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関連審決 無効2001-35140
関連ワード 技術的範囲 /  実施料相当額 /  権利濫用(権利の濫用) /  考案 /  図面 /  構造 /  進歩性(3条2項) /  新規性(3条1項) /  公然実施 /  きわめて容易 /  請求項 /  実施例 /  頒布 /  特定 /  請求の範囲 / 
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事件 平成 12年 (ワ) 11523号 実用新案権侵害差止等請求事件
原告 株式会社藤原辰次商店
訴訟代理人弁護士 溝上哲也
同 岩原義則
補佐人弁理士 鮫島武信
被告 株式会社カツイチ
訴訟代理人弁護士 牛田利治
補佐人弁理士 白石吉之
裁判所 大阪地方裁判所
判決言渡日 2002/03/28
権利種別 実用新案権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
1 被告は、別紙物件目録記載の各釣り針を製造し、販売し、又は販売のために展示してはならない。
2 被告は、その占有にかかる別紙物件目録記載の各釣り針を廃棄せよ。
3 被告は、原告に対し、金788万円及びこれに対する平成12年10月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
事案の概要
本件は、「釣り針」の考案の実用新案権者である原告が被告に対し、被告の販売する釣り針は同考案技術的範囲に属すると主張して、その製造等の差止めと損害賠償を請求した事案である。
1 争いのない事実等 (1) 原告は、次の実用新案権を有している(以下「本件実用新案権」といい、
その実用新案登録請求の範囲請求項1の考案を「本件考案」という。)。
考案の名称 釣り針 イ 登録番号 第2519056号 ウ 出 願 日 平成3年8月13日(実願平3-72265号) エ 公 開 日 平成7年11月28日(実開平7-44615号) オ 登 録 日 平成8年9月3日 カ 実用新案登録請求の範囲は、別紙実用新案登録公報(以下「本件公報」という。甲2)該当欄記載のとおりである。
(2) 本件考案の実用新案登録請求の範囲は、次のとおり分説するのが相当である(符合は省略)。
A 基端にチモト部を有した釣り針軸軸部を前方側に湾曲させて先端を釣先部とした釣り針において、
B 釣り針軸部が、上記チモト部と、その先端側に形成され巻回糸を巻き付けるための第1巻回用部と、この第1巻回用部の先端側に形成され上記の巻回糸端を巻き付けるための第2巻回用部とを備え、
C すくなくともこの第1巻回用部の前面に、出糸を受容する縦溝が、形成され、
D 第1巻回用部の前後方向幅が、第1巻回用部の左右方向幅及び第2巻回用部の前後方向幅より小さく設定され、
E 第2巻回用部の後面が、第1巻回用部の後面と連続する斜面を有してなる、
F 釣り針。
なお、「巻回糸」とは釣り針の軸部に巻き付ける部分の釣り糸のことであり、「出糸」とは、巻回糸から出て釣り竿に続くべき部分のことをいう(本件公報2欄11〜14行参照)。
(3) なお、原告は、本件考案に係る無効審判請求事件(無効2001-35140)において、特許庁に提出した平成13年8月25日付訂正請求書により、本件考案の実用新案登録請求の範囲における構成要件Eの部分を次のように訂正する旨の請求をした(下線部は訂正部分を示す。以下「本件訂正請求」という。)(甲27)。
E 第2巻回用部の後面が、第1巻回用部の後面と連続する斜面を有しており、この斜面の角度が45度以下である ことを特徴とする (4) 被告は、別紙物件目録記載の釣り針(商品名「K-1グレ」の3号ないし8号。以下「被告製品」という。)を製造、販売している。
被告製品は、構成要件A、C及びFの各構成を備えている。
被告製品の斜面形成部52が構成要件Bの「第2巻回用部」に当たるならば、
被告製品が構成要件Dを備えることは、当事者間に争いがない。
(5) 原告は、次の実用新案権を、存続期間が満了した平成10年9月29日まで有していた(以下「別件実用新案権」といい、その考案を「別件考案」という。)(甲13、乙1)。
考案の名称 つり針 イ 登録番号 第1787491号 ウ 出 願 日 昭和58年9月29日(実願昭58-151857号) エ 公 開 日 昭和60年4月23日(実開昭60-57977号) オ 公 告 日 昭和64年1月5日(実公昭64-53号) カ 登 録 日 平成元年9月12日 キ 実用新案登録請求の範囲は、次のとおりである。
「基端にチモト部を有したつり針軸部を前方向に湾曲させて先端を針先部としたつり針において、つり針軸部のつり糸巻付箇所の左右方向の幅を、該つり糸巻付箇所の前後方向の幅、及びつり針軸部における、つり糸巻付箇所に隣接した箇所の左右方向の幅よりも広く設け、この幅広に設けられたつり糸巻付箇所の腹面とチモト部腹面とに縦溝を連続して設けたことを特徴とするつり針。」 2 争点 (1) 被告製品は、構成要件Bの「第2巻回用部」との構成を備えているか。
(2) 被告製品は、構成要件Eの「第2巻回用部の後面が第1巻回用部の後面と連続する斜面を有してなる」との構成を備えているか。
(3) 権利濫用(明白な無効理由) 本件実用新案登録には明白な無効理由があり、本件実用新案権に基づく権利行使は権利濫用に当たるといえるか。
公然実施進歩性の欠如 ウ 文献公知による新規性の欠如 エ 本件訂正請求を前提にした無効理由 (4) 損害の発生及び額
争点に関する当事者の主張
1 争点(1)(「第2巻回用部」(構成要件B)の充足性)について 〔原告の主張〕 (1) 被告製品の切り込み筋形成部(51)の先端側に形成された斜面(52a)と平行面(52b)とからなる斜面形成部(52)は、巻回糸端を巻き付けるために存在するから、
構成要件Bの「第2巻回用部」に該当する。
