運営:アスタミューゼ株式会社
  • ポートフォリオ機能


追加

関連ワード 技術的範囲 /  禁反言 /  意識的除外 /  均等 /  実施許諾 /  損害額 /  逸失利益 /  実施料相当額 /  権利濫用(権利の濫用) /  考案 /  図面 /  構造 /  補正 /  進歩性(3条2項) /  新規性(3条1項) /  拒絶理由 /  先行技術 /  実施許諾(実施の許諾) /  請求項 /  実施例 /  本質的部分 /  同一の作用効果 /  容易に想到 /  公知技術 /  特段の事情 /  置換 /  転用 /  設計変更 /  特定 /  明細書 /  請求の範囲 /  利益額 / 
元本PDF 裁判所収録の全文PDFを見る pdf
元本PDF 裁判所収録の別紙1PDFを見る pdf
事件 平成 8年 (ワ) 2964号 実用新案権侵害行為差止等請求事件
原告 豊和工業株式会社
同訴訟代理人弁護士 太田耕治
同 渡邉一平
被告 エスエムシー株式会社
同訴訟代理人弁護士 三羽正人
同 宮寺利幸
同補佐人弁理士 千葉剛宏
裁判所 名古屋地方裁判所
判決言渡日 2003/02/10
権利種別 実用新案権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 被告は,原告に対し,1億7383万9240円並びにうち4560万円に対する平成8年8月28日から,うち1億2823万9240円に対する平成14年7月2日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用はこれを2分し,それぞれを原告及び被告の各負担とする。
4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
請求
被告は,原告に対し,4億2614万4000円並びにうち4560万円に対する平成8年8月28日から,うち3億8054万4000円に対する平成14年7月2日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
事案の概要
本件は,圧流体シリンダに関する実用新案権を有する原告が,被告に対し,その製造販売する圧流体シリンダが上記権利を侵害すると主張して,損害賠償及びこれに対する訴状送達の日から(請求拡張分については,同申立書送達の日の翌日から)支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
1 前提事実(当事者間に争いのない事実及び証拠により明らかな事実等) (1) 当事者 原告と被告は,いずれもシリンダ等の空油圧機器を製造販売することを業とする株式会社である。
(2) 実用新案権 ア 原告は,下記の実用新案権(以下「本件権利」という。また,特に留保のない場合は,その訂正後の請求項1に係る考案を「本件考案」,その訂正後の明細書を「本件明細書」という。)の権利者であった(平成12年11月6日存続期間満了)。
登録番号 第2035182号 考案の名称 圧流体シリンダ 出願日 昭和60年11月6日 出願公告日 平成4年12月10日 登録日 平成6年10月6日 訂正審判請求日 平成10年6月11日 訂正認容審決 平成11年3月9日 請求項の数 2 イ 本件明細書の「実用新案登録請求の範囲」の請求項1には,次の記載がある。
「バレルの側壁に軸方向にスリットを有し,該スリットよりバレル内の遊動ピストンに連設されたドライバーの先端が突出し,スリットはスチールバンドにて密封されるようになっている所謂ロッドレスシリンダにおいて,バレルのスリットを挟んだ両側の側壁の一方のみには,その一方の側壁から下方に延びる側壁の下方部にベースを一体に突設し,そのベースの上にピストンの軸芯と平行な棒状の案内レールを一体に突設し,その案内レールには,前記スリットの幅方向の両外側に前記軸芯と平行な案内面を夫々備え,これらの案内面に案内される案内面を有する案内子を前記ドライバーに設けたことを特徴とする圧流体シリンダ。」 ウ 本件考案の構成要件を分説すると,下記のとおりとなる(以下,それぞれの構成要件をその符号に従い「構成要件A」のようにいう。)。
A バレルの側壁に軸方向にスリットを有し,該スリットよりバレル内の遊動ピストンに連設されたドライバーの先端が突出し,スリットはスチールバンドにて密封されるようになっている所謂ロッドレスシリンダにおいて, B バレルのスリットを挟んだ両側の側壁の一方のみには,その一方の側壁から下方に延びる側壁の下方部にベースを一体に突設し,そのベースの上にピストンの軸芯と平行な棒状の案内レールを一体に突設し, C その案内レールには,前記スリットの幅方向の両外側に前記軸芯と平行な案内面を夫々備え, D これらの案内面に案内される案内面を有する案内子を前記ドライバーに設けたことを特徴とする圧流体シリンダ。
エ 本件考案の作用効果は,下記のとおりとされている。
(ア) バレルのスリットを挾んだ両側の側壁の一方のみには,その一方の側壁から下方に延びる側壁の下方部にベースを一体に突設し,そのベースの上に一体に突設された棒状の案内レールによって案内するようにしたので,ドライバーの移動途中にピストンの軸芯と直角方向の負荷が作用してもドライバーは傾倒することなく正確な直線運動を行うことができる。
(イ) バレルのスリットを挟んだ両側の側壁の一方のみの側壁に突設したベース上に棒状の案内レールを一体に突設しているので,従来のように案内レールをバレルと別個に設けたものに比べて小型化でき,狭い場所であっても容易に取付けが可能である。
(ウ) バレルのスリットを挾んだ両側の側壁の一方のみの側壁の下方部に突設したベース上に棒状の案内レールを突設し,その案内レールのスリット幅方向の両外側に案内面を夫々備えているので,圧流体の供給によってバレルがふくれてもドライバーを何ら支障なく案内でき,最小の摺動抵抗で高精度の移送が可能となる。
(エ) センサスイッチ等の制御部材は従来と同様に支障なく取付けることができる。
(3) 被告による製造販売行為 被告は,平成7年1月から平成12年10月までの間に,別紙イ号物件目録記載のロッドレスシリンダ(以下「イ号物件」という。)を「メカジョイント式高精度ガイド形ロッドレスシリンダMY1Hシリーズ」(MY1H10,16,20,25,32,40の6種類)として製造販売している。
(4) 手続の経緯 ア Cは,平成5年2月17日,訂正前の本件考案についての登録異議を申し立てた(甲6)ところ,特許庁は,平成6年7月26日,同申立ては理由がないとする決定をし(甲8),同考案は,同年10月6日,登録された(甲2)。
イ 被告は,平成8年10月17日,訂正前の本件考案の実用新案登録の無効の審判(平成8年審判17661号)を申し立て(乙1),特許庁は,平成10年4月7日,同考案の登録を無効とする審決をなした(乙13)。
ウ 原告は,平成10年5月13日,東京高等裁判所に上記無効審決の取消訴訟を提起し(平成10年(行ケ)第141号),併せて,同年6月11日,特許庁に訂正審判を請求した(平成10年審判39041号。乙19の1)ところ,2度の訂正拒絶理由通知(乙20,22)と手続補正書の提出(甲26,乙21及び23の各2)を経て,平成11年3月9日,訂正を認める旨の審決がなされ(甲23),確定した。そのため,東京高等裁判所は,同年6月24日,上記無効審決を取り消す旨の判決を言い渡した(甲24)。
エ 特許庁は,平成13年1月9日,訂正後の本件考案について,改めて実用新案登録を無効とする審決をなした(乙30)ため,原告が,東京高等裁判所に同審決取消訴訟を提起した(平成13年(行ケ)第78号)ところ,東京高等裁判所は,平成14年5月9日,上記審決を取り消す旨の判決を言い渡した(甲36)。これに対し,被告は,平成14年7月12日,最高裁判所に上告受理の申立てをした(乙41)。
(5) 公知技術 本件考案の出願日である昭和60年11月6日当時,以下の公知技術が存在した(ただし,公開日は上記月日に遅れるが,その出願日ないし優先権主張日は先立っているものを含む。)。
ア 昭和60年9月6日公開の特開昭60-172711号に係る「圧力媒体シリンダ」の特許発明(以下「公知技術1」という。乙2) イ 昭和60年11月20日公開(昭和60年4月8日出願,昭和59年4月10日優先権主張)の特開昭60-234106号に係る「直線伝動装置」の特許発明(以下「公知技術2」という。乙3) ウ 昭和58年12月13日公開の特開昭58-214015号に係る「テーブル用直線運動ころがり軸受ユニット」の特許発明(以下「公知技術3」という。乙4) エ 1985年(昭和60年)10月16日公開(1984年4月10日出願)の欧州公開特許公報第0157892A1号に係る「直線伝動装置」の特許発明(以下「公知技術4」という。乙5の1,2) オ 1980年(昭和55年)9月11日公開(1979年3月5日出願)のドイツ連邦共和国公開特許公報DE2908605A1号に係る「ピストンロッドの無いシリンダを備える空気式リニアユニット」の特許発明(以下「公知技術5」という。乙16) カ 昭和62年4月23日公開(昭和61年3月1日出願,昭和60年3月2日優先権主張)の特開昭62-88866号に係る「機械式直線駆動装置」に係る特許発明(以下「公知技術6」といい,公知技術1から公知技術6までを併せて「本件各公知技術」という。乙56) 2 本件の争点 (1) イ号物件が,本件考案の技術範囲に属するか。
ア 構成要件Aの充足の有無 イ号物件におけるスリットを密封する「樹脂製のインナーバンド5」及び「樹脂製のアウターバンド6」(以下,両者を「樹脂製バンド」という。もっとも,本件で主として問題となるのは,前者である。)は,構成要件Aの「スチールバンド」と均等といえるか。
イ 構成要件B及びCの充足の有無 (ア) イ号物件の「摺動子50」が摺動する部分は,構成要件Bの「案内レール」に当たり,「バレルの…側壁の一方のみに…案内レールを…突設し」を充たさないか。
(イ) イ号物件の「案内レール10」は,構成要件Bの「棒状の案内レール」及び同Cの「その案内レール」に当たるか。
(ウ) イ号物件は,構成要件Bの「その一方の側壁から下方に延びる側壁の下方部」に一体に突設される「ベース」を充足するか。
ウ 構成要件Dの充足の有無 イ号物件の「ドライバー3」と「連結板14」の連結構造であるフローティング構造は,構成要件Dの「案内子をドライバーに設けた」を充足するか。
(2) 本件考案は,新規性ないし進歩性を欠くことから明らかに無効である(実用新案法(以下「法」という。)3条1項,2項,3条の2)として,本件権利に基づく請求は権利濫用に当たるか。
(3) 本件考案は,平成10年法律第51号改正前の法5条4項,37条1項3号に違反し,無効か。
(4) 損害額 3 争点に関する当事者の主張の要旨 (1)ア 構成要件Aの充足性の有無(イ号物件の「樹脂製バンド」は,構成要件Aの「スチールバンド」と均等といえるか。) (原告の主張) イ号物件は,「バレル1Aはアルミニウム材料によって押出し成形され,その側壁にはピストン2の軸線と平行なスリット4が全長に亘って形成されている。ピストン2に一体に止着されたドライバー3の先端がバレル1Aのスリット4より外部に突出されている。スリット4は樹脂製のインナーバンド5と樹脂製のアウターバンド6にて密封されている」との構成を有するロッドレスシリンダであるから,「スチールバンド」の点を除き,構成要件Aを文言充足している。
しかして,最高裁判所平成10年2月24日判決は,均等論適用の基準を示しているところ,@「スチールバンド」は,スリットを密封するものとしてたまたま記載されたので,「バンド」や「シールバンド」でも差し支えないし,本件明細書には,「スチールバンド」の目的,構成,作用効果に関する記載はどこにもないから,本質的部分とはいえないこと,A「スチールバンド」と樹脂製バンドとは,いずれもバレルのスリットをふさぐ点で同じ機能を有し,作用効果において同一であるから,置換可能性があること,Bしかも,ロッドレスシリンダの業界において,シールバンドとして「スチールバンド」を用いたものも樹脂製バンドも用いたものも広く知られていることから(乙3,甲5),本件考案出願当時においても当業者において容易に想到できたこと,Cイ号物件は,本件考案とその目的,構成及び作用効果が同一であるから,本件考案と同様に,その出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから容易に推考できたものとはいえないこと,Dイ号製品の樹脂製バンドが本件考案の出願手続において,その請求範囲から意識的に除外されたものではないこと,以上から,樹脂製バンドは,本件考案の単なる設計変更にすぎず,「スチールバンド」と均等というべきである。
