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関連審決 無効2000-35103
関連ワード 考案 /  図面 /  設定登録 /  請求項 /  実施例 /  容易に想到 /  特定 /  明細書 /  請求の範囲 / 
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事件 平成 12年 (行ケ) 468号 審決取消請求事件
原告 株式会社森本製作所
訴訟代理人弁理士 鈴江孝一
同 鈴江正二
被告 ヤマトミシン製造株式会社
訴訟代理人弁理士 河野登夫
同 中尾真一
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2001/09/20
権利種別 実用新案権
訴訟類型 行政訴訟
主文 特許庁が無効2000−35103号事件について平成12年10月24日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
請求
主文同旨
前提となる事実(争いのない事実)
1 特許庁における手続の経緯 被告は、名称を「ミシンの上送り装置」とする実用新案登録第2594003号の考案(平成5年7月22日出願、平成11年2月19日設定登録。以下「本件実用新案」という。)の実用新案権者である。
原告は、平成12年2月22日、本件実用新案について無効審判の請求をし、特許庁に無効2000-35103号事件として係属したところ、特許庁は、上記審判事件について審理をした結果、平成12年10月24日、「本件審判の請求は、
成り立たない。」との審決をし、その謄本は同年11月13日に原告に送達された。
2 本件考案の要旨(本件考案に係る明細書の実用新案登録請求の範囲請求項1の記載を分節して示す。) A ミシンアームの内部に主軸と平行をなして送り駆動軸及び送り調整軸を架設し、
B 該送り調整軸を含む送り調整機構を介して前記主軸と前記送り駆動軸とを連結してなり、
C 主軸の回転に応じて所定の上限角度内にて生じる送り駆動軸の反復回動をミシンアームの先端に垂下支持された上送り歯に伝え、ミシンベッド上の縫製生地に上部から送りを加えると共に、
D 前記反復回動の上限角度を前記送り調整軸の回動操作により加減し、前記上送り歯の送り動作量を調整する構成としたミシンの上送り装置において、
E 前記送り調整軸の一部に係合し、該送り調整軸と略直交する面内にて揺動する送り調整レバーと、
F 該送り調整レバーの下方への延長端にその後端を連結され、前記ミシンアームの外側に前後方向への摺動自在に支承してある送り調整ロッドと、
G 該送り調整ロッドに並設され、該送り調整ロッドに長手方向の相対移動を許容して連結してあり、その操作により前記送り調整ロッドを介して送り調整レバーを揺動させ、前記送り調整軸を回動操作する送り操作軸と、
H 前記送り調整ロッドの長手方向に沿って前記上送り歯の動作位置に面して配設され、該上送り歯の送り動作量を、前記送り操作軸の操作に伴う前記送り調整ロッドの摺動位置の変化を媒介として表示する目盛り板とを具備することを特徴とするミシンの上送り装置。
3 審決の理由 別紙の審決書の写し(以下「審決書」という。)のとおり、請求人(原告)の無効審判請求の理由について、[主張1]ないし[主張5](審決書2頁31行ないし3頁35行)として整理した上で、これらの主張はいずれも採用することができず、請求人の主張する理由及び証拠によっては、本件実用新案の登録を無効とすることはできないと判断した。
原告主張の審決の取消事由の要点
審決の理由のうち、請求人(原告)が無効審判請求の理由として審決書記載のとおり[主張1]ないし[主張5]の主張をしたこと、本件実用新案の登録出願に適用される平成6年法律第116号による改正前の実用新案法(以下「法」という。)5条5項が、実用新案登録出願の願書添付の明細書に記載すべき実用新案登録請求の範囲の記載について、次の各号に適合するものでなければならないと規定し、その1号として「実用新案登録を受けようとする考案考案の詳細な説明に記載したものであること」、2号として「実用新案登録を受けようとする考案の構成に欠くことができない事項のみを記載した項に区分してあること」と規定していること(審決書4頁5行ないし13行)、主張4についての判断の部分(審決書5頁5行ないし13行)は、認める。
