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関連審決 審判1999-35147
関連ワード 考案 /  物品 /  設定登録 /  進歩性(3条2項) /  新規性(3条1項) /  きわめて容易 /  請求項 /  実施例 /  数値限定 /  明細書 /  請求の範囲 / 
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事件 平成 12年 (行ケ) 200号 審決取消請求事件
原告 シンロイヒ株式会社
訴訟代理人弁理士 瀬谷徹
同 斎藤栄一
訴訟復代理人弁理士増田利昭
被告 株式会社金星
訴訟代理人弁護士 窪田英一郎
訴訟復代理人弁護士柿内瑞絵
訴訟代理人弁理士 吉田聡
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2001/07/26
権利種別 実用新案権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 特許庁が平成11年審判第35147号事件について平成12年4月24日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文と同旨
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,考案の名称を「投てき用マーキング物品」とする登録第1862032号の実用新案(昭和60年10月14日出願,平成3年8月7日設定登録。以下「本件登録実用新案」という。)の実用新案権を有する者である。
被告は,平成11年3月31日,本件登録実用新案の登録を無効とすることについて審判を請求し,特許庁は,これを平成11年審判第35147号事件として審理した。原告は,同事件係属中の平成11年7月8日,本件登録実用新案に係る願書に添付された明細書を訂正することについて審判を請求した(このとき請求された訂正を,以下「本件訂正」という。)。特許庁は,審理の結果,平成12年4月24日,「登録第1862032号実用新案の登録を無効とする。」との審決をし,平成12年5月17日,その謄本を原告に送達した。
2 実用新案登録請求の範囲(ただし,本件登録実用新案には昭和62年法律第27号による改正前の特許法36条4項が準用され,本件訂正前の実用新案登録請求の範囲(2)〜(6)及び本件訂正後の実用新案登録請求の範囲(2)〜(5)は,いずれも,いわゆる実施態様項である。) (本件訂正前) (1) 衝撃により破損し得る密封容器中に塗料を充填してなることを特徴とする,投てき用マーキング物品
(2) 密封容器が手でつかみ得る大きさで球形状の外形をなしている,実用新案登録請求の範囲第1項の投てき用マーキング物品
(3) 密封容器がアイゾット衝撃強度0.5〜3kg・cm/cm2の材料からなる,実用新案登録請求の範囲第1項の投てき用マーキング物品
(4) 密封容器が合成樹脂製である,実用新案登録請求の範囲第1項の投てき用マーキング物品
(5) 合成樹脂が塩化ビニル樹脂,スチレン樹脂,エチレン-塩化ビニル共重合体樹脂またはポリエステル樹脂である,実用新案登録請求の範囲第4項の投てき用マーキング物品
(6) 塗料が水性塗料である,実用新案登録請求の範囲第1項の投てき用マーキング物品
(本件訂正後) (1) 衝撃により破損し得る密封容器中に塗料を充填してなり,前記密封容器 がアイゾット 衝撃強度 0.5〜3kgf ・cm/cm2の材料 からな ることを特徴とする,投てき用マーキング物品
(2) 密封容器が手でつかみ得る大きさで球形状の外形をなしている,実用新案登録請求の範囲第1項の投てき用マーキング物品
(3) 密封容器が合成樹脂製である,実用新案登録請求の範囲第1項の投てき用マーキング物品
(4) 合成樹脂が塩化ビニル樹脂,スチレン樹脂,エチレン-塩化ビニル共重合体樹脂またはポリエステル樹脂である,実用新案登録請求の範囲第3項の投てき用マーキング物品
(5) 塗料が水性塗料である,実用新案登録請求の範囲第1項の投てき用マーキング物品
