関連審決 |
審判1997-40005 |
---|
関連ワード | 分割出願 / 考案 / 図面 / 構造 / 設定登録 / 進歩性(3条2項) / 公然実施 / 請求項 / 実施例 / 容易に想到 / 頒布 / 特定 / 明細書 / 請求の範囲 / |
---|
元本PDF | 裁判所収録の全文PDFを見る |
---|---|
元本PDF | 裁判所収録の別紙1PDFを見る |
事件 |
平成
9年
(行ケ)
296号
審決取消請求事件
|
---|---|
原告 ダイワ精工株式会社代表者代表取締役 【A】 訴訟代理人弁護士 山根祥利原山邦章近藤健太弁理士 【B】 【C】 【D】 【E】 被告 株式会社シマノ 代表者代表取締役 【F】 訴訟代理人弁護士 野上邦五郎杉本進介冨永博之弁理士 【G】 |
|
裁判所 | 東京高等裁判所 |
判決言渡日 | 1999/10/26 |
権利種別 | 実用新案権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
原告の請求を棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
---|---|
原告の求めた裁判
「特許庁が平成9年審判第40005号事件について平成9年10月15日にした審決を取り消す。」との判決。 |
|
事案の概要
1 特許庁における手続の経緯 名称を「スピニングリール」とする登録第3002014号実用新案(本件考案)は、平成3年5月14日に出願された実願平3-33214号の一部を、平成6年2月3日に分割して新たに出願した実願平6-356号を、更に平成6年2月8日に新実用新案登録出願とした実願平6-463号(本件出願)に係り、平成6年7月6日に設定登録されたものである。被告は本件考案の実用新案権者である。 原告は、平成9年3月10日、本件考案について無効審判請求をし、平成9年審判第40005号事件として審理されたが、平成9年10月15日、本件審判の請求は成り立たないとの審決があり、その謄本は同月27日原告に送達された。 2 本件考案の要旨(本件考案の登録請求の範囲の記載。請求項1の記載は、これを分説し各項ごとに符号を付する。)【請求項1】(A)釣竿に装着されるスピニングリールであって、 (B)ハンドルを有し、釣竿に装着可能なリール本体と、 (C)前記リール本体の前部に回転自在に支持され、回転軸を挟むように対向して配置された第1アーム部及び第2アーム部と、前記第1アーム部に装着され糸案内部を有する第1揺動アームと、前記第2アーム部に装着された第2揺動アームと、 前記第1揺動アームから前記第2揺動アームにわたって設けられ前記両揺動アームとともに揺動して糸解放姿勢と糸巻き取り姿勢とをとり得るベールとを有し、前記ハンドルによって回転させられるロータと、 (D)前記第1アーム部と第2アーム部との間に配置されたスプールと、 (E)前記ロータの前記リール本体側で、糸巻き取り姿勢のベールが位置する側に重心が位置するように配置された第1バランサと、 (F)前記第1バランサより前方側で、糸解放姿勢のベールが位置する側に重心が位置するように配置された第2バランサと、 を備えたスピニングリール。 (別紙本件考案図面参照)【請求項2】 前記第2バランサは前記ロータの前壁に取り付けられている、請求項1記載のスピニングリール。 3 審決の理由の要点 (1) 原告(請求人)の審判における主張 (a) 無効理由1 証拠方法として、下記の審判甲第1、第2号証を提示し、本件登録に係る請求項1及び2に記載された考案は、その構成に欠くことのできない事項が当該請求項に記載されていないので、本件出願は、実用新案法5条5項2号の規定を満たしておらず、本件登録は、同法37条1項4号に該当し、無効とされるべきものである。 記 審判甲第1号証:「振動工学」(【H】著、森北出版発行、発行日:1977年9月10日、第123〜127頁) 審判甲第2号証:東京地裁平成7年(ワ)第9216号侵害訴訟事件における当該訴訟原告(本審決取消訴訟の被告)準備書面(三、四、六)及び当該訴訟被告(本審決取消訴訟の原告)準備書面(三、四、五)抜粋 (b) 無効理由2 証拠方法として、下記の審判甲第3号証を提示し、本件登録に係る請求項1、2に記載された考案は、原出願(実願平3-33214号)に開示された考案でないので、本件出願は、適法な分割出願に基づくものでなく、その出願日は遡及せず、 通常の出願日である平成6年2月3日となり、前記本件登録に係る考案は、前記原出願の公開公報である審判甲第3号証に記載された考案に基づき極めて容易に考案できたものであり、実用新案法3条2項の規定により実用新案登録を受けることができず、本件登録は、同法37条1項2号に該当し、無効とされるべきものである。 記 審判甲第3号証:実開平4-127167号公報 (c) 無効理由3 証拠方法として、下記の審判検甲第4号証及び審判甲第4号証の1〜3を提示し、審判検甲第4号証の検証を申し出るとともに、下記の審判甲第5号証及び審判甲第5号証の1〜3を提示し、証人【I】の証人尋問を申し出て、本件登録に係る考案は、本件出願前公知ないしは公然実施された審判検甲第4号証又は審判甲第5号証に記載されたスピニングリールに基づいて極めて容易に考案できたものなので、実用新案法3条2項の規定により実用新案登録を受けることができず、本件登録は、同法37条1項2号に該当し、無効とされるべきものである。 