審決は、原告の[主張1]及び[主張2]について、いずれも、法5条5項2号(以下、単に「2号」ということがある。)違反の主張であるのに、これらを法5条5項1号(以下、単に「1号」ということがある。)の主張であると誤解したために、原告の[主張1]について判断を遺脱し(取消事由1)、[主張2]についても判断を遺脱した(取消事由2)ものである。また、審決は、原告の[主張3]及び[主張5]について、いずれもその判断を誤った(取消事由3、4)ものである。したがって、審決は、違法なものとして取り消されるべきである。
1 取消事由1及び2(原告の[主張1]及び[主張2]に対する判断遺脱) (1) 原告の無効審判請求の理由の[主張1]は次のとおりである。
「本件考案の要旨の分節Eの記載においては、送り調整軸5の一部に係合し、これによって送り調整レバー6が送り調整軸5と略直交する面内にて揺動できるようにするための必須要件(上下方向に適宜の長さを有して形成された係合孔61による係合)を欠いており、法5条5項に規定する要件を満たしていない。」 また、原告の無効審判請求の理由の[主張2]は次のとおりである。
「本件考案の要旨の分節Gの記載においては、送り操作軸8の操作により送り調整軸5を回動操作できるようにするための必須要件(送り調整レバー6で送り調整ロッド7を後向きに付勢する)を欠いており、法5条5項に規定する要件を満たしていない。」 (2) 審決は、原告の上記の[主張1]及び[主張2]に対して、「請求人の、分節E及び分節Gについての主張は、それらの記載が、上記の第1号(注、法5条5項1号)に規定する「実用新案登録を受けようとする考案考案の詳細な説明に記載したものでなければならない」という要件を満たしていないとするものと解される。そこで、考案の詳細な説明の記載を検討する」として、法5条5項1号のみを判断している(審決書4頁4行ないし32行)。
(3) しかし、原告が無効審判請求において、その理由として主張した[主張1]及び[主張2]は、上記(1)のとおりのものであり、構成要件E及びGにおいて必須構成要件を欠いているという主張である([主張1]につき、甲第2号証(審判請求書)3頁ないし4頁の(ロ)@の記載、及び甲第5号証(審判事件弁駁書)2頁ないし3頁の(1)@の記載各参照。[主張2]につき、甲第2号証の4頁ないし5頁のAの記載、及び甲第5号証3頁ないし4頁のAの記載各参照)。
すなわち、本件考案の要旨の分節E及びGにおいては、本件考案の目的を達成させるための必須構成要件、すなわち考案の構成に欠くことができない事項が欠けているという主張である。
このような無効審判請求の理由の[主張1]及び[主張2]に対しては、分節E及びGにおいて、法5条5項2号に規定する要件を満たしていないかどうか、つまり分節E及びGにおいて「実用新案登録を受けようとする考案の構成に欠くことができない事項」が記載されていないかどうかを判断しなければならないところである。
しかるに、審決は、これを全く判断していない。
したがって、審決は、原告の無効審判請求の理由の[主張1]及び[主張2]に対して、実質審理を行っておらず、判断を遺脱していることが明らかであるから、
違法として取り消されるべきである。
(4) なお、被告は、審決書の4頁25行ないし32行の記載を根拠に、審決には、5条5項2号の判断の遺脱はない旨と主張するが、同箇所の記載は、1号に対する判断であって、実用新案登録請求の範囲に必須構成を記載することを規定した2号に対する判断ではない。
また、被告は、原告が主張する本件考案の構成要件に記載した事項のみでは本件考案の目的を達成するための動作ができるものとはなっていないから法5条5項2号違反であるとの主張は2号の規定を曲解したものであり失当である旨主張する。
しかし、2号は、「考案の構成に欠くことができない事項」、すなわち考案の目的を達成するための必須の構成を記載しなければならないとしている規定であるから、構成要件に記載した事項のみでは考案の目的を達成するための動作ができないものは、2号に違反することになるのは明らかであり、何ら曲解しているものではない。
(5) ちなみに、被告は、本件考案の要旨の分節E及びGについて、実施例に記載した他の要素を必要とすることなく、本件考案の目的を達成することができるとも主張しているが、明らかに誤っている。
