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関連審決 審判1995-17314
関連ワード 技術的範囲 /  出願経過 /  禁反言 /  損害額 /  権利濫用(権利の濫用) /  考案 /  組合せ /  補正 /  進歩性(3条2項) /  新規性(3条1項) /  新規事項の追加(新規事項を追加) /  拒絶理由 /  減縮 /  削除 /  実施例 /  容易に想到 /  特定 /  明細書 /  請求の範囲 / 
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事件 平成 6年 (ワ) 7116号 製造販売禁止等請求事件
原告 株式会社サクラクレパス代表者代表取締役 【A】
訴訟代理人弁護士 村林隆一
同 松本司
補佐人弁理士 三枝英二
同 舘泰光
同 藤井淳
被告 ゼブラ株式会社代表者代表取締役 【B】
訴訟代理人弁護士 田倉整
同 松尾翼
同 奥野泰久
同 西村光治奥野泰久復代理人弁護士 内田公志
補佐人弁理士 内田明
同 萩原亮一
同 安西篤夫
裁判所 大阪地方裁判所
判決言渡日 2001/03/29
権利種別 実用新案権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
被告は、原告に対し、金5億5800万円及びこれに対する平成6年7月29日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
事案の概要
(前提となる事実) 1 原告は次の実用新案権(以下「本件権利」といい、実用新案登録請求の範囲記載の考案を「本件考案」という。)を有していた。
(1) 実用新案登録第1973840号 (2) 考案の名称 筆記具のインキ筒 (3) 出願日 昭和58年1月25日(実願昭58-10576号) (4) 公告日 平成3年11月26日(実公平3-53902号) (5) 登録日 平成5年7月14日 (6) 存続期間満了日 平成10年1月25日 (7) 実用新案登録請求の範囲 材質がポリエチレン又はポリプロピレンよりなる透明又は半透明のインキ筒であって、インキが水性インキであり、且つ、該水性インキの末端側に該水性インキと相溶しない逆流防止剤よりなる筆記具のインキ筒に於いて、該水性インキと該逆流防止剤の接触面の中心部で、該水性インキが該逆流防止剤へ突入状に接触させるために、該インキ筒に対する該水性インキの濡れの方が該インキ筒に対する該逆流防止剤の濡れよりも濡れ難くなるよう、該逆流防止剤がポリブテンよりなり、
該インキ筒に対する該水性インキの濡れがポリブテンの該インキ筒に対する濡れよりも小さい水性インキよりなることを特徴とする筆記具のインキ筒。(実用新案公報(甲2)の実用新案登録請求の範囲に「ポリブデン」とあるのは「ポリブテン」の誤記と認める。) 2 本件考案は、次のとおり分説するのが相当である。
イ@ 材質がポリエチレン又はポリプロピレンよりなる透明又は半透明のインキ筒であって、
A インキが水性インキであり、
B 且つ、該水性インキの末端側に該水性インキと相溶しない逆流防止剤よりなる C 筆記具のインキ筒に於いて、
ロ@ 該水性インキと該逆流防止剤の接触面の中心部で、該水性インキが該逆流防止剤へ突入状に接触させるために、
A 該インキ筒に対する該水性インキの濡れの方が該インキ筒に対する該逆流防止剤の濡れよりも濡れ難くなるよう、該逆流防止剤がポリブテンよりなり、該インキ筒に対する該水性インキの濡れがポリブテンの該インキ筒に対する濡れよりも小さい水性インキよりなる ハ ことを特徴とする筆記具のインキ筒。
3 被告は、遅くとも平成4年6月ころより、「JELL-BE」という商品名の水性ボールペン(以下「イ号物件」という。)を、製造し、販売している。
イ号物件は、本件考案の構成要件イ@を充足する。
4 原告の請求 原告は、被告が上記3の行為によって本件権利を侵害したとして、被告に対し、損害賠償を請求している。
(争点) 1 イ号物件は、構成要件イA及びBの「水性インキ」の構成を具備するか。
2 イ号物件は、構成要件ロ@を充足するか。
3 イ号物件は、構成要件ロAを充足するか。
4 原告の請求は権利濫用か。
