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事件 平成 13年 (ワ) 14488号 実用新案権使用差止等請求事件
原告 株式会社プレスセンター
訴訟代理人弁護士 山下江
同 目片浩三
同 田中伸
同 藤井裕
被告 パンチ工業株式会社
訴訟代理人弁護士 山田敏夫
同 馬場和佳
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2003/01/30
権利種別 実用新案権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
1 被告は,原告に対し,290万4600円及びこれに対する平成11年5月22日(不法行為の後の日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告は,その製造に係るプレス用パンチのリテーナー装置に「チェンジリテーナ」という標章を付し,同標章を付したプレス用パンチのリテーナー装置を販売し,又はそれに関する広告に同標章を付してはならない。
事案の概要
原告は,プレス用パンチのリテーナー装置に関する考案の実用新案権者であるが,被告の製造販売に係るプレス用パンチのリテーナー装置が原告の実用新案権に係る考案技術的範囲に属すると主張して,被告に対し損害賠償を求めている。これに対し,被告は,被告の製造販売するプレス用パンチのリテーナー装置は原告の考案技術的範囲に属しない,と主張して,原告の請求を争っている。
また,原告は,被告がその製造に係るプレス用パンチのリテーナー装置に「チェンジリテーナ」という標章(以下「本件標章」という。)を付し,本件標章を付したプレス用パンチのリテーナー装置を販売し,又はそれに関する広告に本件標章を付している行為が,原告の周知又は著名な商品表示である「チェンジリテーナー」を使用する不正競争行為に該当し,仮にそうでなくても原告の有する登録商標「チェンジリテーナ」の商標権を侵害するか,又は一般不法行為(民法709条)に該当すると主張して,その製造に係るプレス用パンチのリテーナー装置に本件標章を付すことなどの差止め及び損害賠償を求めている。
これに対し,被告は,不正競争防止法に基づく請求については,原告は「チェンジリテーナー」の標章について不正競争防止法上の請求の主体となり得ないと主張し,「チェンジリテーナー」の標章は周知又は著名な商品表示に該当しないし被告は同商品表示と混同を生じさせてもいないと主張し,また,被告による本件標章の使用は,不正競争防止法12条1項1号にいう商品の普通名称等を普通に用いられる方法で使用する行為に該当すると主張して,争っている。また,商標権侵害による請求については,被告は,原告の有する登録商標「チェンジリテーナ」の商標登録は,その商品(プレス用パンチのリテーナー装置)の普通名称を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標を登録したものであるから,商標法46条1項1号,3条1項1号に該当し無効であり,このような商標権に基づく請求は許されない,などと主張して,争っている。
1 前提となる事実等(当事者間に争いがない事実及び証拠により認定した事実。後者については,末尾に認定に用いた証拠を掲げた。) (1) 当事者 原告は,プレス機械設計製作,プレス機械設備コンサルタント等を業とする株式会社である。被告は,プラスチック金型用部品,プレス金型用部品等の製造販売,輸出等を業とする株式会社である。原告は,プレス用パンチのリテーナー装置を販売しており,被告も,プレス用パンチのリテーナー装置を販売していた(弁論の全趣旨。以下,原告の製造に係るプレス用パンチのリテーナー装置を「原告製品」といい,被告の製造販売に係る別紙物件目録記載の各プレス用パンチのリテーナー装置を「被告製品」という。)。
(2) 原告の実用新案権 原告は,下記の実用新案権を有していた(以下,「本件実用新案権」といい,その実用新案登録を「本件実用新案登録」という。甲1)。
実用新案登録番号 第1872007号 出願日 昭和61年8月18日 出願番号 実願昭61-126046号 登録日 平成3年11月19日 考案の名称 プレス用パンチのリテーナー装置 (3) 実用新案登録請求の範囲 本件実用新案登録出願に係る考案明細書(以下「本件明細書」という。
本判決末尾添付の実用新案公報〔以下「本件公報」という。甲2〕参照)の「実用新案登録請求の範囲」の記載は次のとおりである(以下,この考案を「本件考案」という。)。
「カム板3が前進したときはパンチ8がリテーナーブロツク1の下面からストローク分突出し,且つカム板3が後退したときはパンチ8がリテーナーブロツク1内にストローク分引込む如く構成したプレス用のパンチリテーナー装置において,カム板3及びパンチ8両移動方向と直方する方向の深横溝1aをリテーナーブロツク1の上面に凹設すると共に該深横溝1a中にパンチ用嵌合孔1bを設け,パンチ用嵌合孔1bの仮想中心軸とカム板3の移動方向によつて決まる仮想中立面に対し対称な位置に当る深横溝の溝底に複数個のバネ用有底孔1c……1cを設け,圧縮バネ10を配して長方形状パンチセツトブロツク2を上下動のみ可能に深横溝1aに嵌合配置し,該パンチセツトブロツク2に鍔付きパンチ8の段付孔2aを設け,カム板3に対応する傾斜面2cをパンチセツトブロツク2に設けたことを特徴とするプレス用パンチリテーナー装置。」 (4) 構成要件への分説 本件考案は,次のように分説することができる(以下「構成要件A」などという。)。
A カム板3が前進したときはパンチ8がリテーナーブロツク1の下面からストローク分突出し,且つカム板3が後退したときはパンチ8がリテーナーブロツク1内にストローク分引込む如く構成したプレス用のパンチリテーナー装置において, B カム板3及びパンチ8両移動方向と直方する方向の深横溝1aをリテーナーブロツク1の上面に凹設すると共に該深横溝1a中にパンチ用嵌合孔1bを設け, C パンチ用嵌合孔1bの仮想中心軸とカム板3の移動方向によつて決まる仮想中立面に対し対称な位置に当る深横溝の溝底に複数個のバネ用有底孔1c……1cを設け, D 圧縮バネ10を配して長方形状パンチセツトブロツク2を上下動のみ可能に深横溝1aに嵌合配置し, E 該パンチセツトブロツク2に鍔付きパンチ8の段付孔2aを設け, F カム板3に対応する傾斜面2cをパンチセツトブロツク2に設けたことを特徴とするプレス用パンチリテーナー装置。
(5) 原告は,下記の商標権(以下「本件商標権」といい,その登録商標を「本件登録商標」という。)を有している(甲15)。
出願年月日 平成10年8月31日 登録年月日 平成11年11月5日 登録番号 第4332063号 商品区分 第7類 指定商品 金属用金型 登録商標 「チェンジリテーナ」 (6) 被告の行為 被告は,平成8年から平成11年5月21日までの間,被告製品のカタログ(甲3の2)に本件標章を付し,被告製品を製造販売した(弁論の全趣旨)。
(7) 被告製品の構成 被告製品の構成は,いずれも,別紙「被告製品構造図」記載のとおりである。被告製品の深横溝には,パンチ用嵌合孔Gのほかに,バネ用孔H2つとバネ・ボルト段付孔F2つの,合計4つの孔が設けられている。このうち,バネ用孔Hは,径は10mm,深さ約30oの底のある孔であり,内部には径8mm,長さ30oのバネが挿入されている。バネ・ボルト段付孔Fは,径10oの底のない孔であるが,約15oの深さの部分で段が設けられて径が細くなっており,内部には径8mm,長さ15oのバネが挿入されている。平面図で見ると,2つのバネ用孔Hはパンチ用嵌合孔Gの仮想中心軸を中心に点対称の位置にあり,2つのバネ・ボルト段付孔Fも同様にパンチ用嵌合孔Gの仮想中心軸を中心に点対称の位置にあって,2つのバネ用孔Hを結んだ直線と,2つのバネ・ボルト段付孔Fを結んだ直線はパンチ用嵌合孔Gの仮想中心軸上で交差する位置関係にある。そして,パンチ用嵌合孔Gの仮想中心軸とカム板Bの移動方向によって決まる仮想中立面に対しては,仮想中立面の片側にバネ用孔Hとバネ・ボルト段付孔Fが存在し,これと面対称な位置にバネ・ボルト段付孔Fとバネ用孔Hが存在する。すなわち,仮想中立面の片側のバネ用孔Hと面対称な位置にバネ・ボルト段付孔Fが存在し,片側のバネ・ボルト段付孔Fと面対称な位置にバネ用孔Hが存在する(甲3の1〜5,甲9,検乙1,弁論の全趣旨。)。
(8) 被告製品は,本件考案の構成要件A,B,D,E,Fを充足する。
