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関連審決 審判1998-35625
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事件 平成 14年 (行ケ) 519号 審決取消請求事件
原告A
同訴訟代理人弁理士 松田忠秋
被告 王子製紙株式会社
同訴訟代理人弁理士 志賀正武
同 船山武
同 渡辺隆
同 青山正和
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2003/04/14
権利種別 実用新案権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 (1) 特許庁が平成10年審判第35625号事件について平成14年8月30日にした審決を取り消す。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文と同旨
当事者間に争いがない事実及び証拠等により容易に認定できる事実(末尾に
証拠を掲記したもの以外は当事者間に争いがない事実である。) 1 特許庁等における手続の経緯 (1) 原告は,考案の名称を「葉書の文面隠蔽用複層化アタッチメント」とする実用新案登録第2528204号(以下,この実用新案を「本件登録実用新案」という。)の実用新案権者である。
なお,本件登録実用新案は,実用新案法(平成5年法律第26号による改正前のもの。以下同じ。)7条の2第1項の規定に基づき,昭和60年1月17日にされた先の実用新案登録出願による優先権を主張して,同年11月25日にした実用新案登録出願(実願昭60-180888号。以下「原出願」という。)の一部を分割して平成3年1月9日にされた実用新案登録出願(実願平3-271号)に係るものであり,平成8年12月2日,パテントマニジン株式会社を実用新案権者として設定登録されたものである。上記会社は,上記実用新案権を原告に譲渡し,平成11年11月15日,その旨の登録がされた(甲11)。
(2) 本件登録実用新案の登録については異議申立てがされた。その異議申立事件の係属中である平成10年3月13日,パテントマニジン株式会社は,本件登録実用新案に係る明細書の実用新案登録請求の範囲及び考案の詳細な説明の各記載を訂正する旨の訂正請求をし,特許庁は,同年6月19日,同訂正請求及び上記異議申立事件について審理を遂げ,「訂正を認める。実用新案登録2528204号の実用新案登録を維持する。」との決定をし,同決定は同年7月23日に確定した。
(3) 上記訂正請求に係る明細書(以下「本件明細書」という。)の実用新案登録請求の範囲請求項1に記載された考案(以下「本件考案」という。)の要旨は,次のとおりである(甲2,3)。
透明フィルムと,該透明フィルムの上面に剥離可能に貼着し,葉書の文面文字が読取り不能な不透明の表葉紙と,前記透明フィルムの下面に塗布する葉書表面への接着用の透明粘着剤とからなり,前記透明フィルムに対する前記表葉紙の剥離強度は,葉書に対する前記透明フィルムの剥離強度より小さく,前記表葉紙の表面には,剥離用の案内表示を記入するとともに任意の通信文面が記載可能であり,前記表葉紙,透明フィルムは,縁を揃えて同形同大に形成し,葉書より小さくして全周に余裕を生じさせるとともに葉書の文面文字を隠蔽可能な大きさにすることを特徴とする葉書の文面隠蔽用複層化アタッチメント。
(4) 被告は,平成10年12月11日,原告を被請求人として,本件登録実用新案の登録を無効とすることを求めて特許庁に審判を請求(以下「本件審判請求」という。)した。
特許庁は,本件審判請求を平成10年審判35625号事件(以下「本件審判請求事件」という。)として審理を行った(以下,この審判手続を「前審判手続」という。)上,平成12年1月5日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「前審決」という。)をし,その謄本は同年2月16日に被告に送達された。
前審決の理由は,要するに,請求人である被告の主張する無効理由,すなわち,@本件考案は,原出願に係る明細書記載の考案(以下「原出願考案」という。)と実質的に同一であるから,分割要件を満たさず,本件登録実用新案の登録出願日は現実の出願日である平成3年1月9日となるところ,本件考案は,原出願に係る実願60-180888号(実開昭62-9571号)のマイクロフィルム記載の考案と同一であるから,実用新案法3条1項3号の規定により実用新案登録を受けることができない,A本件登録実用新案の登録出願が分割要件を満たしているとしても,本件考案は原出願考案と実質的に同一であるから,同法7条2項に該当し,実用新案登録を受けることができない,B本件登録実用新案の登録出願が分割要件を満たしているとしても,本件考案は,原出願の優先権主張日前に頒布された刊行物である特開昭50-33019号公報(甲10),特開昭56-127446号公報(甲7。以下「本件引用例2」という。),実願昭56-32505号(実開昭57-147069号)のマイクロフィルム(甲6。以下「本件引用例1」という。),実願昭50-131289号(実開昭52-44829号)のマイクロフィルム,実開昭52-21530号公報,実開昭54-56526号公報,実開昭53-140533号公報及び実開昭51-88329号公報(以下,これらの刊行物をまとまて「本件各刊行物」という。)に記載の各考案等に基づいて当業者がきわめて容易考案をすることができたものであるから,同法3条2項の規定により実用新案登録を受けることができないとの主張は,いずれも理由がなく,したがって,被告の主張及び証拠方法によっては本件登録実用新案の登録を無効とすることはできない,というものである(甲5)。