この点につき,被告は,構成要件Aは,いわゆる「おいて書き」の形式で記載され,本件考案の前提要件(従来技術としての条件)を規定するから,ここで規定される「スチールバンド」は,本件考案が成立するための本質的部分であると主張するが,本件考案においては,「おいて書き」の構成がそれより後の特徴的部分の構成と直接の関係を有せず,その前提条件となっていないから,失当である。
次に,被告は,「スチールバンド」と樹脂製バンドとでは作用効果が異なると主張するが,「スチールバンド」を磁石によって吸着させるのは「スチールバンド」がスリットから外れ,垂れ下がらないようにするためで,スリットの封止は「スチールバンド」がバレル内の作動空気圧によりバレル内面に圧着されることで行われる点は樹脂製ベルトも同様であるから,その作用効果は同一である。被告の主張するそのほかの差異は,本件考案の目的,構成及び作用効果と無関係であり(構成要件Aには磁石の記載がないのに,これを必須要件とするのは不当である。),置換可能性を否定するものとはいえない。
また,被告は,イ号物件は,出願当時の本件各公知技術を併せれば,当業者が容易に推考することができたと主張するが,後記(2)のとおり,公知技術1は,スリットを挾んだ一方の側壁(隔壁)に別の外側壁を対向状に突設し,その隔壁と外側壁との相対向する対向面によって案内する点でイ号物件と構成を異にし,また作用効果も異なるし,公知技術4は,一方のみの側壁の下方部にベースを一体に突設していない点,ベース上に案内レールを一体に突設していない点,案内レールのスリット幅方向の両外側に案内面を備えていない点でイ号物件と異なり,公知技術5は,バレルのスリットを挾んだ両側の側壁の一方のみの下方部にベースを突設するものでなく,そのベース上に棒状の案内レールを突設するものでもなく,またガイドロッドをバレルと別個に設ける関係上,装置が大型になる点でイ号物件とは目的,構成及び作用効果を異にすることなどから,容易推考性は認められない。
さらに,被告は,原告は意識的に「スチールバンド」に限定したと主張して均等論の適用を否定するが,本件明細書の登録請求の範囲には,かかる限定をうかがわせる記載はなく,原告は,出願当初の記載を補正していないし,意見表示等の外形的行動もしていないから,失当である。
(被告の主張) イ号物件は,樹脂製バンドを用いている点で,「スチールバンド」すなわち「はがね,鋼鉄,鋼からなるバンド」の要件を充足せず,かつ,以下のとおり,均等論の適用もない。
(ア) 構成要件Aは,いわゆる「おいて書き」の形式で記載され,本件考案の前提要件(従来技術としての条件)を規定するから,ここで規定される事項である「スチールバンド」は,本件考案が成立するための必須の構成要件であり(東京高等裁判所昭和40年5月11日判決,同裁判所昭和49年5月29日判決),本質的部分として限定的に解釈されるべきである。
(イ) 確かに,「スチールバンド」も樹脂製バンドも「ロッドレスシリンダのスリットを密封する」機能を有するが,この機能自体はその上位概念であるシールバンドの機能であり,その下位概念に位置し互いに並列的に位置する「スチールバンド」と樹脂製バンドにはそれぞれ異なる固有の目的がある。すなわち,「スチールバンド」は,シリンダ本体に装着される磁石によって「スチールバンド」を吸引して,密封状態を作るものであるのに対し(乙6第2欄37行以下),樹脂製バンドは,マグネットを用いることなく単独でスリットを封止でき,スリットの側壁に対して弾性力に富む二本の角を当接して該ベルトの落下を阻止する保持機構を採用しているため,シリンダ本体と該バンドの構造が簡素化し,柔軟性に富み,高いシール性が得られ,長手方向に延在する端部によって取扱者が怪我を負うなどの危険性もなく,成形が簡単なため製作工程が単純化し,製造コストも低廉であるなどの特有の効果を奏する。このように,両者は,その目的,構成及び作用効果において,明らかに差異があり,置換可能性はない。
(ウ) イ号物件は,本件各公知技術を併せれば,後記(2)のとおり,当業者が極めて容易に推考できたものである。
(エ) 出願過程において補正等がされた場合のみならず,当業者であれば,容易に当初からこれを包含した形の請求の範囲により出願することができたはずの事項や,出願過程において,補正により容易に請求の範囲に取り込むことが可能であったはずの事項については,出願人がそのような出願ないし補正をしなかったことが当該事項を考案技術的範囲から除外したと外形的に解される行動に当たると解される場合には,前記最高裁判所判決のいう意識的除外として,均等論の適用が否定されるべきところ,原告は,スリットを密封するものとして「シールバンド」を使用すべきところを誤って「たまたま」スチールバンドの名称を使用したものでありながら,訂正審判を請求した際にも,それに関連して手続補正書を提出した際にも,更には現在に至るまで,誤使用を訂正しようとすることなく放置している。そうであるならば,被告が原告の「意識的に訂正をしなかった不作為という外形的行動」を信頼しても何ら不合理ではないから,原告は,本件考案請求の範囲をその記載内容である「スチールバンド」に限定したというべきであり,樹脂製バンドと均等とはいえない。このことは,請求の範囲を意識的に限定し又は先行技術を回避して拒絶理由あるいは無効理由に該当しないように請求の範囲補正した場合には,後にその除外した対象物を権利範囲に含ませることを否定する包袋禁反言の法理に照らしても,明らかというべきである。
(1)イ 構成要件B及びCの充足の有無((ア) イ号物件の「摺動子50」が摺動する部分は,本件考案の「案内レール」に当たるか。)について (原告の主張) イ号物件は,「バレル1Aは,スリット4を挾んだ両側の側壁の一方の側壁9の下方部にバレル1Aの略全長に亘ってベース11が一体に突設されて,断面L字状に形成されている。ベース11上に案内レール10がピストン2の軸心と平行に固着されている。」との構成を有しており,「連結板14の案内レール10の反対側に形成された凹部48に嵌合された摺動子50」が摺動する部分は,本件考案の「案内レール」に当たらないので,「バレルの…側壁の一方のみに…案内レールを…突設し」との構成要件Bを充足する。
すなわち,本件考案の「案内レール」は,ドライバーが右又は左に倒れないように案内保持するもので,スリットの幅方向の両側にピストンの軸芯と平行な案内面を備えた棒状の案内レールであることを要する。ところが,イ号物件の摺動子50は,連結板14(スライドテーブル)の凹部に上下左右に透き間を開けて緩く嵌合された小さな樹脂製の部材であり,ドライバーが右又は左に倒れないようにすることはできず,また,スリットの幅方向の両側に軸芯と平行な案内面を備えてもいないから,摺動子50が摺動する部分は,本件考案の「案内レール」とはいえない。
(被告の主張) 原告の主張のうち,イ号物件が構成要件Bの「バレルの…側壁の一方のみに…案内レールを…突設し」との要件を充足することは否認する。
本件考案の特徴は,ドライバーが傾倒しないように直接案内する案内レールをバレルの側壁の一方のみに設け,これによってドライバーを,常時,片持ち状態で案内することにある。ところが,イ号物件の摺動子50は,その係合部52の中央部底面が常にバレル上面部に当接する一方,係合部52では負荷がないときにはその両端部が連結板の凹部の上壁面に当接し,負荷が連結板に掛かることによって係合部52の両端部は下方へと撓み,摺動子の係合部52全体が前記連結板とその上の負荷を担持するのであって,他方の案内面(案内レール)とともに,負荷を両持ちで担持し(乙24,25,31),案内する構造となっているから,摺動子50が摺動する部分は,本件考案の「案内レール」に当たる。よって,イ号物件は,構成要件Bの「バレルの…側壁の一方のみに…案内レールを…突設し」を充足しない。
(1)イ 同((イ) イ号物件の「案内レール10」は,構成要件Bの「棒状の案内レール」及び同Cの「その案内レール」を充足するか。)について (原告の主張) イ号物件が構成要件Bを充足していることは前記のとおりであり,かつ,イ号物件は,「案内レール10の両外側の側面には夫々ピストン2の軸心と平行に案内面12が設けられている」との構成を有しているから,構成要件Cも充足している。
被告は,「棒状の案内レール」の断面形状が台形に限られると主張するが,構成要件Bは,案内レールの具体的構成を「棒状」と限定しているにとどまり,「断面形状台形状の棒状」と限定していない。このことは,本件明細書中に,「案内レールと案内子との構成は上記に限定されるものでなく,市販のスライデングユニット等により適宜に選択使用することも可である。」と記載し,案内レールと案内子の構成が実施例に限定されるものでないことを示していることからも明らかである。そうすると,イ号物件の案内レールが,構成要件Bの「棒状の案内レール」及び同Cの「その案内レール」を充たすことは明らかである。
(被告の主張) 原告の主張のうち,イ号物件が構成要件Bの「棒状の案内レール」及び同Cの「その案内レール」の要件を充足することは否認する。
構成要件の「棒状」の用語は,前記訂正審決によって挿入が認められたものであり,意識的に意義が限定されたというべきところ,本件明細書実施例には,「…該ベース上には,断面形状台形状をなす案内レールがピストンの軸芯と平行に取付けられ…」との文言が記載されているから,その断面形状は「台形状」を意味すると解すべきである。ところが,イ号物件の案内レールは,上下方向に垂直かつ平行な側面の形状(断面形状が長方形)であり,断面形状が台形状ではないから,構成要件Bの「棒状の案内レール」及び同Cの「その案内レール」を充たさない。
(1)イ 同((ウ) イ号物件は,構成要件Bの「その一方の側壁から下方に延びる側壁の下方部」に一体に突設される「ベース」を充足するか。)について (原告の主張) 構成要件Bの「バレルのスリットを挟んだ両側の側壁の一方のみには,その一方の側壁から下方に延びる側壁の下方部にベースを一体に突設し」は,「一方の側壁から下方に延びる」が「側壁の下方部」を修飾し,「側壁の下方部」が一方の側壁から下方に壁が延びているところの側壁下方部の部位を示していると解釈することが文理上可能であり,本件明細書実施例についての説明とも合致する。
しかるところ,イ号物件は,「バレル1Aは,スリット4を挾んだ両側の側壁の一方の側壁9の下方部にバレル1Aの略全長に亘ってベース11が一体に突設されて」との構成を有しているから,上記の構成要件を充足する。
(被告の主張) 原告の主張のうち,イ号物件が構成要件Bの「その一方の側壁から下方に延びる側壁の下方部」に一体に突設される「ベース」を充足することは否認する。
一般に,「側壁」とは「側面のかべ。又はしきり」と定義されているところ,原告は,前記登録無効審判請求事件の口頭審理期日において,バレルとはほぼ縦断面四角の箱体であり,バレルの側壁とはバレルの周囲の四面を意味すると主張し,バレルの側壁の一方が引き出し線をもって明確に示されている。すなわち,「側壁」が上から下まで延在する「一方の側面のかべ,又はしきり」として明示されている。そうすると,それが「一方の側壁」であることから,これから更に「下方に延びる側壁」は存在し得ず,イ号物件にも存在しないので,上記構成を充足しない。これが存在しない以上,「下方に延びる側壁の下方部」に一体に突設される「ベース」も備えていない。
(1)ウ 構成要件Dの充足の有無(イ号物件の「ドライバー3」と「連結板14」の連結構造であるフローティング構造は,構成要件Dの「案内子をドライバーに設けた」を充足するか。)について (原告の主張) イ号物件は「ドライバー3には,連結板14を介して案内子13が固着され,案内子13の下面に案内レール10に遊合する案内溝15が形成されている。案内溝15の両側の案内面16には,案内レール10の案内面12に転動自在に接触するベアリングからなる転動部材17が夫々嵌合され,ドライバー3を案内している。」との構成を有する圧流体シリンダであるから,構成要件Dを充足する。