2 争点 (1) 被告製品が,構成要件Cを充足し,本件考案技術的範囲に属するか(争点1) (2) 被告の行為は,不正競争防止法2条1項1号,2号の不正競争行為に該当し若しくは原告の有する商標権を侵害し,又は一般不法行為(民法709条)に該当し,被告は損害賠償責任を負担するか(争点2) (3) 原告が被告の行為によって被った損害の内容及び額(争点3)
争点に関する当事者の主張
1 争点1(被告製品が,構成要件Cを充足し,本件考案技術的範囲に属するか)について (原告の主張) 被告製品は,本件考案技術的範囲に属する。被告製品が本件考案の構成要件A,B,D,E,Fを充足することは当事者間に争いがないが,次のとおり,被告製品は,構成要件Cも充足する。
(1) 構成要件Cの文言の解釈 本件考案の構成要件Cは,「パンチ用嵌合孔1bの仮想中心軸とカム板3の移動方向によつて決まる仮想中立面に対し対称な位置に当る深横溝の溝底に複数個のバネ用有底孔1c……1cを設け,」という文言であるが,この「対称な位置」との文言は,複数個のバネ用有底孔が,幾何学的な意味で面対称になっていることを意味しないと解すべきである。
ア 本件考案は,連続的に送られてくる被加工物を,順次プレス機械上に載せプレスするとき,孔を空けたり空けなかったりするのに使用するプレス用パンチのリテーナー装置に関するものである。
イ 従来のプレス用パンチのリテーナー装置では,パンチを突出させた状態で使用中,衝撃や振動によってカムが後退するなどして誤作動し,不良品を出すことがあった。かかる技術的課題を解決するため,本件考案考案者は,リテーナーブロック1の上面に,カム板3の進行と直方する方向に深横溝1aを設けて,そこにパンチ用嵌合孔1bと,複数個のバネ用有底孔1c……1cを設け,さらに,バネ用有底孔に圧縮バネ10を配して長方形状パンチセットブロック2を上下動のみ可能に深横溝1aに嵌合配置し,パンチセットブロック2にカム板3に対応する傾斜面2cを設けた。本件考案は,こうした構成をとることによって,カム板が正確にプレス位置に保持され,緩衝によるパンチの誤動作を避けることができるようにし,上記の技術的課題を解決したものである。
ウ 上記のような本件考案の技術的課題の解決手段からすれば,本件考案の技術的特徴は,深横溝1aの溝底に複数個のバネ用有底孔がバランス良く配置され,圧縮バネ10によってパンチセットブロック2が円滑に上昇し,また,パンチの際の衝撃による誤動作を避けることができるようにパンチセットブロック2を保持できるようにしたところにある。つまり,深溝底1aの溝底の複数個のバネ用有底孔は,誤動作を避けることができる程度に,バランス良く配置されていればよいのであり,幾何学的な意味で面対称になっていることまで要するものではない。したがって,複数個のバネ用有底孔を「パンチ用嵌合孔1bの仮想中心軸とカム板3の移動方向によって決まる仮想中立面」に「対称」に配置する,という構成要件Cは,複数個のバネ用有底孔が,バランス良く配置されていれば足りるものであって,幾何学的に完全な意味で面対称であることを意味しない。
(2) 被告製品の構成要件Cへの充足性 ア 被告製品の深横溝には,パンチ用嵌合孔Gのほかに,孔が4つ設けられているが,この4つの孔は,バネ用孔H2つとバネ・ボルト段付孔F2つの2種類の孔に分けられる。そして,被告製品において,パンチセットブロックは円滑に上昇し,また,パンチの際の衝撃による誤動作を避けることができるようにパンチセットブロックが保持されており,バネ用孔H2つ及びバネ・ボルト段付孔F2つはバランス良く配置されている。したがって,被告製品は,構成要件Cを充足する。
イ また,仮に構成要件Cが,幾何学的に完全な意味で面対称であることを要すると考えたとしても,被告製品は,構成要件Cを充足する。
なぜなら,バネ用孔Hとバネ・ボルト段付孔Fは,いずれの孔も径が10mmであり,径8mmのバネが挿入されている。そして,被告製品においては,パンチセットブロックが円滑に上昇し,また,パンチの際の衝撃による誤動作を避けることができるようにパンチセットブロックが保持されているから,バネ用孔Hとバネ・ボルト段付孔Fは,いずれも構成要件Cにいう「バネ用有底孔」に該当するものとして,同視し得る。そして,被告製品においては,この4つの孔のうち2つずつの孔が,パンチ用嵌合孔Gの仮想中心軸とカム板Bの移動方向によって決まる仮想中立面に,幾何学的にも面対称な位置に配置されているからである。
(被告の主張) 被告製品は,構成要件Cを充足しないから,本件考案技術的範囲に属しない。
ア 構成要件Cの文言の解釈 本件考案の構成要件Cは,「パンチ用嵌合孔1bの仮想中心軸とカム板3の移動方向によつて決まる仮想中立面に対し対称な位置に当る深横溝の溝底に複数個のバネ用有底孔1c……1cを設け,」というものであるが,この文言の解釈としては,バネ用有底孔は,パンチ用嵌合孔1bの仮想中心軸とカム板3の移動方向によって決まる仮想中立面に対して幾何学的な意味で対称の位置になければならず,かつ,このバネ用有底孔は,仮想中立面の片側にすべて同じ形状のものが複数個なければならない,と考えるべきである。これは,構成要件Cの文言及び本件考案出願経過をみれば明らかである。
(ア) 原告は,当初,本件考案の実用新案登録請求の範囲を,次のようにして出願していた(乙9)。
「カム板3が前進したときはパンチ8がリテーナーブロツク1の下面からストローク分突出し,且つカム板3が後退したときはパンチ8がリテーナーブロツク1内にストローク分引込む如く構成したプレス用のパンチリテーナー装置において,リテーナーブロツク1に圧縮バネ10を配してパンチセツトブロツク2を上下動のみ可能に嵌合配置し,該パンチセツトブロツク2に鍔付きパンチ8の段付孔2aを設け,カム板3に対応する傾斜面2cをパンチセツトブロツク2に設けたことを特徴とするプレス用パンチリテーナー装置。」 (イ) しかし,上記の原告の出願に対し,特許庁は,具体的な引用例を引いて進歩性を欠くことを理由に拒絶理由通知を行った(乙11)。そこで,原告は,上記の実用新案登録請求の範囲について下記の下線部の事項を加える補正を行い(乙15),その結果,本件考案が登録された。
「カム板3が前進したときはパンチ8がリテーナーブロツク1の下面からストローク分突出し,且つカム板3が後退したときはパンチ8がリテーナーブロツク1内にストローク分引込む如く構成したプレス用のパンチリテーナー装置において,カム板3及びパンチ8両移動方向と直方する方向の深横溝1aをリテーナーブロツク1の上面に凹設すると共に該深横溝1a中にパンチ用嵌合孔1bを設け,パンチ用嵌合孔1bの仮想中心軸とカム板3の移動方向によつて決まる仮想中立面に対し対称な位置に当たる深横溝の溝底に複数個のバネ用有底孔1c……1cを設け, (この後にあった「リテーナーブロック1に」との文言は削除。)圧縮バネ10を配して長方形状パンチセツトブロツク2を上下動のみ可能に深横溝1aに 嵌合配置し,該パンチセツトブロツク2に鍔付きパンチ8の段付孔2aを設け,カム板3に対応する傾斜面2cをパンチセツトブロツク2に設けたことを特徴とするプレス用パンチリテーナー装置。」 (ウ) 上記のような出願経過に鑑みれば,本件考案は,単に「リテーナーブロック1に圧縮バネ10を配してパンチセットブロック2を上下動のみ可能に嵌合配置し」ただけでは進歩性を欠き,「パンチ用嵌合孔1bの仮想中心軸とカム板3の移動方向によって決まる仮想中立面に対し対称な位置に当る深横溝の溝底に複数個のバネ用有底孔1c……1cを設け」るという部分を加えたことによって,初めて進歩性を有するものとなったというべきである。したがって,本件考案技術的範囲を考えるに当たっては,原告が後から進歩性を有する部分を加えたことに鑑み,このような事項を加えて補正をした原告の意図に沿って厳格に解釈しなければならない。すなわち,「パンチ用嵌合孔1bの仮想中心軸とカム板3の移動方向によつて決まる仮想中立面に対し対称な位置」という文言は,文字どおり仮想中立面に対して幾何学的に対称な位置のことをいうというべきである。そして,「バネ用有底孔」も,同仮想中立面の片側にそれぞれ複数個なければならず,さらに,これらの「バネ用有底孔」は,上記の補正後の文言に「複数個のバネ用有底孔1c……1c」とあり,バネ用有底孔をすべて同じ符号で表している以上,すべて同じ形状でなければならない,というべきである。