前審決は,被告の上記Bの主張について,本件考案と本件各刊行物記載の各考案等とを対比すると,本件各刊行物には,「表葉紙の表面には,剥離用の案内表示を記入するとともに任意の通信文面が記載可能」との構成(以下「構成A」という。)と,「表葉紙,透明フィルムは,縁を揃えて同形同大に形成し,葉書より小さくして全周に余裕を生じさせるとともに葉書の文面文字を隠蔽可能な大きさにする」との構成(以下「構成B」)を組み合わせる点について記載も示唆もない,そして,本件考案は,上記各構成を組み合わせた構成要件とすることにより,新たに本件明細書記載の効果,特に「名宛人に対し,隠蔽されている葉書の文面文字を確実に読ませることができる上,葉書に対する貼着位置が変動しても,表葉紙と案内表示との相対位置関係が一定に保たれ,アタッチメントとしての汎用性を一層大きくすることができる」という効果を奏するものである,したがって,本件考案が本件各刊行物に記載の各考案等から当業者がきわめて容易考案をすることができたものとすることはできないとの判断を示した。
(5) 被告は,前審決を不服とし,東京高等裁判所に前審決の取消しを求める訴えを提起した(同裁判所平成12年(行ケ)第89号事件として係属)ところ,同裁判所は,平成13年8月27日に前審決を取り消す旨の判決をした。原告は,同判決を不服とし,最高裁判所に上告及び上告受理の申立てをした(同裁判所平成13年(行ツ)第346号事件,同裁判所同年(行ヒ)第333号事件として係属)が,同裁判所は平成14年1月22日に上記上告を棄却し,上記上告受理の申立てを受理しない旨の決定をし,これにより上記東京高等裁判所の判決は確定した(以下,この判決を「前訴確定判決」という。)。
前訴確定判決が前審決を取り消すべきものとした理由の要旨は,次のとおりである(甲4)。
ア 被告(前訴確定判決の原告)は,本件考案における構成Aと構成Bとを組み合わせる点について,本件各刊行物に記載も示唆もないとした前審決の認定判断の誤りを主張するので上記各構成の開示の有無及びその組み合わせの容易性について,以下順次検討する。なお,構成Bに関しては,「表葉紙は,葉書より小さくして全周に余裕を生じさせるとともに葉書の文面文字を隠蔽可能な大きさにする」との構成(以下「構成B1」という。)と,「表葉紙,透明フィルムは,縁を揃えて同形同大に形成」するとの構成(以下「構成B2」という。)とに分けて検討する。
イ 本件引用例1には,「本考案(本件にいう本件考案)によるはがき(1)は,本体紙(2)と剥離可能紙(3)とから成り,剥離可能紙(3)は本体紙(2)と同一面積を有していて,本体紙(2)に剥離可能な状態で接着(又は粘着)されている。」「このはがき(1)は,本体紙(2)の裏面を第1の通信面(4)とし,剥離可能紙(3)の表面を第2の通信面(5)とし,剥離可能紙(3)の裏面を第3の通信面(6)として使用される。」「この通信面(6)の一部に,紙をはがせば中にラッキー番号がある旨を記載した文字,矢印(12)等が印刷される。・・・ラッキー番号を設けず,単にはがすことが可能なことを目立つように表示するのみでもよい。」「剥離可能紙(3)は,郵便はがき(ここでは本体紙(2))に添付することのできる規格に合ったものでなければならず」との記載がある。
上記のとおり,本件引用例1においては,本体紙(2)に剥離可能紙(3)を接着又は粘着したものを「はがき(1)」と称しているが,剥離可能紙(3)は不透明で,第1の通信面(4)である本体紙(2)の裏面の文面文字を隠蔽するものであるから,葉書の文面隠蔽という機能面において,本件引用例1記載の考案の「本体紙(2)」,「剥離可能紙(3)及び接着剤」が,本件考案の「葉書」,「文面隠蔽用複層化アタッチメント」にそれぞれ相当する。
そうすると,本件引用例1記載の考案は,本件考案の表葉紙に相当する剥離可能紙(3)に剥離用の案内表示が記入されているとともに任意の通信文面が記載可能とされているというべきであり,本件考案の構成Aを備えるものである, ウ 本件明細書の記載及び図示によれば,本件考案のアタッチメントは,葉書の文面文字を全面的に隠蔽可能なように貼着されるものであり,私信を含むあらゆる用途に好適なものである以上,その場合の葉書の文面文字は,上下左右にある程度の余白(マージン)を残しつつ,その全面にわたって記載されることも当然想定されるから,構成B1によって規定される本件考案のアタッチメントの長辺及び短辺は,葉書の長辺及び短辺より短いものの,その差は,葉書の全面に記載される文面文字の上下左右の余白(マージン)として通常想定される範囲に収まる程度のものと解される。
本件引用例1記載の考案においては,「剥離可能紙(3)は本体紙(2)と同一面積」とされているから,剥離可能紙(3)を本体紙(2)に接着する際,剥離可能紙(3)と本体紙(2)の4隅及び4辺が完全に重なるようにしない限り,剥離可能紙(3)の一部が本体紙(2)からはみ出すことになり,接着時の困難性があることは自明のことであるが,このような自明の課題を踏まえて,剥離可能紙(3)を葉書の全周に余裕を生じさせる程度の大きさとすることは,当業者の適宜行い得る設計的事項であるというべきである。このことは,実願昭57-41070号(実開昭58-145769号)のマイクロフィルム(甲8)の記載及び図示からも裏付けられるものである。
そうすると,本件考案の構成B1は,本件引用例1記載の考案の設計的事項として当業者がきわめて容易に想到し得るものというべきである。
エ 本件引用例2には,「面材料シート(10),該面材料の片側を被覆し該材料に付着性の重合物材料層(14),及び該重合物材料層(14)に貼り合わされ基体(20)に粘着するようにされた接着剤層(16)を含む積層構造物」に関する記載があるが,その記載によれば,本件引用例2記載の考案の積層構成物が貼付される「基体」としては葉書も用い得ること,その場合,本件引用例2記載の考案の「面材料シート」及び「重合物材料層」が,本件考案の「表葉紙」及び「透明フィルム」に相当すること,「面材料シート」に印刷可能であること,「面材料シート」を取り除くまでは「基体」は隠蔽状態にあること及び「面材料シート」と「重合物材料層」は,縁を揃えて同形同大に形成されていることが認められる。