(2) 被告は、巻回糸の巻き付け方法は決められており、被告製品の斜面形成部(52)には巻回糸が巻かれないと主張するが、次のとおり、巻回糸の巻き付け回数は、ハリスの号数と糸の太さ、釣り人の腕、習慣等多数の要素が絡み合って釣り人の個性によって決せられるのであって、巻回糸の巻き付け方法が決められているとの被告の主張は理由がない。
ア 巻回糸の巻回方法、巻回回数に関するホームページには、「5〜8回くらいが標準です」「それ以下だと弱いでしょう」と記載され、さらにチモト補強としてハリスと補強糸を二重に使う方法を紹介するもの(甲10)、「ハリスと軸を…5〜8回巻く」と記載されるもの(甲11)、「細いハリス(2号以下) 5回最低巻き付けましょう。」「太いハリス(3号以上) 4回は最低巻き付けて下さい。」と記載されるもの(甲12)があり、これらのホームページの記載は、巻回糸の巻回回数が一義的ではないことを示している。
イ 巻回糸の巻き付け方法、特に糸を何回巻くかという巻回糸の巻き付け回数の点に関しては、使用する人にとってそれぞれであり、むしろ、多く巻き付ける使用者が多い。釣雑誌(乙7)にも「ハリスは多く巻く方がよいと考えている方が多いと思いますが」と記載されている。
ウ 被告が証拠として挙げる釣雑誌(乙7〜13)や、市販されている釣り針の包装裏面(乙6の2)の記載は、いずれも、巻き付け回数に焦点を当てていないイラスト(乙6の2、8、11、12)、基本的な糸結びを紹介したにすぎないもの(乙7、9)、サルカン部分の編み付け方法に関する記載であって本件で問題となっている巻回糸の巻き付け回数ないし巻き付け方法を示したものではないもの(乙10)、巻回糸の巻き付け方法がこれ以外にあり得ないことを示すものではないもの(乙13)である。
エ 被告は、被告のカタログ(乙14)記載の模式図及び被告製品の現品包装(乙15の4)記載の模式図によれば、切り込み筋形成部(51)にのみ巻回糸が巻き付けられており斜面(52a)及び平行面(52b)には巻回糸は巻かれていないと主張するが、いずれの模式図も、被告製品の切り込み筋形成部(51)のみではなく、斜面(52a)の部分にまで巻回糸が巻かれていることを示している。
オ 被告は、釣り雑誌や被告製品の現品包装記載の模式図による指示のとおりに正しく巻回された結果を示すものとして、被告製品の写真(乙15〜25)を提出するが、被告製品における斜面形成部(52)に巻回糸が係らないように調整することは簡単であるから、同証拠は証明力がないというべきである。
カ 被告は、雑誌「釣紀行」(1993年9月号)に掲載された「がまかつ」の広告(乙39)においてギザ部分に糸を巻く趣旨の記載があると主張するが、同広告の趣旨は、ギザがあることで「結び目がズレて鈎の広がった耳」に当たらない利点があることを強調するものであって、ギザ部分に糸を巻く趣旨の広告ではない。
〔被告の主張〕 (1) 被告製品は、切り込み筋形成部(51)に一定回数だけ巻回糸を巻き付けるものであり、斜面(52a)と平行面(52b)とからなる斜面形成部(52)には巻回糸は巻かれないから、被告製品は構成要件Bの「第2巻回用部」との構成を備えていない。
(2) 被告製品の斜面形成部(52)に巻回糸が巻かれないことは、次の事実から明らかである。
ア 釣り人は、一定の方法により巻回糸を巻き付けるのであって、むやみに巻回糸を巻き付けるのではない。そのことは、釣雑誌(乙7〜13)に巻回糸の巻き付け方法の記載があることや、市販されている釣り針の包装裏面(乙6の2)には「何回、巻回するか」も示されているとおりである。
イ 被告のカタログ(乙14)記載の模式図において、切り込み筋にのみ巻回糸が巻き付けられており、斜面及び斜面の先端側には巻回糸は巻かれておらず、被告製品の現品包装(乙15の4)記載の模式図のとおり、被告製品の現品包装部分にも切り込み筋に一定回数だけ巻回糸を巻き付けることが購入者に指示されている。
ウ 釣り雑誌で一般に指示されている巻回方法により、かつ被告製品の現品包装記載の模式図による指示に従って、被告製品に巻回糸を正しく巻回すると、切り込み筋形成部(51)にのみ巻回糸が巻き付けられ、斜面(52a)及び平行面(52b)には巻回糸は巻かれない(乙15〜25)。
エ 雑誌「釣紀行」(1993年9月号)に掲載された「がまかつ」の広告(乙39)には「ギザがラインロック」という記載があり、これは、釣り針に形成されたギザ部分に糸を巻く趣旨である。
2 争点(2)(「第2巻回用部の後面が第1巻回用部の後面と連続する斜面を有してなる」(構成要件E)の充足性)について 〔原告の主張〕 (1) 被告製品の「第2巻回用部」に相当する斜面形成部(52)の後面は、「第1巻回用部」に相当する切り込み筋形成部(51)の後面(51a)と連続する斜面(52a)を有しているから、被告製品は、「第2巻回用部の後面が第1巻回用部の後面と連続する斜面を有してなる」(構成要件E)との構成を備えている。
また、被告製品の斜面(52a)は、切り込み筋形成部(51)の後面(51a)に対して45度以下の角度(α)となっており、本件訂正請求に基づく実用新案登録請求の範囲の「斜面の角度が45度以下である」との構成を前提にしても、被告製品は構成要件Eを備えている。
(2) 被告は、別紙「ハリスと段差の相関図」第2図のように、段差の高さAに比べて巻回糸の直径Bが大きく、そのため二重に巻かれるおそれが認められない態様の物件については、「斜面52aにより二重に巻かれることを解消している」ものではないから、そのような物件についてまで本件考案技術的範囲が及ぶものではないと主張する。
