運営:アスタミューゼ株式会社
  • ポートフォリオ機能


追加

関連ワード 技術的範囲 /  構成要件充足性 /  損害額 /  権利濫用(権利の濫用) /  考案 /  図面 /  構造 /  進歩性(3条2項) /  新規性(3条1項) /  公然実施 /  請求項 /  容易に想到 /  公知技術 /  頒布 /  明細書 /  請求の範囲 / 
元本PDF 裁判所収録の全文PDFを見る pdf
元本PDF 裁判所収録の別紙1PDFを見る pdf
事件 平成 13年 (ワ) 6797号 実用新案権侵害差止請求事件
原告 有限会社フジヨシ電機
訴訟代理人弁護士 小柴文男
補佐人弁理士 田辺良徳
被告 株式会社高橋工業
訴訟代理人弁護士 熊倉禎男
同 吉田和彦
同 渡辺光
補佐人弁理士 北村博
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2002/11/28
権利種別 実用新案権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は,原告の負担とする。
事実及び理由
原告の請求
1 被告は,別紙物件目録1,2記載の配電盤防護装置を製造し,譲渡し,貸し渡し,譲渡若しくは貸渡しの申出をしてはならない。
2 被告は,原告に対し,4320万円及びこれに対する平成13年4月13日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
事案の概要
原告は,配電盤防護装置に関する考案の実用新案権者であるが,被告の製造販売に係る2種類の配電盤防護装置は原告の実用新案登録に係る考案技術的範囲に属するとして,被告に対しその製造販売等の差止め及び損害賠償を求めている。
これに対し,被告は,被告の製造販売する配電盤防護装置は原告の考案技術的範囲に属しない,そうでないとしても原告の考案に係る実用新案登録には明らかな無効理由があり,原告の権利行使は権利の濫用に当たると主張して,原告の請求を争っている。
1 当事者間に争いのない事実 (1) 原告の実用新案権 原告は,下記の実用新案権を有している(以下「本件実用新案権」といい,この権利に係る登録を「本件実用新案登録」という。)。
実用新案登録番号 第3045023号 出願日 平成9年7月2日 出願番号 実願平9-6221号 登録日 平成9年10月29日 考案の名称 配電盤防護装置 (2) 実用新案登録請求の範囲 本件実用新案登録出願に係る考案明細書(以下「本件明細書」という。
本判決末尾添付の登録実用新案公報〔甲2〕参照)の「実用新案登録請求の範囲」の記載は次のとおりである(以下,請求項1の考案を「本件考案1」などと略称し,請求項1ないし4の各考案を併せて「本件考案」という。)。
請求項1】 ねじりコイルバネの弾発力を利用して,そのねじりコイルバネの付勢力の蓄積と開放復元とにより,防護シートの引出し伸張及び巻取り収納を行う巻取り機構を防護本体内に収納し,この防護本体を配電盤の上端に固定可能とした配電盤防護装置において,前記防護本体の前面板に前記防護シートの出入口を設けたことを特徴とする配電盤防護装置。
請求項2】 前記出入口は,前記防護本体の前面板の下端部側に設けられ,かつ外側より内側に向けて上方に傾斜したシート案内部を有することを特徴とする請求項1記載の配電盤防護装置。
請求項3】 前記防護シートの端部に固定されたボトムバーの裏面側には,磁石が固定されていることを特徴とする請求項1記載の配電盤防護装置。
請求項4】 前記防護本体の底板の後方端部には,前記配電盤の上端に固定された断面コ字形状の銘称盤の上板の下面側に位置し,ボルトが螺合されるねじ部が形成された取付け板が一体に設けられ,この取付け板のねじ部にボルトを螺合させて締め付け,配電盤防護装置を銘称盤に固定することを特徴とする請求項1記載の配電盤防護装置。
(3) 構成要件への分説 本件考案は,請求項ごとに次のように分説することができる(以下「構成要件A」などという。)。
請求項1】 A ねじりコイルバネの弾発力を利用して,そのねじりコイルバネの付勢力の蓄積と開放復元とにより,防護シートの引出し伸張及び巻取り収納を行う巻取り機構を防護本体内に収納し,この防護本体を配電盤の上端に固定可能とした配電盤防護装置において, B 前記防護本体の前面板に前記防護シートの出入口を設けたことを特徴とする配電盤防護装置。
請求項2】 C 前記出入口は,前記防護本体の前面板の下端部側に設けられ,かつ外側より内側に向けて上方に傾斜したシート案内部を有することを特徴とする請求項1記載の配電盤防護装置。
請求項3】 D 前記防護シートの端部に固定されたボトムバーの裏面側には,磁石が固定されていることを特徴とする請求項1記載の配電盤防護装置。
請求項4】 E 前記防護本体の底板の後方端部には,前記配電盤の上端に固定された断面コ字形状の銘称盤の上板の下面側に位置し,ボルトが螺合されるねじ部が形成された取付け板が一体に設けられ, F この取付け板のねじ部にボルトを螺合させて締め付け,配電盤防護装置を銘称盤に固定することを特徴とする請求項1記載の配電盤防護装置。
(4) 被告の行為 被告は,別紙物件目録1記載の配電盤防護装置(原告の平成14年7月17日付け第6準備書面末尾添付図面のロ号物件。以下「被告第1物件」という。)を製造販売している。被告は,別紙物件目録2記載の配電盤防護装置(同準備書面末尾添付図面のハ号物件。以下「被告第2物件」という。)を試験的に製造し,数個販売していた。
2 争点 本件において,原告は,被告第1物件は本件考案1ないし3の技術的範囲に属し,被告第2物件は本件考案1ないし4の技術的範囲に属すると主張しているところ,本件における争点は,次のとおりである。
(1) 被告第1物件は,本件考案1ないし3の技術的範囲に属するか(争点1) (2) 被告第2物件は,本件考案1ないし4の技術的範囲に属するか(争点2) (3) 本件考案に係る実用新案登録には明らかな無効理由があり,これに基づく原告の請求は権利の濫用に当たり許されないか(争点3) (4) 原告の損害額(争点4)
争点に関する当事者の主張
1 争点1(被告第1物件の構成要件充足性)について (原告の主張) (1) 被告第1物件の構成 当事者間に争いのない別紙物件目録1によれば,被告第1物件の構成は次のとおりである。