記 審判検甲第4号証:「財団法人日本雑貨振興センター(現名称、財団法人生活用登録品振興センター)において、登録(昭和49年11月12日)されたリョービ株式会社製スピニングリール(登録番号、釣登第156号-1である) 審判甲第4号証の1:財団法人日本雑貨振興センターが、登録した審判甲第4号証のスピニングリールである釣登第156号-1の登録デザインカード 審判甲第4号証の2:「雑貨デザイン弘報、1975年特集号」(財団法人日本雑貨振興センター発行、第7頁)抜粋 審判甲第4号証の3:釣登第156号-1の外観及びスプールを取り外した状態のローター外観の写真を添付した財団法人生活用品振興センター理事長【J】のダイワ精工株式会社代表取締役社長【A】への「釣り用リールに関する写真の交付について」及び原告の作成した前記スプールを取り外した状態のロータ部分の説明図 審判甲第5号証:ダイワ精工株式会社製造のスピニングリール(商品名DAIWAエースNO1)の設計図(昭和44年8月作成)及び部品リスト(昭和46年7月作成) 審判甲第5号証の1:審判甲第5号証に基づき組み立てられた製品の外観等の写真及び原告の作成したスプールを取り外した状態におけるロータ部分の説明図 審判甲第5号証の2:審判甲第5号証のものが販売され事実を示すダイワ精工株式会社の1973年度総合カタログ 審判甲第5号証の3:大和精工株式会社がダイワ精工株式会社に社名変更したことを証する謄本 証人:【I】 (2) 無効理由1についての審決の判断 本件明細書の登録請求の範囲には、前記2(本件考案の要旨)の項のとおりに記載されている。原告が、この理由において具体的に主張するところは、請求項1に係る考案(本件考案1)にとって、本件明細書に記載された目的、効果を達成するためには、第1、第2のバランサの配置位置は、前記請求項1に記載された(E)(F)の構成では十分でなく、「ベール、揺動アーム及びラインローラの重量に起因する合成重心(Wp)と第1バランサとの合成重心(Wx)に対し、回転軸芯を挟んで対向する位置に、合成重心(Wx)における回転時の遠心力を相殺する重量の第2バランサ(W2)を設ける」という構成が必須であるにもかかわらず、これが請求項1に記載されていないので、本件出願は、実用新案法5条5項の規定を満たさないというものである。 そこで、本件明細書に記載された事項をみてみると、「従来の技術」の項には、 一般にスピニングリールは、リール本体の前部位置に設けられ、ハンドルからの動力で軸芯周りで回転するロータを有し、ロータは、1対のアーム部と、1対のアーム部のうちの一方に設けられた揺動アームに装着された糸案内部と、糸案内部から他方のアーム部あるいは他方の揺動アームの間にわたって設けられたベールとを有しており、このようなスピニングリールでは、釣り糸巻き取り時には、釣り糸はベールを介して糸案内部に導かれ、スプールに巻き付けられ、従来からのスピニングリールでは、揺動アーム及び揺動アームの糸案内部(通常はラインローラ等と称する回転部材で構成されている)等の重量により回転時のアンバランスが発生する旨の記載が認められる。また、「考案が解決しようとする課題」の項には、揺動アーム、ラインローラ等の部材の合成重心Wpはロータの比較的前方に位置しており(段落【0004】)、また、スピニングリールは、比較的小さい重量ながらベールを備えており、ベール重量も含めたアンバランスを解消するようにバランサを配置したりした(段落【0006】)旨の記載も認められる。そうすると、このような従来のスピニングリールにおいては、釣り糸巻き取り時の前記合成重心Wpは、前記ベールの釣り糸巻き取り時の位置側で、ロータの比較的前方の位置であって、ロータの回転軸芯に対し偏位したところにあり、これにより回転時アンバランスが生じるものであると認められる。 ところで、本件考案1の請求項1に記載された(C)の構成は、正に前述の従来のスピニングリールのロータの構成なので、この(C)の構成は、本件考案1のスピニングリールの糸巻き取り時の前記合成重心Wpが、前記ベールの糸巻き取り時の位置側で、ロータの比較的前方にあり、回転時アンバランスが生じるものであることを示す構成である。 他方、請求項1に記載された(E)の構成は、本件考案1の第1バランサの配置位置を規定するものであり、この第1バランサの重心位置と前記の合成重心Wpの位置とを合わせ考えれば、これらの合成重心Wxは、前記ベールの糸巻き取り時の位置において、前記合成重心Wpと比べ、リール本体側に位置し、第1バランサよりも前方に位置するものであることは、力学上自明のことである。つまり、この(E)の構成により、本件考案1において、本件明細書の「作用」の項に記載された「本考案に係るスピニングリールでは、糸巻き取り姿勢のベールが位置する側に第1バランサが配置されるので、ベール及び1対のアーム部に設けられた各部材の合成重心が比較的前部に位置するものの、これらと第1バランサとの合成重心がリール側に偏位する。」作用がなされる、具体的には、本件明細書の段落【0013】及び図3、4に記載された合成重心位置Wxが形成されると理解されるものである。 ここで、本件考案1の第1、第2バランサについて検討してみる。本件考案1の目的は、本件明細書の「従来の技術」及び「考案が解決しようとする課題」の項の記載をみれば、従来のスピニングリールでは、揺動アーム及び揺動アームの糸案内部等の重量により回転時のアンバランスが発生するので、種々の位置にバランサを取り付けるなどして、バランスをとるように考えられてきたが、長期使用においてガタツキが生じるものであったため、合理的なバランスの配置により、長期にわたる使用でガタツキが発生した場合でも、高速巻き取り時に円滑な巻き取り操作が行えるようにすることであることにある。そうすると、本件考案1の第1、第2バランサの文言自体の技術的意味は、それぞれバランサと称されていることから、単なる錘というものではなく、スピニングリールのロータが、高速巻き取り時に円滑な巻き取り操作が行えるよう回転時の重量バランスを良くするように設けられるものであると理解される。 このような前記第1、第2バランサの文言自体の技術的意味を考慮して、本件考案1の請求項1に記載された(F)の構成で、本件考案1の目的、効果が奏されるかを検討する。この(F)の構成によれば、第2バランサの重心位置は、「前記第1バランサより前方側で」しかも「糸解放位置のベールが位置する側に」とある。 確かに、この「前方」というだけでは前方のどの位置なのか、また糸解放位置のベールが位置する側とだけといっても、糸巻き取り姿勢のベールの位置する側の反対側であることは判明するが、その位置する側のどこなのか明確ではない。