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関連ワード 損害額 /  実施料相当額 /  権利濫用(権利の濫用) /  考案 /  構造 /  自然法則 /  技術的思想の創作 /  進歩性(3条2項) /  新規性(3条1項) /  きわめて容易 /  請求項 /  容易に想到 /  特定 /  明細書 /  請求の範囲 / 
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事件 平成 14年 (ワ) 5502号 実用新案権侵害差止等請求事件
原告X
訴訟代理人弁護士 赤尾直人
同 相澤光江
同 二関辰郎
同 谷津朋美
被告Y
訴訟代理人弁護士 山口宏
同 高島良樹
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2003/01/20
権利種別 実用新案権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は,原告の負担とする。
事実及び理由
請求
1 被告は,別紙物件目録2記載の資金別貸借対照表を使用してはならない。
2 被告は原告に対し,金1400万円及びこれに対する平成14年3月29日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
事案の概要・
本件は,資金別貸借対照表に係る実用新案権を有する原告が,被告に対し,資金別貸借対照表を使用する被告の行為が,実用新案権を侵害するとして,その使用差止めと損害賠償を求めている事案である。
1 前提となる事実(証拠を示した事実を除いて争いがない) (1) 原告及び被告は,いずれも税理士業を営んでいる。
(2) 原告は,次の実用新案権(以下「本件実用新案権」といい,請求項1の考案を「本件考案」といい,実用新案法を「法」という場合がある。)。
登録番号 実用新案登録第2077899号 出願日 平成元年10月16日 出願公告日 平成6年12月7日 登録日 平成7年9月4日 実用新案登録請求の範囲 別紙実用新案公報(以下,これに掲載された明細書を「本件明細書」という。)の該当欄記載のとおり (3) 本件考案の登録請求の範囲を構成要件に分説すると,次のとおりになる。
A 資金別の貸借対照表であって,この表は, 損益資金の部の欄と, 固定資金の部の欄と, 売上仕入資金の部の欄と, 流動資金の部の欄と, を含み,これらの欄は縦方向または横方向に配設してあり, B 上記損益資金の部の欄,固定資金の部の欄,売上仕入資金の部の欄,流動資金の部の欄の各欄は貸方・借方の欄に分けてあり,更に貸方・借方の欄に複数の勘定科目が設けてあり, C 上記損益資金の部の欄,固定資金の部の欄,売上仕入資金の部の欄,流動資金の部の欄の各欄に対応して現在の現金預金の欄が設けてある, D 資金別貸借対照表。
(4) 本件明細書には,以下のとおりの記載がある(甲2)。すなわち, ア 【産業上の利用分野】として,「本考案は貸借対照表の改良に関し,更に詳しくは貸借対照分析を数字のプラス及びマイナス等で理解できるようにし,それが損益と資金に関連付けられた資金別貸借対照表に関する。」(2欄13行〜3欄1行), イ 【従来技術】として,従来の勘定式貸借対照表は,「資産と負債・資本を対照として示す形式のもので」(3欄9行〜10行),「右側(貸方)にどのような種類や(「の」の誤記と認める。)負債や資本がどれだけあるのかを示しており,左側(借方)にはどのような種類の資産がどれだけあるのかを示している。更に敷衍すると,右側は会社が必要な資金をどのような形で調達してきたのかを表わしており,左側はその調達してきた資金をどのように使用して運用しているのかを表わしている。」(3欄30行〜36行) ウ 【従来技術の課題点】として,「従来の貸借対照表は,その見方として資産全体に対する流動資産,固定資産の割合,流動負債,固定負債,自己資本,これらが資産全体の何%を占めるかを知り,モデルケースと照らし合わせ,その多寡によって企業が安定しているか不安定か,つまりバランス状態を見る。そのためには前記した各欄の数字が示す内容を十分理解しておかなけらばならない。
ところで,企業にとっても最も重要なことは「損益と資金」であるが,・・・従来の貸借対照表では,資金に関して一枚の表にまとめることは困難である。