ア しかし、本件公報には、「第2巻回用部52の後面側は、斜面52aを有するため、2重になることなく、全体が綺麗に一重に揃った状態で巻回される。従って、従来のように糸が2重になった部分からずれるというおそれが解消される。」(5欄4〜8行)、「45度以上となると、一重に巻回していても、力が加わった際に2重になるという懸念が生ずる。又、前述のように、この実施例では、縦溝10は、第2巻回用部52の前面の部分においては徐々に浅くなり消滅しているため、縦溝10が消滅する部分で段差を生じない。このように、縦溝10が消滅する部分で段差を形成しないことにより、段差の部分で出糸が擦られ、糸が切れてしまうという懸念が解消されるものである。」(5欄10行〜6欄3行)と記載されており、被告が主張するように、巻回糸が二重巻きになるのは、段差の高さと巻回糸の直径の差が大きい場合を想定しているものではない。
イ 実際に、ハリス3号(直径0.285o)及び4号(直径0.330o)を使用して、段差の角度が38度、45度、48度、51度の場合に二重巻きになるか否かを検討したところ、いずれのハリスの太さにおいても、段差の角度が45度より大きい場合には、引っ張られたハリス(別紙「ハリスと段差の相関図」第2図におけるハリス1)が、段差の下にあるハリス(同第2図におけるハリス2)を乗り越えて二重巻きになる(甲39及び40の各3〜8)。
つまり、上記ハリス1がハリス2を乗り越える(ハリス2の上にハリス1が重なりあう)ためには、斜面とハリス1の接点から斜面の垂直方向に力を加える必要があるが、斜面の角度が45度より大きく垂直に近くなるほど、ハリス1に加わる斜面の垂直方向への力はハリス1を横へ引っ張る力と等しくなっていき、斜面の角度が45度より小さくなればなるほど、ハリス2の上にハリス1が重なりあうために必要な横へ引っ張る力は、より大きなものになることは明らかである。
したがって、斜面部分が二重巻き防止のために存在することは明らかである。
(3) 被告は、原告商品を使用して「内掛け本結び」及び「外掛け本結び」で結束しても二重巻きは生じないと主張するが、本件公報においても結束方法が特定されていないように、本件考案の作用効果は結束方法に関係するものではない。
〔被告の主張〕 (1)ア 本件考案は、従来技術における段差eの部分(本件公報図6参照)で糸が二重に巻かれてしまうことを解消するため、第2巻回用部の後面を第1巻回用部の後面と連続する斜面とし、巻回糸が第1巻回用部と第2巻回用部との双方に一重に連続して巻回されるようにし、これにより、二重に巻かれた部分から基端方向に糸がずれてしまうおそれを解消したものである。
そうすると、本件考案は、「斜面により、巻回糸が第1巻回用部と第2巻回用部との双方に一重に連続して巻回され二重に巻かれた部分から基端方向に糸がずれてしまうおそれを解消している」という構造の対象物件につき技術的範囲が及ぶものであるから、「斜面」とは、そうした構造の対象物件について「二重に巻かれることを解消するもの」を意味すると解すべきであり、段差の高さとの相対的な関係で巻回糸が太く、そのため二重に巻かれるおそれが認められない態様の物件については、「斜面により二重に巻かれることを解消している」ものではないから、そのような物件についてまで技術的範囲が及ぶものではない。
イ すなわち、巻回糸が二重巻きになるのは、別紙「ハリスと段差の相関図」第1図のように、段差Aの高さとハリスの直径Bの差が大きい場合であり、この場合にはハリス1の部分がハリス2の上に崩れて落ちて二重巻きとなる(本件公報図6参照)。同別紙第1図のハリス1がハリス2の上に崩れ落ちれば、もともとハリス1の部分は針の太い部分で巻いたものであるから、崩れ落ちたハリス1の部分(ハリス2の上)で巻回糸がゆるみ、巻回糸が針からすっぽ抜けてしまうおそれがある。このような巻回糸の緩みによるすっぽ抜けをもたらすような二重巻きを防止するのが本件考案の目的である。
ウ しかしながら同別紙第2図のように段差Aの高さがハリスの直径Bよりも小さい場合は、ハリス1の部分がハリス2の上に崩れ落ちないから二重巻きとはならない。
同第2図の場合、ハリス2の上にハリス1の一部が重なっているが、これは同別紙第3図のように斜面を45度以下の斜めにしても起きる現象である。このようなものは本来ハリス1の位置で巻いており、ハリス2の上に崩れ落ちたものではなく、巻回糸の緩みによりすっぽ抜けを誘発するものではないから、同第2図、
同第3図の場合は、二重巻きになっているものではない。
(2) 被告製品の段差の高さは、3号が0.0875o、4号が0.098o、5号が0.1185o、6号が0.0925o、7号が0.094o、8号が0.098oである。被告製品に通常使用されるハリスは1.5号程度であるが、ハリス1号の直径は0.165o、ハリス1.5号の直径は0.205oであるところ、これらの直径は上記の段差の高さを優に上回っている。
したがって、被告製品に通常使用される巻回糸を巻いた状態は、段差の高さと相対的な関係で巻回糸が太く、斜面(52a)に相当する部分が段差状態になっていたとしても、巻回糸が二重に巻かれるような構造のものではないから、被告製品は、
巻回糸の二重巻きを解消する「斜面」の構成を備えていない。
(3) 原告が「段差があると二重巻きになる」として提出した、二重巻きの状態を示す写真(甲16の1、18の1、20の1)やこれに対応する現品の二重巻きは、@巻かれた糸と糸の間に大きな隙間があり、また糸がチモト部4にまで密着して巻かれていないこと、A二重巻きとなっている位置がバラバラであり、真に段差の部分でその影響で二重巻きになったものかどうか不明であること、B原告の旧製品「金伊セ尼11号」を使用して一般的な「内掛け本結び」や「外掛け本結び」で結束しても二重巻きは何ら発生せず、一般的な結束方法ではない「小魚鉤結び」で同釣り針を結束した場合、凸部を生じるものの斜面の有無や位置とは関連性がなく、これらの凸部は「小魚鉤結び」固有の特徴から生じるものと考えられることからすれば、作為的に二重巻きの状態を作出したものというべきである。
3 争点(3)(権利濫用(明白な無効理由))について 〔被告の主張〕 本件実用新案登録には以下のとおり明白な無効理由があり、本件実用新案権に基づく権利行使は権利濫用に当たる。
