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関連審決 審判1998-35478
関連ワード 均等 /  考案 /  図面 /  構造 /  設定登録 /  特定 /  明細書 /  請求の範囲 / 
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事件 平成 12年 (行ケ) 114号 審決取消請求事件
原告 ダイワ精工株式会社代表者代表取締役 【A】
訴訟代理人弁護士 竹田稔
同 弁理士 鈴江武彦
同 中村誠
同復代理人弁理士 峰隆司
被告 株式会社シマノ代表者代表取締役 【B】
訴訟代理人弁護士 野上 邦五郎
同 杉本進介
同 冨永博之
同 弁理士 小林茂雄
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2001/03/21
権利種別 実用新案権
訴訟類型 行政訴訟
主文 特許庁が平成10年審判第35478号事件について平成12年2月28日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 主文と同旨 2 被告 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 被告は、名称を「元竿」とする実用新案登録第1957943号考案(以下、この実用新案登録を「本件実用新案登録」といい、この考案を「本件考案」という。)の実用新案権者である。本件実用新案登録は、昭和58年5月20日に実用新案登録出願された実願昭58-76278号出願の一部を同年7月28日に新たな実用新案登録出願とし、平成5年3月24日に設定登録されたものである。
原告は、平成10年10月5日に被告を被請求人として、本件実用新案登録につき無効審判の請求をした。
特許庁は、同請求を平成10年審判第35478号事件として審理した上、
平成12年2月28日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年3月14日、原告に送達された。
2 本件実用新案登録に係る明細書(以下「本件明細書」という。)の実用新案登録請求の範囲(以下「本件実用新案登録請求の範囲」という。)の記載 高強度繊維に合成樹脂を含浸したプリプレグを巻回して径の変化率の小さいテーパー角で先細状に傾斜する中空竿本体を形成し、この竿本体の基端部に、該基端部の径より大径の握り部を設けて成る元竿であって、前記プリプレグにより、前記竿本体の基端部とほぼ同一肉厚で連続し、かつ、前記竿本体の径の変化率よりやや大きい緩傾斜状で拡径し、前記竿本体との間に段部を持たない長さの長いテーパー部と、該テーパー部の先端とほぼ同じ肉厚で連続し、前記テーパー部との間に段差を持たないほぼ直線状の前記握り部とを前記竿本体の基端部に一体に形成したことを特徴とする元竿。
3 審決の理由 審決は、別添審決謄本写し記載のとおり、本件実用新案登録請求の範囲の記載に不備があり、実用新案法5条(注、「昭和62年法律第27号による改正前の実用新案法5条4項」の趣旨と解される。)の規定に違反するので、本件実用新案登録は同法37条1項3号(注、「上記改正前の同法37条1項3号」の趣旨と解される。)の規定により無効であるとする請求人(原告)の主張に対し、本件明細書の記載に請求人の主張するような不備があるとは認められないから、請求人の主張及び証拠方法によっては、本件実用新案登録を無効とすることはできないとした。
原告主張の審決取消事由
審決の理由中、請求人(原告)の主張、審査基準の記載及び本件明細書の記載についての認定(審決謄本4頁1行目〜5頁24行目)は認める。
審決は、本件実用新案登録請求の範囲の記載が技術的に不明りょうでない旨誤って判断したものであるから、違法として取り消されるべきである。
1 本件考案の目的 本件明細書(甲第2号証)には、本件考案の目的ないし本件考案の特有の作用効果として、「ほぼ直線状の握り部を把持できるようにしているため、握り部は非常に把持し易いのであり、又、握り部をテーパー状に形成したものに比べて滑りにくいので、殊更握り部の外周面に滑り止め部材を設けなくともよいし、また把持する手の疲れも少ないのである。しかも、前記ほぼ直線状の握り部は、竿本体を形成するためのプリプレグを巻回して形成するのであるから、簡単、容易に形成することができ、それだけ作業性が良くて安価に提供できる」(4欄13行目〜22行目)、「小径の基端部と大径の握り部との間を竿本体を構成するプリプレグによりほぼ同一肉厚で一体に連続させ、その連続させるテーパー部を、緩傾斜状で長さが長く、竿本体との間及び握り部との間いずれも段部や段差をもたない形状としたから、異なる径間をプリプレグを用いてほぼ同一肉厚で連続させているにも拘らず、
前記テーパー部により、応力集中を緩和し、応力を分散せることができると共に、
竿本体の基端部側部分における剛性を連続的に径の大きい方に変化させることができ、径に対する強度を大きくでき、しかも、軽量にできるのであり、更に、握り部に詰物がないため、魚釣時における当りを敏感に釣人に感じさせることができ、釣果を高めることができる」(同欄23行目〜37行目)との記載がある。
しかしながら、以下のとおり、本件実用新案登録請求の範囲には上記本件考案の目的を達成し、その作用効果を奏するために必要不可欠な技術的手段が記載されているということはできないから、本件実用新案登録請求の範囲の記載が技術的に不明りょうであるとはいえないとした審決の判断は誤りである。
