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追加

関連審決 審判1999-35544
審判1999-35686
関連ワード 技術的範囲 /  消滅時効 /  権利濫用(権利の濫用) /  考案 /  考案者 /  補正 /  進歩性(3条2項) /  新規性(3条1項) /  公然実施 /  先願 /  注意義務 /  先願 /  特定 /  明細書 / 
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事件 平成 14年 (ネ) 1996号 損害賠償請求控訴事件
控訴人 アルプス電気株式会社
訴訟代理人弁護士 飯田秀郷
同 栗宇一樹
同 早稲本 和徳
同 七字賢彦
同 鈴木英之
被控訴人 横河電機株式会社
訴訟代理人弁護士 大場正成
同 嶋末和秀
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2003/03/31
権利種別 実用新案権
訴訟類型 民事訴訟
主文 本件控訴及び控訴人の当審で追加した請求をいずれも棄却する。
当審における訴訟費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
控訴人の求める裁判
(控訴につき) 1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は,控訴人に対し,7625万4950円及びこれに対する平成13年5月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(当審で選択的に追加した請求につき) 3 被控訴人は,控訴人に対し,7625万4950円及びこれに対する平成13年5月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
事案の概要
控訴人は,被控訴人が本件実用新案権に基づきカシオ計算機株式会社に対して提起した実用新案権侵害差止請求訴訟(前訴1)に補助参加するとともに,被控訴人に対し差止請求権不存在確認等請求訴訟(前訴2)を提起し,前件訴訟として併合審理されたが,本件実用新案登録に出願前公然実施の無効理由が存在することが明らかであり権利濫用に当たるとして,被控訴人全部敗訴の判決が言い渡され,これが控訴の取下げにより確定し,この間に,本件実用新案登録に係る無効審決も確定した。本件は,控訴人が,被控訴人の警告書の発送,前訴1の提起及び控訴の提起等の一連の行為は不法行為に当たり,これにより弁護士費用等の損害を被ったとして,被控訴人に対し,民法709条に基づく損害賠償請求をし,原審で敗訴したため,控訴するとともに,当審において,民法44条1項に基づく損害賠償請求及び民法715条1項に基づく損害賠償請求を選択的に追加した事案である。
本件の争いのない事実,争点及びこれに関する当事者の主張は,次のとおり訂正,付加するほかは,原判決「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要等」の1及び3並びに「第3 争点に関する当事者の主張」のとおりであるから,これを引用する。
1 原判決の補正 (1) 原判決中,上記引用部分の「前訴」(ただし,4頁7行目,5頁20行目及び22行目を除く。)をいずれも「前訴1」に改める。
(2) 同2頁3行目の「『本件実用新案権』といい」を「『本件実用新案登録』といい,その登録に係る実用新案権を『本件実用新案権』」に改め,4行目ないし5行目の「平成8年11月26日,カシオ計算機株式会社(以下『カシオ計算機』という。)」を「平成6年8月10日,カシオ計算機株式会社(以下『カシオ計算機』という。)に対し,同社のワープロに搭載されている熱転写プリンタが本件実用新案権に係る登録実用新案の技術的範囲に属するか否かについて検討を求める旨の書面(乙15)を発送し,同年12月12日,控訴人に対し,同様の書面(甲4,以下,これらの書面を『本件警告書』という。)を発送した後,平成8年11月26日,カシオ計算機」に改め,10行目の「差止請求権不存在確認等請求事件」の次に「(以下『前訴2』という。)」を,11行目の「併合されたが」の次に「(以下『前件訴訟』という。)」を加え,13行目の「上記反訴」を「前訴2」に改め,19行目の「平成12年12月14日,」の次に「本件実用新案登録を」加える。
