関連審決 |
無効2000-35407 異議1998-72201 |
---|
関連ワード | 技術的範囲 / 均等 / 考案 / 図面 / 構造 / 組合せ / 物品 / 設定登録 / 進歩性(3条2項) / 相違点の認定 / きわめて容易 / 訂正の請求 / 請求項 / 容易に想到 / 公知技術 / 寄せ集め / 頒布 / 特定 / 明細書 / 請求の範囲 / |
---|
元本PDF | 裁判所収録の全文PDFを見る |
---|---|
元本PDF | 裁判所収録の別紙1PDFを見る |
事件 |
平成
13年
(行ケ)
449号
審決取消請求事件
|
---|---|
原告 株式会社シマノ 訴訟代理人弁護士 鎌田邦彦 訴訟代理人弁理士 小林茂雄 同 小野 由己男 同 平井 真以子 被告 リョービ株式会社補助参加人 ダイワ精工株式会社 被告兼被告補助参加人訴訟代理人弁護士 平野和宏 同訴訟代理人弁理士 小谷悦司 同 樋口次郎 |
|
裁判所 | 東京高等裁判所 |
判決言渡日 | 2002/12/12 |
権利種別 | 実用新案権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
原告の請求を棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
---|---|
当事者の求めた裁判
1 原告 特許庁が無効2000-35407号事件について平成13年9月13日にした審決を取り消す。 訴訟費用は被告の負担とする。 2 被告 主文と同旨 |
|
当事者間に争いのない事実等
1 特許庁における手続の経緯 原告は,考案の名称を「両軸受リール」とする登録第2552677号の実用新案(平成2年8月7日出願(以下「本件出願」という。),平成9年7月11日設定登録。以下「本件実用新案登録」といい,その考案そのものを「本件考案」という。)の実用新案権者である。 被告は,平成12年7月24日,本件実用新案登録を請求項1に関して無効にすることについて審判を請求した。 特許庁は,この請求を無効2000-35407号事件として審理し,その結果,平成13年9月13日,「登録第2552677号の請求項1に係る考案についての実用新案登録を無効とする。」との審決をし,審決の謄本を同年9月26日に原告に送達した。 なお,原告は,本件実用新案登録に対し,異議の申立て(平成10年異議第72201号事件)がされたときに,その審理の過程で,本件実用新案登録の出願に係る願書の訂正の請求をし(以下「本件訂正」といい,本件訂正による訂正後の明細書及び図面を併せて「訂正明細書」という。),特許庁は,平成11年5月21日,本件訂正を認める,との決定をしている。 2 特許請求の範囲(別紙図面(1)参照) 「【請求項1】リール本体を構成する左右のケース部(1),(1)に亘ってサムレスト(12)とリール脚取付用のロアーフレーム(13)とを配置するとともに,ハンドル軸(16),レベルワインド機構(R),スプール(6),クラッチ操作具(7)夫々を配置して成る両軸受リールであって,前記リール本体の外形を,前記スプール(6)の軸芯(Q)に沿う方向視で円形,若しくは,略円形に成形するとともに,前記サムレスト(12)と前記ロアーフレーム(13)とを,前記リール本体の外形中心(P)を基準にして上下に振り分け,かつ,前記リール本体の外形より内側に位置するように配置するとともに,前記ロアーフレーム(13)は,釣り竿取付け用の脚部を取付けた場合に脚部(14)の底面と前記本体の外形中心(P)までの距離(H)が本体外形の半径(T/2)以下であるように配置し,前記スプール(6)の軸芯(Q)を前記外形中心(P)を基準として前記サムレスト側に設け,前記中心(P)を通過する仮想水平面上,若しくは,その近傍において前記スプール(6)の前方に前記レベルワインド機構(R),及び,前記スプール(6)の後方に前記クラッチ操作具(7)を配置し,前記サムレスト(12)を前記リール本体における前記仮想水平面上に沿った前後方向において前記スプール(6)の軸芯(Q)より前方側でかつ前記レベルワインド機構(R)より後方側に位置させ,前記ハンドル軸(16)を,前記レベルワインド機構(R)より後方,かつ下方に位置させ,前記左右のケース部(1),(1),前記サムレスト(12),前記ロアーフレーム(13)とを一体成型してある両軸受リール。」 3 審決の理由 審決は,別紙審決書の写しのとおり,本件考案は,刊行物である米国特許第2163914号明細書(審判甲1号証,本訴甲18号証,以下「刊行物1」といい,その考案を「引用考案1」という。別紙図面(2)参照。),実開昭60-15167号公報(審判甲2号証,本訴甲2号証,以下「甲2文献」という。),実公昭60-8693号公報(審判甲3号証,本訴甲3号証,以下「甲3文献」という。),米国特許第4223854号明細書(審判甲5号証,本訴甲5号証),米国特許第4226387号明細書(審判甲6号証,本訴甲6号証)及び実開昭60-36077号公報(審判甲8号証,本訴甲8号証)に記載された考案及び周知・慣用技術に基づいて当業者がきわめて容易に考案をすることができたものである,また,本件訂正は,本件出願の願書に最初に添付した明細書又は図面(以下,併せて「当初明細書」という。)に記載した事項の範囲内のものではない,とした。 |
|
原告主張の審決取消事由の要点
審決は,本件考案と引用考案1との相違点についての認定判断を誤り(取消事由Aの1ないし6),かつ,本件訂正についての認定判断を誤った(取消事由B)ものであり,取消事由Aのいずれか及び取消事由Bの認定判断の誤りは,一体となって,審決の結論に影響を及ぼすものであるから,違法として,取り消されるべきである。 1 取消事由A-1(相違点1についての認定判断の誤り) 審決は,本件考案と引用考案1との相違点の一つとして,「リール本体を構成する左右のケース部(1),(1)に亘って配置される上部連結部が,本件考案では「サムレスト」とされているのに対して,甲第1号証に記載の考案の上部連結部である「バー16」が「サムレスト」であるか否か不明である点。 」(審決書11頁第2段落)を認定した上,この相違点(相違点1)につき,「本件考案の出願前に頒布された刊行物である甲第11号証には「円柱状支柱に親指を掛けて」及び「円柱状支柱に親指があてられて」の記載のあることが認められ,また,同じく本件考案の出願前に頒布された刊行物である甲第12号証にも「上側の支柱に親指が掛けられてリールが保持され,支柱が円柱の場合は長時間親指が掛けられる」の記載のあることが認められる。