2 取消事由1(「径の変化率の小さい」との記載に関して) (1) 本件実用新案登録請求の範囲の「径の変化率の小さいテーパー角で先細状に傾斜する中空竿本体」との記載につき、審決は、「径の変化率の小さいテーパー角で先細状に傾斜する中空竿本体の基端部に、該基端部の径より大径の握り部を設けて、該握り部を握持し易いようにした元竿では、竿本体の基端部外周に、糸、テープなどの紐様体によって紙、綿などの詰物を巻付けてテーパー状に盛上げ、握り部を形成しているため、上記(C)に記載されているような問題点(注、握り部を形成するときの作業性が悪いという問題点、魚釣時に魚が餌をくわえたときの当たりが詰物に吸収されて反応が悪いという問題点、詰物を用いる構造であるため径に対する強度が小さく、重くなるという問題点、以下、これらを併せて「問題点C」という。)があった。本件考案の目的は、径の変化率の小さいテーパー角で先細状に傾斜する中空竿本体を形成するためのプリプレグを利用して竿本体の基端部に連続するテーパー部を介して握り部を一体に形成することにより、上記問題点を解消するものである。そうすると、実用新案登録請求の範囲に記載された『高強度繊維に合成樹脂を含浸したプリプレグを巻回して径の変化率の小さいテーパー角で先細状に傾斜する中空竿本体』が、先細状に傾斜する従来の一般的な中空竿本体を意味していることは明らかであり、・・・その『径の変化率の小さいテーパー角』はその竿の種類等によって特定されるものであるから、『径の変化率の小さい』の程度が不明りょうであるとはいえない。」(審決謄本5頁26行目〜6頁3行目)と認定判断した。
(2) しかしながら、本件考案の属する技術分野においては、径の変化率(テーパー率)を数値で示すことにより、考案の構成を明確にして、その考案の目的を達成するための技術的手段を明らかにしている。ところが、本件実用新案登録請求の範囲には「径の変化率の小さいテーパー角」との記載があるのみで、その変化率(テーパー率)が明確にされていないので、本件実用新案登録請求の範囲に、本件考案の目的を達成するために必要不可欠な技術的手段が記載されているということはできない。
(3) 審決は、本件実用新案登録請求の範囲の「径の変化率の小さいテーパー角で先細状に傾斜する中空竿本体」が、「先細状に傾斜する従来の一般的な中空竿本体」を意味するものと認定する。
しかしながら、審決も指摘するように、本件考案は、問題点Cを有する元竿、すなわち、握り部をテーパー状に盛り上げるために、基端部外周に詰物を巻き付ける必要がある形状の元竿に特定されるものであって、握り部に詰物を必要としない形状の元竿は本件考案の範囲外であるが、審決の上記認定によれば、本件実用新案登録出願前の出願に係る実開昭58-164470号公報(甲第6号証)、本件実用新案登録出願前に公知の実公昭57-51654号公報(甲第7号証)及び特公昭57-26087号公報(甲第8号証)にそれぞれ開示された竿本体の基端部外周に詰物を巻き付けることなくテーパー状に盛り上げ、握り部を形成する構成の先細状に傾斜する中空竿本体のように、問題点Cを元々有していない形状の元竿まで、本件実用新案登録請求の範囲に包含されることになってしまう。
さらに、基本的形状が先細のテーパー(傾斜)状に分類される中空竿本体において、通常の釣竿設計で用いられる径の変化率(テーパー率)の程度の範囲を、具体的な数値を用いないで表現する場合には、相対的に「小さい変化率」、
「大きい変化率」、「中間の変化率」等と表現せざるを得ず、また、これらの各変化率の範囲は、釣竿の種類に無関係に用いられるものである。そして、本件考案は、このうちの「小さい変化率」の形状に限定されることになるが、審決の上記「径の変化率の小さいテーパー角で先細状に傾斜する中空竿本体」が「先細状に傾斜する従来の一般的な中空竿本体」を意味するとの認定によれば、「径の変化率の大きい形状」までこれに含まれてしまうことになる。
したがって、本件実用新案登録請求の範囲の「径の変化率の小さいテーパー角で先細状に傾斜する中空竿本体」が「先細状に傾斜する従来の一般的な中空竿本体」を意味するものとした審決の認定は誤りであり、この誤りを前提として、
「径の変化率の小さい」の程度が不明りょうであるとはいえないとした審決の判断も誤りである。
3 取消事由2(「ほぼ同一肉厚」及び「ほぼ同じ肉厚」との記載に関して) (1) 本件実用新案登録請求の範囲の「竿本体の基端部とほぼ同一肉厚」のテーパー部及び「テーパー部の先端とほぼ同じ肉厚」の握り部との記載につき、審決は、「竿本体の基端部にプリプレグにより一体に形成されるテーパー部は竿本体の基端部と完全に同一肉厚である必要はなく、また、テーパー部の先端にプリプレグにより一体に形成される握り部はテーパー部の先端の肉厚と完全に同じ肉厚である必要はなく、それらの肉厚は、釣竿としての強度を有し釣竿としての機能を果たす範囲内において不均一さが許容されるものである。そして、『竿本体の基端部とほぼ同一肉厚』及び『テーパー部の先端とほぼ同じ肉厚』における『ほぼ』の意味する程度、すなわち、その許容される肉厚の不均一さは釣竿の種類等によって決まるものである。そうすると、『竿本体の基端部とほぼ同一肉厚』及び『テーパー部の先端とほぼ同じ肉厚』の記載において、『ほぼ同一肉厚』、『ほぼ同じ肉厚』の比較の基準、程度が不明りょうであるとはいえない。」(審決謄本6頁13行目〜23行目)と認定判断した。
(2) しかしながら、本件考案の属する技術分野においては、肉厚の均一性を具体的に示すことにより、あるいは均一性を確保するための具体的な構成を示すことにより、その考案の目的を達成するための技術的手段を明らかにしている。ところが、本件実用新案登録請求の範囲には「ほぼ同一肉厚」、「ほぼ同じ肉厚」との記載があるのみであり、考案の詳細な説明にもその具体的な説明が一切ないので、本件実用新案登録請求の範囲に、本件考案の目的を達成するために必要不可欠な技術的手段が記載されているということはできない。
(3) 審決は、「釣竿としての強度を有し釣竿としての機能を果たす範囲内において不均一さが許容されるものである」、「その許容される肉厚の不均一さは釣竿の種類等によって決まるものである」とする。
釣竿が商品として販売されている以上、釣竿としての強度を有し、その機能を果たすように設計してあることは当然であるが、釣竿は、その種類等により意図する機能、目的が異なるものであって、釣竿としての強度を有し、機能を果たす範囲内において、通常は、肉厚等を釣竿の各部分で種々変化させて、その意図する機能、目的を発揮するよう多様な設計をするものである。したがって、審決の上記認定判断は、「ほぼ同一肉厚」、「ほぼ同じ肉厚」との記載が、実質的にこれらの任意の肉厚としたものを含む旨認定したものと理解され、そうであるとすれば、審決の認定は、テーパー部及び握り部に、竿本体を構成するプリプレグとは別個のプリプレグを用いたものをも包含することになる。しかし、本件考案は、竿本体を構成するプリプレグを用いてほぼ同一肉厚で連続させるという構成を維持したまま、