(1) 公然実施について 原告が、別件実用新案権の公開番号(実開昭60-57977号)を示す「実用新案No.57977」の表示を付して販売してきた一連の製品があり、同製品は本件考案の構成要件をすべて備えている。
同製品に、公開番号のみが付され公告番号や登録番号が付されていないということからすれば、同製品は公告日(昭和64年1月5日)より以前に販売されたことが推認できる。
そうすると、本件考案の出願日(平成3年8月13日)以前において、本件考案公然実施されたことになり、本件実用新案登録には明白な無効理由(実用新案法3条1項2号37条)が存する。
(2) 進歩性の欠如について ア 本件考案の構成要件AないしDは、本件考案出願前の公知文献である別件実用新案公報に記載されている。
イ 本件考案のうち、別件考案に記載がないのは構成要件E(第2巻回用部の後面が、第1巻回用部の後面と連続する斜面を有する)にすぎないところ、この構成は、本件考案出願前に頒布された次の(ア)〜(ウ)の各文献に記載されている。
(ア) 1984年(昭和59年)に頒布された株式会社がまかつ発行のカタログ(乙3)の23頁に記載の釣り針「HHHがまひらす(撞木)」のNo.15(以下「乙3釣り針」という。) (イ) 1991年(平成3年)に頒布された森源釣漁具株式会社発行のカタログ(乙4)の46頁に記載の「No.52 TOP小鯛針」(なお、同カタログは、
本件考案出願日(平成3年8月13日)以前に頒布された可能が高いものである。)(以下「乙4釣り針」という。) (ウ) 平成2年10月1日に頒布された大陸書房発行の雑誌「釣情報」(乙5)に記載の原告製造に係る「船マダイ8号」及び「グレ10号」(以下「乙5釣り針」という。) ウ そうすると、別件公報の技術を元に、その第2巻回用部の後面と第1巻回用部の後面との間の段差を解消して該部分を斜面にすることは、当業者にとってきわめて容易である。なお、該部分を斜面にすることは公知というより周知技術であるともいえる。
よって、本件実用新案登録には明白な無効理由(実用新案法3条2項37条)が存する。
(3) 文献公知による新規性の欠如について ア 本件考案の出願日前である以下の刊行物には、「第2巻回用部の後面が、
第1巻回用部の後面と連続する斜面を有してなる」(構成要件E)の構成を含む本件考案のすべての構成要件を備えた釣り針が記載されている。
(ア) 平成元年10月15日に頒布された刊行物である「釣紀行 別冊シリーズE」(乙35の1〜10)の38頁及び39頁に記載された原告製品「MARUTA KINRYU」の写真(なお、原告の最近のカタログ(乙36の1〜4)の6頁及び7頁に記載されている原告製品「MARUTA KINRYU」が、本件考案の構成要件をすべて備えているものであるが、同写真に記載された釣り針と、本件考案の出願日前の上記刊行物に記載の釣り針とは、その形状において酷似している。) (イ) 平成2年10月1日に頒布された雑誌「つり情報 10月1日号」に記載された原告製品「MARUTA KINRYU」の写真(乙5、37の1〜5)(不鮮明であるが、乙35の1〜10による新規性欠如を証する補助的証拠になる。) イ 上記のとおり、本件考案の出願日前の原告製品「MARUTA KINRYU」が「第2巻回用部の後面が、第1巻回用部の後面と連続する斜面を有してなる」(構成要件E)との構成を備えていることは、釣り針の成形過程におけるプレス成型により「連続する斜面」が必然的に生じるものと考えられることからも明らかである。
ウ したがって、本件実用新案登録には明白な無効理由(実用新案法3条1項3号37条)が存する。
(4) 本件訂正請求を前提にした無効理由について ア 本件訂正請求により、仮に構成要件Eの斜面について「斜面の角度が45度以下である」と訂正されたとしても、本件考案出願前の別件考案の実施品であるとして原告が提出した「伊セ尼11号」(検甲16)の斜面の角度は32度ないし31.3度(乙41の2、50)、「白真鯛12号」(検甲15)の同角度は40度(乙53の2)、「マダイ12号(旧)」(検甲18)の同角度は40度以下(乙54の2)であるから、いずれも同斜面が45度以下であることは明らかである。
したがって、訂正後の実用新案登録請求の範囲を前提としても、新規性を具備するものではなく、本件実用新案登録には明白な無効理由が存する。
イ 原告は、本件考案出願前の製品として「伊セ尼11号」(検甲16)を提出した後に、同釣り針は本件考案出願後の本件考案の実施品(以下「本件実施品」という。)であり、「金伊セ尼11号」(検甲28)が本件考案出願前の製品(以下「別件実施品」という。)であると主張する。
しかし、@「金伊セ尼11号」(検甲28)は「伊セ尼11号」(検甲16)とは外形形状が異なること、A原告は「伊セ尼11号」(検甲16)と同様の外形形状を有する釣り針について、本件実施品であるとしてその斜面の角度の測定結果が53度であったとする書証(甲18の2〜4)を提出しているが、同書証に示された釣り針が本件考案出願後の本件実施品であるならば、その測定図面を作成する際に直ちに誤信に気づいたはずであること、Bそうすると、「伊セ尼11号」(検甲16)の斜面の測定結果は実際は24度であるにもかかわらず、事実に反して53度と表現したことになること、Cしかも、原告は、本件考案出願前の「伊セ尼11号」において段差の部分で二重巻きが起こったとする写真を証拠として提出するが(甲18の1)、もし同「伊セ尼11号」が本件実施品であれば二重巻きは起きないはずであることからすれば、「伊セ尼11号」(検甲16)が別件実施品ではなく本件実施品であるとの原告の主張は理由がない。
〔原告の主張〕 (1) 公然実施について ア(ア) 「実用新案No.57977」と記載されたラベル(乙2)は、その針の号数の箇所がスタンプで記入されており、印刷されたものではないこと、原告が平成2年12月20日に「H-LINEラベル、チヌ(メジナ)」の号数を印刷した仕様のものを注文していることからすると、同ラベルは平成2年12年20日以前に製造されたものと思われる。