5 自由技術の抗弁。
6 原告の損害額
争点に対する当事者の主張
1 争点1(構成要件イA及びB)について 【原告の主張】 ボールペンに使用されるインキは、その組成上、有機溶媒を主溶媒とする油性インキと、水を主溶媒とする水性インキとに分かれるが、イ号物件に使用されているインキは水が溶媒として約70重量%使用されたインキであり、水性インキである。
【被告の主張】 イ号物件のインキは、ジェルインキであって、水性インキではない。ジェルインキは、着色剤である顔料を水に分散し、ゲル化剤によってゲル化してチキソトロピック性(単にかき混ぜたり振り混ぜたりすることによってゲルが流動性のゾルに変わり、これを放置しておくと再びゲルに戻る性質で、揺変性ともいう。)を付与したものであるから、水は顔料に対して溶媒として機能しておらず、その物性も水性インキと異なる。
2 争点2(構成要件ロ@)について 【原告の主張】 本件考案の願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)の記載、
本件考案の目的、作用効果からすれば、「接触面の中心部で、該水性インキが該逆流防止剤へ突入状に接触」しているとは、インキ筒の内壁部分で逆流防止剤がインキに向かって押し込むような形状、すなわち、接触面の周囲部分が中心部より下がっている形状を意味する。そして、接触面が客観的にそのような形状を有していれば、@逆流防止剤が透明でインキ筒内部を透視できる場合には、インキ筒内部の突入状の接触面を、両者の境界線として目視でき、A逆流防止剤が不透明で内部を透視できないときは、インキ筒内周面でのインキと逆流防止剤との境界線を目視できることになるので、「インキと逆流防止剤の境界線が常にインキ筒の外より明瞭に観察することができる」という作用により、「インキ筒内のインキ量を常に確実に読みとることができる」という効果を奏するのである。なお、このことからすると、インキ筒内での水性インキと逆流防止剤の「接触面」が、そのまま、インキ筒の外から肉眼でインキと逆流防止剤の「境界線」として観察できることは、必ずしも必要ではない。
被告は、単体のポリブテンと水性インキが接触する際に生じる形状が完全な球状のものに限られると主張し、「突入状」を限定的に主張する。しかし、単体のポリブテンには種々の分子量のものが含まれ、水性インキには水と各種着色剤の他に、種々の添加剤が添加されたものが含まれ、その種類はきわめて多岐にわたる。
そして、本件考案の「中心部で突入状に接触」は、インキ筒に対する水性インキの濡れがポリブテンのインキ筒に対する濡れよりも小さいことによって生ずるが、濡れの関係は、ポリブテンと水性インキとの組合せにより決定され、ポリブテンの種類及び水性インキの種類が多岐にわたるから、その組合せは無限にある。したがって、被告の主張は、その前提を欠き失当である。
イ号物件の水性インキと逆流防止剤の接触面は、接触面の周囲部分が中心部より下がっている形状を呈しているから、構成要件ロ@を充足する。
【被告の主張】 本件考案出願経過における原告の主張からすれば、「突入状」とは、砲弾若しくは半球を呈する形状でインキが逆流防止剤に接触していることを意味し、接触面の周囲部分が中心部より下がっているというだけでは足りない。また、原告は、後記のとおり、実用新案登録請求の範囲減縮し、本件考案の「ポリブテン」にはゲル化ポリブテンを除く単体のポリブテンを意味すると主張するに至った。したがって、単体のポリブテンと水性インキが接触する際に生じ得ない形状が、「突入状」の形状に含まれることがあってはならない。もしそのようなものを含むとすれば、その部分は実施不能とならざるを得ないからである。したがって、「中心部で…突入状に接触」の意味内容は厳格に解釈し、単体のポリブテンと水性インキが接触する際に生じる完全な球状のものに限定しなければならない。
また、本件考案の目的、作用効果からすれば、その突入状であるか否かは、
目視によって確認できなければならない。