被告は,イ号物件がフローティング構造を有していることを理由に,「案内子をドライバーに設けた」の要件を充足しないと主張するが,本件考案は,案内子をドライバーにどのように設けるかについて特定していない。本件明細書には,実施例として,「案内子に固着した連結板をドライバーにピン連結して一体移動するように設けた構成」を記載しているが,従来技術としてドライバーの先端に円柱体を形成して,連結板の下側に凹部を設け,円柱体と凹部に嵌合させて設けるものが知られており(乙3),本件考案にあっては,その目的,作用効果から明らかなように,案内子をドライバーにより移動させるために,「ドライバーに設け」ることで十分であることから,どのように設けるかについては,連結板を介して設けることも,案内子の一部をドライバーを覆うように形成することも,ドライバーを案内子の近くまで延長することも自由であり,案内子をドライバーに設ける具体的構成を要件としていない。したがって,イ号物件のフローティング構造を介してドライバーに移動可能に連結する構造も,案内子をドライバーと一体移動するようにドライバーを設けている点で,構成要件Dの「案内子をドライバーに設けた」を充足する。
(被告の主張) 原告の主張のうち,イ号物件が構成要件Dの「案内子をドライバーに設けた」を充足することは否認する。
「案内子をドライバーに設け」は,それ自体では内容が明らかでなく,実施例の説明に,案内子「13は,連結板14を介してドライバー3に固着された案内子で」と記載されていることから,ドライバーと案内子との間に連結板を介することをその構成要件に内在させていると解される。しかるところ,イ号物件では,ピストンからバレル本体に形成されたスリットを介してドライバーを外部へと突出せしめ,このドライバーと案内子とを連結板によって連結するよう構成しているが,連結板に対してドライバーの先端を嵌合するフローティング構造を採用している。このフローティング構造によれば,ピストンからバレル本体の外部へと存在するドライバーと連結板とを長手方向に沿って移動する場合には規制されるものの,この長手方向に対して直交する垂直方向には連結板を自由に浮動せしめることができるように機能する。その結果,上記実施例では,偏荷重がドライバーに加わったり,あるいは案内子に偏荷重が加わった際に,案内子とドライバーは一体的に傾き,円滑な動きが阻害されるが,イ号物件では,ピストンの動きに追従して円滑な往復動作ができる。よって,イ号物件は,案内子が,連結板を介してドライバーに固着された構造を持たず,構成要件Dの「案内子をドライバーに設け」を充足しない。
(2) 本件考案は,新規性ないし進歩性を欠くことから明らかな無効理由があるとして,本件権利に基づく請求が権利濫用となるか。
(被告の主張) 本件考案は,以下のとおり,新規性ないし進歩性を欠如している。
公知技術1による新規性欠如 公知技術1は,本件考案と同様,ロッドレスシリンダについての発明であり,乙2のケーシング11,縦スリット20,力取出し突起18は,それぞれ構成要件Aの「バレル」,「軸方向」に設けられた「スリット」,「該スリット」より「先端が突出し」かつ「バレル内の遊動ピストンに連設されたドライバー」に対応する。また,乙2の帯状シール22,23は本件考案の「スリット」を「密封」する「スチールバンド」と同等である。したがって,構成要件Aは,乙2に明確に示されている。
次に,乙2の第1ないし第3図には,縦スリット20を挟んだ両側の側壁の一方のみにピストン14の軸芯と平行に円弧状の内壁が設けられ,この内壁に沿ってピストン16あるいは補助ピストン39が移動でき,内壁はバレルに相当するケーシング11と一体的に形成されていることが示されている。また,公知技術1における中央隔壁は変形不可能となるが,バレルの側壁そのものは変形し得ることを前提としており,本件考案の,バレル側壁が変形しても案内子を円滑に案内できる技術が開示されている。したがって,構成要件Bは,乙2に示されている。
また,乙2の第2図に示される第2内室13を形成する断面弧状の案内面あるいはその第3図に示される補助ピストン39を構成する円形状の部分30,その外周部に対面する円弧状の内室13の側面は,構成要件Cと同一の機能を達成する。
さらに,乙2の第2図に示される第2内室13を形成する円弧状の壁面に対し,ピストン16はその円弧状の形状に合わせた円弧状の案内面を有することが示されているから,構成要件Dの案内子に対応する案内機能を営むことが明らかであり,構成要件Dも乙2に示されている。
以上のとおり,本件考案の構成要件AないしDのすべてが乙2に示されているから,法3条1項により,本件考案は無効である。
なお,原告は,公知技術1は,隔壁の厚みを大きくすることにより隔壁の変形を防止し,2個のピストンを案内することを要旨とするが,そのためにケーシングの大型化を招くなどと主張する。しかしながら,乙2には,隔壁の厚みを大きくすることによって円滑に連結板を案内する点についての言及はなく,むしろ,隔壁が堅いため変形しないことが記載されており,原告の主張は失当である。
公知技術2による新規性欠如 公知技術2は,直線伝導装置すなわちロッドレスシリンダについての発明であるところ,乙3の筒状部材1,スリット10,ピストン4,荷重伝達要素11,シール要素27,30は,それぞれ本件考案の構成要件Aの「バレル」,「スリット」,「遊動ピストン」,「ドライバー」,「スチールバンド」に相当する。
したがって,構成要件Aは,乙3に明確に示されている。
次に,構成要件Bの「案内レール」は,乙3の案内レール45に対応し,これがバレルに対応する筒状部材に一体的に設けられているから,構成要件Bが明確に示されている。
また,乙3の第6図には,案内レール45の両側にピストン4の軸芯と平行な案内面が垂直な面として示されているので,構成要件Cも示されている。
さらに,乙3の第6図には,「ドライバー」に対応する荷重伝達要素11がカバーフード40を介して「案内子」に対応する移動要素45aに連結されていることが示されているので,構成要件Dも明確に示されている。
以上のとおり,構成要件AないしDのすべてが乙3に示されているから,法3条の2によって,本件考案は当然に無効である。
なお,原告は,公知技術2は,本件考案と目的,構成及び作用効果を異にすると主張するが,公知技術2は,公知技術4の欧州特許を基に優先権主張されたものであるところ,乙5の2には,「それら外部案内システムは,例えば第2図の45では補強板の代わりに設置でき,その際ボールブッシュのようなスライダなどの方法で形成できる。45aで示唆する可動要素を荷重伝達要素11または案内要素170と好ましくは限定的に可動に接続する。その場合,45の外部案内システムが要素46,170の課題を引き受けるので,スライダ46と案内要素170のない実施形態も可能である」との記載があり,公知技術2と実質的に同一の技術思想であることからすると,公知技術2にもスリットの幅方向の両側に案内面を有する案内要素を片側のみに設けることについての開示あるいは示唆が示されているというべきであり,原告の主張は失当である。
公知技術1による進歩性欠如 仮に,原告が主張するように,乙2には構成要件Bの「案内レール」が示されていないとしても,この「案内レール」の役割は,ドライバーを片持ち状態で保持して案内し,そのため,移動途中にピストンの軸芯と直角方向の負荷が作用してもドライバーは傾倒することなく,圧流体によってバレルが膨れても何ら支障なく案内され,摺動抵抗を極めて小さくすることができることにあるところ,乙2の内室13,補助ピストン16,39によってこれと同一の機能が達成されている。しかも,乙2の案内手段の形状は任意に選択可能であることが示唆されている。
したがって,本件考案は,公知技術1から当業者が極めて容易に想到することができたものであり,進歩性を欠如している。
公知技術1と公知技術3による進歩性欠如 乙4には,モータ4によってねじ軸5を回転せしめ,これに螺合させる送りねじ体4に連結されているケーシング1aを移動させる構成が採用されている。そして,乙5の1の第3図には,ピストンを構成する筒状部50の移動に際して圧流体を用いることなく,スピンドルとスピンドルナットが用いられている構造のものが示されている。したがって,乙4に示されているモータ14,ねじ軸5,送りねじ体4a等を乙2に示されているケーシング11,第1内室12,ピストン14,縦スリット20,帯状シール22,23等から構成されるロッドレスシリンダに置き換えることが可能である。しかも,本件明細書に,案内レール10と案内子13の構成は上記に限定されるものではなく,市販のスライディングユニット等より適宜に選択し使用することができるとの記載があるから,案内面を有する案内レール及びこれに案内される案内子をスライディングユニット等により適宜置換えして使用することが可能なことは原告自身が認めている。
したがって,本件考案は,公知技術1と公知技術3とを併せかんがみることにより,当業者が容易に想到することができるから,進歩性を欠如する。
公知技術3と公知技術4による進歩性欠如 乙4の第11,12図に示されているモータ14,ねじ軸5,送りねじ体4等からなる駆動側は,乙5の1の第3図の参照符号500で示されるスピンドルを含む駆動側に対応する。そして,乙5の1では,このスピンドルに換えて圧流体を用いてピストンを変移させることが可能な構成が示されている。このことからすれば,乙4のねじ軸5等の駆動側は圧流体によって駆動されるピストンと置換可能であるから,スピンドルとスピンドルナットに対してピストンは代替可能な駆動構造体である。してみれば,この乙5の1のピストンを乙4のモータ14,ねじ軸5,送りねじ本体4aと代替して用いれば構成要件AないしDを充たすことになる。
したがって,本件考案は,公知技術3と公知技術4を併せかんがみれば,当業者が容易に想到することができるから,進歩性を欠如する。
この点につき,原告は,公知技術4は案内トラックを縦方向スリットの片側に設けるものではなく,両側に設けるものであると主張し,その理由として,@可動性部材45aが極めて小さく,単独でベアリング部材220に連結することは常識的に考えられないこと,A過剰な負荷を受ける際の対策手段として案内要素をスリットを挟んだ片側の側壁のみに設けることは予想されていなかったことを挙げる。しかし,特許図面は,一般的にアイデアを抽象化して表示することを旨とするものであり,図面上の大小は関係がないから,@は失当であり,Aについても,公知技術4の実施例においても,案内要素としてのリニアガイドは片側に設けられているし,リニアガイドを両側の側壁に設ける場合は,両方のすなわち4つの案内面が相互に干渉し合うことによりかじり等を生ずる懸念があるから,側壁の一方のみに案内レールを設けることは十分にあり得る構造であり,その証左が乙5の1であり,明らかに片側のみでよいと記載されており,逆に,両側に設けなければならないとする積極的な記載あるいは示唆はない。また,原告は,公知技術4はスリットの両側に案内レール(案内トラック)を設けることが必須であると主張するが,乙5の1及び2は公開特許公報であって,実質的に審査がなされていない発明内容を示しており,出願の際にはそれを単に公知化する目的で本来権利取得を目指したものとは異なる技術も開示することが通常行われており,発明の本旨とは離れた技術も実施例として掲げることがあり得る。したがって,あえて乙5の1の案内レールをスリットの両側に設けることに限定して判断すべきでない。
公知技術5と他の公知技術(公知技術1,公知技術3,公知技術4)による進歩性欠如 公知技術5は,空気式リニアユニットに係る発明であり,ロッドレスシリンダについて,シリンダ本体にこのシリンダ本体の長手方向に平行にガイドレールが設けられ,このガイドレールに装着されてシリンダ本体の内部に配設された図示しないピストンと一体的に移動するキャリッジがブラケットを介して連結されている構造のものが示されている。これに関連して,「この新しい空気式リニアユニットは,ピストンロッドの無いシリンダと,ボールガイドを有して前記シリンダに平行に配置される一つまたは複数のガイドレールを備え,前記ガイドレールは,前記シリンダに固着されて水平方向及び鉛直方向に発生する力および運動量を吸収し,キャリッジはピストンブラケットに接続されて更なる直線方向,回転方向及び他の移動あるいは操作荷重を吸収する。この空気式リニアユニットの本質的な利点は,ピストンロッドの無いシリンダを使用することにより素速く大きな直線的変位が設置スペースを節約して得られる点にある。」との記載があり,構成要件Bを示している。
そうすると,本件考案は,公知技術に他の公知技術(公知技術1,公知技術3,公知技術4)を組み合せることにより,当業者が容易に想到できるというべきである。