そうすると,本件引用例2記載の考案は,葉書の文面隠蔽用としても採用可能な積層構成物であって,かつ,「表葉紙」に相当する「面材料シート」と「透明フィルム」に相当する「重合物材料層」を縁を揃えて同形同大に形成する構成を備えるものであるから,当該構成を,同じく葉書の文面隠蔽用として用いられている本件引用例1記載の考案に適用し,本件考案の構成B2に至ることには,何ら困難性はないというべきである。
オ 以上のとおり,構成Aを備える本件引用例1記載の考案に,構成Bを組み合わせることは,当業者がきわめて容易に想到し得ることというべきである。
カ 前審決は,@「名宛人に対し,隠蔽されている葉書の文面文字を確実に読ませることができる」,A「葉書に対する貼着位置が変動しても,表葉紙と案内表示との相対位置関係が一定に保たれる」,B「アタッチメントとしての汎用性を一層大きくすることができる」との各点を本件考案の作用効果として掲げている。
これらの作用効果は,本件考案の効果とは認められないか,本件引用例1,2記載の各考案から予測し得る程度のものであって,格別の作用効果ということはできない。また,原告(前訴確定判決の被告)の主張する作用効果も上記の各作用効果を詳述したものにすぎないから,本件考案進歩性を基礎づけるものとはいえない。
キ したがって,本件考案が本件引用例1,2を含む本件各刊行物記載の各考案等から当業者がきわめて容易考案をすることができたものではないとする前審決の判断は誤りというべきである。
(6) 特許庁は,前訴確定判決を受けて,あらためて本件審判請求事件について審理を遂げ(以下,この手続を「再度の審判手続」といい,前審判手続と併せて「本件審判手続」という。),平成14年8月30日に「登録第2528204号の実用新案登録を無効とする。」旨の審決(以下「本件審決」という。)をし,その謄本は同年9月11日に原告に送達された。
2 本件審決の理由の要点(甲1) (1) 本件考案と本件引用例1記載の考案とを対比すると,両者は,「葉書の文面文字が読取り不能な表葉紙と,該表葉紙を葉書表面へ接着するための透明粘着剤とからなり,前記表葉紙の表面には,剥離用の案内表示を記入するとともに任意の通信文面が記載可能であり,前記表葉紙は葉書の文面文字を隠蔽可能な大きさにすることを特徴とする,葉書の文面隠蔽用複層化アタッチメント。」である点で一致し,次の点で相違する。
ア 相違点1 本件考案の「表葉紙」が,「透明フィルム」と一体となっており,該「透明フィルム」の上面に剥離可能に貼着したものであり,前記「透明フィルム」の下面に塗布する葉書表面への接着用の透明粘着剤とからなり,前記「透明フィルム」に対する前記「表葉紙」の剥離強度は,葉書に対する前記「透明フィルム」の剥離強度より小さくするのに対し,本件引用例1記載の考案はそのような構成を備えていない点。
イ 相違点2 本件考案の,「表葉紙」,「透明フィルム」は,縁を揃えて同形同大に形成するのに対し,本件引用例1記載の考案はそのような構成を備えていない点。
ウ 相違点3 本件考案の,「表葉紙」,「透明フィルム」は,葉書より小さく全周に余裕を生じさせているのに対し,本件引用例1記載の考案は,「表葉紙」が「葉書」と同じ大きさである点。
(2) 相違点1及び2について 本件引用例2には,「面材料シート(10),該面材料の片側を被覆し該材料に付着性の重合物材料層(14),及び該重合物材料層(14)に貼り合わされ基体(20)に粘着するようにされた接着剤層(16)を含む積層構成物」(特許請求の範囲の第1項)に関する記載があるが,その記載によれば,本件引用例2記載の考案の「積層構成物」が貼付される「基体」としては葉書も用い得ること,その場合,本件引用例2記載の考案の「面材料シート」及び「重合物材料層」が,本件考案の「表葉紙」及び「透明フィルム」に相当すること,「面材料シート」に印刷可能であること,「面材料シート」を取り除くまでは「基体」は隠蔽状態にあること,及び「面材料シート」と「重合物材料層」は,縁を揃えて同形同大に形成されていることが認められる。また,上記記載によれば,「面材料シート」は,「重合物材料層」と「接着剤層」の分離,あるいは「接着剤層」と「基体」の分離に要する力より小さな力で「面材料シート」を「重合物材料層」から剥離するものとされている。
そうすると,本件引用例2記載の考案は,葉書の文面隠蔽用としても採用可能な「積層構成物」であって,かつ,「表葉紙」に相当する「面材料シート」と「透明フィルム」に相当する「重合物材料層」を縁を揃えて同形同大に形成する構成を備え,しかも,「面材料シート」は,「重合物材料層」と「接着剤層」の分離,あるいは「接着剤層」と「基体」の分離に要する力より小さな力で「面材料シート」を「重合物材料層」から剥離する構成を備えているものであるから,当該構成を,同じく葉書の文面隠蔽用として用いられている本件引用例1記載の考案に適用し,本件考案との相違点1及び2に関する構成に至ることには,何ら困難性はないというべきである。
(3) 相違点3について 本件考案の「表葉紙,透明フィルムは,葉書より小さくして全周に余裕を生じさせている」との構成の技術的意義をみるに,本件考案が「葉書の文面隠蔽用複層化アタッチメント」に係る考案である以上,「表葉紙,透明フィルムは,葉書より小さくして全周に余裕を生じさせているとともに葉書の文面文字を隠蔽可能な大きさにする」との構成も,葉書への貼着形態いかんにかかわらず当該アタッチメント自体として備える構成として理解すべきであり,そうすると,上記構成は,アタッチメントの葉書に対する相対的な大きさ及び形状を規定した要件であるというべきである。