イ 被告製品の構成要件Cへの充足性 被告製品は,上記仮想中立面の片側に,形状の異なる孔であるバネ用孔Hとバネ・ボルト段付孔Fが存在し,これと面対称な位置にバネ・ボルト段付孔Fとバネ用孔Hが存在する。すなわち,仮想中立面の片側のバネ用孔Hと面対称な位置にバネ・ボルト段付孔Fが存在し,片側のバネ・ボルト段付孔Fと面対称な位置にバネ用孔Hが存在する。したがって,仮にバネ用孔Hとバネ・ボルト段付孔Fのいずれも「バネ用有底孔」に該当するとしても,両者の孔は形状が異なる以上,構成要件Cの「複数個のバネ用有底孔1c……1c」との文言を充足しない。
加えて,構成要件Cの「バネ用有底孔」とは,考案の詳細な説明及び図面を参酌して考えれば,底が完全にふさがれた孔をいうことが明らかであるから,被告製品におけるバネ用孔H2つはこれに含まれるが,バネ・ボルト段付孔Fはこれに含まれない。そうすると,被告製品においては,「バネ用有底孔」の文言を充足するバネ用孔H2つが,上記仮想中立面に対して交差する位置にあるということになるから,幾何学的に対称な位置にあるとはいえず,構成要件Cの「対称な位置」との文言を充足しない。
2 争点2(被告の行為は,不正競争防止法2条1項1号,2号の不正競争行為に該当し若しくは原告の有する商標権を侵害し,又は一般不法行為(民法709条)に該当し,被告は損害賠償責任を負担するか)について (原告の主張) (1) 不正競争防止法違反 ア 不正競争行為該当性 (ア) 周知性ないし著名性の具備について 原告は,昭和60年7月ころから現在に至るまで,プレス用パンチのリテーナー装置(原告製品)を製造し,これに「チェンジリテーナー」という標章を付していた。そして,原告は,日本デイトン・プログレス株式会社(以下「デイトン」という。)との間で,原告製品をデイトンのブランドで独占的に販売するという内容のOEM契約を結び,デイトンは,上記期間中,これに基づき原告製品をデイトンのブランドで販売していた。なお,プレス用パンチのリテーナー装置についての「チェンジリテーナー」以外の呼称は,株式会社ミスミ(以下「ミスミ」という。)が製造販売する「セレクトリテーナー」があるのみであったが,同「セレクトリテーナー」は原告製品とは形状が全く異なっていた。
このように,原告は,昭和60年7月ころから現在に至るまで,原告製品であるプレス用パンチのリテーナー装置について「チェンジリテーナー」という標章を付し,同標章は,原告の商品であることを示す商品表示として需要者の間に広く認識され,周知ないし著名なものとなっていた(甲19〜21)。
(イ) 類似性及び混同のおそれ 被告は,平成8年ころから平成11年5月21日ころまでの間,その製造販売した被告製品に本件標章(「チェンジリテーナ」)を表示していた(甲3の2)。しかるに,「チェンジリテーナー」という標章と被告の用いた本件標章とは,同一ないし類似しており,被告の上記行為は,需要者に混同を生じさせる行為である。
(ウ) 被告の主張について (a) 不正競争防止法上の請求の主体 被告は,「チェンジリテーナー」という標章はデイトンの商品であることを示すにすぎないから,原告は不正競争防止法上の請求の主体となり得ないと主張する。しかし,原告は,被告の行為により営業利益の低下という不利益を被ったから,同法3条の「不正競争によって営業上の利益を侵害された者」に該当し,請求の主体となる。また,被告は,原告は不正競争防止法2条1項1号ないし2号にいう「他人」に該当しないと主張するが,ここでいう「他人」しか請求の主体となり得ないものではない。
(b) 不正競争防止法12条1項1号の「普通名称等」への該当性 @ 被告は,「チェンジリテーナー」という標章は当業者の間において,パンチを突出させたり引っ込ませたりする機能を有するパンチの保持具,という意味で,プレス用パンチのリテーナー装置,という商品の一般的名称として通用していたから,同標章は,不正競争防止法12条1項1号の「普通名称等」に該当し,被告はこれを普通に用いられる方法で使用していた旨主張する。しかし,「チェンジリテーナー」という標章が,プレス用パンチのリテーナー装置であって,パンチを突出させたり引っ込ませたりする機能を有するパンチの保持具の一般的名称となっていたとはいえない。なぜなら,このようなパンチの保持具としては,原告製品,被告製品の他にも,ミスミが製造販売する「セレクトリテーナー」もあるからである。
A 被告は,原告製品のパンフレット(甲10)に,新製品・追加製品として「刃先大ボールロックパンチ」,「ピック アップ パイロット」,「落下防止付ウレタンストッパー」,「チェンジ リテーナー」,「ボールロック マトリックス」,「ダイ アライナー」が並列的に表示されているところ,「チェンジ リテーナー」以外の表示が普通名称であることは明らかであるから,これも被告の上記主張の根拠になると主張する。しかし,仮に「チェンジ リテーナー」以外の表示が普通名称であったとしても,それと並べて表示していることをもって「チェンジ リテーナー」という標章も普通名称であるといえるわけではない。しかも,「チェンジ リテーナー」以外の表示のうち,「ピック アップ パイロット」や「ダイ アライナー」はデイトンによる造語であるのであって,「チェンジ リテーナー」以外の表示のすべてが普通名称であるともいえない。
B 被告は,原告製品についてのマツダ株式会社(以下「マツダ」という。)の仕様書(甲8の1〜4)の表題部に「異形パンチ用チェンジリテーナー」,「丸パンチ用チェンジリテーナー」と記載され,左下に「この部品はデイトン製とする。」と記載されていることも,被告の上記主張の根拠になると主張する。しかし,仕様書の表題部はその対象商品名が記載されるものであるが,商品の一般的な名称が記載されるというわけではない。また,「この部品はデイトン製とする。」との記載は,原告製品がデイトンブランドによる供給(OEM供給)の対象であることを示すものであるにすぎず,被告がいうように普通名称であることを示すものではない。
C 被告は,原告製品についての三菱自動車工業株式会社(以下「三菱自動車」という。)の仕様書(乙1,2)の名称欄に「チェンジリテーナ」と記載されていることも,被告の上記主張の根拠になると主張する。しかし,仕様書の名称欄に,商品の一般的な名称を記載するのが通常であるとはいえない。しかも,同仕様書は,被告が三菱自動車に被告製品を納入するに当たりその商品構造や取付構造を示したものであるから,作成者は被告であると考えられ,被告が本件標章を使用したものであるにすぎない。仮に,作成者が三菱自動車であるとしても,被告が三菱自動車に対して被告製品を「チェンジリテーナ」という呼称で表示したために,三菱自動車も「チェンジリテーナ」の呼称を使用したにすぎない。
D 被告は,スズキ株式会社(以下「スズキ」という。)作成の書面(乙3の1,2)には,ミスミ製の「セレクトリテーナー」にしか使用できない同社製の鍔付きパンチが,「チェンジリテーナー」用のものとして表示されているから,このことも,被告の上記主張の根拠になると主張する。しかし,ミスミ製の鍔付きパンチが「セレクトリテーナー」にしか使用できないというのが事実であれば,単に,同書面の作成者が「セレクトリテーナー」と「チェンジリテーナー」という標章を間違えて記載したということにしかならない。
E 被告は,三浦工業が「チェンジリテーナー」という標章を特許出願の際に使用(乙6,7)したことも,被告の上記主張の根拠になると主張し,特許法施行規則様式29(乙4)が,「用語は,その有する普通の意味で使用する。」と規定することを指摘する。しかし,同様式29は,用語を使うときは普通に使用されている意味で使用する,ということを規定するにすぎず,特許出願の明細書において使用する用語が普通名称のみということを規定したものではない。しかも,三浦工業が特許出願の際に「チェンジリテーナー」という標章を使用したのには,特別な理由・背景がある。すなわち,三浦工業の当該特許出願の発明者である伊藤と原告代表者とは,広島工業大学在学中の同級生であり親しい関係にあったため,原告が考案した「チェンジリテーナー」について,原告,デイトン,三浦工業が秘密保持契約を結び,協力して改良開発し販売することになり,この共同開発の際に,3者の間で「チェンジリテーナー」という標章をもって呼称していたものである。つまり,原告は三浦工業に対し「チェンジリテーナー」という標章の使用を許諾していたものであり,「チェンジリテーナー」という標章が業界全体において普通名称として使用されていたものではない。しかも,三浦工業の特許出願は,いずれも,被告が本件標章の使用を始めた平成8年よりも後のものであるから,被告の本件標章の使用開始時に,「チェンジリテーナー」という標章が普通名称になっていたということはできない。