しかし、 前述のように第2バランサの文言自体の技術的に意味するところが、前記ロータの回転時の重量バランスを良くするように設けられるものであることを意味すると考えると、前述のように前記合成重心Wxは、第1バランサより前方側にあることから、前記「前方側」とは、前記合成重心Wxの位置を示し、「糸解放位置のベールが位置する側」ということで、前記ローラの回転軸を挟んで、前記合成重心Wxの位置と対応する位置を示していることは明らかである。そうすると、この(F)の構成は、原告が本件考案1において必須の構成と主張する「ベール、揺動アーム及びラインロータの重量に起因する合成重心(Wp)と第1バランサとの合成重心(Wx)に対し、回転軸芯を挟んで対向する位置に、合成重心(Wx)における回転時の遠心力を相殺する重量の第2バランサ(W2)を設ける」という構成を意図していると理解することができる。そして、この第2バランサが、前記ロータに設けられることも、前記の第2バランサのその文言自体の技術的に意味するところを考えれば、 自明である。 このように、本件考案1は、ベール、揺動アーム及びラインロータの重量に起因する合成重心(Wp)が、釣り糸巻き取り時、前記ベールの釣り糸巻き取り時の位置側で、ロータの比較的前方の位置であって、ロータの回転軸芯に対し偏位したところにあり、これにより回転時アンバランスが生じるスピニングリールであることを、前記(C)の構成で示し、このようなスピニングリールにおいて、前記第1、 第2バランサを前記(E)(F)に示される位置に配置し、上記回転時のアンバランスを解消するなど本件明細書記載の効果を奏するようにしたものであり、前記請求項1には、本件考案1の必須の構成が記載されていると認められる。 なお、本件考案1の第1、第2バランサのロータ取付け位置と本件考案1の第1、第2アームとの位置関係は、本件考案の前記(C)の構成にある第1、第2アームとベールが設けられる位置と前記(E)(F)の構成にある第1、第2バランサのそれぞれ設けられる位置が前記ベールの糸巻き取り姿勢側及び糸解放姿勢側であることを考えれば、前記第1、第2バランサは、図4で示されるような前記ロータの円周方向において前記第1、第2アーム間に位置していることも自明である。 また、本件登録に係る請求項2に記載された考案(本件考案2)についても、前記請求項2は、前記請求項1に記載された構成を引用したものであり、本件考案1に関する前述の理由から明らかなように、前記請求項2に記載された事項を必須の構成とするものと認められる。 以上のことから、前記請求項1、2には、本件考案1、2の目的、効果を奏するための必須の構成が、それぞれ記載されているものと認められ、原告の主張するこの無効理由1によっては、本件登録を無効にすることはできない。なお、原告の提出した審判甲第1、第2号証によっては、前記認定、判断を覆すことはできない。 (3) 無効理由2についての審決の判断 原告が主張するところは、前記無効理由1において主張する本件考案1の前記(E)(F)の構成は、「ベール、揺動アーム及びラインロータの重量に起因する合成重心(Wp)と第1バランサとの合成重心(Wx)に対し、回転軸芯を挟んで対向する位置に、合成重心(Wx)における回転時の遠心力を相殺する重量の第2バランサ(W2)を設ける」という構成を意図しないとし、このような前記(E)(F)の構成を有する考案は、本件出願の原出願(実願平3-33214号)に開示されたものではないので、本件出願は、適法な分割出願ではないということにあると認められる。 ところが、前記無効理由1で述べたように、本件考案1の前記(E)(F)の構成は、原告の意図しないとした構成を示していると認められるので、原告の前記主張は採用することができない。 そして、前記原出願の出願当初の明細書及び図面をみると、本件考案1、2は、 明らかに記載されているので、本件出願は、適法な分割出願と認められ、その出願日は、平成3年5月14日に遡及するものである。 そうすると、原告の提出した審判甲第3号証は、本件出願後に頒布された刊行物であることから、この審判甲号証によっては、本件考案1、2は、本件出願前に頒布された刊行物に記載された考案に基づき当業者が極めて容易に考案をすることができたものであるとすることはできない。 以上のことから、原告の主張するこの無効理由2によっては、本件登録を無効にすることはできない。 (4) 無効理由3についての審決の判断 本件考案1、2は、前記請求項1、2に記載された事項を必須の構成とするものである。そして、前述のように、これに記載された事項により、本件考案1、2は、その第1、第2バランサのロータ取付け位置が、図4で示されるような前記ロータの円周方向において前記第1、第2アーム間に位置しているものと認められるものである。 そうすると、原告の提出した審判検甲第4号証、審判甲第4号証の1〜3、審判甲第5号証及び審判甲第5号証の1〜3には、本件考案1、2の第1、第2バランサのように、スピニングリールのロータの糸巻き取り時の回転バランスを良くするために、これらのロータへの取付け位置が、図4で示されるような前記ロータの円周方向において前記第1、第2アーム間に位置しているものは示されておらず、また、これらに示されたものは、いずれも、ロータ内に肉厚部を持ち、アーム部がロータに偏位させて取り付けたもので、たとえ、この肉厚部と前記アーム部の偏位によってロータの回転バランスを良くしたものであっても、当業者が極めて容易に本件考案1、2の第1、第2バランサのような取付けを想到することができるものとも認められない。 以上のことから、本件考案1、2は、審判検甲第4号証、審判甲第4号証の1〜3、審判甲第5号証及び審判甲第5号証の1〜3に示されたものから、当業者が極めて容易に考案をすることができたものとは認められず、原告の主張する無効理由3によっては、本件登録を無効とすることはできない。 なお、原告の申し立てている審判検甲第4号証に関する検証及び審判甲第5号証に関する証人【I】の証人尋問は、審判検甲第4号証及び審判甲第5号証がそれぞれ示しているものが前述のとおりであり、それぞれの公知又は公然実施が判明したとしても、これらに基づいて本件考案1、2の進歩性は否定することができず、これら検証及び証人尋問を行う必要性は認められない。 (5) 審決の結論 したがって、原告の主張する理由及び提出した証拠方法によっては、本件登録を無効にすることはできない。 |
