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事件 平成 13年 (ネ) 1870号 実用新案権侵害差止等請求控訴事件
控訴人 株式会社マルナカ
訴訟代理人弁護士 牧野利秋
同 田辺克彦
同 藤田耕三
同 田辺邦子
同 田辺信彦
同 奥宮京子
同 伊藤 ゆみ子
同 中西和幸
同 市川 佐知子
同 安藤真一
同 眞岡 加奈子
同 高木 いづみ
同 松林智紀
同 佐藤修二
同 横内龍三
同 大野渉
同 植松祐二
同 塩川智子
同 宍戸一樹
補佐人弁理士 小林正治
同 伊藤茂
同 青山仁
被控訴人 日軽熱交株式会社
訴訟代理人弁護士 田倉整
同復代理人弁護士 黒澤佳代
補佐人弁理士 大滝均
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2002/03/27
権利種別 実用新案権
訴訟類型 民事訴訟
主文 本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 控訴人 (1) 原判決を取り消す。
(2) 被控訴人は、原判決別紙物件目録一の熱交換器用パイプを製造し、使用し、又は譲渡してはならない。
(3) 被控訴人は、原判決別紙物件目録二の熱交換器を製造し、使用し、又は譲渡してはならない。
(4) 被控訴人は、その占有に係る前2項記載の熱交換器用パイプ及び熱交換器並びにこれらの製造に用いる設備を廃棄せよ。
(5) 被控訴人は、控訴人に対し、1億2000万円及びこれに対する平成11年7月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(6) 訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人の負担とする。
(7) 第(5) 項につき仮執行宣言 2 被控訴人 主文と同旨
事案の概要
本件は、熱交換器用パイプについての実用新案権(本件実用新案権)を有する控訴人が、被控訴人の製造販売に係る熱交換器用パイプ(被控訴人パイプ)及び熱交換器(被控訴人熱交換器)は、本件実用新案権に係る考案技術的範囲に属すると主張して、被控訴人に対し、被控訴人パイプ及び被控訴人熱交換器の製造販売等の差止め等及び損害賠償を求めた事案であり、控訴人の請求をいずれも棄却した原判決に対し、控訴人が取消しを求めている。
本件の当事者間に争いのない事実、争点及びこれに関する当事者の主張は、
以下のとおり当審における主張を付加するほかは、原判決「事実及び理由」欄の「第二 事案の概要」のとおりである(ただし、原判決6頁9行目の「実用新案公報」を「実用新案登録公報」に、27頁6行目の「本件考案」を「本件実用新案権に係る分割出願」に改める。)から、これを引用する。
1 控訴人の主張 原判決は、争点1(構成要件充足性)に関し、被控訴人パイプが本件考案の構成要件を充足することを認めたので、以下、専ら争点2(公然実施による実用新案登録の無効)及び争点3(先使用による通常実施権)について述べる。
(1) 本件実用新案権に係る実用新案登録出願日(原出願の日である平成元年9月11日をいう。以下「本件出願日」という。)前に被控訴人によって製造された熱交換器用パイプ(以下「本件出願前製品」という。)の形状は、本件出願日後である平成5年以降に被控訴人によって製造された被控訴人パイプの形状と明らかに異なっており、本件出願日前製品は、公然実施による本件考案の実用新案登録の無効理由も、被控訴人の先使用による通常実施権(以下「先使用権」ともいう。)も基礎付けるものではない。以下詳説する。
(2) 本件考案は、「チューブの差し込みが容易で、チューブが曲らず真直に差込まれ、チューブのロー付け面積が十分に広くとれる熱交換器用パイプを提供すること」(本件明細書〔原判決添付、甲1〕段落【0006】)を目的として、差込み穴の長手方向端部の「内周面のうち平行部よりも肉厚方向外側に外側広がりの挿入ガイド部が同平行部と連続して加圧成形され」(構成要件d)、「その挿入ガイド部の外側にそれと連続して外側広がりのガイド突子がパイプの外周面より外側に突出するように形成されてなる」(構成要件e)構成を採用したものであり、この構成によって、@チューブの差込みが容易になる、A組立精度が向上し、チューブのロー付けも確実になる、Bパイプへのチューブのロー付けも確実かつ強固になり、機械的精度が向上するとともに、そのロー付け部分から冷媒が漏れにくくなる、C作業性が良い、Dパイプ自体がくぼんだり曲がったりしないので、加工しやすく、加工費もかさばらない等の効果を奏するものである。