本件明細書の記載及び図示によれば,本件考案のアタッチメントは,葉書の文面文字を全面的に隠蔽可能なように貼着されるものであり,私信を含むあらゆる用途に好適なものである以上,その場合の葉書の文面文字は,上下左右にある程度の余白(マージン)を残しつつ,その全面にわたって記載されることも当然想定されるのであるから,本件考案のアタッチメントの長辺及び短辺は,葉書の長辺及び短辺より短いものの,その差は,葉書の全面に記載される文面文字の上下左右の余白(マージン)として通常想定される範囲に収まる程度のものと解される。このことは,「余裕」という用語が観念させるところに符合するものであり,図6に示される実施例にも合致するものである。
本件引用例1記載の考案においては,「剥離可能紙(3)は本体紙(2)と同一面積」とされているから,剥離可能紙(3)を本体紙(2)に接着する際,「剥離可能紙(3)」と「本体紙(2)」の4隅及び4辺が完全に重なるようにしない限り,「剥離可能紙(3)」の一部が「本体紙(2)」からはみ出すことになり,接着時の困難性があることは自明のことであるが,このような自明の課題を踏まえて,「剥離可能紙(3)」を葉書の全周に余裕を生じさせる程度の大きさとすることは,当業者の適宜行い得る設計的事項であるというべきである。このことは,実願昭57-41070号(実開昭58-145769号)のマイクロフィルムの図示及び記載からも裏付けられるものである。
そうすると,本件考案の「表葉紙,透明フィルムは,葉書より小さくして全周に余裕を生じさせる」との構成は,本件引用例1記載の考案の設計的事項として当業者がきわめて容易に想到し得るものというべきである。
(4) 本件明細書には,本件考案の作用効果として,@「名宛人に対し,隠蔽されている葉書の文面文字を確実に読ませることができる」,A「葉書に対する貼着位置が変動しても,表葉紙と案内表示との相対位置関係が一定に保たれる」,B「アタッチメントとしての汎用性を一層大きくすることができる」との各点が記載されている。
しかし,本件考案の上記作用効果は,本件考案の効果であると認められないか,本件引用例1,2記載の各考案から予測し得る程度のものであって,格別の作用効果ということはできない。
(5) 以上のとおり,本件考案は,本件引用例1,2記載の各考案から当業者がきわめて容易考案をすることができたものであるから,本件登録実用新案の登録は実用新案法3条2項の規定に違反してなされたものである。
当事者の主張
1 原告の主張 (1) 取消事由1 以下に述べるとおり,前訴確定判決後の本件審判請求事件の担当審判官(以下「本件担当審判官」という。)は,その審理の過程において,当事者が全く申し立てない理由について審理したにもかかわらず,同担当審判長(以下「本件担当審判長」という。)は,被請求人である原告に対し,その審理の結果を通知せず,また,意見を申し立てる機会を与えなかった。したがって,本件審決は,実用新案法41条の準用する特許法(平成5年法律第26号による改正前のもの。以下同じ。)153条(以下「準用に係る特許法153条」という。)2項に違反したものであり,違法として取り消されるべきである。
ア 請求人である被告が前審判手続で主張した前記第2の1(4)B記載の本件登録実用新案の登録の無効理由は,本件審判請求書記載のとおり,特開昭50-33019号公報(甲10)を第1引用例とし,本件考案と第1引用例記載の考案とを対比して一致点と相違点1ないし3を抽出し,本件引用例2を第2引用例として相違点1を否定し,本件引用例1ほかを周知例として相違点2を否定し,第1引用例及び第2引用例に記載の各考案の組み合わせであるとして相違点3を否定している。そして,本件審決のいう相違点1ないし3と,審判請求書記載の前記第2の1(4)B記載の無効理由において指摘されている相違点1ないし3とは全く異なるものである。
イ これに対し,本件審決は,被告が主張した前記第2の1(4)B記載の無効理由に対する判断として,本件引用例1を第1引用例として,本件考案と本件引用例1に記載の考案とを対比して一致点と相違点1ないし3を抽出し,本件引用例2を第2引用例として相違点1,2の進歩性を否定した上,相違点3については,本件引用例1に記載の考案の設計的事項にすぎないとして,その進歩性を否定した。
そして,相違点3を否定するに際し,その前提として,本件考案にいう「余裕」は小さいものであるとの解釈を行い,前訴確定判決の訴訟手続になって初めて提出された実願昭57-41070号(実開昭58-145769号)のマイクロフィルムを判断資料として引用している。
ウ(ア) 上記したところからすれば,本件審決が,被告が本件審判手続で全く 申し立てない進歩性の判断論理を採用して本件考案進歩性を否定したことは明らかである。このような場合,本件担当審判長は,その審理の結果を被請求人である原告に通知し,相当の期間を指定して意見を申し立てる機会を与えなければならないのであって,この手続を履行しなかった本件審決には,重大な手続上の瑕疵があるというべきである。
(イ) 前訴確定判決が存在するからといって,本件審決の上記手続上の瑕疵が修復されるものではない。
何故ならば,前訴確定判決は,被告が,本件考案における「表葉紙の表面には,剥離用の案内表示を記入するとともに任意の通信文面が記載可能」との構成(構成A)と,「表葉紙,透明フィルムは,縁を揃えて同形同大に形成し,葉書より小さくして全周に余裕を生じさせるとともに葉書の文面文字を隠蔽可能な大きさにする」との構成(構成B)とを組み合わせる点について,本件引用例1,2を含む本件各刊行物に記載も示唆もないとした前審決の認定判断は誤りである旨主張したのに対し,構成A,Bの開示の有無及びその組み合わせの容易性について判断したにすぎず,本件審決が採用した進歩性判断の論理を採用したものでは全くないからである。
