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事件 平成 13年 (ネ) 351号 実用新案権侵害差止等請求控訴事件
控訴人 元旦ビューティ工業株式会社
訴訟代理人弁護士 増岡章三
同 増岡研介
同 片山哲章
補佐人弁理士 早川政名
同 長南満輝男
同 細井貞行
同 石渡英房
被控訴人 株式会社淀川製鋼所
訴訟代理人弁護士 秋吉稔弘
同 浅井和子
補佐人弁理士 鈴木秀雄
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2001/09/13
権利種別 実用新案権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 本件控訴を棄却する。
2 当審における訴訟費用は,控訴人の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 控訴人 (1) 原判決を取り消す。
(2) 被控訴人は,控訴人に対し,金3億0541万5200円,並びに,内金2億1088万6000円に対する平成6年11月1日から,及び,内金9452万9200円に対する平成9年4月1日から,各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3) 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。
2 被控訴人 主文と同旨
事案の概要
本件は,横葺き用屋根板に関する実用新案権(原判決のいう「本件実用新案権」)を有していた控訴人が,横葺き用屋根板を製造販売している被控訴人に対し,その製品が,本件考案技術的範囲に属し,本件実用新案権を侵害するとして,不法行為に基づく損害の賠償(一部については予備的に不当利得の返還)を求めている事案である。
当事者の主張は,次のとおり付加するほか,原判決の「事実及び理由」の「第二 事案の内容」記載のとおりであるから,これを引用する。
当裁判所も,「本件実用新案権」,「本件考案」,「原出願」,「本件明細書」,「本件補正書」,「構成要件1」ないし「構成要件7」,「被告製品」の語を,原判決の用法に従って用い,本件補正書による補正を「本件補正」という。
「本件明細書」については,明細書とともに願書に添付された図面をも含めていうことがある。
本判決の別紙として,本件明細書の第2図に各部分の名称を付記したもの,及び,原判決添付の別紙物件目録の第5図に各部分の名称を付記したものを参考のために添付する。
1 控訴人の当審における主張の要点 (1) 構成要件2の「山状に屈曲する部分」について ア 原判決は,本件考案につき,「棟側の屋根板(以下「棟側屋根板A」という。)の係止部と棟側屋根板Aに嵌合する軒先側の屋根板(以下「軒先側屋根板B」という。)の係合部の接触する部分・・・において毛細管現象を発生させるので,本件考案は,そのようにして棟側屋根板A及び軒先側屋根板Bの嵌合部に浸入する雨水を水切用空部において捉えこれを横方向に排除するために,山状の屈曲部分を必要とする」(51頁9行〜52頁5行),「本件考案においては,棟側屋根板Aの係止部の下面部の山状屈曲部前端側が,軒先側屋根板Bの水平部と接触することが前提となっている」(53頁5行〜7行)と判示しているが,これは誤りである。
(ア) 本件明細書には,「接続部」との記載はあるものの,「接触部」があるとも,「接触部」があるから毛細管現象が発生するとも記載されていない。毛細管現象は,接触していることによって発生するというより,むしろ隙間があることを前提として発生するものである。すなわち,広辞苑によれば,毛細管現象とは,「細い管を液体中に立てる時,その液が管内で他の水平面より高くなり,または低くなる現象。管中の液面の上昇または降下の度合は液の表面張力に比例し,管の内径に反比例する。毛管現象。」と定義されているのである。そうだとすれば,原判決が,「本件考案においては,棟側屋根板Aの係止部の下面部の山状屈曲部前端側が,軒先側屋根板Bの水平部と接触することが前提となっている」と判示したのは,明らかに誤りである。
(イ) 本件考案においては,棟側屋根板の係止部の下面部の山状屈曲部前端側が,軒先側屋根板の水平部と接触することが前提となっている旨の原判決の認定は,本件考案に新たな構成要件を付加したに等しい。
イ 原判決は,「被告製品は,・・・本件考案にいうような毛細管現象対策のための「山状に屈曲する部分」を有していない」と認定しているが,これも誤りである。