したがって、構成要件d、eは本件考案の特徴的、本質的部分である。そして、本件明細書考案の詳細な説明中の「このガイド突子2a及び挿入ガイド部2は、例えば図2の様にガイド突子2a及び挿入ガイド部2と同じ形状の突子6が突設された打抜きパンチ7により、同図の矢印方向からパイプ1をプレスして差込み穴Fを打抜けく(「打抜く」の誤記と認める。)ことにより、一回のプレス加工で差込み穴Fの形成と同時に同差込み穴Fの長手方向端部の内周面Gの肉が外側に加圧されて形成される」(段落【0015】)、「ガイド突子2a及び挿入ガイド部2は差込み穴Fの長手方向端部の内周面Gの肉厚方向外側だけを、差込み穴Fのプレス加工の際に同時に外側広がりになるように加圧して外側広がりのテーパーに変形させると共に、ガイド突子2aをパイプ1の外周面5より外側に突出するように形成してある」(段落【0017】)との記載に示されているとおり、突子は挿入ガイド部とともに意識的に加圧加工されて形成されるものであり、上記の加圧加工をすることなく、プレスして差込み穴を打ち抜く際に生ずる差込み穴先端の単なる立ち上がりやバリのようなものとは明確に区別されるものである。
(3) ところが、以下のとおり、本件出願前製品において、本件考案に相当する考案は存在しないか、又は未完成であったというべきである。
ア 本件出願前製品には、外側広がりの挿入ガイド部に相当する部分が明確でなく、わずかに先端部分が外側広がりになっていることがうかがわれる程度のもの(甲36の1)、突起部分についてはそれがわずかに存在するもの(乙32の右側写真)、突起部分が明確に識別し得ない状態のもの(甲37の1)等が存在している。仮に、被控訴人の主張するように、パンチ刃の肩部をチューブ差込み穴に押し当てて加圧成形していたとすれば、本件出願前製品の差込み穴両端部の突起部分の形状及び大きさにこのようなばらつきは生じないはずであり、なぜこのようなばらつきが生じているのかを明らかにする合理的な説明もされていない。
なお、平成元年8月10日製造の製造番号NKK9810の熱交換器のパイプ(乙7、26、27、検乙3、4)に関しては、確かに、乙7添付の断面写真59、60、64〜67を見る限り、原判決の認定するように「右パイプにはパイプ外周面から突出する突起部分が形成されていることが認められる」(原判決46頁10行目〜11行目)という形状に見える。しかし、証拠として提出されている被控訴人の製造に係る熱交換器用パイプは、差込み穴の形成後に、チューブ差込み、ロー付け、塗装といった工程を経ており、更に切断面を示すための切断及び研磨が加えられていることに留意する必要がある。特に、上記断面写真に係るパイプは、コンデンサーから切り取った切断片を樹脂固めすることなく研磨したものであることが明らかなところ、パイプはアルミニウム製で柔らかくて変形しやすいこと、差込み穴先端は何倍にも拡大しなければ確認しにくいほど小さく、先端が尖っていること、差込み穴先端までローが満たされている場合は樹脂固めをしなくとも変形しにくいが、上記製品のように、ローが満たされていない場合に樹脂固めをしないまま研磨すると、差込み穴先端が外側に広がりやすくなることを考えると、上記断面写真が原形状をそのまま維持しているとはいえない。
他方、本件出願後の製造に係る被控訴人パイプにおいては、パンチ刃の肩部による十分な加圧がされていることから、差込み穴両端部の突起部分に本件出願前製品のようなばらつきはなく、ほぼ均一の形状及び大きさの突起を備え、突起と差し込まれたチューブとの間のロー溜りに多くのローが充填されている。このことは、本件出願前製品が、本件出願後の製造に係る被控訴人パイプと異なり、パンチ刃の肩でパイプの差込み穴を加工するものでなかったことを示すものである。
イ 以上の点は、控訴人の依頼に係るB作成の「鑑定書」等(甲50の2、