イ号物件の製造においては、インキ筒にジェルインキ及びゲル化ポリブテンよりなる逆流防止剤を注入した後、インキ筒に混入した空気を除くために、これらを約140本程度輪ゴムで束ね、遠心分離器によって、遠心力を加える。この工程によって、ジェルインキと逆流防止の接触面は、水平ないし最大約20度の傾斜面を形成する。そして、このように形成される接触面は、これを構成するチキソトロピック性のジェルインキとゲル化されて高粘度を維持する逆流防止剤の特性により、実質的に固定される。その結果、イ号物件のインキと逆流防止剤の接触面は、
接触面の中心部で、インキは逆流防止剤へ突入状に接触していない。
3 争点3(構成要件ロA)について 【原告の主張】 (1)ア 原告は、本件明細書考案の詳細な説明の「ポリブテン(これをゲル化してもよい)」との記載を、単に「ポリブテン」とする旨の訂正審判請求(以下「本件訂正請求」という。)をしたところ、この訂正を認める審決がされた(以下「本件訂正審決」という。)。この訂正により、本件考案の「ポリブテン」は「ゲル化したポリブテン」を除いたポリブテンとなった。
これに対し、イ号物件の逆流防止材は「ゲル化剤を添加したポリブテン」である。
しかしながら、イ号物件の逆流防止剤にゲル化剤を添加しないポリブテンを使用した場合は、水性インキと該逆流防止剤の接触面の中心部で、該水性インキが該逆流防止剤へ突入状に接触している。すなわち、イ号物件の逆流防止剤にゲル化剤を添加しないポリブテンを使用した場合の構成は、本件考案の構成要件をすべて充足し、その作用効果も前記の本件考案の作用効果と同じである。そして、逆流防止剤にゲル化剤を添加したポリブテンを使用したイ号物件も、本件考案の作用効果を奏している。
すなわち、イ号物件は、本件考案の構成及び作用効果をそのまま含み、
本件考案の「ポリブテン」に「ゲル化剤の添加」という新たな技術的事項を付加したものである。付加された「ゲル化剤の添加」は、本件考案の「ポリブテン」なる文言には含まれない。しかし、イ号物件は本件考案をそっくりそのまま含むから、
イ号物件を実施すると本件考案を実施することになる。したがって、イ号物件は本件考案を利用するものであり、その技術的範囲に属する。
イ 被告は、原告が利用関係の主張をすることは信義則に反すると主張する。
しかしながら、本件訂正請求の内容は、本件考案の出願頭書の願書に添付した明細書(以下「当初明細書」という。)の記載に対する訂正ではなく、要旨変更を回避するために、ポリブテンについて当初明細書に記載のなかつた「(ゲル化してもよい。)」という括弧書を追加した補正後の本件明細書からその追加記載を削除する訂正である。
すなわち、本件訂正請求は、当初明細書の記載に戻しただけである。
したがって、本件訂正請求及びそれを認めた本件訂正審決により、本件考案技術的範囲は出願当初の技術的範囲よりいささかも減縮されるものではなく、これにより、被告が主張するようなゲル化剤を添加した構成に対して、利用発明の主張もできないような技術的範囲減縮されるものではない。
ウ 被告は、本件考案の実用新案登録出願時点において、ポリブテンにゲル化剤を添加したゲル化ポリブテンを逆流防止剤とすることは公知となっていたから、公知となっている分野にまで利用関係を主張して権利行使を行うことは許されないと主張する。
しかし、イ号物件は、ゲル化剤を添加したポリブテンを逆流防止剤とする公知の構成のみでなく、ゲル化剤を添加したポリブテンを逆流防止剤として用いて、ゲル化剤を添加しないポリブテンを逆流防止剤として用いる本件考案の構成要件ロ@及びAの構成をそっくりそのまま含みつつ、本件考案の作用効果を奏しているのであるから、被告の主張は失当である。
(2) 被告は、イ号物件のポリブテンは逆流防止剤の添加により完全なゲルとなり、流動性を失っているから、本件考案明細書で説明されている「濡れ」の現象を生ずる余地はなく、本件考案の作用効果は奏しないと主張する。
しかしながら、イ号物件の逆流防止剤は、ゲル化剤の添加によりゲル化はしているが、適度の流動性を保持し、その結果、本件考案の構成及び作用効果をそっくりそのまま含んでいるのである。
【被告の主張】 (1)ア 構成要件ロAの「ポリブテン」の意味内容は、本件訂正審決の結果、(ゲル化していない)単体のポリブテンとなった。
しかしながら、イ号物件においては、ゲル化剤の添加によってゲル化したポリブテンが、逆流防止剤として使用されている。
