部に嵌め込まれたタッグ片は、凹部に設けた当たり部によって長手方向へのずれ動きが阻止されるとともに、抵抗部によってタッグ片の浮き上がりが阻止されて、凹部からの外れが阻止されることになる。」との記載があり(同四欄二四行から三〇行)、「実施例」には、「凹部4の左右内幅はタッグ片tの横幅と同幅に設定されるとともに、凹部4の左右内面には小突起6が凹部長手方向に沿って形成されている。」(同五欄一二行から一五行)、「例えタッグ片tが浮き上がろうとしても小突起6がこれを阻止する抵抗部として働くことになり」(同五欄三六行から三八行)、「なお、嵌め込まれたタッグ片tの浮き上がりを阻止する抵抗部を以下のような形態にして実施することもできる。すなわち、図6(a)に示すように、前記凹部4の形成する小突起6を滑らかに凹部入口に繋がる断面形状にすると、タッグ片tを嵌め込む際の小突起6の乗り越えが容易となる。また、図6(b)に示すように、前記凹部4の底面における左右内幅をタッグ片tの横幅と同幅に設定するとともに、凹部4の入口の左右内幅をタッグ片tの横幅より少し小さく設定して凹部4を奥拡がりに構成することで、狭い入口内面が嵌め込まれたタッグ片tの浮き上がりを阻止する抵抗部として働く。」(同五欄四一行から六欄二行)などの記載があることが認められる。
右認定の事実によれば、本件考案の「抵抗部」は、本件明細書考案の詳細な説明中に実施例として示されているように、(1)凹部の左右内面に小突起を形成したり、あるいは、(2)凹部の底面における左右内幅をタッグ片の横幅と同幅に設定するとともに、凹部の入口の左右内幅をタッグ片の横幅より少し小さく設定して凹部を奥拡がりに構成するなどにより、要するに凹部にその左右内幅をタッグ片の横幅より小さくした箇所を設けることでタッグ片の浮き上がりを阻止する作用を奏するものであり、かつ、嵌め込まれる際のタッグ片の変形通過が容易に行える形態としたものであることが明らかである。原告らは、凹部に抵抗部を乗り越えて嵌め込まれたタッグ片は、元の形態に戻るから、当たり部がなくても、凹部中では原則としてタッグ片が長手方向にずれるおそれはないと主張する。確かに、本件考案においては、凹部は「タッグ片を全体的に嵌め込む」(実用新案登録請求の範囲)ものであり、タッグ片の横幅より狭い幅の抵抗部を乗り越えて凹部に嵌め込まれた「腰の弱い」タッグ片は、凹部内で元の形態に戻ると想定され、本件明細書実施例にも、
「凹部4の左右内幅はタッグ片tの横幅と同幅に設定される」と記載されているように、凹部はタッグ片を幅方向から嵌め付け固定する作用を有するものである。しかし、凹部の構造や、本件考案のハンガーが樹脂成形されたハンガーであるという素材の点からいっても、抵抗部を乗り越えて凹部に嵌め込まれたタッグ片が、それだけで、衝撃や振動にも耐えて長手方向へのずれ動きを一般的に阻止する作用を有するとはいえない。本件考案は、前記(一)、(二)で認定判断したとおり、タッグ片の長手方向へのずれ動きの阻止をするために「当たり部」の構成を採用したものであるが、前記のとおり、本件明細書実施例の説明で「タッグ片tの湾曲が反転して中間部が浮き上るためにはタッグ片tの端部が長手方向に変位する必要があるが、当たり部5がこれを阻止するためにタッグ片tの浮き上がりも阻止される。」(本件公報五欄三三行から三六行)とされているように、本件考案の「当たり部」は、「抵抗部」と相互に有機的に密接に関連し合って、タッグ片の浮き上がりを阻止するという本件考案の作用効果をも奏するものと認められる。
したがって、本件考案の「当たり部」は、「抵抗部」とともに、本件考案の特有の作用効果を奏するための必須かつ重要な構成要件であるというべきであり、原告らの前記主張は理由がない。
(四) さらに、原告らは、当たり部によって「ずれ動きを阻止」するとは、凹部に嵌め込まれたタッグ片がその位置よりずれることを阻止する作用ではなく、当たり部を越えて下方にずれ動くことの阻止、即ち、落下を阻止することであると主張する。