また,従来の貸借対照表は,前記したように分析の結果がパーセント等の数値分析でなされる為に,損益,資金との関連性について理解するのが困難である。この為貸借対照表の分析結果が企業において生かされていない。また,仮に数値分析の理解がなされていても,数値分析の結果,企業の取るべき指針が明確に理解できない為,数値分析が無駄となっているばかりか見易いとは言えなかった。」(3欄41行〜4欄10行), エ 【考案の目的】として,「本考案は,従来の制度会計と企業の損益認識のギャップを解決するもので,貸借対照分析を数字のプラス及びマイナス等で理解できるようにし,それが損益と資金に関連付けられた貸借対照表を提供することを目的とする。」(4欄12行〜15行), オ 【考案の構成】として,請求項と同旨の記載に続けて,「本考案では損益を資金で認識できるようにすることに特徴がある。」(4欄33行〜34行), カ 【考案の効果】として「本考案は上記構成を有し,次の効果を奏する。
(1)貸借対照表分析が,損益資金の部の欄,固定資金の部の欄,売上仕入資金の部の欄,流動資金の部の欄の数字の組み合わせによるプラス,マイナスによって判断できる。このため経理の知識が乏しい者でも貸借対照表を理解して企業の財政状態及び財務体質を知ることができ,取るべき財務方針を確立することができる。
(2)前記各資金の欄に予想数字を当てはめることによって未来の資金別貸借対照表を作成することができる。これによって未来の資金を理解することができ,その必要最低資金額が解る。このため企業の業績の予想を的確に行なうことができる。
(3)損益と資金については,全部の勘定科目が資金と繋るので損益と資金の関連性を理解することができ,損益の認識が容易に理解できる。
(4)全体としては貸借対照表であるけれども,損益資金の部が損益計算書としての機能を果たし,しかも資金の勘定科目が表されているので資金繰り表の機能をも有する。このため一つの表が貸借対照表,損益計算書,資金繰り表の働きをするため個別に表を作成する必要がない。
(5)企業取引には,資金取引と非資金取引があり,資金取引だけで資金繰り表の作成をするといわれている。しかし,企業取引に非資金取引がないことが理解できる。従って現行の資金繰りに誤りがあることが理解できる。」(14欄33行〜15欄8行), と記載されている。
(5) 被告は,別紙物件目録1記載の資金別貸借対照表(以下「被告貸借対照表1」という。)を使用していた(現在は使用を中止した。)。また,被告は,別紙物件目録2記載の資金別貸借対照表(以下「被告貸借対照表2」といい,被告貸借対照表1と併せて「被告貸借対照表」ということがある。)を,現在使用している(弁論の全趣旨)。
2 争点 (1) 被告貸借対照表は構成要件Aを充足するか。(争点1) (2) 本件実用新案登録は無効理由の存在が明らかであるか。(争点2) (3) 原告の損害額はいくらか。(争点3)
当事者の主張
1 争点1(被告貸借対照表は構成要件Aを充足するか)について (原告の主張) (1) 構成要件Aにおいて,「損益資金」は,損益を集計した資金であって,いわば儲けた金額を指し,「固定資金」は,固定的・長期的な資金の調達・運用の差額により発生した資金を指し,「売上仕入資金」は,売上代金の回収,仕入代金の支払の差額により発生した資金を指し,「流動資金」は,損益資金・固定資金・売上仕入資金以外の資金の調達・運用により発生した資金を指す。
(2) これに対して,被告貸借対照表1において,「利益剰余金」は,売上原価,売上高などに基づいて算出された,会計基準日の利益金であるから,構成要件Aの「損益資金」に該当し,「設備投資資金」は,固定資産,資本金などの項目に基づいて算定された金額であり,固定的・長期的な資金の調達・運用の状況を示しているから,構成要件Aの「固定資金」に該当し,「営業活動資金」は,売上債権,仕入債務などの営業資金に基づいて算定された金額であり,営業上の売上代金の回収,仕入代金の支払の状況を示しているから,構成要件Aの「売上仕入資金」に該当し,「調整資金」は,有価証券,短期貸付金などの流動資産,及び短期借受金,預り金などの流動負債などの項目に基づいて算定された金額であり,損益資金(利益剰余金),固定資金(設備投資資金),売上仕入資金(営業活動資金)以外の資金の調達・運用の状況を示しているから,構成要件Aの「流動資金」に該当する。