F 被告は,被告が平成10年に「チェンジリテーナー」に係る発明について特許出願をしていることも,被告の上記主張の根拠になると主張する。しかし,これは被告自身が本件標章を使用したものでしかないから,本件標章が普通名称になっていたことを示す根拠にはなり得ない。
(c) 混同のおそれ @ 被告は,被告が本件標章を被告製品に使用した行為は需要者に混同を生じさせる行為ではないと主張し,その根拠として,本件で問題となっているプレス用パンチのリテーナー装置を製造,販売していた業者(売手)は原告,被告,ミスミの3社のみで,激しい競争関係にあり,これらを購入していた業者(買手)も約10社しかなく,いずれも専門的知識を有する自動車メーカーであったことなどを指摘する。たしかに,プレス用パンチのリテーナー装置の製造業者の数は3社程度である。しかし,同装置を購入していた業者(買手)が約10社しかなかったということはなく,自動車,プレス,建築,金型の業者を含め,全国で数千社に及んでいる。また,プレス用パンチのリテーナー装置の売手が激しい競争関係にあり,買手が専門的知識を有する大企業であるからといって,直ちに混同を生じないということにはならない。
A また,被告は,被告の営業マンがその旨を示して被告の商品として売り込むのであるから被告の商品が原告製品であると取引者に混同を生じさせるような販売はしておらず,混同は生じない,と主張する。しかし,こうした被告の販売方法は,商品を顧客に売るに際して当たり前のものである。しかも,被告が被告の商品として売り込むとしても,被告が本件標章を使用すると,購入者は,被告製品を,デイトン製として信用を得ている原告製品と同様のものと考えて購入するのであるから,混同を生じないということにはならない。
イ 被告の故意過失 被告は,「チェンジリテーナー」という標章が,原告の商品表示であることを知っていたにもかかわらず,本件標章をプレス用パンチのリテーナー装置のカタログに付して,使用した。したがって,被告には故意か少なくとも過失がある。
(2) 商標権侵害 被告の行為は,仮に不正競争行為に該当しないとしても,原告の有する本件商標権を侵害する。
すなわち,被告は,本件登録商標と同一である本件標章を,本件商標権の指定商品に含まれる被告製品のカタログに付しており(甲3の2),これは自他商品識別機能を発揮させる態様での使用である。
(3) 不法行為該当性 被告の行為は,仮に不正競争行為に該当せず,原告の有する本件商標権を侵害しないとしても,一般不法行為(民法709条)に該当する。
すなわち,被告による本件標章の使用は,取引上不公平なものであって違法であり,被告は,「チェンジリテーナー」という標章が,原告の商品表示であることを知っていたにもかかわらず,本件標章をプレス用パンチのリテーナー装置のカタログに付して,使用したので,故意か少なくとも過失がある。そして原告は,たとえOEM供給(相手先ブランドによる供給)の場合であっても,被告による本件標章の使用がなかったならば被らなかった損害を,販売者であるデイトンとともに受けているのであるから,原告には損害があり,被告の行為と原告の損害との間には因果関係がある。
(被告の主張) (1) 不正競争防止法違反に該当しないこと ア 不正競争防止法上の請求の主体 「チェンジリテーナー」という標章はデイトンの商品であることを示すにすぎないから,原告は不正競争防止法2条1項1号,2号の「他人」に該当せず,不正競争防止法に基づく請求の主体たり得ない。すなわち,原告は,デイトンとの契約に基づき,プレス用パンチのリテーナー装置をOEM供給しているにすぎず,デイトンが,そのブランドで「チェンジリテーナー」という標章を付して,同装置を販売しているのであるから,「チェンジリテーナー」という商品等表示につき不正競争防止法に基づく請求の主体となり得るのはデイトンであって,OEM供給元である原告ではない。
イ 周知性ないし著名性の具備の有無 (ア) 「チェンジリテーナー」という標章は,「チェンジリテーナー」という文字からなる標章であるが,この言葉は,被告が本件標章の使用を始めた平成8年当時において既に不正競争防止法12条1項1号の「普通名称等」に該当するものとなっていた。したがって,こうした標章が原告の商品であることを示す商品表示として周知性ないし著名性を獲得することはあり得ない。
すなわち,普通名称とは,取引界において商品の一般的名称として通用しているものをいうところ,だれが最初にそれを使用したかに関わらず,言語構成上,性状,品質,機能等を説明的に表現するものは,普通名称と認めるべきである。この点,まず,「チェンジリテーナー」という標章は当業者の間において,「チェンジリテーナー」といえば,パンチを突出させたり引っ込ませたりする機能を有するパンチの保持具,という意味で,商品の一般的名称として通用していた。
しかも,「チェンジリテーナー」という標章のうち「リテーナー」とは保持具のことを意味する一般的な言葉であり,「チェンジリテーナー」という標章は,この「リテーナー」に「チェンジ」という言葉を冠したものである。そして,「チェンジ」とはパンチをパンチブロックの下面から突出させたり,引っ込ませたりすることができるという機能を表す言葉である。つまり,「チェンジリテーナー」という標章は,パンチをパンチブロックの下面から突出させたり,引っ込ませたりすることができるパンチの保持具,という商品の機能を説明的に表現したものにすぎない。したがって,「チェンジリテーナー」という標章は,そもそも商品の一般的名称であり,不正競争防止法12条1項1号の「普通名称等」に該当するので,こうした標章が商品等表示として周知性ないし著名性を獲得することはない。
(イ) 上記の点は,次の各事実からも裏付けられる。
@ 原告製品についてのマツダの仕様書(甲8の1〜4)には,その表題部に「異形パンチ用チェンジリテーナー」,「丸パンチ用チェンジリテーナー」などと記載されているが,この表題部は,工具の種類を示すものであって,工具についての一般的な名称を記載する部分である。したがって,これは,「チェンジリテーナー」という標章が取引者の間において普通名称として認識されていたことの根拠となる。
A 原告が発行しているパンフレット(甲10)をみると,新製品・追加製品として「刃先大ボールロックパンチ」,「ピック アップ パイロット」,「落下防止付ウレタンストッパー」,「チェンジ リテーナー」,「ボールロック マトリックス」,「ダイ アライナー」が並列的に表示されているところ,「チェンジ リテーナー」以外の5つの表示が普通名称であることは明らかであるから,「チェンジ リテーナー」という標章も普通名称であるというべきである。
B 原告製品についての三菱自動車の仕様書(乙1,2)の名称欄に,「チェンジリテーナー」と記載されているが,この名称欄は,その性質上,工具の一般的な名称を記載する部分である。したがって,これは,「チェンジリテーナー」という標章が取引者の間において普通名称として認識されていたことの根拠となる。
C スズキ作成の仕様書(乙3の1,2)には,ミスミ製の「セレクトリテーナー」にしか使用できない同社製の鍔付きパンチが,「チェンジリテーナー」用のものとして表示されている。このことも,「チェンジリテーナー」という標章が取引者の間において普通名称として認識されていたことの根拠となる。
D 三浦工業が「チェンジリテーナー」という標章を特許出願の明細書において記載したことも,本件標章が普通名称である根拠となる(乙6,7)。なぜなら,特許法施行規則様式29(乙4)は,「用語は,その有する普通の意味で使用する。」と定めており,特許出願の明細書において「チェンジリテーナー」という標章を記載している以上,同標章は普通名称として使われているというべきだからである。
E 被告においても,「チェンジリテーナ」という言葉を特許出願の明細書に記載する(乙8)など,「チェンジリテーナー」という標章は,商品の一般的呼称として用いているにすぎない。
ウ 混同のおそれ (ア) 不正競争防止法2条1項1号は,他人の商品又は営業と混同を生じさせる行為を不正競争とするが,この「混同」が生じるためには,取引当事者である売手,買手の数が相当程度あるなどの理由により,いかなる業者がいかなる製品を販売しているかが売手,買手の双方にとって直ちに明らかとはいえないことが必要である。なぜなら,いかなる業者がいかなる製品を製造・販売しているかが売手,買手の双方にとって直ちに明らかといえる場合には,混同は生じないからである。