(2) 取消事由2 以下に述べるとおり,実用新案法はいわゆる審判前置主義を採用し(同法47条2項の準用する特許法178条6項(準用に係る特許法178条6項という。)),技術的事項について特許庁の判断を1回は示させることにより,公衆の利益に関わる実用新案権の消長について,より正確でかつ安定した判断を可能とする仕組みを採用しているにもかかわらず,本件審決は,上記審判前置主義の趣旨に反し,特許庁の判断を経由していない技術的事項について前訴確定判決が独断的に示したにすぎない判断に盲従したものであり,また,審判の適正手続に反し,その審理に当事者を全く関与させずにされたものであるから,違法として取り消されるべきである。
ア 準用に係る特許法178条6項は,審決取消訴訟の提起に関し,「審判を請求することができる事項に関する訴は,審決に対するものでなければ,提起することができない。」と規定し,審判前置主義を採用することを明らかにしている。同規定の趣旨は,技術専門官庁たる特許庁の判断を1回は示させることにより,対世効を有する実用新案登録の無効審決をするか否かについて,より正確な判断を可能にするとともに,裁判所の負担軽減を図るというところにあるとされている。
そこで,特許庁における審判手続は,審判前置主義の趣旨に適合するように,訴訟手続に準ずる価値を担保し,審判官の独立性,公平性と審判の適正手続を保障するものでなければならず,そのために,実用新案法41条の準用する特許法各条はこの点に関して各種の手続を規定している。そして,上記審判手続が実質的に適正といえるためには,@当事者が主張,立証をする機会,A当事者が何を主張,立証すべきかを知る手段と機会,B当事者の主張,立証について審判官の判断を受ける機会が法律上保障されていることが必要不可欠であり,当事者は,少なくとも,事実認定に関しては,東京高等裁判所の判断を受ける前に,特許庁審判官の判断を受ける利益を有するものである。
したがって,本件審判手続が上記審判前置主義の趣旨に反したり,適正手続の要件を欠いたりした場合には,本件審決は違法になるというべきである。
イ 本件審決は,@本件考案と本件引用例1記載の考案とを対比して一致点と相違点1ないし3を抽出し,A本件引用例2に照らして相違点1,2の進歩性を否定し,B前訴確定判決の認定判断に従って,本件考案にいう「余裕」が小さいものであると解釈し,この解釈を前提に,本件引用例1記載の考案における「剥離可能紙(3)」を,「接着時の困難性」を回避するために同考案における「本体紙(2)」よりわずかに小さくすることは当業者の設計的事項というべきであり,このことは実願昭57-41070号(実開昭58-145769号)のマイクロフィルムによっても裏付けられるとして,相違点3の進歩性を否定し,C前訴確定判決の認定判断に従って,本件考案の作用効果の進歩性等を全部否定し,D以上により,本件考案進歩性を否定したものである。
ウ 上記@ないしBの進歩性の判断に関する一連の論理は,前訴確定判決が採用するものではなく,被告が本件審判手続において主張するところでもない。また,上記Bの判断のうち,本件考案にいう「余裕」に関して「本件考案のアタッチメントは,・・・合致するものである。」と判断している点,本件引用例1記載の考案に,「剥離可能紙(3)」を「本体紙(2)」に接着する際に「接着時の困難性」があることは自明のことであり,それを回避するために「剥離可能紙(3)」を「本体紙(2)」よりわずかに小さくすることは当業者の設計的事項であると判断している点は,前審決の審判手続,前訴確定判決の訴訟手続のいずれを通じても,被告が全く主張していなかった技術的事項である。さらに,本件審決の上記Bの後半の判断に援用された実願昭57-41070号(実開昭58-145769号)のマイクロフィルムは,被告が前訴確定判決の訴訟手続の途中になって初めて提出した新しい引用例である。
したがって,再度の審判手続において,本件担当審判長は,準用に係る特許法153条2項の規定に基づき,原告に対し,上記の各点に関して意見を申し立てる機会を与えるべきであったというべきところ,本件担当審判長は,原告に対し,その機会を付与しなかった。
エ 以上によれば,本件審決は,審判前置主義の趣旨に反しているばかりでなく,原告に対し,上記意見を申し立てる機会を与えなかった点において,適正手続の要件を欠くことが明らかである。
(3) 取消事由3 本件審決は,原告の再三の上申にもかかわらず,徒に審理を急ぎ,審理の再開を認めず,原告に対して不当に厳しく接してされたものである。以下に述べるとおり,かかる特許庁の措置は裁量権のゆ越又は濫用に当たり,違法であるから,取り消されるべきである。
ア 原告は,前訴確定判決が確定した後,本件担当審判長宛てに前後3回にわたり上申をした。第1回目の上申は,再度の審判手続の審理終結通知の起案日(平成14年7月29日)より前の同年3月5日付けでしたものであり,その内容は,本件明細書を訂正したいので,準用に係る特許法153条2項により無効理由通知の起案をして欲しい旨を請願するものである。また,第2回目の上申は,上記審理終結通知直後の同年8月6日付けでしたものであり,本件明細書の訂正案を添えて,それが適法である旨の根拠を明示した上で,前訴確定判決の認定判断の内容が双方当事者の主張に含まれない技術的事項である旨を指摘して,審理再開を求めたものである。さらに第3回目の上申は,本件審決の起案日(同月30日)より前である同月26日付けでしたものであり,第2回目の上申の内容を補足して,審理の再開を求めたものである。