したがって,被告貸借対照表1は,構成要件Aを充足する。
(3) また,被告貸借対照表2において,「利益金」は,繰越利益の区分欄と当期利益の区分欄とに区分けされているが,双方によって会計基準日の利益金の累計額を示しているから,構成要件Aの「損益資金」に該当する。また,被告貸借対照表2の「設備投資資金」及び「営業資金」は,前記(2)で述べたのと同じ理由から,それぞれ構成要件Aの「固定資金」及び「売上仕入資金」に該当する。さらに,被告貸借対照表2の「営業外資金」及び「調整資金」は,2つに区分けされているが,両者の区別は曖昧であること(甲5の2),「営業外資金」の項目を特に抽出する意義が乏しいことに照らすならぱ,両者を一体のものとみるべきであり,両者は,いずれも損益資金(利益剰余金),固定資金(設備投資資金),売上仕入資金(営業資金)以外の資金の調達・運用の状況を示しているから,構成要件Aの「流動資金」に該当するといえる。
したがって,被告貸借対照表2は,構成要件Aを充足する。
(被告の反論) (1) 構成要件Aの「損益資金」は,単に,損益を集計した資金である。これに対して,被告貸借対照表1の「利益剰余金」は,貸借対照表日における最終的な「損益資金」及び「利益剰余金」が,独自に算出されているのであって,分析過程が異なる。したがって,被告貸借対照表1の「利益剰余金」は,構成要件Aの「損益資金」に該当しない。
被告貸借対照表2の「利益金」も,同様の理由により,構成要件Aの「損益資金」に該当しない。
(2) 構成要件Aの「売上仕入資金」は,売上代金の回収額と仕入代金の支払額との差額により発生した資金を指すと解すべきである。これに対して,被告貸借対照表1の「営業活動資金」は,売掛債権額と買掛債務額との差額を算出した結果から導かれる金額であるから,両者は,計算の基礎となる資産の内容が異なる。したがって,被告貸借対照表1の「営業活動資金」は,構成要件Aの「売上仕入資金」に該当しない。
被告貸借対照表2の「営業資金」も,同様の理由により,構成要件Aの「売上仕入資金」に該当しない。
(3) 構成要件Aの「固定資金」は,貸借対照表上の固定資産,固定負債及び資本金のすべての差引計算の結果を示したものを指すと解すべきである。これに対して,被告貸借対照表2の「設備投資資金」は,当該企業に必要な設備投資資金,それらに係る調達資金及び資本金のみを算出したものであり,不要資産,遊休資産等は考慮しない。すなわち,不要資産等は,企業の本来の営業とは無関係なものとして,営業外資金の欄において摘示される。したがって,被告貸借対照表2の「設備投資資金」は,構成要件Aの「固定資金」に該当しない。
(4) 構成要件Aの「流動資金」は,流動資産及び流動負債に該当する項目を包括的に表示しただけであって,流動資金の部の欄を設定した目的は,原告の「資金の安定度」という独自の観点からの資金の分類にすぎず,財務分析における実践的な意味はない。これに対して,被告貸借対照表2の「営業外資金」は,企業本来の営業に直接関係のない資金運用を抽出して中小企業経営の健全化を促す目的で設定され,他方,「調整資金」は,利益金が設備投資資金,営業資金及び営業外資金それぞれの過不足によりいかに増減したかを分析し,その結果から運転資金の過不足を算出し,調整する目的で設定され,それぞれに別個の分析目的がある。したがって,被告貸借対照表2の「営業外資金」及び「調整資金」は,構成要件Aの「流動資金」に該当しない。
2 争点2(本件実用新案登録は無効理由の存在が明らかであるか)について (被告の主張) 本件実用新案登録には,以下に述べるとおり,無効理由の存在することが明らかである。
(1) 本件考案は,自然法則を利用した技術的思想の創作でない(法2条1項,3条1項柱書き)。
ア 実用新案法は,自然科学上の研究成果として発見された法則を利用した考案の保護を目的とするものである。同法は,その保護の対象について「自然法則を利用した」技術的思想の創作と規定している。
考案自然法則を利用した技術的思想の創作に該当するか否かは,その考案が,自然法則を活用することによって,産業上有意義な事象を認識しやすくするような技術的特徴を有するか否かにより判断されるべきである。
イ 本件考案は,以下に述べるとおり,産業上有意義な事象を認識しやすくするような,自然法則上の技術的特徴を有するものではない。