しかして,甲第11号証及び甲第12号証にそれぞれ記載された「円柱状支柱」及び「円柱の支柱」は,甲第11号証及び甲第12号証の前記記載から,いずれも,親指を置いて休ませる「サムレスト」ということができるから,したがって,前記甲第11号証及び甲第12号証にそれぞれ記載された「円柱状支柱」及び「円柱の支柱」と同様形状の柱状部材からなる甲第1号証(判決注・刊行物1)に記載の考案における「バー16」も,本件考案の「サムレスト(12)」と等しく,親指を置いて休ませる「サムレスト」の機能を果たすものであるということができる。以上のことから,甲第1号証に記載の考案の上部連結部である「バー16」は,本件考案の上部連結部である「サムレスト(12)」と同じく「サムレスト」と呼ばれるべきものであることが明らかである。そうしてみると,甲第1号証には「サムレスト」としての「バー16」が実質上記載されているということができるから,本件考案と甲第1号証に記載の考案との間に,前記相違点1に係る構成上の差異はない。」(審決書12頁第1ないし第4段落)と,認定判断した。 実願昭56-142437号(実開昭58-52965号)の願書に添付した明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルム(審判甲11号証,本訴甲11号証,以下「甲11文献」という。)及び実願昭59-97728号(実開昭61-12373号)の願書に添付した明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルム(審判甲12号証,本訴甲12号証,以下「甲12文献」という。)に記載された各考案における,「円柱状支柱」及び「円柱の支柱」は,「親指を置いて休ませる」ことができる部材ではあるものの,そのままでは,長時間親指が掛けられると親指が疲れるとか,指先がスプールとレベルワインダーとの間に入り込むとかの問題があったため,上記各考案においては,指掛け板9又は指当て板9を設けることで,サムレストとしての機能を全うするようにしてある。これに対し,引用考案1のバー16は,本来,フレーム・ピラー及び釣糸均等巻取機構(レベルワインド機構)のガイドとしての機能を有するものであり,単なる棒状の形状であるのみならず,リールの操作者手前側(スプールの後方側)から見てスプールの前方側の遠く回り込んだ低い位置にあり,リールの操作者が後方からスプールの上方をまたいで前方に回りこんだ低い位置に親指を置くことは,スプールに邪魔されて困難であって,サムレストとしての機能を有しないものである。 甲11文献及び甲12文献に記載されたリールは,ロープロフィール型のものであって,引用考案1の丸型リールとは異なる。 ある部材がサムレストとしての機能を有するか否かについては,リール本体の大きさや形状,他の部材との関係等を抜きにしては論ずることができない。甲11文献及び甲12文献に記載されたものと引用考案1との間に上述のような相違がある以上,両文献の記載は,引用考案1の「バー16」か「サムレスト」に当たるか否かの検討に当たっての参考にはなり得ないのである。 したがって,これらを参考にして引用考案1のバー16を,サムレストとすることはできない。刊行物1にサムレストが実質上記載されている,とする審決の上記認定判断は誤っている。 2 取消事由A-2(相違点2についての認定判断の誤り) 審決は,本件考案と引用考案1との相違点の一つとして,「本件考案が「前記中心(P)の近傍において前記スプール(6)の前方に前記レベルワインド機構(R),及び,前記スプール(6)の後方に前記クラッチ操作具(7)を配置」するのに対して,甲第1号証に記載の考案は外形中心の近傍においてスプールの前方にレベルワインド機構が配置されてはいるが,スプールの後方にクラッチ操作具が配置されていない点。」(審決書11頁第3段落)を認定した上,この相違点(相違点2)につき,「甲第2号証の上記記載から,「両軸受けリールのリール本体の中央部またはその近傍において,スプールの前方にレベルワインド機構を配置し,前記スプールの後方にクラッチ操作具を配置すること」は,本件出願前の公知技術であるということができる。また,・・・甲第5号証,甲第6号証及び甲第8号証に,・・・の記載のあることが認められることからみて,「外形が円形のリール本体の外形中心の近傍において,スプールの前方にレベルワインド機構を配置し,前記スプールの後方にクラッチ操作具を配置すること」は,本件出願前に広く採用されていた周知・慣用技術であるということができる。そして,甲第1号証,甲第5号証,甲第6号証及び甲第8号証にそれぞれ記載された考案の相互間に,甲第1号証に記載の考案に前記公知技術または周知・慣用技術を適用することを阻害する要因を認めるに足る記載を認めることができない」(審決書12頁第5段落,第6段落,13頁第1段落,第2段落)と判断した。 しかし,引用考案1は,釣り糸のバック・ラッシュの防止を目的として,従来の一般的なリールにおける,サミングバーなどを利用したサミング操作(親指操作)のための部材に代わって,スプールの後方に,スプールの回転に対する制動を自動的に行うブレーキ装置を設けた点に特徴がある(甲18号証訳文4頁2行〜14行参照)。これに対し,本件考案におけるクラッチ操作具は,サミングバーとしての機能を有するものである。したがって,引用考案1において,サミング操作を行うためのサミングバーとしての機能を有するクラッチ操作具を,スプールの後方に配置することは,サミングバーの代わりにブレーキ装置を設けた引用考案1の前記目的及び構成と矛盾しているのであり,公知技術又は周知・慣用技術である,スプール後方にクラッチ操作具を配置するとの構成を,引用考案1について適用することについては,これを阻害する要因が存在するというべきである。 刊行物1の第3図を見ると,スプールの後方でかつリール本体の外形中心を通る仮想水平面の近傍に「バー13」が設けられており,その位置にクラッチ操作具を設けるべき空間はない。したがって,引用考案1においては,上記位置にクラッチ操作具を設けることができないのであり,この点からも,前記公知技術又は周知・慣用技術を適用することを阻害する要因が存在する,ということができるのである。 3 取消事由A-3(相違点3についての認定判断の誤り) 審決は,本件考案と引用考案1との相違点の一つとして,「本件考案では,左右のケース部(1),(1)とサムレスト(12)とロアーフレーム(13)とが一体成型してあるのに対して,甲第1号証に記載の考案では一体成型されていない点。」(審決書11頁第4段落)を認定した上,この相違点(相違点3)につき,「甲第1号証に記載の考案に甲第2号証及び甲第3号証に記載の上記公知技術を適用することにより,本件考案のような「前記左右のケース部(1),(1),前記サムレスト(12),前記ロアーフレーム(13)とを一体成型してある」という構成を得ることは,当業者がきわめて容易に想到できることである。」(審決書13頁第5段落〜14頁第1段落)と判断している。 