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事件 平成 12年 (ワ) 22731号 損害賠償請求事件
原告 黒沢建設株式会社
訴訟代理人弁護士 及川昭二
補佐人弁理士 石井良和
被告 住友電気工業株式会社
訴訟代理人弁護士 花岡巌
同 唐澤貴夫
同 飯塚暁夫
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2002/01/28
権利種別 実用新案権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
被告は,原告に対し,1599万6900円及び内金559万2000円に対する平成12年11月14日から,内金1040万4900円に対する平成13年6月23日から各支払済みまで各年5分の割合による金員を支払え。
事案の概要
本件は,PCストランドの端部定着構造に係る実用新案権を有する原告が,ノコバウエッジの製造,販売をしている被告に対して,実用新案権の侵害を理由として損害賠償金の支払を求めている事案である。
1 争いのない事実 (1) 原告は,以下のとおりの実用新案権(以下「本件実用新案権」といい,その考案を「本件考案」という。)を有している。
考案の名称 PCストランドの端部定着構造 出願日 昭和60年11月1日 登録日 平成9年11月28日 実用新案権登録番号 第2149186号 実用新案登録請求の範囲 合成樹脂を被着して形成した樹脂被覆層をPC鋼材表面に有するPCストランドが,可撓性及び滑性を有する合成樹脂材からなるシース内に滑動自在に挿通されたシース入りPCストランドをコンクリート内に埋設し,前記樹脂被覆層を有するPCストランド端部を該コンクリートのPCストランド定着端部に設けた支圧板より導出させて,該支圧板に支持させた雌コーン内に貫通させるとともに,該PCストランドの端部を被覆層の外側より包囲して前記雌コーン内に圧入されるPCストランド端部側の一辺がほぼ垂直で他辺がそれよりも緩やかな斜面である不等辺三角形の先鋭な突起が内面周方向に形成された楔状の複数割雄コーンを突起の根元部を,前記ストランドの樹脂被覆層に当接させつつその先端部を該樹脂被覆層を貫通させてPC鋼材表層に食い込ませて定着し,PCストランドが緊張されたときに緩やかな斜面部に存在する樹脂被覆層がPCストランドの表面のめくり上げを防止してなるPCストランドの端部定着構造
(2) 本件考案を構成要件に分説すると以下のとおりとなる。
A 合成樹脂を被着して形成した樹脂被覆層をPC鋼材表面に有するPCストランドが,可撓性及び滑性を有する合成樹脂材からなるシース内に滑動自在に挿通されたシース入りPCストランドをコンクリート内に埋設し, B 前記樹脂被覆層を有するPCストランド端部を該コンクリートのPCストランド定着端部に設けた支圧板より導出させて,該支圧板に支持させた雌コーン内に貫通させるとともに, C 該PCストランドの端部を被覆層の外側より包囲して前記雌コーン内に圧入されるPCストランド端部側の一辺がほぼ垂直で他辺がそれよりも緩やかな斜面である不等辺三角形の先鋭な突起が内面周方向に形成された楔状の複数割雄コーンを突起の根元部を,前記ストランドの樹脂被覆層に当接させつつその先端部を該樹脂被覆層を貫通させてPC鋼材表層に食い込ませて定着し, D PCストランドが緊張されたときに緩やかな斜面部に存在する樹脂被覆層がPCストランドの表面のめくり上げを防止してなる PCストランドの端部定着構造 (3) 被告は,PCストランドの端部を定着するために使用する楔状の雄コーンであるノコバウエッジ(商品名「A-FLO-OC-NOK」。以下「被告製品」という。)を,平成11年1月ころから現在まで業として製造,販売している。
(4) 被告製品の構成を分説すると,次のA′ないしD′のとおりとなる。
A′ 合成樹脂を被着して形成した樹脂被覆層をPC鋼材表面に有するPCストランドが,可撓性及び滑性を有する合成樹脂材からなるシース内に滑動自在に挿通されたシース入りPCストランドをコンクリート内に埋設し, B′ 前記樹脂被覆層を有するPCストランド端部を該コンクリートのPCストランド定着端部に設けた支圧板より導出させて,該支圧板に支持させた雌コーン内に貫通させるとともに, C′ 