(3) 同3頁3行目の「被告の」の次に「本件警告書の発送,」を,12行目の冒頭に「控訴人及び控訴人の顧客であるカシオ計算機に対して本件警告書を発した後,カシオ計算機に対する」を,23行目の「したがって,」の次に「本件警告書の発送,」を加え,4頁7行目の「前訴提起」を「本件警告書の発送及び前訴1の提起」に改め,9行目の「知りながら」及び12行目の「被告が」の次にいずれも「本件警告書を発送し,かつ,」を加える。
(4) 同5頁20行目及び22行目の「前訴」をいずれも「前件訴訟」に,7頁3行目の「反訴」を「前訴2」に改める。
2 控訴人の当審における主張 (1) 民法709条に基づく損害賠償請求 原判決は,法人を提訴者とする民事訴訟の訴えの提起の不法行為の成否を判断するに当たっては,法人の代表者の認識を基準とすべきであると判示するが,法人が企業組織体として不法行為を行ったことが明白であるのに,代表者に故意・過失が認められない場合,法人が不法行為責任を免れることは著しく不当である。
本件のように,実用新案権等の知的財産権に基づく権利行使は,企業の知的財産権に関する戦略の一環として行われるものであり,有機的統一組織体である1個の法人の行為が問題にされるべきであって,法人の構成員一人一人の行為に着目することは適当でない。
(2) 民法44条1項に基づく損害賠償請求 A(以下「A」という。)は,昭和57年6月30日から平成9年6月27日まで,B(以下「B」という。)は,昭和60年7月1日から平成11年6月19日まで,被控訴人の代表取締役であった者であり,C(以下「C」という。)は,平成11年3月9日から被控訴人の代表取締役である。
昭和58年当時,Bは,営業統轄本部の長として,Aは,事業部統括の長として,いずれも被控訴人の要職にあった者であり,また,Cも,相当な役職にあった者であり,PC-8824が昭和58年4月から発売されていたことを知り,又は容易に知り得る立場にあった。加えて,Aは,本件実用新案登録の出願過程について容易に把握し得る立場にあり,本件考案が本件実用新案登録出願前に公然実施されたことを知り,又は容易に知り得る立場にあった。
また,被控訴人は,前訴1の提起に当たって,取締役会において,代表取締役であったA及びBを含む取締役会構成員が,控訴人との交渉担当者から報告を受けた上で,提訴を決定したのであるから,被控訴人の代表取締役は,その報告により,控訴人との交渉の経緯,その中で,控訴人から本件考案を実施したPD-8825の実機を見せられたこと,同機とほぼ同じ仕様のPC-8824の発売時期が昭和58年4月であること等を聞いていたはずであり,本件考案が本件実用新案登録出願前に公然実施されたことを知り,又は容易に知り得る立場にあった。
それにもかかわらず,被控訴人の代表取締役は,その職務の執行として,カシオ計算機及び控訴人に対し本件警告書を発送した後,前訴1の提起を決定し,控訴を提起したものであるから,被控訴人は,民法44条1項に基づき,控訴人に生じた弁護士費用等の損害(原判決第3の3【原告の主張】)を賠償する責任を負う。
(3) 民法715条1項に基づく損害賠償請求 本件実用新案登録出願時の被控訴人の担当者は,NECに対してOEM供給したPC-8824により,本件考案が本件実用新案登録出願前に公然実施されていたにもかかわらず,十分な調査を行うことなく,本件実用新案登録出願をした(ただし,当該出願自体を独立の不法行為の原因として実用新案法57条所定の詐欺の行為などの主張をするものではない。)。
また,控訴人との交渉の被控訴人側担当者であったD(以下「D」という。)及びE(以下「E」という。)らは,平成7年8月9日,控訴人から本件考案を実施したPC-8825の実機を見せられ,本件考案が本件実用新案登録出願前に公然実施された事実を指摘された際,同機とほぼ同じ仕様のPC-8824の発売時期が昭和58年4月であることを知っていたものであり,又は,仮にそうでないとしても,容易に知り得たにもかかわらず十分な調査をしなかったといわざるを得ない。