しかし,甲2文献及び甲3文献記載のリールは,本件考案の丸型リールとは種別を異にするロープロフィール型のリールであり,ロープロフィール型のリールにおける一体成型の技術を丸型リールに組み合わせるには相応の動機付けが必要であり,これらの公知技術を基にしては,本件考案の前記構成を得ることが当業者がきわめて容易に想到できることである,ということはできない。審決の上記判断は誤りである。 4 取消事由A-4(引用考案1の認定の誤りによる一致点・相違点の認定の誤り) 審決は,本件考案と引用考案1との対比に関し,「甲第1号証の・・・「バー14」・・・「サドル17」が,それぞれ本件考案の・・・「ロアーフレーム(13)」・・・「釣り竿取付け用の脚部(14)」に相当する。」(審決書10頁第2段落)と認定している。 しかし,刊行物1に示された「バー14」は,その図3を見れば明らかなように,また審決でも「バー14及びサドル17が一体となって」(審決書6頁第2段落)と認めているように,サドル17の一部であり,他のバー13,16とも全く異なる構成となっている。 したがって,引用考案1の「バー14」及び「サドル17」は,いずれも本件考案のロアーフレーム(13)ではなく,「釣り竿取付け用の脚部(14)」に相当するものであり,引用考案1には,本件考案のロアーフレーム(13)に相当する部材は設けられていないというべきである。 5 取消事由A-5(相違点4についての判断の誤り) 審決は,本件考案と引用考案との相違点の一つとして,「本件考案が「前記ロアーフレーム(13)は,釣り竿取付け用の脚部(14)を取付け」るものであるのに対し,甲第1号証に記載の考案ではバー14に釣り竿取付け用のサドル17が一体に取付けられている点。」(審決書11頁第5段落)を認定した上,この相違点(相違点4)につき,「本件考案のように,・・・ロアーフレーム(13)と釣り竿取付け用の脚部(14)とを別体にするか,或いは,甲第1号証に記載の考案のように,予めバー14(本件考案の「ロアーフレーム(13)」に相当する。)にサドル17(本件考案の「釣り竿取付け用の脚部(14)」に相当する。)を一体に取付けておくかは,必要に応じて当業者が適宜選択できる設計事項である。」(審決書14頁第2段落)と判断している。しかし,審決のこの判断は,誤りである。 丸型リールにおいて,リール本体の外径等を切削加工する場合に多用される旋盤加工では,円周の外径部分から外方に突出した部位が存在すると,加工が非常に面倒となるのに対し,本件考案のように,サムレストやロアーフレームをリール本体の内側に配置した場合,旋盤加工が非常に容易になる。 しかし,リールには,釣り竿に装着するためにリール取付け用の脚部が必要となる。この脚部は,釣り竿の軸方向に沿って長く形成され,一般的にはリール外径よりも長い。このような脚部をリール本体と一体で形成した場合,丸型のリール外径から脚部が飛び出してしまい,加工が非常に困難になる。また,脚部は,釣り竿の種類等によってその材質等を変更することで,汎用性や商品展開の機会を増すことができるのに対し,脚部がリール本体と一体成型されてしまうと,脚部のみの材質変更は不可能となり,製造効率を損なうものとなる。 したがって,脚部をロアーフレームと一体で形成するか,別体とするかは,特に,ロアーフレームがリール本体と一体成型された本件考案の場合には,非常に重要な技術的事項であって,「必要に応じて当業者が適宜選択できる設計事項」ではない。審決の上記判断は,誤りである。 6 取消事由A-6(相違点全体に対する判断の誤り) 審決は,「甲第1号証,甲第2号証,甲第3号証,甲第5号証,甲第6号証及び甲第8号証に記載の考案の技術分野は,いずれも本件考案の技術分野と共通しているから,上記甲第1号証,甲第2号証,甲第3号証,甲第5号証,甲第6号証及び甲第8号証にそれぞれ記載された考案から,当業者が本件考案の上記相違点2,相違点3及び相違点4に係る構成を想到することは,格別の困難性を要することではない。」(審決書14頁第3段落),と判断した。 しかし,本件考案は,丸型リールを構成する各部材をそれぞれの効果を阻害することなく適切に配置して,リールの大型化を抑え剛性を高めて,パーミング,リーリング,サミング及びクラッチ操作等の操作性を向上させたものであり,全体の構成が有機的に機能する両軸受リールを提供するものであって,前記各甲号証記載の考案等を単に寄せ集めただけでは決して得られない顕著な効果を奏するものである。 具体的には,本件考案は, @ スプール軸芯を上方に偏位させるとともに,ロアーフレーム及びそれに取り付けられる脚部がリール本体の内側に来るように配置し(正確には,脚部の前後両端のみはリール本体外側に突出する。),リールを釣り竿に装着した状態での上方への突出量を抑えてパーミングの操作性を向上させ, A スプールの上方への偏位によって得られたスペースを有効に利用してレベルワインド機構及びクラッチ操作具を配置してリールの大型化を防ぎ, B クラッチ操作具を利用したサミングを行いやすいように(サムレストに干渉しないように),サムレストをスプール軸芯より前方側に配置することにより,パーミングの操作性とサミング操作性の両操作性を共に良好にし, C スプールの上方偏位による左右ケース部のひずみ発生等を,サムレスト,左右ケース部及び一対のロアーフレームを一体成型することによって抑え,操作時におけるリール全体の剛性を高め, D ハンドル軸をレベルワインド機構より後方かつ下方に位置させて,リールの前後方向を長くすることなくスプールへの変速率を大きくできるようにし,しかもハンドル軸をリールの取付脚部に近づけてリーリングを容易にする, との作用効果を奏している。 本件考案のこのような作用効果は,各構成要件がそれぞれ別々に示されている前記各甲号証からは決して予測できないものであり,本件考案が有する顕著な効果というべきものである。 審決は,前記各甲号証記載の考案と本件考案が技術分野を共通にすることを根拠として,前記各甲号証記載の考案から相違点1ないし4に係る本件考案の構成に想到することは格別困難性を要することではない,と判断した。しかし,たとい技術分野が共通であったとしても,本件のように多数の引用例の組合せが必要になる場合は,きわめて容易に想到することができるということはできない。ましてや,相違点1ないし4に係る本件考案の構成と,前記各甲号証記載の考案とは代替的な関係にあるものではなく,これら多数の引用例を組み合わせようとする動機付けは存在しない。 審決は,本件考案をその部分ごとに分割し,その構成を引用考案1と比較して相違点1ないし4を認定し,それらの相違点の各々について個別に判断をし,それぞれがきわめて容易に想到することができたものであるから,本件考案全体もきわめて容易に考案をすることができたものである,と判断している。 