(下線は訂正箇所を示す。) 3 審決の理由 別紙審決書の写しのとおりである。要するに,本件訂正後の実用新案登録請求の範囲請求項1に係る考案(以下「訂正考案」という。)は,当業者が,実願昭56-105141号(実開昭58-10185号)のマイクロフィルム(甲第7号証。以下「引用例1」という。)に記載された考案(以下「引用考案1」という。)及び1970年10月25日株式会社工業調査会発行「プラスチック入門」(甲第2号証の審判請求書に添付のもの。以下「引用例2」という。)に記載された考案(以下「引用考案2」という。)に基づいてきわめて容易考案をすることができたものであるから,実用新案登録の独立要件を定めた規定に違反するので,本件訂正を認めることはできず,また,訂正前の実用新案登録請求の範囲請求項1に係る考案(以下「本件考案」という。)は,引用考案1と同一であり,本件実用新案登録は,実用新案法3条1項3号の規定に違反してされたものであるから無効である,というものである。
原告主張の審決取消事由の要点
審決は,訂正考案の実用新案登録の独立要件を検討するに当たり,引用考案2の認定を誤り(取消事由1),また,進歩性についての判断を誤り(取消事由2),その結果,本件訂正が認められないとの誤った結論を導いたものであって,違法であるから,取り消されるべきである。
1 取消事由1(引用考案2の認定の誤り) (1) 次の点は,審決の認定のとおりである。
訂正考案と引用考案1とを対比したとき,「衝撃により破損し得る密封容器中に塗料を充填してなる投てき用マーキング物品」である点で一致し,訂正考案は,密封容器の材料をアイゾット衝撃強度0.5〜3kgf・cm/cm2のものとしているの対し,引用考案1は,この点について記載するところがない点で相違していること。
引用例2に,「衝撃強さ,熱変形温度 アイゾット(Izod)衝撃試験による各種プラスチックの値は図41のようになる。ここで0.8ft・lb/in(4.4kg・cm/cm)以上のプラスチックは床に落としても割れにくい耐衝撃性を有している。」(甲第2号証添付の1970年10月25日株式会社工業調査会発行「プラスチック入門」41頁15行〜18行)との記載があり,図41に,各種プラスチックと衝撃強さの関係を示す図が示されていること。
(2) 審決は,引用例2にある,アイゾット衝撃強度が4.4kg・cm/cm以上のプラスチックは床に落としても割れにくい耐衝撃性を有する旨の記載から,プラスチック一般について,アイゾット衝撃強度が4.4kgf・cm/cm2未満の場合は割れやすいと認定したが,この認定は誤っている。
アイゾット衝撃強度が4.4kgf・cm/cm2未満であるからといって,必ずしも割れやすいとすることはできない。すなわち,床に落としたときに割れるかどうかということは,きわめてあいまいな事柄であり,物体の質量,落下時の高さ(重力エネルギー),床の材質等,種々の条件によって変わってくるものである。このあいまいさをなくすために,種々の条件(試験片の寸法,切欠きの寸法,衝撃刃の角度,速度等)を一定にして測定・算出される値がアイゾット衝撃強度である。すなわち,アイゾット衝撃強度は,ある一定の条件下で得られた数値であり,その意味で,同1条件下での試験対象たる種々の素材間での割れやすさ,割れにくさを相対的に比較しているにすぎない。
このように,アイゾット衝撃強度は,相対的な数値にすぎないから,その数値の大小によって,直ちに実際の物理現象に結びつけて考えることは早計であり,「アイゾット衝撃強度が4.4kgf・cm/cm2より大きい(小さい)」ことから,直ちに,「その物体は割れにくい(割れやすい)」と結論付けることはできない。
(3) 本件考案のアイゾット衝撃強度の単位は「kgf・cm/cm2」であるのに対し,引用考案2のそれは「kg・cm/cm」であって,審決は,単位を間違えるという基本的な誤りを犯しており,認定の前提において既に誤りがある。