イ 上記の各上申の内容からすれば,本件担当審判長は,再度の審判手続の審理を再開した上,前訴確定判決の認定判断について行政事件訴訟法33条の拘束力を及ぼすことの適否について,慎重に審査し,確認した上で本件審決をすべきであったというべきである。審理を再開するかどうかは本件担当審判長の自由裁量事項であっても,重大な証拠の取調べが未済であったときは,それを実施するのが当然であるからである。また,審理再開をしないとの判断が,本件担当審判長の恣意的判断ないし「他事考慮」を疑う余地を残さないためにも,相手方当事者である被告の意見を求めて,原告からの上申内容の正否を確認するとか,前訴確定判決の事件記録を精査して同様の確認をするくらいのことは当然にすべきであったと考えられる。
しかるに,本件担当審判長は,原告の再三の上申を一切受け付けずに,特許庁の判断を経由しない技術的事項について前訴確定判決が独断的に示した認定判断を本件考案進歩性判断を左右する最重要事項として全部採用し,被告の本件審判手続での主張にもなく,前訴確定判決も採用していない独自の進歩性判断の論理を定立して,本件考案進歩性を否定したものである。このような本件担当審判長の措置は,日本最大の製紙会社である被告と地方在住の1個人である原告とを不当に差別し,原告に対し不利益な取扱いをしたものであり(平等原則違反),客観的にみて,何らかの不正な動機により被告の利益を過大に保護したものである(他事考慮)と評価せざるを得ない。
2 原告の主張に対する被告の反論 (1) 取消事由1について ア 被告は,前審判手続において,本件考案は,本件引用例1,2を含む本件各刊行物記載の各考案等に基づいて当業者がきわめて容易考案をすることができたものであるから,実用新案法3条2項の規定により,実用新案登録を受けることができず,したがって,本件登録実用新案の登録は無効とされるべきである旨を主張し,この主張を根拠づけるため,本件各刊行物に係る各書証を提出した。
イ 本件審決は,被告の上記無効理由の主張につき,前訴確定判決の拘束力に従い,本件考案は,本件引用例1,2記載の各考案に基づいて当業者がきわめて容易考案をすることができたものであるから,本件登録実用新案の登録は,実用新案法3条2項の規定に違反してされたものであり,無効であると判断したものである。
上記のとおり,本件審決は,被告主張の無効理由について審理したものであり,当事者が申し立てない無効理由について審理したものではない。本件審決が第1引用例とした本件引用例1は,被告が無効理由の主張において第1引用例とした引用例とは異なるが,当事者が発明が進歩性を有しないとの無効理由を基礎づける根拠として提出した複数の引用例のうちどの引用例を第1引用例あるいは主たる引用例とするかは,当該発明が各引用例との関係で進歩性を有するか否かを判断するに際しての判断方法の問題にすぎず,そのことによって無効理由が異なるものとなることはない。 しかも,原告は,前訴確定判決の訴訟手続において,本件引用例1を第1引用例とする無効理由について,本件引用例1記載の考案における「剥離可能紙(3)」を「本体紙(2)」より小さくすることの非容易性について主張し,応答する態度をみせていたものであり,したがって,本件担当審判長が本件引用例1を第1引用例とする審理の結果を原告に通知して意見を申し立てる機会を付与しなかったとしても,原告に対する不意打ちとはならない。
また,本件担当審判官は,前訴確定判決の拘束力により,本件考案が本件引用例1,2記載の各考案から当業者がきわめて容易考案をすることができたとの判断に抵触する判断をすることは許されず,これに拘束されるのである。
ウ 原告は,実願昭57-41070号(実開昭58-145769号)のマイクロフィルムは,被告が前訴確定判決の訴訟手続において初めて提出したものであるにもかかわらず,本件審決が,これに対する意見陳述の機会を与えないまま,これを引用例としたことを論難している。
しかしながら,本件審決は,「本件引用例1記載の考案に自明な上記課題を踏まえて,剥離可能紙(3)を葉書の全周に余裕を生じさせる程度の大きさとすることは,当業者の適宜行い得る設計的事項であるというべきである」との既にした判断の妥当性を裏付ける資料として実願昭57-41070号(実開昭58-145769号)のマイクロフィルムを引用したにすぎないから,原告に対しこれについて意見を申し立てる機会を付与しなくても違法とはいえない。
エ 本件審決は,本件考案にいう「余裕」は,葉書の上下左右の余白(マージン)として通常想定される範囲に収まる程度のものであるとの解釈を示しているが,この点の解釈は,その用語の解釈並びに本件明細書及び図面の記載に基づいて認定されたものであり,また,前訴確定判決の拘束力に従ったものであって,この解釈について,原告に意見を申し立てる機会を与えなくても違法ではない。
オ したがって,前訴確定判決の確定後に,本件担当審判長が原告に対し,上記無効理由についてあらためて意見を申し立てる機会を与えなかったとしても,本件審判手続に手続規定違背の違法があるということはできない。
(2) 取消事由2について 本件審判手続は,被告が平成10年12月11日に審判請求書を提出し,本件審判請求してこの方,適正適法に行われている。また,本件審決は,本件考案進歩性につき,前訴確定判決の拘束力に従い,適法に行っている。 本件審判手続に,本件審決を取り消すべき違法な点は存在しない。
(3) 取消事由3について ア 審理を再開するか否かは担当審判長の自由裁量に委ねられており,しかも新たな訂正を認めるために再開せよとの申立ては,審理再開制度の予定しないところである。したがって,本件審判請求事件の再度の審判手続において,本件担当審判長が,審理を再開しなかったことに何ら手続違背はない。