(ア) 被告製品の下面突起部4dは,毛細管現象を防ぐための第1空部S1を形成している。このことは,被告製品の仕様書(甲第25号証)において,被告製品の第1空部S1が「毛細管現象を防ぐエアポケット」として明記され,被告製品のカタログ(甲第4号証)にも,「毛細管現象による雨水の浸水を5つの空間部で,防止します。」と明記されていることによっても,裏付けられている。
(イ) 原判決は,被告製品の棟側屋根板の係止部4の下面と軒先側屋根板の本体水平部2の上面との間には,「毛細管現象を生じない程度の広さ(上下の距離にして約5ミリメートル。乙37の1の3頁)」(56頁6行〜7行)が確保されているとして,約5ミリメートルの隙間があれば毛細管現象が生じないことを前提に認定している。しかし,この前提自体が誤りであることは,「銅板屋根構法マニュアル」(社団法人日本銅センター発行)86頁(以下「甲28号証文献」という。)に,5ミリメートル程度の隙間において毛細管現象が生じることが明示されていることからも明らかである。なお,被控訴人は,甲28号証文献について,「毛細管現象」と「単なる表面張力による水の表面伝導等による水の浸入」を混同していると主張しているが,毛細管現象は,もともと表面張力を原因とするものであるから,被控訴人の同主張は,強弁といわざるを得ない。
(ウ) 乙第38号証の写真A-12ないし同15によれば,被告製品の模型による実験では,水を上方から散水しているにもかかわらず,棟側屋根板の係止部4の下面と軒先側屋根板の本体水平部2の上面との間に水が浸入していることが,明らかである。この現象を毛細管現象によるものとしないで説明することは,不可能である。
(エ) 被告製品の下面突起部4dは,実際に山状に屈曲しており,本件考案の「山状に屈曲する部分」に該当する。
(2) 構成要件6の「折返部分」について ア 原判決は,構成要件6の「折返部分」について,「通常時,正圧時及び負圧時を通じて係止部の内面に接触しない折返部分を意味するものと解すべきである。」(59頁5行〜6行)と判示している。しかし,これは,本件考案が対象とする屋根板が自然現象を相手にするものであることを忘却し,極論を以て解釈するものであり,誤りである。
イ 原判決は,被告製品につき,「係合部の折返し部5fの端縁は係止部の下面突起部4dの頂点部のほぼ直上に位置し,一見これらが接触するおそれがないようにも見えるが,前記のとおり,「考案の詳細な説明」にあるような気温差による伸縮又は風雨等による震動の場合を想定すれば,これらが接触するおそれなしとしない」(60頁10行〜61頁2行)と認定しているが,誤りである。
(ア) 原判決添付の物件目録の図面(第5図,第6図)及び被告製品の仕様書(甲第25号証),同カタログ(甲第4号証)によれば,係合部の折返し部5fの端縁は,係止部の下面突起部4dの頂点部の右側にあることが明らかである。
(イ) 乙第38号証の写真(A-2・同3・同9・同11・同15等)によっても,折返し部5fの切断端縁が係止部の下面突起部4dに接触しないことが明らかである。なお,屋根板に正圧や負圧がかかったときに端縁以外の「折返し部」と「山状に屈曲する部分」とが接触することは,本件考案においては当然の前提となっており,接触が問題になるのは,あくまでも「切断端縁」であることに注意すべきである。
(ウ) 原判決が根拠としている,検甲第1号証,検甲第2号証,乙第37号証によっても,原判決のような認定をすることはできない。
2 被控訴人の当審における反論の要点 (1) 構成要件2の「山状に屈曲する部分」について ア 毛細管現象は,実質的には接触に等しい微細な隙間において生じる現象であると理解するのが,技術常識であり,原判決の認定も,このような技術常識を当然の前提としたものであることが,明らかである。
毛細管現象とは,「液体のなかに内径の細い管を立てると,管内の液面と管外の液面の間に高さの差ができる現象。吸取紙や布に水がしみるのもこの現象の一つで,紙や布の繊維のすきまが細い管と同じ働きをして水を吸いあげることによる。」(世界原色百科事典),「注射針のような細い管を液中に立てた場合,その液体の表面張力のために,管内の液面が,管外の液面より高く(水または油の場合),あるいは低く(水銀)なる現象をいう。」(機械語辞典)と定義されている。これらの定義によって明らかなとおり,毛細管現象とは,接触に等しい微細な隙間で生じる現象を指していると理解するのが技術常識である。被告製品のような金属製屋根材の重ね合わせ部分においては,接触状態にしようとしても,格別なシーリングを行わない限り,完全なシール状態にはならず,通常の接触状態では,むしろ毛細管現象が最大になるというのが,当業者間の技術常識となっている。控訴人自身も,毛細管現象が接触個所において生じる旨の説明を,別件実用新案の明細書(乙第45号証)及び自社の製品のカタログ(乙第46号証)において行っている。