すなわち,「kg・cm/cm」と「kgf・cm/cm2」とは,いずれもアイゾット衝撃強度の単位であるものの,前者は,1977年改正の日本工業規格「硬質プラスチックのアイゾット衝撃試験方法」(JIS K 7110-1977。以下「1977年改正規格」という。)によって規定されているのに対し,後者は,1984年改正の日本工業規格「硬質プラスチックのアイゾット衝撃試験方法」(JIS K 7110-1984。以下「1984年改正規格」という。)によって規定されているものである。
上記1984年改正では,上記衝撃試験に使用する試験片についても変更され,1977年改正規格では試験片が1種類であったのに,1984年改正規格では,1号試験片,2号試験片の2種類が規定された。1977年改正規格におけるアイゾット衝撃強度(衝撃値)「4.4kg・cm/cm」(引用例2)を,1984年改正規格の単位に換算すると,1号試験片の場合には5.5sf・p/cm2,2号試験片の場合には4.33kgf・cm/cm2となる。そして,2号試験片の場合は,1977年改正規格と1984年改正規格との間で,アイゾット衝撃強度(衝撃値)にほとんど違いがないものの,1号試験片の場合は,前者が「4.4kg・cm/cm」であるのに対し,後者が「5.5sf・p/cm2」であって,大きく異なっている。
2 取消事由2(進歩性についての判断の誤り) (1) 審決は,訂正考案と引用発明1との相違点について,「訂正考案が採用したアイゾット強度0.5〜3kgf・cm/cm2は当業者の通常の創作能力の範囲というべきで,また,このアイゾット強度を採用したことによって当業者が予測できない格別顕著な作用効果を奏すると認めることもできない。」と判断し進歩性を否定したが,この判断は誤りである。
訂正考案の材料について採用された「アイゾット衝撃強度0.5〜3kgf・cm/cm2」の材料は,投てき用マーキング物品の強度の最適範囲であり,ここから特別に顕著な効果が生じる。その効果とは,訂正明細書に,「容器本体は車輌Cにぶつかった衝撃によって割れ,該容器内部に充填されていた塗料が飛散して車輌Cの外面に付着する。」(6頁12〜14行)と記載されているとおり,容器が欠片状に割れ塗料とともに飛散して,マーキング効果が,従来技術に比べて一層高くなることである。このような効果は,容器に「アイゾット衝撃強度0.5〜3kgf・cm/cm2の材料」を使用していることによるものである。そして,当業者にとって,この範囲を推考することがきわめて容易であったとはいえない。
したがって,引用考案1と引用考案2とを組み合わせても,きわめて容易に「アイゾット衝撃強度0.5〜3kgf・cm/cm2の材料」という訂正考案の構成に想到し得たとすることはできない。
また,訂正考案における0.5〜3kgf・cm/cm2という数値は,アイゾット衝撃試験等の種々の衝撃試験によって実測して求めた下限の数値として設定しているものである。ところが,審決は,アイゾット衝撃強度の割れやすさの上限については,「4.4kg・cm/cm」との指摘をするのみであるとはいえ,ともかく検討しているものの,その下限については何らの検討もしていない。このように,投てき時の「割れやすさ」についての検討をしていないままに,当業者にとって,訂正考案の「アイゾット強度0.5〜3kgf・cm/cm2」との構成に想到することがきわめて容易であったということは許されない。
(2) 訂正考案にいう「塗料」は,訂正明細書に「塗料として水性塗料が好ましい」と記載されているとおり,「水性塗料」を意味しているものである。これに対し,引用考案1においては,蛍光塗料としているのみである。当業者が,引用考案1の蛍光塗料から,訂正考案の「水性塗料」を,きわめて容易に導き出すことはできない。
被告の反論の要点
審決の認定判断は,すべて正当であり,審決を取り消すべき理由はない。
1 取消事由1(引用考案2の認定の誤り)について (1) 原告は,アイゾット衝撃強度は,相対的な数値にすぎないから,その数値の大小によって,直ちに実際の物理現象に結びつけて考えることは早計であり,「アイゾット衝撃強度が4.4kgf・cm/cm2より大きい(小さい)」ことから,直ちに,「その物体は割れにくい(割れやすい)」と結論付けることはできない旨主張する。