ア 配電盤防護装置1は,配電盤7の上端に固定可能とされた防護本体2の内部に収納された巻取り機構3を有し,この巻取り機構3には防護シート4が接続されている。
イ 防護本体2の前面板2aに防護シート4の出し入れ用の開口部2bが設けられ,また底板2a’にも前記開口部2bに連なる開口部2b’が設けられている。
ウ 開口部2b,2b’は,前面板2aの下端部側及び底板2a’の前端側に設けられ,外側より内側に向けて上方に傾斜したシート案内部2cが設けられている。
エ 防護シート4の端部にはボトムバー5が固定され,このボトムバー5の裏面側には磁石12が固定されている。
(2) 本件考案1ないし3と被告第1物件との対比 ア 被告第1物件の防護シート4の出し入れ用の開口部2bは,本件考案の防護シートの出入口に相当し,前記の構成ア,イは本件考案1の構成要件A,Bに該当する。したがって,被告第1物件は,本件考案1の技術的範囲に属する。
イ 被告第1物件の構成ア,イ,ウは本件考案2の構成要件Cを充足するので,被告第1物件は本件考案2の技術的範囲に属する。
ウ 被告第1物件の構成ア,イ,エは本件考案3の構成要件Dを充足するので,被告第1物件は本件考案3の技術的範囲に属する。
(被告の主張) (1) 被告第1物件の構成 被告第1物件の構成に関する原告の主張のうち,ア,ウ,エについては認めるが,イは否認する。
被告第1物件の底面端部には,防護シートの出し入れ用の開口部が設けられているが,この部分は原告が主張するような2b及び2b’には分かれていない。原告は,「開口部2bに連なる開口部2b’」が存在すると述べてあたかも別個に存在する2個の開口部が連続しているかのように主張するが,恣意的に1つの開口部を2つに分けて説明するものであって,失当である。
(2) 本件考案1ないし3と被告第1物件との対比 ア 被告第1物件が本件考案の構成要件A及びDを充足することは,認める。しかし,以下の理由で構成要件B及びCを充足しない。
イ 構成要件Bについて 本件実用新案登録出願前の公知文献である特開平8-9521号公報(乙9)には,本件考案と課題を同じくし,かつ構成要件Aに完全に対応する制御盤防護装置に関する発明が開示されている。そして,上記公報の図面には,防護シートの出入口を底面に設けたもの(図1)と底面端部に設けたもの(図2)とが存在する。したがって,上記技術との関係で本件考案新規性を認めるとするならば,構成要件Bは上記図面に開示されていない構成,すなわち防護シートの出入口を前面板にのみ設けた構成に限定して解釈すべきである。そうすると,別紙物件目録1記載のとおり,被告第1物件では,防護シートの出入口の開口部が底面端部に設けられているから,構成要件Bを充足しない。
ウ 構成要件Cについて 被告第1物件において防護シートの出入口は外側から内側に向けて上方に傾斜しているものの,被告第1物件の配電盤防護装置を配電盤と合わせて設置した場合には,該傾斜部はシートに触れることはなく,案内部としての構成を有していない。この場合,被告第1物件において防護シートの案内をする部分は配電盤防護装置そのものにはなく,存在するとすれば,同装置の下に存在する配電盤の上端角部にある。
また,被告第1物件を配電盤の前面より前に出して設置した場合でも,防護シートの巻き方向が上記のとおりであるために,防護シートが傾斜部の最も外側の先端部に線で接するのみで,案内部としての機能を有しない。このような防護シートと出入口の端部が線で接する構成が「案内部」たりえないことは,従来技術(乙3,5)において同部分が線で接する構成を採用していることからも明らかである。 (原告の再反論) (1) 被告は,被告第1物件の防護シート出し入れ用の開口部は底面端部にあるから,構成要件Bを充足しないと主張する。
しかし,被告第1物件において,底面板2a’に設けた開口部2b’は防護シート4の出入口として何ら作用しておらず,前面板2aに設けた開口部2bが防護シート4の出入口として作用しているのであるから,被告第1物件は本件考案の構成要件Bを充足する。
(2) 被告は,構成要件Cに関し,被告第1物件の傾斜部は防護シートの案内部としての構成を有していないと主張する。
しかし,被告第1物件には,外側より内側に向けて上方に傾斜したシート案内部2cが設けられている。もし,シート案内部2cが防護シート4の案内部として作用しないのであれば,被告第1物件のようにシート案内部2cを外側より内側に向けて上方に傾斜させる必要はなく,シート案内部2cを設けないか,又はシート案内部2cを底面板2a’に重ね合わせて折り曲げればよいはずである。あえてシート案内部2cを外側より内側に向けて傾斜させているのは,シート案内部2cが防護シート4の案内部として作用しているからにほかならない。
2 争点2(被告第2物件の構成要件充足性)について (原告の主張) (1) 被告第2物件の構成 当事者間に争いのない別紙物件目録2によれば,被告第2物件の構成は以下のとおりである。
ア 配電盤防護装置1は,配電盤7の上端に固定された断面コ字形状の銘称盤20の上端に固定可能とされた防護本体2の内部に収納された巻取り機構3を有し,この巻取り機構3内には防護シート4が接続されている。
イ 防護本体2の前面板2aに防護シート4の出し入れ用の開口部2bが設けられ,また底板2a’にも前記開口部2bに連なる開口部2b’が設けられている。
ウ 開口部2b,2b’は,前面板2aの下端部側及び底板2a’の前端側に設けられ,外側より内側に向けて上方に傾斜した傾斜2cが設けられている。
エ 防護シート4の端部にはボトムバー5が固定され,このボトムバー5の裏面側には磁石12が固定されている。
オ 防護本体2の底板2a’の後方端部には,配電盤7の上端に固定された断面コ字形状の銘称盤20の上板20aの下面側に位置し,ボルト22が螺合されるねじ部が形成された取付け板21が裏蓋10と一体に設けられ, カ この取付け板21のねじ部にボルト22を螺合させて締め付け,配電盤防護装置1を銘称盤20に固定している。
(2) 本件考案と被告第2物件との対比 ア 被告第2物件の構成ア,イは本件考案1の構成要件A,Bを充足するので,被告第2物件は本件考案1の技術的範囲に属する。