3、甲53、63)及び同C作成の「鑑定書」(甲66)によっても裏付けられる。すなわち、これら「鑑定書」等においては、@被控訴人らがその製造に係る熱交換器用パイプの差込み穴の成形方法を示すものとして提出したF社作成図面(乙24の2枚目)に従って加圧成形をしようしても、パンチ刃先端がパイプの内面と接触してしまうため、このような方法で差込み穴両端部の突起が成形されることはあり得ないこと、A同突起部分の角度は、スプリングバックによってパンチ刃の肩部の角度よりも小さくなるから、パンチ刃の肩部の角度と突起部分の傾斜とが整合するとしても(原判決45頁4行目〜7行目参照)、同突起部分がパンチ刃の肩部によって成形されたことを示す根拠となり得ないこと、B被控訴人の製造に係る熱交換器用パイプの光学顕微鏡組織写真による観察の結果、本件出願日後の製造に係る被控訴人パイプの差込み穴両端部の突起部分においては、加圧成形されたことを示すアルミニウムの再結晶が確認されたのに対し、本件出願前製品については、この再結晶が確認されなかったこと、Cむしろ、本件出願前製品の差込み穴両端部の突起は、パンチ刃がパイプ径の中心から径方向に芯ずれして押し込まれたり、パンチ刃の押し込みすぎといった不適切な加工方法から生じた不良品であることが、それぞれ示されている。
ウ 加えて、被控訴人は、控訴人を債権者、被控訴人を債務者とし、本件実用新案権侵害を理由とする仮処分申立事件(東京地方裁判所平成10年(ヨ)第22165号、以下「本件仮処分事件」という。)の係属中から、本訴の原審において平成12年4月3日付け第10回準備書面を提出するまでの間、被控訴人の製造に係る熱交換器用パイプの差込み穴両端部の突起について、「開削に際して、派生する『バリ』に類するものと理解していた」(本件仮処分事件平成11年7月1日付け準備書面12頁)、「当該突子は、丸パイプにスリット孔を開ける加工においては、突子が自ずから形成されるものであり、むしろ、突子が形成されないように加工する方が難しい」(原審平成11年11月25日付け準備書面6頁)、「何らの特別な手段を講じるまでもなく」形成されるものであり、「被告は、この断面形状を有するパイプを意識的に作っているわけではない」(原審平成12年3月3日付け準備書面)などと主張してきた。ところが、その後、上記の原審第10回準備書面をもって、上記突起はパンチ刃の肩で押して形成したものであると主張するに至り、さらには、そこに技術的思想が盛り込まれているとまで主張を変遷させている。
このことは、被控訴人が、本件出願前製品に関して、本件考案と同じ技術的思想を有していなかったこと、その後、被控訴人において熱交換器用パイプの差込み穴の成形方法を変更していることを示すものにほかならない。
考案とは、自然法則を利用した技術的思想の創作であり、一定の技術的課題の設定、その課題を解決するための技術的手段の採用及びその技術的手段により所期の目的を達成し得るという効果の確認という段階を経て完成される(発明に関する最高裁昭和61年10月3日第二小法廷判決・民集40巻6号1068頁参照)。そして、本件考案が、実用新案法3条1項2号に規定する「公然実施をされた考案」といえるためには、その構成要件を備えた技術的思想の創作について不特定の第三者がその内容を知り得る状態にあったことを要する。ところが、被控訴人が、本件出願日前において、本件考案と同じ課題を認識し、その解決手段として本件考案と同じ技術的思想に基づく解決手段を採用する意図を有していなかったことは、上記ア〜ウから明らかである。したがって、本件出願前製品から、本件考案の構成を備えた技術的思想の創作を、不特定の第三者が知り得るとは到底いえず、被控訴人が、本件出願前製品をもって、本件考案と同一の考案を実施していたということはできない。また、先使用権についても、「考案の実施である事業をしている者又はその事業の準備をしている者」(実用新案法26条において準用する特許法79条)に与えられる法定実施権であり、上記の意味での考案が存在することが大前提である。
そうすると、本件出願前製品に関して、公然実施又は先使用権に係る考案が存在したとはいえず、あるいは、仮に、何らかの意味で存在していたとしても、考案として未完成というべきである(先使用者は、発明の思想、殊に課題解決の手段を構成する外部的因果関係を経験的に把握し、発明思想に対し事実的に支配可能の状態にあったことを要するとした大阪地裁昭和41年2月14日判決・判例時報456号56頁、低割合で不良品が混入していたとしても特許権を実施していたと評価すべき実体はないとした名古屋高裁平成9年12月25日判決・判例タイムズ981号263頁参照)。
(4) 仮に、先使用権の成立する余地があるとしても、その範囲は、せいぜい最小限のロー溜まり部を設けるという技術的思想に基づく考案に限られるというべきであるから、現行の被控訴人パイプにおけるような画一的かつ十分なロー溜まり部を設けてロー付けを確実にするという技術的思想に立脚しているものには、先使用権は及ばないと解さなければならない。