したがって、イ号物件においては、「該逆流防止剤が(ゲル化していない)単体のポリブテンよりなり」の要件を充足していない。本件考案の構成要件を充足しないイ号物件について、本件考案の利用関係が成立するはずがない。
イ 原告は、イ号物件は、本件考案の作用効果を奏していると主張する。
しかし、本件考案の実用新案登録請求の範囲において述べられている「濡れ」るという物理現象は、流動性のよい液体である単体のポリブテンが、固体であるインキ筒に対して接する際に発生するものである。
これに対し、イ号物件のポリブテンは、2.9%のゲル化剤が添加され、完全なゲル状態となっている。そして、ゲル化ポリブテンは、流動性の良い液体である単体のポリブテンとは、ずり速度や粘度の観点からして、明らかに物性が全く異なり、もはや本件明細書で述べられているようなインキ筒との間の「濡れ」現象を生じない。
本件考案の作用効果とされている、インキが逆流防止剤に突入する形状を生成する、という現象のメカニズムが、本件明細書に述べるような流動性の良い液体と固体との間の「濡れ」の関係に由来するのであれば、ゲル化剤の添加によって流動性の良さを失い、もはや液体とはいえない完全なゲルとなっているイ号物件の場合には、本件明細書で述べているような「濡れ」の現象が発生する余地はないから、本件考案の作用効果が生じない。
したがって、イ号物件において、本件考案が要旨とする接触状態が得られることはないのである。
このようにイ号物件における逆流防止剤は、本件考案の要旨とする接触面の形状を生成するメカニズムを破壊する作用を持つ、ゲル化剤が添加されたものである。それゆえ、イ号物件においては、本件考案の作用効果が失われている。つまり、ゲル化剤の添加は、本件考案の「利用関係を遮断」するものである。
ウ 原告は、補正手続において、当初明細書になかった「(これをゲル化してもよい)」との文言を明細書に加えることにより、当初の実用新案登録請求の範囲に含まれていなかった「ゲル化剤を添加したポリブテン」を本件考案の権利の範囲に加えようと試みたものである。
しかしながら、東京高等裁判所(平成8年(行ケ) 第208号審決取消請求事件)の確定判決、及び、同判決を踏まえた特許庁の平成7年審決第7314号の無効審決によって、「ゲル化剤を添加したポリブテン」を、本件考案の逆流防止剤の範囲に含めることを内容とする上記補正は許されないとされ、かかる補正のなされた本件考案の実用新案登録は無効であるとされた。
そこで、原告は本件訂正請求を行って、本件考案の権利の範囲から「ゲル化したポリブテン」を逆流防止剤として使用することを断念し、その代わり本件考案を無効とされることから逃れようとした。特許庁は、本件訂正審決によって、訂正請求を認めた。
かかる原告の対応は、「ゲル化剤を添加したポリブテン」を逆流防止剤としたものについては、本件考案の権利の範囲から意識的に排除するかわりに、本件考案を無効とされることから逃れたものである。それゆえ、原告が、今さら利用関係を主張して「ゲル化剤を添加したポリブテン」までが権利範囲に属することを主張することは、信義則上許されない。
エ また、特開昭57-200472号公開特許公報(乙20)及び米国特許第3424537号明細書(乙21)によって、本件考案の実用新案登録出願時点において、ポリブテンにゲル化剤を添加したゲル化ポリブテンを逆流防止剤とすることは、既に公知となっていた。
そして、公知となっている分野にまで利用関係を主張して権利行使を行うことは、許されるはずもないから、原告の主張は失当である。
(2) 「濡れ」の不該当 また、構成要件ロAでは、「(ゲル化していない)単体のポリブテンのインキ筒に対する濡れ」を予定している。「(ゲル化していない)単体のポリブテン」は、常温において流動性の良い液体である。したがって、構成要件ロAでいうところの「濡れ」とは、流動性の良い液体であるポリブテンが、固体であるインキ筒と接する際の態様を表現したものである。
ところが、イ号物件のゲル化ポリブテンは、ゲル化剤が2.9%も添加されたゲルである。ゲルとは、コロイド溶液の溶質の粒子が溶液中で強い相互作用を及ぼしあって、その濃度がある程度以上に大きくなると、全体として相当に強固な網状組織を作って固化するようなものをいう。イ号物件においては、このようなゲル化したポリブテンがインキ筒に単に接しているにすぎず、本件考案で予定しているような流動性の良い液体のポリブテンとインキ筒との間で生じているような「濡れ」と表現できるような現象は発生しないのである。