|
原告主張の審決取消事由
審決は、本件考案に必須の構成が記載されていると判断を誤り(取消事由1)、 また、適法な分割出願であるとして判断を誤り(取消事由2)、さらに、本件考案は容易推考でないと判断を誤ったものであるから(取消事由3)、違法として取り消されるべきである。 1 取消事由1(必須の構成記載の誤り) 審決は、本件考案の明細書及び図面の記載を引用して、請求項1、2には、本件考案の目的、効果を奏するための必須の構成が示されていると判断したが、誤りである。 (1) 「動つりあい」を得るための必須の構成の欠如 本件考案の目的は、揺動アーム等の部材重量に起因するロータ回転時のアンバランスを第1、第2バランサの配置によって調整し、高速での巻き取り操作も可能なロータの回転バランス、すなわち釣合を求めることであり、この釣合とは、いわゆる回転体における「動つりあい」を意味するものである。 しかしながら、これらバランサに関する本件考案の請求項1に記載の構成は、 (E)「ロータのリール本体側で、糸巻き取り姿勢のベールが位置する側に重心が位置するように配置された第1バランサ」、(F)「第1バランサより前方側で、 糸解放姿勢のべールが位置する側に重心が位置するように配置された第2バランサ」であり、ロータの糸巻き取り姿勢側と糸解放姿勢側にそれぞれ配置される第1、第2バランサの前後位置関係を単に示しているにすぎず、「動つりあい」を得るための必須の構成は何ら示されていない。 一方、本件考案の詳細な説明の記載によれば、糸巻き取り姿勢のべールが位置する側のロータのリール本体側に第1バランサが配置され、……べール、揺動アーム及びラインローラの重量に起因する合成重心Wpと第1バランサ1との合成重心Wxに対し、回転軸芯を挟んで対向する位置に、べール、揺動アーム及びラインローラ及び第1バランサのロータ回転時の遠心力を相殺する重量の第2バランサW2を設ける、というバランサの相対的関係を特定する構成は、「動つりあい」成立のための必須の構成であり、これが本件考案の必須の構成要件であることは、考案の詳細な説明における目的、効果の記載から理解される。 しかしながら、本件考案の請求項1記載の構成は上記構成要件を欠如していることは明らかである。審決は、この構成が示されているとしたが、誤りである。 (2) 本件考案の(C)の合成重心Wpに関する判断の誤り 審決は、本件考案の(C)の構成を具備する従来のスピニングリールにおいては、揺動アーム等の部材重量に起因する合成重心Wpはべールの糸巻き取り時の位置する側にあって、ロータの比較的前方に位置することになり、その結果、回転時のアンバランスは必然的に生じるものであると認定している。 しかし、本件明細書の【0006】の項によれば、従来から既に「ベール重量も含めたアンバランスを解消」するようにしたロータが存在する。すなわち、このような(C)の構成を有するロータにおいて、アーム部の非対称位置への配置が行われれば、合成重心Wpがロータの回転軸芯上に移動してベール重量も含めたアンバランスが解消されるようになることを意味する。しかるに、これについて審決は何ら考慮することなく、上記のように一義的に解釈したが、その判断は誤りである。 また、回転時のアンバランスが生じる構成であるとするのであれば、その構成は、本件考案の必須の構成要件として請求項に記載されるべき事項なのに、請求項1はこれを欠如している。 (3) 本件考案の(E)の合成重心Wxに関する判断の誤り 審決は、第1バランサの重心W1の位置と揺動アーム等の部材重量に起因する合成重心Wpの位置とを合わせて考えれば、これらの合成重心Wxも前方に位置するものであることは、力学上自明のことであると認定している。 しかしながら、この認定は、合成重心Wpがべールの糸巻き取り時の位置側で、ロータの比較的前方にあり、回転時アンバランスを生じるものであるという(C)の構成を前提としていえることであり、請求項1の構成として、何ら特定されていない合成重心Wpと関係づけて第1バランサを配置すれば、両者の合成重心Wxはリール本体側に位置するものであるとすることは、論理的に無理があり、これを力学上自明とする審決の判断は誤っている。 審決は、合成重心Wxの位置を本件明細書の「作用」の記載から認定しているが、 そもそも本件考案では、合成重心Wpの存在自体が特定されていないので、第1バランサを糸巻き取り姿勢のベールが位置する側に配置しても、Wpとの合成重心とされるWxがリール側に偏位するかどうかは不明であり、かつその位置を特定することはできない。仮にこのWxがリール側に偏位するとしても、ロータのどこに位置するかは定かではない。ましてや、それが本件図面の図3、4に記載された位置に形成されるものと認定し得る根拠はない。 したがって、合成重心Wxが、ベールの糸巻き取り側で、かつロータの前端からリール本体側にかけて位置するものであることを本件考案の必須の構成要件とし、請求項1に記載すべきものであって、審決の上記認定は誤りである。 (4) 本件考案の(F)の第2バランサの重心位置及び重量に関する審決の認定の誤り 審決は、第2バランサの重心位置に関し、「第2バランサの文言自体の技術的に意味する」ところ、すなわち「ロータの回転時の重量バランスを良くするように設けられるものであることを意味する」として、「第1バランサの前方側」とは、合成重心Wxであり、「糸解放位置のベールが位置する側」とは、ローラの回転軸を挟んで、前記合成重心Wxと対応する位置にあると認定している。 ここでは、合成重心Wx自体が、前述のように、請求項1において特定されていない構成であるにもかかわらず、さらにこの特定されない合成重心Wxに位置の対応を求め、バランサであるという技術的意味から、回転軸芯を挟んで対向する位置に第2バランサが設けられていると認定されているにすぎない。 しかし、「第1バランサより前方側」で、「糸解放位置のベールが位置する側」とは、糸解放側におけるロータのほとんど全長を含むものであり、合成重心Wxと回転軸芯を挟んで対向する位置にあることも直ちには特定できない。