公知技術6による新規性欠如 公知技術6は,機械式直線駆動装置についての発明であるが,乙56の異形管1の円弧状の両側の側壁,異形管1の右側の側壁のみにはこの側壁から下方に延びる側壁の下方部に台座部31が延在している構造は,それぞれ構成要件Bの「スリットを挾んだ両側の側壁」,「バレルのスリットを挾んだ両側の側壁の一方のみには,その一方の側壁から下方に延びる側壁の下方部にベースを一体に突設し」に対応する。そして,この台座部31には,構成要件Bの「棒状の案内レール」に対応する案内棒34が突設されており,この案内棒34にC形状のスライダ35が係合している構造が示されている。
案内棒34は,両側に案内面を有し,その上面に物差37が嵌合している。しかも,その第2図には,案内棒34がスリット3の幅方向の両外側に軸芯8と平行な案内面をそれぞれ備えている構造が示されている。この案内面は,スライダ35の図示しない直線受座に係合して縦移動案内する。これは,構成要件Cの「その案内レールには,前記スリットの幅方向の両外側に前記軸芯と平行な案内面を夫々備え」に対応する。
そして,乙56には,これらの案内面に案内される案内面を有する案内子,すなわちスライダ35が伝動部材16に連結された連結部材36に設けられる構造が示されている。この構造は,構成要件Dの「これらの案内面に案内される案内面を有する案内子を前記ドライバーに設けた」に対応する。
以上のとおり,乙56は,構成要件B,C,Dを明確に示している。
もっとも,乙56は,電動機10の回転駆動によってウォーム7が回転駆動するものであり,構成要件Aが圧流体によって駆動されるピストンを採用しているのと異なっているが,構成要件Aは,周知技術(乙2,5の1,2,6,48,49)を採用したにすぎないから,何ら特徴となる構成を有せず,本件考案の作用効果も周知技術と乙56の構造から当然に生ずるから,本件考案公知技術6は,実質的に同一というべきである。
したがって,本件考案新規性を欠如する。
(原告の主張) 本件考案が,新規性ないし進歩性を欠如するもので明らかに無効であることは,以下のとおり,否認ないし争う。
公知技術1と本件考案とは,技術思想を異にする。
すなわち,公知技術1は,圧力媒体シリンダと称するロッドレスシリンダに関するもので,側壁が内圧によって変形するのを防止するために,2つの内室の隔壁(中間壁)の厚みを大きくし,その隔壁の両側によって2つのピストンの片側面をそれぞれ案内するものであるから,隔壁の厚み寸法を大きくすることによって必然的にケーシングの大型化を招くものであり,またケーシングの材料に弾力があるので隔壁が一方の内室の圧力によって他方の内室側へある程度変形移動することは避けられず,その結果他方の内室のピストンの摺動抵抗が大きくなって円滑な案内ができなくなるものである。それに対して,本件考案は,バレル両側の側壁の一方に左右両側に案内面を備えた案内レールを設け,その案内レールの両側の案内面によって案内子を案内するようにしたものであり,バレル側壁の厚さ寸法をその側壁が内圧によって変形する程度に小さくして小型化する場合でも,一方の側壁に設けた案内レールの両側の案内面によって案内子を円滑に案内できるようにしたものであり,公知技術1とは,その目的,構成及び作用効果が異なる。
公知技術2と本件考案とは,技術思想を異にする。
公知技術2は,スリット両側に配置された案内トラックによってスリット両側で案内要素を案内したり,スリットの一方側に配設された外部案内機構と他方側に配設された案内要素によってスリット両側で案内要素を案内する技術であり,その特徴部分は,荷重伝達要素に過大な荷重が作用した場合に荷重受け部材に不均一な荷重が作用するのを防止するために,ベアリングを介して荷重受け部材と案内要素を回転自在に連結する点にあるのに対し,本件考案の技術思想は,バレルの側壁が内圧によって変形する場合でも装置を大型にすることなく円滑に案内できるように,バレルの一方の側壁に左右両側に案内面を備えた案内レールを設けてスリットの片側で案内するようにしたものであり,明らかに技術思想を異にする。
公知技術1からの容易想到性はない。
公知技術1は,前記のとおり,2つの内室の隔壁の厚みを大きくして隔壁の変形を少なくし,その隔壁の両側によって2つのピストンの片側面をそれぞれ案内するようにしたもので,ケーシングが大型化するとともに,隔壁がある程度変形することによってピストンの摺動抵抗が大きくなって円滑な案内ができないから,本件考案の目的,構成及び作用効果を異にする。したがって,本件考案は,当業者といえども,公知技術1から極めて容易に考案できたものとはいえない。
公知技術1と公知技術3からの容易想到性はない。
公知技術3は,高精度位置決めが可能な「テーブル用直線運動ころがり軸受ユニット」に関するもので,本件考案が対象としているスリット付きシリンダに関するものではないし,圧流体シリンダに関するものでもなく,対象分野を異にする。しかも,乙4の1ページ左下欄下から3行以下に,「ケーシングには,送りねじ体が装着され,前記送りねじ体に螺合されるねじ軸が両端において前記トラックレール端に回動自在に支承されていることを特徴とするテーブル用直線運動ころがり軸受ユニット」とあり,ねじ軸が回転することによって送りねじ体すなわちケーシングを正確に移動させるようにしたものであり,本件考案と目的,構成,作用効果を異にする。
したがって,公知技術1と公知技術3には,いずれも,本件考案の目的,構成及び作用効果について示唆する記載がなく,両者を併せてみても,当業者をして,本件考案を極めて容易に想到できたとはいえない。
公知技術3と公知技術4からの容易想到性はない。
公知技術4は,「縦方向スリットの両側の案内トラックが,シリンダパイプの外側に配置されている」こと(特許請求の範囲第1項)を発明の必須要件とするものであり,本件考案のように,バレルの側壁が内圧によって変形しても円滑に案内できるようにするものではないし,バレルのスリットを挟んだ両側の側壁の一方に案内レールを設けるものでもなく,目的,構成及び作用効果を異にする。
そして,乙5の2の「外部案内システムは,例えば第2図の45では補強骨組の代わりに備えることができると思われる。その場合に,45aにおいて暗示されている,ライフル銃などのキャリッジのように形成することができる可動性の部材は,動力伝達部材11または案内部材170と限定的に移動可能に接続されている。この場合には,スライダ46及び案内部材170を省略した実施形態も考えられる。」の記載は,スライダが,ライフル銃にキャレッジが両側の側壁で案内される構造を意味するから,案内部材を縦方向スリットの両側に設けて一方の部材45に部材46と170の任務を引き受けされることを意味すると解されること,公知技術4は,そもそも,スリットの両側に案内トラックを設けるものであるから,当業者といえども発明と矛盾する内容を理解することは困難であること,可動性の部材45aがベアリング220に比べて極めて小さく,45aが単独でベアリング部220に連結されることは考えられないこと,明細書実施例の説明では片側を省略して説明していると理解できること,従来は過剰な負荷を受ける際の対策手段として案内要素をスリットを挟んだ片側の側壁だけに設けることは予想していなかったこと,これらからすると,案内トラックを縦方向スリットの片側に設けることを意味するものではない。
被告は,部材の大小は関係ないと主張するが,部材をどのような意味で記載しているかについて判断する際に,その部材をどのように記載しているかは重要であるから,被告の主張は失当である。また,被告は,リニアガイドを両側に設けることの不都合を主張するが,両側に設けることは,甲19,20,21から明らかなように,業界において幅広く採用されている。また,被告は,両側に設けなければならないとする積極的記載はないと主張するが,乙5の1には,案内レールをスリットの両側に設置することが明確に記載されているのであるから,外部案内システム45についても同様である。
さらに,被告は,乙5の1及び2は公開公報だから発明の本旨とは離れた技術も掲げられることがあると主張するが,公開公報は,出願時の明細書そのものであるから,実施例には発明の本旨に関係した技術が記載されているのであり,被告の主張は失当である。
公知技術5と他の公知技術からの容易想到性はない。
公知技術5は,案内子をガイドロットによって案内するもので,バレルのスリットを挟んだ両側の側壁の一方のみの側壁の下方部にベースを突設するものでないし,そのベース上に棒状の案内レールを突設するものでもなく,また,ガイドロッドをバレルと別個に設ける関係上装置が大型になる問題があり,本件考案とはその目的,構成及び作用効果を異にする。
公知技術6と本件考案が,実質的に同一であることは否認する。
(3) 本件考案は,改正前の法5条4項,37条1項3号に反して無効か。
(被告の主張) 本件考案では,「案内子をドライバーに設けたこと」を特徴としているが,その実施例では,案内子は連結板を介してドライバーに連結されており,一方,案内子をドライバーに直接連結する構成は何ら開示されていない。少なくとも,ピストンの変位をドライバーを介して案内子に伝達して良好な案内動作を達成するためには,連結板は本件考案にとって必要不可欠な構成要件である。したがって,連結板を登録請求の範囲特定せず,どのように連結する構成のものであるかについて何ら開示しない以上,本件考案は,実用新案登録請求の範囲には,考案の構成に欠くことのできない事項のみを記載しなければならない旨を定めた改正前の法5条4項,37条1項3号に違背して登録されたものとして無効である。
(原告の主張) 登録請求の範囲特定する考案は技術思想であって,種々の実施例が想定されるものであるから,本件考案において,案内子を連結板を介して設けるものに限定しなければならない理由はなく,側方に張り出すように形成したドライバーに直接設けることも自由であるから,単に「案内子をドライバーに設ける」と表現しているものであることは明白である。本件明細書は,案内子をドライバーに設ける実施例の1つとして,連結板を介するものを示しており,法5条4項,37条1項3号に反するものではない。
(4) 損害額について (原告の主張) ア 主位的請求 原告は,イ号物件と競合する原告製品「ロッドレスシリンダORS」を平成8年7月から製造販売している。これは,本件考案の実施品ではないが,イ号物件と同様に,バレルの片側にベースを設け,案内レールで案内される連結板を備えたもので,イ号物件と近似した構成となっており,市場においてイ号物件と競合しており,原告製品の販売機会の喪失が本件権利の侵害と相当因果関係があることは明らかであるから,原告の逸失利益に基づく損害賠償が認められるべきである。
しかして,原告製品の単位利益額は,少なくとも平均1本当たり2万5000円であるところ,被告は,平成7年1月から平成12年10月までの間に,イ号物件を3万1131本製造販売したことを自認しているから,これを単位利益額に乗じた損害額は,7億7827万5000円となる。
イ 予備的請求 イ号物件の販売価格は,被告の定価表(甲39)によれば,本体価格の平均価格が8万6870円,ストローク調整ユニットの平均価格が1万1823円,オートスイッチの平均価格が6340円であることから,10万5033円となり,少なくとも10万円を下らない。被告は,市場占有率を拡大するために値引き販売している可能性があるが,原告は,被告が本件権利を侵害するイ号物件を値引き販売することによって多大な損害を被っており,それ自体が許されない。したがって,イ号物件の販売代金総額は,少なくとも31億1310万円となる。
ところで,原告は,本件権利を同業他社に販売金額の12パーセントの実施料で実施許諾し,その実施料の支払を受けていた(甲41)のであり,本件権利の実施に対し通常受けるべき金銭の額(平成11年1月1日からは,実施に対し受けるべき金銭の額)は,イ号物件の販売金額の12パーセントである。しかも,イ号物件は利益率の高い製品であり,被告の限界利益率は35パーセントを下ることはなく,実施料率が12パーセントであっても決して高いとはいえない。したがって,実施料相当損害金は,3億7357万2000円となる。
ウ 弁護士費用 原告は,被告による本件権利の侵害のため,訴訟代理人に本訴の提起を依頼せざるを得なかったところ,被告の不法行為と因果関係を有する上記費用は,認容額の15パーセントを下るものではなく,少なくとも,その金額は5558万4000円を下らない。