しかしながら,全体の構成が有機的に機能する両軸受リールの構成を提供するという本件考案の本質にかんがみれば,本件考案の構成は一体不可分のものであり,これを分断して公知技術と比較する審決は,その判断手法そのものが誤りである,というほかはない。 7 取消事由B(本件訂正についての判断の誤り) 審決は,原告が,本件訂正により,本件考案の実用新案登録請求の範囲に追加した「前記ロアーフレーム(13)は,釣り竿取付け用の脚部を取り付けた場合に脚部(14)の底面と前記本体の外形中心(P)までの距離(H)が本体外形の半径(T/2)以下であるように配置し」(以下「本件追加要件」という。)との構成の意義を誤って認定した結果,その構成が,当初明細書に記載した事項の範囲外であると誤って判断したものである。 審決は,「上記訂正請求の「脚部(14)の底面と前記本体の外形中心(P)までの距離(H)が本体外形の半径(T/2)以下」という訂正が,脚部(14)の底面から前記本体の外形中心(P)までの距離(H)が本体外形の半径(T/2)を上限としてそれ以下の範囲内にあることを意味するところ,本件考案の願書に添付した明細書又は図面(実用新案登録第2552677号公報参照)には,上記範囲の上限及び範囲の根拠となる記載がない。また,本体考案の願書に添付した明細書又は図面に示されているロアーフレーム(13)が配置されている位置は,上記訂正の・・・範囲の上限「本体外形の半径(T/2)」を示唆するものでもない。そして,訂正された上限範囲において,特に脚部(14)の底面から前記本体の外形中心(P)までの距離(H)が上限範囲の上限であるところの丁度本体外形の半径(T/2)であるような距離の,リール本体の下部位置にロアーフレーム(13)を設ける場合を考えたときに,本件考案の作用効果の一つである「リールを釣り竿に取り付けた状態での釣り竿から上方への突出量を小さくする」なる作用効果を奏し得なくなることは明らかである。 そうしてみると,・・・前記訂正請求における明細書の訂正事項は,本件考案の願書に添付した明細書又は図面・・・に記載した事項の範囲内のものではなく,また示唆されてもいない事項であり,そして,前記訂正事項が自明の事項であるということもできない。」(審決15頁第3ないし第5段落)と判断している。 しかし,審決の上記判断は,本件追加要件はロアーフレームが配置される範囲を特定しようとしたものである,との誤った認識に基づくものである。本件訂正前のロアーフレームの位置に関しては,「リール本体の外形より内側に位置するように配置する」とのみ規定されていたものであり(実用新案登録第2552677号公報,甲第21号証。),本件追加要件は,これをさらに限定して,脚部を取り付けた状態でも,なお脚部の底面がリール本体の内側になるように配置されているということを特定したものである。脚部は,ロアーフレームとは異なり,その前後両端部分がリール本体外形より突出しているので,脚部の底面に関して,「リール本体の外形より内側に位置するように配置する」と表現することができず,脚部の底面から外形中心までの距離である距離Hで上記の配置を表そうとしたのである。 以上のように,本件追加要件は,脚部を取り付けた状態でのロアーフレームのリール本体に対する相対的な位置関係(内側か外側か)を特定しようとしたものであって,ロアーフレームが配置される範囲を特定しようとしたものではない。 脚部を取り付けた状態でのロアーフレームの位置関係は,訂正前の明細書に記載のある「リールを釣り竿に取り付けた状態での釣り竿から上方への突出量を小さくする」との作用効果から導かれるものであり,当初明細書の第3図にも明らかに示されているものである。 したがって,本件追加要件は,当初明細書に記載した事項の範囲内であり,これを範囲外と認定した審決は誤りである。 |
|
被告の反論の骨子
審決の認定判断はいずれも正当であって,審決を取り消すべき理由はない。 1 取消事由A-1(相違点1についての認定判断の誤り)について サムレストとは,リールと釣り竿とを同時に把持して釣り糸を巻き取るときに,リールと釣り竿を同時に把持した親指の位置(スプール上側)で親指を置いて休ませることができる部材のことである。サムレストがこのようなものであるとすると,その形状は,必ずしも平板状である必要はなく,要するに親指を置くことができるものであればよいことになり,引用考案1のバー16のような円柱状支柱も,当然これに含まれる。 釣り糸の巻取り時においては,甲11文献の第4図に図示されているように,一方の手の掌(てのひら)と,釣り竿の下側に当てた親指以外の指と,リールのスプールの上側でかつスプール軸芯より前側に配置された円柱状支柱に掛けた親指とで,釣り竿とリールとをリールの反ハンドル側から把持しながら,他方の手でハンドル操作をすることが,従来からなされてきている。甲11文献の上記の円柱状支柱はサムレストであるから,引用考案1において,これとほぼ同じ位置にあるバー16が,サムレストの機能を有しているものであることは明らかである。 2 取消事由A-2(相違点2についての認定判断の誤り)について 刊行物1には,スプールと駆動ハンドルとの連結を解除するクラッチ操作具に関する記載は全くない。このことからすれば,引用考案1は,クラッチ操作具を設けた従来技術を前提とするものではない。したがって,引用考案1は,サミングバーの機能を有するクラッチ操作具に代えブレーキ装置を設けたものではないから,クラッチ操作具をスプールの後方に配置する構成を設けることが,同考案の目的と矛盾することはない。 仮に,引用考案1が,クラッチ操作具を利用したサミング操作(親指操作)に代えてブレーキ装置を設けたものであるとしても,同考案におけるブレーキ装置に代えて従来技術であるクラッチ操作具を設け,これを利用してサミング操作(親指操作)を行い得るようにすることは,従来技術を採用するだけのことであり,きわめて容易に想到し得る構成であることが明らかである。 3 取消事由A-3(相違点3についての判断の誤り)について 丸型リールにおいても,左右のケース部,サムレスト,ロアーフレームを一体成型にすることは,本件考案の出願前の周知技術である(実開昭56-160478号公報,乙第1号証)。また,ケース部,サムレスト,ロアーフレームを一体成型する技術は,ロープロフィール型リールと丸型リールとで,格別異なるものではない。 4 取消事由A-4(引用考案1の認定の誤りによる一致点・相違点の認定の誤り)について 引用考案1のバー14は,サドルが一体に連設されていても,左右の内側枠を結合する機能を有し,サドルを支持する機能を有するものとして,リール下部に設けられているのであるから,ロアーフレームの機能を有しており,本件考案のロアーフレーム13に相当する。 5 取消事由A-5(相違点4についての認定判断の誤り)について 引用考案1のバー14とサドル17とを一体化するか別個の部品とするかは,単なる設計的事項にすぎない。 6 取消事由A-6(相違点全体に対する判断の誤り)について 本件考案は,個々の構成要件がすべて公知ないし周知であり,これら公知ないし周知の要件を単に組み合わせたにすぎず,組合せによる特段の効果も見当たらないものであるから,進歩性がないことは明らかである。 7 取消事由B(本件訂正についての判断の誤り)について 「脚部(14)の底面と前記本体の外形中心(P)までの距離(H)が本体外形の半径(T/2)以下」であるという本件追加要件が,「脚部(14)の底面をリール外形下端からリール外形中心までの間に配置」し,「T/2」の長さを基準として距離Hが設定し得る範囲を特定していること,及び,本件考案の当初明細書には,距離HがT/2となる場合について,その根拠となる記載が全く存しないことは,明らかである。 |