本件考案に係る資金別貸借対照表は,その記載欄の基本的な配列自体は,会計学上公知の固定性配列法によったものであり,左右に現金預金の欄を設定する配列法も公知のものであるから,本件考案の唯一の創作的特徴は,この2つの記載欄の設定方法を組み合わせて,現金預金の項目を固定性配列法に応じた分類とした点にある。本件考案に係る資金別貸借対照表の特徴は,「資金の安定度」という原告独自の観点から現金預金を分類するという,会計理論的思想そのものである。このように,本件考案は,社会科学に属する会計理論を応用したものであって,しかも,考案の構成要素である各欄に記載されるべき勘定項目は,原告独自の会計理論に関する知識を媒介としなければ理解され得ないものであるから,産業上有意義な事象を認識しやすくするような技術的特徴を有するものとはいえない。
本件考案は,一種の社会科学的思想を表現したものであるが,自然法則を利用するという技術的特徴は認められない。したがって,本件考案自然法則を利用した技術的思想の創作ではない。
ウ 原告は,ビジネスモデル発明が特許法による保護の対象となることに照らすならば,本件考案も,実用新案登録の要件を備えるというべきである旨主張する。しかし,原告の主張は,以下のとおり理由がない。すなわち,特許法による保護の対象となるビジネスモデル発明等は,コンピュータソフトウエア及びハードウエアの利用を不可欠の要素とするものであり,ビジネスモデル発明をソフトウエアに化体しハードウエアの利用により顕現させる過程において自然科学の成果を必然的に利用している。この点において,ビジネスモデル発明等は,社会科学上の成果もしくは社会生活上の現象を単に利用するだけの考案とは異なる。紙せんに表現されるビジネスフォームは,コンピュータハードウエア及びソフトウエアを利用するものでなく,ビジネスモデル発明とは根本的な相違がある。
本件考案は,ビジネスモデル発明と同列に論ずることはできない。
(2) 本件考案は,産業上の利用可能性がない(法3条1項柱書き)。
本件考案は,以下のとおり,原告の個人的な経験を基に立論した原告の独自の会計理論上の思想を表現したものに他ならず,本件明細書記載の作用又は効果は生じない。
まず,本件明細書の「考案の詳細な説明」欄には「作用」として,「資金的には安定している」,「短期借入金,割引手形は無駄であることが解る」等と記載されている。しかし,これらは原告独自の会計理論に基づく評価にすぎず,会計学上何らの根拠もない。
次に,「考案の詳細な説明」欄記載の「効果」として,「経理の知識が乏しい者でも貸借対照表を理解して企業の財政状態及び財務体質を知ることができる」「企業の業績の予想を的確に行うことができる」「損益資金の部が損益計算書としての機能を果たし,しかも資金の勘定科目が表されているので資金繰り表の機能をも有する」等と説明されている。しかし,本件考案に係る貸借対照表においては,僅かに損益資金の部に貸借対照表日における損益計算の結果の一部が表示されているのみであって,損益計算書の本質的機能である,一定の会計期間における経営成績の分析資料を提示するとの機能を備えていない。また,貸借対照表としても,単に貸借対照表日における企業の財産状態を示し,近い将来の一定の時点における財産状態に関して根拠の不十分な予想を示すだけのものになっていて,貸借対照表の本質的機能である会計期末における財政状態を表示するとの機能を備えていない。本件考案においては,いかに資金別の分類をしようとも,上述のとおり貸借対照表日現在の資産,負債及び資本の各分類別の残高を示すにすぎないのであるから,資金繰り表に代替することはできない。
さらに,「考案の詳細な説明」欄記載の「効果」として,「企業取引に非資金取引がないことが理解できる」「現行の資金繰りに誤りのあることが理解できる」と説明されている。しかし,その説明内容は,本来取引の時点において現金取引であったか否かを基準として判断すべき「資金取引」と「非資金取引」との区別を否定していること,現金取引でないものも終局的にはすべて現金化するから現金取引と見なすとしていること等,会計学上成り立ち難い原告独自の見解を前提とするものである。
以上のとおり,本件考案の「作用」「効果」として説明されている内容は誤った見解を前提にしたものであるから,本件考案には,企業の会計,経理又は財務の分野における利用価値がなく,産業上の利用可能性がない。
(3) 本件考案は,新規性がない(法3条1項)。