しかし、ラベルは、商品販売の継続性からそのデザインは大きく変更することはなく、ラベルの注文が一定の数量を単位とするものであるので、中身の釣り針が入れ替わっても、ラベルが残っている間は、そのまま以前のラベルを用いて商品として販売している。
そのため、「実用新案NO.57977」が表示されたラベルと本件考案に係る釣り針が同時に梱包されていることも十分にあり得る。実際にも、現在の原告のカタログ(甲6)において「PAT.NO.57977」という公開番号が付されたラベルの商品が販売されている。
(イ) また、被告は平成13年1月25日に「実用新案出願済」と記載されたラベル(乙27)の付された釣り針を購入したとのことであるが、同ラベルの記載から、同釣り針が別件考案の出願公開日(昭和60年4月23日)より以前に市場で販売されたものであるとすると、同釣り針は約16年間も売れずに小売店で残っていたということになって不自然である。
(ウ) したがって、ラベルと商品とは必ずしも一致するものではない。
イ 原告において、本件考案に係る構成要件を具備した製品を発売したのは、本件考案の出願日である平成3年8月13日以降、しばらくしてのことである。別件考案及び本件考案は、代理人である弁理士を通じて出願しており、原告が、出願前に本件考案に係る商品を販売していることは到底考えられない。
ウ したがって、被告の主張は理由がない。
(2) 進歩性の欠如について ア 乙3釣り針について 乙3釣り針における、被告が「第2巻回用部の後面と第1巻回用部の後面と連続する斜面」であるとする部分は、本件考案のチモト部に該当するものであり、同部分から第1巻回用部が始まる。このことは、乙3釣り針のラベルに記載された「小物鈎の結び方」の説明書記載のとおりである。
したがって、乙3釣り針は、「第2巻回用部の後面が、第1巻回用部の後面と連続する斜面」(構成要件E)との構成を有していない。
イ 乙4釣り針について 乙4釣り針が記載された1991年(平成3年)版のカタログが、一般的に「年度の初めに頒布される」といえるものではないから、本件考案出願日(平成3年8月13日)以前に頒布されたことの立証は充分ではない。
仮に、同カタログが本件考案出願日以前に頒布されたものであるとしても、乙4釣り針の現物がない以上その構造を確認することはできない上、乙4釣り針は、乙3釣り針と同じ「撞木釣り針」であって、被告が「第2巻回用部の後面と第1巻回用部の後面と連続する斜面」であるとする部分が終わったところから第1巻回用部が始まるものと考えられるから、乙4釣り針が構成要件Eを備えていないことは明らかである。
ウ 乙5釣り針について 乙5釣り針の掲載雑誌は、10年以上も前に発行されたものであり、その現物はなく、構造を確認することはできない。
しかし、原告は、本件考案出願後に本件考案に係る製品の販売を開始しているので、乙5釣り針は、従来の第1巻回用部の後面と第2巻回用部の後面とが連続する斜面が段差となったものであったから、構成要件Eを備えていない。
エ したがって、被告の主張は理由がない。
(3) 文献公知による新規性の欠如について ア 被告は、本件考案の出願日前である以下の刊行物(乙35の1〜10、
乙37の1〜5)や、原告の最近のカタログ(乙36の1〜4)の掲載写真との比較から、「第2巻回用部の後面が、第1巻回用部の後面と連続する斜面を有してなる」(構成要件E)の構成を含む本件考案のすべての構成要件を備えた釣り針が記載されていると主張するが、撮影や印刷の過程での精度、写真の修正、印刷物自体の修正、印刷に必然的に生じるズレ等を勘案すると、上記刊行物から「連続する斜面」を有する製品が存在したと判断することはできない。
イ また、釣り針の成形過程におけるプレス成型により「連続する斜面」が必然的に生じるものとの所見は、被告補佐人の推測にすぎない。
ウ したがって、被告の主張は理由がない。
(4) 本件訂正請求を前提にした無効理由について ア 被告は「白真鯛12号」(検甲15)の斜面の角度が40度であると主張するが、この測定には信用性がなく、原告が測定したところによれば、すべて斜面の角度が45度以上であった。
また、被告は「マダイ12号(旧)」(検甲18)の斜面の角度が40度以下であると主張するが、同釣り針は旧商品であり、その角度が40度以下であることはあり得ない。
イ 原告が提出した「伊セ尼11号」(検甲16)は、別件考案の実施品とはいえるものの、段差との関係では本件考案の実施品であることは明らかであり、
その製造時期は平成7年末ころであるから、同「伊セ尼11号」が本件考案出願前のものであることを前提とした被告の主張は理由がない。
ウ 被告は、原告が本件実施品であるとしてその斜面の角度を測定した書証(甲18の2〜4)における測定対象が、その外形形状の寸法から判断すると「伊セ尼11号」(検甲16)の釣り針であると主張するが、その外形の寸法からすれば、むしろ甲18の2〜4の図面は「金伊セ尼11号」(検甲28)と同じないし近い寸法である。
エ したがって、被告の主張は理由がない。
4 損害の発生及び額 〔原告の主張〕 (1)ア 被告は、本件考案の登録日(平成8年9月3日)から形成11年11月ころまでの間に、株式会社五洋産業に対し、被告製品の3号〜8号の仕掛品の製造を委託し、少なくとも各号数当たりの製造最小単位である線材一丸(約40s)から製造された仕掛品を仕入れ、これを製品として完成させて被告製品を製造し、販売した。各号数当たりの製造本数、及びこれを15本にまとめた袋の個数は、次のとおりである。
(ア) 釣り針3号 約53万本(3万5333袋) (イ) 〃 4号 約50万本(3万3333袋) (ウ) 〃 5号 約47万本(3万1333袋) (エ) 〃 6号 約41万本(2万7333袋) (オ) 〃 7号 約37万本(2万4666袋) (カ) 〃 8号 約30万本(2万0000袋) 上記、(ア)〜(カ)の合計は、約258万本(17万2000袋)となる。