本件考案では、明細書考案の詳細な説明の段落【0019】において、「正面側からの上送り量の調整及び調整結果の視認が可能であり、また前記調整及び視認のための手段の配設位置を適宜に設定でき、ミシンの種類によらずに適用可能な上送り装置を提供することを目的」としているのであるから、法5条5項2号の判断にあたっては、この目的を達成できる必須の構成が実用新案登録請求の範囲に記載されているかどうかを判断すべきである。
そして、送り調整軸(5)の一部に係合する場合として記載されている図1によれば、送り調整軸(5)も係合ピン63も、送り調整レバー6の回転中心である枢支ピン60と離れた位置に位置させているのであり、そうであるなら、送り調整レバー6に上下方向に適宜長さの係合孔61を形成しない限り、送り調整レバー6を、枢支ピン60を中心として反復揺動させることはできないのであるから、構成要件Eの「送り調整軸の一部に係合し、」というだけの記載では、本件考案の目的の「上送り量の調整」を達成することはできず、本件考案の必須の構成を欠いていることは明らかである。
また、構成要件Gには、「送り操作軸8が送り調整ロッド7に長手方向の相対移動を許容して連結してあり」としか記載されてないので、送り操作軸8は送り調整ロッド7の長手方向に対して相対移動が自由(フリー)のままである。そうすると、送り操作軸8を操作をしても、送り調整ロッド7を介して送り調整レバー6を揺動させ、送り調整軸5を回動操作することはできないから、構成要件Gの記載も、本件考案の目的を達成することはできない。
2 取消事由3(原告の[主張3]に対する判断の誤り) (1) 原告の無効審判請求の理由の[主張3]は次のとおりである。
考案の詳細な説明及び図面において、送り調整レバー6を介して送り調整ロッド7を後向きに付勢する具体的な構成が記載されていないので、当業者が容易に実施することができる程度に考案の構成を記載しなければならない法5条4項の規定の要件を満たしていない。」 (2) 審決は、原告の[主張3]に対して、「請求人は、「送り調整ロッド7は、これの後端に接続された送り調整レバー6を介して後向きに付勢されており」という記載だけでは当業者は容易に実施できない旨主張しているが、上記の記載は送り調整レバー6によって送り調整ロッド7を後方に付勢することを意味し、
そのためには送り調整レバー6の送り調整ロッド7を接続した側のアームを後方へ付勢すればよいことは当業者が容易に理解しうるところであり、該アームの付勢手段もばねのような周知の手段を用いることができることは当業者が容易に想到しうる事項であるので、上記の記載が、当業者が容易にその考案を実施できる程度に考案の構成を記載していないものということはできない。」と判断している(審決書4頁33行ないし5頁4行)。
(3) 確かに、考案の詳細な説明には「送り調整ロッド7は、これの後端に接続された送り調整レバー6を介して後向きに付勢されており」と記載されているので、送り調整レバー6によって送り調整ロッド7を後方に付勢することを意味し、そのためには送り調整レバー6の送り調整ロッド7を接続した側のアームを後方へ付勢すればよいことは当業者が容易に理解し得るところであり、該アームの付勢手段もばねのような周知の手段を用いることができることは当業者が容易に想到し得ることである。
しかしながら、当業者が上記記載から知り得るのは、上記事項の範囲であって、
それ以上のことは、何ら知り得るものではない。
本件考案の場合、それ以上のこと、つまりそれ以上の具体的な構成状態を知り得なければ、従来の問題を解決し、本件考案の目的を達成することができない。
すなわち、本件考案に係る明細書の段落【0017】ないし【0019】の記載によれば、本件考案は、ミシンアームの内部空間が限定され、かつ上送り装置の装備を前提とせずに設計されたミシンにおいても、後付けで適用することが可能な上送り装置を提供することを目的としていることは明らかであり、また、段落【0021】の記載から、送り調整レバー6は、ミシンアームの内部に装備させるものであることも明らかである。
しかし、上送り装置の装備を前提とせずに設計されたミシンに後付けで上送り装置をセットすることができるようにするためには、内部空間の状態に制約のあるミシンアーム内に、送り調整レバー6と後向きに付勢させるバネを、どのように装備させるか、また、バネを、取付部のない送り調整レバー6とミシンアーム内のどこに、どのように取り付けるかが重要な問題となる。