このようなD及びEらの行為の結果,被控訴人は,本件警告書の発送,前訴1の提起及び控訴の提起をしたものであるところ,同人らの上記行為は,被控訴人の事業の執行につき行われたものであるから,被控訴人は,民法715条1項に基づき,控訴人に生じた上記損害の賠償責任を免れない。
3 被控訴人の当審における主張 (1) 控訴人が民法709条に基づく損害賠償請求について新たに追加して主張している事実は,時機に後れたものである。
民法709条により直接法人の損害賠償責任を追及することができるとの立場は,社会的に見て多くの人の行為がある目的達成のために連続的・並列的に組み合わされて一つの大きな行為が形成されているといい得るような法人の経済活動を,そのまま法人の行為として法律上も取り扱うとの立場であるが,このような立場が妥当するのは,経済活動に伴い生じた損害の公平な分担という観点から,法人の構成員一人一人の行為に着目するのが適当でない場合であり,その典型は公害訴訟のような事件類型である。これに対し,本件のように訴え提起の違法性が問題となる際には,個々の関係者が何を知り,それが法人の意思決定にどう影響したか,また,これが裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くかという規範的価値判断が問われているのであるから,訴え提起にかかわった法人の構成員一人一人に着目して判断せざるを得ない。このような事件類型では,法人の代表者の行為に着目して民法44条1項の適用を検討するか,その他の従業員等の行為に着目して民法715条1項の適用を検討することとなる。仮に,代表者又は従業員という法人の構成員である自然人に着目せず,法人それ自体の行為を観念できるとして民法709条を直接適用できるとの立場に立ったとしても,法人自体について特定の事実について故意・過失を観念することはできないし,法人自体の規範的価値判断をうんぬんすることは適当でない。
そもそも,カシオ計算機は控訴人とは別個の独立した法人であるから,カシオ計算機に対する前訴1及び控訴の提起は,当然には,控訴人に対する不法行為を構成するものではないばかりでなく,被控訴人による前訴1の提起は何ら違法と評価される筋合いのものではない。控訴人の立論は,被控訴人が出願前公然実施の事実を知悉しながら前訴1を提起したというのでない限り,成り立たないが,この前提を欠くことは明らかである。
特許権や実用新案権に基づき,直接侵害のおそれのある者に対して行う警告は,権利者の正当な権利行使の一環であるから,本件警告書の発送も,訴え提起と同様,正当行為として違法性を阻却されるものというべきである。
(2) 訴えの変更について 控訴人が当審で選択的に追加した請求に係る訴えの変更は,著しく訴訟手続を遅滞させるものであるから,民事訴訟法143条1項ただし書,同条4項により,これを許さないとの裁判を求める。
(3) 民法44条1項に基づく損害賠償請求について Aは,昭和57年6月30日から平成9年6月27日まで,Bは,昭和60年7月1日から平成11年6月19日まで,被控訴人の代表取締役であった者であり,Cは,平成11年3月9日から被控訴人の代表取締役であること,昭和58年当時,Bは,営業統轄本部の長として,Aは,事業部統括の長として,いずれも被控訴人の要職にあった者であり,Cも,相当な役職にあった者であることは,控訴人主張のとおりである。しかし,被控訴人は,前訴1の提起に当たって,取締役会において,代表取締役を含む取締役会構成員が,控訴人との交渉担当者から報告を受けた上で,提訴を決定したものであるところ,控訴人が前件訴訟の平成9年10月3日付け準備書面においてPC-8824による出願前公然実施を主張するまで,その事実を知らなかった。PC-8824は,不具合が多い未熟な製品であったためか,被控訴人のビジネスの中では目立つ存在ではなく,担当者であっても知り得なかったことを,被控訴人の要職にあった上記の者が,その地位ゆえに知っていたとはいえないし,担当者よりも容易に知り得るはずもない。