本件考案は,記載項目の配列及び内容の一部と,左右に原告独自の分類による資金別の現金預金の欄が設けられている点において,従来の貸借対照表又はその他の会計書類と若干相違する点がある。しかし,本件考案における「損益資金の部」,「固定資金の部」,「売上仕入資金の部」及び「流動資金の部」の分類は,公知の固定性配列法による貸借対照表項目の分類をそのまま用いたものであり,各欄に対応して左右に現金預金の欄を設けている点は,一覧式総勘定元帳(乙1の添付資料)における「前残高」及び「残高」と何ら異なるものではない。また,記載項目における相違点は,原告独自の資金分類を内容とする会計理論的思想を表現したにすぎず,相違点と評価することはできない。したがって,本件考案新規性を欠く。
(4) 本件考案は,進歩性がない(法3条2項)。
本件考案は,企業会計,経理及び財務等に従事する通常の知識を有する公認会計士,税理士,経理担当者等が,乙1の添付資料及び特開昭61-89894号公報記載の発明(乙5の3)に基づいて,当業者がきわめて容易考案し得るものであるから,進歩性がない。
(原告の反論) (1) 自然法則の利用について ア 実用新案法にいう「自然法則」の意義 実用新案法は,「考案」について,自然法則を利用した技術的思想の創作と定義する(2条1項)。
考案は,その「構成」によって発揮される「作用,効果」を通じて,産業社会の発達へ寄与する。産業社会は,単に自然科学上の現象だけでなく,社会科学ひいては社会生活上の現象をも少なからず包摂している。考案の構成及び作用効果は,単に自然科学上の側面のみならず,社会生活上の側面に着目して評価することができる。
考案における,固有の構成に基づく作用効果の社会生活上の寄与は,人間の生理的又は心理的な認識現象を介して把握することが可能であり,必ずしも自然現象を不可欠の要素としていると解すべきではない。実用新案法における「自然法則」の対象となる現象は,人間以外の事物による現象だけでなく,人間の生命及び精神領域における事象を含む広義の現象を対象としているものと解すべきである。
イ 「紙せん」ないし「ビジネスフォーム」の考案該当性 本件考案出願当時の「産業別審査基準」(甲8)によれば,ビジネスフォームは,「紙せん」という産業部門に属するものとして扱われている。
上記産業別審査基準においては,「紙せん」について,紙の外形的形状,構造及び組み合わせに考案の特徴が存在する場合と,紙面の記載欄に考案の特徴が存在する場合とに大別されているが,本件考案は,後者に属する。「紙せん」が,産業別審査基準に規定され,かつ,保護の対象とされているのは,前記アで述べたような自然法則の利用に関する解釈を背景とするものであり,紙面の記載欄に関する特定の構成において,人間の生理上又は心理上客観的に認識し易い状況を形成するという趣旨で,自然法則を介した作用効果を発揮することによるものと理解できる。このことは,産業別審査基準が,「紙せん」の考案の類型として,@新しく記載欄を設けた点を要旨とするもの,A公知記載欄を基幹とし,これを改良し,またはこれに付加した点を要旨とするものなどを類型例として挙げ(3.11参照),しかも,上記Aの類型で「B 記載欄の位置,配列を換えたもの」を挙げ(9-2頁の右下から3行参照),記載欄の位置,配列を換えることによって「理解し易い」,「見易い」などの作用効果が得られる場合には,考案として成立することを明示していることからも裏付けられる。
以上のとおり,「紙せん」ないし「ビジネスフォーム」は,法2条1項所定の考案に該当する。
本件考案に係る貸借対照表は,ビジネスフォームの典型例に該当し,従来の貸借対照表及び損益計算書における各項目につき,記載欄の位置,配列を換えているため理解し易くなるという効果を生じており,また,これによって本件明細書に記載されているような従来の貸借対照表とは異なる新たな目的・効果を達成している。本件考案は,上記Aの類型のBに属するものであり,紙せんとしての考案に該当する。
ウ ビジネスモデル発明ないし考案 考案における,固有の構成に基づく作用効果の社会生活上の寄与は,人間の生理的又は心理的な認識現象を介して把握することが可能であり,必ずしも自然現象を不可欠の要素としていると解すべきではない。実用新案法における「自然法則」の対象となる現象は,人間以外の事物による現象だけでなく,人間の生命及び精神領域における事象を含む広義の現象を対象としているものと解すべきである。