イ 被告第2物件の構成ア,イ,ウは本件考案2の構成要件Cを充足するので,被告第2物件は本件考案2の技術的範囲に属する。
ウ 被告第2物件の構成ア,イ,エは本件考案3の構成要件Dを充足するので,被告第2物件は本件考案3の技術的範囲に属する。
エ 被告第2物件の構成ア,イ,オ,カは本件考案4の構成要件E,Fを充足するので,被告第2物件は本件考案4の技術的範囲に属する。
(被告の主張) (1) 被告第2物件の構成 被告第2物件の構成に関する原告の主張のうち,ア,ウ,エについては認めるが,その余は否認する。
イについては,被告第2物件の底面端部に防護シートの出し入れ用の開口部が設けられていることは認めるが,その部分は原告が主張するような2b及び2b’には分かれていない。
オについては,防護本体の底板の下側にボルトが螺合されるねじ部が形成され,裏蓋の一部を構成する取り付け機構が存在することは認め,その余は否認する。被告第2物件の取り付け機構は「取付け板」ではないし,底板の「後方端部」に「一体に」設けられたものでもない。
また,被告が製造販売しているのは,単体の配電盤防護装置であって,銘称盤に固定して販売しているのではない。したがって,被告第2物件の取り付け機構は銘称盤の上板の下側に位置していない。
カについては,否認する。被告が販売しているのは,配電盤防護装置単体であって,配電盤防護装置は銘称盤に固定されていない。
(2) 本件考案と被告第2物件との対比 ア 被告第2物件が本件考案の構成要件A及びDを充足することは認める。
しかし,被告第2物件は,防護本体の構成を被告第1物件と同じくするから,前記1「被告の主張」欄の(2)イ,ウで述べたのと同じ理由で,本件考案1ないし3の技術的範囲に属しない。
イ 被告第2物件は,本件考案4の技術的範囲に属しない。
本件考案4において,構成要件Eの「取付け板」は,防護本体とは別個の物であり,これを配電盤防護装置本体の底板の後方端部に固定することが要件となっていると解すべきである。
すなわち,本件考案4が底板とは別に「取付け板」の構成を定めていることからして,「取付け板」は,もともとは防護装置本体ないし底板とは別体を構成するものと解される。このような「取付け板」が何らかの方法により防護本体の底板の後方端部に取り付けられ,固定され,「取付け板」を「一体」に設けることになる。
そして,「取付け板」を取り付ける部分は,本件明細書請求項4の記載及び考案の詳細な説明欄の段落【0016】に「防護本体2の底板2dの後方端部には,銘称盤20の上板20aの後端に挿入される取付け板21が一体に設けられ」と記載されていることから,底板の後方の端部と解される。
そうすると,被告第2物件においては,取付けのための機構はあくまで裏蓋の一部であって,「取付け板」は存在せず,仮に,「取付け板」が存在するとしても,「底板の後方端部」に設けられたものではない。
したがって,被告第2物件の構成オは本件考案4の構成要件Eを充足しない。
(原告の再反論) 被告は,被告第2物件の取付け部21は裏蓋10と一体に設けられ,底板2aに設けられたものでないので,本件考案4の技術的範囲に属しないと主張する。しかし,取付け部21は配電盤防護装置1を銘称盤20に取り付けるために設けたものであり,取付け部21を裏蓋10で形成しても,本件考案4にあるように底板2aに設けてもその作用効果は全く同じであり,本件考案4の技術的範囲に属することに変わりはない。
3 争点3(本件考案に係る実用新案登録の明らかな無効理由)について (被告の主張) 本件考案に係る実用新案登録には,以下のとおり明らかな無効理由が認められるから,この実用新案権に基づく原告の権利行使は権利の濫用であって,許されない。
(1) 本件考案1ないし3に係る実用新案登録の無効理由 ア 本件考案の実用新案登録出願前である平成8年1月31日ころ,日本トースイ株式会社(以下「日本トースイ」という。)はその製造に係る「NT式盤隔離シートU型」の配電盤防護装置を株式会社日立製作所(以下「日立製作所」という。)に販売した。日立製作所は,これを「66kVデジタル形距離保護継電装置」(奥多摩線)に取り付け,同年3月東京電力株式会社(以下「東京電力」という。)の八王子工務所八王子総合制御所管轄の根ヶ布変電所に納入し,設置した。
日本トースイは,これ以外にも「NT式盤隔離シートU型」の配電盤防護装置を日立製作所に納入し,日立製作所はこれを「66kV選択保護継電装置」等に取り付けて東京電力の発電所に納入・設置したが,その詳細は次のとおりである。
納入時期 設置場所 平成7年11月 西厚木変電所 平成8年3月 南多摩変電所 平成8年11月 湘南変電所 そして,上記の配電盤防護装置又は配電盤の納入に際しては,いずれの当事者も秘密保持義務を課すことはなかった。
日本トースイ製の「NT式盤隔離シートU型」は,@ねじりコイルバネの弾発力を利用して配電盤を隔離するためのシートを巻き取る巻取り機構を銘称盤内に収納した配電盤防護シートであり,Aこの配電盤隔離シートは,配電盤の上端に固定可能であり,B銘称盤の前面板に隔離シートの出入口が設けられており,C隔離シートの下端部に固定されたボトムバーの裏面には,磁石が取り付けられている,という構成を有するものである。そして,上記構成の@ないしBは本件考案1の構成要件A,Bに,Cは本件考案3の構成要件Dにそれぞれ相当する。
以上によれば,本件考案1及び3は実用新案登録の出願前に公然と実施され,又は公然と知られるに至ったものであるから,これに係る実用新案登録には実用新案法37条1項2号,3条1項1号,2号所定の明らかな無効理由がある。
イ 本件考案の実用新案登録出願前である平成8年3月ころ,株式会社加辺電機製作所(以下「加辺電機」という。)はその製造に係る「制御盤防護シートKM3型」の配電盤防護装置を株式会社日東電機製作所(以下「日東電機」という。)に販売した。日東電機は,これを「所内AC・DC盤」に取り付け,同じころ東京電力の八王子工務所八王子総合制御所管轄の根ヶ布変電所に納入し,設置した。
加辺電機は,これ以外にも「制御盤防護シートKM3型」の配電盤防護装置を平成8年4月ころ日本工営株式会社に納入し,同社はこれを「遠方監視制御装置」に取り付けて東京電力の根ヶ布変電所に納入・設置したほか,平成9年2月株式会社日立エレクトリックシステムズ(以下「日立エレクトリック」という。)にも納入した。