(5) 原判決は、公然実施の日を、上記(3)の製造番号NKK9810の熱交換器用コンデンサーの搭載された自動車の登録日である平成元年8月25日と認定するが、自動車の登録後にエアコン及び熱交換機を搭載するこということも珍しくはなかったから、上記自動車の登録時に、当該熱交換器が現に搭載されていたと即断することはできず、本件において、公然実施の時期の立証はないというべきである。
2 被控訴人の主張 (1) 控訴人は、本件出願前製品の差込み穴両端部の突起部分の形状及び大きさのばらつきについて主張するが、そのようなばらつきは本件出願日後の製造に係る被控訴人パイプにも見られることであって、考案としての同一性を失わない範囲内のものであるから、先使用権の成立に消長を来すものではない。また、本件出願前製品は、現に被控訴人によって製造販売され、市場に流通していたのであるから、
公然実施されていたことも明らかである。パンチ刃の肩部の角度や、パイプの径、
板厚等は、適宜変更が加えられているが、差込み穴の成形方法に関しては、本件出願日の前後を通じて、「加工するパイプを所定のオイルの中に浸して、パイプ両端を密閉した上で、複数のパンチ刃を上から押し当て穴加工する製造方法」が採られており、何ら変更はない(E株式会社代表者作成の証明書〔乙35の2〕参照)。
また、控訴人は、甲50の2、3、甲53、63、66の「鑑定書」等において、@F社作成図面(乙24の2枚目)に従って加圧成形をすることはできないこと、A突起の角度はスプリングバックによってパンチ刃の肩部の角度よりも小さくなること、B被控訴人の製造に係る熱交換器用パイプの光学顕微鏡組織写真による観察の結果、本件出願日前製品については加圧成形されたことを示すアルミニウムの再結晶が確認されなかったこと、C本件出願前製品の差込み穴両端部の突起は、不適切な加工方法から生じた不良品であることが示されている旨主張する。しかし、@の点は、被控訴人が現に使用するパンチ刃と全く同一のものとはいえないものの寸法に基づいて加圧成形の可否を論ずるものであって、そもそも無意味であるし、A〜Cの点は、被控訴人技術企画部長D作成の報告書(乙34の2〜4)によって理由のないことが明らかにされている。
(2) 被控訴人が、本件仮処分事件及び原審において、上記1(3)ウで引用のとおりの主張をしたことは認める。しかし、この主張は、パンチ刃の肩部で差込み穴両端部の突起が形成されるとの被控訴人の主張と何ら矛盾するものではない。そもそも、本件考案は、冷媒漏れの防止等の効果を標ぼうしているが、差込み穴の突起がこのような効果に深く関与することは実際上あり得ず、被控訴人としては、本件仮処分事件段階から一貫して主張してきたとおり、これをバリの類のものと認識しており、主張の変遷など存在しない。
当裁判所の判断
1 争点1(構成要件充足性)について 争点1についての判断は、原判決「事実及び理由」欄の「第三 当裁判所の判断」の「一 争点1(構成要件充足性)について」のとおりであるから、これを引用する。
2 争点2(公然実施による実用新案登録の無効)及び争点3(先使用による通常実施権)について (1) NKK9810熱交換器用パイプの差込み穴両端部の突起について ア 証拠(乙7、26、27、33、検乙3、4)及び弁論の全趣旨によれば、被控訴人は、平成元年8月10日、製造番号NKK9810の熱交換器を製造したこと(なお、弁論の全趣旨によれば、「9810」の数字は、1989年8 月10日の下線部の数字に由来するものと認められる。)、当該熱交換器は、スズキ株式会社製造の軽自動車「アルト」(車両番号浜松50か5010、同月25日登録)のエアコン用に搭載されたものであること、当該熱交換器は、本件考案の構成要件a〜cに相当する構成、すなわち、冷媒を流すチューブを差込む横長の差込み穴が長手方向に一定の間隔で多数形成されてなる熱交換器用パイプを備え(同a参照)、その熱交換器用パイプには、同差込み穴がプレス成形され(同b参照)、同差込み穴の長手方向端部の内周面の肉厚方向内側に平行部が設けられている(同c参照)との構成を有することが認められる(以下、上記熱交換器用パイプを「NKK9810熱交換器用パイプ」という。)。なお、NKK9810熱交換器用パイプは、平成11年5月27日、J地方法務局所属公証人Kの立会の下に、上記自動車から取り外されたものであり、その経緯は、同公証人作成の「平成11年第223号自動車のエアコン用熱交換器パイプに関する事実実験公正証書」(乙7)に示されているところであって、何らかの作為が介入していることを疑わせる事情はない。