イ 原告は再三上申書を提出したという。しかし,原告が平成14年3月5日付けで提出した本件担当審判長宛の上申書は,本件登録実用新案の別件事件において平成13年12月11日付けで訂正請求をしているところ,それによっても実用新案登録請求の範囲は限定不十分なので,さらに同請求の範囲を訂正したいとの趣旨を上申するものであり,しかも,その際に,原告は,上記請求の範囲の訂正案を何ら提示しなかった。原告は,その後,審理終結の通知を受けて提出した平成14年8月6日付けの上申書において,漸く同請求の範囲の訂正案を添付したものである。このような経過からすれば,原告の上記各上申は,再度の審判手続の審理を妨害し,審理の引き延ばしを図るものであって,不当なものである。
当裁判所の判断
1 取消事由1について (1) 原告は,本件審決は,その審理の過程において,当事者が全く申し立てない無効の論理について審理したにもかかわらず,被請求人である原告に対し,その審理の結果を通知せず,また,意見を申し立てる機会を与えなかった。したがって,本件審決は,準用に係る特許法153条2項に違反したものであり,違法として取り消されるべきである旨主張する。
(2) そこで,検討するに,準用に係る特許法153条1項は,審判においては,当事者又は参加人が申し立てない理由についても,審理することができる旨,同条2項は,審判長は,前項の規定により当事者又は参加人が申し立てない理由について審理したときは,その審理の結果を当事者及び参加人に通知し,相当の期間を指定して,意見を申し立てる機会を与えなければならない旨を規定している。
上記規定は,特許庁の審判手続において職権探知主義を採用すること,すなわち,特許庁は,特許無効審判等の手続において,当事者が主張した無効理由等だけでなく,当事者の主張しない無効理由等について審理をし,特許登録無効等の判断をすることができる旨を規定するとともに,当事者に対する不意打ちを防止し,特許庁の判断の適正を期するために,上記の場合には,審判長は,その審理の結果を当事者等に通知して,意見を申し立てる機会を付与しなければならない旨を定めたものであり,審判手続が上記規定に違反し,当事者に対する不意打ち防止の趣旨に反していると認められるときは,当該審判手続を経てされた審決は違法として取消しを免れないものと解される。
(3)ア 本件についてみると,証拠(甲1,4ないし10)によれば,被告は,本件審判請求事件において,本件考案は,本件引用例1,2を含む本件各刊行物記載の各考案等に基づいて当業者がきわめて容易考案をすることができたものであるから,実用新案法3条2項の規定により,実用新案登録を受けることができず,したがって,本件登録実用新案の登録は無効とされるべきである旨を主張し,この主張を根拠づけるため,本件各刊行物に係る各書証を提出したこと,本件審判請求事件については,前記第2の1(5)記載のとおり,前審決を取り消す旨の前訴確定判決がされ,同判決が確定したことにより,特許庁は,あらためて同事件について審理をし,「本件考案は,本件引用例1,2記載の各考案から当業者がきわめて容易考案をすることができたものであるから,本件登録実用新案の登録は実用新案法3条2項の規定に違反してされたもの」であると判断を示し,本件登録実用新案の登録を無効とする旨の本件審決をしたこと,本件審決の理由の要旨は前記第2の2に記載のとおりであることが認められる。
上記認定事実によれば,本件担当審判官は,前訴確定判決を受けて,あらためて本件審判請求事件につき審理を行い,同判決の拘束力に従い,本件登録実用新案の登録の無効をいう被告の上記主張を理由があるものと判断し,本件審決をしたものであり,当事者が申し立てない理由について審理をしたものではないから,前訴確定判決の確定後に本件審判請求事件につき再度の審理をするに当たり,本件担当審判長が原告に対し意見を申し立てる機会を付与しなかったからといって,準用に係る特許法153条2項に違反するということはできない。
イ この点に関し,原告は,本件審決が,当事者が全く申し立てない無効の論理について審理をしたにもかかわらず,原告に対し意見を申し立てる機会を付与しなかったのは違法であると主張するが,本件考案は,本件引用例1,2を含む本件各刊行物記載の各考案等に基づいて当業者がきわめて容易考案をすることができたものであるから,実用新案法3条2項の規定により,実用新案登録を受けることができないものである旨の被告の主張を肯認するに当たって,被告主張の論理構成(進歩性判断の理由付け)とは異なる論理構成を採用したものとしても,これにより被告の申し立てない理由について判断したということにはならず,準用に係る特許法153条2項の規定は,かかる場合に,相手方当事者に対し意見を申し立てる機会を付与することまでを要求するものではないと解するのが相当である。
ウ また,原告は,本件審決が,本件考案と本件引用例1記載の考案との相違点と認めた前記相違点3についてその進歩性を否定するに際し,前訴確定判決により初めて示された,本件考案にいう「余裕」は小さいものであるとの解釈をそのまま採用した上,前訴確定判決の訴訟手続になって初めて提出された実願昭57-41070号(実開昭58-145769号)のマイクロフィルムを引用例としたことについて,本件担当審判長が審理過程で原告に対し意見の申し立てをする機会を与えなかったことを論難している。
しかしながら,本件審決は,被告主張の無効理由を判断する過程において,本件考案にいう「余裕」の技術的意義につき,本件明細書の記載と経験則に照らして,一定の解釈を示したにすぎず,このような解釈を採用することの当否について,当事者に意見を申し立てる機会を付与することは準用に係る特許法153条2項の要求するところではないと解される。