そして,上記の配電盤防護装置又は配電盤等の納入に際しては,いずれの当事者も秘密保持義務を課すことはなかった。
加辺電機製の「制御盤防護シートKM3型」は,@コイルスプリングの弾発力を利用して配電盤を隔離するためのシートを巻き取る巻取り機構を銘称盤内に収納した配電盤防護シートであり,A配電盤の上端に固定可能であり,B銘称盤の前面板(下部端側)に隔離シートの出入口が設けられており,Cシート出入口には内側から外側に向けて上方に傾斜したシート案内部を有し,D隔離シートの下端部に固定されたボトムバーの裏面には,磁石が取り付けられている,という構成を有するものである。そして,上記構成の@ないしBは本件考案1の構成要件A,Bに,B及びCは本件考案2の構成要件Cに,Dは本件考案4の構成要件Dにそれぞれ相当する。
以上によれば,本件考案1ないし3は実用新案登録の出願前に公然と実施され,又は公然と知られるに至ったものであるから,これに係る実用新案登録には実用新案法37条1項2号,3条1項1号,2号所定の明らかな無効理由がある。
ウ 本件考案2及び3については,公然実施されたことが明らかな日本トースイ製の「NT式盤隔離シートU型」の配電盤防護装置に基づいて当該考案の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が極めて容易に想到することができたものである。
すなわち,上記配電盤防護装置は,本件考案1の全構成及び本件考案2のうち,シート出入口が防護本体の前面板の下端部側に設けられているという構成を備えている。これに対し,該出入口に外側から内側に向けて上方に傾斜したシート案内部は存在しない。しかしながら,シートの出し入れをスムーズにするためにシートが当接する部分に案内部を設けることは,当業者が極めて容易に想到することができる事項である。したがって,本件考案2は公然実施品である「NT式盤隔離シートU型」に基づいて,当業者が極めて容易に想到できたことが明白である。
また,上記配電盤防護装置は,本件考案1の全構成を備えているが,シートの端部に固定されたボトムバーの裏面側に磁石が固定されていない。しかし,シート状の物を他の物に取り付けるために磁石を使用することは周知技術であって,当業者が本件考案3に想到することは極めて容易である。
したがって,本件考案2及び3に係る実用新案登録には,実用新案登録出願前に当業者が公然実施をされた考案に基づいて極めて容易に考案をすることができた(実用新案法37条1項2号,3条2項)という明らかな無効理由がある。
(2) 本件考案4に係る実用新案登録の無効理由 ア 本件考案4は,請求項1を引用した請求項であるところ,前述のとおり,本件実用新案登録の出願前に,請求項1にかかる考案の全構成要件を満たすNT式盤隔離シートU型及び制御盤防護シートKM3型は,公然と実施され,又は公知となっていた。したがって,これらの配電盤防護装置と本件考案4との相違点は,請求項4に記載された構成要件であって請求項1に開示がない部分(構成要件E及びF)のみである。しかし,同相違点については,以下の公然実施され公知となった技術ないし周知の技術を組み合わせることが極めて容易であって,本件考案4はこれらの技術から極めて容易に想到できるものである。
イ 本件考案の実用新案登録出願前に公知となっていた技術として,次の2つのものがある。
@ 「既設盤用取付参考図」(乙1。以下「乙1図面」という。) 乙1図面は,日本トースイが平成6年1月4日にカタログの代わりに作成した図面であり,作成されてまもなく顧客等に頒布されたものと推測される。
この図面には,配電盤の誤作動等を防止するための隔離シート本体を銘称盤に取り付けるための方法が開示されている。具体的には,銘称盤の上板の上に,ブラケットを介して取付治具に取り付けられた隔離シート本体を乗せ,取付治具の後方端部と,銘称盤の上板の後方端部を,ボルトが螺合されるねじ部が形成されたクランプを用い,このクランプのねじ部にボルトを螺合させて締め付け,銘称盤に固定するというものである。
A 「NT式盤シート詳細図」(乙7。以下「乙7図面」という。) 乙7図面は,日本トースイが作成し,平成7年ころ顧客に提示,頒布していた書面である。
この図面には,配電盤の誤作動等を防止するためのNT式盤シートを銘称盤に取り付けるための方法が開示されている。具体的には,銘称盤の上板の上に,ブラケットを介して取付金物に取り付けられたNT式盤シートを乗せ,取付金物の後方端部と,銘称盤の上板の後方端部を,ボルトが螺合されるねじ部が形成されたクランプを用い,このクランプのねじ部にボルトを螺合させて締め付け,銘称盤に固定するというものである。
また,本件考案の実用新案登録出願前から周知であった技術として,クランプ(乙24〔無効審判請求書〕中の甲33〜甲35,乙31の1〜10,32の1〜5,33の1〜4,34の1〜6,35の1〜7)がある。
すなわち,上記各文献にはクランプが開示されているところ,クランプは断面がコ字形状をした板状ないし棒状の治具であって,一方の端部にボルトが螺合されるねじ部が形成されており,このねじ部にボルトを螺合させて締め付けることにより,2個以上の物を挟み込んで固定するための道具である。このようなクランプは,本件考案の実用新案登録出願のはるか前から日常的に使用され,電気関係の部品の固定にも使用されており,周知技術ということができる。
ウ 乙1図面及び乙7図面は,それぞれ配電盤防護装置をクランプを用いて配電盤の上部に設けられた断面コ字形状の銘称盤の上板に取り付けるための方法を開示している。乙1図面及び乙7図面の開示する技術と公然実施された配電盤防護装置は,いずれも配電盤の誤作動等を防止するための配電盤防護装置に係る技術であって,共にシート及びシート巻き上げ機構を採用しており,かつ配電盤の上部に取り付ける物である点で共通する。したがって,クランプを用いて公然実施された配電盤防護装置を銘称盤の上部に固定することは,当業者が極めて容易に想到し得る事項である。