そこで、NKK9810熱交換器用パイプが、本件考案の構成要件d、
eに相当する構成を備えるものかどうかを見るに、同パイプの差込み穴部分を径方向に切断したサンプルの切断面を示すことが明らかな前掲乙7添付の写真(番号50、52〜57、59、60、64〜67)、同サンプルの現物であることが明らかな検乙4及び同サンプルを切断した残部である熱交換器の現物であることが明らかな検乙3によれば、NKK9810熱交換器用パイプに設けられた差込み穴の長手方向端部の内周面には、平行部よりも肉厚方向外側に外側広がりの挿入ガイド部が同平行部と連続して成形されていること(構成要件d参照)、その挿入ガイド部の外側にそれと連続して外側広がりの突起がパイプの外周面より外側に突出するように形成されていること(同e参照)が、一見して明白に看取されるというべきである。そして、上記外側広がりでパイプの外周面より外側に突出するように形成されている突起が、本件考案の構成要件eに規定する「ガイド突子」に当たることは明らかである。
なお、上記の証拠のみからは、NKK9810熱交換器用パイプの挿入ガイド部が「加圧成形」されたものかどうかは明らかでないが、同パイプが、本件考案の構成要件dの「挿入ガイド部が・・・加圧成形され」ているかどうかの点を除いて、本件考案のすべての構成を備えることは、上記の証拠による外形的な観察から明白ということができる。
イ 控訴人は、上記熱交換器用パイプは、差込み穴の成形後に、チューブ差込み、ロー付け、塗装といった工程を経ており、更に切断面を示すための切断及び研磨が加えられていることからすると、上記断面写真が原形状をそのまま維持しているとはいえない旨主張する。
しかし、前掲乙7、検乙3、4によれば、NKK9810熱交換器用パイプに多数存在する差込み穴両端の突起は、左右がほぼ均一の形状及び大きさで整然と形成されていることが認められるところであり、チューブの差込み時の偶発的な接触等によって形成されたとは到底考えられず、また、チューブと平行部との接触摩擦によって、パイプの外周面より外側に突出するような突起が形成されるなどと考える余地もない。
次に、ロー付け及び塗装の影響について見るに、H機械技術グループI作成の熱交換器用チューブの断面拡大写真(甲57の2〜5、甲58、59の各2)及び控訴人作成の同写真のなぞり書(甲58、59の各3)によれば、熱交換器用チューブの差込み穴両端部において、ロー付けに係るローが、挿入ガイド部の外周面側先端付近に、わずかに盛り上がるようにして付着することがあり得ること自体は認められる。しかし、そのようなわずかなローの盛り上がりは、前掲乙7、
26、27、33、検乙3、4によって認められるNKK9810熱交換器用パイプの差込み穴両端部に形成されている明確な突起とは、明らかにその態様を異にするというべきであって、この突起がロー付けや塗装によって形成されたものであるとは、到底認めることができない。
また、切断面を示すための切断及び研磨の影響をいう点については、前掲検乙3のパイプに多数残されている、切断及び研磨のされていない差込み穴にも、切断面におけるものと同様の突起を明らかに見て取れる事実を全く無視した主張というほかなく、採用することはできない。
(2) NKK9810熱交換器用パイプの挿入ガイド部の成形方法について そこで、進んで、NKK9810熱交換器用パイプの「挿入ガイド部が・・・加圧成形され」(本件考案の構成要件d)たものといえるかどうかについて検討する。
ア 本件出願後の製造に係る被控訴人パイプの挿入ガイド部が「加圧成形」されたものであることは、本件考案の構成要件dの充足性に関する前記引用に係る原判決の説示(原判決33頁4行目〜37頁6行目)のとおりであるところ、控訴人は、これと本件出願前製品とでは、成形方法に変更があった旨主張する。しかし、昭和63年1月19日付けF社作成図面等の添付された被控訴人代表者作成の上申書(乙24)、同年2月9日の日付印のあるE株式会社作成のパンチ刃図面(乙35の1)及び同会社代表者作成の証明書(乙35の2)によれば、被控訴人は、本件出願日の前後を通じて、細部の寸法や角度等は若干異なるものの、先端に台形状の刃を有し、幅広偏平状の平行部分に続いて段状肩部を備えるという点で上記F社作成図面と基本的な構造を同じくする特殊なパンチ刃を用いて、これをパイプに押し当て、切り裂くようにして差込み穴を成形し、その際、同時に上記挿入ガイド部が成形されるという方法を一貫して採用していることが認められる。