原告が主張するとおりに,アイゾット衝撃強度が同じでも,これは相対的なもので,割れやすい性質をもつかどうかは,物体の質量,落下時の高さ(重力エネルギー),床の材質等,種々の条件に依存するというのであれば,本件訂正におけるアイゾット衝撃強度の限定は,何の意味も有しないこととなり,単純にアイゾット衝撃強度を限定しただけでは,割れやすいものができるとは限らないことになる。原告の主張は,破綻しており,失当であることが明らかである。
なお,質量,速度,形状を要素として考慮しなくても,一般的にアイゾット衝撃強度が低ければ割れやすいことは明らかである。引用例2は,このような「割れやすさ」の一定の基準を示すものである。
(2) 原告は,本件考案のアイゾット衝撃強度の単位は「kgf・cm/cm2」であるのに対し,引用考案2のそれは「kg・cm/cm」であって,審決は,単位を間違えるという基本的な誤りを犯している旨主張する。
しかし,審決は,原告も認めるとおり,引用考案2に,「ここで0.8ft・lb/in(4.4kg・cm/cm)以上のプラスチックは床に落としても割れにくい耐衝撃性を有している。」と記載されていると認定しているのであり,アイゾット強度が4.4kgf・cm/cm2未満の場合は割れやすいとの認定は,上記記載からの推論である。審決には,何らの間違いもない。
原告が述べる,アイゾット衝撃強度(衝撃値)の測定方法に関する1977年改正規格と,1984年改正規格との間の相違点,1号試験片,2号試験片を用いた場合の換算式については,被告にも格別異論はない。そうすると,原告の認めるとおり,2号試験片の場合は,1977年改正規格と1984年改正規格とでは,ほとんど違いがないということになるのであるから,両単位の数値は,ほぼ同じであるということになる。
2 取消事由2(進歩性についての判断の誤り)について (1) 原告は,アイゾット衝撃強度の臨界的意義については,本件登録実用新案の出願手続,訂正審判手続を通じて,一切,主張立証しておらず,このような裏付けのないアイゾット強度の限定によって訂正後の考案進歩性を有すると判断することは,およそ不可能である。
また,原告は,本件審決が,アイゾット衝撃強度における「割れにくさ」についての検討を怠っているとするが,一般的にアイゾット衝撃強度が余りに低い値であればきわめて簡単に割れてしまい,マーキング物品としての効用をもたないことは明らかであり,アイゾット衝撃強度についての数値的限定の意味を何ら示していない本件考案において,当業者であれば0.5kgf・cm/cm2の下限を容易に設定できたとする審決には何らの違法もない。
(2) 原告は,「蛍光塗料」と「水性塗料」とが別異の概念であって,審決はこの点の別異性を看過しているとするが,「蛍光塗料」が「水性塗料」を含むことは明らかである。
当裁判所の判断
1 訂正考案における数値限定の技術的意味について (1) 訂正考案と引用考案1とを対比したとき,「衝撃により破損し得る密封容器中に塗料を充填してなる投てき用マーキング物品」である点で一致し,訂正考案は,密封容器の材料をアイゾット衝撃強度0.5〜3kgf・cm/cm2のものとしているの対し,引用考案1は,この点について規定するところがない点で相違していることは,原告も認めるところである。
(2) 上記相違点に係る訂正考案の構成,すなわち,「前記密封容器がアイゾット衝撃強度0.5〜3kgf・cm/cm2の材料からなる」という構成が有する技術的意味について検討する。
ア 甲第6号証によれば,昭和59年9月1日改正の日本工業規格「硬質プラスチックのアイゾット衝撃試験方法」(JIS K 7110-1984)の1頁に,「この規格は,硬質プラスチックのアイゾット衝撃試験(以下,衝撃試験という。)方法について規定する。」,「備考1 この方法による試験は,衝撃曲げ試験の一種である。すなわち,規定の切欠きのある規定寸法の試験片を,片持ばりの状態で支持し,その一端を規定の速度及び破断に要するエネルギーより大きな規定のエネルギーで衝撃し,1回の衝撃によって破断させる時に要するエネルギーを測定し,その硬質プラスチックの耐衝撃性,もろさ,粘り強さなどの特性を測定するものである。」