しかるに,本件で問題となっているパンチリテーナー装置を製造,販売していた業者(売手)は原告,被告,ミスミの3社のみであり,これらを購入していた業者(買手)も約10社しかなかった。しかも,上記の売手(原告,被告,ミスミ)は激しい競争関係にあり,このことはパンチリテーナー装置の取引当事者間においてよく知られていた。また,上記の買手は,日本有数の自動車メーカーであるスズキ,三菱,ホンダ等であるから,自動車製造に使用するパンチリテーナー装置についての知識も豊富であり,各社の仕様書にも売手の業者が指定されていた。
以上よりすれば,本件で問題となっているパンチリテーナー装置については,いかなる業者がいかなる製品を製造・販売しているかが売手,買手の双方にとって直ちに明らかであったというべきであるから,混同が生じることはあり得ない。
(イ) また,販売方法についてみても,被告は営業マンが顧客を訪問し,被告の営業マンであることを名乗って被告製品を売り込んでいたものであるし,被告のパンフレットにも明確に被告の商品であると記載している。したがって,被告の商品が原告のものであるとの混同を取引者に生じさせるような販売はしていない。
エ 不正競争防止法12条1項1号の「普通名称等」への該当性 上記ウに記載したとおり,「チェンジリテーナー」という標章は,プレス用パンチのリテーナー装置の取引者の間において,パンチを突出させたり引っ込ませたりする機能を有するパンチの保持具,という意味で,商品の一般的名称として通用していた。したがって,「チェンジリテーナー」という標章は,不正競争防止法12条1項1号の「普通名称等」に該当する。そして,被告はこれを普通に用いられる方法で使用していたにすぎない。
(2) 本件登録商標の商標登録の無効 ア 「チェンジリテーナー」という標章は,デイトンという他人の業務に係る商品の表示であるから,商標法4条1項10号によれば,原告が商標登録を受けることはできない。したがって,商標法46条1項1号により,本件登録商標の商標登録は無効である。
イ 上記(1)イに記載した各事実によれば,本件登録商標は,本件登録商標の出願時である平成10年8月31日当時,普通名称ないし慣用表示であったというべきである。したがって,本件登録商標は,その商品(プレス用パンチのリテーナー装置)を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標を登録したものであるから,商標法46条1項1号,3条1項1号に該当し無効である。
ウ 上記ア,イに述べたとおり,本件登録商標の商標登録は無効であるから,このような無効な本件商標権に基づく請求は権利濫用として許されない。
(3) 一般不法行為該当性 被告の行為が一般不法行為に該当するとの原告の主張については,否認し,争う。
3 争点3(原告が被告の行為によって被った損害の内容及び額) (原告の主張) (1)ア 被告は,三菱自動車に対し,平成9年10月から平成10年9月まで,その製造した被告製品を,37個販売した。その製品番号別の内訳は,以下のとおりである(甲12)。
M-5501-13 11個 M-5501-16 4個 M-5501-25 12個 M-5501-40 1個 M-5502-13 2個 M-5502-16 4個 M-5502-25 2個 M-5502-40 1個 合計 37個 イ 被告は,富士重工業株式会社(以下「富士重工業」という。)に対し,平成8年から平成11年5月21日まで,その製造した被告製品を,295個販売した(甲13)。
(2)ア 被告が,三菱自動車に対して販売した製品番号M-5501-13,M-5501-16の被告製品に対応するパンチ用リテーナー装置(原告製品)の製造原価及び販売価格は,次のとおりである(実用新案法29条1項,商標法38条1項)。また,それ以外の製品番号の被告製品の製造原価及び販売価格は,次のとおりである(実用新案法29条2項,商標法38条2項)。そうすると,原告が被った損害額は,以下の販売価格と製造原価の差額に,上記(1)アの販売数量を乗じた額の合計額である33万8100円であるというべきであり,この額が,実用新案権侵害,不正競争防止法違反,商標権侵害により原告の受けた損害額であると推定されるところ(実用新案法29条,不正競争防止法5条,商標法38条),一般不法行為による損害額についてもこの額を下回るものではない。
販売価格 製造原価 差額 販売数量 合計額 M-5501-13 21,700円 13,000円 8,700円 11個 95,700円 M-5501-16 21,700円 13,000円 8,700円 4個 34,800円 M-5501-25 23,850円 15,000円 8,850円 12個 106,200円 M-5501-40 34,000円 23,000円 11,000円 1個 11,000円 M-5502-13 23,800円 14,000円 9,800円 2個 19,600円 M-5502-16 23,800円 14,000円 9,800円 4個 39,200円 M-5502-25 26,000円 16,000円 10,000円 2個 20,000円 M-5502-40 36,000円 24,400円 11,600円 1個 11,600円 合計 37個 338,100円 イ 被告が,富士重工業に対して販売した製品1個当たり,原告は,少なくとも8700円の損害を被った。したがって,原告は,8700円に上記(1)イの295個を乗じた額である256万6500円の損害を被った。
ウ アとイの合計額の290万4600円が,原告の被った損害額である。
(被告の主張) 上記(1)の事実は認め,(2)の事実は,否認し,争う。
当裁判所の判断
1 争点1(被告製品が,構成要件Cを充足し,本件考案技術的範囲に属するか)について 被告製品が本件考案の構成要件A,B,D,E及びFを充足することは,当事者間に争いがない。そこで,被告製品が本件考案の構成要件Cを充足するかどうかについて判断する。
本件考案の構成要件Cは,「パンチ用嵌合孔1bの仮想中心軸とカム板3の移動方向によつて決まる仮想中立面に対し対称な位置に当る深溝横の溝底に複数個のバネ用有底孔1c……1cを設け,」というものである。
(1) 本件明細書における「考案の詳細な説明」欄には,次のような記載がある。
ア 「[産業上の利用分野]この考案は,連続的に送られて来る被加工物を,順次プレス機械上に載せプレスするとき,孔をあけたり,あけなかったりするのに使用するプレス用パンチリテーナー装置に関するものである。」(本件公報1欄24行〜2欄4行) イ 「[従来の技術]鉄板に孔をあけるとき用いるプレス用パンチ9は,第7図及び第8図に示す如く,円柱部9bの上端に段部状の基部9aを設け,更に基部9aに上向き傾斜面9cを設けた形状をしている。たとえば,自動車のバックウインドウにオプション的にウインドシールドワイパーを取付けることがある。つまり,同一の生産ライン上を流れる車体部品にリヤーウインドシールドワイパー取付用の孔をあけたりあけなかったりすることがある。このような場合,プレスのラム14に取付けた上型のパンチがストローク分突出したり,ストローク分引込んだりするようにする必要がある。このような場合,第7図に示す如く,カム板3を前進させて特殊パンチ9を突出させたり,第8図に示す如くカム板3を後退させて特殊パンチ9を引込ませたりしている。」(本件公報2欄5行〜2欄22行) ウ 「[考案が解決しようとする問題点]第7図及び第8図に示す従来のリテーナー装置では,パンチ9を突出させた状態で使用中,衝撃や振動によってカム板3が後退し,誤作動し,不良品を出すことがあった。この考案は,カム板が正確にプレス位置に保持され,緩衝によるパンチの誤動作を避けることが出来るようにしたプレス用のパンチリテーナー装置を提供しようとするものである。またこの考案に係る,パンチリテーナー装置は,市販されているJIS規格の鍔付きパンチを利用して,カム板の使用を可能にしようとするものである。」(本件公報2欄23行〜3欄10行) エ 「[問題点を解決するための手段]第1図乃至第5図を参考にして説明する。この考案に係るプレス用パンチのリテーナー装置は,カム板3が前進したときはパンチ8がリテーナーブロック1の下面からストローク分突出し,且つカム板3が後退したときはパンチ8がリテーナーブロック1内にストローク分引込む如く構成したプレス用のパンチリテーナー装置において,カム板3及びパンチ8両移動方向と直方する方向の深横溝1aをリテーナーブロック1の上面に凹設すると共に該深横溝1a中にプレス用嵌合孔1bを設け,パンチ用嵌合孔1bの仮想中心軸とカム板3の移動方向によって決まる仮想中立面に対し対称な位置に当る深横溝の溝底に紛数個(引用者注:「複数個」の誤記と考えられる。)