イ 控訴人は、被控訴人の主張に係る差込み穴の成形方法によっては、本件考案の構成に相当する突起は形成されない旨主張し、その根拠として、B作成の「鑑定書」等(甲50の2、3、甲53、63)及びC作成の「鑑定書」(甲66)を援用するが、以下のとおり、その根拠とするところは、いずれも採用することができない。
第一に、甲50の2の「鑑定書」中で、「F社作成図面(注、乙24の2枚目の図面)のパンチ刃の肩をパイプの外周にあてる場合には、パンチ刃の刃先がパイプの内面にあたるので、肩を使って、差込み穴両端を加圧成形することは不可能である」(4頁12行目〜14行目)、「検乙4号証・・・にみられる『突起らしきもの』がF社作成図面のパンチ刃の角度45度の肩で押し当てて作られたものとすれば・・・角度45度に成形された後、スプリングバックによって戻り、45度以下になるのが普通である。・・・従って・・・『突起らしきもの』は、前記パンチ刃の角度45度の肩を押し当てて成形されたものではない」(同頁19行目〜末行)とする部分については、上記F社作成図面に示されたとおりの寸法及び肩部角度を有するパンチ刃を、外径22.2o、肉厚1.2o又は1.6oのパイプに使用することを前提とするものであることが明らかである。しかしながら、被控訴人の使用するパンチ刃が、F社作成図面のものと比較して、基本的な構造は同一ながら、細部の寸法や角度等が若干異なることは上記認定のとおりであるばかりでなく、そもそも、NKK9810熱交換器用パイプの差込み穴について、これが乙24の上記図面どおりの寸法及び肩部角度を有するパンチ刃で成形されたことを認めるに足りる証拠がない本件においては、これを所与の前提として突起の形成の是非を論ずること自体、全く無意味というほかはない。
第二に、甲50の2の「鑑定書」中には、「検乙3号証の差込み穴の突起らしきものは、極度に大きく、ロー不足が生じている。また、くびれや亀裂らしきものも見られる。・・・このような形状が生じている理由は、パンチ刃がパイプ径の中心より横方向(パイプの径方向)に位置ずれ(芯ずれ)して押し当てられたり、パンチ刃の押し込みすぎといった不適切な作業により生じたものと思われる。・・・検乙3号証は、本件考案出願前の被控訴人の製品中でも、特異な原因で生じた異常な製品であると思われる」(5頁4行目〜16行目)との記載があるが、この点は、そもそもNKK9810熱交換器用パイプの挿入ガイド部が加圧成形されたことを否定する趣旨の記載とは認められない(考案の不存在又は未完成の主張との関係では後述する。)。
第三に、甲50の2の「鑑定書」中には、カットサンプル@(平成元年1月26日被控訴人製造に係る製造番号NKK9126の熱交換器用パイプのもの)及び同B(同年6月8日被控訴人製造に係る製造番号NKK9608の熱交換器用パイプのもの)については、カットサンプルA(平成11年1月被控訴人製造に係る製造番号N9100993の熱交換器用パイプのもの)及び同C(平成5年3月被控訴人製造に係る製造番号N3303583の熱交換器用パイプのもの)と異なり、光学顕微鏡組織写真上で、再結晶現象を示す細かい結晶粒が見られないことを理由に、「カットサンプル@Bの突起らしきものは、パンチ刃の肩を当てて、
成形加工したものではないと判断される。よって、鑑定の結論のとおり、カットサンプル@BとACの製造方法は異なる」(7頁17行目〜20行目)とする記載がある。しかし、G作成の「PFC用ヘッダーパイプの金属組織の形成に関する見解」(乙34の4添付)に照らすと、不鮮明な上記写真の観察によって再結晶現象の有無を正確に判断できるかは疑問である上、上記カットサンプル@、Bは、NKK9810熱交換器用パイプに関するものではないから、上記の点は、本件の判断に直接影響を及ぼすものとはいえない。かえって、被控訴人技術企画部長D作成の「ダイハイトを変えたピアシング加工試験報告書」(乙34の1)によれば、上記ア認定の方法を用いたパイプへの差込み穴の成形試験の結果、ダイハイト(スライド下面からボルスター上面までの距離)を適宜変更することによって、本件考案の構成に相当するパイプを形成することが現に可能であることが実証的に示されており、しかも、その中には、NKK9810熱交換器用パイプの挿入ガイド部及び突起と酷似するものも含まれていることが認められるところである。