,「(1) アイゾット衝撃試験 アイゾット衝撃試験機を用い,試験片の一端を切欠き部で固定し,他端を切欠き部の対称平面から22mm隔たっている位置で切欠き部と同じ側の面をハンマで1回の衝撃によって試験片を破断し,アイゾット衝撃値を測定する試験。」,「(2) 吸収エネルギー アイゾット衝撃試験において,試験片を破断するのに要したエネルギー(J){kgf・cm}。」,「(3) アイゾット衝撃値 吸収エネルギー(J){kgf・cm}を試験片の切欠き部の元の断面積で除した値(kJ/m2){kgf・cm2}。」との記載があることが認められる。
上記認定の記載によれば,硬質プラスチックのアイゾット衝撃試験方法におけるアイゾット衝撃強度とは,硬質プラスチックの所定の試験片について,所定の手順の下でハンマによる衝撃を加えて試験片を破断するという衝撃試験を行い,試験片を破断するのに要したエネルギーを試験片の切欠き部の元の断面積で除した値を アイゾット衝撃強度とし,この数値の大小によって,硬質プラスチックの耐衝撃性,もろさ,粘り強さなどの特性を測定するというものであることが認められる。この測定結果が,対象となるプラスチック自体の有する一般的な割れにくさ,割れやすさの目安を示すものであることは明らかである。
イ 訂正考案に係る実用新案登録請求の範囲の記載が,「衝撃により破損し得る密封容器中に塗料を充填してなり,前記密封容器がアイゾット衝撃強度0.5〜3kgf・cm/cm2の材料からなることを特徴とする,投てき用マーキング物品。」というものであることは,前に述べたとおりである。
「投てき用マーキング物品」は,その物品として当然に具備すべき機能に照らし,投てきしないときには安易に破損してはならず,投てきしたときには衝撃により確実に破損しなければならないものであるから,このことからすると,「アイゾット衝撃強度0.5〜3kgf・cm/cm2」とは,そのような要件を満たす数値であるものであると推察し得る。しかし,この数値限定が上記以上にいかなる意味を有するかは,訂正考案に係る実用新案登録請求の範囲の記載自体からは,明らかでない。
ウ そこで,訂正明細書考案の詳細な説明を検討すると,甲第4号証によれば,アイゾット衝撃強度の数値に関して,訂正明細書考案の詳細な説明の欄にみられる記載は,[考案の概要]の項の,「本考案によれば,上記の様な目的は,衝撃により破損し得る密封容器中に塗料を充填してなり,前記密封容器がアイゾット衝撃強度0.5〜3kgf・cm/cm2の材料からなることを特徴とする,投てき用マーキング物品により達成される。」との記載,[実施例]の項の,「これらの図において,2は容器本体であり,該本体はたとえば塩化ビニル樹脂,スチレン樹脂,エチレン-塩化ビニル共重合体樹脂,ポリエステル樹脂等の合成樹脂からなる。該容器本体を構成する材料はアイゾット衝撃強度0.5〜3kgf・cm/cm2のものであるのが好ましい。該容器本体2は人間が手でつかんで投てきするのに都合のよい外形状であるのが好ましく,たとえば図示される様な球形状であり,その他たとえば回転楕円体形状や円筒形状であってもよい。更にはある程度の変形性を有する不定形のものでもよい。容器本体2は中空である。また,容器本体2の一部には小開孔4が設けられている。」との記載のみであることが認められる。
そうすると,考案の詳細な説明によっても,訂正考案におけるアイゾット衝撃強度の「0.5〜3kgf・cm/cm2」と数値限定が,投てきしないときには安易に破損してはならず,投てきしたときには衝撃により確実に破損しなければならないという,「投てき用マーキング物品」が当然に有するべき機能に基づく技術的意味以外に,いかなる意味を有するのか明らかでない。
その他本件全資料によっても,上記意味を明らかにする証拠を見いだすことができない。