(4) 民法715条1項に基づく損害賠償請求について D及びEらの行為は,被控訴人の事業の執行につき行われたものであるが,これにより被控訴人が控訴人主張の使用者責任を負うものではない。
(5) 消滅時効 本件警告書の発送を原因とする不法行為に基づく損害賠償請求権は,遅くとも平成6年12月13日までに控訴人が加害者及び損害を知ったものというべきであるから,同日から3年の経過により消滅時効が完成した。被控訴人は,本訴において,上記時効を援用する。
当裁判所の判断
1 事実経過 次のとおり訂正,付加するほかは,原判決「事実及び理由」欄の「第4 当裁判所の判断」の「争点(1)について」の項の(1)(原判決8頁14行目ないし13頁6行目)のとおりであるから,これを引用する。
(1) 原判決中,上記引用部分の「前訴」(ただし,12頁15行目及び21行目を除く。)をいずれも「前訴1」に改める。
(2) 同8頁15行目の冒頭に「第2の1の争いのない事実と」を,同行目の「19,」の次に「20-2,」を加え,「乙1,3」を「乙1ないし3」に,16行目の「15,17」を「15ないし17」に,「30」を「30ないし32」に改め,23行目の「マニュアルでは,」の次に「実施済みの技術は,特許,実用新案等の権利を取得できないことを説明し,」を,9頁3行目の「書面」の次に「(本件警告書)」を,14行目の「Gから,」の次に「本件考案は,」を加え,11頁18行目の「15日」を「26日」に,「原告」を「被控訴人」に改める。
(3) 同12頁6行目の「証拠として,」の次に「NEC98たまて箱ユーザーズマニュアル(甲27)及び」を,7行目の「提出した。」の次に「そのしばらく後,被控訴人は,NECのホームページ(乙8添付資料5)によれば,PC-8825の出荷日は昭和59年(1984年)1月とされていることを知った。」を,13行目の「進歩性欠如」の次に「及び明細書の記載不備」を加え,15行目の「前訴」を「前件訴訟」に改める。
(4) 同12頁17行目と18行目の間に,次のとおり加える。
「前件訴訟において,NECの関連会社の従業員であるFは,NECにおいては,製品は製造直後に出荷され,NECにおいて定められた製造番号の1桁目は製造された西暦年の最後の数字,2桁目は製造された月の数字(ただし,10月,11月及び12月は,それぞれX,Y及びZで表す。),3ないし7桁目はその月において製造された順番,8桁目は製造場所に当たる工場のコード,9桁目はAから始まる管理番号であって,仕様変更があった場合にB,Cと変更されるものとされ,PC-8824の上記実機の製造番号は,『3501865LA』であるから,昭和58年(1983年)5月に,その月の1865台目に製造された製品となると証言し,同趣旨の同人作成の陳述書が提出された。しかし,PC-8825の上記実機は,製造番号が『3600351LB』であるから,上記証言等に従えば,昭和58年(1983年)6月に,その月の351台目に製造された製品となるところ,上記のとおり,NECのホームページによれば,PC-8825の出荷日は昭和59年(1984年)1月とされていることから,Dは,上記証言及び陳述書は,事実と異なるものと認識していた。」 (5) 同12頁21行目の「前訴」を「前件訴訟」に,23行目の「見聞した。」を「見分した。同実機は,搭載されているROMのバージョンが1.4とされ,また,回路基盤等に製品出荷後に手が加えられたことがうかがわれる形跡があり,梱包箱には『済』の印が押捺されていたことから,Dは,同実機は,製造後,改良が加えられた可能性が高いと判断した。」に,23行目ないし24行目の「見聞」を「見分」に,24行目の「R」を「ROM」に改める。
(6) 同13頁2行目の「上記タ」を「上記サ」に改め,3行目の「特許庁」から4行目末尾までを「特許庁は,同年12月14日,平成11年審判第35544号につき,本件考案は出願前公然実施されたPC-8824と同一の考案であるから本件実用新案登録は無効とすべきものであり,平成11年審判第35686号につき,本件考案進歩性を欠くとはいえず,明細書の記載不備もないから,当該理由によっては本件実用新案登録を無効とすることはできない旨の審決をし,同審決は確定した。」に改める。