技術課題とする応力集中の緩和、応力分散等を図るために、「緩傾斜状で拡径し、
前記竿本体との間に段部を持たない長さの長いテーパー部」、「テーパー部との間に段差を持たない・・・握り部」との構成を採用したものであり、テーパー部及び握り部に、竿本体を構成するプリプレグとは別個のプリプレグを用いたものは除外されている。したがって、審決の上記認定判断は、本件考案の技術思想を全く無視したものといわざるを得ない。
また、本件考案の作用効果は、従来の通常の元竿の肉厚設計、すなわち、
釣竿としての強度を有し、その機能を果たすための通常の肉厚設計では奏し得ないはずであり、「ほぼ同一肉厚」、「ほぼ同じ肉厚」との構成が、本件考案の作用効果を奏するための重要な要素であるはずであるから、審決の上記認定判断が、「ほぼ同一肉厚」、「ほぼ同じ肉厚」との記載に任意の肉厚としたものも含まれるとの趣旨であるとすれば、それが誤りであることは明らかである。
(4) 被告は、実公昭46-31163号公報(乙第2号証)の記載を引用して、釣竿の長さ方向の肉厚を均一にし、肉厚及び径を長さ方向に急変させないことにより、均等な強度と弾性分布を有すること、すなわち、集中応力が発生しないことが従来から一般的に知られていたと主張するが、同公報に、テーパー率が変化する場合に関する記載はなく、技術常識として、径の変化率が変わる中空竿本体の基端部とテーパー部との境界で応力集中が発生することは明らかである。
また、被告は、本件実用新案登録請求の範囲の「ほぼ同一肉厚」、「ほぼ同じ肉厚」との記載が、肉厚及び径を長さ方向に急変させないことにより集中応力の発生を防ぐ機能を発揮できる程度の「ほぼ同一(同じ)肉厚」との意味であるとも主張するが、本件明細書には、「急変させないこと」との記載や、肉厚及び径を長さ方向にどの程度急変させなければ、応力集中の発生を防げるのかについての具体的な記載はない。
4 取消事由3(「やや大きい緩傾斜状」及び「長さの長い」との記載に関して) (1) 本件実用新案登録請求の範囲の「竿本体の径の変化率よりやや大きい緩傾斜状で拡径」する「長さの長いテーパー部」との記載につき、審決は、「『元竿』全体の長さやその基端部の径及び『握り部』の長さやその径は、釣竿の設計時にその釣竿の種類等に応じて設定することであり、本件考案において、『テーパー部』は竿本体の径の変化率よりやや大きい緩傾斜状で竿本体の基端部から『握り部』まで拡径するものであってプリプレグを巻回して段部を持たないように形成されるのであるから、その『テーパー部』の長さ及び傾斜は、プリプレグを巻回して段部を持たないように形成する、竿本体の基端部と握り部との径の差により決まるものである。そうすると、『竿本体の径の変化率よりやや大きい緩傾斜状』及び『長さの長いテーパー部』の記載において、『やや大きい緩傾斜状』及び『長さの長い』の程度が不明りょうであるとはいえない。」(審決謄本6頁26行目〜35行目)と認定判断した。
(2) しかしながら、元竿全体の長さやその基端部の径及び握り部の長さやその径は、釣竿の種類に応じて一定に設定されるものではなく、適宜に決められるものであるから、これらが「釣竿の設計時にその釣竿の種類等に応じて設定すること」であることを前提とする審決の上記認定判断は、その前提に誤りがある。
また、竿本体の基端部の径と握り部の径との差に加えて、テーパー部の長さが決まることによって、テーパー部の傾斜が決まるのであって、基端部の径と握り部の径との差が決まったのみでは、テーパー部の長さ及び傾斜を算出することはできない。なお、「プリプレグを巻回して段部を持たないように形成する」ことは、テーパー状となっている区間に段部を持たないというだけであって、テーパー部の長さ及び傾斜を決定するための要素とはなり得ない。したがって、審決の「『テーパー部』の長さ及び傾斜は、プリプレグを巻回して段部を持たないように形成する、竿本体の基端部と握り部との径の差により決まるものである」との認定判断も誤りである。
そして、本件実用新案登録請求の範囲には「竿本体の径の変化率よりやや大きい緩傾斜状」、「長さの長い」との記載があるのみであり、考案の詳細な説明にもそれがどのような構成を意味するかにつき具体的な説明が一切ないので、本件実用新案登録請求の範囲に、本件考案の目的を達成するために必要不可欠な技術的手段が記載されているということはできない。
5 取消事由4(「ほぼ直線状」との記載に関して) (1) 本件実用新案登録請求の範囲の「ほぼ直線状の前記握り部」との記載につき、審決は、「釣竿の握り部は、完全な直線状である必要はなく、その握り部としての機能を果たす程度の直線状であればよいのであるから、『ほぼ直線状』の程度が不明りょうであるとはいえない。」(審決謄本7頁3行目〜5行目)と認定判断した。
(2) 市販されている各種釣竿の握り部は当然その機能を果たすものであるから、審決の上記認定判断は、「ほぼ直線状の前記握り部」との記載が、実質的に任意の形状の握り部を含む旨認定したものと理解される。しかしながら、従来のテーパー状の握り部であっても握り部としての機能を果たすものであるところ、本件明細書(甲第2号証)の「ほぼ直線状の握り部を把持できるようにしているため、握り部は非常に把持し易いのであり、又、握り部をテーパー状に形成したものに比べて滑りにくいので、殊更握り部の外周面に滑り止め部材を設けなくともよいし、また把持する手の疲れも少ないのである」(4欄13行目〜18行目)との記載によれば、本件考案が、テーパー状の握り部を排除しており、したがって、「ほぼ直線状の前記握り部」は、少なくともテーパー状の握り部を含まない程度の直線状であることを要することは明らかである。したがって、審決の上記認定判断では、比較の基準、程度が不明りょうであって、その技術内容を理解することはできない。