エ 以上のとおり,訂正考案におけるアイゾット衝撃強度の「0.5〜3kgf・cm/cm2」との数値限定は,その技術的意味が上記以上には明らかでない以上,投てきしないときには安易に破損してはならず,投てきしたときには衝撃により確実に破損しなければならないという「投てき用マーキング物品」が当然に有するべき機能に基づく性質である「割れにくさ」,「割れやすさ」を得るための限定にすぎないものというべきである。そして,そうだとすると,訂正考案進歩性を検討するに当たっての次の問題は,上記数値限定は,きわめて容易に,すなわち,実用新案登録に値するだけの困難の克服なくとも,実現できたものである,といい得るか否かということになる。
2 取消事由1(引用考案2の認定の誤り)について (1) 甲第2号証の審判請求書添付の1970年10月25日株式会社工業調査会発行「プラスチック入門」(引用例2)に,「衝撃強さ,熱変形温度 アイゾット(Izod)衝撃試験による各種プラスチックの値は図41のようになる。ここで0.8ft・lb/in(4.4kg・cm/cm)以上のプラスチックは床に落としても割れにくい耐衝撃性を有している。」(41頁15行〜18行)との記載があり,図41に,各種プラスチックと衝撃強さの関係を示す図が示されていることは,甲第2号証から明らかであり,原告も認めるところである。
上記記載によれば,引用例2に記載されているのは,直接には,アイゾット衝撃強度が4.4kg・cm/cm以上のプラスチックは,床に落としても割れにくい耐衝撃性を有していることであることが認められる。
「kg・cm/cm」と「kgf・cm/cm2」とは,いずれもアイゾット衝撃強度の単位であるものの,前者は,1977年改正規格によって規定されているのに対し,後者は,1984年改正規格によって規定されているものであること,1984年改正では,上記衝撃試験に使用する試験片についても変更され,1977年改正規格では試験片が一つであったのに,1984年改正規格では,1号試験片,2号試験片の2種類が規定されたこと,1977年改正規格のアイゾット衝撃強度(衝撃値)の「4.4kg・cm/cm」(引用例2に示される数値)を,1984年改正規格の単位に換算すると,1号試験片の場合には5.5sf・p/cm2,2号試験片の場合には4.33kgf・cm/cm2となることは,当事者間に争いがない。
上記アイゾット衝撃強度の単位の変更を考慮して引用例2をみると,同刊行物には,アイゾット衝撃強度が4.33kgf・cm/cm2(2号試験片の場合)又は5.5kgf・cm/cm2(1号試験片の場合)より低くなると,床に落としても割れにくい耐衝撃性を有しているという特性を失い,その数値が低ければ低いほど,当該プラスチックは,衝撃により割れやすくなるという事柄を把握することができる。
そうすると,引用例2に,アイゾット衝撃強度が4.4kgf・cm/cm2未満の場合は割れやすいとの技術が記載されているとした審決の認定は,やや不正確ではあるものの,これを誤っているものとすることはできない。
(2) 原告は,アイゾット衝撃強度は,相対的な数値にすぎないから,その数値の大小によって,直ちに実際の物理現象に結びつけて考えることは早計であり,「アイゾット衝撃強度が4.4kgf・cm/cm2より大きい(小さい)」ことから,直ちに,「その物体は割れにくい(割れやすい)」と結論付けることはできない旨主張するけれども,この主張は,訂正考案のアイゾット衝撃強度の数値限定そのものを意味のないものとするものであり,失当というほかない。
(3) 原告は,本件考案のアイゾット衝撃強度の単位は「kgf・cm/cm2」であるのに対し,引用考案2のそれは「kg・cm/cm」であって,審決は,単位を間違えるという基本的な誤りを犯している旨主張するが,採用できないことは,前述したところに照らし明らかである。
また,原告は,1977年改正規格の試験片と1984年改正規格における1号試験片とを比べると,前者が「4.4kg・cm/cm」であるのに対し,後者が「5.5sf・cm/cm2」であって,大きく異なっている旨主張する。
しかしながら,前述したとおり,本件で問題となるのは,アイゾット衝撃強度が4.33kgf・cm/cm2(2号試験片の場合)又は5.5kgf・cm/cm2(1号試験片の場合)より低くなると,床に落としても割れにくい耐衝撃性を有しているという特性を失い,その数値が低ければ低いほど,当該プラスチックは,衝撃により割れやすくなるという事柄を把握することができるかどうかということであって,1977年改正規格の試験片と1984年改正規格における1号試験片との数値の相違を問題にしているのではない。原告の主張は失当である。