該PCストランドの端部を被覆層の外側より包囲して前記雌コーン内に圧入されるPCストランド端部側の一辺がPCストランド表層に対する垂直線に対し約5度の角度を有し,他辺がそれよりも緩やかな斜面である不等辺三角形の曲率半径を約0.2ミリメートルとする突起が内面周方向に形成された楔状の複数割雄コーンをその先端部を該樹脂被覆層を貫通させてPC鋼材表層に食い込ませて定着し(なお,上記割雄コーンの突起の根元部がストランド樹脂被覆層に当接しているかについては争いがある。), D′ その定着の際のPCストランドの状態は別紙のとおりとなる PCストランドの端部を定着するためのノコバウエッジ (5) 本件考案に係る明細書補正書の該当欄には,作用として,「上述のように構成されるストランドの端部定着構造では,緊張後のPCストランドの収縮に伴う複数割雄コーンの楔効果によるPCストランドへの圧着時に,複数割雄コーンの不等辺三角形の先鋭な突起がPCストランドの樹脂被覆層を貫通してPC鋼材表面に食い込んでPCストランドを強く把持するのでPCストランドがずれにくくなるとともに,突起の根本部が樹脂層に当接し,緩やかな斜面部に樹脂被覆層が圧入されるので,PCストランドが緊張されたときにPCストランドの収縮に伴う突起からの反作用によるPC鋼材の表面がめくり上げられる方向の力は,圧入された被服樹脂からの抗力により打ち消され,めくり上がりが防止されるので,PCストランドの端部定着化が図れる。」と記載されている。
2 争点及び当事者の主張 (1) 構成要件Cの充足性 (原告の主張) 被告製品は,以下のとおり,構成要件Cを充足する。
ア 垂直線に対し約5度の角度を有している場合はほぼ垂直というべきである。また,定着作用の点でも,約5度の傾きは垂直と全く差異がないから,約5度の傾きがあってもほぼ垂直に当たるというべきである。したがって,被告製品の構成C′の「一辺が垂直線に対し約5度の角度を有し」は,構成要件Cの「一辺がほぼ垂直」に該当する。
イ 鋭角とは,「直角より小さい角」を意味するから(岩波国語辞典第3版),先端が90度より小さければ先鋭であるといえる。また,本件考案における作用効果に鑑みると,突起部がPCストランドにくい込むのであれば,その突起部は先鋭であるというべきである。被告製品の突起部がPCストランドにくい込んでいる以上,被告製品は,「先鋭な突起」を有するといえる。したがって,被告製品の構成C′の「曲率半径を約0.2ミリメートルとする突起」は,本件考案の構成要件Cの「先鋭な突起」に当たる。
ウ また,被告製品においては,被告製品の突起の根元部が樹脂被覆層に当接している。
(被告の反論) 被告製品は,以下のとおり,構成要件Cを充足しない。
ア 垂直に対し約5度の傾きがある場合は,「ほぼ垂直」の範疇には含まれない。したがって,被告製品の構成C′の「一辺が垂直線に対し約5度の角度を有し」は,構成要件Cの「一辺がほぼ垂直」に該当しない。
イ 被告製品の突起部は,曲率半径が約0.2ミリメートルの丸みを帯びてあるので,同先端部は「先鋭」とはいえない。
また,本件考案の審判請求理由補充書(乙5の2)において,原告は,引用例の突起部は先鋭に当たらないと主張している。被告製品の突起部は,同引用例の突起部より丸く,この点からしても,被告製品の突起部は先鋭ということはできない。
ウ 被告製品においては,被告製品の突起の根元部が樹脂被覆層に当接していない。
(2) 構成要件Dの充足性 (原告の主張) 被告製品は,以下のとおり,構成要件Dを充足する。
ア 構成要件Dの「めくり上げ」とは,雄コーンの突起部がPCストランド鋼材の表層部を,係止できなくなる程度に剥離して,定着部からずれることを意味する(争いはない。)。
イ 一般にPCストランドの定着構造においては,上記の意味の「めくり上げ」を発生させる危険がある。このような事象が発生することは,@KJS工法研究会発行の「KJS工法技術資料」(甲8)に,ストランド表面がめくり上げられることの防止についての記載があること,A株式会社日鐵テクノリサーチが行った引張疲労試験によると,樹脂で被覆したPCストランドの場合は400万回の引張試験によっても破断しないのに対し,樹脂で被覆していないPCストランドの場合は33万ないし39万回の引張試験によって破断したこと,からも明らかである。
仮に樹脂被覆層がなければ,被告製品を使用した場合でも,同様に,上記のような「めくり上げ」が発生する危険性がある。