とすれば、「合成重心Wpと第1バランサW1との合成重心Wxに対し、回転軸芯を挟んで対向する位置に第2バランサW2を設ける」という構成は、むしろ本件考案1において必須のものであり、したがって請求項1に当然記載すべき事項である。 審決は、構成(F)の第2バランサに関し、「第2バランサの文言自体の技術的意味」、すなわち「ロータ回転時の重量バランスを良くするように設けることを意味する」との解釈を適用し、第2バランサの重量に関する構成を「合成重心(Wx)における回転時の遠心力を相殺する重量の第2バランサ(W2)を設ける」ことと認定している。 しかし、ロータ回転時の重量バランスを良くするように設けるというバランサなる用語は、考案の目的ないしは課題に相当する一般的な技術用語にすぎず、それによって考案の具体的な構成を特定し得るものではない。バランサとはこの「回転時の重量バランスを良くする」ためにバランスの調整用あるいは修正用の「重り」の名称として、使用されるにすぎない。 本件考案の実施例に示されるバランサの構成は、正に審判甲第1号証のつりあい理論に則った「動つりあい」成立のための要件を備えている。言い換えれば、この実施例に記載されている構成こそが考案の構成に欠くことができない事項になるのであって、またこの構成を有することにより、初めて本件考案の目的、効果を達成することができるのである。 ところが、本件考案の上記バランサの構成(E)(F)によれば、ロータの糸巻き取り姿勢側と糸解放姿勢側にそれぞれ配置される第1、第2バランサの前後位置関係のみが示されているにすぎず、「動つりあい」を得ることができる構成が特定されていないことは明らかである。 2 取消事由2(適法な分割出願の誤り) 本件考案は、前記取消事由1で述べたとおり、本件考案が必須とする構成を欠如するものであり、また、原出願の明細書及び図面を見ても、このような構成のみで目的、効果が達成されることを示す考案は記載されていない。 したがって、これを適法な分割出願であるとした審決の判断は誤っている。 3 取消事由3(容易推考の誤り) 審決は、本件考案の第1、第2バランサのロータ取付け位置は、「図4に示されるようにロータの円周方向において第1、第2アーム間に位置するものである」と認定し、これに基づいて審判甲号各証にはこの点が示されておらず、また、審判甲号各証の肉厚部とアーム部の偏位によってロータの回転バランスを良くしたものであっても、本件考案の第1、第2バランサのような取付けを想到することができないと判断している。 しかしながら、本件考案の第1、第2バランサの構成からは、審決が認定するような「ロータの円周方向において第1、第2アーム間に位置するもの」という「バランサの取付け位置」を特定することはできない。 審判甲号各証に示されるものは、ロータのボス部周縁の一部に配置され、ベールが糸巻き取り姿勢をとる側にかけて径方向に延出する「肉厚部」と、アーム部を、 ロータ回転軸に対しベールが糸解放姿勢をとる側に偏位させて取り付けて成る「バランス手段」とを具備する。 上記「肉厚部」は、ロータのリール本体側に位置するものであって、本件考案の構成(E)の要件を充足し、上記「バランス手段」は、その重心位置が上記肉厚部よりロータの前方に位置するものであって、本件考案の構成(F)の要件を充足する。また、上記「肉厚部」及び「バランス手段」は、いずれもロータの回転バランスを良くするためのバランス調整用の重りとして設けられているのであって、その他特段の理由はない。ロータの設計に際し、これらを別体、一体いずれに成形するかは、当業者が通常に行う慣用技術であり、したがって上記「肉厚部」及び「バランス手段」を慣用のバランサに代えて上記(E)(F)のごとく構成することも極めて容易になし得ることである。 よって、第1、第2バランサのような取付けを極めて容易に想到することができないとした審決の判断は誤りである。 |
|
審決取消事由に対する被告の反論
1 取消事由1について (1) 「動つりあい」を得るための必須の構成について 本件考案は、動つりあいの基本原理をその構成とするものではなく、その原理を、振動が発生し易い従来のスピニングリールに、そのスピニングリールの他の機能を変えることなく、簡潔に適用しているものであり、これによって明細書記載の作用効果を奏するものである。 すなわち、第1バランサの位置については、「前記ロータのリール本体側で糸巻き取り姿勢のベールが位置する側に重心が位置するように配置され」と特定されており、第2バランサの位置についても、「前記第1バランサより前方側で、糸解放姿勢のベールが位置する側に重心が位置するように配置され」と特定されているし、また、「バランサ」の表現の中にはバランスを調整するための重量を有するものとの意味が含まれているものであり、その具体的な位置及び重量は、その適用されるスピニングリールによりそれぞれ異なる(揺動アーム、ラインローラ、ベール等の部材の大きさ、形状、材質等による)ものであって、設計的な事項であり、その具体的な重量を考案の構成要件として記載しなければならないものではない。 (2) 本件考案の(C)の合成重心Wpについて 本件考案の構成(C)は、スピニングリールの基本的構成を規定しているにすぎず、その構成に従えば、本件考案の図3に示されるように、糸巻き取り時の合成重心Wpがその先端部付近のベールの糸巻き取り側に位置することは技術常識である。 (3) 本件考案の(E)の合成重心Wxについて 原告の主張は構成(C)の誤解に基づくものであり、上記のように、審決の構成(C)に関する認定に誤りはないので、原告の主張は失当である。 原告は、仮にこのWxがリール側に偏位するとしても、ロータのどこに位置するかは定かではないし、ましてや、それが図3、4に記載された位置に形成されるものと認定し得る根拠は全くないと主張するが、図3、4のつりあい状態が生じることは力学上の自明の事項であり、また、考案を解釈するに当たって考案の詳細な説明の記載を参酌することは差し支えない。 (4) 本件考案の(F)の第2バランサの重心位置及び重量について 第2バランサの重心位置については、「第1バランサより前方側」ということは、第2バランサがバランスをとるものなので、ベール、揺動アーム、ラインローラの重量に起因する合成重心Wpより後方であり、本件考案の目的、作用効果からして、審決で認定されているように、「この第2バランサが、前記ロータに設けられることも、前記の第2バランサのその文言自体の技術的に意味するところを考えれば、自明で」あり、「糸解放位置のベールが位置する側」とは、ベール、揺動アーム、ラインローラの重量に起因する合成重心Wp及び第1バランサが位置する側、すなわち両者の合成重心Wxが位置する糸巻き取り姿勢のベールが位置する側とは反対側なので、特定できないものではない。 2 取消事由2について 原告の主張は、登録請求の範囲の記載に基づかないものであり、また、本件考案が実用新案法5条5項2号の規定を満たしていることは前記のとおりであるから、 原告の主張は失当である。 3 取消事由3について 本件考案の構成(E)において、第1バランサは、ロータのリール本体側で、糸巻き取り姿勢のベールが位置する側に配置され、構成(F)において第2バランサが、糸解放姿勢のベールが位置する側に配置されている旨記載されているものであり、「糸巻き取り姿勢のベールが位置する側」、「糸解放姿勢のベールが位置する側」とは、「第1アーム、第2アーム間」にほかならない。 これに対し、審判甲号各証には本件考案の第1及び第2バランサに相当するものは示されていない。原告主張のロータの壁部の肉厚部がバランサであったとしても、それは1つであり、本件考案の第1、第2バランサのいずれに相当するか不明である。 したがって、審判甲号各証に示されるものは、本件考案の2つのバランサの所定に配置により「本考案に係るスピニングリールでは、糸巻き取り姿勢のベールが位置する側に第1バランサが配置されるので、ベール及び1対のアーム部に設けられた各部材の合成重心が比較的前部に位置するものの、これらと第1バランサとの合成重心がリール本体側に偏位する。このため、第2バランサを第1バランサが設けられた側と逆側である糸解放姿勢のベールが位置する側に設けることができ両バランサによって回転時のアンバランスを抑えて円滑な巻き取り操作が行える」という作用を行うものとは明確に相違する。 |
|
当裁判所の判断
1 取消事由1(必須の構成記載の誤り)について (1) 「動つりあい」を得るための必須の構成について 原告は、本件考案には、第1、第2バランサの前後位置関係のみが示されているにすぎず、「動つりあい」を得ることができる第1、第2バランサ相互の位置、重量が特定されていないから、考案の構成に欠くことができない事項が記載されていないと主張するので、以下に検討する。 (a) 甲第2号証によれば、本件明細書に以下の記載があることが認められる(別紙本件考案図面も参照)。 【0003】[従来の技術]として、 「……従来からのスピニングリールでは、揺動アーム及び揺動アームの糸案内部(通常はラインローラ等と称する回転部材で構成されている)等の重量により回転時のアンバランスが発生する。そこで、軸芯に沿う方向視で、すなわちスピニングリールを前方から平面的に見て、これらの重量を相殺するような位置を設定し、ロータの内部等にバランサが配置されている。」 【0004】[考案が解決しようとする課題]として、 「前述のようにロータの内部等にバランサを配置したものでは、軸芯に沿う方向視での重量の均衡が図られる。ここで、図5に示すように、軸芯Xに直交する方向視で、すなわちスピニングリールを横方向から見て考慮した場合、揺動アーム8、 ラインローラ9等の部材の合成重心Wpはロータ4の比較的前方に位置している。このため、これらの回転軌跡とバランサ17の重心位置WQの回転軌跡とに距離的なギャップがあり、この状態でロータを回転させると、重心Wpと重心WQとを結ぶ直線と軸芯Xとの交点を中心としてロータを傾けようとする力が作用する。この結果、 例えば長期にわたる使用によりロータ4の支持系にガタツキが生じた場合、高速で巻き取り操作した際にロータ4が大きく振動し円滑な巻き取り操作が行いにくい。」 【0009】[作用]として、 「本考案に係るスピニングリールでは、糸巻き取り姿勢のベールが位置する側に第1バランサが配置されるので、ベール及び1対のアーム部に設けられた各部材の合成重心が比較的前部に位置するものの、これらと第1バランサとの合成重心がリール本体側に偏位する。このため、第2バランサを第1バランサが設けられた側と逆側である糸解放姿勢のベールが位置する側に設けることができ両バランサによって回転時のアンバランスを抑えて円滑な巻き取り操作が行える」 【0013】[実施例]として、 「図3及び図4に示すように、巻き取り姿勢のべール3が位置する側のロータ4のリール本体2側に第1バランサ10が配置されている。この第1バランサの重心位置はW1である。また、べール3、揺動アーム8及びラインローラ9の重量に起因する合成重心位置はWpであり、これらと第1バランサ10との合成重心位置はWxとなる。そこで、合成重心位置Wxに対し、回転軸芯Xを挟んで対向する位置、すなわちロータ4の前壁4aに、べール3、揺動アーム8、ラインローラ9及び第1バランサ10のロータ回転時の遠心力を相殺する重量の第2バランサ11(重心位置W2)が設けられている。」 【0015】[考案の効果]として、 「以上のように本考案では、糸巻き取り姿勢のべールが位置する側に第1バランサが配置されるので、対向する側のバランサ(第2バランサ)の配置が容易になる。また第1及び第2バランサを設けているので、リールを前方から平面的に見た場合の重量バランスが良好になるとともに、回転軸芯を挟んで対向する側のそれぞれの重心の軸方向での距離的ギャップが少なくなり、回転時のアンバランスが抑えられ円滑な巻き取り操作が行える。」 (b) これらの記載によると、従来のスピニングリールでは、揺動アーム及び揺動アームの糸案内部(通常はラインローラ)等の重量により回転時のアンバランスが発生するのに対処して、軸芯に沿う方向視、すなわちスピニングリールを前方から平面的に見て、これらの重量を相殺するような位置となるロータの内部等にバランサを配置していたが、揺動アーム等の部材の合成重心Wpはロータの比較的前方に位置するのに対し、バランサの重心WQがリール本体側に位置するため、両者の回転軌跡に距離的なギャップが生じ、ロータが回転するとロータを傾けようとする力が作用してガタツキや振動が発生して、円滑な巻き取り操作が行いにくい問題点があった。 