3 取消事由2(進歩性についての判断の誤り)について (1) 前記認定のとおり,訂正考案の「前記密封容器がアイゾット衝撃強度0.5〜3kgf・cm/cm2の材料からなる」との構成は,単に,投てきしないときには安易に破損してはならず,投てきしたときには衝撃により確実に破損しなければならないという「投てき用マーキング物品」が当然に有するべき機能に基づく性質を得るために,割れにくさ,割れやすさについて限定を加えたのである。そして,前述したとおり,訂正考案進歩性を検討するに当たっての次の問題は,上記数値限定は,きわめて容易に,すなわち,実用新案登録に値するだけの困難の克服なくとも,実現できたものである,といい得るか否かということになる。
(2) 引用例2からは,アイゾット衝撃強度が4.33kgf・cm/cm2(2号試験片の場合)又は5.5kgf・cm/cm2(1号試験片の場合)より低くなると,床に落としても割れにくい耐衝撃性を有しているという特性を失い,その数値が低ければ低いほど,当該プラスチックは,衝撃により割れやすくなるという事柄を把握することができるから,引用発明1を出発点にして,上記技術事項を考慮しつつ「投てき用マーキング物品」を製造しようとすれば,プラスチックの素材の場合,当然に,アイゾット衝撃強度が4.33kgf・cm/cm2(2号試験片の場合)又は5.5kgf・cm/cm2(1号試験片の場合)を下回る数値となるはずであり,密封容器について適宜の材質を選択していれば,アイゾット衝撃強度が3kgf・cm/cm2以下となる材料を選択する場合があり得ることは明らかである。
また,アイゾット衝撃強度が0kg・cm/cm2ということは,衝撃がなくても割れるということを意味するものであるから,アイゾット衝撃強度の最低限として0kg・cm/cm2に近い数値を選択することはできず,これをある程度上回る数値となるはずであり,これを念頭に置いて,密封容器について適宜の材質を選択していれば,アイゾット衝撃強度が0.5kgf・cm/cm2以上となる材料を選択する場合があり得ることは明らかである。
したがって,訂正考案と引用発明1との相違点について,「訂正考案が採用したアイゾット強度0.5〜3kgf・cm/cm2は当業者の通常の創作能力の範囲というべきで,また,このアイゾット強度を採用したことによって当業者が予測できない格別顕著な作用効果を奏すると認めることもできない。」と判断し進歩性を否定した審決に誤りはない。
(3) 原告は,訂正考案にいう「塗料」は,訂正明細書に「塗料としては水性塗料が好ましく」と記載されているとおり,「水性塗料」を意味しているものである,これに対し,引用考案1においては,蛍光塗料としているのみである,当業者が,引用考案1の蛍光塗料から,訂正考案の「水性塗料」を,きわめて容易に導き出すことはできないと主張する。
しかしながら,訂正考案に係る実用新案登録請求の範囲の記載は前記のとおりであり,そこには「塗料」につき何らの制限も加えられていない。原告主張の訂正明細書の上記記載も,訂正考案の「塗料」に制限を加えるものではない。のみならず,訂正明細書の「塗料としては水性塗料が好ましく」との記載の後には,「たとえば水性蛍光塗料,水性一般色塗料や水性不可視塗料等が使用される。」と記載されており,訂正考案の「塗料」として「水性蛍光塗料」を使用し得ることが示されているのである。
原告の上記主張は,前提において既に誤っており,失当であることが明らかである。
4 以上のとおりであるから,原告主張の審決取消事由はいずれも理由がなく,その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって,本訴請求を棄却することとし,訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 山下和明
裁判官 宍戸充
裁判官 阿部正幸