イ 構成要件2の「山状に屈曲する部分」は,本件補正(出願公告後である平成4年8月7日提出の本件補正書によりなされたものである。)により,本件考案の登録請求の範囲に加えられたものである。この補正は,本件明細書考案の詳細な説明の欄の「上記下面部8を緩く盛り上る山状に屈曲させ」(甲第1号証3欄23行,24行)との記載と第1図に図示された下面部8の山状屈曲構造のみに基づく補正であること,及び,この補正に際し,同時に,「棟側の屋根板の係止部の下面部と軒先側の屋根板の水平部の後端上面との間に水切用空部を形成するので,毛細管現象による雨水の浸入が防止できて雨仕舞いが確実である。」との作用効果の記載を本件明細書考案の詳細な説明の欄に追加する補正もなされたことに照らすと,構成要件2の「山状に屈曲する部分」は,軒先側屋根板の水平部2と棟側屋根板の係止部下面部との接触個所から毛細管現象によって浸入した水のそれ以上の浸入を防止するための水切用空部を形成するためのものであると理解する以外にないというべきである。
ウ 控訴人は,本件考案においては,棟側屋根板の係止部の下面部が軒先側屋根板の水平部に接触することが前提となっている旨の原判決の認定は,本件考案に新たな構成要件を付加したに等しいと主張する。しかし,原判決は,本件考案における「係止部」及び「山状に屈曲する部分」がどのような意義のものであるかを判断したにすぎず,何らの新たな要件も付加してはいない。
エ 控訴人は,約5ミリメートルの間隔でも毛細管現象が生じるとして,甲28号証文献を援用するが,同文献の説明は,「毛細管現象」と「単なる表面張力による水の表面伝導等による水の浸入」とを混同するものとなっている。
表面張力による浸透は,外壁表面を流れ落ちてきた水が,そのまま隙間(接合部)の下端に沿って内部に浸透するなど,隙間などの表面に沿って,内部に浸透していく現象を指すのに対し,毛細管現象は,部材同士がほとんど密着しているような場合を含め,隙間の幅が小さい場合に起きる,微細な隙間から水が内部に吸収される現象を指すものである。甲28号証文献は,毛細管現象以外の現象による隙間への水の浸入形態をも,用語をいささか不正確に使用して「毛細管現象」として示したものと推測される。なお,控訴人自身も,その製品のカタログ(乙第50号証)において,甲28号証文献の図・6と同じ形状の隙間を有し,その隙間に水が浸入している状態が示されている図の下に,「毛細管現象がありません。」と明記していることに注意すべきである。
オ 仮に,5ミリメートルの間隔で毛細管現象が生じるとすると,本件考案における「山状に屈曲する部分」は,毛細管現象防止のためには意味のない存在になる。すなわち,本件明細書における本件考案実施例図面を参考にすれば,山状の屈曲部の頂部の高さは,係止部4の前面部7の高さに対して約5分の1,係止部4の頂部の高さに対して約6分の1であり,控訴人の本件考案の実施品とみられる製品の高さから,山状屈曲部の頂部の高さを推測すると,5ミリメートル以下(2ミリメートル程度)であり,この山状屈曲部分は,毛細管現象防止のためには,意味のないものになってしまう。5ミリメートルの隙間でも毛細管現象が生じるとする控訴人の主張に理由がないことは,このことからも明らかというべきである。
カ 被告製品においては,棟側屋根板の係止部4の下面と軒先側屋根板の本体水平部2の上面との間には約5ミリメートルの間隔が空いており(乙第37号証の1),毛細管現象の生じる余地はない。被告製品の下面突起部4dは,上方から係止部の前面垂下部4b,下面水平部4cに沿って表面を伝わってくる水を,下面突起部4dの下面側の上向き水切溝によって,本体水平部2の上に落とすために設けられているものである(乙第37号証の1・4)。したがって,被告製品の下面突起部は,本件考案の毛細管現象防止作用を有する「山状に屈曲する部分」とは異なるものである。