しかしながら、原告らの右主張は前記(二)の認定判断に照らして採用することができない。加えて、証拠(乙10、11)によれば、本件考案は、実用新案登録出願の過程において、当初、平成七年六月七日付で特許庁から「空白部を成型し、その空白部に板紙等の板をはめ込み又ははずし替え等を自由に行える、プラスチック製突起部を備えた構成の合成樹脂製ハンガーに関する先行技術」(実開昭四八ー五〇二三七号公開実用新案公報)を引用例として、拒絶理由通知がされ、これに対し、原告【A】は、同年八月一八日付意見書において「本願考案では、・・・凹部からの浮き上がりを抵抗部で阻止するとともに、当たり部で位置決めするように工夫したものなのであります」(右意見書三頁二〇行から二二行)と記載しているのであり、原告【A】が、出願時において、当たり部によりタッグ片がその位置から長手方向の双方向へのずれ動きが阻止されると主張していたことは明らかであり、また、証拠(甲2)によれば、本件明細書には、当たり部の作用を落下阻止であると限定的に解釈すべきであることをうかがわせる記載はなく、むしろ、実施例2として「図7および図8に示すように、樹脂成型されるハンガー1におけるフック部基部の幅広部に前例と同様な構成の凹部4を横向きに形成して実施することもできる。」(本件公報六欄四行から六行)との記載があり、本件考案実施例を示す図7及び図8には、タッグ片の長手方向が水平になるように凹部を横向きに形成したハンガーの記載があることが認められるのであり、原告らが主張するように、「当たり部による長手方向へのずれ動きの阻止」という意味を「当たり部を越えて下方にずれ動くこと」を阻止すること、即ち、落下を阻止することであると解することはできない。
2 へ号ないしリ号物件の本件考案の構成要件Bの充足性について(一) 当事者間に争いのない事実及び証拠(検甲5、6、検乙2の1、3の1から3の3)によれば、次の事実を認めることができる。
(1) ヘ号物件の凹部4の下部5(原告らが「当たり部5」と主張する部分)は、凹部の底面から湾曲しながら緩やかに上方に上がっており(なお、凹部の端部の外側に横向きの落ち込み段差状のものが形成されているが、凹部側には段差状のものはない。)、凹部4の上部は、凹部の底面から湾曲しながら緩やかに上方に上がっている。
(2) ト、チ号各物件の凹部4の下部5(原告らが「当たり部5」と主張する部分)は、凹部の底面から緩やかに傾斜しながら上方に上がって、その先に斜め横向きに丸みを帯びた桟状のものがあり、凹部4の上部は、凹部の底面から緩やかに傾斜しながら上方に上がっている。
(3) リ号物件の凹部4の下部は、凹部の底面からごく緩やかに傾斜しながら上方に上がって、その先の左端(原告らが「当たり部5」と主張する部分)に丸みを帯びた桟状のものがあり、凹部4の上部は、凹部の底面から湾曲しながら緩やかに上方に上がっている。
(二) 前記1(二)の認定判断のとおり、本件考案にいう「当たり部」は、凹部に、
タッグ片の長手方向の両端側に対向して、部分的であれ垂直壁ないし段差状等のものとして設けられ、タッグ片の長手方向の両端がこれに支持されることによって、
確実に、その長手方向のずれ動きを阻止できる構造であることを要するのである。
前記(一)で認定したヘ号ないしリ号各物件の凹部の形状によれば、原告らが「当たり部5」と主張する部分は、凹部の長手方向の一端(下部)にしか存せず、他端(上部)は底面より上方に向かって緩やかに傾斜ないし湾曲する形状を有するのみで、段差は全く形成されていないから、少なくとも右各物件の凹部の上部側は、タッグ片の長手方向の一端を支持して、確実に長手方向のずれ動きを阻止できる本件考案にいう「当たり部」の構成を具備していないことは明らかである。