4 争点4(権利濫用)について 【被告の主張】 本件考案の実用新案登録は、以下の理由により、無効であることが明らかであるから、原告の本件請求は権利濫用である。
(1) 要旨変更 原告は、本件考案の出願公開後である平成3年7月23日付で手続の補正を行い、実用新案登録請求の範囲に「該インキ筒に対する該水性インキの濡れがポリブテンの該インキ筒に対する濡れよりも小さい」という要件を追加しているが、
これは、本件考案の要旨を変更することが明らかである。
したがって、本件考案の出願日は、平成3年7月23日とみなされるが、
そうすると、本件考案は、その出願日とみなされる以前に公開されている本件考案の公開公報に記載された考案を包含し、これと同一考案となるから、実用新案法3条1項3号の規定に該当するか、又は同公開公報記載の考案に基づいて当業者が極めて容易に考案をすることができたものであるから、同条2項の規定に該当する。
(2) 実施不能 被告は、本件考案の実用新案公報によって原告が開示した実施例を追試したところ、当初は、水性インキと逆流防止剤の接触面の中心部で、水性インキが逆流防止剤へ突入状に接触していたものの、追試後7か月を経過した時点で、接触面が平面状に変化したことを確認した。本件考案は、インキを使い切るまでの間は、
接触面が突入状を維持することを当然の前提としているのであるから、本件考案は実施不能の考案である。
(3) 進歩性欠如 本件考案は、本件考案の実用新案登録出願時点で公知であった仏国特許第1199758号明細書(乙18)、英国特許第766695号明細書(乙19)、特開昭57-200472号公開特許公報(乙20)、米国特許第3424537号明細書(乙21)の記載に基づいて、当業者が極めて容易に考案をすることができたものである。
(4) 新規性欠如 本件考案は、本件考案の実用新案登録出願時点で公知であった米国特許第3424537号明細書(乙21)に記載された考案と同一である。
【原告の主張】 (1) 要旨変更の主張に対して 当初明細書には、インキ筒内においてインキと逆流防止剤とが、中心部において該インキが該逆流防止剤へ突入状に接触することが明記され、その状態が第1図に具体的に図示されていたが、このことは、インキ筒に対する濡れは、逆流防止剤の方が大きくインキの方が小さいことを示しており、そのことは、当業者に明らかである。
したがって、実用新案登録請求の範囲に「該インキ筒に対する該水性インキの濡れがポリブテンの該インキ筒に対する濡れよりも小さい」という要件を追加した手続の補正は、当初明細書及び第1図から当業者に自明な事項を記したにすぎない補正であり、本件考案の要旨を変更するものではない。
(2) 実施不能の主張に対して 実施不能の発明(考案)とは、例えば永久機関の発明のように、目的を達成できる可能性が全くない発明(考案)をいうのであるところ、本件考案が、「インキと逆流防止剤の接触面の中心部で、インキが逆流防止剤に突入状に接触させる」という構成をとることにより、考案が解決しようとする課題を解決できることは、実施例及び第1図から明らかである。また、本件考案は、格別長期にわたって使用可能な筆記具を提供することを目的としていない。そのような要望があれば、
インキあるいは逆流防止剤に適当な添加剤を適宜添加する等により、それに応えれば足りる。
したがって、被告の主張は根拠がない。
(3) 進歩性欠如の主張に対して 被告が指摘する公知文献のうち乙18、19及び21は、その出願当時の技術水準からすれば、いずれも、油性インキを前提とする技術であって、本件考案とは、解決課題及び解決手段を本質的に異にする。また、被告が指摘する公知文献のうち乙20は、従来の逆流防止剤の欠点を解消することを目的として、炭化水素類を特定のゲル化剤でゲル化するもので、本件考案とは課題及び解決手段を異にする。
したがって、当業者が、これら公知文献から、本件考案を極めて容易に考案することができたとする被告の主張は根拠がない。