キ 控訴人は,被告製品の仕様書,カタログ等(甲第25,第4号証等)に毛細管現象を防止する空部に関する記載があることをもって,原判決の認定を論難している。しかし,大きな空部があれば,その空部において毛細管現象が生じないのは当然のことであるから,被告製品の嵌合部の各所に空部が存在することによって毛細管現象が防止されるという記載があることをもって,原判決を論難することはできない。
ク 控訴人は,乙第38号証の写真A-15において,被告製品の棟側屋根板の係止部4の下面と軒先側屋根板の本体水平部2の上面との間に浸入した水が毛細管現象によるものであると主張するが,この浸入水は,毛細管現象とはかかわりのない水である。このことは,散水を停止した後,その水が直ちに流れ去ってしまうことからも明らかである(同写真A-17)。毛細管現象によって浸入した水であるならば,散水を停止しても,直ちにその浸入個所を通じて流れ去ることはなく,残留するものであることは,例えば,本件考案の実施品のモデルについての同号証の写真C-17からも,明らかなことであるからである。
(2) 構成要件6の「折返部分」について ア 控訴人は,被告製品の折返し部5fの端縁は,下面突起部4dの頂点部の右側にあることが明らかであると主張する。しかし,この主張は全く理解できない。折返し部5fの端縁が,原判決認定のとおり,下面突起部4dの頂点部のほぼ直上に位置していることは,当事者間に争いのない原判決添付の物件目録の記載から極めて明らかである。
イ 控訴人は,乙第38号証の写真からも,折返し部5fの切断端縁は,係止部の下面突起部4dに接触しないことが明らかである旨主張するが,同号証の写真A-20ないし同23には,折返し部5fの切断端縁と下面突起部4dとが現に接触する状態が明示されている。
ウ 控訴人は,乙第37号証についても言及するが,同号証の1の11頁には,むしろ,係合部の折返し部5fと係止部の突起部4dは,非常に接近して接触しやすい状態になることが記載されている。
当裁判所の判断
当裁判所も,本訴請求は理由がないから棄却すべきものである,と判断する。その理由は,次のとおり付加するほかは,原判決の「第三 当裁判所の判断」の「一 「山状に屈曲する部分」との関係での構成要件2の充足性の有無(争点2(一)(1))」に記載されたとおりであるから,これを引用する。
1 構成要件2の「上記係止部の下面部には山状に屈曲する部分を設け」について (1) 甲第1号証と第2号証の2とによれば,本件明細書には,考案の詳細な説明の欄に「雨水が流下する場合に屋根板の接続部から毛細管現象により屋根裏に染み出すのを防ぐため毛細管現象の発生防止用空部が必要である。」(甲第1号証2欄2行ないし4行),「本考案によれば,係止部の下面部には山状に屈曲させた部分を設けてあるので,屋根板により屋根を葺き上げた状態において,無風状態で屋根板に正圧,負圧が作用しない場合には棟側の屋根板の係止部の下面部と軒先側の屋根板の水平部の後端上面との間に水切用空部を形成するので,毛細管現象による雨水の浸入が防止できて雨仕舞いが確実である。」(甲第2号証の2・2頁11行ないし18行)との記載があることが認められる。この記載を中心に,本件明細書の記載及び図面の全体を総合すれば,本件考案の構成要件2の「山状に屈曲する部分」は,棟側の屋根板の係止部4の前面部7の下端部と軒先側の屋根板の水平部2とが接触ないしほぼ接触する部分における微細な隙間から,毛細管現象により浸入する雨水が毛細管現象により更に奥へ浸入することを防止するための水切用空部を形成するためのものであると認めることができる。
被告製品における係止部4の下面突起部4dは,山状に突起しているものではあるものの,被告製品における棟側の屋根板の係止部4の前面垂下部4b及び下面水平部4cは,軒先側の屋根板の本体水平部2と接触しておらず,これとの間にある程度の間隔を置いて設置されていることは,当事者間に争いがない。そして,乙第37号証の1・2と弁論の全趣旨とによれば,被告製品における上記間隔は,約5ミリメートルであることが認められる。
乙第38号証及び検乙第1号証によれば,被告製品について,1分間に1.0g又は4.0gの水を上方から散水した実験において,そのいずれにおいても,散水中は,水が流下する方向と反対の上方向の空間,すなわち,棟側屋根板の係止部の下面水平部4c・下面突起部4dと,軒先側の屋根板の本体水平部2との間の空間に水が浸入するものの,散水停止後は,浸入した雨水の大部分が同空間に残留せずに,軒先側方向に流下していること,これに対し,本件考案実施例とほぼ同じ形状のモデル品についてなされた同様の実験においては,散水中は,棟側屋根板の係止部の下面部と軒先側屋根板の水平部との間の空間に水が浸入する点では同じであるものの,散水停止後は,大部分の水が上記空間に残る点で異なることが認められる。