2 民法709条に基づく損害賠償請求について (1) 上記認定の事実によれば,被控訴人によるカシオ計算機及び控訴人に対する本件警告書の発送並びにカシオ計算機に対する前訴1の提起及び控訴の提起等の一連の行為は,本件実用新案権に基づくものであるところ,上記無効審決の確定により本件実用新案権は初めから存在しなかったこととなり(実用新案法41条,特許法125条),かつ,被控訴人が本件実用新案権を主張して提起した前訴1は,被控訴人敗訴の判決が確定したのであるから,本件警告書,前訴1及びその控訴審において被控訴人が主張した権利は,いずれも法律的根拠を欠くものとなったことが明らかである。
被控訴人は,カシオ計算機は控訴人とは別個の独立した法人であるから,カシオ計算機に対する前訴1及び控訴の提起は,当然には,控訴人に対する不法行為を構成するものではないと主張するが,カシオ計算機は,控訴人から納入された熱転写プリンタを搭載しているワープロを販売していたところ,被控訴人から当該販売行為が本件実用新案権を侵害するとして前訴1に係る訴えの提起を受けたものであって,控訴人は,カシオ計算機を被参加人として前訴1に補助参加するとともに,被控訴人に対し差止請求権不存在確認等を求める前訴2を提起し,前件訴訟として併合審理されたことは,上記認定のとおりである。このような経緯に照らすと,カシオ計算機に対する前訴1及び控訴の提起は,同時に,控訴人に対する加害行為としても評価することができるから,被控訴人の上記主張は採用の限りでない。
(2) しかし,法的紛争の解決を求めて訴えを提起することは,原則として正当な行為であり,提訴者が敗訴の確定判決を受けたことのみによって,直ちに当該訴えの提起をもって違法ということはできない。また,訴えを提起する際に,提訴者において,自己の主張しようとする権利又は法律関係の事実的,法律的根拠につき,高度の調査,検討が要請されるものと解するならば,裁判制度の自由な利用が著しく阻害される結果となり妥当ではない。したがって,民事訴訟を提起した者が敗訴の確定判決を受けた場合において,訴えの提起が相手方に対する違法な行為といえるのは,当該訴訟において提訴者の主張した権利等が事実的,法律的根拠を欠くものである上,提訴者が,そのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たといえるのにあえて訴えを提起したなど,訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限られるものと解するのが相当であり(最高裁昭和63年1月26日第三小法廷判決・民集42巻1号1頁),提訴者が法人の場合には,原則として,訴え提起時における法人の代表者の機関としての認識を基準として,上記違法性の要件の有無を判断すべきである。
(3) この点について,控訴人は,法人が企業組織体として不法行為を行ったことが明白であるのに,代表者に故意・過失が認められない場合,法人が不法行為責任を免れることは著しく不当であるから,本件のように,実用新案権等の知的財産権に基づく権利行使は,企業の知的財産権に関する戦略の一環として行われるものであり,有機的統一組織体である1個の法人の行為が問題にされるべきであって,法人の構成員一人一人の行為に着目することは適当でないと主張する。被控訴人は,これを時機に後れた主張であると反論するが,控訴人の上記主張は原審における主張を補充する域を出るものではないから,採用の限りではない。
しかし,法人を1個の有機的統一組織体としてとらえ,民法709条に基づく不法行為責任が認められる場合があり得るとしても,無効理由の存在する実用新案権に基づき実用新案権者である株式会社が提起した侵害差止請求訴訟について,訴え提起の不法行為責任の成否が問題となっている本件にあっては,上記のとおり,原則として,代表者の機関としての認識を基準として違法性を判断すべきであり,故意・過失等の要件についても同様に考えられるから,結局,後に判示する民法44条1項又は715条1項の規定によるものというべきである。この理は,控訴人主張のように,実用新案権等の知的財産権に基づく権利行使が企業の知的財産権に関する戦略の一環として行われている実態があるとしても,左右されるものではないから,控訴人の上記主張は採用することができない。