このことは,必ずしも自然界の現象を伴っていないビジネスモデル発明ないし考案が,特許法ないし実用新案法の保護の対象とされていることに照らしても明らかである。
(2) 産業上の利用可能性について 本件考案は,本件明細書に記載されているとおり,@企業の財政状態及び財務体質を容易に知ることができ,A企業の業績の予想を的確に行うことができ,B損益と資金との関連性を理解することができ,C貸借対照表,損益計算書,資金繰り表などの個別の表を作成する煩雑性を免れることができ,D企業取引に非資金取引がないことが理解でき,その結果として,変更の資金繰りの過誤があることを理解することができる,などの作用効果があり,正に産業上の利用可能性がある。
(3) 新規性ないし進歩性について 被告主張に係る公知文献(乙1の添付資料)には,本件明細書の実用新案登録請求の範囲請求項1ないし3と同一構成を開示した記載内容は存しない。また,本件考案は,特開昭61-19894号公報(乙5の3)及び乙1の添付資料に基づいて極めて容易に想到し得るものとはいえない。
本件考案は,新規性及び進歩性を有する。
3 争点3(損害額)について (原告の主張) 被告は,平成12年11月から平成14年2月までの間,少なくとも200社の顧問先から,被告貸借対照表の使用に基づき,1か月当たり各社平均10万円の顧問料を取得している。被告が得た顧問料の合計は2億8000万円を下回らない。本件考案の使用における実施料率は,少なくとも5パーセントが相当である。
したがって,原告は被告に対し,上記顧問料合計2億8000万円の5パーセントに当たる1400万円を実施料相当額として損害賠償請求することができる。
(被告の認否) 原告の主張を争う。
当裁判所の判断
1 明らかな無効理由の存在について まず,本件実用新案登録は,法2条1項所定の「自然法則を利用した技術的思想の創作」に該当しないものに対してされたものであって,法3条1項柱書きに反する無効理由の存することが明らかであるか否かの点について検討する。
(1) 本件考案の内容 本件考案の内容は,前記「前提となる事実」の(4)に記載したとおりである。
すなわち,上記の記載によれば,@一般に,勘定式貸借対照表は,資産と負債・資本を対照して示し,資金の調達(右側)と運用(左側)のバランス関係を見ることによって,特定の時点における企業の財産の状態を明らかにし,企業の財務体質を認識できるようにしたものであるが,従来の貸借対照表では,企業にとって最も重要な損益と資金の関連性を理解するのが困難であり,貸借対照表の分析結果が企業において生かされず,また,資金を一覧表にまとめることが困難であったため,本件考案は,これを解決課題として,貸借対照分析を数字のプラス及びマイナス等で理解できるようにし,これによって,損益と資金に関連付けられた貸借対照表を提供することを目的としたものであること,A上記の課題を解決するために,本件考案は,資金別貸借対照表について,資金の観点から,表に「損益資金」,「固定資金」,「売上仕入資金」及び「流動資金」の4つの部の欄を設け,かつ,それぞれの部の欄を貸方と借方に分け,各部に属する勘定科目を,貸方と借方のいずれかに分類し,各部ごとの貸方と借方の差額により求めた「現在の現金預金」を各資金の部の欄に対応させた欄に表示して,損益を資金で認識できるようにし,これによって,経理知識が乏しい者でも,貸借対照表を理解して企業の財務体質等を知ることができ,企業の業績の予想を的確に行うことができ,損益の認識が容易にでき,貸借対照表,損益計算書,資金繰り表など個別に表を作成する必要がない等の効果を奏するものとしたものである。
すなわち,本件考案は,貸借対照表の内容を「損益資金」,「固定資金」,「売上仕入資金」及び「流動資金」という4つの資金の観点から捉え,各資金に属する勘定科目を貸方と借方に分類することで,各資金ごとにその差額である現在の現金預金を把握することができることに特徴を有する。
(2) 判断 ア 実用新案法は,「考案」について,「自然法則を利用した技術的思想の創作をいう」と定義し(法2条1項),また,「産業上利用することができる考案」に対して,所定の要件を充足した場合に,実用新案登録を受けることができると規定する(法3条1項)。