イ 被告製品15本入り1袋当たりの販売価格は、釣り針の号数に関わらず1袋200円である。
また、本件実用新案権の実施料率は、本件考案に係る商品が商品自体の単価が安い釣り針であり、釣り針に求められる技術的工夫が少ない中で、本件考案は、出糸の位置ずれ及び緩み防止という主要な技術的工夫に係るものであることからすると、その実施料率は販売価格の少なくとも2割を下らない。
そうすると、被告が被告製品258万本(172,000袋)を製造販売したことに対し受けるべき実施料相当額は、688万円(17万2000袋×200円×0.2)となる。
ウ 原告は、被告に対し、実用新案法29条3項に基づき金688万円の損害賠償を請求する。
(2) 原告は、被告による本件実用新案権の侵害行為により、本件訴訟手続を遂行することを余儀なくされたが、被告の本件実用新案権侵害行為と相当因果関係にある弁理士費用・弁護士費用相当額の損害は、少なくとも金100万円を下らない。
〔被告の主張〕 原告の主張は争う。
争点に対する判断
1 争点(2)(「第2巻回用部の後面が第1巻回用部の後面と連続する斜面を有してなる」(構成要件E)の充足性)について (1) 本件考案の実用新案登録請求の範囲の記載によれば、本件考案の釣り針は、チモト部の先端側に巻回糸を巻きつけるための第1巻回用部と第2巻回用部とを備えているところ、構成要件Eは「第2巻回用部の後面が、第1巻回用部の後面と連続する斜面を有してなる」と規定する(なお、本件訂正請求後の実用新案登録請求の範囲によれば、構成要件Eの斜面の角度が「45度以下である」とされている。)。
上記の「斜面」とは、「第1巻回用部の前後方向幅が、第2巻回用部の前後方向幅より小さく設定され」る(構成要件D)ことにより、第1巻回用部と第2巻回用部の後面に生じた一定の高低差を、垂直な面ではなく斜めになった面で連続して結ぶことを意味するものと解される。
しかしながら、本件実用新案登録出願前の公知の釣り針においても、釣り針の軸部の高低差を完全に垂直な面で結ぶものではなく、一定の角度を有した斜面で結んでいることからすると(例えば、本件実用新案登録出願前である1989年(平成元年)10月15日第一刷の刊行物である「釣紀行 別冊シリーズE」(乙35の1〜10)に記載された原告の製品「MARUTA KINRYU」)、釣り針の軸部の高低差が生じた場合において、完全に垂直な面ではなく何らかの斜面で結ぶことになることが通常であると考えられる。したがって、本件考案の構成要件Eの「斜面」についても、いかなる「斜面」であってもよいのか、それとも、本件考案が目的とする一定の作用効果を有する「斜面」に限定して解すべきなのかについて、さらに検討する必要がある。
(2) そこで、本件公報の【考案の詳細な説明】の項を検討する(甲2)。
ア 【従来の技術】の項には、「一般に釣り針は、基端にチモト部を有した釣り針軸軸部を前方側に湾曲させて先端を針先部としたもので、釣り糸を括り付けて使用される。この釣り糸は、軸部に巻き付ける部分(以下、巻回糸という)と、
この巻回糸から出て釣り竿に続くべき部分(以下、出糸という)とからなり、チモト部の基端側の軸部前面に出糸を沿わせて、巻回糸を巻き付けることにより、出糸の固定を行っている。ところが、この出糸は往々にしてずれる場合があり、又、巻回糸が回ってしまいすっぽ抜ける場合がある。そこで、これを解決するために、本願出願人は、実公昭64-53号の考案(別件考案)に関して実用新案登録を取得した。この考案は、チモト部の基端側の軸部前面に出糸を受容する溝を設けると共に、巻回糸を巻回する部分の軸部形状を偏平なものとしたことを要旨とする。これにより、出糸のずれを防止し、且つ、巻回糸が回ってすっぽ抜けてしまうことを防止したものである。」(本件公報2欄9行〜3欄9行)と記載されている。
イ 【考案が解決しようとする課題】の項には、「ところが、この考案に係る釣り針の場合、図6に示すように、巻回糸aを巻回する部分cの軸部形状を偏平なものとしたことにより、これに隣接する部分dとの間に段差eが生じてしまう。
そして、巻回糸a端は、往々にして、隣接する部分dまで巻回されることがあり、
しかも、この段差eの部分で二重に巻かれてしまう。その結果、二重に巻かれた部分から基端方向(図6中の矢印方向)に糸がずれてしまい、ひいては、巻回糸全体の緩みが生じてしまうおそれがある。」(3欄11〜20行)と記載されている。
ウ 【課題を解決するための手段】の項には、本件考案は、基端にチモト部4を有した釣り針軸軸部3を前方側に湾曲させて先端を針先部1とした釣り針において、本件考案の各構成要件を備えるものを提供することにより、上記課題を解決するものと記載されている(3欄22〜37行)。
エ 【作用】の項には、「この釣り針においては、出糸bを受容する縦溝10が形成されていると共に、この第1巻回用部51の前後方向幅が、第1巻回用部51の左右方向幅及び第2巻回用部52の前後方向幅より小さく設定されているため、巻回糸が回ってしまうおそれがなく、出糸は常に縦溝10内に位置してずれることがない。しかも、第2巻回用部52の後面が、第1巻回用部51の後面と連続する斜面52aを有してなるため、巻回糸aが第1巻回用部51と第2巻回用部52との双方に一重に連続して巻回され、これにより、二重に巻かれた部分から基端方向(図6中の矢印方向)に糸がずれてしまうおそれを解消し、緩みのない巻回糸aによる締付を実現し得る。」(3欄44行〜4欄5行)と記載されている。
オ 【実施例】の項には、この釣り針に釣り糸を装着した状態の説明として「巻回糸bは、第1巻回用部51と第2巻回用部52とに巻回される。このとき、
第2巻回用部52の後面側は、斜面52aを有するため、2重になることなく、全体が綺麗に一重に揃った状態で巻回される。従って、従来のように糸が2重になった部分からずれるというおそれが解消される。尚、斜面52aの角度は自由であるが、ずれを確実に防止するためには、45度以下とすることが望ましい。即ち、45度以上となると、一重に巻回していても、力が加わった際に2重になるという懸念が生ずる。」(5欄3〜12行)と記載されている。