甲第27号証,乙第47,第49号によれば,毛細管現象につき,「細い管を液体中に立てる時,その液が管内で他の水平面より高くなり,または低くなる現象。管中の液面の上昇または降下の度合は液の表面張力に比例し,管の内径に反比例する。」と広辞苑に記載されていること,また,毛細管現象による管内外の液面の高さの差が,液体の表面張力と付着力に比例し,管の内径に反比例するものであること,及び,「吸取紙や布に水がしみるのもこの現象の一つで,紙や布の繊維のすきまが細い管と同じ働きをして水を吸い上げることによる。」ことが世界原色百科事典にも記載されていること,さらに,機械用語辞典には「注射針のような細い管を液中に立てた場合,その液体の表面張力のために,管内の液面が,管外の液面より高く(水または油の場合),あるいは低く(水銀)なる現象をいう」と記載されていることが認められる。上記認定によれば,毛細管現象は,一般的には,細い注射針のような細い管をその典型とするわずかな隙間にみられる現象をいうものとされているということができる。
もっとも,水が上昇したりしみたりすることを毛細管現象によるものとする前記のような説明は,静水を前提としたものであるから,屋根を流下する水については,静水における毛細管現象だけでなく,流体の運動エネルギーをも考慮する必要があることは当然である。すなわち,被告製品に即していえば,棟側屋根板の係止部の前面傾斜部4aを流下し,本体水平部2に落下する水は,落下直後の運動エネルギーにより,本体水平部2上を上下左右を問わず四方八方に拡散しながら流れようとし,最終的には,軒先方向に流下していくものであることは,経験則上も容易に予測できるところである。そして,このことを前提にすると,前記認定の実験における,被告製品と本件考案実施例とほぼ同じ形状のものとの間にみられる異同は,後者においては,棟側屋根板の係止部の前面部7の下端部が水平部2とほぼ接触しているため,係止部の前面部によって,落下後に上下左右に拡散して流れようとする水の上方向への浸入を概ね防ぐことができるものの,そのわずかな隙間から主として毛細管現象により水が浸入していくものであるのに対し,前者(被告製品)においては,棟側屋根板の係止部の前面傾斜部4a・前面垂下部4b等と軒先側屋根板の本体水平部2の上面との間に約5ミリメートルの間隔があるため,本体水平部2上に落下した水が主として上下左右に拡散して流れようとする運動エネルギーにより,上方向の上記係止部の下面と上記本体水平部2の上面との間の空間部にもそのまま浸入することを意味するものと認められる。もっとも,毛細管現象による管中の液面の上昇又は降下の度合いは,液体の表面張力に比例し,管の内径に反比例するものであることは前記のとおりであるから,被告製品のように,管ではなく,5ミリメートルの間隔のある面と面との間においても,わずかな隙間に生じる毛細管現象といわれている現象におけるのと同じ原理による現象が生じているというべきであろうが,前認定の散水停止後の両者の状況の比較に照らすと,これは無視し得る程度のものということができる。すなわち,被告製品においては,係止部下面部と本体水平部2との間に約5ミリメートルの間隔があるため,その空間に存在していた水は,散水停止後は,その毛細管現象の原理(表面張力)によっては支えきれず,そのほとんどが重力により軒先方向に流下するものであるのに対し,本件考案実施例とほぼ同じ形状のモデルにおいては,そのほとんどが同空間に残留すると考えられるのである。
このように,被告製品は,棟側屋根板の係止部4の下面と軒先側屋根板の本体水平部2の上面との間に約5ミリメートルの空間を設けることにより,主として落下による運動エネルギーにより浸入してくる雨水をそのまま受け入れると同時に,そこを雨水流下のための開放部とし,内部に浸入してきた水を棟側屋根板の係止部の下面凹部4e及び下面巻回部4fと第1空部S1ないし第3空部S3により更に奥へ浸入することを防ぐとの構造からなるものであり,本件考案のように,係止部下面部と本体水平部との間にわずかな間隙しか設けないようにして,上方向への水の浸入の多くをまず防止し,このわずかな間隙から主として毛細管現象により浸入してくる雨水に対し,「山状に屈曲する部分」による毛細管現象発生防止用空部を設けることにより,更に奥への雨水の浸入を防ぐとの構造のものとは,その構成及び作用効果においても,その根底にある技術思想においても,異なるものといわざるを得ない。