|
当裁判所の判断
1 取消事由A-1(相違点1についての認定判断の誤り)について 原告は,刊行物1にサムレストが実質上記載されている,とする審決の前記認定判断は誤っている,引用考案1のバー16は,サムレストではない,と主張する。 刊行物1には,「様々な可動部品を支持するリールのメイン・フレームは,垂直に配置され,かつ,互いに水平方向に離間する好ましくは円形の2つの端部ヘッド,即ち,プレート11,12と,両端を前記の複数のフレーム・プレートにそれぞれ連結した複数の水平ピラー,即ちバー13,14,15,16とを有する。バー13はフレーム・ピラーとしてのみ機能し,バー14は釣り用リールを釣り竿へ取り付けるための手段の一部を構成するサドル17を支持する別の機能を有し,バー15は,スプール及び均等巻取機構の間に位置する釣糸18の一部が均等巻取機構の動作を妨げることを防止するガードとしても磯能し,バー16は,釣糸配置機構,即ち,釣糸均等巻取機構の複数のエレメントのうちの1つに対するガイドとしても機能する。」(甲第18号証訳文1頁末行〜2頁第1段落)との記載がある。 引用考案1のバー16が,複数のフレーム・プレートを連結する部材であり,釣糸均等巻取機構の複数のエレメントのうちの一つに対するガイドとしての機能を有しているものであることは,上記記載から明らかである。 甲11文献及び甲12文献には,リールのスプールの上側でかつスプール軸芯より前側に配置された円柱状支柱が,サムレストとして設けられているものであることが明記されている。すなわち,甲11文献には,「大勢の釣り人はキャスティングハンドルとリールを掌中に保持し,スプールの上側でかつスプールを軸芯より前側に配置された円柱状支柱に親指を掛けてキャスティングハンドルとリールを仰角方向に操作容易に使用している。・・・しかし,円柱状支柱に親指があてられて力が掛けられていると,指の当たり位置が痛み,長時間指をあてておられない欠点がある。本考案の目的は,上記欠点を解消して長時間親指でリールの上側を保持して痛みの起らない指掛け板を備えた魚釣用両軸受型リールを提案する」(甲第11号証2頁第1,第3,第4段落)との記載があり,引用考案1におけるバー16の位置にほぼ対応する位置に,同様の形状である円柱状支柱6aが図示され(甲第11号証第2図),これがサムレストであること,及び,この円柱状支柱に親指を当てたままでは,指の当たり位置が痛むことから,その欠点を解消するために,その上に指掛け板を備えた両軸受型リールを提案するものであることが記載されており,甲12文献においても,同様に,引用考案1におけるバー16の位置にほぼ対応する位置に,同様の形状の円柱状支柱が図示され(甲第12号証第3図),「上側の支柱に親指が掛けられてリールが保持され,支柱が円柱の場合は長期間親指が掛けられると親指が疲れて痛み,・・・本考案は上記欠点に鑑み,リールの両側枠板間のスプール軸より前側を指当て板で覆って親指の痛みを防止する」(甲第12号証1頁第4段落,2頁第2段落)との記載があり,この円柱状支柱がサムレストであること,及び,指当て板がその改良のためのものであることが明示されている。以上の甲11文献及び甲12文献の記載を前提に刊行物1の上記認定の記載及び図面をみれば,引用考案1のバー16がサムレストであることは,明らかである。 原告は,引用考案1のバー16は,本来,フレーム・ピラー及び釣糸均等巻取機構(レベルワインド機構)のガイドとしての機能を有するものであり,単なる棒状の形状であるのみならず,リールの操作者手前側(スプールの後方側)から見てスプールの前方側の遠く回り込んだ低い位置にあり,サムレストとしての機能を有しない(リールの操作者が後方からスプールの上方をまたいで前方に回りこんだ低い位置に親指を置くことは,スプールに邪魔されて困難である。),と主張する。 しかし,引用考案1のバー16がフレーム・ピラー及び釣糸均等巻取機構(レベルワインド機構)のガイドとしての機能を有するものであることは,前記認定のとおりではあるけれども,バー16の上面は,釣糸均等巻取機構のガイドには使用しない部分であるから,バー16は,釣糸均等巻取機構の作動を妨げることなく,サムレストとしての機能も十分に果たし得るものである。また,刊行物1の第3図のバー16の位置と,甲11文献の第2図,甲12文献の第3図のサムレストの位置とを比較してみれば,両者はほぼ同じ位置に設置されていることが認められ,原告が主張するように,後方からスプールの上方をまたいで前方に回りこんだ低い位置に親指を置くことは,スプールに邪魔されて困難である,と認めることは到底できない。 原告は,甲11文献及び甲12文献に記載されたリールは,ロープロフィール型であって,引用考案1の丸型リールとは異なる,ある部材がサムレストとしての機能を有するか否かについては,リール本体の大きさや形状,他の部材との関係等を抜きにして論ずることはできない,甲11文献及び甲12文献の記載は参考とはならない,と主張する。 しかし,丸形リールであれ,ロープロフィール型リールであれ,リールを用いる場合においてサムレストを必要とすることは,技術常識に属することであり,刊行物1の第3図のバー16の位置及びリールの全体形状,並びに,甲11文献の第2図,甲12文献の第3図のサムレストの位置とリール全体の形状とを比較してみても,引用考案1のバー16がサムレストとしての機能を有しないとか,サムレストではないとする根拠を認めることはできず,原告の上記主張は,採用の限りでない。 