のみならず、本件考案の「握り部」とは竿尻部を意味するものと解されるところ、釣竿において、竿尻部(握り部)をテーパー状に形成したものが、すっぽ抜けたりせずに把持しやすく、また滑りにくくて把持する手の疲れも少ないという効果を奏することは、当業者の技術常識である。したがって、直線状の握り部が、
テーパー状に形成した握り部よりも、把持しやすく、滑りにくく、把持する手の疲れも少ない旨の上記本件明細書の記載は当業者の技術常識に反するものであるが、
「ほぼ直線状の前記握り部」との構成によって、どうしてそのような効果を奏することができるかという点について、本件明細書には記載も示唆もないから、このことからも、審決の上記認定判断では、本件実用新案登録請求の範囲に、考案の目的を達成するために必要不可欠な技術的手段が記載されているとはいえない。
さらに、本件明細書(甲第2号証)には、「竿本体の基端部外周に紙、綿などの詰物を糸、テープなどの紐様体で巻付け」(1欄22行目〜24行目)た従来技術につき、「多大の手間を要して、作業性が非常に悪い」(1欄26行目〜2欄1行目)との記載があり、他方、本件考案の作用効果として、「ほぼ直線状の握り部は、竿本体を形成するためのプリプレグを巻回して形成するのであるから、簡単、容易に形成することができ、それだけ作業性が良くて安価に提供できる」(4欄19行目〜22行目)、「握り部に詰物がないため、魚釣時における当りを敏感に釣人に感じさせることができ、釣果を高めることができる」(4欄34行目〜36行目)との記載があるが、本件実用新案登録請求の範囲の記載のみによっては、
本件考案の握り部の構成が、竿本体を形成するためのプリプレグのみを巻回し、当該プリプレグ以外のものは巻回することなく形成したものであると理解することはできないから、どのようにして上記本件明細書記載の本件考案の作用効果を奏することができるかが明確でなく、この点からも、本件実用新案登録請求の範囲に、考案の目的を達成するために不可欠な技術的手段が記載されているということはできない。
(3) 被告は、釣をする際に常に竿尻部のみを握っているわけではないから、
「握り部」が竿尻部を意味するとすることが誤りであると主張するが、釣をするときには、状況に応じて本件考案のテーパー部に相当する個所等を握ることもあり、
握る個所をすべて「握り部」であるとするならば、テーパー部も握り部としなければならず、本件考案の構成及び作用効果と矛盾することになる。
また、被告は、釣竿が引っ張られていない状態で竿を握る場合に、握り部がテーパー状となっていれば径の小さい方へ滑りやすいことが技術常識であるとし、あたかも握り部が直線状であれば滑りにくいかのような主張をするが、釣竿は、振り込み操作、魚の引込み、釣竿の前傾握持など、前方に引っ張られるときに最も滑りが生じやすく、そのため、握り部は後方に向かって拡径したテーパー部を設けているのが普通であって、握り部が直線状であれば滑りにくいとすることは実態に反する。
6 取消事由5(「径」との記載に関して) (1) 本件実用新案登録請求の範囲の「径の変化率の小さいテーパー角で先細状に傾斜する中空竿本体」、「基端部の径より大径の握り部」、「竿本体の径の変化率よりやや大きい緩傾斜状」との各記載における「径」につき、審決は、「中空竿本体及び竿本体の基端部はプリプレグを巻回してほぼ同じ肉厚で形成されているので、『径』が内径を意味するか外径を意味するか明確でないとしても、『プリプレグを巻回して径の変化率の小さいテーパー角で先細状に傾斜する中空竿本体』、
『該基端部の径』及び『竿本体の径』の記載内容が技術的に理解できないとはいえない」(審決謄本7頁7行目〜11行目)と認定判断した。
(2) しかしながら、審決は、上記「ほぼ同じ肉厚」につき、上記3のとおり、
「釣竿としての強度を有し釣竿としての機能を果たす範囲内において不均一さが許容されるものである」として、実質的に任意の肉厚としたものを含む旨認定している。そして、中空竿本体の先端側に強度を補強する別個のプリプレグ(合わせシート)を巻回した結果、内径に関しては「プリプレグを巻回して径の変化率の小さいテーパー角で先細状に傾斜する中空竿本体」の構成であっても、外形に関しては当該構成でない場合などがあるから、このような場合に、径が外径を意味するか内径を意味するかが特定されていなければ、本件実用新案登録請求の範囲の記載内容を理解することができず、審決の認定判断によっては、比較の基準、程度が不明りょうであって、その技術的内容を理解することができないといわざるを得ない。
被告の反論
審決の認定及び判断は正当であり、原告主張の取消事由は理由がない。
1 本件考案の目的について 本件考案は、本件実用新案登録請求の範囲に記載された構成によって、原告が摘示する本件明細書記載の効果を奏するものであり、本件実用新案登録請求の範囲に上記本件考案の目的を達成し、その作用効果を奏するために必要不可欠な技術的手段が記載されていることは明らかである。したがって、本件実用新案登録請求の範囲の記載が技術的に不明りょうであるとはいえないとした審決の判断に誤りはない。
2 取消事由1(「径の変化率の小さい」との記載に関して)について (1) 本件実用新案登録請求の範囲の「径の変化率の小さいテーパー角で先細状に傾斜する中空竿本体」との記載は、審決が認定するとおり、「先細状に傾斜する従来の一般的な中空竿本体」(審決謄本5頁38行目)を意味するものであり、このことは、本件明細書(甲第2号証)の「第1図に示した元竿は、径の変化率の小さいテーパー角で先細状に傾斜する中空竿本体1の先端側に、径の変化率の小さいテーパー角で先細状に傾斜する3本の中間竿2,3,4と1本の穂先5とをそれぞれ継合しており、又、前記竿本体1の基端部11には、該基端部11の径より大径の握り部13を設けている」(3欄8行目〜14行目)との記載及び図面第1図に照らしても明らかである。そして、本件実用新案登録請求の範囲の上記記載が、従来の通常の中空竿(元竿)の形状を示したものである以上、特にそのテーパー角を具体的に特定する必要性はない。