また,稼働中の既設の配電盤に配電盤防護装置を取り付ける場合,より少ない工数,加工の少ない方法を採用するのが当業者の常識であるが,クランプは2個以上の物を固定するための道具として極めて広く普及しており,クランプないしクランプによる取付方法は周知技術である。そして,挟み込んで固定することから,加工が不要で固定に要する工数も極めて少ないし,電気関係の道具としても使用されている。それゆえ,公然実施された配電盤防護装置を配電盤に取り付けるに当たり,当業者がまず最初にクランプを採用することを検討するのは当然である。
そして,加工工程,工数を少なくするために,銘称盤をそのままにその上部に取り付けること,上板がある銘称盤の上に取り付ける際には,上板の上側に取り付けることになるから,配電盤防護装置の底板の後方端部及び銘称盤の上板の後方端部をクランプで挟み,ボルトを螺合して締め付け,固定する方法を採用することは,当業者が当然に採用する方法である。
よって,当業者が公然実施された配電盤防護装置に周知技術であるクランプを組み合わせることで,本件考案4に想到することは極めて容易である。
エ 以上によれば,本件考案4はその実用新案登録出願前に当業者が公然実施をされた考案に基づいて極めて容易に考案をすることができたものであるから,これに係る実用新案登録には実用新案法37条1項2号,3条2項所定の明らかな無効理由がある。
(原告の主張) (1) 本件考案1ないし3に係る実用新案登録の無効理由について 被告主張の日本トースイ製のNT式盤隔離シートU型及び加辺電機製の制御盤防護シートKM3型による本件考案1ないし3の公然実施の事実は,否認する。
仮に上記の配電盤防護装置が変電所に設置された事実が認められるとしても,本件訴訟で取り調べた人証及び書証によっては,上記各装置の客観的,一義的な構造は明らかにされていない。
例えば,被告が東京電力の根ヶ布変電所に日本トースイ製のNT式盤隔離シートU型を納入,設置したことの根拠とする日立製作所作成の図面(正面図(組立図)乙29添付7枚目)は,平成9年3月4日に加筆修正されており,同8年3月に納入された時点での図面でないことは明らかであるから,東京電力に納入された時点の図面は存しないというべきであるし,手書きの文字がこの図面に加筆されていることから,最近修正が加えられたことがうかがわれる。また,この図面には本来押捺されるべき東京電力の受領印が押捺されていない(甲19参照)。
また,日立エレクトリックの日本トースイに対する発注書に当たる普通仕様書(乙14の3)において,「NT-IS-35S」とのみ記載し,T型かU型の区別を記載しなかった点は指示ミスというのであるから,この文書をもって東京電力に納入する製品の構成が具体的に明らかになったとは到底いえない。
被告は,本件考案2及び3は前記の公然実施された配電盤防護装置に基づいて当業者が極めて容易に想到することができたとも主張するが,争う。加えて,本件考案3に関し,被告が挙げる証拠は自動車の隠蔽シートに関するものであり,本件考案の対象とする配電盤防護装置とは技術分野を異にする。
(2) 本件考案4に係る実用新案登録の無効理由について 被告の主張は否認し,争う。
乙1図面及び乙7図面は公知とはいえないし,仮に公知であったとしても,これに基づいて本件考案4の構成要件E及びFが極めて容易に想到できるものではない。乙1図面にあるクランプ(PH-1S型)はAL取付治具及び銘称盤とは別体であり,また,ボルト(M6)はクランプの上方からAL取付治具を銘称盤に固定しており,本件考案の構成要件E及びFとは異なる。
4 争点4(原告の損害額)について (原告の主張) 被告は,遅くとも平成11年7月から平成13年2月までの20か月の間に被告第1物件及び被告第2物件を1台当たり9万円で少なくとも毎月80台(合計1600台)製造し,販売した。
被告は,これにより少なくとも1億4400万円を売り上げ,その30%に当たる4320万円の利益を得たが,この金額が実用新案権者である原告が受けた損害である(実用新案法29条2項)。
よって,原告は,被告に対し,本件実用新案権に基づき,被告第1物件及び被告第2物件の製造,譲渡等の差止め及び損害賠償として4320万円及びこれに対する平成13年4月13日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める。
(被告の主張) 原告の主張は否認し,争う。
当裁判所の判断
1 争点1(被告第1物件の構成要件充足性)について 被告第1物件が本件考案の構成要件A及びDを充足することは当事者間に争いがない。そこで,構成要件B,Cのそれぞれを充足するか否かについて,検討する。
(1) 構成要件Bについて 被告は,構成要件Bの「防護本体の前面板に防護シートの出入口を設けた」という構成は,防護本体の前面板にのみ防護シートの出入口を設けたものを意味するところ,被告第1物件は防護本体の前面板から底面にかけてシートの出入口を有している(シート出入口が開口部底面端部にある)から,これを充足しない旨主張する。
しかし,本件明細書には防護本体の前面板以外の場所に防護シートの出入口を設けたものを排除する趣旨の記載はなく,「配電盤の前面より突出しないで設置でき,美観的に優れた配電盤防護装置を提供する」(本件明細書の段落【0006】)という本件考案の課題との関係で,防護シートの出入口の場所を被告主張のように限定して解釈する理由を見いだすことができない。したがって,上記の構成については「少なくとも前面板に防護シートの出入口がある」という趣旨に解するのが相当である。
そうすると,当事者間に争いのない別紙物件目録1によれば,被告第1物件では,防護本体の前面板2aの下端部から底面2a’の前端部にかけて防護シートの出入口が設けられているのであるから,少なくとも前面板に防護シートの出入口を備えるものであって,構成要件Bを充足するものというべきである。
(2) 構成要件Cについて 被告は,構成要件Cの「外側より内側に向けて上方に傾斜したシート案内部を有する」という構成について,被告第1物件の底板側出入口にある外側から内側に向けて上方に傾斜した部分は,被告第1物件の前面を配電盤と合わせて設置した場合,シートと接触することがなく案内部として機能していないから,これを充足しない旨主張する。