のバネ用有底孔1c……1cを設け,圧縮バネ10を配して長方形状パンチセットブロック2を上下動のみ可能に深横溝1aに嵌合配置し,該パンチセットブロック2に鍔付きパンチ8の段付孔2aを設け,下向き斜面3a付カム板3に対応する傾斜面2cをパンチセットブロック2に設けたものである。」(本件公報3欄11行〜3欄34行) オ 「[作用]第2図に示す如く,エヤーシリンダー5を作動させてピストン5aを後退させると,カム板3がパンチセットブロック2から外れ,圧縮バネ10によってパンチセットブロック2が上昇すると共にパンチ8が没入する。この状態においては被加工物13は打抜きされない。第1図に示す如く,エヤーシリンダー5を作動させてピストン5aを前進させると,カム板3の下向き斜面3aがパンチセットブロック2の斜面2cに接触してパンチセットブロック2を押下げると共に,パンチ8も押下げら(れ)る。この状態において被加工物13への打抜き作業を行う。」(本件公報4欄24行〜4欄36行) カ 「[考案の効果]本考案においては,第7図及び第8図に示す従来のリテーナー装置の如く,頂部に上向き傾斜面9cを設けたパンチ9の如く,特殊なパンチを必要としないので,JIS規格の鍔付きパンチ8を利用することが出来,パンチのコストを著しく低減させることが出来る。また,第4図に示す如く段付孔2a及びパンチ用嵌合孔1bの数を増やすことによって,複数個のパンチ8を同時セットすることも出来る。」(本件公報4欄37行〜5欄2行) (2) また,本件考案の出願時(昭和61年8月18日)における公知技術については,証拠(甲2,乙11〜16)及び弁論の全趣旨によれば,次の公知技術が存在したことが認められる。
実願昭59-178636号(実開昭61-97325号)のマイクロフィルム(乙14。出願日:昭和59年11月27日,公開日:昭和61年6月23日)には,実用新案登録請求の範囲として,次の内容のものが記載されている。
「金型ホルダに取付けられたリテーナと,前記リテーナにその軸心方向に摺動自在として保持され,基端面側に大径頭部を有するパンチと,前記パンチの大径頭部背面側に対して進退動される移動バッキングプレートと,前記パンチに嵌合され,前記大径頭部に係止されて該パンチに対して該大径頭部側からの抜けが規制されたばね座用ワッシャと,それぞれ前記ばね座用ワッシャと前記リテーナとの間に介装され,互いに前記パンチの周回り方向に間隔をあけて配設されて,該パンチを前記金型ホルダへ向けて付勢する複数個のリターンスプリングと,を備えていることを特徴とするプレス金型。」 そして,同公報の「考案の詳細な説明」欄の[考案の構成]の項には「リターンスプリングとしては,パンチの周回り方向に間隔をあけて配設さ(以下脱字)リターンスプリングによって構成してある。このような構成とすることにより,比較的小さなリターンスプリング例えば小径のコイルリターンスプリングを用いた場合にあっても,大きなばね力が得られるため,移動バッキングプレートを退出位置としたときには,パンチを金型ホルダへ向けて確実に変位させることができる。」と記載されている。
(3) 上記(1),(2)によれば,本件考案は,従来のリテーナー装置において,パンチを突出させた状態で使用中,衝撃や振動によってカム板が後退し,誤作動することがあったので,この課題を解決するため,カム板が正確にプレス位置に保持され,緩衝によるパンチの誤動作を避けることができるようにし,併せて,市販されているJIS規格の鍔付きパンチを利用してカム板の使用を可能にしようとするものである。しかるに,本件考案の出願日において,同様の課題を解決するために,リターンスプリングを周回り方向に間隔をあけて配置する構成のプレス金型は,公開実用新案公報において公開されていた。
そうすると,課題解決のための本件考案の技術的特徴は,単にスプリングのための孔をパンチの周回り方向に配置するだけでなく,孔をパンチ孔の仮想中立線とカム板の進行方向で構成される仮想中立面に対して対称な位置に設けること,すなわち構成要件Cにあるというべきである。
そして,構成要件Cにおける「仮想中立面に対し対称」とあるのは,字義どおり「面に対して対称」,すなわち仮想中立面に対して面対称な位置に,同一形状のバネ用有底孔が設けられていることを意味するものである。
なぜなら,このように「パンチ用嵌合孔1bの仮想中心軸とカム板3の移動方向によつて決まる仮想中立面」に対して面対称な位置に同一形状のバネ用有底孔を設ければ,そこに収納されるバネも同一のものとなり,仮想中立面の左右において,バネによる弾力が同一に存在することになる。そして,本件明細書の「考案の詳細な説明」欄の[作用]の項に記載されているように,「エヤーシリンダー5を作動させてピストン5aを前進させると,カム板3の下向き斜面3aがパンチセットブロック2の斜面2cに接触してパンチセットブロック2を押下げると共に,パンチ8も押下げら(れ)る」(本件公報4欄31行〜35行及び第1図参照)ところ,上記のように仮想中立面の左右において同一にバネによる弾力が加えられていることから,カム板3の下向き斜面3aがパンチセットブロック2の斜面2cに接触して,水平方向の力が垂直方向の下向きの力に変換されてブロック8を押し下げる際に,左右均一に下向きの力が加えられることになり,これによりパンチ8が,左右にぶれることなく,正確かつ安定的に押し下げられることになるのである。
被告製品についてこの点を見ると,被告製品においては,仮想中立面の片側のバネ用孔Hと面対称な位置にバネ・ボルト段付孔Fが存在し,片側のバネ・ボルト段付孔Fと面対称な位置にバネ用孔Hが存在するものであり,バネ用孔Hに収納されているバネは長さ30o,バネ・ボルト段付孔Fに収納されているバネは長さ15oであって,仮想中立面に面対称の位置に設けられた孔が同一の形状のものでない,すなわち正確には「面対称」でない(孔の深さ・形状を含めて対称となっていない)結果,そこに収納されているバネの形状も同一のものではなく,その形状上,仮想中立面の左右におけるバネによる弾力が同一であることが保証されているものではない。そうすると,仮想中立面に対称にバネ用有底孔を設けることにより,形状上,左右に加えられるバネの弾力を同一の強さとすることで,カム板とパンチブロックの接触による下向きの力を正確かつ安定的にパンチに伝えるという本件考案の技術思想は,被告製品においては見られないというべきである(バネの長さが違っても,材料の弾性等を計算することにより左右に加えられるバネの弾力を同一の強さとすることは可能かもしれないが,それは,「仮想中立面に対称」という形状のみでこれを実現しようという本件考案の発想とは異なるものである。)。
上記によれば,被告製品は本件考案の構成要件Cを充足しないものである。
(4) 原告は,被告製品の深横溝の溝底には,パンチ孔の他に4つの径10mmの孔があるところ,その孔は,パンチ用嵌合孔の仮想中心軸とカム板の移動方向によって決まる仮想中立面に,幾何学的にも対称な位置に設けられているから,被告製品は,構成要件Cの文言を充足する,と主張する。
しかし,被告製品におけるバネ用孔Hとバネ・ボルト用段付孔Fは,孔の径はいずれも10oで同一ではあるが,バネ用孔Hは深さ約30oの底のある孔で長さ30oのバネが収納されており,バネ・ボルト段付孔Fは底のない孔で約15oの深さの部分で段が設けられて径が細くなっており長さ15oのバネが収納されているのであるから,両者を同一のバネ用有底孔ということはできない。したがって,バネ用孔Hと面対称の位置にバネ・ボルト用段付孔Fが設けられているからといって,「仮想中立面に対し対称な位置に‥‥‥複数個のバネ用有底孔が」設けられているということはできない。
なぜなら,このような場合はバネ用有底孔は面に対して「対称な位置」に配置されているとは文言上いえないし,既に述べたとおり,本件考案が解決すべき技術的課題が,従来のリテーナー装置において,パンチを突出させた状態で使用中,衝撃や振動によってカム板が後退し,誤作動することがあったため,カム板が正確にプレス位置に保持され,緩衝によるパンチの誤動作を避けることができるようにするところにあったことからすれば,カム板が進行するに際してパンチセットブロックが左右にぶれることなく安定して上下動するような構成でなければならないというべきであり,したがって,パンチセットブロックを上下動させるためのバネを収納する孔が違う形状のものであってはならないというべきだからである。つまり,本件考案の上記の課題解決手段,その技術的特徴をみれば,構成要件Cは,単に「バネ用有底孔」に該当する2つの孔が対称の位置にあれば足りるというべきではなく,「バネ用有底孔」に当たる同一の形状の孔が面対称に設けられていることを要する,というべきである。原告の主張は,採用できない。