(2) また、本件実用新案登録請求の範囲の上記記載は、中空竿本体の形状を特定するための要件であって、実開昭58-164470号公報(甲第6号証)、実公昭57-51654号公報(甲第7号証)及び特公昭57-26087号公報(甲第8号証)にそれぞれ開示された中空竿が問題点Cを有するか否かは、この要件に関わる問題ではない。
さらに、中空竿本体の基本的形状を、先細か否か、テーパー状か否か、径の変化率の程度が小さいか大きいかというような要素ごとに分類して、「径の変化率の小さいテーパー角で先細状に傾斜する中空竿本体」との記載をこれに当てはめることも意味がない。例えば、全体が逆テーパ状で先太の釣竿や、径の変化率の大きい急テーパ状の釣竿などはあり得ないのである。先細状に傾斜する従来の一般的な中空竿が「径の変化率の小さい」ものであることは、当業者の技術常識である。
(3) 原告は、本件考案の属する技術分野においては、中空竿本体の径の変化率(テーパー率)を数値で示すことにより考案の構成を明確にしている旨主張するが、誤りである。当該技術分野において、径の変化率(テーパー率)は、考案(発明)の構成としてこれを限定するまでの必要がない場合には、その数値的な限定をしないのが通常であり、また、考案の詳細な説明(又は発明の詳細な説明)においても、その必要性に応じて開示されるにすぎない。したがって、中空竿本体の変化率が明確にされていないからといって、本件実用新案登録請求の範囲に本件考案の目的を達成するために必要不可欠な技術的手段が記載されていないということはできない。
3 取消事由2(「ほぼ同一肉厚」及び「ほぼ同じ肉厚」との記載に関して)について 実公昭46-31163号公報(乙第2号証)に「従来・・・釣竿の各竿を構成するグラスロッドは・・・樹脂を加熱硬化させて製作されているが、その肉厚は全長に渉り均一か、または一方向に直線的に変化している。この場合肉厚の均一なものは各ロッド毎には均等な強度と弾性分布を有し、また肉厚が一方向に直線的に変化したものは肉厚の方向に強度と剛性を増す」(1欄18行目〜27行目)と記載されているように、釣竿の長さ方向の肉厚を均一にし、肉厚及び径を長さ方向に急変させないことにより、均等な強度と弾性分布を有すること、すなわち、集中応力が発生しないことが従来から一般的に知られていた。
そして、本件実用新案登録請求の範囲の「竿本体の基端部とほぼ同一肉厚」のテーパー部及び「テーパー部の先端とほぼ同じ肉厚」の握り部との各記載に係る「ほぼ同一肉厚」、「ほぼ同じ肉厚」とすることの技術的意義も、上記のように、
肉厚及び径を長さ方向に急変させないことにより集中応力の発生を防ぐことにあるから、そのような機能を発揮できる程度の「ほぼ同一(同じ)肉厚」との意味であることは、当業者にとって明白である。
審決の「竿本体の基端部にプリプレグにより一体に形成されるテーパー部は竿本体の基端部と完全に同一肉厚である必要はなく、また、テーパー部の先端にプリプレグにより一体に形成される握り部はテーパー部の先端の肉厚と完全に同じ肉厚である必要はなく、それらの肉厚は、釣竿としての強度を有し釣竿としての機能を果たす範囲内において不均一さが許容されるものである。そして、『竿本体の基端部とほぼ同一肉厚』及び『テーパー部の先端とほぼ同じ肉厚』における『ほぼ』の意味する程度、すなわち、その許容される肉厚の不均一さは釣竿の種類等によって決まるものである。」(審決謄本6頁13行目〜20行目)との認定判断の趣旨は、テーパー部が竿本体の基端部と、また、握り部がテーパー部の先端と、それぞれ完全に同じ肉厚であるまでの必要はなく、釣竿の種類等によって決まる範囲の不均一さが許容されるということにすぎず、いずれにしても、「ほぼ同一(同じ)肉厚」といえる範囲であることが前提であり、任意の肉厚としたものを含むとしたものではないし、まして、竿本体を構成するプリプレグとは別個のプリプレグを用いたものをも包含すると認定判断したものではないことは明らかである。
したがって、「『竿本体の基端部とほぼ同一肉厚』及び『テーパー部の先端とほぼ同じ肉厚』の記載において、『ほぼ同一肉厚』、『ほぼ同じ肉厚』の比較の基準、程度が不明りょうであるとはいえない。」とした審決の認定判断に誤りはない。
4 取消事由3(「やや大きい緩傾斜状」及び「長さの長い」との記載に関して)について (1) 本件実用新案登録請求の範囲の「前記竿本体の径の変化率よりやや大きい緩傾斜状で拡径し、前記竿本体との間に段部を持たない長さの長いテーパー部」との記載は、本件考案のテーパー部の構成を示したものであるが、本件考案の構成として、竿本体の基端部の径及び握り部の径は任意に設計されるものであり、特に特定する必要はないものであるから、「やや大きい緩傾斜状」及び「長さの長い」との記載につき、それを具体的に特定する必要もない。これらは、当業者であれば具体的な特定がなくとも十分理解し得るものである。
(2) 原告は、竿本体の基端部の径と握り部の径との差に加えて、テーパー部の長さが決まることによって、テーパー部の傾斜が決まるのであって、基端部の径と握り部の径との差が決まったのみでは、テーパー部の長さや傾斜を算出することはできないと主張する。
しかしながら、審決の「『元竿』全体の長さやその基端部の径及び『握り部』の長さやその径は、釣竿の設計時にその釣竿の種類等に応じて設定することであり、本件考案において、『テーパー部』は竿本体の径の変化率よりやや大きい緩傾斜状で竿本体の基端部から『握り部』まで拡径するものであってプリプレグを巻回して段部を持たないように形成されるのであるから、その『テーパー部』の長さ及び傾斜は、プリプレグを巻回して段部を持たないように形成する、竿本体の基端部と握り部との径の差により決まるものである」(審決謄本6頁26行目〜32行目)との認定判断は、「テーパー部」の長さ及び傾斜が同時に基端部と握り部との径の差によって決まるとするものではなく、原告主張の誤りはない。
5 取消事由4(「ほぼ直線状」との記載に関して)について (1) 審決の「釣竿の握り部は、完全な直線状である必要はなく、その握り部としての機能を果たす程度の直線状であればよい」(審決謄本7頁3行目〜4行目)との説示は、「直線状」である場合を基準として、「ほぼ直線状」との要件につき完全な直線状であるまでの必要はない旨判断したものであり、「ほぼ直線状」といえる範囲であることが前提であるから、任意の形状の握り部を含む旨認定したものではない。このことは、技術常識を有する当業者であれば十分理解し得ることである。