被告製品においては,以下のとおり,樹脂被覆層は上記の「めくり上げ」を十分防止している。すなわち,被告製品の突起部がPCストランドの表面にくい込むと,樹脂は,連続した前後の各突起部とPCストランドとの間の空隙に押し出されることになるが,上記空隙に押し出された樹脂と上記空隙内にもともと存在した樹脂の体積の合計は,上記空隙の体積より大きいので,上記樹脂がPCストランド鋼材の表面の「めくり上げ」の発生を押さえることになる。ところで,硬度の低い物質であっても拘束されると,その硬度は,拘束した材料と同一の硬度にまで高まる。被告製品の突起部がPCストランド鋼材に食い込むと,前後の突起部により樹脂被覆層の移動が妨げられる(被告製品においては,樹脂の大部分は空隙から逃げられない。)から,この拘束効果により,PCストランドの「めくり上げ」を押さえることができる。なお,上記拘束効果は「ゴムリングパッキンの圧縮試験報告書」(甲9)に記載された実験結果により明らかである。
ウ したがって,被告製品においては,樹脂被覆層によりPCストランド鋼材の表面の「めくり上げ」を防止しているのであるから,被告製品の構成D′は本件考案の構成要件Dを充足する。
(被告の反論) ア 構成要件Dの「めくり上げ」とは,雄コーンの突起部がPCストランド鋼材の表層部を,係止できなくなる程度に剥離して,定着部からずれることを意味する(争いはない。)。
イ 本件考案は,PCストランド鋼材の表面がめくれてしまい,突起部がPCストランドを係止できなくなることを防止しようとすることを解決課題としている。したがって,PCストランドの樹脂被覆層が存在しなくとも,PCストランド鋼材の「めくり上げ」が生じない製品であれば,構成要件Dの「斜面部に存在する樹脂被覆層がPCストランドの表面のめくり上げを防止してなる」に該当しない。
実験結果(乙9の試験3)からも明らかなように,被告製品においては,樹脂被覆層の存在によるのではなく,そもそも,このような「めくり上げ」が生じない構造となっている(樹脂被覆層がない場合には,突条のくい込みによりPCストランドの「めくり上げ」が生ずるという本件明細書の記載は,被告製品においては架空の事態であって,妥当しない。)。
また,被告製品においては,PCストランドの表面を被覆しているエポキシ樹脂は,鋼鉄などより遙かに軟弱であること,被告製品は3分割体からなり,それぞれの間に間隙があり,他方,PCストランドの表面には凹凸があって,被告製品と密着せず空隙が存在するため,PCストランドにくい込んだ突起部により排除された樹脂は,これらの空隙に逃げ出してしまい,樹脂被覆層は,PCストランドのめくり上げを防止することもできない。
ウ したがって,被告製品の構成D′は本件考案の構成要件Dを充足しない。
(3) 損害額 (原告の主張) 被告は,平成11年1月ころから平成12年3月ころまでの間に,被告製品を合計5万3323セット,1セット当たり1500円で販売しており,被告の利益率は20パーセントを下らないと推測される。
したがって,被告の販売行為により原告が被った損害額は,1599万6900円(5万3323×1500×0.2=1599万6900)となる。遅延損害金の請求については,訴状で請求した559万2000円については,訴状送達の日の翌日である平成12年11月14日から,請求の拡張をした分である1040万4900円については,請求の拡張の申立ての書面(原告準備書面(5))の送達の日の翌日である平成13年6月23日から各支払済みまでそれぞれ民法所定の年5分の割合による。
(被告の主張) 争う。
当裁判所の判断
1 構成要件Dの充足性について 当裁判所は,被告製品において,樹脂被覆層はPCストランドの表面のめくり上げを防止していると認められず,被告製品の構成D′は本件考案の構成要件Dを充足しないと解する。
その理由は以下のとおりである。
(1) 原告は,被告製品において,樹脂被覆層がめくり上げを防止する仕組みとして,被告製品の突起部がPCストランドの表面にくい込むと,樹脂が,連続する前後の各突起部とPCストランドの間の空隙内に押し出されることになるが,その樹脂と上記空隙内にもともと存在した樹脂の体積の合計は,上記空隙の体積より大きいので,上記空隙内の樹脂がPCストランドの表面のめくり上げを押さえることができると主張する。そこで,この点を検討する。
ア 検甲2は,被告製品であり,検甲3は,被告が被告製品を使用して施工した後のPCストランドである。