(4) 新規性欠如の主張に対して 被告が指摘する公知文献は、その出願当時の技術水準からすれば、油性インキを用いる油性ボールペンに関する発明であって、解決課題及び解決手段を本質的に異にし、本件考案の構成要件ロ@及びAについては一切記載されていない。
5 争点5(自由技術の抗弁)について 【被告の主張】 イ号物件は、ポリプロピレン製インキ筒に水性インキと、ステアリン酸アルミニウムでゲル化したポリブテン逆流防止剤を充填したボールペンであるところ、
そのようなボールペンは、本件考案の実用新案登録出願時点で公知であった特開昭57-200472号公開特許公報(乙20)及び米国特許第3424537号明細書(乙21)の記載に基づいて、当業者が極めて容易に推考できたものであり、
本件考案の実用新案登録出願時点において、何人も自由に実施することができた技術であったというべきである。
【原告の主張】 そもそも自由技術の抗弁という理論自体が認められるものではないが、それを措くとしても、被告が指摘する公知文献によりイ号物件の構成は容易に想到できるものではないから、被告の主張は失当である。
6 争点6(損害額)について 【原告の主張】 被告は、平成3年12月1日から平成10年1月25日までの間に、イ号物件を製造、販売し、合計31億1000万円の売り上げを得、少なくとも9億3300万円の利益を得た。
よって、原告は、被告に対し、金9億3300万円の損害賠償請求権を有するが、本訴においては、その内金5億5800万円につき請求する。
【被告の主張】 争う。
争点に対する判断
1 争点3(構成要件ロ@)について (1) イ号物件の逆流防止剤が、ゲル化剤の添加によりゲル化したポリブテンであることは、当事者間に争いがない。
(2) 本件考案の「逆流防止剤がポリブテンよりなり」の「ポリブテン」は、本件訂正審決により、「ゲル化したポリブテン」を除いたポリブテンとなったことは、原告において自認するところである。そうすると、逆流防止剤として「ゲル化したポリブテン」を使用するイ号物件は、本件考案の構成要件ロAを充足しないものといわざるを得ない。 (3) 原告は、イ号物件の逆流防止剤にゲル化剤を添加しないポリブテンを使用した場合の構成は、本件考案の構成要件をすべて充足し、逆流防止剤にゲル化剤を添加したポリブテンを使用したイ号物件も、本件考案の作用効果をそっくりそのまま奏しているから、イ号物件は本件考案を利用するものであり、その技術的範囲に属すると主張する。
いわゆる利用関係が成立するためには、対象物件が、当該考案(発明)の実用新案登録請求の範囲(特許請求の範囲)に記載された構成をすべて含み、更に別の技術的要素を付加した構成を具備しているものであることを要するところ、原告は、本件考案の構成である「ポリブテン」に「ゲル化したポリブテン」は含まれないと自認しているのであるから、ゲル化剤によってゲル化したポリブテンをその構成に持つイ号物件は、本件考案の構成のすべてを具備するものでないことを自認しているのに等しく、もはや利用関係が成立する余地はないというべきである。
(4) イ号物件について、利用関係の存在を根拠として本件考案技術的範囲に属すると主張することが許されないことは、本件考案出願経過及び本件訂正請求の経過から見ても明らかである。
すなわち、原告は、本件訂正請求により、本件訂正審決前の本件明細書考案の詳細な説明欄に、「逆流防止剤3をポリブテン(これをゲル化してもよい)とした場合」(甲2の4欄5〜6行)とあったのを、「逆流防止剤をポリブテンとした場合」と訂正する訂正審判請求(本件訂正請求)をしたが、証拠(乙8の1、
後掲各証拠)及び弁論の全趣旨によれば、原告が、このような訂正請求を行うに至った経緯は次のとおりであると認められる。
ア 原告は、昭和58年1月25日、本件考案の実用新案登録出願を行ったが、当初明細書には、次の記載があった(乙8の1添付の甲2) (ア) 実用新案登録請求の範囲 水性インキを填充し、該インキの末端側に水性インキと相溶しない逆流防止剤を接触させ、該インキと該防止剤の接触面が平面を形成するかあるいは中心部において該インキが該防止剤へ突入状に接触することを特徴とする透明又は半透明の合成樹脂製インキ筒。
(イ) 考案の詳細な説明には、次の記載があった((4)14行〜(5)11行)。