エ 結論 よって,原告は,被告に対し,不法行為に基づく損害賠償の内金として,4億2614万4000円並びにうち4560万円に対する履行期後であることの明らかな平成8年8月28日から,うち3億8054万4000円に対する同様の平成14年7月2日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金を請求する。
(被告の主張) ア 主位的請求について 被告は,平成7年1月から平成12年10月までの間に,イ号物件を3万1131本製造販売しているが,原告製品の利益相当額が損害であるとの主張は否認ないし争う。
イ 予備的請求について イ号物件の販売金額合計は,18億2043万6000円であるが,これには,センサー等のオプション品代が含まれており,これらオプション品代金の合計は概算2億2200万円であるから,本体の販売金額の合計は15億9843万6000円となる(平均販売単価は,5万8477円である。)。この点につき,原告は定価表の金額を基準として主張するが,定価表は,公示価格であって単なる目安である。被告は,企業努力によって販売価格を低減したのであり,ダンピングではない。また,大部分が,特約店や代理店を介して販売されるものであり,公示価格によって販売を行っているものではなく,原告の主張は失当である。
実施料率については,一般産業用機械の最頻値は5パーセントであり,平成7年以降については,更に平均値は下落していること,ハード系技術のロイヤルティーの多くが5パーセント未満であること,8パーセント以上の実施料率が設定されるのは,特殊な目的でのみ使われるなどの理由で,生産数量が小さいなどの特別事情がある場合と認識されていること等からすれば,実施料率は3パーセントを上回るものではない。また,周知技術であるロッドレスシリンダの基本形,すなわち,本体上部に移動自在に連結板を設け,本体に設けられたスリットを介してピストンの動きに応じて連結板を変位させ,ワークを移送するものと比較すれば,その寄与率は44.59パーセントである。
したがって,仮にイ号物件が本件権利を侵害しているとしても,実施料相当額は2138万2000円を上回らない。
ウ 弁護士費用について 本件権利は,いったん従来技術によって無効とされていることから明らかなとおり,無効事由を包含しているから,弁護士費用の請求は失当である。
当裁判所の判断
1 争点1(1)ア 構成要件Aの充足の有無(イ号物件の樹脂製バンドは,構成要件Aの「スチールバンド」と均等といえるか。)について (1) 構成要件Aの「スチールバンド」は,「スチール」の材質からなる「バンド」の意味と解されるところ,イ号物件においては,これが存在せず,「樹脂製」の「バンド」によって構成されているから,その文言を充足しないことは明らかである。
この点につき,原告は,均等論の適用を主張するところ,考案に係る願書に添付した登録請求の範囲に記載された構成中に相手方が製造等する製品(以下「対象製品」という。)と異なる部分が存する場合であっても,@当該部分が考案本質的部分ではなく,A当該部分を対象製品におけるものと置き換えても,考案の目的を達することができ,同一の作用効果を奏するものであって,B上記のように置き換えることに,当業者が,対象製品の製造等の時点において容易に想到することができたものであり,C対象製品が,考案の出願時における公知技術と同一又は当業者がこれからその出願時に容易に推考できたものではなく,かつD対象製品が考案の出願手続において登録請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないときは,その対象商品等は,実用新案登録請求の範囲に記載された構成と均等なものとして,考案技術的範囲に属するものと解するのが相当である(最高裁判所平成10年2月24日第3小法廷判決・民集52巻1号113頁参照)。
(2) そこで検討するに,@の本質的部分とは,登録請求の範囲のうちで,先行技術と対比して当該考案特有の課題解決手段を基礎づける特徴的な部分,言い換えれば,当該部分が他の構成に置き換えられるならば,全体として当該考案の技術的思想とは別個のものと評価されるような部分をいうものと解される。
しかるところ,本件明細書によれば,本件考案はピストンロッドを有しないいわゆるロッドレスシリンダについての考案であること,ロッドレスシリンダは,バレルに封入したピストンに一体に止着したドライバーの先端を,バレルの長手方向にピストンの軸線と平行に穿設したスリットにより外部に突出させ,2本のバンドのうちインナーバンドにて圧流体を密封するとともに,アウターバンドにてスリット内の防塵を行うように構成され,圧流体供給口よりバレル内に圧流体を供給することにより,ピストンと一体構成のドライバーがスリット内において左右に移動し,ドライバーによって被移送体を移送する構造になっていること,そして,スリットはドライバーの摺動抵抗を少なくするため,スリットの側壁とドライバーとの間に遊隙が設けられていること,そのため,このままの状態でシリンダを作動させ被移送体を移送させると,ドライバーに軸芯と直角方向の加重が作用した場合には,その加重方向に右又は左(本件明細書第2図参照)に倒れ,スリットの側壁と2本のバンドに摺接しながら移動するので,摺動抵抗を増大させるばかりでなく,正確な直線移動を行い得なくなり,精密機械に使用することは適当でなくなる問題が生じること,さらに,シリンダは圧流体を供給することにより,バレルが押し広げられてスリットが広くなる傾向があり(この広がり幅は圧流体の圧力の強弱,ピストンのストロークの長短等の条件により種々変化する),そのため上記の欠点は更に助長されること,このような欠点を是正するために,従来は,ドライバーに案内子を取り付け,この案内子をガイドロッドによって案内する方法か,バレル上面の左右の稜角部にガイドレールを取り付け,この左右のガイドレールによってドライバーを案内する方法がとられてきた(本件明細書第4図参照)こと,しかし,上記の各従来技術によれば,ドライバーが傾倒する欠点は防止することができるが,ガイドロッドによって案内する方法は,ガイドロッドをシリンダと別個に設けなければならないため装置が大型になり,また,バレルの稜角部にガイドレールを設ける方法は,圧流体の供給によってスリットが広がることにより,ガイドレールのゲージも共に広がり,摺動抵抗が増大するおそれがあるという欠点を有していたこと,本件考案は,上記欠点を解決するために,バレルのスリットを挟んだ両側の側壁の一方のみに,その側壁から下方に延びる側壁の下方部にベースを一体に設け,その上に棒状のスリット幅方向の両外側に案内面をそれぞれ備えた案内レールを一体に突設して,片持ち状態でドライバーを案内することによって,装置を小型化しつつ,圧流体が供給されてピストンの軸芯に負荷が作用してもドライバーが左右に傾倒することなく,摺動抵抗を極めて小さくして,ドライバーを支障なく正確に案内できるようにしたもの(かつセンサスイッチ等の制御機構の取付けにも支障なきようにしたもの)であること,以上の事実が認められる。
これによれば,本件考案の特徴は,バレルのスリットを挟んだ両側の側壁の一方のみに,その側壁から下方に延びる側壁の下方部にベースを一体に設け,その上に棒状のスリット幅方向の両外側に案内面をそれぞれ備えた案内レールを一体に突設して,片持ち状態でドライバーを案内することによって,装置を小型化しつつ,圧流体が供給されてピストンの軸芯に負荷が作用してもドライバーが左右に傾倒することなく,摺動抵抗を極めて小さくして,ドライバーを支障なく正確に案内できるようにしたことにあり,この構成が本質的部分であると認められる。他方,ロッドレルシリンダにおいて,スリットを密封し,バレル内に供給された圧流体を封じ込めるものとして,スチールバンドを用いることは,本件考案本質的部分でないことも明らかである。
この点について,被告は,構成要件Aは,いわゆる「おいて書き」の形式で記載され,本件考案の前提要件であるから,「スチールバンド」は,本件考案本質的部分である旨主張するところ,なるほど,「おいて書き」に記載される構成は,公知技術や上位概念を表示する場合の用語例として用いられることが多いことは否定できないが,本質的部分か否かは,その記載形式だけで決定されるものではなく,前記のとおり,従前技術と比較して,当該考案の特徴がどの部分に存在するかを実質的に考察して判断すべきものであるところ,上記のとおり,本件考案本質的部分が,バレルのスリットを挟んだ両側の側壁のうち,一方のみに案内レールを突設して,片持ち状態でドライバーを案内することにあると認められるから,被告の主張は採用できない。
(3) 次に,前記のとおり,構成要件Aの「スチールバンド」は,スリットを密封し,バレル内に供給された圧流体を封じ込める作用効果を有しているところ,この目的,作用効果を達成するためのバンドが鋼製でなければならないという技術的理由は見当たらず,イ号物件の樹脂製のベルトも,同様の目的,作用効果を有していることは,その構成から明らかであるから,Aの置換可能性を肯認することができる。
この点について,被告は,樹脂製バンドが,「スチールバンド」と比較して,種々の利点を有すると主張し,両者の作用効果が同一であることを否定するが,本件考案における「スチールバンド」が果たすべき役割は,上記のとおり,スリットを密封し,バレル内に供給された圧流体を封じ込めることにあり,かつそれでもって足りるから,樹脂製バンドが,この役割を果たすに際して,「スチールバンド」が有していない利点を持っているとしても,置換可能性が否定されるものではなく,被告の上記主張は,採用できない。
(4) 続いて,Bの要件について判断するに,証拠(甲3,乙3,5の1,2)によれば,ロッドレスシリンダにおいて,スリットを密封するシールバンドとしてスチールバンド又は樹脂製ベルトを用いることは,本件考案出願当時において公知であったと認められ,これに照らせば,イ号物件の製造開始時において,当業者は,「スチールバンド」を樹脂製バンドに置き換えることを容易に想到することができたというべきである。
(5) さらに,被告は,Cの要件に関し,イ号物件は,公知技術1,公知技術4及び公知技術5を併せれば,当業者が極めて容易に推考できたと主張するが,被告の無効主張に対する後記判断のとおり,上記の各公知技術によって,本件考案ひいてはイ号物件を容易に推考できたと認めることはできない。
(6) 最後に,被告は,原告はスリットを密封するものとして「シールバンド」を使用すべきところを誤って「スチールバンド」の名称を使用しながら,これを訂正することなく放置していると主張して,不作為による意識的除外(Dの要件)ないし包袋禁反言の法理を援用する。
しかしながら,原告が,本件考案の出願手続において,樹脂製バンドによる構成を意識的に除外したと認めるに足りる証拠はない(甲1によれば,本件明細書中の考案の詳細な説明にも,従来技術の説明においてロッドレスシリンダの一般的な構成を示すために1回だけ「スチールバンド」の用語が使用されているにすぎないことが認められる。)上,上記の法理は,例えば出願中の審査官からの登録拒絶通知又は無効理由通知に対応して,権利者がその権利の登録ないし存続を図るべく,権利の範囲を限定し,あるいはそれを明確ならしめる特定文言を付加したなどの事情が存する場合に,後日,これに反する主張をすることは,信義則によって禁じられるという内容であるところ,本件のように,より広義の用語を使用することができたにもかかわらず,過誤によって狭義の用語を用い,かつ広義の用語への訂正をしない(このような訂正が許されるか否かはともかく)というだけでは,均等の主張をすることが信義則に反するといえないことは明らかである(均等論は,限定された場面であるにせよ,正しくこのような場合における権利の救済を認める法理である。)。
(7) 以上のとおり,イ号物件の樹脂製ベルトは,本件考案の「スチールバンド」と均等であり,構成要件Aを充足すると判断するのが相当である。