上記各検証物により,以下の事実が認められる。すなわち,検甲2によれば,被告製品は,中心部がほぼ円柱状の空洞となった円錐台の形状を示しているが,縦方向に等間隔で3つに分割されていること(分割されたものを「分割体」という場合がある。),上記空洞の壁面には,約2ミリメートル間隔で高さ約0.9ミリメートルの突起部が約24本存在していることが認められる。一方,検甲3によれば,PCストランドは,断面が直径約5ミリメートルの円形の鋼線の周りに同一の形状の6本の鋼線を撚り合わせることにより製造されたもので,厚さ約0.6ミリメートルの樹脂で被覆され,その表面は上記6本の鋼線の形状が十分に視認できる程度に凹凸状を示していること,施工後のPCストランド(検甲3)の表面には,被告製品(検甲2)の縦方向の長さと同一の長さで横方向に一続きのネジ状の溝が存在していること,同ネジ状の溝は,ほぼ連続しているが,同表面に浮かび上がっている6本の各鋼線の間に存する凹部分では,上記ネジ状の溝が途切れていたり,溝の深さが浅くなっていること,そのネジ状の溝の深さ及び間隔は,被告製品(検甲2)の空洞部の壁面に存在する上記突起部の高さ及び間隔と一致することが認められる。
また,前記各証拠及び弁論の全趣旨によれば,被告製品においては,PCストランド(検甲3)が被告製品(検甲2)の中心部の円柱状の空洞に差し込まれて把持されるが,被告製品(検甲2)の中心部の円筒状の空洞部の直径の方がPCストランド(検甲3)の直径よりも小さいので,被告製品を構成する3つの分割体は互いに接触することはなく,それぞれの間に約4ミリメートル程度の隙間が生ずること,PCストランド(検甲3)の表面には,縦方向に約1ミリメートル程度の幅で,被覆する樹脂が筋状に盛り上がっている部分が等間隔で3本存在するが,これらの筋状の盛り上がりの位置と分割体相互間の上記の隙間の位置とは一致することが認められる。
イ 以上の認定事実を前提にすると,@PCストランド(検甲3)の表面に存在する前記の各筋状の樹脂の盛り上がりは,被告製品(検甲2)によって把持された際に,被告製品(検甲2)を構成する3つの分割体の間に生ずる3つの隙間にPCストランド(検甲3)の表面に存在する樹脂が逃げ込んだことによって生じたこと,APCストランド(検甲3)の表面に存在する前記のネジ状の溝は,被告製品(検甲2)の突起部がくい込んだことにより生じたものであること,B上記ネジ状の溝が途切れていたり,溝の深さが浅くなっている部分は,被告製品(検甲2)の突起部の先端部がPCストランド(検甲3)を被覆している樹脂に接しなかったり,又は同先端部がPCストランド(検甲3)まで到達していなかったことによるものであることが推認される。
したがって,被告製品においては,被告製品がPCストランドを強く把持した場合,被告製品の各突起部とPCストランドの間に圧入された樹脂は,被告製品を構成する3つの分割体の各隙間から逃げ出し,また,被告製品の突起部がPCストランドと接していない部分からも逃げ出すものと推測されるため,PCストランドの表面を覆っている樹脂は,被告製品の各突起部とPCストランドの表面の間の空隙に閉じ込められるということはあり得ない。
ウ 以上のとおり,被告製品の突起部が樹脂被覆層にくい込んだ際に押し出された樹脂が,被告製品の各突起部とPCストランドの表面との間の空隙内に入り込むことによってPCストランドのめくり上げを防止するという原告の主張は,その前提において採用できない。
(2) また,被告製品において,樹脂被覆層として使用される樹脂はエポキシ樹脂であるところ(争いがない),弁論の全趣旨によれば,エポキシ樹脂は,PCストランドの表面を押さえて,そのめくり上げを防止できる程度に硬度が高いとはいえない。
この点,原告は,硬度の低い物質が拘束された場合,拘束した材料と同一の硬度まで高まる旨主張する。しかし,前記(1)で判示したように,被告製品においては,PCストランドを被覆した樹脂は,被告製品の各突起部とPCストランドの表面との間に閉じ込められるということはないのであるから,原告が主張するような拘束は生じない。したがって,上記拘束が生ずることを前提とした原告の主張は理由がない。
(3) さらに,前記認定した事実及び証拠(乙9)を総合すれば,そもそも,被告製品においては,仮にPCストランドの表面を樹脂で被覆していなかったとしても,PCストランド鋼材の表面を,係止できなくなる程度に剥離して,定着部からずれるような事態が生じることはないと推認される。
この点について,原告は,一般的に,PCストランド定着構造においては,めくり上げが発生する危険がある旨主張するが,本件全証拠によっても,被告製品について,その危険性が看過できない程度のものであって,これを防ぐ措置を講ずる必要があることを認めることはできない。
(4) したがって,被告製品のD′は本件考案の構成要件Dを充足しない。
2 以上のとおりであるから,その余の点を判断するまでもなく,原告の請求は理由がない。
裁判長裁判官 飯村敏明
裁判官 谷有恒
裁判官 佐野信
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