そして具体的にはインキ筒(1)の材質をポリエチレン、ポリプロピレン、ポリ塩化ビニル等の合成樹脂とした場合、インキ(2)と逆流防止剤(3)との配合によってこれら3者の関係が定り第1〜3図の状態に区分されるが、第1〜第3図の状態を示す配合の組合わせは次の通りである。
イ 第1図の状態を示す組合わせ インキ組成 (省略) 逆流防止剤 ポリブチン 3N(3,000cst) (日本油脂叶サポリブチン) イ 本件考案は、昭和59年8月3日、出願公開されたが、特許庁は、昭和61年9月11日、本件考案に対し拒絶査定を行った。
これに対し、原告は、同年11月27日、審判請求書を提出したが、特許庁は、原告に対し、平成3年3月15日付で拒絶理由通知を発した。
これを受けて、原告は、同年7月23日付で、手続の補正を行い(乙8の1添付の甲3。以下「本件補正」という。)、その結果、本件考案は、平成3年11月26日、出願公告された。
ウ 原告は、本件補正により、当初明細書の上記アの記載を次のとおり補正した。 (ア) 実用新案登録請求の範囲 前示前提となる事実1(7)と同じ。 (イ) 考案の詳細な説明((5)9行〜(6)13行) そして具体的にはインキ筒(1)の材質をポリエチレン、ポリプロピレン等の合成樹脂とした場合、インキ(2)と逆流防止剤(3)との配合によって3者の関係が定り第1図または第2図の状態に区分される。逆流防止剤(3)をポリブテン(これをゲル化してもよい)とした場合、水性インキ(2)のインキ筒(1)に対する濡れがポリブテンのインキ筒(1)に対する濡れよりも小さいか大きいかによって、第1図または第2図の状態に区分される。即ち、インキ(2)のインキ筒(1)に対する濡れがポリブテンのインキ筒(1)に対する濡れより小さい場合は第1図となり、大きい場合は第2図となるが、第1図または第2図を示す配合の組合せの1例は次の通りである。
イ 第1図の状態を示す組合わせの例 インキ組成 (省略) 逆流防止剤 ポリブチン 3N(3,000cst) (日本油脂叶サポリブチン) エ 本件考案は、平成5年7月14日、実用新案登録された。
オ 被告は、平成7年8月15日、特許庁に対し、本件考案の実用新案登録について無効審判請求を行い(平成7年審判第17314号)、本件補正により上記ア(イ)の記載をウ(イ)の記載に補正したこと、特に逆流防止剤としてのポリブテンを「(これをゲル化してもよい)」と括弧書きを加えて説明している点が要旨変更になるなどと主張したが、特許庁は、平成8年7月15日、当初明細書には、逆流防止剤としてグリース状のポリブテンを使用することが記載されていると把握でき、逆流防止剤として使用されるポリブテンをポリブテン(これをゲル化してもよい)と言い換えることは当初明細書に記載された範囲内の事項といえるから、上記補正は本件考案の要旨を変更するものではないなどとして、「無効審判は成り立たない」との審決をした(甲18)。
これに対し、被告は、東京高等裁判所に対し、審決取消訴訟(平成8年(行ケ)第208号)を提起したところ、同裁判所は、平成10年9月10日、当初明細書には、逆流防止剤としてグリース状のポリブテンを使用することが記載されていると把握できるとする審決の判断は根拠がなく、本件補正は当初明細書に記載された範囲内の事項であって本件考案の要旨を変更するものではないとする審決の判断は誤りであるとして、上記審決を取り消す旨のと判決をした(甲33)。原告は、同判決に対して上告申立てをしたが、平成11年3月25日、上告不受理決定がなされた。
カ 特許庁は、平成11年10月5日、本件補正は要旨変更であり、したがって本件考案の実用新案登録出願は本件補正に係る手続補正書が提出されたときにしたものとみなされるところ、本件考案は、そのみなし出願時において公知である本件考案の公開公報記載の考案と同一であるとして、「本件実用新案権を無効とする」との審決をした。
これに対し、原告は、東京高等裁判所に審決取消訴訟を提起するとともに、特許庁に対し、訂正審判請求(本件訂正請求)をした。
特許庁は、平成12年2月28日、本件訂正請求を認めるとの審決をした(本件訂正審決、甲34)。
キ 特許庁が、本件訂正請求を認めた理由は、概要次のとおりである。