2 争点(1)イ 構成要件B,Cの充足の有無((ア) イ号物件の「摺動子50」が摺動する部分は,本件考案の「案内レール」に当たり,構成要件Bの「側壁の一方のみに…案内レールを…突設し」を充たさないか。)について (1) 法26条,特許法70条1項は,「特許発明(考案)の技術的範囲は,願書に添付した明細書の特許請求(実用新案登録請求)の範囲の記載に基づいて定めなければならない。」とし,同条2項は,「前項の場合においては,願書に添付した明細書の特許請求(実用新案登録請求)の範囲の部分の記載及び図面を考慮して,特許請求(実用新案登録請求)の範囲に記載された用語の意義を解釈するものとする。」と規定する。これらの規定の趣旨からすると,実用新案請求範囲に記載された文言の意味内容を解釈するには,その言葉の一般的な意味内容を基礎としつつも,詳細な説明に記載された発明の目的,技術的課題,その課題解決のための技術的思想又は解決手段及び作用効果並びに図面をも参酌して,その文言により表現された技術的意義を考察した上で,客観的,合理的に行うべきである。 (2) ところで,本件考案は,前記のとおり,ピストンロッドを有しないいわゆるロッドレスシリンダについての考案であるところ,従来技術は,ドライバーに軸芯と直角方向の加重が作用した場合の摺動抵抗の増大を防止し,正確な直線移動を行うためのガイドロッドや左右のガイドレールの機構は,装置の大型化と,圧流体の供給に起因するスリットの広がりによる摺動抵抗の増大という欠点を有していたため,バレルのスリットを挟んだ両側の側壁の一方のみに,その側壁から下方に延びる側壁の下方部にベースを一体に設け,その上に棒状のスリット幅方向の両外側に案内面をそれぞれ備えた案内レールを一体に突設して,片持ち状態でドライバーを案内する構成を採り(こうすることによって,圧流体の影響によってバレルが膨れ,スリットの幅が広がることにより当該スリットの側壁が変位したとしても,案内子と共にドライバーが,その変位量と略同じ程度変位する。),これにより,装置を小型化しつつ,圧流体が供給されてピストンの軸芯に負荷が作用してもドライバーが左右に傾倒することなく,摺動抵抗を極めて小さくして,ドライバーを支障なく正確に案内できるようにしたものである。
したがって,本件考案の上記課題及び効果,ロッドレスシリンダの分野においては,「案内」がドライバーを正確に(精密に)導くことを意味すると解されること(乙2,3,5の1等)からすると,構成要件B,Cの「案内レール」は,構成要件Cで示されるとおり,スリットの幅方向の両外側に(すなわち,互いにその背面が向き合って),前記軸芯と平行な(すなわち,上記変位の移動方向と直交する)2つの案内面を備えることを要し,しかも,シリンダの移動途中にピストンの軸芯と直角方向の負荷が作用しても,ドライバーを傾倒することなく正確に案内し(導き),保持する機能を果たすためのレール状のものを意味すると解される。
(3) この点について,被告は,イ号物件の摺動子50が摺動する部分は構成要件Bの「案内レール」に該当し,他方の案内レールとともに両持ちで負荷を担持し案内していると主張するところ,摺動子50は,別紙イ号物件目録記載のとおり,その中央部で一体になっている係合部52(118)と摺動部55とで形成されており,係合部52と摺動部55(122)との間には対向する1組のスリット58が形成され,係合部52と摺動部55の両端部が上下,左右に撓むようになっていること,そして,係合部52は,側方に張り出す係止片53を備え,係止片53がバレル1Aの上面に載置され,一方の側面がバレル1Aの溝60の一方の内側面に対面すること,他方,摺動部55は,両端部の外側の側面が張り出すように幅広く形成されるとともに両端部が高くなるように上側へ折り曲げ形成され,中央部がバレル1Aの上面に載置され,両端部の上面が凹部48の天井面に対面し,両端部の張り出し側面が凹部48の一方の側面に対面すること,以上の構造を有していることが明らかであり,その係止片53及び摺動部55がバレル1Aの上面及びバレル1Aの溝60に沿って摺動することが看取できる。
しかしながら,証拠(乙28の1ないし15,甲29)及び弁論の全趣旨(被告の平成12年9月1日付け準備書面の第一の三参照)によれば,摺動部55は,連結板14の下面に対面してはいるが,連結板14に対して無負荷ないし軽負荷の場合,摺動部55と連結板14との間若しくは摺動部55とバレル1Aの上面との間に,肉眼によってもその存在が容易に判別し得る程度の間隙が存在する(前者の間隙は,原告の計測によると0・27ミリメートルである。ちなみに,別紙イ号物件目録の第7図によれば,摺動部55の厚さは均一と認められるから,上記間隙は,摺動部55の全長にわたって存在すると推認される。)のに対し,連結板14に対して13キログラム(イ号物件における最大荷重とされる27.5キログラムの約半分)の負荷を掛けた場合,両者の間隙が消失し,摺動部55は連結板14の下面とバレル1Aの上面に接すること,摺動子50(摺動部及び係合部)は樹脂製であり,しかも,摺動部55と係合部52とは中央部で一体となってはいるが,両端部にはスリットが形成され,撓むようになっていること,以上の事実が認められ,これによれば,摺動部55は,連結板14に掛かる負荷が増加した場合に連結板14を支持するもので,シリンダの作動中にピストンの軸芯と直角方向の負荷が作用してもドライバーを傾倒することなく案内保持する機能を果たし得るような構造を有しているとは認められず(むしろ,その構造からすれば,連結板14に掛かる負荷が増大した場合に,連結板14とバレル1Aの上面が接触することを防止する目的のものと考えるのが相当である。),スリットの幅方向の両外側に前記軸芯と平行な案内面を有しているともいえない。そうすると,摺動子50が摺動する部分が構成要件Bの「案内レール」に当たるとは認められない。
被告は,さらに,上記主張を立証するため,証拠(乙24,25,31)を援用するところ,乙24,25には,イ号物件(メカジョイント式ロッドレスシリンダMY1H25)を横向きに取り付け,摺動子50を取り外して連結板に軸芯と直交する方向の負荷を加えた場合に,負荷の大きさ(1キログラムから6キログラム)に比例して連結板の変位量が増大するのに対し,摺動子50を取り付けて同様の負荷を加えた場合には,比例的に生ずる摺動子の反力によって変位することはない旨の記載があり,乙31には,上記イ号物件に摺動子がある場合,負荷荷重の大きさに比例して増大する連結板の変位量が,摺動子がない場合のそれと比較して小さい旨の記載がある。しかしながら,乙24,25については,前記のとおり,摺動部と連結板との間若しくは摺動部とバレルの上面との間には,肉眼によっても判別し得る程度の間隙があり,その間隙は,原告の計測によると0・27ミリメートルであることからすると,少なくともその間隙が消失するまでは,負荷に比例して変位が生ずるはずであり(被告提出の乙31も変位が生ずることを示している。),更に負荷が大きなものになると,樹脂製の摺動子自体の変形も予想されるから,乙24,25は前記判断を覆すものとはいえない。また,乙31については,摺動子を取り付けた場合の実験結果である表2-2と表2-4とでは,無負荷の場合,変位量が「-」となっており,また,始動圧力が案内子がない場合に比べて大きくなっていること,表2-2では負荷加重の増加量と変位量の増加量がほぼ比例していることに照らすと,この実験に用いられたロッドレスシリンダは,摺動部55がバレル1Aの上面と連結板14との間に間隙を有するものであるかについて疑問が残るといわざるを得ず,同様に前記判断を覆すものとはいえない。
よって,被告の上記主張は,採用できない。
3 争点(1)イ 同((イ) イ号物件の案内レールは,構成要件Bの「棒状の案内レール」,構成要件Cの「その案内レール」に当たるか)について。
(1) 構成要件Bの「棒状」の意味について,本件明細書中に定義する記載はないが,「棒」の意味が,通常,「手に持てるほどの細長い木・竹・金属などの称」(広辞苑)であることからすると,細長い形状を意味すると解され,その断面図がどのような形状であるかの限定は,その文言から読み取ることができない。また,構成要件Cの記載からは,案内レールのスリットの幅方向の両外側に軸芯と平行な案内面をそれぞれ備え得る形状であることが必要と解されるが,棒状であれば,その断面形状が正方形でも長方形でも,あるいはそのほかの形状でも,幅方向の両外側に案内面を備えることが可能であることは明らかである。
そして,イ号物件の案内レールが断面形状略長方形の棒状を呈していることは,別紙イ号物件目録の第1図ないし第3図から明らかであるから,構成要件Bの「棒状の案内レール」及び構成要件Cの「その案内レール」をそれぞれ充足すると判断できる。
(2) この点につき,被告は,本件考案における「棒状」は,訂正審決によって挿入が認められた用語であり,意識的に限定されたものであるから,本件明細書実施例の「断面形状台形状」に限定されると主張するが,訂正手続によって挿入されたからといって,意識的に実施例に限定したと解する根拠にはならず,かえって,本件明細書には,「案内レールと案内子との構成は上記に限定されるものでなく,市販のスライデングユニット等より適宜に選択使用することも可である。」と記載されていることに照らすと,案内レールの具体的形態を更に限定する趣旨でないことは明らかであり,被告の上記主張は,採用できない。
4 争点(1)イ 同((ウ) 構成要件Bの「その一方の側壁から下方に延びる側壁の下方部」に一体となって突設される「ベース」を充足するか。)について 「バレルのスリットを挟んだ両側の側壁の一方のみには,その一方の側壁から下方に延びる側壁の下方部にベースを一体に突設し」の意義について,被告は,文言解釈上,「一方の側壁から下方に延びる側壁」の更に下方部は存在し得ないと主張するが,前記前提事実(4)エに掲記の東京高等裁判所判決(甲36)が判示するとおり,「一方の側壁から下方に延びる」の用語が,「側壁」を修飾し,その「側壁の下方部」にベースを一体に突設することを意味していると解することは十分に可能である。このことは,本件明細書に,「バレル1Aのスリットを挟んで両側の側壁9,9aの一方のみには,その一方の側壁から下方に延びる側壁の下方部にベース11を一体に突設し」と記載され,本件明細書図面1には,その一方の側壁の下方部にベースが一体に突設されていることとも整合する。
このように解した場合,イ号物件が構成要件Bの「その一方の側壁から下方に延びる側壁の下方部」に一体となって突設される「ベース」を充足することは明らかである。
5 争点(1)ウ 構成要件Dの充足の有無(構成要件Dの「案内子をドライバーに設け」を充足するか。)について 前記のとおり,技術的範囲の解釈は,その言葉の一般的な意味内容を基礎としつつも,詳細な説明に記載された考案の目的,技術的課題,その課題解決のための技術的思想又は解決手段及び作用効果並びに図面をも参酌して,その文言により表現された技術的意義を考察した上で,客観的,合理的に解釈,確定すべきところ,本件明細書には,ドライバーと案内子の連結の具体的構成を限定する旨の記載はない。そして,本件考案は,バレルのスリットを挟んだ両側の側壁の一方のみに,その側壁から下方に延びる側壁の下方部にベースを設けて,その上にスリット幅方向に二つの案内面を備えた案内レールを一体に突設し,片持ち状態でドライバーを案内することによって,ピストンの軸芯と直角方向の負荷が作用してスリットが広がってもドライバーが傾倒することがないなどの効果を奏することを目的とする。したがって,ドライバーは,ピストンの軸芯と直角方向の負荷が作用しても傾倒することがないように案内子に案内されてこれと一体的に移動する構造であれば足り,構成要件Dの「案内子をドライバーに設け」は,上記の機能を発揮できる構造であれば足りると解される。
そうすると,イ号物件は,ドライバーと連結板の間にフローティング構造を採用し,連結板をピストンの軸芯と直交する垂直方向にわずかに移動可能にしているが,ドライバーと案内子は連結板を介して連結されており,これによって,ピストンが移動する際,移動途中にピストンの軸芯と直角方向の負荷が作用してもドライバーは傾倒することなく,圧流体の供給によってバレルが膨れても何ら支障なく案内され,摺動抵抗を小さくすることができる構造を採用しているから,イ号物件は構成要件Dを充足することが明らかである。