そこで、本件考案は、上記問題点を解決することを課題(目的)に本件発明の要旨の構成を採用し、バランサとして第1バランサと第2バランサの2つのバランサを用い、ロータのリール本体側で、糸巻き取り姿勢のベールが位置する側に重心W1が位置するように第1バランサを配置することにより、揺動アーム等の部材の合成重心Wpと第1バランサの重心W1との合成重心Wxを糸巻き取り姿勢のベールが位置する側でリール本体側に偏位させ、さらに、第1バランサより前方側で、糸解放姿勢のベールが位置する側に重心W2が位置するように第2バランサを配置することにより、軸芯に沿う方向視でバランスが取れるとともに、回転軸芯を挟んで対向する側のそれぞれの重心の軸方向での距離的ギャップが少なくなり、回転時のアンバランスが抑えられ円滑な巻き取り操作が行える作用効果を奏するものと認められる。 (c) つまり、本件考案は、スピニングリールの構造に起因して揺動アーム等による重心Wpが糸巻き取り姿勢のベールが位置する側でロータの前方に位置することに対して、この重心Wpと同じ側でロータのリール本体側に重心W1が位置するように第1バランサを配置することで、揺動アーム等による重心Wpを含む合成重心Wxがロータの前方側とリール本体側との中間位置に偏位するようにするから、この合成重心Wxに対して、糸解放姿勢のベールが位置する側に、すなわち、回転軸芯を挟んで対向する側に重心W2が位置するように第2バランサを配置することに技術的意義があるということができる。 そして、本件考案は、第1、第2バランサを考案の要旨に記載の所要の位置に配置することで、軸芯に沿う方向視における重量バランスが改善されるという作用効果を奏するとともに、軸芯に直交する方向視における重心の軸方向での距離的ギャップが少なくなることで、回転時のアンバランスが抑えられるという作用効果を奏することが明らかである。 (d) 以上のとおり、本件考案の登録請求の範囲及び考案の詳細な説明には、考案の目的、構成及び作用効果が具体的にかつ整合性をもって記載されていると認められるから、本件考案の登録請求の範囲には考案の構成に欠くことができない事項が記載されていないとする原告主張は理由がない。 (e) 原告は、本件考案のバランサの構成によれば、ロータの糸巻き取り姿勢側と糸解放姿勢側にそれぞれ配置される第1、第2バランサの前後位置関係が単に示されているにすぎず、「動つりあい」を得るための必須の構成は何ら示されていないと主張する。 しかしながら、本件考案の目的は、揺動アーム等の部材重量に起因するロータ回転時のアンバランスを第1、第2バランサの配置によって調整し、高速での巻き取り操作も可能なロータの回転バランス、すなわち釣合を求めることにあり、この釣合とは、いわゆる回転体における「動つりあい」を意味するものであることは、原告も主張しているところである。そして、スピニングリールにおける揺動アーム等による重心Wpが糸巻き取り姿勢のベールが位置する側に位置することが登録請求の範囲の(E)の構成から明らかであり、これを前提に、ロータの糸巻き取り姿勢のリール本体側に第1バランサとそれより前方側で糸解放姿勢側に第2バランサを配置すること(F)が規定されているのであるから、この三者の配置関係は明確である。さらに、本件考案においては、この配置関係によってロータ回転時のバランスを調整するわけであるから、この配置関係に揺動アーム等の部材重量に対して第1、第2バランサの重量の関係を調整することも、本件考案の実施においては当然に設計されるべき事項である。 なお、本件明細書の実施例【0013】のように、揺動アーム等に起因する合成重心Wpと第1バランサの重心W1との合成重心Wxに対し、回転軸芯を挟んで対向する位置に、揺動アーム及び第1バランサのロータ回転時の遠心力を相殺する重量の第2バランサW2を設けることは、本件考案の最適の実施例を開示したにすぎない。 つまり、本件考案は、スピニングリールにおいて、一つの不釣合要素に対して回転軸芯を挟んで対向する位置に二つのバランス要素を分散配置することで、従来のスピニングリールにおける回転時のアンバランスを抑えることを課題に本件考案の構成を要旨とするものであって、回転のアンバランスを厳密な意味で完全に解決することにあるのではないと認めることができる。 (2) 本件考案の(C)の合成重心Wpについて 合成重心Wpについて原告が主張するのは、要するに、審決の「本件考案1の請求項1に記載された(C)の構成は、正に前述の従来のスピニングリールのロータの構成なので、この(C)の構成は、本件考案1のスピニングリールの糸巻き取り時の前記合成重心Wpが、前記ベールの糸巻き取り時の位置側で、ロータの比較的前方にあり、回転時アンバランスが生じるものであることを示す構成である。」との判断部分は誤りであるというものであるが、上記(1)に示したところに照らせば、原告のこの主張の採用し得ないことは明らかである。 なお、審決が従来からのスピニングリールの基本構成では回転時にアンバランスが生じることを明細書を引用しつつ認定したのは、本件考案の(C)の構成が、一般に回転時にアンバランスが生じるスピニングリールの基本構成を規定しているものであることを説示するためであったことは明らかであり、この説示に誤りは認められない。 (3) 本件考案の(E)の合成重心Wxについて 原告は、本件考案の(C)の構成における、揺動アーム等の部材重量に起因する合成重心Wpの位置が回転時アンバランスを生じるものとは特定できないことを前提に、これと第1バランサとの合成重心を特定することはできないと主張する。 しかしながら、本件考案の(C)の構成は、回転時にアンバランスが生じるスピニングリールの基本構成を示しているものであることは上記(2)に示したとおりであり、合成重心Wpがベールの糸巻き取り時の位置側でロータの比較的前方にある以上、審決が「第1バランサの重心位置と前記合成重心Wpの位置とを合わせて考えれば、これらの合成重心Wxも前方に位置するものであることは、力学上自明のことである。」