そもそも,訂正明細書の実用新案登録請求の範囲には,サムレスト(12)に関して,「リール本体を構成する左右のケース部(1),(1)に亘ってサムレスト(12)…を配置する」,「前記サムレスト(12)と前記ロアーフレーム(13)とを,前記リール本体の外形中心(P)を基準にして上下に振り分け,かつ,前記リール本体の外形より内側に位置するように配置する」と特定されているものの,このサムレスト(12)の形状を特定のものに限定するとか,円柱状支柱の形状のものを除外するとか,というような記載はなく,また,リール本体の外形中心(P)を基準にして,サムレスト(12)が上に,ロアーフレーム(13)が下に配置され,いずれもリール本体の外形より内側に位置するように設置されること以外に,サムレスト(12)を配置すべき位置について,特段の限定があるわけではない。したがって,サムレストであることが明らかな甲11文献及び甲12文献記載の円柱状支柱と同様の設置位置に設けられ,同様の円柱状形状の引用考案1のバー16は,サムレストとしての機能を有しているとし(審決書12頁第2段落),これは,「本件考案の上部連結部である「サムレスト(12)」と同じく「サムレスト」と呼ばれるべきものである」(審決書12頁第3段落),とした審決の認定に誤りはない。 2 取消事由A-2(相違点2についての認定判断の誤り)について 審決は,「「外形が円形のリール本体の外形中心の近傍において,スプールの前方にレベルワインド機構を配置し,前記スプールの後方にクラッチ操作具を配置すること」は,本件出願前に広く採用されていた周知・慣用技術であるということができる。」,引用考案1に「前記公知技術または周知・慣用技術を適用することを阻害する要因を認めるに足る記載を認めることができない」(審決書13頁第1,第2段落)と認定判断した。 (1) 原告は,これに対し,引用考案1は,釣り糸のバック・ラッシュの防止を目的として,従来の一般的なリールにおける,サミングバーなどを利用したサミング操作(親指操作)のための部材に代わって,スプールの後方に,スプールの回転に対する制動を自動的に行うブレーキ装置を設けた点に特徴がある,これに対し,本件考案におけるクラッチ操作具は,サミングバーとしての機能を有するものである,したがって,引用考案1において,サミング操作を行うためのサミングバーとしての機能を有するクラッチ操作具を,スプールの後方に配置することは,サミングバーの代わりにブレーキ装置を設けた引用考案1の前記目的及び構成と矛盾しているのであり,公知技術又は周知・慣用技術である,スプール後方にクラッチ操作具を配置するとの構成を,引用考案1について適用することについては,これを阻害する要因が存在する,と主張する。 しかし,両軸受リールにおけるクラッチ機構は,スプールと駆動ハンドルとが連結されたままでは,釣り糸をキャスティングする際に,スプールの繰り出し方向の回転とともに駆動ハンドルも一緒に回転してしまい,その抵抗で遠くへ仕掛けを飛ばすことができないばかりか,キャスティング中に高速で回転する駆動ハンドルでけがをすることも考えられるため,スプールと駆動ハンドルとの連結を解除し,キャスティング時にスプールのみが回転するようにすること等のために用いられるものであり,また,クラッチ操作具とは,クラッチ機構を切り替えるための操作具のことである。これに対し,サミング操作とは,親指又はサミングバーをスプールに当てて,スプールの回転を制御する操作のことであるから,サミングバーとクラッチ操作具とは,これを一つの部材で兼用させることは可能であるとしても,そもそもそれを設ける目的が異なるものである。(甲第23号証) そして,訂正明細書の実用新案登録請求の範囲には,クラッチ操作具については,「スプール(6)の後方に前記クラッチ操作具(7)を配置し」との要件が記載されているだけであり,本件考案においては,クラッチ操作具がサミングバーとしての機能を有することは,そもそもその要件として規定されていないのであるから,本件考案のクラッチ操作具がサミングバーとしての機能を有するとの原告の上記主張は,本件考案の実用新案登録請求の範囲の記載に基づかない主張であり,失当である。 刊行物1には,「従来,スプールの繰り出し回転の制御は,スプール上の釣糸巻回体の表面に加わる釣り人の親指の圧力によって行われており,この操作は“親指操作”として一般的に知られている。しかし,スプールから釣糸を繰り出す回転をこのように制御することは,不安定であるばかりか,通常は,長い間の練習及び経験の積み重ねによって熟達した人のみが達成できることである。スプールの繰り出し回転の前期に,スプールの繰り出し回転に対する制動オペレーションを間欠的に実施すべく自動的に動作するとともに,スプールに対して従来行われていた“親指操作”に似た動作を行う手段と,繰り出し回転の後期に,前記の制動作用を解除し,スプールが繰り出し方向に自在に回転することを可能にする手段とを,本発明は提供し,これによって,スプールの繰り出し回転の前期におけるスプールのバック・ラッシュ動作を防止する」(甲第18号証訳文4頁第1,第2段落)との記載があり,この記載からすれば,引用考案1が,キャスティング時のスプールの回転を制御するために指で押さえてスプールを制動するサミング操作をする代わりに,ブレーキ装置を設け,これによりスプールを自動的に制動する点にその特徴があると認められる。そして,引用考案1においては,ブレーキ装置の操作部材であるフィンガー・ピース46が,釣り竿を把持した親指によってこれを操作する関係で,スプール後方のリール後部に設けられていることが認められる(甲第18号証)。 しかし,刊行物1には,クラッチ機構及びクラッチ操作具についての記載はなく,クラッチ機構に代えてブレーキ装置を設ける等の,クラッチ機構ないしクラッチ操作具を排除する趣旨の記載は一切ないだけでなく,「要するに,このバック・ラッシュ防止装置は構造が簡単であり,現在市販されている標準タイプの釣り用リールに簡単に組み込むことができる。更に,フィッシング・リールの他の機構を邪魔することなく,バックラッシュ防止装置をフィッシング・リール内にコンパクトに組み付け得る。」(甲18号証訳文8頁第4段落)との記載がある。この標準タイプの釣り用リールには,1939年6月27日に特許された米国特許である引用考案1の出願時においても周知慣用技術であったクラッチ機構及びクラッチ操作具が組み込まれているものが当然に含まれていることは明らかであるから,刊行物1によれば,引用考案1のブレーキ装置は,クラッチ機構及びクラッチ操作具が組み込まれている標準タイプの釣り用リールに簡単に組み込まれることがそもそも想定されているものということができる。したがって,当業者であれば,引用考案1の構成のものに,キャスティング時にリールを把持する手の親指で操作することが可能な範囲で,スプール後方の空間における,ブレーキ装置の操作具等の他の部材と干渉しない位置に,クラッチ操作具を配置することは,特段の困難なく容易に想到し得る,単なる設計的事項であるというべきである。 