2 争点2について (1) 不正競争防止法違反について ア 不正競争防止法2条1項1号,2号の請求の主体について 不正競争防止法2条1項1号,2号の規定は,商品表示についていえば,他人の商品との混同を生じさせる行為等を防止することによって,当該商品表示に化体された商品主体の信用の冒用,毀損を防止し,もって,公正な競業秩序の維持,形成を図ろうとするものであると解されるから,この規定によって保護されるべき者は,商品に関する信用の保持者たる主体,すなわち当該商品の製造,販売等の業務に主体的に関与する事業主体に限られるものというべきであり,これを具体的にいえば,当該表示を付した商品について,その品質等を管理し,販売価格や販売数量を自ら決定する者が,これに該当するものと解するのが相当である。
これを本件についてみるに,証拠(甲8の1〜4)及び弁論の全趣旨によれば,原告製品の販売を行っているのはデイトンであること,デイトンは,原告との間のOEM契約に基づき原告から原告製品の継続的供給を受け,デイトンのブランド表示として「チェンジリテーナー」という標章を付して販売していること,が認められる。これによれば,原告は,単にOEM契約に基づき原告製品を製造して,これをデイトンに納入し,デイトンにおいてこれに「チェンジリテーナー」という標章を付して販売しているものであるから,原告が,本件標章の付された原告製品について,その製造,販売等の業務に主体的に関与する事業主体ということはできない。
原告は,被告の行為により営業利益の低下という不利益を被ったから,不正競争防止法3条の「不正競争によって営業上の利益を侵害された者」に該当し,不正競争防止法上の原告適格を有する,と主張する。しかし,上記のとおり,原告製品につき,自らのブランド表示として「チェンジリテーナー」という標章を付して販売しているのはデイトンであると認められ,他方,原告が商品としての原告製品の販売価格や販売数量の決定に関与しているなどの事実を認めるに足りる証拠はない。したがって,本件における事実関係の下においては,原告が,被告の行為によって原告製品の商品表示の出所識別機能,品質保証機能及び顧客吸引力を害されるおそれがある者として不正競争防止法2条1項1号,2号の「他人」に該当し,同法に基づく請求の主体となり得るということはできない(なお,原告は,不正競争防止法2条1項1号,2号の「他人」に該当しなくても,同法に基づく請求の主体となり得る旨を主張するが,明文に反する独自の主張であって,失当である。)。
イ 周知性ないし著名性の具備の有無 以上によれば,原告の不正競争防止法を理由とする請求は理由がないが,念のため,「チェンジリテーナー」という標章が商品等表示として周知性ないし著名性を具備していたかどうかについても判断する。
(ア) 原告が「チェンジリテーナー」という標章を付したと主張するプレス用パンチのリテーナー装置は,証拠(甲2)及び弁論の全趣旨によれば,自動車メーカーにおける自動車の生産ラインにおいて,連続的に送られてくる被加工物を,順次プレス機械上に載せてプレスする際,パンチがストローク分突出したり,ストローク分引っ込んだりするように構成したものであると認められる。しかるに,本件標章も,「チェンジ」(英単語の「change」の片仮名表記)という語がパンチを突出させたり引っ込ませたりすることを意味し,これと「リテーナ」(英単語の「retainer」の片仮名表記)という保持器を意味する一般的な言葉とが結び付いている(「リテーナー」であっても「リテーナ」であっても,同様である。)ことから,取引者において,そうした機能を有するパンチの保持器のことを指すと容易に理解することができるものである。
そうすると,本件標章は,その付された商品の機能を説明的に表現するものというほかない。そして,このような商品の機能を説明的に表現する標章は,その自他商品識別力は本来的に弱いものである。したがって,このように自他商品識別力の弱い標章が,特定の個人ないし企業の商品等表示として周知性ないし著名性を獲得するためには,当該企業等が本件標章を自己の商品の出所を示す標識として,大量の広告宣伝等を通じて取引者・需要者に強く印象付けるといった事実が認められなければならない。
(イ) しかるに,本件標章の使用状況については,証拠(甲10,22)及び弁論の全趣旨によれば,原告のOEM供給先であるデイトンが,昭和63年9月付けで「'88・新製品・追加製品」と題するカタログを作成し,同カタログに「チェンジリテーナー-シリンダー式-」,「チェンジリテーナー-手動式-」と何ら注記を付すことなく記載していることが認められるにとどまり,そのほかに,デイトンないし原告が「チェンジリテーナー」という標章を使用していると認めるに足りる証拠はない。かえって,証拠(甲8の1〜4,12,13,乙1〜3の1,2,6〜8)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
(a)@ マツダが昭和60年7月1日付けで作成したプレス用パンチのリテーナー装置の仕様書(2通)には,その表題部に「異形パンチ用チェンジリテーナー(シリンダー式)」,「丸パンチ用チェンジリテーナー(シリンダー式)」と記載され,「この部品はデイトン製とする。」と記載されている(甲8の1,2)。
A マツダが昭和61年12月1日付けで作成したプレス用パンチリテーナー装置の仕様書(2通)には,その表題部に「丸パンチ用チェンジリテーナ(シリンダー式)」,「異形パンチ用チェンジリテーナ(シリンダー式)」と記載され,「この部品はデイトン製とする。」と記載されている(甲8の3,4)。
(b) 三菱自動車が昭和63年1月31日付けで作成したプレス用パンチリテーナ装置の仕様書には,その名称欄に,「チェンジリテーナ取付構造」,「チェンジリテーナ(A)」,「チェンジリテーナ(B)」と記載されている(乙1,2)。
(c) スズキが平成8年5月13日付けで作成した「スズキ技術規格」と題する書面には,「この規格はプレス型に用いるピアスパンチ(以下パンチという)について規定する。」と記載され,その下の「2.種類,購入メーカー等」の欄に,「構造 ツバ付(チェンジリテーナー用),購入メーカー デイトン」,「構造 ジェクター付(チェンジリテーナー用),購入メーカー デイトン」,「構造 ツバ付(チェンジリテーナー用),購入メーカー ミスミ」と記載されている(乙3の1〜3)。
(d) 三浦工業は,平成9年3月3日及び同月17日,プレス用パンチのリテーナー装置に係る発明につき2件の特許出願をしたが,その願書に添付した明細書では,発明の名称として「プレス機械のチェンジリテーナー」とされた上,両特許請求の範囲,発明の詳細な説明の欄に,「チェンジリテーナー」との語が,多数,使用されている。例えば,特許請求の範囲請求項1には,「パンチ…をホルダーに保持し且つパンチ…をプレス加工に使用するときに該パンチ…のホルダーからの突出量が大きくなり使用しないときにその突出量が小さくなるように該突出量を切替えるプレス機械のチェンジリテーナーであって,」と,発明の詳細な説明には,「本発明は,プレス機械のチェンジリテーナーに関するものであり,…パンチ…をプレス加工に使用するときに該パンチ…のホルダーからの突出量を大きくし,プレス加工に使用しないときにその突出量を小さくするように該突出量を切替えることができるチェンジリテーナーに関する。」(【0001】【発明の属する技術分野】),「上記プレス機械のチェンジリテーナーは,セレクトリテーナーセット又はピアスパンチ切り替え装置とも呼ばれており,…」(【0002】【従来の技術】),「このようなパンチ…の突出量を切替えるチェンジリテーナー…」(【0003】【従来の技術】)と記載されている(乙6,7)。
(e) 三菱自動車は,平成10年12月17日付けで,デイトンに対して回答書を作成したが,その標題には「潟pンチ工業製チェンジリテーナ購入数量連絡の件」と記載されている(甲12)。また,富士重工業は,平成11年5月21日付けで,原告代理人に対して回答書を送付したが,その中には,「弊社は,…パンチ工業殿より,…エアーシリンダータイプのチェンジリテーナと実質的に同一の製品を購入したことがあります。」と記載されている(甲13)。