(2) また、原告は、本件考案の「握り部」が竿尻部を意味することを前提として、握り部をテーパー状に形成したものが、すっぽ抜けたりせずに把持しやすく、
また滑りにくくて把持する手の疲れも少ないという効果を奏することが当業者の技術常識であると主張する。
しかしながら、釣をする際に常に竿尻部のみを握っているわけではないことは当業者の技術常識であるから、「握り部」が竿尻部を意味するとの前提自体が誤りである。のみならず、本件明細書(甲第2号証)の「ほぼ直線状の握り部を把持できるようにしているため、握り部は非常に把持し易いのであり、又、握り部をテーパー状に形成したものに比べて滑りにくいので、殊更握り部の外周面に滑り止め部材を設けなくともよい」(4欄13行目〜17行目)との効果の記載が、釣竿が引っ張られていない状態で竿を握る場合に、握り部がテーパー状となっていれば径の小さい方へ滑りやすいとの技術常識を前提としたものであることは、当業者であれば当然理解し得るところである。原告の主張に係る振り込み操作、魚の引込み時などにおける竿尻部からのすっぽ抜けの問題は、これとは全く異なる技術課題である。なお、原告は、握り部が直線状であれば滑りにくいとすることは実態に反し、握り部は後方に向かって拡径したテーパー部を設けているのが普通であるとも主張するが、竿尻部にテーパーを設ける点は、「ほぼ直線状の握り部」の後端に、
太径の尻栓を取り付けるため、設計の都合上付加された事項であり、ほぼ直線状の握り部を有している限り、本件考案の趣旨と矛盾するものではない。
さらに、原告は、本件考案がどのようにして握り部に詰物がないことによる効果を奏するのかが明確ではないと主張するが、詰物がないことによる効果は、
「ほぼ同一肉厚」等の構成に係るものであり、「ほぼ直線状」の構成から導かれるものではないから、原告の上記主張はその前提を誤ったものである。
6 取消事由5(「径」との記載に関して)について 本件考案において、中空竿本体及び竿本体の基端部はプリプレグを巻回してほぼ同じ肉厚で形成されているので、本件実用新案登録請求の範囲の「径の変化率の小さいテーパー角で先細状に傾斜する中空竿本体」、「基端部の径より大径の握り部」、「竿本体の径の変化率よりやや大きい緩傾斜状」との各記載における「径」が、内径であっても外径であっても上記各記載に係る技術的意義は明確である。
原告は、中空竿本体の先端側に補強プリプレグを巻回した場合を例として、
内径に関しては「プリプレグを巻回して径の変化率の小さいテーパー角で先細状に傾斜する中空竿本体」の構成であっても、外形に関しては当該構成でない場合があり、このような場合に径が外径を意味するか内径を意味するかが特定されていなければ、本件実用新案登録請求の範囲の記載内容を理解することができないと主張するが、本件考案における「径」の問題が、付加的な補強プリプレグを考慮したものでないことは、当業者が十分理解し得ることである。その他、内径が本件考案の構成を満たしても、外径が本件考案の構成を満たさない場合があるとすれば、それは本件考案の構成を満たさないだけであり、何ら本件明細書の記載内容が理解できないということにはならない。
当裁判所の判断
1 本件考案の目的について 本件明細書に、「一般に、此種元竿において、前記握り部を竿本体の基端部径より大径とする場合、前記竿本体の基端部外周に紙、綿などの詰物を糸、テープなどの紐様体で巻付けてテーパー状に盛上げ、握持し易い大きさに形成している。」(審決謄本4頁29行目〜32行目)、「所が、この従来の構造によれば、
前記握り部を形成するのに多大の手間を要して、作業性が非常に悪いばかりか、前記握り部を握っての魚釣時、魚が餌を咥えたときにおける当りが、前記詰物を介して手に伝わるため、前記当りの一部が前記詰物により吸収され、その結果、当りの反応が悪く、釣糸を引込むタイミングが遅れて釣果が悪い問題があり、又、詰物を用いる構造であるため、径に対する強度が小さいし、又、重くなる問題があった。」(同4頁34行目〜39行目)、「本考案は・・・目的は、径の変化率の小さいテーパー角で先細状に傾斜する中空竿本体を形成するためのプリプレグを利用し、このプリプレグにより、前記竿本体の基端部に連続するテーパー部を介して握り部を一体に形成することにより、前記詰物をなくし、前記した問題を解消するものである。」(同5頁2行目〜6行目)、「本考案は、・・・握り部は非常に把持し易いのであり、又、握り部をテーパー状に形成したものに比べて滑りにくいので、殊更握り部の外周面に滑り止め部材を設けなくともよいし、また把持する手の疲れも少ないのである。しかも、前記ほぼ直線状の握り部は、竿本体を形成するためのプリプレグを巻回して形成するのであるから、簡単、容易に形成することができ、それだけ作業性が良くて安価に提供できるのである。・・・前記テーパー部により、応力集中を緩和し、応力を分散させることができると共に、竿本体の基端部側部分における剛性を連続的に径の大きい方に変化させることができ、径に対する強度を大きくでき、しかも、軽量にできるのであり、更に、握り部に詰物がないため、魚釣時における当りを敏感に釣人に感じさせることができ、釣果を高めることができるのである。」(同5頁12行目〜22行目)との各記載があることは当事者間に争いがない。
これらの記載によれば、本件考案は、元竿本体の基端部外周に詰物を巻付け、テーパー状に盛上げて握り部を形成していた従来例における、作業性が悪いこと、魚が餌をくわえたときにおける当りの反応が悪いこと、径に対する強度が小さく重くなることという問題点Cを解決するため、本件実用新案登録請求の範囲に記載された構成を採用し、握り部を、滑りにくくて把持しやすく、かつ、作業性よく形成できるものとすること、応力集中を緩和し、基端部側部分における剛性を連続的に径の大きい方に変化させて、径に対する強度が大きく、かつ、軽量であるようにすること、魚釣時における当りを敏感に釣人に感じさせるようにすることという効果を奏することを目的とするものと認められる。