しかるに、段落【0036】には、単に「送り調整ロッド7は、これの後端に接続された送り調整レバー6を介して後向きに付勢されており」としか記載されておらず、また図面の記載もなく、実際上、後付けする場合に、内部空間の状態に制約のあるミシンアーム内に対して、送り調整レバー6と後向きに付勢させるバネとをどのように装備させればよいのか、そして、後向きに付勢させるバネを、取付部のない送り調整レバー6とミシンアーム内のどこに、どのように取り付ければよいのか全く分からず、当業者が容易に実施することができる程度に記載されていない。
審決は、これらの点を全く考慮せずに判断しており、誤った判断といわざるを得ない。
3 取消事由4(原告の[主張5]に対する判断の誤り) (1) 原告の無効審判請求の理由の[主張5]は次のとおりである。
「本件考案の要旨の分節Hの「上送り歯の送り動作量を、前記送り操作軸の操作に伴う前記送り調整ロッドの摺動位置の変化を媒介として表示する目盛り板」の記載は、不明瞭であり、法5条5項に規定する要件を満たしていない。」 (2) 審決は、原告の[主張5]に対して、「分節Hの記載は、請求項1に係る考案の構成要件である、上送り歯の送り動作量を表示する「目盛り板」について、その設置位置と、表示の媒介手段とを記載したものであり、不明りょうなものとは認められない。なお、目盛り板に上送り歯の動作量を表示するための、媒介手段である、送り調整ロッド7の摺動位置の変化を目盛り板9に表示するための具体的構成については、考案の詳細な説明の段落【0038】及び図面に、当業者が容易に実施できる程度に記載されていることは請求人が平成12年8月31日付けの弁ぱく書で述べているとおりである。」と判断している(審決書5頁14行ないし22行) (3) しかし、本件考案の要旨の分節Hは、「上送り歯の送り動作量を、前記送り操作軸の操作に伴う前記送り調整ロッドの摺動位置の変化を媒介として表示する」としか記載されておらず、このような分節Hの記載では抽象的であって、目盛り板に上送り歯の動作量を表示するための構成が全く理解することができず、不明瞭である。
上記上送り歯の動作量を表示するための構成は、送り調整ロッド7の長孔70、
送り操作軸8のねじ部、ナット部材81、ナット部材81の係合突起82、83、
目盛り板9の長孔90、及び長孔90の長手方向に並ぶ複数の目盛り線の各構成及びそれらの関係を記載してはじめて理解することができるものであり、上記分節Hに記載された「媒介」という表現だけでは、上送り歯の動作量を表示するための構成を全く理解することができない。
すなわち、分節Hは、「媒介」という抽象的な記載をしているのみで、目盛り板に上送り歯の動作量を表示するための構成に欠くことができない事項を何ら記載しておらず、不明瞭であって、法5条5項2号の規定に違反するものである。
審決は、分節Hの記載について「表示の媒介手段を記載したものであり、不明りょうなものとは認められない。」と判断しているが、この分節Hでは媒介手段(構成)は記載されておらず、誤った判断といわざるを得ない。
被告の反論の要点
1 取消事由1及び2(原告の[主張1]及び[主張2]に対する判断遺脱)に対して (1) 審決は、「請求人は、・・・と主張しているが、実用新案法第5条第5項の規定は、明細書実施例として記載された事項の全てを実用新案登録請求の範囲に記載することを求めているものではなく、上記のように、実用新案登録を受けようとする考案考案の詳細な説明に記載したものであることをもって足るものであるので、該請求人の主張は採用できない。」(審決書4頁25行ないし32行)と説示しており、審決には原告主張の判断遺脱はない。
原告の[主張1]及び[主張2]は、「考案の詳細な説明」に記載された実施例のとおりに構成要件が記載されていないことを踏まえて、構成要件に記載した事項のみでは構成要件に記載した動作ができるものとはなっていない、というにあるが、この原告の主張は、法5条5項2号の規定を曲解するものであり失当である。
2号の規定は「考案の構成に欠くことができない事項」以外のものを記載してはならないことを規定しているのであり、実施例どおりの技術的事項のすべてを記載することを要求するものではない。
(2) また、本件の無効審判請求書(甲第2号証)においては、法第5条5項違反との主張があるのみであり、何号の違反であるかは特定されていない。同請求書における「(ロ)記載不備の理由」の@、Aの見出しは、それぞれ「上記請求項1の構成要件Eの不備」、「上記請求項1の構成要件Gの不備」と記載しているものであるところ、2号の規定は、請求項ごとの区分記載を要求する趣旨であるから、請求項を構成する個別の構成要件の記載不備は、2号とは無縁のものであるというべきである。しかも、@、Aの記載においては、本件発明に係る明細書の実用新案登録請求の範囲には、考案の詳細な説明に記載されていないものが存在する旨主張しているのであり、法5条5項1号違反である旨を主張している。