6 争点(2) 新規性ないし進歩性欠如を理由とする無効主張について (1) 前記のとおり,本件考案の特徴は,ロッドレスシリンダの分野における従来技術の問題点,すなわち,ドライバーに案内子を取り付け,この案内子をガイドロッドによって案内する方法によれば,装置が大型化し,バレル上面の左右の稜角部にガイドレールを取り付け,この左右のガイドレールによってドライバーを案内する方法によれば,圧流体の供給により摺動抵抗が増大するとの欠点を解決するために,バレルのスリットを挟んだ両側の側壁の一方のみに,その側壁から下方に延びる側壁の下方部にベースを一体に設け,その上に棒状のスリット幅方向の両外側に案内面をそれぞれ備えた案内レールを一体に突設して,片持ち状態でドライバーを案内するという技術的手段を採用することにあり,これによって,上記課題を解決し,「ドライバーの移動途中にピストンの軸芯と直角方向の負荷が作用しても,ドライバーは傾倒することなく正確な直線運動を行ない得る。また,従来…に比べて小型化でき,狭い場所であっても容易に取付けが可能である。また,圧流体の供給によってバレルがふくれてもドライバーを何ら支障なく案内でき,最小の摺動抵抗で高精度の移送が可能となる。更に,センサスイッチ等の制御部材は従来と同様に支障なく取付けることができる。」という効果を生じるものである。
ここで,特に,圧流体の供給によってバレルが膨れてもドライバーを支障なく案内でき,最小の摺動抵抗で高精度の移送が可能となるのは,案内レールが側壁の下方部のベース上に突設されることにより,バレルのスリットを挟んだ両側の側壁から案内子が離間されて摺動抵抗が大きくならないからであるとともに,2つの案内面をもつ案内レールが側壁の一方のみに突設されていることにより,圧流体の供給によってバレルが膨れ,スリットの側壁が変位したとしても,案内子とともにドライバーがスリットの側壁の変位量と略同じ変位量移動するから,結局,スリットの片側の側壁と案内レールの案内面との間の距離と,ドライバーと案内子との間の距離とが異なるものになることが防止され,ドライバーがスリットに対して傾倒することなく,摺動抵抗が大きくなることがないからであると解される。この意味で,本件考案の技術思想の中心は,構成要件Bに表現されているということができる。
(2) 以上を前提として,本件考案の技術的思想が,被告の主張する各公知技術において開示ないし示唆されているかを検討する。
公知技術1について 乙2には,「2つの内室と2個のピストンが共通のケーシング(バレル)の中に並べて設けられ,かつ中央の隔壁によって相互に分離され,両ピストンの力取出し突起(ドライバー)が互に平行に延び,かつ連結板にねじ止めされ,…この構造により,ピストンとその力取出し突起が変形不可能な中央の隔壁に沿って正確に案内される。それによって,縦スリットが圧力の作用によって少し拡がっても,力取出し突起は側方移動不可能である。縦スリットの拡大は,隔壁とは反対の縦スリットの側でのみ発生する。」,「従って,平行に延びる両内室の中で等しい…横向きの力を受けない。よって,隔壁が変形したり,横へ移動することがないので,本発明の圧力媒体シリンダの,圧力とは全く無関係の案内特性が得られる。」と記載されている(3ページ)。そうすると,公知技術1の特徴は,並列する2個のピストンを用い,当該2個のピストンが挿入される2つの内室の中で等しい圧力が発生するため,縦スリットが圧力の作用によって少し広がっても,2つの内室の中間に存在する中央の隔壁が受ける横向きの力を相殺して当該隔壁の変形を防ぐとともに,力取出し突起は側方移動せず,縦スリットの拡大による影響は,中央の隔壁とは反対の縦スリットの側でのみ発生するように構成したことにあると認められる。
したがって,公知技術1は,1つのピストンのみを使用し,当然,横向きの力を相殺できずに側壁が変形することを前提としつつ,それでも案内子を円滑かつ正確に案内できるようにすることを内容とする本件考案とは,技術思想において本質的に異なることが明らかであり,かつ本件考案の技術思想についての示唆もないというべきである。
この点について,被告は,公知技術1も側壁が変形することを前提としていると主張するが,前記のとおり,その変形は,連結された力取出し突起と反対側の縦スリットの側でのみ発生するものであるから,上記主張は,採用できない。
公知技術2について 乙3には,発明が解決しようとする問題点として,「本発明は,荷重伝達要素または案内要素に不均一または過大な荷重が作用した場合あるいは特に案内部材や筒状部材の製造誤差によって,筒状部材内に収容されている荷重受け部材に不均一な荷重が作用するのを防止することができ,しかも高精度の仕上等を必要としない直線伝導装置を提供することを目的とする。」旨,問題点を解決するための手段とその作用として,「外部の荷重伝達要素と,ピストン,そのシール,上記シリンダまたは筒状部材の案内面との間にねじれ荷重が伝達されるのを防止するため,外部からの荷重を受ける部材と伝動要素との間にはベアリングまたは枢軸が設けられ,この伝動要素のうちシリンダまたは筒状部材の外周に案内される部分と,ピストン等の荷重を受ける部分とが自動的に整列されるように構成されている。」旨,それぞれ記載されている(3,4ページ)。そうすると,公知技術2の特徴は,上記問題点を解決する具体的手段として,外部の荷重伝達要素と,筒状部材の案内面との間にねじれ荷重が伝達されるのを防止するため,外部からの荷重を受ける部材と伝達要素との間にベアリングを設けて,筒状部材の外周に案内される部分とピストン等の荷重を受ける部分とが自動的に整列されるように構成したことにあると認められる。したがって,ドライバーの移動途中にピストンの軸芯と直角方向の負荷が作用しても,その負荷を,ピストンの軸芯と平行な案内面を両側に備えた案内レールを用いて受け止めることにより,ドライバーが傾倒しないようにした本件考案とは,その解決すべき課題及び具体的解決手段を異にしていることが明らかである。
このことは,公知技術2の実施例をみても裏付けられる。すなわち,乙3の第1図は,スリット10の両側に沿って中心面12の上に2個の案内トラック16が配置され,つる状の案内要素17がこの案内トラック16に縦方向に移動自在に支持され,この案内要素17はベアリングを介してピストンに所定量だけ移動自在に取り付けられている構成を示しており,同第2図及び第6図(第2図の断面図)も,ヨーク形のつる状案内要素170に円板形のベアリング部220が設けられ,その反対側に補強帯45がスリット10に沿って筒状部材1に設けられて,その曲がりを防止し,また,略ヨーク形のスライダ46が筒状部材1の2個の下部案内トラック15の間に縦方向に移動自在に案内されている構成を示しており,いずれもスリットの一方側の外部案内機構45は,ヨーク形の案内要素170と切り離されて単独で使用するものではなく,少なくとも,ベアリング機能を備えた他方側の外部案内要素170のみを単独で使用する場合か,又は当該外部案内要素170とベアリング機能を備えない一方側の外部案内機構45とを併用する場合について記載されていると解される。
なお,乙3には,「また,別の実施例では,この筒状部材1に外部案内機構が設けられ,このシリンダ空間2の軸13の方向の案内をなす。この外部案内機構は第2,6図中45で示し,補強帯45が案内レールとして使用され,これらの間には移動要素45aが設けられ,この移動要素はポール形のニップルを備え,荷重受け要素11または案内要素170に所定量だけ移動自在に結合されている。」と記載され(7ページ),補強帯側にもベアリング機能を備えてもよい例が示されているが,移動要素が荷重受け要素又は案内要素170に結合されていると記載されていて,案内要素170の存在を前提としていると解されること,乙3の各図がいずれも筒状部材の外周を巡る案内要素若しくはこれに付加してスライダを図示しており,公知技術2の課題及び目的に照らしても片持ちについての技術思想について何ら言及されていないこと,公知技術2の優先権主張出願である公知技術4が発明の構成要件としてスリットの両側で案内することを明示しており,案内レールを片側のみに設ける記載はどこにもないことなどに照らせば,それが,補強帯側のみを単独で使用することまで示唆したものとはいえない。
そうすると,公知技術2は,本件考案とその技術思想において異なる上,これについての示唆もないというべきである。
公知技術3について 乙4には,発明の名称として「テーブル用直線運動ころがり軸受ユニット」,その目的として「負荷能力が大でテーブルの直線移動量をいくらでも大とすることができ,撓を生じることがなく高精度で安価小型なテーブル用直線運動ころがり軸受ユニットを提供すること」と記載されている(1ページ)。これによれば,本件考案が対象とするロッドレスシリンダが備えるスリット部分における摺動抵抗の増大を解決するための案内機構を開示するものではなく,課題も異なることが明らかである。しかも,乙4に記載された案内手段の構成(例えば,第11,12図)をロッドレスシリンダに転用することは,両者を結びつける共通の課題等も見当たらないから,本件考案の技術思想を示唆するものともいえない。
公知技術4について 乙5の1及び2には,その構成として「直線伝導装置が縦方向スリットを設置して端側を閉塞する筒状部材1を有し,その筒状部材内で軸方向に駆動される荷重受け要素4を縦方向に移動可能に設置し,その縦方向スリット10を荷重受け要素4の両側で,内側にある可撓性シール帯27によりシールし,この可撓性シール帯は,縦方向スリットを通って外側に突き出し荷重受け要素4と接続する荷重伝達要素11の下を通って可撓性カバー帯30に配置される。荷重伝達要素11は,筒状部材1の一部を囲むつる状の案内要素17により,縦方向スリット10の両側で筒状部材1の外面に直接設置する少なくとも二つの平行な案内レール16上で縦方向に設置される。特に公差にもとづく荷重受け要素の不均一な荷重を防止するためその配置は,荷重受け要素4を少なくとも一つの支承部18で限定的に可動に案内要素17と結合するように行われる。」と,その課題として「一般に,荷重伝達要素または案内要素の不均一または過度の荷重,または特に案内部と筒状部材の製造公差のもたらす,筒状部材内に設置する荷重受け要素の不均一な荷重を防止するために,最初に挙げたような直線伝動装置を高価な構造的対策なしに改善することである。」と記載されている。
そして,上記課題の解決のため,公知技術4は,「荷重受け要素を少なくとも一つの支承部で案内要素と限定的に可動に結合することを特徴とする。この支承部は特に案内要素と荷重伝達要素間に設置でき,好ましい実施形態では筒状部材の外側にあ」り,「少なくとも一つの好ましくはシリンダ軸に直角で縦方向スリット中心面内に支承軸を有し,荷重伝達要素と案内要素を限定的に互いに回転可能とすることが有利である。」と記載されている。
これらの記載によれば,公知技術4は,二つの案内レールを有することを前提として,荷重受け要素と案内要素とを結合させる支承部の構造にその特徴があると理解できる。そして,その実施例(第1ないし第3図)では,いずれも,シリンダを囲む筒状部材そのものの周囲4カ所に案内レール15,16を設けていることからすると,筒状部材(シリンダ)内の圧力が高まることによるシリンダの広がり(変位)の影響を避けることはできないと考えられる。
この点について,被告は,公知技術4は,その実施例においても,案内要素としてのリニアガイドは片側に設けられているし,リニアガイドを両側の側壁に設ける場合は,両方のすなわち4つの案内面が相互に干渉し合うことによりかじり等を生ずる懸念があるから,側壁の一方のみに案内レールを設けることは十分にあり得る構造であり,現に乙5の2には,明らかに片側のみでよいと記載されており,逆に,両側に設けなければならないとする積極的な記載あるいは示唆はない旨主張するところ,乙5の2には「代替する実施形態では筒状部材2に外部案内システムを配置し,シリンダ穴2の軸13に平行に整列することもできる。それら外部案内システムは,例えば第2図の45では補強板の代わりに設置でき,その際ボールブッシュ(弾薬筒)のようなスライダなどの方法で形成できる。45aで示唆する可動要素を荷重伝達要素11または案内要素170と好ましくは限定的に可動に接続する。その場合,45の外部案内システムが要素46,170の課題を引き受けるので,スライダ46と案内要素170のない実施形態も可能である。」と記載されており,スライダ46(案内レール15を含む。)と案内要素170に代えて,補強板45の位置に,可動要素45aなどから構成され,ボールブッシュのようなスライダなどの方法で形成できる外部案内システムを設置する技術が示されている。