本件考案は,防護本体の前面板とそれが固定される配電盤の前面部分が面一になるように設置しても,防護シートを出し入れできることを目的とするものである(本件明細書の「考案が解決しようとする課題」欄(段落【0006】を参照)から,配電盤防護装置の防護本体の前面と配電盤の前面を面一に設置することを前提にしている。そこで,この前提に基づき,防護本体を設置した場合を考えると,当事者間に争いのない別紙物件目録1の図面(特に図2)及び弁論の全趣旨によれば,防護シート4が出入りする際に,上記傾斜部2Cには防護シート4は全く接触しないか,仮に接触するとしてもごくわずかの部分が接触するにとどまるものと認められる。そうすると,被告第1物件における上記傾斜部には防護シートがほとんどといってよいほど接触しないのであるから,該傾斜部は防護シートの案内部としての機能を有しないと認めるのが相当である。
したがって,被告第1物件は,構成要件Cの「外側より内側に向けて上方に傾斜したシート案内部を有する」という構成を充足しない。
(3) まとめ 以上によれば,被告第1物件は,構成要件A及びBからなる本件考案1と構成要件A,B及びDからなる本件考案3の技術的範囲に属するが,構成要件A及びCからなる本件考案2の技術的範囲には属しない。
2 争点2(被告第2物件の構成要件充足性)について 当事者間に争いのない別紙物件目録1及び同2によれば,被告第2物件は被告第1物件と防護本体2の構成を同じくすることが認められる。
したがって,防護本体及びこれに収納される防護シートの構成に関する本件考案の構成要件A,B,C及びDの充足性については,被告第1物件と被告第2物件とで異なるところはない。すなわち,上記1で認定判断したのと同様に,被告第2物件は,本件考案1及び本件考案3の技術的範囲に属するが,本件考案2の技術的範囲に属しない。
次に,被告第2物件が構成要件A,B,E及びFからなる本件考案4の技術的範囲に属するか否かを検討するに,被告第2物件が構成要件Aを充足することは当事者間に争いがなく,構成要件Bを充足することは前記1(1)で認定したのと同様である。
そこで,以下では被告第2物件が構成要件E,Fのそれぞれを充足するか否かについて,検討する。
(1) 構成要件Eについて 被告は,構成要件Eにいう「取付け板」は,防護本体ないし底板とは別体であり,底板の後方端部に固定し,一体化した構成を指すと解すべきところ,被告第2物件の取付けのための機構(原告主張の「取付け板21」)は裏蓋10の一部であって「取付け板」とはいえず,また「底板の後方端部」に設けられていないから,この要件を充足しない旨主張する。
しかし,本件明細書には構成要件Eにいう「取付け板」が防護本体と別体であることを示唆する記載はなく,「配電盤の前面より突出しないで設置でき,美感的に優れた配電盤防護装置を提供する」という本件考案の課題に照らし,「取付け板」が防護本体と別体である必要もないと考えられる。そして,当事者間に争いのない別紙物件目録2(特に図1)及び弁論の全趣旨によれば,被告第2物件の取付け部分21は,裏蓋と一体となっているとしても「底板の後方端部」に設けられており,しかも,この取付け部分は構成要件Eにいう「取付け板」と同じ機能を果たしているものと認められる。
したがって,被告の上記主張は理由がなく,被告第2物件は構成要件Eを充足するというべきである。
(2) 構成要件Fについて 被告は,単体の配電防護装置を製造販売しているところ,被告が販売する段階では当該配電盤防護装置は銘称盤に固定されていない旨主張する。
しかし,証拠(甲2)及び弁論の全趣旨によれば,被告第2物件の配電盤防護装置は配電盤の上端に固定された銘称盤にボルトで締め付け固定する構造のものであり,実際に設置される際には,上記の方法で固定されることが明らかである。したがって,被告第2物件は「取付け板のねじ部にボルトを螺合させて締め付け,配電盤防護装置を銘称盤に固定することを特徴とする」という構成要件Fを充足する。
(3) まとめ 以上によれば,被告第2物件は,本件考案4の技術的範囲に属する。前記のとおり,被告第2物件は,本件考案1及び3の技術的範囲にも属するから,結局,被告第2物件は,本件考案1,3及び4の技術的範囲に属することになる。
3 争点3(実用新案登録の明らかな無効理由)について (1) 認定した事実 被告は,本件考案1及び本件考案3に係る実用新案登録の明らかな無効理由として,本件実用新案登録出願前に日本トースイ外の製造業者が本件考案の実施品を製造して日立製作所に販売し,日立製作所はこれを配電盤に取り付けた上で東京電力に販売し,東京電力はこれを関東地区所在の複数の変電所に設置した旨,上記配電盤防護装置又は配電盤の納入に際していずれの当事者にも秘密保持義務は課されていなかった旨を主張する。 そこで,被告主張の公然実施の事実が認められるかについて検討するに,証拠(乙7,8,12,13,14の1〜3,15,16の1〜4,17の1〜3,18の1〜3,23の1〜7,25,26,29,証人A)によれば,次の事実が認められる。
ア 根ヶ布変電所に納入された配電盤防護装置について (ア) 日立製作所は,平成8年1月ころ東京電力から根ヶ布変電所向けの配電盤の注文を受けた。日立製作所はこの注文に係る配電盤の設計・製作を系列会社の日立エレクトリックに依頼することにし,日立エレクトリックは,これを受けて,平成8年1月31日「NT-IS-35S」という型式の配電盤防護装置を日本トースイに発注した。日本トースイはこの装置を同年2月中旬から同月下旬にかけて日立エレクトリックに納品し,同社はこれを日立製作所に納品した。日立製作所は,これを作番Z331902の配電盤と組み合わせて「66kV奥多摩線距離保護継電装置」とし,東京電力に販売することにしたが,納品に当たっては配電盤本体と付属品である解体部品を別に梱包した上で,同年3月東京電力の根ヶ布変電所に納入した。東京電力では,契約している別の業者に依頼して上記配電盤等を組み立て,設置させた。