以上によれば、原告は、無効審判請求書においては、本件の無効理由が2号違反であるとの主張を全くしていないと認定するのが妥当である。そして、審決は、無効審判請求書において原告(請求人)が「号」を特定しないまま法5条5項違反であると主張すると共に、前記のように、1号違反である旨の主張をし、2号違反の主張をしていない点に鑑み、同条同項の全文を掲げ、それらに基づく判断をしたことを明示した上で、無効審判請求書において主張があった1号違反についてのみ審決理由で言及し、主張のない2号については、格別の言及をすることなく、原告の法5条5項違反の主張を退けたのである。
(3) なお、構成要件Eの意味するところは、「送り調整軸と略直交する面内にて揺動するもの(多様な構成が存在し得る)」のうち、「送り調整軸の一部に係合するもの」を指すのである。
そして「送り調整軸の一部に係合するもの」は、この「もの」の必要条件を記述しており、実施例に記載した他の要素を必要とすることなく、構成要件Eに記述したとおりの内容で本件考案の目的は達成することができるのである。したがって、
実用新案登録請求の範囲に、実施例どおりのものの記述をするのが必要であるかの如き構成要件Eについての原告の主張は失当である。
また、構成要件Gの意味するところは、「その操作により前記送り調整ロッドを介して送り調整レバーを揺動させ、前記送り調整軸を回動操作するもの(多様な構成が存在し得る)」のうち、「送り調整ロッドに並設され、該送り調整ロッドに長手方向の相対移動を許容して連結してあるもの」を指すのである。
「送り調整ロッドに並設され、該送り調整ロッドに長手方向の相対移動を許容して連結してあるもの」は、前者の「もの」の必要条件を記述しており、実施例に記載した他の要素を必要とすることなく、かかる記述どおりの要件Gで本件考案の目的は達成することができるのである。しがたって、実用新案登録請求の範囲実施例どおりのものの記述をするのが必要であるかの如き構成要件Gについての原告の主張は失当である。
2 取消事由3(原告の[主張3]に対する判断の誤り)に対して 本件考案に係る明細書(甲第3号証)の考案の詳細な説明の段落【0017】に記載された従来例のものは、送り調整軸の前方に揺動アームが存在し、揺動アームの前端の移動域に沿う目盛り板を備えるものである。かかる構成を採用する場合は、主軸が揺動アームの移動域で干渉するような送り調整軸の配置は不可能であり、極めて制約の多いものである。
これに対し本件考案では、前記揺動アームに繋がる送り調整レバー6が下方へ退避しているから主軸Sと干渉することがなく(同号証の図1参照)、送り調整軸5、送り調整レバー6を配置することができるのである。また送り調整ロッド7をアームの外側に支承してあり、ミシンアーム内の主軸Sの前方の領域を占有することがない。
本件考案は、このような構成により上送り装置の後付けを可能としているのである。そして、送り調整レバーは送り調整軸の一部に係合していることが実用新案登録請求の範囲に記載されているほか、図1に基づいて、段落【0031】に具体的構成が記載されている。
原告指摘のバネは、本件考案の必須構成要件として明記されていないものであるが、念のため述べれば、枢支ピン60周りにコイルバネを設けることでスペースを要することなく実現することができ、かかる構成は当業者であれば容易に想到し得るところである。
3 取消事由4(原告の[主張5]に対する判断の誤り)に対して 原告の主張は、要するに、本件考案の構成要件Hにおいて、「上送り歯の送り動作量を、前記送り操作軸の操作に伴う前記送り調整ロッドの摺動位置の変化を媒介として表示する」と記載されていることに関し、「媒介」が不明瞭であり、実施例に記載した構成のとおりの記述が必要であるというにある。
しかしながら、本件考案に係る明細書考案の詳細な説明には、表示対象物理量(上送り歯の送り動作量)を、目盛り板に表示する媒介手段を明確にしているのであり、審決書5頁14行ないし22行に記載されたとおりの審決の判断に何らの誤りはない。