しかしながら,乙5の2には,上記外部案内システムについて,軸芯と平行に整列するとあるのみであって,その具体的構成の記載がなく,むしろ,スライダは弾薬筒等において両側の側壁で案内される構造を意味すると考えられるから,案内部材を縦方向スリットの両側に設けることを示しているとも解し得ること,少なくとも,筒状部材の圧力が高まることに対して片持ちでその変位による影響を回避する点について,乙5の2には何らの記載もなく,かえって,請求の範囲には明確にスリットの両側に案内レールを設置すると記載されていることに照らせば,可動要素45aなどからなる外部案内システムについてもスリットの両側に設置することを前提としていると理解するのが合理的である。また,前記実施例を示す第2図は,第1図及び第3図と同様,その一部を省略した図面であると考えられることから,案内要素170を省略した場合に外部案内システム45若しくは可動要素45aが筒状部材の一方のみに設置される構成を示しているとは断言できない(むしろ,可動要素45aの部材は,スライダ46,案内要素170,ベアリング220と比較して小さい部材であることからすると,一方のみに設置するものではないと推測される。)。
そうすると,本件考案のように,積極的に筒状部材の側壁の一方のみに案内レールを突設することを特徴とする技術思想について,乙5の2が何らかの開示ないし示唆をしていると認めることはできない。したがって,被告の上記主張は採用できない。
公知技術5について 被告は,公知技術5は,構成要件Bを示している旨主張するところ,乙16(翻訳文)には,「この新しい空気式リニアユニットは,ピストンロッドの無いシリンダ(1)と,ボールガイドを有して前記シリンダに平行に配置される一つまたは複数のガイドレール(2)を備え,前記ガイドレールは,前記シリンダに固着されて水平方向及び鉛直方向に発生する力および運動量を吸収し,キャリッジ(3)は,ピストンブラケット(4)に連結されて更なる直線方向,回転方向及び他の移動あるいは操作荷重を吸収する。この空気式リニアユニットの本質的な利点は,ピストンロッドの無いシリンダを使用することにより素速く大きな直線的変位が設置スペースを節約して得られる点にある。」との記載がある。
これに続けて,乙16には,「この空気式リニアユニットの本質的な利点は,ピストンロッドの無いシリンダを使用することにより素速く大きな直線的変位が設置スペースを節約して得られる点にある。シリンダがガイドレールに連結され,キャリッジがシリンダのボールガイドおよびピストンブラケットに連結されることにより,ユニット構成に応じたコンパクトなリニアガイドの動作が得られる。
ガイドレールを使用することにより,平行な案内および終端位置に関する高い再現精度が得られ,大きな力および運動量が移動可能である。」と記載されており,これらによれば,公知技術5は,ボールガイド及びキャリッジを有する一つ又は複数のガイドレールを備える空気式リニアガイドユニットに関するもので,ガイドレールは,シリンダに平行に配置されたシャフトであり,端部においてシリンダに連結され,キャリッジは,ガイドレール上のボールガイド(ボールベアリング)にガイドされてシリンダのピストンブラケットにより移動するように,ボールガイド及びピストンブラケットに結合される構成を採ることを特徴としていると認められる。
したがって,公知技術5は,ガイドレール上をガイドされるキャリッジによって案内するものであって,バレルのスリットを挟んだ側壁の一方のみの側壁の下方部にベースを突設するものでもなく,シリンダと別の位置にガイドレールを設けることから,正に本件考案が解決すべき課題とした装置が大型になる欠点を有する従来技術の範ちゅうに入り,本件考案とはその目的,構成及び作用効果を異にするというべきである。よって,乙16に本件考案の技術思想について何らかの開示ないし示唆があるとは認められない。
公知技術6について 公知技術6は,乙56に記載されているように,「縦スリットを有し,末端側が軸受フランジで閉鎖された形状安定な異形管の中にウォームが支承され,ウォームナットによって管の長手方向に駆動される伝動部材が上記の縦スリットを貫いて異形管から外へ突出し,この長手方向直線運動を発生する動力源が配属されて成るウォームギアに沿って,被駆動伝動部材の限られた直線運動を発生するための機械式直線駆動装置」に関するものであり,従来のこの種の装置が,「伝動部材の縦運動が被駆動ウォームによって強制的に行われるから,1個の軸上で複数個の伝動部材を互いに独立させることは基本的に不可能である。また伝動部材の直線運動速度の変更は,ウォームの回転数を適当に調整することによってしか行えない」欠点を有していたので,「上述の直線駆動装置と比較して拡張された使用範囲を長所とし,しかもそれによって場所の必要が大幅に増加せず,又は被駆動部分の位置ぎめ又は運動の精度が阻害されない機械式直線駆動装置を提供す」べく,「ウォームナットが回転自在かつ軸方向移動不能に伝動部材に支承され,また伝動部材に連接された動力源が,伝動部材に配属されたギヤを介してウォームナットと連結される」構成を採ったことを特徴とすると認められる。
そうすると,乙56は,本件考案のようにバレル内部に圧流体を供給することによって動力源とし,これによって駆動するピストンの運動をバレル外部に設けられた案内子に伝えて移動させる装置に関するものではなく,異形管の外部に設けられた電動機等を動力源とし,これを異形管の中に支承されたウォームに伝動して駆動させる装置に関するものであるから,いわば動力の伝動方向が逆方向であって,技術分野を全く異にし,またバレルが押し広げられてスリットが広がるおそれもあり得ないから,解決すべき課題も共通でないことが明らかである。
そうすると,公知技術6は,本件考案の技術思想について何らかの開示ないし示唆をしているとは認められない。
(3) 以上の認定,判断によれば,本件各公知技術は,本件考案の技術思想,特にこれを特徴づける構成要件Bについて,何らかの開示ないし示唆をしているものとは認められない。そうすると,単独の公知技術によって本件考案が公知であったと認められないことはもちろんのこと,これらを組み合せても,本件考案の出願当時,当業者が本件考案を想到することは容易であったとは認められず,結局,本件考案が,新規性ないし進歩性の欠如を理由として明らかに無効であるとの被告の主張は,採用できない。
7 争点(3) 改正前の法5条4項,37条1項3号違反について 本件考案の実用新案登録請求の範囲には,「案内子を前記ドライバーに設けた」と記載されているが,案内子をドライバーにどのように設けるかについては具体的に特定されていない。しかしながら,案内子をドライバーに連結する方法は,その当時としても多種多様な手段が考えられ(実施例に示すように,連結板を介してドライバーに連結する構成や,さらには,イ号物件が採用しているフローティング構造は公知であった。),かつどのような手段を採用したとしても,スリット部分の摺動抵抗の増大化防止という本件考案の本来の課題が消滅するものでもないし,本件考案の課題に対する解決手段の作用効果が無効化するものでもないから,案内子をドライバーに設ける具体的構成は,考案の構成に欠くことができない事項に当たるとは認められず,本件考案の登録が改正前の法5条4項,37条1項3号に違反するものとはいえない。
8 争点(4) 損害額について (1) まず,主位的請求(法29条1項)について判断するに,証拠(甲58)によれば,原告が「ロッドレスシリンダORS」シリーズを製造,販売している事実が認められるが,同時に,原告は,同製品が本件考案の実施品でないことを自認しているところ,このような場合には,原告製品と侵害製品とが市場において競合し,侵害製品がなかったならば原告製品の販売量が増加するとの関係が相当な確度でもって認められない限り,原告製品の単位利益額をもって,法29条1項に基づく損害の請求をなし得ないと解すべきところ,本件においては,上記関係を認めるに足りる証拠はなく,また,「ロッドレスシリンダORS」シリーズの単位利益額が原告主張の金額であることを客観的に示す証拠もない。よって,原告の主位的請求は理由がない。
(2) 次に,予備的請求について判断する。
ア まず,前提となるイ号物件の販売代金総額について検討するに,証拠(甲39)によれば,イ号物件の1本当たりの定価は,本体の平均価格が8万6870円,ストローク調整ユニットのそれが1万1823円,オートスイッチのそれが6340円とされており,その合計額は10万5033円であることが認められる。
しかしながら,実際の販売価格が定価を下回る状況はまれではなく,特にイ号物件は一般産業用機械であり,代理店等を介する取引の割合が多いと推測できるから,定価から相当程度の減価(値引き)をして販売することが十分に考えられるところ,現に,証拠(乙47)には,その平均販売単価は5万8477円であり,合計販売代金総額が18億2043万6000円であると記載され,この金額を上回る金額で販売されたことを裏付ける証拠は見当たらないことからすると,定価は名目上のものにすぎず,上記金額をもって被告の販売代金総額であると認めるのが相当である。
イ 次に,本件考案のイ号物件に占める寄与率について判断する。
前記のとおり,イ号物件は,ストローク調整ユニット(定価の平均価格が1万1823円)及びオートスイッチ(同6340円)と組み合わされて販売されているところ,ストローク調整ユニットやオートスイッチは,ロッドレスシリンダ本体に付属する部品にすぎず,その機能や購入の動機づけにおいて,これに完全に依存した部品と考えられることなどを考慮すると,本件考案のイ号物件に占める寄与率は,90パーセントをもって相当と判断する。
ウ さらに,実施料率について検討するに,一般に,これを算定するに当たっては,権利者の実施状況,実施契約の状況,侵害された権利が基本的技術か又は改良的技術か,従前技術との距離はどうか,被告製品において果たしている重要性はどうか,商業的実施に困難性があったか,更に投資を要するものであったか等の当該権利の技術内容と程度,被告の規模,被告製品の単価数量等の諸般の事情に加え,平成10年法律第51号による改正によって,現行の実用新案法29条3項の規定が新設された趣旨を総合的に考慮して,相当な割合を算定すべきである。
これを本件についてみるに,前記のとおり,本件権利は,ロッドレスシリンダの分野においては,小型化しつつ正確な直線運動を確保できる,有用性の高い考案を対象とするものであること,そうであるにもかかわらず,製造については,特段複雑な工程を要するものではなく,そのため利益率が高めになると考えられること,被告は,空圧機器で世界シェア2割,国内シェア5割を占める大手の会社であり,原告と比較して規模に格段の相違があること(甲40),被告においても相当数の販売実績を有し,その販売数量が増加傾向にあり(乙47),これによって上記シェアの拡大,維持に貢献していると考えられること,原告は,本件権利を同業他社に販売金額の12パーセントの実施料で実施許諾し,その実施料の支払を受けていたこと,もっとも,上記実施契約は1件だけであり,販売数量も少なく本件実用新案権以外に意匠権等も併せてその使用を認める契約であること(甲41),その他,本件に顕れた上記の諸般の事情を総合考慮すれば,本件において相当な実施料率は,10パーセントと判断するのが相当である。
この点について,被告は,発明協会発行の「実施料率」における当該分野の最頻値や平均値を採用すべきである等と主張するが,上記のとおり,各事案における実施料率は,具体的な事情に基づいて個別的に判断されるべきものであり,いわゆる業界相場はその一要素として検討され得るにすぎないから,上記判断を覆すには足りず,被告の上記主張は,採用できない。
エ よって,アの金額にイ及びウの各割合を乗じて算出した実施料相当損害金は,1億6383万9240円となる。
(3) 最後に,弁護士費用について判断するに,原告が本訴の提起・追行を訴訟代理人に委任したことは本件記録上明らかであり,これに本件事案の性質・内容・複雑さ等の本件訴訟の経過及び認容額並びに本件実用新案権の存続期間内であれば差止請求が認容されるべきであったこと,その他本件に顕れた一切の事情を参酌すると,被告による侵害行為と相当因果関係を有する弁護士費用としては,1000万円をもって相当と認める。
9 結論 以上の次第で,原告の本訴請求は,損害金1億7383万9240円並びにうち4560万円に対する履行期後であることの明らかな平成8年8月28日から,うち1億2823万9240円に対する同様の平成14年7月2日から各支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し,その余は理由がないから棄却し,訴訟費用の負担につき,民訴法61条,64条本文を,仮執行の宣言につき同法259条1項をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 加藤幸雄
裁判官 舟橋恭子
裁判官 富岡貴美