2 取消事由1(「径の変化率の小さい」との記載に関して)について (1) 審決は、「実用新案登録請求の範囲に記載された『高強度繊維に合成樹脂を含浸したプリプレグを巻回して径の変化率の小さいテーパー角で先細状に傾斜する中空竿本体』が、先細状に傾斜する従来の一般的な中空竿本体を意味していることは明らかであり、中空竿本体は様々な種類があり、その『径の変化率の小さいテーパー角』はその竿の種類等によって特定されるものであるから、『径の変化率の小さい』の程度が不明りょうであるとはいえない。」(審決謄本5頁36行目〜6頁3行目)と認定説示したところ、この説示に照らすと、審決は、本件実用新案登録請求の範囲に記載された「径の変化率の小さいテーパー角で先細状に傾斜する中空竿本体」が、「先細状に傾斜する従来の一般的な中空竿本体」全般を意味するもの、すなわち、任意の「先細状に傾斜する従来の一般的な中空竿本体」を包含するものと認定したものと解される。また、この点につき、先細状に傾斜する従来の一般的な中空竿が「径の変化率の小さい」ものであることは当業者の技術常識であるとする被告の主張もこれと同旨であると解される。
しかしながら、「先細状に傾斜する従来の一般的な中空竿本体」全般を意味するものとすれば、単に「先細状に傾斜する中空竿本体」と規定すれば足り、
「径の変化率の小さいテーパー角で」傾斜するとの要件を付す必要がないことは明らかであるから、「実用新案登録請求の範囲には・・・考案の構成に欠くことができない事項のみを記載しなければならない」とする昭和62年法律第27号による改正前の実用新案法5条4項の規定に照らして、本件実用新案登録請求の範囲の「径の変化率の小さいテーパー角で先細状に傾斜する中空竿本体」との記載の意味を上記のように解することは誤りであるといわざるを得ない。
また、本件実用新案登録請求の範囲には中空竿の種類につき「元竿」という以外に特段の限定はないから、審決の上記説示のように、「径の変化率の小さいテーパー角」はその竿の種類等によって特定されるから、「径の変化率の小さい」程度が不明りょうであるとはいえないとするためには、先細状に傾斜する中空竿本体を有する元竿について、その種類をどのように分類した場合に、その種類ごとに元竿の先細状に傾斜する中空竿本体部分における径の変化率がどのように定まるかが明らかでなければならないが、その点を明らかにする的確な証拠はないから、審決の上記説示も誤りというべきである。
(2) なお、本件実用新案登録請求の範囲に記載された「径の変化率の小さいテーパー角で先細状に傾斜する中空竿本体」が、「先細状に傾斜する従来の一般的な中空竿本体」のうち、相対的に「径の変化率の小さいテーパー角で」傾斜する中空竿本体を意味するものと解した場合には、「径の変化率の小さい」ものに該当する中空竿本体を選択するための大小の比較の基準ないし「小さい」といえる程度が明りょうでなければならないところ、本件実用新案登録請求の範囲に、このような比較の基準ないし程度についての規定はなく、また、本件明細書(甲第2号証)の考案の詳細な説明にもこの点についての記載は見当たらない。
そうすると、「径の変化率の小さいテーパー角で先細状に傾斜する中空竿本体」との記載を上記のように解したとしても、上記1の本件考案の目的を達成するために必要不可欠な技術的手段が記載されているということはできない。
(3) したがって、本件実用新案登録請求の範囲の「径の変化率の小さいテーパー角で先細状に傾斜する中空竿本体」との記載についての審決の上記認定判断は、
いずれにせよ誤りである。
3 取消事由2(「ほぼ同一肉厚」及び「ほぼ同じ肉厚」との記載に関して)について (1) 本件実用新案登録請求の範囲には、「前記竿本体の基端部とほぼ同一肉厚で連続し、・・・テーパー部」との記載及び「該テーパー部の先端とほぼ同じ肉厚で連続し、・・・握り部」との記載があるところ、その「ほぼ同一肉厚」と「ほぼ同じ肉厚」との各用語の間の差違がその用語自体によって明らかであるとはいい難いが、本件明細書(甲第2号証)には、その差違を明らかにし得る記載は見当たらず、また、審決にもその点についての判断は存在しない。
そうすると、本件実用新案登録請求の範囲の記載において、上記「ほぼ同一肉厚」及び「ほぼ同じ肉厚」の各用語は、同じ意味で用いられているものと解さざるを得ず、また、審決の「竿本体の基端部にプリプレグにより一体に形成されるテーパー部は竿本体の基端部と完全に同一肉厚である必要はなく、また、テーパー部の先端にプリプレグにより一体に形成される握り部はテーパー部の先端の肉厚と完全に同じ肉厚である必要はなく、それらの肉厚は、釣竿としての強度を有し釣竿としての機能を果たす範囲内において不均一さが許容されるものである。そして、
『竿本体の基端部とほぼ同一肉厚』及び『テーパー部の先端とほぼ同じ肉厚』における『ほぼ』の意味する程度、すなわち、その許容される肉厚の不均一さは釣竿の種類等によって決まるものである。そうすると、・・・『ほぼ同一肉厚』、『ほぼ同じ肉厚』の比較の基準、程度が不明りょうであるとはいえない」(審決謄本6頁13行目〜23行目)との認定判断も、同旨の見解を前提としたものというほかはない。そして、そうだとすれば、本件考案の元竿は、竿本体の基端部からテーパー部を経て握り部までが「ほぼ同一肉厚」で連続するものであることになる(テーパー部の先端もテーパー部に含まれることは明らかであるから、竿本体の基端部とほぼ同一肉厚となり、したがって、テーパー部の先端とほぼ同一肉厚である握り部も竿本体の基端部とほぼ同一肉厚となる。)。
しかしながら、実用新案登録請求の範囲の記載につき、同じ意味を表すのに異なる用語を用いたとすれば、そのこと自体が明りょうさを欠くものというべきであるが、仮に、その点はおくとしても、プリプレグを巻回して形成した中空竿において、同一肉厚のまま径が大きくなれば、その強度が減少することは技術常識であるから、「ほぼ同一肉厚」及び「ほぼ同じ肉厚」の各用語が同じ意味で用いられているものとすると、本件考案は、竿本体の基端部と比べて大径である握り部の強度が減少しているものと考えざるを得ないことになるが、元竿が、その握り部の強度を竿本体の強度より減少させるような構成によって成るものとすることは、技術常識に反するのみならず、上記1のとおり、本件明細書に、本件考案の作用効果として、竿本体の基端部側部分における剛性を連続的に径の大きい方に、すなわち握り部の方に変化させることが記載されていることとも食い違うものである。