以上のほか、B作成の「鑑定書」等(甲50の2、3、甲53、63)及びC作成の「鑑定書」(甲66)のその他全記載を総合しても、上記アの認定を左右するに足りないというべきである。
ウ 以上によれば、NKK9810熱交換器用パイプの挿入ガイド部は、上記ア認定の方法によって成形されたものと認められ、これが「加圧成形」ということができることは明らかである。
したがって、NKK9810熱交換器用パイプは、本件考案の構成をすべて備えるものである。
(3) 考案の不存在又は未完成の主張について ア 控訴人は、本件出願日前に、被控訴人が、本件考案と同じ課題を認識し、その解決手段として本件考案と同じ技術的思想に基づく解決手段を採用する意図を有していたとはいえないから、本件出願前製品において、本件考案に相当する考案は存在しないか、又は未完成であった旨主張する。
しかし、本件出願日前の製造に係るNKK9810熱交換器用パイプが、本件考案の特徴的構成とされる構成要件d、eを含め、その全構成をすべて備えることは前示のとおりである。そして、当該構成から、本件考案の目的である「チューブの差し込みが容易で、チューブが曲らず真直に差込まれ、チューブのロー付け面積が十分に広くとれる熱交換器用パイプを提供すること」(本件明細書〔原判決添付、甲1〕段落【0006】)を達成し、チューブの差込みが容易となり、ロー付けを確実にし、冷媒が漏れにくくなる等の本件考案の意図する所期の効果(同段落【0021】参照)を奏することができることは明らかである(仮に、
本件考案と同一の構成からこのような目的を達成することができず、その効果を奏することができないとすれば、本件考案自体が未完成であるか、又は実用新案法5条所定の明細書の記載要件に不備があるといわなければならなくなる。)。
そうすると、NKK9810熱交換器用パイプが、単に本件考案の課題を提示するにすぎないものであるとか、当該課題を解決するための技術的手段の具体的な実施方法が分からないものであるとか、当該技術的手段によって当該課題解決の目的を達成することができないものであるなどといえないことは当然であり、
本件考案と同一の構成を備えることによって、本件考案と同一の技術的思想としての「考案」を開示するものであって、同パイプに接した当業者において、当該考案を把握し、理解することは可能ということができる。
イ 控訴人は、本件出願前製品には、差込み穴両端部の突起部分の形状にばらつきがあることを、考案の不存在又は未完成の論拠の一つとして主張するが、NKK9810熱交換器用パイプが、現に本件考案のすべての構成を備え、本件考案と同一の技術的思想としての考案を開示している以上、他の本件出願前製品の差込み穴の突起部分の形状にばらつきがあったとしても、実用新案法3条1項2号にいう「公然実施した考案」が開示されていると認めるに何ら妨げないし、また、同パイプを業として製造した被控訴人が、実用新案法26条において準用する特許法79条にいう「その考案の実施である事業をしている者」といい得ることも明らかである。
また、控訴人は、被控訴人が、本件考案と同じ課題を認識し、その解決手段として本件考案と同じ技術的思想に基づく解決手段を採用する意図を有していたとはいえないことの論拠として、パイプの差込み穴の突起を「『バリ』に類するものと理解していた」などとする本件仮処分事件及び原審における被控訴人の主張を援用する。しかし、被控訴人において、本件考案の目的や効果が実用上ほとんど意味がなく、その有用性は評価に値しないとの認識を有し、それゆえこれを「『バリ』に類するものと理解していた」にせよ、それは、いわば考案としての価値評価における認識の相違にすぎず、そのことゆえに、公然実施ないし先使用に係る考案が不存在であるとか、未完成であるなどといえないことは当然である。