この場合,クラッチ操作具とブレーキ装置の操作部材がスプール後方に併存することになるものの,本件考案においては,ブレーキ装置を設けることは,実用新案登録請求には範囲に記載されておらず,単にその構成要件とはされていないだけであり,実用新案登録請求の範囲に記載された構成のものにブレーキ装置を付加したものが,本件考案の技術的範囲に含まれるものであることは,当然である。 したがって,引用考案1のものに,周知慣用の技術である,スプール後方にクラッチ操作具を配置するとの技術を適用することが,引用考案1の前記目的及び構成と矛盾するとか,これを阻害する要因があるとか,との原告の前記主張は採用することができない。 さらにいえば,両軸受リールにおいて,クラッチ機構とともにブレーキ装置を設けるか,設けないかというようなことは,そもそも本件考案の出願時における周知慣用の技術の選択的適用の問題であるにすぎないというべきである(甲第23号証)。すなわち,引用考案1において,ブレーキ装置の代わりにクラッチ機構を設けることは,引用考案1の前記目的に抵触することになるものの,刊行物1は,1939年6月27日に特許された米国特許公報であり,本件考案は,その51年後の平成2年8月7日に出願されたものであるから,本件考案の出願時においては,これらをどのように用いるかは,両軸受リールにおける周知慣用技術の単なる選択的適用の問題にすぎない,というべきである。当業者が,引用考案1のブレーキ装置とクラッチ機構及びその操作具を併存させるか,ブレーキ装置をそもそも不要と考え,スプールの後方に,ブレーキ装置に代えてクラッチ機構のみを配置させるかは,いずれの構成もきわめて容易に想到し得るものであるというべきである。 (2) 原告は,刊行物1の第3図を見ると,スプール後方でかつリール本体の外形中心を通る仮想水平面の近傍に「バー13」が設けられており,その位置にクラッチ操作具を設けるべき空間はなく,クラッチ操作具を設けることについて,これを阻害する要因が存在する,と主張する。 しかし,引用考案1のブレーキ装置(バック・ラッシュ防止装置)をリールに組み込むに際して,共存する部材であるバー13との配置を考慮することは,単なる設計事項に属するものでしかなく,バー13の存在をもって,クラッチ操作具を設けることについて,これを阻害する要因があるということはできない。 実際に,本件考案の訂正明細書の第3図に示されているフレームの一つであって,引用考案1のバー13と同じ構成の部材である「連結フレーム34」は,クラッチ操作具の上下移動の案内杆となっているとともに,クラッチ操作具の「円弧状貫通孔7B」に挿通されて左右ケース部を連結している。このように,連結フレームの本来の機能は,左右ケース部を連結して,フレームの骨格となるものであり,その位置を適宜に設けることは,単なる設計事項に属することにすぎない,というべきである。したがって,引用考案1において,クラッチ機構を設ける場合に,バー13が邪魔になってクラッチ操作具を配置することができないとの原告の主張は到底採用することができない。 以上によれば,引用考案1に,「外形が円形のリール本体の外形中心の近傍において,スプールの前方にレベルワインド機構を配置し,前記スプールの後方にクラッチ操作具を配置する」との「周知・慣用技術を適用することに,当業者が格別の困難性を要するものとは認められない。」(審決書13頁第1,第2段落)とした審決の判断に誤りはない。 3 取消事由A-3(相違点3についての認定判断の誤り)について 原告は,審決が,引用考案1に「甲第2号証及び甲第3号証に記載の上記公知技術を適用することにより,本件考案のような「前記左右のケース部(1),(1),前記サムレスト(12),前記ロアーフレーム(13)とを一体成型してある」という構成を得ることは,当業者がきわめて容易に想到できることである」(審決書13頁第5段落〜14頁第1段落)としたのに対し,甲2文献及び甲3文献記載のリールは,本件考案の丸型リールとは種別を異にするロープロフィール型のリールであり,ロープロフィール型のリールにおける一体成型の技術を丸型リールに組み合わせるには相応の動機付けが必要であり,これらの公知技術を基にしては,本件考案の前記構成を得ることが当業者がきわめて容易に想到できることである,ということはできない,と主張する。 しかし,原告は,ロープロフィール型リールの技術を丸型リールの技術として組み合わせるためには,相応の動機付けが必要であると指摘はするものの,その組合せの際の困難性あるいは阻害要因に関して,具体的な主張をしているわけではない。また,一体成型の技術は,そもそも,本件考案の両軸受リールに限らず,どの技術分野においても,物品あるいは装置を構成するに際して,組立工程の簡略化,部品剛性の確保,固着要素の省略,外観形成の容易化等を考慮して適宜採用されているものであって,一般的な技術であると考えられるのであるから,このような一体成型を行うこと自体が格別なこととは到底いえないのである。それを根拠付ける具体的な事実を挙げないでする,ロープロフィール型のリールにおける一体成型の技術を丸型リールに組み合わせるには相応の動機付けが必要である,との原告の前記主張は,到底採用することができない。 4 取消事由A-4(引用考案1の認定の誤りによる一致点・相違点の認定の誤り)について 原告は,審決が,引用考案1は,バー14,サドル17が,それぞれ本件考案のロアーフレーム(13),釣り竿取付け用の脚部(14)に相当する,と認定したのに対し(審決書10頁第2段落参照),引用考案1のバー14及びサドル17は,本件考案の「釣り竿取付け用の脚部(14)」に相当するのであり,引用考案1には,本件考案のロアーフレーム(13)に相当する部材は設けられていない,と主張する。 しかし,引用考案1のバー14は,サドルが一体に連設されていても,左右の内側枠を結合する機能を有し,かつ,サドルを支持する機能も有するものとして,リール下部に設けられているものであるから,本件考案のロアーフレーム(13)が有している機能と全く同等の機能を有しているものである。したがって,審決が,引用考案1のバー14が,本件考案のロアーフレーム(13)に相当する,と認定したことに何ら誤りはない。 5 取消事由A-5(相違点4についての認定判断の誤り)について 審決は,「本件考案のように,・・・ロアーフレーム(13)と釣り竿取付け用の脚部(14)とを別体にするか,或いは,甲第1号証に記載の考案のように,予めバー14・・・にサドル17・・・を一体に取り付けておくかは,必要に応じて当業者が適宜選択できる設計事項である。」(審決書14頁第2段落)と判断した。これに対し,原告は,脚部をリール本体と一体で形成した場合,丸型のリール外径から脚部が飛び出してしまい,加工が非常に困難になる,また,脚部は,釣り竿の種類等によってその材質等を変更することで,汎用性や商品展開の機会を増すことができるのに対し,脚部がリール本体と一体成型されてしまうと,脚部のみの材質変更は不可能となり,製造効率を損なうものとなる,と主張する。 