(イ) 一般に日本トースイ製の「NT-IS-35S」という型式の配電盤防護装置には,既設の配電盤に現地で簡単に挟み込んで,ビニールシートの巻取り部分とシートを付けるタイプ(T型)と配電盤と組み合わせて使用しているNPボードの中に巻取り部分とビニールシートを収納するタイプ(U型)があるところ,日立製作所が東京電力に納入した「NT-IS-35S」の配電盤防護装置はこのうちのU型である(以下「NT式盤隔離シートU型」と略称する。)。そして,上記配電盤防護装置の具体的な構成は別紙参考図(乙12添付の図面)のとおりであって,@ねじりコイルバネの弾発力を利用して配電盤を隔離するためのシートを巻き取る巻取り機構を銘称盤内に収納した配電盤防護シートであり,A上記の配電盤隔離シートは,配電盤の上端に固定可能であり,B銘称盤の前面板に隔離シートの出入口が設けられている,というものであった。
(ウ) 前記配電盤防護装置を取り付けた配電盤は現在も根ヶ布変電所において使用されているが,設置後の平成9年5月8日ころ配電盤防護装置の脇に「R-BOX」が追加された点,日時は不明であるが隔離シートの下端部に固定されたボトムバーの裏面に磁石が取り付けられた点を除き,設計の変更等はみられない。
イ その他の変電所に納入されたNT式盤隔離シートU型について (ア) 日立製作所は,前記アと同様の方法で平成7年8月18日ころ日本トースイ製のNT式盤隔離シートU型を6台購入し,これを作番Z331667の配電盤と組み合わせて「66kV選択保護継電装置」として,同年11月東京電力の西厚木変電所に納入した。
(イ) 日立製作所は,同様に平成7年8月21日ころ日本トースイ製のNT式盤隔離シートU型を2台購入し,これを作番Z331668の配電盤と組み合わせて同年11月ころ西厚木変電所に納入した。
(ウ) 日立製作所は,同様に平成8年1月30日ころ日本トースイ製のNT式盤隔離シートU型を2台購入し,これを作番Z331901の配電盤と組み合わせて「66kV八王子線1.2番距離保護継電装置」として,同年3月ころ南多摩変電所に納入した。
ウ 加辺電機の製造に係る配電盤防護装置について (ア) 日立エレクトリックは,平成9年2月19日ころ加辺電機製の配電盤防護装置(部品名「NPBD KM3-350L」。以下「制御盤防護シートKM3型」という。)100台を関西電力南大浜変電所用として代理店の戸部電機株式会社を経由して購入した。しかし,この装置は巻取りに不具合があったことから,同変電所には納入されなかった。
(イ) 制御盤防護シートKM3型の配電盤防護装置の具体的な構成は,@コイルスプリングの弾発力を利用して配電盤を隔離するためのシートを巻き取る巻取り機構を銘称盤内に収納した配電盤防護シートであり,A配電盤の上端に固定可能であり,B銘称盤の前面板(下部端側)に隔離シートの出入口が設けられており,Cシート出入口には内側から外側に向けて上方に傾斜したシート案内部を有し,D隔離シートの下端部に固定されたボトムバーの裏面には,磁石が取り付けられている,というものであった。
エ 秘密保持に関する合意の不存在 日本トースイ製のNT式盤隔離シートU型,加辺電機製の制御盤防護シートKM3型いずれの装置の納入,設置等に際しても,契約当事者間で秘密保持に関する合意は締結されていなかった。
(2) 事実認定の補足説明 原告は,本件全証拠によっても被告主張の公然実施の事実を認めることはできないと主張する。しかし,以下のとおり,証人Aの証言及び前掲各書証の記載は十分信用できるというべきである。
ア 証人Aの証言について 証人Aは,日立製作所の系列会社である日立エレクトリックの従業員であって平成3年2月から同10年3月まで設計審査業務を担当していた者である(証人Aの証言により認められる。)。他方,被告は日立製作所を含む日立グループの1つの取引先にすぎず,日立グループからの出資も役員の派遣もない(甲17,弁論の全趣旨により認められる。)。したがって,日立グループからすれば,被告は数ある注文先企業の一つにすぎず,その代わりとなる企業は多数存在するから,被告の利益のために日立グループが特に便宜を図る必要性を認めることはできない。
上記のような事情に照らせば,日立エレクトリックないし証人Aが偽証罪等の危険を冒してまでも被告に有利なように文書をねつ造したり,虚偽の証言をすることは考えにくい。しかも同証人の証言の内容をみると,配電盤防護装置のシート下部にマグネットが付いていなかったことを述べるなど被告に不利な内容の証言もしており,決して被告に有利な内容ばかりを供述しているわけではなく,また,証言の内容自体に矛盾がなく他の書証の記載とも整合していることからすれば,同証人の証言は信用できるというべきである。
イ 正面図(組立図)について 原告は,日立製作所作成の図面(正面図(組立図)乙29添付7枚目)は,平成9年3月4日に加筆修正されており,同8年3月に納入された時点での図面でないことは明らかであるから,東京電力に納入された時点の図面は存しないというべきであると主張する。
しかし,東京電力の取扱いとして完成図は1枚しか存在せず,配電盤の納入時にその原本の写しを納めることとされており,納入後に変更が生じた場合には,日立製作所が保管している該原本に変更を加え,変更内容を来歴表に記載して,再度変更部分を記載した後の図面の原本の写しを東京電力に納めることとされている(証人Aの証言により認められる。)。そして,同図面の来歴表には平成9年3月4日付けで配電盤防護装置の脇に「R-BOX」が追加された点を除き変更のあったことをうかがわせる記載は存在しない(乙29により認められる。)。
さらに,原告は上記図面に東京電力の受領印が押捺されていないことを指摘するが,この図面は日立製作所が配電盤を納入した際に東京電力に納めた完成図であって,東京電力の承認を必要としない書類であるから(甲19,乙29により認められる。),承認印が押捺されていないのはむしろ当然である。
以上によれば,平成8年3月に根ヶ布変電所に納入された配電盤には,別紙参考図の形状の日本トースイ製のNT式盤隔離シートU型の配電盤防護装置が取り付けられ,東京電力もその旨の確認をしたことは優に認定できるというべきである。
ウ U型を示唆する記載のないことについて 原告は,日立エレクトリックの日本トースイに対する発注書に当たる普通仕様書(乙14の3)において,「NT-IS-35S」とのみ記載し,T型かU型の区別を記載しなかった点は指示ミスというのであるから,この文書をもって東京電力に納入する製品の構成が具体的に明らかになったとは到底いえないと主張する。