さらに、甲50の2の「鑑定書」中には、NKK9810熱交換器用パイプは、不適切な作業等の特異な原因で生じた異常な製品であるとの記載があることは前述のとおりである。しかし、甲63の「鑑定書」中には、「パンチ刃の中心がパイプ中心よりずれると、パンチ刃のうち位置ずれした方と反対の刃先が先にパイプに接触する。先に接触した方の押しが強くなるため、差込み孔左右先端のうち、先に接触した方の開きが大きくなる。この結果左右形状にばらつきが生じる」(5頁22行目〜25行目)との記載があるところ、NKK9810熱交換器用パイプに多数存在する差込み穴両端の突起が、左右ほぼ均一の形状及び大きさで整然と形成されていることは前示のとおりであり、これは、むしろ、同突起が、甲50の2の「鑑定書」にいう「位置ずれ」その他の不適切な作業によって成形されたものでないことを示すものというべきである。そして、このような突起の形成が、反復継続して実施の可能な技術にすぎないことは、前掲乙34の1から明らかである。他方、本件出願前製品中には、差込み穴両端部の突起部分の形状にばらつきがあるとしても、そのことから、上記のような突起を備えたNKK9810熱交換器用パイプが特異な原因による不良品にすぎないと認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
ウ 以上によれば、NKK9810熱交換器用パイプは、本件考案と同一の技術的思想としての考案を開示するものであり、被控訴人は、その考案の実施である事業をしていた者であるということができ、当該考案が不存在であるとも、未完成であるともいうことはできない。
(4) 本件考案の明白な無効理由について 上記認定判断によれば、本件考案は、NKK9810熱交換器用パイプにおいて公然実施された考案と同一である。そこで、その公然実施された時期を検討するに、控訴人は、自動車の登録後にエアコン及び熱交換器が搭載された可能性を指摘するが、前掲乙7(特に、写真番号7、8、12〜22、24、25)によって認められる当該熱交換器の設置態様から考えて、これが自動車登録後に搭載されたとは考えにくいというべきであるし、NKK9810熱交換器用パイプの製造日である平成元年8月10日と、上記自動車の登録日である同月25日という各日付の符合から考えても、上記自動車の登録日までには、上記熱交換器は搭載されていたと認めるのが相当である。そうすると、NKK9810熱交換器用パイプに係る公然実施の日は、遅くとも本件出願日前である平成元年8月25日であるというべきである。
したがって、本件考案の実用新案登録は、実用新案法3条1項2号に違反してされたものであり、同法37条1項2号所定の無効理由を有することが明らかであるから、本件実用新案権に基づく権利行使は権利の濫用に当たり許されないというべきである。
(5) 先使用権について 以上の認定判断に乙9、14、24を総合すれば、被控訴人が、本件実用新案権に係る考案の内容を知らないで自らその考案をしたか、又は本件実用新案権に係る考案の内容を知らないでその考案をしたF社から知得して、本件出願日までに、少なくともNKK9810熱交換器用パイプの製造をもって、現に日本国内においてその考案の実施である事業をしていたことが認められる。そして、先使用による通常実施権は、実用新案登録出願の際に当該通常実施権者が現に実施又は準備をしていた実施形式だけでなく、これに具現された考案と同一性を失わない範囲内において変更された実施形式にも及ぶところ(最高裁昭和61年10月3日第二小法廷判決・民集40巻6号1068頁参照)、本件において、原判決別紙物件目録一の記載をもって特定される被控訴人パイプは、NKK9810熱交換器用パイプに示される考案の実施形式と比較して、有意の相違があるとは認められないから、
両者は実施形式においても同一であるか、少なくとも、被控訴人パイプは、NKK9810熱交換器用パイプの実施形式に具現された考案と同一性を失わない範囲内のものというべきである。そうすると、被控訴人による被控訴人パイプ及びこれを用いた被控訴人熱交換器の製造販売等は、先使用権に基づくものということができる。
なお、控訴人は、先使用権の成立する余地があるとしても、その範囲は、
せいぜい最小限のロー溜まり部を設けるという技術的思想に基づく考案に限られる旨主張するが、NKK9810熱交換器用パイプが、被控訴人パイプと異なり、
「最小限のロー溜まり部を設けるという技術的思想」しか有していないとはいえないから、上記主張は採用することができない。
3 結論 以上のとおり、控訴人の請求は理由がないから、これを棄却した原判決は相当であって、本件控訴は理由がない。
よって、本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法67条1項本文、61条を適用して、主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 長沢幸男
裁判官 宮坂昌利