カ 【考案の効果】の項には、「以上、本願の第1の考案は、出糸の位置がずれることを防止すると共に、巻回糸を常に一重に揃えて巻回できる釣り針を提供し、糸ずれにより巻回糸全体の緩みが生じてしまうおそれを解消した釣り針を提供し得たものである。」(5欄42〜46行)と記載されている。
(3) 上記の考案の詳細な説明からすれば、本件考案の作用・効果は、チモト部の基端側の軸部前面に出糸を受容する溝を設けるとともに、巻回糸を巻回する部分の軸部形状を偏平なものとしたことを特徴とする実公昭64-53号の従来技術(別件考案)では、巻回糸を巻回する部分と隣接する部分との間に段差が生じることにより、隣接する部分まで巻回された巻回糸が段差eの部分で二重に巻かれてしまい、この二重に巻かれた部分に糸ずれが生じ、ひいては、巻回糸全体の緩みが生じてしまうおそれがあることから、かかる課題を解決するため、第2巻回用部の後面が第1巻回用部の後面と連続する斜面を有してなるとの構成を採ることにより二重巻きを生じさせず、糸がずれて巻回糸に緩みが生じるおそれを解消するところにあると認められる。
上記事実によれば、構成要件Eにいう「第2巻回用部の後面が第1巻回用部の後面と連続する斜面」とは、このような二重巻きのおそれが生じるような「段差」を解消すべく設けられた斜面をいうものと解すべきである。この観点から、第1巻回用部と第2巻回用部の間に、どの程度の段差(高低差)であれば二重巻きのおそれが生じるものであるかについて、さらに検討する。
(4)ア 本件公報の従来例を示す要部拡大側面図の図6には、第2巻回用部の後面と第1巻回用部の後面との間に巻回糸の直径程度の段差を有する釣り針が記載され、同段差部分に近接する巻回糸部分が二重巻き状態になっている状況が示されている。
イ また、別件実用新案公報(乙1)の第2図には、チモト部の下部の釣り糸巻付箇所と、さらにその下部の軸部との間に段差が設けられた釣り針が記載され、同段差は、巻回糸の直径と概ね等しい高さになっている状況が示されている。
ウ さらに、本件考案出願前の別件考案の実施品であることにつき当事者間に争いのない「白真鯛12号」(検甲15)の斜面の角度は、被告の依頼により株式会社ニッテクリサーチが100倍の拡大図に基づいて測定した結果によれば40度(乙53の1・2)、原告が同拡大図に基づいて測定した結果によれば46度(甲43)であることが認められる。上記各書証によれば、株式会社ニッテクリサーチによる測定は、斜面近傍の第1巻回用部の角度を基準として測定しているのに対し、原告による測定は、斜面からチモト部の方に向かってハリスの直径以上に離れた位置における第1巻回用部の角度を基準として測定していることが認められるが、上記のとおり、構成要件Eの斜面は第1巻回用部と第2巻回用部との高低差により生じる二重巻きを防ぐためのものであることからすると、株式会社ニッテクリサーチのように、斜面近傍の第1巻回用部の角度を基準として測定するのが相当と解される。
そして、上記拡大図から第2巻回用部の後面と第1巻回用部の後面との間の高低差を測定すると、概ね0.16oから0.17o程度であることが認められる。
また、甲36によれば、12号の釣り針に用いるハリスは細いもので1.5号、太いもので5号であり、乙43の2及び乙48の4によればハリス1.5号の直径は0.205o、ハリス5号の直径は0.370oであることが認められる。
エ なお、原告は、本件考案出願前の実施品においては、段差の部分でハリスが二重巻きになると主張し、二重巻きになった状態を示す証拠として甲16の1、甲18の1、甲22、検甲18、20、検甲24の1を提出するが、他方で原告は、上記証拠のうちの甲18の1、検甲20に用いられている釣り針と同じものと推認できる「伊セ尼11号」(検甲16)は本件考案の実施品であったと主張するに至ったものであり、これは、原告が本件考案の実施品であり、二重巻き防止の効果があるとする製品についても、巻き方によっては二重巻きの状態が発生することを推定させるから、結局、上記各証拠は、原告が作為的に二重巻きの状態を作出したものである可能性を否定できないというべきであって、上記各証拠に基づく原告の主張は理由がない。
オ そうすると、本件考案が第2巻回用部の後面と第1巻回用部の後面との間の高低差に連続する斜面を斜面を設けて二重巻きを防止することを目的としている高低差とは、本件公報の従来例を示す図6や別件実用新案公報の第2図に示されるように、当該釣り針に通常用いられるハリスの直径程度の高低差をいうと解すべきであり、それより高低差が低い場合(例えば、別紙「ハリスと段差の相関図」第2図に示されるような場合)に、そうした高低差が原因となって巻回糸が二重巻きの状態になることを示す証拠はない。
したがって、構成要件Eの「斜面」とは、第2巻回用部の後面と第1巻回用部の後面との間に存在する、当該釣り針に通常用いられるハリスの直径程度の高低差を解消するため、第1巻回用部の後面から第2巻回用部の後面にかけて設けられた連続する斜面をいうと解すべきである。
仮に、上記のように解さないとすれば、本件考案出願前の別件考案の実施品である「白真鯛12号」(検甲15)のように、第1巻回用部の後面と第2巻回用部の後面との間にあるハリスの直径より低い高低差を解消すべく斜面が設けられた別件考案の技術をも含んでしまうことになり、無効理由を含むことになってしまうことになる。
なお、原告は、本件訂正請求により構成要件Eの「斜面」について「角度が45度以下である」との構成を付加しているが、上記のとおり、本件考案出願前に公知である「白真鯛12号」(検甲15)の斜面の角度は40度であり、45度以下の範囲に含まれるから、本件訂正請求に基づく実用新案登録請求の範囲を前提にしても、上記のように解釈すべきことに変わりはない。なお、原告の測定結果(甲43)による「白真鯛12号」(検甲15)の斜面の角度46度を前提としても、本件訂正請求による「角度が45度以下」との構成と46度との差は1度にすぎず、この1度の差異に格別の効果は見い出し難く、上記の解釈が同様に当てはまるというべきである。