(4) 控訴人は,被控訴人が,カシオ計算機に対して前訴1を提起するのに先立ち,本件実用新案権に基づいてカシオ計算機及び控訴人に対して本件警告書を発送した行為をとらえて,被控訴人の不法行為責任を主張する。
確かに,本件実用新案登録が遡及的に無効とされた以上,本件警告書の発送は,実体上の権利に基づかない行為であったことに帰するが,当該行為は,控訴人から無効審判の請求はもとより,出願前公然実施等の無効理由の主張すら何らされていない交渉の当初の段階においてされたものであり,その内容も,カシオ計算機のワープロに搭載されている熱転写プリンタが本件実用新案権に係る登録実用新案の技術的範囲に属するか否かの検討を求めるものであることは,上記認定のとおりである。そうすると,被控訴人のした本件警告書の発送行為は,正当な権利行使の一環として評価することができ,違法性を欠くものというべきであるから,民法709条,44条1項又は715条1項のいずれの規定を根拠としても,上記行為を原因として被控訴人の不法行為責任を問う余地はなく,控訴人の上記主張は採用の限りではない。
3 控訴人の当審で選択的に追加した請求について (1) 訴えの変更の許否 被控訴人は,控訴人が当審で選択的に追加した請求に係る訴えの変更は,著しく訴訟手続を遅滞させるものであるとして,民事訴訟法143条1項ただし書,同条4項により,これを許さないとの裁判を求めているが,控訴人の上記訴えの追加的変更を許しても,新たな証拠調べ等の必要性は認められず,これにより著しく訴訟手続を遅滞させることとなるとはいえないから,その変更を許すべきである。
(2) 民法44条1項に基づく損害賠償請求について ア 訴え提起の違法性の判断基準に係る上記判示に従い,前訴1について判断するに,Aは,昭和57年6月30日から平成9年6月27日まで,Bは,昭和60年7月1日から平成11年6月19日まで,被控訴人の代表取締役であった者であり,Cは,平成11年3月9日から被控訴人の代表取締役であること,昭和58年当時,Bは,営業統轄本部の長として,Aは,事業部統括の長として,いずれも被控訴人の要職にあった者であり,Cも,相当な役職にあった者であることは当事者間に争いがない。
控訴人は,A,B及びCが上記のような職にあったことを理由に,同人らが,PC-8824が昭和58年4月から発売されていたことを知り,又は容易に知り得る立場にあり,また,Aは,本件実用新案登録出願の過程について容易に把握し得る立場にあり,本件考案が本件実用新案登録出願前に公然実施されたことを知り,又は容易に知り得る立場にあったと主張する。しかし,上記認定の事実に照らすと,被控訴人から本件警告書の送付を受けた控訴人は,平成7年2月22日,被控訴人に対し,カシオ計算機のワープロに搭載されている熱転写プリンタは本件実用新案権に係る登録実用新案の技術的範囲に属さない旨の返答をした後,同年7月中までは,交渉担当者において,被控訴人の交渉担当者に対し,PC-8825に係る出願前公然実施による本件実用新案登録の無効の主張をした。これに対し,被控訴人側は,PC-8825の販売日等が明らかでなかったので,同年8月9日の交渉では,その証拠の提示を求め,控訴人側も,PC-8825の販売日等についてNECに証拠の調査を依頼中であり,入手できたら提示すると返答していた。ところが,控訴人側は,同年10月6日の交渉からは,一転して,本件考案先願明細書記載の発明と同一であり,実用新案法3条の2により無効であるとの主張をし始め,これを無効理由として,本件実用新案登録を無効にすることについて審判を請求したものの(当該審判請求は最終的には不成立),本件考案が本件実用新案登録出願前に公然実施されたことについては,前件訴訟において,平成9年10月3日付け準備書面において主張するまで主張せず,同日付け準備書面で主張した内容も,当初主張していたPC-8825とは異なるPC-8824についての主張であり,控訴人が出願前公然実施を無効理由として本件実用新案登録の無効審判請求をしたのは,被控訴人による前訴1に係る訴えの提起から約2年10か月後のことであった。そうすると,控訴人の対応は,控訴人が,前件訴訟の平成9年10月3日付け準備書面において主張するまでは,当初主張していた出願前公然実施の主張を撤回したとも取れるものであったということができる。