と認定した点にも誤りは認められない。 (4) 本件考案の(F)の第2バランサの重心位置及び重量について 原告は、本件考案の(F)の構成について、「第2バランサなる文言自体の技術的意味」すなわち「ロータ回転時の重量バランスを良くするように設ける」との記載から、その位置はもちろん、重量の具体的構成までも読み取れるとした審決の認定は明らかに判断を誤っていると主張する。 しかしながら、バランサがロータ回転時の重量バランスを良くするように設けるという一般的な技術用語であることは当事者間に争いがないところ、本件考案は、 ロータの回転時のアンバランスを抑えることを作用目的に、スピニングリールにおける揺動アーム等による重心Wpに対して、回転時の重量バランスを改善するために用いられる一般的部材としての第1バランサ及び第2バランサを採用して、その三者の配置関係を規定するものであるから、ここにおいてバランサなる文言自体の技術的意味が考慮されることは当然であり、本件考案は、それを前提にバランサの配置関係においては位置関係はもちろん、揺動アーム及びベール等による重心Wpに対応する第1、第2バランサの重量も所要の作用目的が達成されるべく構成されることを意味していると認められる。 したがって、審決が、バランサなる文言自体の技術的意味を踏まえて、バランサの位置及び重量の関係を認定したことに誤りがなく、原告主張は理由がない。 2 取消事由2(適法な分割出願の誤り)について 取消事由2は、本件考案には必須の構成が記載されていないとする取消事由1を前提に適法な分割出願ではないと主張するものである。したがって、この前提が成り立たない以上、取消事由2も理由がない。原告が、原出願の明細書及び図面には本件考案の構成で目的、効果が達成されることを示す考案は記載されていないと主張するのも、本件考案には必須の構成が記載されていないとすることを前提とするものと理解できる(なお、甲第5号証によれば、原出願(実願平3-33214号)の明細書及び図面に、本件考案の構成の記載があることが認められる。)。 3 取消事由3(容易推考の誤り)について 原告は、審判検甲第4号証、審判甲第4号証の1〜3、審判甲第5号証及び審判甲第5号証の1〜3に示されるものは、ロータのボス部周縁の一部に配置され、ベールが糸巻き取り姿勢をとる側にかけて径方向に延出する「肉厚部」と、アーム部を、ロータ回転軸に対しベールが糸解放姿勢をとる側に偏位させて取り付けて成る「バランス手段」とを具備し、上記「肉厚部」は、ロータのリール本体側に位置するものであって、本件考案の構成(E)の要件を充足し、上記「バランス手段」は、その重心位置が上記厚肉部よりロータの前方に位置するものであって、本件考案の構成(F)の要件を充足すると主張する。 (1) 甲第6号証の1ないし3、第7号証、第8号証の1ないし3によれば、上記審判甲号各証(審判検甲第4号証は、当裁判所に証拠として提出されなかったので、甲第6号証の1ないし3により推定される技術内容にとどまる。)に、いずれも、ロータ内に肉厚部を持ち、アーム部がロータに偏位させて取り付けたもので、 この肉厚部と前記アーム部の偏位によってロータの回転バランスを良くしたものが開示されていることを認めることができる。 そこで、これらを本件考案と対比すると、上記甲号各証によれば、上記審判甲号各証におけるロータ内の肉厚部が、本件考案のロータのリール本体側で糸巻き取り姿勢のベールが位置する側に重心が位置する第1バランサに相当することは明らかであるが、上記審判甲号各証におけるロータに偏位させて取り付けられたアーム部は、アーム部の外形構造はそのままで特別な部材を付加することなくロータの重心位置を偏位させるものであることが認められる。したがって、本件考案が、揺動アーム及びベール等の部材重量に起因するロータの重心位置のアンバランスを前提に、第1バランサのみならず第2バランサをロータに付加することでその重心位置を偏位させる特別な部材を用いるものであるのに対し、上記審判甲号各証に示されるものは、ロータの回転バランスを良くするための課題解決手段の着想が本件考案とは異なり、そこには、本件考案の構成にかかる課題解決手段は記載も示唆もないものというべきである。 したがって、上記審判甲号各証に記載には、ロータ内に肉厚部を持ち、アーム部をロータに偏位させる構成が示されているとしても、そこからは、本件考案のようにバランス調整用の重りとしての2つのバランサを用いる構成を、当業者が極めて容易に推考し得るものということはできない。 (2) 原告は、上記審判甲号各証の「肉厚部」及び「バランス手段」は、いずれもロータの回転バランスを良くするためのバランス調整用の重りとして設けられているのであって、その他特段の理由はないし、ロータの設計に際し、これらを別体、 一体いずれに成形するかは、当業者が通常に行う慣用技術であり、従って上記「肉厚部」及び「バランス手段」を慣用のバランサに代えて本件考案の第1、第2バランサのごとく構成することも極めて容易になし得ることであると主張する。 しかしながら、上記審判甲号各証における「バランス手段」は、アーム部をロータに偏位させて取り付けることでロータの重心位置を偏位させるものであって、本件考案の第2バランサがロータに付加することでその重心位置を偏位させるバランス調整用の重りであるものとは機能作用が異なる。そして、上記「バランス手段」をバランス調整用の重りとみなすことが技術常識であると認めるべき証拠もないから、両者は機能的に別異の部材というべきである。 よって、原告の上記主張は失当である。 (3) その他の原告の主張によっても、本件考案の進歩性に関する審決の認定、判断を誤りとすることはできず、上記審判甲号各証との対比においてした本件考案の進歩性に関する審決の認定、判断に誤りはないというべきである。 |
|
結論
以上のとおりであって、原告主張の審決取消事由は理由がないので、原告の請求は棄却すべきである。 (平成11年10月5日口頭弁論終結) |
裁判長裁判官 | 永井紀昭 |
---|---|
裁判官 | 塩月秀平 |
裁判官 | 市川正巳 |