したがって、本件考案につき、上記「前記竿本体の基端部とほぼ同一肉厚で連続し、・・・テーパー部」との記載及び「該テーパー部の先端とほぼ同じ肉厚で連続し、・・・握り部」との構成を満たした上で、その握り部の強度を竿本体の強度より減少させないための技術手段を要することになるが、そのような技術手段が、本件実用新案登録請求の範囲に記載された構成上明らかであるということはできない。
なお、審決は、上記のとおり、「肉厚は、釣竿としての強度を有し釣竿としての機能を果たす範囲内において不均一さが許容されるものである。・・・『ほぼ』の意味する程度、すなわち、その許容される肉厚の不均一さは釣竿の種類等によって決まるものである。・・・『ほぼ同一肉厚』、『ほぼ同じ肉厚』の比較の基準、程度が不明りょうであるとはいえない」とするが、「ほぼ同一肉厚」又は「ほぼ同じ肉厚」との規定の「ほぼ」によって許容される肉厚の不均一さは、例えば、
握り部に向かって一方向的に厚くなるといったような方向性を帯びているものではないから、当該不均一さが上記技術手段となり得るものではないことは明らかである。また、許容される肉厚の不均一さが釣竿の種類等によって決まるものであるから、「ほぼ同一肉厚」又は「ほぼ同じ肉厚」の比較の基準、程度が不明りょうであるとはいえないとするためには、釣竿の種類等をどのように分類した場合に、その種類ごとに許容される肉厚の不均一さがどのように定まるかが明らかでなければならないが、その点を明らかにする的確な証拠はないから、審決のこの点についての説示は誤りというべきである。
(2) 被告は、実公昭46-31163号公報(乙第2号証)の「従来・・・釣竿の各竿を構成するグラスロッドは・・・樹脂を加熱硬化させて製作されているが、その肉厚は全長に渉り均一か、または一方向に直線的に変化している。この場合肉厚の均一なものは各ロッド毎には均等な強度と弾性分布を有し、また肉厚が一方向に直線的に変化したものは肉厚の方向に強度と剛性を増す」(1欄18行目〜27行目)との記載を引用して、釣竿の長さ方向の肉厚を均一にし、肉厚及び径を長さ方向に急変させないことにより、集中応力が発生しないことが従来から一般的に知られていたとした上、本件実用新案登録請求の範囲の「ほぼ同一肉厚」、「ほぼ同じ肉厚」との記載も、肉厚及び径を長さ方向に急変させないことにより集中応力の発生を防ぐ機能が発揮できる程度の「ほぼ同一(同じ)肉厚」との意味である旨主張する。
しかしながら、上記実公昭46-31163号公報(乙第2号証)には、
肉厚がどの程度まで不均一であっても均等な強度と弾性分布を有しているといえるかについての記載はないから、これによっても「ほぼ同一肉厚」又は「ほぼ同じ肉厚」の比較の基準、程度が明確であるということはできないし、また、その記載によって、上記のとおり、握り部が、竿本体の基端部と比べ大径であるため、同一肉厚であるというだけでは強度が減少することになる本件考案において、均等な強度を得るための技術手段が明らかとなるものと認めることもできない。
(3) したがって、「前記竿本体の基端部とほぼ同一肉厚で連続し、・・・テーパー部」との記載及び「該テーパー部の先端とほぼ同じ肉厚で連続し、・・・握り部」との記載に関しても、本件実用新案登録請求の範囲に上記1の本件考案の目的を達成するために必要不可欠な技術的手段が記載されているということはできず、
この記載についての審決の判断は誤りというべきである。
4 取消事由3(「やや大きい緩傾斜状」及び「長さの長い」との記載に関して)について 審決は、本件実用新案登録請求の範囲の「竿本体の径の変化率よりやや大きい緩傾斜状で拡径」する「長さの長いテーパー部」との記載において、「やや大きい緩傾斜状」及び「長さの長い」の程度が不明りょうではないとし、その理由として、「『元竿』全体の長さやその基端部の径及び『握り部』の長さやその径は、釣竿の設計時にその釣竿の種類等に応じて設定すること」(審決謄本6頁26行目〜27行目)であること、「本件考案において・・・『テーパー部』の長さ及び傾斜は、プリプレグを巻回して段部を持たないように形成する、竿本体の基端部と握り部との径の差により決まるものである」(同6頁27行目〜32行目)ことを挙げるが、いずれも「やや大きい緩傾斜状」及び「長さの長い」の程度が不明りょうではないとする理由とはなり得ないものである。
すなわち、本件実用新案登録請求の範囲の記載上、本件考案の元竿は、竿本体、テーパー部及び握り部から成るものと認められるところ、仮に、元竿全体の長さ及び握り部の長さが、釣竿の設計時にその釣竿の種類等に応じて適宜設定されるものであるとしても、元竿全体の長さから握り部の長さを差し引いた値は、竿本体の長さとテーパー部の長さ(中央部分の直線の長さ)の合計に当たるにすぎないから、これによってテーパー部の長さが定まるものではない。
さらに、仮に、基端部(テーパー部の開始位置)の径及び握り部(テーパー部の終了位置)の径が、釣竿の設計時にその釣竿の種類等に応じて適宜設定されるものであるとしても、テーパー部の開始位置及び終了位置の径ないし径の差が定まっただけで、テーパー部の長さが定まらなければ、テーパー部が緩傾斜状で拡径する程度(径の変化率)が定まらないことは明白であり、また、このことは、テーパー部が竿本体との間に段部をもたないからといって、変わるものでないことも明らかである。
したがって、「やや大きい緩傾斜状」及び「長さの長い」の程度が不明りょうではないとした審決の認定判断は誤りである。
5 以上によれば、その余の取消事由について判断するまでもなく、審決には判決の結論に影響を及ぼすべき瑕疵があるというべきであり、違法として取消しを免れない。
よって、原告の請求は理由があるから認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 石原直樹
裁判官 宮坂昌利