以上の事実を前提として,被控訴人は,前訴1の提起に当たって,平成8年10月22日の取締役会において,代表取締役を含む取締役会構成員が,控訴人との交渉担当者から報告を受けた上で,提訴を決定し(乙31),前訴1を提起したものであるが,交渉担当者は,出願前公然実施の主張については既に決着済みと考えており(乙8,原審証人D),取締役会資料(乙32)にも,控訴人による上記無効審判請求についての記載はあるが,出願前公然実施の点については何ら言及するところがない。
前訴1の提起に至る上記の経緯に照らすと,被控訴人の代表取締役であったAは,前訴1を提起するに当たり,本件実用新案権に係る本件考案が本件実用新案登録出願前に公然実施されたことを知り,又は容易に知り得る立場にあったものということはできず,他にこれを認めるに足りる証拠はない。したがって,同人が,本件実用新案権が事実的,法律的根拠を欠くものであることを知っていたということができないのはもとより,通常人であれば容易にそのことを知り得たものということもできない。また,A,B及びCがPC-8824が昭和58年4月から発売されていたことを知り,又は容易に知り得る立場にあり,加えて,Aは本件実用新案登録の出願過程について容易に把握できる立場にあったとしても,同事実だけから,同人らが,本件考案が本件実用新案登録出願前に公然実施されたことを知り,又は容易に知り得る立場にあったと推認するに足りず,他にこれを認めるに足りる証拠はない。その他,前訴1の提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くものと断定するに足りる事情は認められない。
イ 次に,控訴の提起について検討するに,上記認定の事実によると,前件訴訟において,被控訴人は,PC-8824の発売当初には,本件考案は実施されておらず,実施されたのは,本件実用新案登録の出願後であるとの主張をしたが,一審裁判所は,その主張を認めず,PC-8824による出願前公然実施の無効理由を理由に前訴1につき請求棄却の判決をしたものである。そして,前件訴訟の一審の審理において,Fの証言及び陳述書によれば,NECにおいては,製品は製造直後に出荷され,PC-8824の上記実機は,昭和58年5月に製造された製品とされたが,PC-8825の上記実機は,製造番号上は昭和58年6月に製造された製品となるのに,NECのホームページによれば,出荷日は昭和59年1月とされていることから,Dは,上記証言及び陳述書は,事実と異なるものと認識していた(乙8,原審証人E)。また,Dが特許庁において見分したPC-8824の上記実機は,搭載されているROMのバージョンが1.4とされ,また,回路基盤等に製品出荷後に手が加えられたことがうかがわれる形跡があり,梱包箱には「済」の印が押捺されていたことから,被控訴人は,同実機は,製造後,改良が加えられた可能性が高いと判断し,同見分に基づいて,上記実機は製造後改良が加えられたものであるとの事実を立証するために口頭弁論の再開申請をしたが,前件訴訟の一審裁判所は,口頭弁論を再開しなかったものである。以上の事実に,既に認定した前訴1の提起に至る経緯を総合勘案すると,前件訴訟の一審判決に対する被控訴人による控訴の提起についても,裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くものとは認められない。
ウ 以上のとおり,被控訴人による前訴1及び控訴の提起は,違法性を欠くから,控訴人の民法44条1項に基づく損害賠償請求は,その余の点について判断するまでもなく理由がない。