しかし,配電盤の製造業者である日立エレクトリックでは,そもそも銘称盤内に巻取り機構を取り付けるU型の製品しか購入しないのであるから,「NT-IS」とのみ記載すれば,あえて「U型」と記載しなくても,同社内ではNT式盤隔離シートのうちのU型を指すことは明らかである(証人Aの証言により認められる。)。また,日本トースイが日立製作所ないし日立エレクトリック及びその他の配電盤製造業者に納入した配電盤防護装置はいずれもU型のものであるから(乙8により認められる。),日本トースイとしては配電盤製造業者である日立製作所ないし日立エレクトリックによる注文に「U型」と明示されていなくても従前の経緯に照らしてU型の注文を受けたと認識していたものと認められる。
(3) 本件考案1について 前記(1)のア(イ)で認定した事実によれば,日本トースイ製のNT式盤隔離シートU型の構成は,@ねじりコイルバネの弾発力を利用して配電盤を隔離するためのシートを巻き取る巻取り機構を銘称盤内に収納した配電盤防護シートであり,A上記の配電盤隔離シートは,配電盤の上端に固定可能であり,B銘称盤の前面板に隔離シートの出入口が設けられている,というものであることが認められる。
NT式盤隔離シートU型の構成と本件考案1を対比すると,上記@及びAは構成要件Aと同一であり,上記Bは構成要件Bと同一である。 そして,作番Z331902の配電盤と組み合わせたNT式盤隔離シートU型の配電盤防護装置が本件実用新案登録出願前の平成8年3月から東京電力の根ヶ布変電所において見学者等の目に触れる状態で設置され,公然実施されていたことは,前記(1)のア,エで認定したとおりである。
以上によれば,本件考案1はその実用新案登録出願前に公然と実施されていたのであるから,その実用新案登録には実用新案法37条1項2号,3条1項2号所定の明らかな無効理由がある。
(4) 本件考案3について 前記(1)ウで認定した事実によれば,加辺電機製の制御盤防護シートKM3型の構成は,@コイルスプリングの弾発力を利用して配電盤を隔離するためのシートを巻き取る巻取り機構を銘称盤内に収納した配電盤防護シートであり,A配電盤の上端に固定可能であり,B銘称盤の前面板(下部端側)に隔離シートの出入口が設けられており,Cシート出入口には内側から外側に向けて上方に傾斜したシート案内部を有し,D隔離シートの下端部に固定されたボトムバーの裏面には,磁石が取り付けられている,というものであることが認められる。
制御盤防護シートKM3型の構成と本件考案3を対比すると,上記@及びAは構成要件Aと同一であり,上記Bは構成要件Bと同一であり,上記Dは構成要件Dと同一である。
そして,制御盤防護シートKM3型の配電盤防護装置が本件考案の実用新案登録出願前の平成9年2月に加辺電機から日立エレクトリックに納入され,両当事者に秘密保持に関する合意は存しなかったことは,前記(1)のウ,エで認定したとおりである。
以上によれば,本件考案3はその実用新案登録出願前に公然知られていたのであるから,その実用新案登録には実用新案法37条1項2号,3条1項1号所定の明らかな無効理由がある。
(5) 本件考案4について ア 本件考案4は,その構成において請求項1を引用しているところ,本件考案の実用新案登録出願前に,請求項1にかかる考案(本件考案1)の全構成要件を満たすNT式盤隔離シートU型及び制御盤防護シートKM3型が公然と実施され,又は公知となっていたことは,前記(3),(4)で認定したとおりである。そうすると,これらの配電盤防護装置と本件考案4との相違点は,請求項1で開示されていない構成要件E及びFの部分のみであるところ,同相違点に関して,公然実施された前記配電盤防護装置に公知技術ないし周知技術を組み合わせることにより,当業者が本件考案4に極めて容易に想到できるか否かについて,検討する。
イ 証拠(乙31の1〜10,32の1〜5,33の1〜4,34の1〜6,35の1〜7)及び弁論の全趣旨によれば,所定の装置を基台に固定する際に,クランプを用いることは古くから行われていた周知かつ慣用の手段であること,クランプは断面がコ字形状をした板状ないし棒状の治具であって,一方の端部にボルトを螺合するねじ部が形成されており,このねじ部にボルトを螺合させて締め付けることにより,2個以上の物を挟み込んで固定するための道具であること,このようなクランプは電気関係の部品の固定にも使用されていることが認められる。
そして,既設の配電盤に配電盤防護装置を取り付ける場合,加工工程や工数がより少ない方法を採用するのが当然であるところ,クランプないしクランプによる取付方法が周知技術であることからすれば,公然実施された配電盤防護装置を配電盤に取り付けるに当たり,当業者がまず最初にクランプを採用することを検討することは当然であると考えられる。しかも,加工工程や工数を少なくするために,銘称盤をそのままにその上部に取り付けること,上板がある銘称盤の上に取り付ける際には,上板の上側に取り付けることになることから,配電盤防護装置の底板の後方端部及び銘称盤の上板の後方端部をクランプで挟み,ボルトを螺合させて締め付け,固定する方法を採用することは,当業者が当然に採用する方法であるというべきである。
よって,当業者が公然実施された前記配電盤防護装置に周知技術であるクランプを組み合わせることにより本件考案4に想到することは極めて容易である。
ウ 以上によれば,本件考案4はその実用新案登録出願前に公然実施をされた考案に基づいて当業者が極めて容易に考案をすることができたものであるから,その実用新案登録には実用新案法37条1項2号,3条2項所定の明らかな無効理由がある。
(6) まとめ 上記の認定判断によれば,本件考案1,3及び4に係る実用新案登録には明らかな無効理由があるから,これらの実用新案権に基づく原告の差止請求及び損害賠償請求は,権利の濫用であって許されない。
4 結論 以上によれば,被告第1物件及び被告第2物件は本件考案2の技術的範囲に属しないものであり,また,本件考案1,3及び4については,その実用新案登録には明らかな無効理由があるから,これらの実用新案権に基づく原告の差止請求及び損害賠償請求は,権利の濫用であって許されない。
したがって,原告の請求は,いずれも理由がない。
よって,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 三村量一
裁判官 和久田道雄
裁判官 田中孝一