(ウ) 上記の(a)〜(e)によれば,「チェンジリテーナー」という語は,マツダ(昭和61年),三菱自動車(昭和63年,平成10年),スズキ(平成8年),三浦工業(平成9年),富士重工業(平成11年)というように我が国の大手自動車会社等の作成した書面に記載されており,その記載の態様を具体的にみると,通常は一般的な名称を記載する表題部,名称欄に「チェンジリテーナー」「チェンジリテーナ」と記載されているが(マツダ,三菱自動車),「この部品はデイトン製とする。」(マツダ),「潟pンチ工業製チェンジリテーナ」(三菱自動車),「パンチ工業殿より,…エアーシリンダータイプのチェンジリテーナ…を購入したことがあります。」(富士重工業),「構造 ツバ付(チェンジリテーナー用),購入メーカー ミスミ」(スズキ)というように特定の企業の商品を示すものとしては記載されていない。また,特許出願の明細書の発明の名称,特許請求の範囲,発明の詳細な説明欄に,「チェンジリテーナー」との言葉を多数記載したりされている(三浦工業)。このような「チェンジリテーナー」「チェンジリテーナ」の語の使用状況からみると,「チェンジリテーナー」という語は,特定の企業の商品を示すものとしては用いられておらず,むしろ,複数の業者が製造している特定の用途・形態のプレス用パンチのリテーナー装置を表す普通名称ないし慣用表示として用いられているものと認められる。
上記によれば,「チェンジリテーナー」という語が特定の企業の商品等表示として周知性ないし著名性を獲得していたということもできない。
(エ) この点につき,原告は,そのようなパンチの保持具としては,原告製品,被告製品の他にも,ミスミが製造販売する「セレクトリテーナー」も存在していたから,「チェンジリテーナー」という標章が商品の一般的名称になっていたとはいえないと主張する。
しかし,証拠(乙3の1)及び弁論の全趣旨によれば,スズキの平成8年5月13日付けの「スズキ技術規格」においては,購入メーカーがミスミであるにもかかわらず「チェンジリテーナー」と記載されているのであるから,ミスミが製造販売する「セレクトリテーナー」があったとしても,「チェンジリテーナー」という標章がプレス用パンチのリテーナー装置を表す普通名称ないし慣用表示として用いられていたという上記認定を左右することはできない。なお,原告は,同「スズキ技術規格」については,ミスミ製の鍔付きパンチが「セレクトリテーナー」にしか使用できないというのが事実であれば,単に,同「スズキ技術規格」の作成者が「セレクトリテーナー」と「チェンジリテーナー」という標章とを間違えて記載したにすぎないと指摘するが,このような事情は証拠上認められない。
また,原告は,三浦工業が特許出願の明細書において「チェンジリテーナー」という標章を使用したのは,原告,デイトン,三浦工業が秘密保持契約を結び,この共同開発に当たり,原告が三浦工業に対し「チェンジリテーナー」という標章の使用を許諾していたからであり,しかも,三浦工業の特許出願は,被告が本件標章の使用を始めた平成8年よりも後のものであることを指摘する。しかし,原告の主張を前提とすれば,三浦工業は,技術の公開を目的とする自らの特許出願の明細書の発明の名称,特許請求の範囲,発明の詳細な説明欄に,秘密保持契約に基づき共同開発するに当たり許諾されているにすぎない「チェンジリテーナー」との標章を使用していることになるが,このようなことは通常あり得ないことであって,むしろ原告と関係のある会社ですら,原告製品との関連性を意識することなく,一般名称としてこの語を用いていることをうかがわせる。また,三浦工業の特許出願が,被告が本件標章の使用を始めた平成8年よりも後のものであるとしても,上記(イ)に認定した三浦工業以外の企業による使用の事実を併せて考えると,「チェンジリテーナー」という標章が既に普通名称ないし慣用表示になっていたという上記(ウ)の認定を裏付けるものである。その他,原告の主張及びこれに沿う証拠(甲19〜21の「陳述書」)は,いずれも,上記(イ),(ウ)の認定に照らして,採用することができない。
その他,原告は,マツダの仕様書(甲8の1〜4),三菱自動車の仕様書(乙1,2)等についても,「チェンジリテーナー」という標章が普通名称ないし慣用表示であることを根拠付けるものではなく商品の出所が原告であることを示すものとして記載されている旨主張し,その旨に沿う証拠として甲19〜22の陳述書を提出する。しかし,マツダの仕様書,三菱自動車の仕様書の記載を検討しても,マツダや三菱自動車が上記各書面において「チェンジリテーナー」の語を原告製品を示すものとして記載していると認めることはできず,他方,第三者である株式会社インデックスが作成した「INDEXPAL」と題するパンフレット(甲16〜18)をみても,「チェンジリテーナー」「デイトンチェンジリテーナー」という記載が併存しており,「チェンジリテーナー」という語が商品の一般的名称として用いられている。原告の主張は,採用できない。
(2) 商標権侵害の主張について ア 原告は,被告の行為につき,不正競争行為該当性と併せて商標権侵害をも主張するところ,前記前提となる事実等(第2,1)の(5),(6)に記載したとおり,原告は本件商標権を有しており,被告は,平成8年から平成11年5月21日までの間,被告製品のカタログ(甲3の2)に本件登録商標と同一である本件標章を付して,被告製品を販売したものである。
しかしながら,上記(1)に認定したとおり,「チェンジリテーナー」という標章は,複数の業者が製造しているある特定の用途・形態のプレス用パンチのリテーナー装置を表す普通名称ないし慣用表示として用いられていたものであって,これが「チェンジリテーナー」から語尾を伸ばす「ー」をとった「チェンジリテーナ」であっても変わりはないから,プレス用のパンチリテーナー装置の業界の取引者においては,本件登録商標の出願日(平成10年8月31日)当時,「チェンジリテーナー」のみならず「チェンジリテーナ」についても,パンチを突出させたり引っ込ませたりする機能を有するパンチの保持具,という意味で,一般に認識されており,普通名称ないし慣用表示となっていたものと認められる。
イ 他方,被告による本件標章の使用態様を見るに,証拠(甲3の2)及び弁論の全趣旨によれば,被告のカタログにおける本件標章の使用態様は,「プレス金型用標準部品'98」と標題の付されたカタログにおいて,「スモールリテーナボルト一本締めシリーズ」に属する商品として,「NC加工用」「NC加工用-パッキングプラグ付き-」「刃合わせ加工用」「刃合わせ加工用-パッキングプラグ付き-」等の記載と並んで「チェンジリテーナ -エアーシリンダータイプ-」「チェンジリテーナ -手動タイプ-」と記載されているものであると,認められる。
そうすると,本件登録商標は,商品の普通名称を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標であり,商標法46条1項1号所定の無効理由(商標法3条1項1号)を有することが明らかであるから,本件商標権に基づく原告の請求は,権利濫用に当たるものとして許されない。
また,このような被告による本件標章の使用態様に,上記認定のとおり「チェンジリテーナ」の語が本件登録商標の出願日(平成10年8月31日)当時において既に普通名称ないし慣用表示であったことを併せ考えると,被告による本件標章の使用は,商品の普通名称を普通に用いられる方法で表示するものとして,商標権の効力の及ばないものというべきである(商標法26条1項2号)。
(3) 不法行為について 原告は,被告が本件標章を使用する行為は不正競争行為ないし商標権侵害に該当しないとしても,一般不法行為(民法709条)に該当すると主張する。しかし,本件標章は商品の普通名称ないし慣用表示であって,これを使用する被告の行為が不正競争行為ないし商標権侵害に該当しないことは既に上記(1),(2)において説示したとおりであるから,被告が本件標章を使用することがその経緯等に照らして原告との関係で背信行為に当たり,あるいは被告が原告に対して損害を与えることのみを目的として本件標章を使用したといった特段の事情が存在しない限り,被告の行為が原告との関係で一般不法行為に該当するということはできないところ,本件においては,そのような特段の事情を認めることはできない。
3 結論 以上によれば,その余の争点について判断するまでもなく,原告の各請求は,いずれも理由がない。
よって,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 三村量一
裁判官 和久田道雄
裁判官 田中孝一