控訴人は,被告製品の下面突起部4dは,実際に山状に屈曲しており,本件考案の構成要件2の「山状に屈曲する部分」に該当する旨主張する。しかし,本件考案の「上記係止部の下面部には山状に屈曲する部分を設け」との構成要件2自体と上記の詳細な説明の記載のうち後者の部分(「本考案によれば,係止部の下面部には山状に屈曲させた部分を設けてあるので,屋根板により屋根を葺き上げた状態において,無風状態で屋根板に正圧,負圧が作用しない場合には棟側の屋根板の係止部の下面部と軒先側の屋根板の水平部の後端上面との間に水切用空部を形成するので,毛細管現象による雨水の浸入が防止できて雨仕舞いが確実である。」)とが,本件補正によりそれぞれ実用新案登録請求の範囲考案の詳細な説明の欄に追加されたものであり,この補正により,構成要件2は,そこでいわれている「山状に屈曲する部分」を,毛細管現象による雨水浸入防止のための水切用空部とすることをその技術的意義とする旨が,詳細な説明に明示されたうえで,本件考案の構成要件に追加されたのであるという,出願の経過をも考慮すると,棟側屋根板の係止部4の下面と軒先側屋根板の本体水平部2の上面との間の開放された空間においては,主として雨水の運動エネルギーによる浸入がある一方,毛細管現象の原理による雨水の浸入が無視できるほど微弱な構造である被告製品は,その下面突起部4dが山状に屈曲しているとの形状を有していることだけを取り出せば本件考案と同一であるとはいっても,その構成及び作用効果においても,技術思想においても,本件考案にいう,雨水の運動エネルギーによる浸入はほとんどない代りにいったんは毛細管現象による雨水の浸入を許す「山状に屈曲する部分を設け」たものとは全く異なるものであるということができる。したがって,被告製品は,本件考案の同構成要件を充足しないものというべきである。
控訴人は,本件考案においては,棟側屋根板の係止部の下面部の山状屈曲部前端側が,軒先側屋根板の水平部と接触することが前提となっている旨の原判決の認定は,本件考案に新たな構成要件を付加したに等しい,と主張するが,これが失当であることは,上述したところに照らし明らかというべきである。
(2) 控訴人は,毛細管現象は,もともと表面張力を原因とするものであるとか,甲28号証文献によれば,5ミリメートル程度の隙間において毛細管現象を生じることが明示されているとか主張する。
しかし,毛細管現象がもともと表面張力を原因とするものであるからといって,表面張力を原因とするものすべてが毛細管現象であることを意味することにはならない。一般には,その中の特定のものが,毛細管現象と呼ばれているのである。少なくとも,本件明細書でいわれている毛細管現象が一般的にいわれている意味におけるものであることは,「山状に屈曲する部分」によって毛細管現象が防止できるとされていることからも,明らかというべきである。
甲第28号証によれば,甲28号証文献の86頁に示される屋根板の嵌合構造は,棟側屋根板の係止部下端部の前面と軒先側屋根板の本体水平部の上面との間隔が5ミリメートルであると認められるものの,同号証によれば,同時に,その間隔は,空間部の奥にいくに従って狭くなっているものであり,この点で,被告製品とは異なる構造のものであること(空間部の奥の方では間隔が狭くなっているため,毛細管現象による力がその間隔に反比例して強くなっていく。),及び,甲28号証文献には,雨水の落下による運動エネルギーについては何も触れていないことが認められる(上記係止部下端部の前面と上記本体水平部の上面との間に約5ミリメートルの開口部が存在するのであるから,屋根の勾配による流下ないし落下等による運動エネルギーを有する雨水が,本体水平部に落下後に上下左右に拡散しようとするその運動エネルギーによりその開口部に直接浸入してくることが容易に推認されるものであることは,前記のとおりである。)。したがって,甲28号証文献の前記記載は,上記のような流体の運動エネルギーを看過している点で正確なものではなく,また,被告製品とは上記のとおり,空間部の構造の差異も存するのであるから,この記載によって,被告製品についての前記認定を覆すことはできない。