(5)ア 証拠(乙43〜47の各1〜3、乙48の1〜4)によれば、被告製品の3号〜8号の拡大図からその切り込み筋形成部(51)と斜面形成部(52)の後面の高低差を測定したところ、3号が0.0875o、4号が0.098o、5号が0.1185o、6号が0.0925o、7号が0.094o、8号が0.098oであることが認められる。
なお、甲20の3によれば、原告は、被告製品の8号について、その巻回用部の後面の斜面を、別件考案における欠点とされていた「段差」に加工したところ、その段差が0.2oであったことが示されているが、上記加工の結果が同釣り針の高低差を適正に再現しているか否かが必ずしも明らかではなく、上記の拡大図から求めた高低差の測定結果を覆すには足りないものというべきである。
イ また、上記被告製品に一般的に用いられるハリスの直径は、「スポーツニッポン」に掲載された釣り関連記事の記載(乙49の1〜4)によれば、被告製品の5〜6号ではハリス1.5号、あるいはハリス1.5〜1.7号を用いるものとされている。
市販されているハリス付き釣り針のカタログ(株式会社オーナーばり製作のもの(甲36)、がまかつ製作のもの(甲37))によれば、グレ用釣り針に用いられるハリスの号数は、次のとおりであることが認められる。
そうすると、被告製品に一般的に用いられるハリスの太さは、被告製品の4号ではハリス1号、同5号ではハリス1号〜1.5号、同6号ではハリス1.5号〜2号、同7号ではハリス1.5号〜2.5号、同8号ではハリス2号〜3号と認めるのが相当である。
ウ さらに、証拠(乙43〜47の各1〜3、乙48の1〜4)によれば、
ハリス1号の直径は0.165o、同1.5号の直径は0.205o、同2号の直径は0.235o、同2.5号の直径は0.260o、同3号の直径は0.285o、同4号の直径は0.330o、同5号の直径は0.370号であることが認められる。
エ 以上をもとに、被告製品の高低差と、それぞれの釣り針に一般的に用いられるハリスの直径をまとめると以下のとおりとなる(なお、被告製品の3号に用いる標準的なハリスの号数を示す証拠はないが、証拠上表れた最も細いハリス1号を標準的なハリスと仮定した。)。
(6) そうすると、被告製品の切り込み筋形成部(51)と斜面形成部(52)の高低差は、いずれの号数においても、その釣り針に用いる一般的なハリスの直径を大きく下回るものであり、概ねハリスの直径の2分の1程度である。高低差とハリスの直径が最も近い値を示すものでも、被告製品の5号の高低差0.1185oに対しハリス1号の直径が0.165oであるが、この場合でも、高低差はハリス直径の約70%程度の高さであるにすぎない。
したがって、被告製品は、第2巻回用部の後面と第1巻回用部の後面との間の、当該釣り針に通常用いられるハリスの直径程度の高低差に設けられた連続する「斜面」(構成要件E)を有しないというべきであり、このことは、本件訂正請求に係る実用新案登録請求の範囲を前提としても変わるものではない。
2 以上によれば、被告製品は本件考案技術的範囲に属しないから、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がない。
追加
(別紙)物件目録1名称商品名「K-1グレ」2号数3号ないし8号3図面の説明図面は、「K-1グレ」のうち、号数7号を図示したもので、図示中、谷部分を数えた切り込み筋(6)の数は、3号から6号は3本、7号及び8号は4本であるが、その他は同じである。なお、切り込み筋(6)の本数の数え方については、切り込みによって形成されない切り込み筋両端の凹部分も数として数えると、3号から6号は5本、7号及び8号は6本となる。
第1図は「K-1グレ」の正面図第2図は「K-1グレ」の背面図第3図は「K-1グレ」の右側面図第4図は第3図の要部拡大図第5図は第1図のA-A線拡大断面図第6図は第1図のB-B線拡大断面図1針先2腰部3釣り針軸部4チモト部5巻回用部6切り込み筋51切り込み筋形成部51a切り込み筋形成部の後面52斜面形成部52a斜面52b平行面x1A-A線部の左右方向幅y1A-A線部の前後方向幅x2B-B線部の左右方向幅y2B-B線部の前後方向幅4構造の説明「K-1グレ」の釣り針は、基端にチモト部(4)を有した釣り針軸部(3)を前方に湾曲させて腰部(2)を形成すると共に、その先端に針先(1)を形成したものである。
釣り針軸部(3)は、上記チモト部(4)と、この先端側に配位された巻回用部とを備える。チモト部(4)の先端側には、切り込み筋形成部(51)と、この切り込み筋形成部(51)の先端側に形成された斜面(52a)と平行面(52b)とからなる斜面形成部(52)とを備える。
切り込み筋形成部(51)の前面から斜面形成部(52)の基端側の前面にかけては、
出糸を受容する縦溝(10)が形成されている。切り込み筋形成部(51)の左右両側面には、複数本の切り込み筋(6)が形成されている。
切り込み筋形成部(51)の前後方向幅(y1)は、切り込み筋形成部(51)の左右方向幅(x1)及び斜面形成部(52)の前後方向幅(y2)より小さい。斜面形成部(52)の前後方向幅(y2)は、斜面形成部(52)の左右方向幅(x2)と等しい。
斜面形成部(52)の後面は、切り込み筋形成部(51)の後面(51a)と連続する斜面(52a)を有しており、この斜面(52a)は、切り込み筋形成部(51)の後面(51a)に対して45度以下の角度(α)となっている。この斜面(52a)により、斜面形成部(52)の断面は、切り込み筋形成部(51)の偏平な断面形状から円形の断面形状にまで徐々に変化している。
第1〜6図(別紙)ハリスと段差の相関図
裁判長裁判官 小松一雄
裁判官 阿多麻子
裁判官 前田郁勝