しかし,部品を製作するに際して,組立て時の取付けの便宜,強度面からの材料選択の便宜等から,一つの部品を一体のものとするか,複数のものを組み合わせたものとするかは,どの技術分野においても適宜設計段階で考慮されていることである。そして,両軸受リールにおいて,脚部とロアーフレームを別体とすることが,本件考案の出願時における周知・慣用の技術事項であることは,例えば,実開昭56-160478号公報に示されているとおりである(乙第1号証)。したがって,ロアーフレームと脚部とを別体とすることにより,原告主張の効果が生じることは認められるものの,これらは,いずれも周知・慣用技術によるものであり,本件考案に特有の効果ではない。審決の上記判断に誤りはない。 6 取消事由A-6(相違点全体に対する判断の誤り)について 原告は,審決の「上記甲第1号証,甲第2号証,甲第3号証,甲第5号証,甲第6号証及び甲第8号証にそれぞれ記載された考案から,当業者が本件考案の上記相違点2,相違点3及び相違点4に係る構成を想到することは,格別の困難性を要することではない。」(審決書14頁第3段落)との判断に対し,本件考案が,丸型リールを構成する各部材をそれぞれの効果を阻害することなく適切に配置して,リールの大型化を抑え剛性を高めて,パーミング,リーリング,サミング及びクラッチ操作等の操作性を向上させたもので,全体の構成が有機的に機能する両軸受けリールであるから,各甲号証記載の考案等を単に寄せ集めただけでは決して得られない顕著な効果を有しているものである,たとい技術分野が共通であったとしても,本件のように多数の引用例の組合せが必要になる場合は,これら多数の引用例を組み合わせようとする動機付けは存在しない,と主張する。 しかし,本件考案と引用考案1とを比較したときに,引用考案1の両軸受リールが備えていない構成は,いずれも,両軸受リールの技術分野において,従来から存在していた公知技術であるか周知・慣用技術であるかである。例えば,釣り糸を繰り出す,あるいは,釣り糸を巻き取る際に機能するレベルワインド機構を前記仮想水平面の前方側に配設することは,釣り糸が竿先とリールとにわたって配される関係にあることから,従来より慣用されている配置であり,主にキャスティングの際に操作されるクラッチ操作具を前記仮想水平面の後方側に配置することも,操作に便宜であることから,従来より慣用されている配置であることは,前記甲第2,第5,第6,第8号証から明らかである。また,ケース部,サムレスト及びロアーフレームを一体成型するかどうか,及び,ロアーフレームと脚部を一体とするかどうか等の事項が,適宜設計段階で考慮される選択的事項にすぎないことも前記のとおりである。 そして,本件考案の最大の特徴である「前記スプール(6)の軸芯(Q)を前記外形中心(P)を基準として前記サムレスト側に設け」るとの構成は,引用考案1も備える特徴的な構成である。 したがって,本件考案においては,上記の特徴的な構成と,上記の公知技術あるいは周知・慣用技術からなるそれぞれの構成が全体として有機的に機能するものであるとしても,当業者であれば,引用考案1に示されている上記の特徴的な構成と,相違点1ないし4に係る既述の公知技術あるいは周知・慣用技術を組み合わせることは,当業者が,両軸受リールの設計段階において適宜選択する事項にすぎず,これらの組合せは,それらを一体としてみても,きわめて容易に想到し得ることである,というべきである。 原告は,本件考案の構成は一体不可分のものであり,これを分断して公知技術と比較する審決は,その判断手法そのものが誤りである,と主張する。 しかし,審決では,本件考案と引用考案1との上記相違点1ないし4が,従来から両軸受リールの技術分野では公知ないし周知・慣用の技術事項であることを十分に説示するとともに,これらの組合せが格別なものとはいえないとしているのであり,原告が指摘するように,殊更に,本件考案の構成を分断して検討したものということもできない。審決の上記判断に誤りはない。 7 取消事由B(本件訂正についての判断の誤り)について 原告は,審決の判断は,本件追加要件がロアーフレームが配置される範囲を特定しようとしたものであるとの誤った認識に基づくものである,本件訂正前のロアーフレームの位置に関しては,「リール本体の外形より内側に位置するように配置する」とのみ規定されていたものであり(実用新案登録第2552677号公報。甲第21号証。),本件追加要件は,これをさらに限定して,脚部を取り付けた状態でも,なお脚部の底面がリール本体の内側になるように配置されているということを特定したものである,脚部は,ロアーフレームとは異なり,その前後両端部分がリール本体外形より突出しているので,脚部の底面に関して,「リール本体の外形より内側に位置するように配置する」と表現することができず,そのため脚部の底面から外形中心までの距離である距離Hで上記の配置を表そうとしたのである,と主張する。 しかし,「脚部(14)の底面と前記本体の外形中心(P)までの距離(H)が本体外形の半径(T/2)以下」であるとの本件追加要件は,脚部(14)の底面と前記本体の外形中心(P)までの距離(H)が本体外形の半径(T/2)を上限としてそれ以下の範囲内にあることを意味するのであり,距離(H)がこの数値範囲の上限である(T/2)の場合が,当初明細書には全く開示されていないものであることは明らかである。また,そのような場合に,本件考案の作用効果の一つである「リールを釣り竿に取付けた状態での釣り竿から上方への突出量を小さくする」との作用効果を奏することができないことも明らかである。そうだとすれば,本件追加要件が,仮に,原告が主張するように,出願人の主観的意識としては,脚部は,ロアーフレームとは異なり,その前後両端部分がリール本体外形より突出しているので,脚部の底面に関して,「リール本体の外形より内側に位置するように配置する」と表現することができず,そのため脚部の底面から外形中心までの距離である距離Hで上記の配置を表そうとした,との理由で追加されたものであるとしても,本件追加要件が,客観的にみて,当初明細書に記載されていないものを含む内容となっている以上,本件訂正が違法であるとした審決の判断に誤りはないという以外にないのである。 |
|
結論
以上に検討したところによれば,原告の主張する取消事由にはいずれも理由がなく,その他,審決には,これを取り消すべき瑕疵は見当たらない。そこで,原告の本訴請求を棄却することとし,訴訟費用の負担について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 山下和明 |
---|---|
裁判官 | 設樂隆一 |
裁判官 | 高瀬順久 |