控訴人は,被告製品の仕様書やカタログにおいて,被告製品の第1空部S1が毛細管現象を防止するものであると記載されている旨主張する。確かに,甲第4,第25号証によれば,被告製品の仕様書には,「A(判決注:第1空部S1)及びB部分に,空間部を設け,C,Dと合せ4箇所の毛細管現象を防ぐエアポケットと,水の浸入を止める接点が計5箇所もあり」と記載されていること,及び,被告製品のカタログには,「従来のハゼのように面接触がなく毛細管現象による雨水の浸入を5つの空間部で防止します」との記載があることが認められる。しかし,これらの記載は,いずれも被告製品における空間部全体を指して,毛細管現象防止のための空間部である旨を概括的に述べているにすぎないものであるから,必ずしも正確な記載とはいえず,これらの甲号各証によっても,前記認定を左右することはできない。
控訴人は,乙第38号証の被告製品の模型による実験では,水を上方より散水しているにもかかわらず,係止部4の下面と本体水平部2の上面の間の空間に水が浸入しているのであり,これは,毛細管現象によるものであると主張する。しかし,同空間に水が浸入する原因については,毛細管現象における原理と同じ原理による力は,流水の運動エネルギーに比べると無視できる程度のものにすぎないことは前記のとおりである(それより奥ないし上部の空間については,この原理による影響が大きくなるであろう。)。控訴人は,本件において,水の毛細管現象と表面張力についてのみ議論をしているが,流水については,静水についてと異なり,別途,流水の運動エネルギーについての考察が必要であるから,本件については,水の毛細管現象や表面張力に関する議論をするだけでは不十分であることに注意すべきである。
2 本件考案技術的範囲の確定に当たって,本件考案の出願前の公知技術について,念のため検討する。
乙第19ないし第24号証によれば,次の事実が認められる。
本件考案公知技術としては,実開昭57-32430号公報,実開昭54-47828号公報,実開昭55-50229号公報,実開昭57-16421号公報,実開昭57-68830号公報,実開昭54-177030号公報に開示された各公知技術があり,これらの多数の公知技術を見ると,屋根板の係止部と係合部の嵌合部の断面形状においてそれぞれの特徴があることが一見して明らかである。
実開昭57-32430号公報(乙第19号証)には,屋根板の係止部と係合部の嵌合部において,上り傾斜部分,下り傾斜部分,折返部分の構造,及び,係止部における山状に屈曲する部分がある点で本件考案と一致する横葺き用屋根板の構造が開示されている。もっとも,この公知技術は,上り傾斜部分と下り傾斜部分が各3面あって,水切用空部が三つに分かれている点と,折返部分が3つ目の水切用空部にあるものの,その中程の高さには位置せず,また,水平部と平行ではなく,上向きである点で,本件考案と異なる。
実開昭57-68830号公報(乙第23号証)には,その第1図に,係止部と係合部の嵌合部において,上り傾斜部分と下り傾斜部分及び水平部上面からなる水切用空部,下り傾斜部分の先端の折返部分,並びに,係止部における山状屈曲部分の構造を有する点で,本件考案と同一であり,折返部分が水切用空部の中程には位置していない点と折返部分が水平方向ではなく斜め下方を向いている点のみで,本件考案とは異なるものが開示されている。本件考案は,この従来技術と比べると,その折返部分が「前記水平部に対しほぼ平行に屈曲して前記水切用空部の高さのほぼ中程に位置し」となっている点で新規性が認められる程度のものであるということができる。
以上によれば,本件考案は,その出願前の公知技術に照らし,前記のような極めて限定的な範囲で新規性を有するにすぎないものであるから,明らかな無効事由があるとは直ちには判断できないものとしても,その技術的範囲の認定においては,これらの公知技術を参酌しつつ,これを適正になすべきことはいうまでもないところである。
3 以上に検討したところによれば,被告製品は,本件考案の構成要件2の「上記係止部の下面部には山状に屈曲する部分を設け」との構成(構成要件2)を具備しないものであり,本件考案技術的範囲に属さないものと認められる。
4 よって,控訴人の請求は,その余の点について判断するまでもなく,理由がないことが明らかであり,これを棄却した原判決は相当である。そこで,本件控訴を棄却することとして,訴訟費用の負担について,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 山下和明
裁判官 設樂隆一
裁判官 阿部正幸
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