したがって,たとえ技術的思想の創作であったとしても,その思想が,専ら,人間の精神的活動を介在させた原理や法則,社会科学上の原理や法則,人為的な取り決めを利用したものである場合には,実用新案登録を受けることができない(この点は,技術的思想の創作中に,自然法則を利用した部分が全く含まれない場合はいうまでもないが,仮に,自然法則を利用した部分が含まれていても,ごく些細な部分のみに含まれているだけで,技術的な意味を持たないような場合も,同様に,実用新案登録を受けることができないというべきである。)。
イ そこで,本件考案について,この点を検討する。
本件考案は,貸借対照表について,「損益資金」,「固定資金」,「売上仕入資金」及び「流動資金」の4つの資金の観点からとらえたこと,各資金に属する勘定科目を,貸方と借方に分類することにより,各部ごとの貸方と借方の差額により求めた現金預金を認識できるようにしたことに特徴がある。
そうすると,上記本件考案は,専ら,一定の経済法則ないし会計法則を利用した人間の精神活動そのものを対象とする創作であり,自然法則を利用した創作ということはできない。また,本件考案の効果,すなわち,企業の財務体質等を知ることができる,企業の業績の予想を的確に行うことができる,損益の認識が容易にできる,貸借対照表,損益計算書,資金繰り表など個別に表を作成する必要がない等の効果も,自然法則の利用とは無関係の会計理論ないし会計実務を前提とした効果にすぎない。
確かに,「損益資金」,「固定資金」,「売上仕入資金」及び「流動資金」の欄が,「縦方向または横方向に配設され」ることは,見やすくなるという点で,自然法則を利用した効果を伴うということができる。しかし,そのような効果は,そもそも本件考案の特徴であると評価できるものではなく(本件明細書考案の詳細な説明によっても,本件考案の効果として記載されているわけでない。),技術的な観点で有用な意義を有するものではない。
以上のとおりであり,本件考案は,法2条1項にいう「自然法則を利用した技術的思想」に該当しないから,本件実用新案登録には,法3条1項柱書きに反する無効理由の存することが明らかである。
(3) 原告の主張に対する検討 これに対して,原告は,特許庁における産業別審査基準では,「紙せん」という産業部門が設けられていること,「紙せん」は,紙面の記載欄に関する特定の構成において,人間の生理上又は心理上客観的に認識し易い状況を形成するという,自然法則を介した作用効果を発揮するという意味で,「自然法則を利用した技術的思想」に当たるとされていること,本件考案に係る資金別貸借対照表は,「紙せん」に該当すること等の点から,実用新案登録要件を充足する旨主張する。しかし,本件考案が実用新案登録の対象となるか否かについては,法2条1項所定の「自然法則を利用した技術的思想の創作」に当たるかどうかという,法の解釈に即して判断すべきであるから,原告の主張は,そもそも前提において理由がないのみならず,産業別審査基準の「紙せん」についても,自然法則を利用した技術的思想であるか否かの点を考慮して実用新案登録の対象となるか否かを判断すべきところ,本件考案自然法則を利用した創作であると評価できないことは前述のとおりであるので,原告のこの点の主張は失当である。
また,原告は,いわゆる「ビジネスモデル」発明や考案が特許法や実用新案法の保護対象となることに照らしても,本件考案は,実用新案法の保護の対象になると解すべきである旨主張する。しかし,コンピュータ・ソフトウエア等による情報処理技術を利用してビジネスを行う方法に関連した創作が実用新案登録の対象になり得るとすれば,その所以は,コンピュータ・ソフトウエアを利用した創作が,法2条1項所定の「自然法則を利用した技術的思想の創作」であると評価できるからであって,ビジネスモデル関連の発明が特許され,考案が登録された例があったとしても,そのことにより,本件考案が実用新案登録要件を充足するか否かに関する結論に影響を与えるものではない。
2 結論 以上のとおり,本件考案は,法2条1項にいう「自然法則を利用した技術的思想」に該当しないことが明らかであるから,本件実用新案登録は,法3条1項柱書きに反する無効理由を有することが明らかである。したがって,原告の本件実用新案権に基づく本訴請求は,権利の濫用に当たり許されない。原告の請求は,その余の点につき判断するまでもなく,理由がない。よって,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 飯村敏明
裁判官 榎戸道也
裁判官 佐野信