(3) 民法715条1項に基づく損害賠償請求について ア 控訴人は,本件実用新案登録出願時の被控訴人の担当者は,NECに対してOEM供給したPC-8824により,本件考案が本件実用新案登録出願前に公然実施されていたにもかかわらず,十分な調査を行うことなく,本件実用新案登録出願をしたと主張する。
しかし,控訴人は,本件実用新案登録の出願自体を独立の不法行為の原因として実用新案法57条所定の詐欺の行為などの主張をするものではないことは,その自陳するところであるが,被控訴人における実用新案登録出願の手続は,被控訴人の知的財産権室が明細書を作成して,自社内で行うこととされ,発明者は発明者用のマニュアルを参照して発明提案書に必要事項を記入し,所属長の決裁を受けた上で,被控訴人の知的財産権室に提出していたこと,上記発明者用のマニュアルでは,実施済みの技術は実用新案等の権利を取得できないことを説明し,間もなく提案内容が外に出てしまう場合など出願を急ぐ場合は提案書に出願期限を記載することが定められていたことは,上記認定のとおりである。また,乙30(G作成の陳述書)によれば,本件考案考案者であるGは,本件考案を,最初の製品について不具合を指摘されたことから,その改良として考案したものと認識しており,上記マニュアル等の定めに従って提案書を作成し,提出したことが認められる。本件実用新案登録出願に係る上記の経緯に照らせば,当時,Gないし本件実用新案登録出願にかかわる被控訴人の担当者において,本件考案が本件実用新案登録出願前に公然実施されていたか否かにつき十分な調査を行うべき注意義務があったとまでいうことはできず,控訴人の上記主張は採用することができない。
イ 控訴人は,控訴人との交渉の被控訴人側担当者であったD及びEらは,平成7年8月9日,控訴人から本件考案を実施したPC-8825の実機を見せられ,本件考案が本件実用新案登録出願前に公然実施された事実を指摘された際,同機とほぼ同じ仕様のPC-8824の発売時期が昭和58年4月であることを知っていたものであり,又は,仮にそうでないとしても,容易に知り得たにもかかわらず十分な調査をしなかったといわざるを得ないとも主張する。しかし,D及びEらが,平成7年8月9日当時,PC-8824の発売時期が昭和58年4月であることを知っていたと認めるに足りる証拠はなく,また,平成7年8月9日の交渉では,PC-8825の販売日等は明らかでなく,控訴人は,被控訴人に対して,PC-8825の販売日等についてはNECに証拠の調査を依頼中で,入手できたら提示すると返答していたことは,上記のとおりであるから,Dらが,控訴人の調査結果を待たずに,PC-8824の発売時期を自ら十分に調査すべき注意義務があったということもできない。したがって,控訴人の上記主張も理由がない。
ウ 以上のとおり,控訴人の民法715条1項に基づく損害賠償請求は理由がない。
4 独占禁止法違反の主張について 控訴人は,前訴1の提起は,控訴人とカシオ計算機との間のプリンタユニット取引を妨害する目的で行われたものであるから,独占禁止法2条9項6号,一般指定15項の禁止する取引妨害行為であり,不法行為に当たると主張する。しかし,本件全証拠によっても,被控訴人による前訴1の提起が控訴人主張のような目的に出たものであることを認めるに足りない。かえって,被控訴人は,前訴1を提起した当時,本件実用新案権を有していた者であり,また,本件実用新案権に基づく上記訴えの提起が事実的,法律的根拠を欠くものであることを知っていたとか,通常人であれば容易にそのことを知り得たということができないことは,上記のとおりである。
したがって,控訴人の上記主張は採用することができない。
5 結論 以上のとおり,控訴人の被控訴人に対する請求は理由がないから,これを棄却した原判決は相当であって,本件控訴は理由がなく,控訴人の当審で追加した請求もいずれも理由がない。
よって,本件控訴及び控訴人の当審で追加した請求をいずれも棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 岡本岳
裁判官 宮坂昌利