理 由 1 取消事由1及び2(原告の[主張1]及び[主張2]に対する判断遺脱)について (1) 甲第2号証(審判請求書)の3頁ないし5頁の(ロ)@、Aの記載、及び甲第5号証(審判事件弁駁書)の2頁ないし4頁の(1)@、Aの記載によれば、原告が無効審判請求の理由として主張した[主張1]及び[主張2]の内容は、審決が審決書の2頁31行ないし3頁17行にそれぞれの主張の概要を記載したとおりのものであり、[主張1]は、本件考案の要旨の分節Eの記載において、
送り調整軸5の一部に係合し、これによって送り調整レバー6が送り調整軸5と略直交する面内にて揺動できるようにするための必須要件(上下方向に適宜の長さを有して形成された係合孔61による係合)を欠いていること、[主張2]は、本件考案の要旨の分節Gの記載においては、送り操作軸8の操作により送り調整軸5を回動操作できるようにするための必須要件(送り調整レバー6で送り調整ロッド7を後向きに付勢する)を欠いていることを、それぞれ主張するものであることが認められる。
原告が無効審判手続において提出した審判請求書(甲第2号証)及び審判事件弁駁書(甲第5号証)の記載をみると、原告は、上記の[主張1]及び[主張2]について、実用新案法5条5項違反とのみ記載して、同項の何号違反であるか特定した記載はしていないことが認められるものの、上記認定の各主張の内容、及び本件考案の実用新案登録請求の範囲請求項1の分説E及びGについて、原告は、審判請求書(甲第2号証)に「必須要件を欠いている」旨記載し、審判事件弁駁書(甲第5号証)に「必須構成要件を欠いている」旨明記していることからすれば、原告の[主張1]及び[主張2]は、いずれも、願書添付の明細書の実用新案登録請求の範囲に、実用新案登録を受けようとする「考案の構成に欠くことができない事項」、すなわち、考案の必須構成要件を記載することを要件とする平成6年法律第116号による改正前の実用新案法5条5項2号の規定の違反を主張していることが明らかであるというべきである。
(2) これに対して、審決は、「請求人の分節E及び分節Gについての主張は、それらの記載が、上記の第1号(注、法5条5項1号)に規定する「実用新案登録を受けようとする考案考案の詳細な説明に記載したものでなければならない」という要件を満たしていないとするものと解される」(審決書4頁14行ないし17行)と解釈した上で、この1号違反の有無という観点からのみ、原告の[主張1]及び[主張2]の当否を判断しているにすぎないことは、審決書(甲第1号証)の理由の記載(4頁18行ないし32行)から明らかに認められる。
なお、法5条5項2号の規定は、明細書考案の詳細な説明に実施例として記載されている事項の全てを実用新案登録請求の範囲に記載することを求める趣旨ではないところ、甲第2号証及び第5号証によれば、原告の[主張1]及び[主張2]は、審決が指摘するように「実施例に係る【0032】及び【0036】に記載された事項が全て分節E及び分節Gに記載されていない」(審決書4頁25行、26行)と主張するものではなく、本件考案の要旨の分節Eにつき、「上下方向に適宜の長さを有して形成された係合孔61による係合」、分節Gにつき、「送り調整レバー6で送り調整ロッド7を後向きに付勢する」ことが、それぞれ実用新案登録請求の範囲に記載されるべきことを主張しているものである。
そして、原告主張の各点が、本件考案に係る明細書考案の詳細な説明に実施例として記載されていることのみを理由として、実用新案登録を受けようとする「考案の構成に欠くことができない事項」ではないと判断することができないことは明らかであって、審決が判断したように、本件考案の実用新案登録請求の範囲の分節E及びGの各記載が法5条5項1号の規定の要件を充たしていたとしても、このことから直ちに2号の規定の要件を充たすことにならないことは当然であるから、原告の[主張1]及び[主張2]の2号違反の主張について、審決は実質的にも判断を加えていないといわざるを得ない。
(3) そうすると、審決には、原告の[主張1]及び[主張2]に関し、本件考案の実用新案登録につき法5条5項2号の規定の違反の有無について判断を遺脱した違法があるというべきであり、この違法は審決の結論に影響を及ぼし得るものである。
原告の取消事由1及び2の主張は、理由がある。
2 結論 以上のとおり、原告の請求は理由があるから認容することとし、主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 永井紀昭
裁判官 古城春実
裁判官 橋本英史
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