さらに、証拠(検甲5、6、検乙2の1、3の1から3の3)によれば、ヘ号ないしリ号各物件について、別紙各物件説明書の図面中「8」と記載した部分に、被告が「第二抵抗部8」と称する短突起部材が、ヘ号、リ号物件では対面のものを含め計四個、ト号、チ号物件では同五個存在し、これらがタッグ片の長辺を横から挟んで圧迫して固定し、タッグ片の長手方向へのずれ動きを阻止する作用効果を有することが認められる。このことと、ヘ号ないしリ号各物件の凹部の下部側(原告らが「当たり部5」と主張する部分を含む。)の形状、即ち、前記(一)で認定したとおり、いずれも傾斜ないし湾曲している部分は、段差なく端部まで緩やかに形成され、あるいは桟状のものが設けられ段差がある部分(ト号ないしリ号物件)についても、凹部の長手方向の長さ、あるいは傾斜面の長さ、角度からすれば、段差はごく小さく、かつ、丸みを帯びているという形状を併せ考慮すると、右各物件の凹部の下部側は、いずれもタッグ片の長手方向への移動を予定しているものとみるのが相当である。したがって、右各物件の凹部の下部側(原告らが「当たり部5」と主張する部分も含め)も、タッグ片の長手方向の一端を支持して、確実に長手方向のずれ動きを阻止できる本件考案にいう「当たり部」の構成を具備していないというべきである。
原告らは、ヘ号、ト(チ)号、リ号各物件の凹部に、幅一一・五oのタッグ片を実験用に幅一〇・五oに切り取ったタッグ片を挿入すると、長手方向に落下するが、いずれも「当たり部5」で止まるから、右5は本件考案の当たり部に該当すると主張し、右実験を撮影したビデオテープを証拠(検甲11)として提出する。しかし、幅一〇・五oのタッグ片が、クリーニング業界におけるバーコードハンガー用のタッグ片として用いられていないことは、当事者間に争いはなく、また、右実験はヘ号、ト号及びリ号物件に挿入した実験用のタッグ片を、カッターの刃先でそっと持ち上げた後これを離すと、湾曲部分ないし桟状部分で落下が停止するということを示すものにすぎず、本件考案のハンガーが使用される前提となる「ハンガーを仕分けラインに架けて移送する間に各ハンガーに取り付けたタッグ片のバーコードを自動読取り装置のスキャナーで読み取り、その情報に基づいて洗濯物を所定の取扱店ごとに仕分け選別して分岐ラインに流すとともに、取扱店ごとの処理数等の管理を行うシステム」(本件公報三欄四行から九行)における使用条件とは大きく異なることは明らかであるから、これを採用することはできない。
(三) よって、へ号ないしリ号物件は、本件考案の構成要件Bを充足せず、本件考案技術的範囲に属しない。
二 争点二(へ号ないしリ号物件は、本件考案の不完全利用か。)について 原告らは、仮に、へ号ないしリ号物件が、本件考案の構成要件を充足しないとしても、本件考案を不完全に利用するものであると主張する。
原告ら主張のような、いわゆる不完全利用論が特許権(実用新案権)侵害訴訟において一般に採用し得るものであるかどうかはともかくとして、本件においては、
タッグ片の長手方向へのずれ動きを阻止する「当たり部」が存在することが、本件考案の特有の作用効果を奏し、その目的を達成するために必須の重要な要件であることは、前記一1(三)の認定判断のとおりである。したがって、原告らが本件における不完全利用の要件の一つとしている「被告らは、へ号ないしリ号物件で、本件考案において比較的重要度の低い構成要件である当たり部を省略している。」との主張に理由がないことは明らかであるから、その余の判断をするまでもなく原告らの不完全利用の主張を採用することはできない。
結論
以上のとおりであり、原告らの請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(平成一一年六月八日口頭弁論終結)
裁判長裁判官 小松一雄
裁判官 渡部勇次
裁判官 水上周
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