「ポリブテン(これをゲル化してもよい)」とあるのを「ポリブテン」と訂正することは、本件考案の実用新案登録請求の範囲に記載される「逆流防止剤がポリブテンよりなり」というポリブテンにおいて、「ゲル化されたポリブテン」を除くものと認められるから、実用新案登録請求範囲の減縮を目的とするものであり、かつ、新規事項の追加に該当せず、事実上実用新案登録請求の範囲を拡張し、
又は変更するものでもない。
(5) 上記(4)記載の事実(特にカ、キ記載のような原告が本件訂正請求を行った経過及び本件訂正審決の判断)からすると、原告は、本件補正後の明細書の実用新案登録請求の範囲減縮を目的として、「ポリブテン(これをゲル化してもよい)」とあるのを「ポリブテン」に訂正する本件訂正請求を行い、それを認める本件訂正審決がされたのであるから、本件考案の「逆流防止剤がポリブテンよりなり」という構成から、逆流防止剤がゲル化したポリブテンよりなるものは、特に除かれたものというべきである。
また、原告は、本件訂正請求において、本件考案技術的範囲から、逆流防止剤がゲル化されたポリブテンよりなるものを、意識的に除外したというべきであるから、本件考案につき、そのような態度を表明をした原告が、本件訂正審決によって本件訂正請求が認められた後に、本訴において、逆流防止剤がゲル化剤によってゲル化したポリブテンよりなるイ号物件も本件考案技術的範囲に該当すると主張することは、禁反言の法理に反し、信義則上許されないというべきである。
(6) なお、前記のような出願経過をひとまず措いて、本件訂正後の本件明細書の記載のみに着目するとすれば、イ号物件が、実用新案登録請求の範囲の「逆流防止剤がポリブテンよりなり」という構成を具備しているかどうかが問題となるが、
以下のとおり、イ号物件が、同構成を具備しているとも認められない。
すなわち、本件明細書の記載(甲2の1欄21行〜2欄7行)からすれば、逆流防止剤は、インキがインキ筒を逆流したりインキ筒より飛散してしまうことを防止するためのものであることが認められるから、その観点からすれば、逆流防止剤の粘度は高い方が望ましいということができる。他方、本件考案が、筆記具のインキ筒であることからすれば、逆流防止剤は、筆記によるインキの流出に応じて、インキに追従することが、その性質上当然要求されているということができるが、逆流防止剤の粘度が高すぎるとその要求に応えることができなくなってしまう。
以上のとおり逆流防止剤には、相反する2つの性質が要求されることとなるが、証拠(甲2)によれば、本件明細書には実施例として3,000cstという特定の粘度のポリブテンが逆流防止剤として選択されていることが認められるから、本件考案の「ポリブテン」は、適度な粘度のものを選択することによって、インキの逆流・飛散防止とインキに対する追従性という要求に応えていると認められる。
他方、証拠(乙5)によれば、ゲル化剤によってゲル化したポリブテンは、単体のポリブテンには見られないチキソトロピック性(揺変性)が備わり、通常時は、高い粘性を有しつつも、筆記によるインキの流出に従って、逆流防止剤のずり速度が大きくなり、粘性が低下して、インキに追従することになるものと認められる。
そうすると、ゲル化剤によってゲル化したポリブテンが逆流防止剤として用いられる場合には、単体のポリブテンにはない物性(チキソトロピック性)によって、インキの逆流・飛散防止とインキに対する追従性という2つの相反する要求に対応していることが認められる。
したがって、逆流防止剤として用いられるという観点から見た場合、ゲル化剤によってゲル化したポリブテンを「ゲル化剤の添加」と「ポリブテン」とに分け、「ゲル化剤の添加」は単なる付加であると見るのは相当でなく、単体のポリブテンとゲル化剤によってゲル化したポリブテンとは、異なる物質というべきであり、逆流防止剤がゲル化剤によってゲル化したポリブテンよりなるイ号物件は、本件考案の「逆流防止剤がポリブテンよりなり」という構成を具備しないというべきである。
2 よって、その余の争点について検討するまでもなく、原告の請求は理由がないから、主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 小松一雄
裁判官 高松宏之
裁判官 安永武央
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