また,本件審決は,経験則に基づき,「本件引用例1記載の考案に自明な上記の課題を踏まえて,剥離可能紙(3)を葉書の全周に余裕を生じさせる程度の大きさとすることは,当業者の適宜行い得る設計的事項というべきである」との判断を導いた上,その判断の妥当性を裏付ける資料として実願昭57-41070号(実開昭58-145769号)のマイクロフィルムを引用したにすぎず,本件考案進歩性を否定する直接の引用例として同書証を採用したものではないから,本件審決が上記マイクロフィルムを判断の資料としたことは当事者の申し立てない理由について判断した場合には当たらず,したがって,これについて意見を申し立てる機会を付与しなくても準用に係る特許法153条2項に違反するということはできない。
のみならず,審決取消訴訟には行政事件訴訟法の適用があるから,再度の審理ないし審決を行うにあたっては,審判官は,同法33条1項の規定により,審決取消判決の拘束力を受けるものである。そして,この拘束力の範囲は,判決主文が導き出されるに必要な事実認定及び法律判断にわたるものであるから,審判官は,再度の審決において,上記取消判決に抵触する認定判断をすることは許されないと解される。本件審判請求事件についてみても,本件担当審判官は,前訴確定判決の認定判断,すなわち,「構成Aと構成Bとを組み合わせてなる本件考案は,本件引用例1,2記載の各考案から当業者がきわめて容易考案できるものであり,本件考案の作用効果も,本件引用例1,2記載の各考案から予測し得る程度のものであって,格別の作用効果ということはできず,したがって,本件考案が本件引用例1,2を含む本件各刊行物記載の各考案等から当業者がきわめて容易考案をすることができたものではないとする前審決の判断は誤りである」とする認定判断に抵触する認定判断をすることはできず,再度の審判手続において,本件担当審判官は,前訴確定判決の拘束力の及ぶ上記認定判断について,これを誤りであるとして従前と同様の主張を繰り返すこと,あるいは,このような主張を裏付けるための新たな立証をすることを当事者に許すべきものではないと解される。したがって,この点からみても,上記イ,ウ記載の各点について,原告に意見を申し立てる機会を与えなかった本件担当審判長の措置をもって,準用に係る特許法153条2項の規定に違反して違法ということはできない。
2 取消事由2について (1) 原告は,実用新案法がいわゆる審判前置主義を採用し(準用に係る特許法178条6項),技術的事項について特許庁の判断を1回は示させることにより,公衆の利益に関わる実用新案権の消長について,より正確でかつ安定した判断を可能とする仕組みを採用しているにもかかわらず,本件審決は,上記審判前置主義の趣旨に反し,特許庁の判断を経由していない技術的事項について前訴確定判決が独断的に示したにすぎない判断に盲従したものであり,また,審判の適正手続に反し,その審理に当事者を全く関与させずにされたものであるから,違法として取り消されるべきである旨主張する。
(2) そこで,検討するに,審判を請求することができる事項に関する訴えは,審決に対するものでなければ提起することができないとされ(準用に係る特許法178条6項),また,審決に対する訴えは東京高等裁判所の専属管轄とされ(実用新案法47条1項),さらに,裁判所が審決を取り消した場合には,審判官は,さらに審理を行って審決をすべきものとされている(同条2項の準用する特許法181条2項)。そして,実用新案法41条の準用する特許法各条によれば,実用新案登録の無効審判の請求の手続については,一定の申立て及び理由を記載した審判請求書を提出すべきものとし(131条1項),提出された請求書についてはその副本を被請求人に送達して答弁書提出の機会を与えるものとし(134条1項),また,審判においては,申し立てられた理由以外の理由についても審理をすることができるが,この場合には,その理由につき当事者らに対し意見申立ての機会を与えなければならない(153条1,2項)とするなど,審判の公正と適正を確保するため,民事訴訟手続に類似した手続を定めている。
これによってみれば,実用新案法は,実用新案登録無効の審判についていえば,そこで争われる無効の原因が特定されて当事者らに明確にされることを要求し,審判手続においては,民事訴訟手続に類似する手続の保障の下に,上記の特定された無効原因をめぐって攻防が行われ,かつ,審判官による審理判断もこの争点に限定してされるという手続構造を採用していることが明らかである。また,上記のとおり,実用新案法が,審決に対する取消訴訟を東京高等裁判所の専属管轄とし,事実審を一審級省略しているのも,当該無効原因の存否については,既に,審判手続において,当事者らの関与の下に十分な審理がされていると考えたためにほかならない。
上記のとおり,実用新案登録の無効審判においては,民事訴訟手続に類似する手続の保障の下に,争点となる無効原因を特定した上,当該無効原因をめぐって当事者に主張,立証をさせ,これに基づいて審理判断が行われるという仕組みが設けられているのであって,その意味において,当事者には,訴訟の前段階において専門行政庁である特許庁による慎重な審理判断を受けることが制度上保障されているということができる。
(3) 原告の前記(1)の主張は,本件審決が,本件考案進歩性の判断において,当事者が全く申し立てない無効の論理について審理をしたにもかかわらず,原告に対し意見を申し立てる機会を付与しなかったこと,また,本件審決が,本件考案と本件引用例1記載の考案との相違点と認めた上記相違点3についてその進歩性を否定するに際し,前訴確定判決により初めて示された,本件考案にいう「余裕」は小さいものであるとの解釈をそのまま採用した上,前訴確定判決の訴訟手続になって初めて提出された実願昭57-41070号(実開昭58-145769号)のマイクロフィルムを引用例とするについて,原告に対し意見の申し立てをする機会を与えなかったことについて,いずれも準用に係る特許法153条2項の規定に違反するばかりでなく,審判前置主義の趣旨にも違反するというものと解される。
しかしながら,前記(2)で検討した審判前置主義の制度趣旨に照らしてみれば,準用に係る特許法153条2項の規定違反の有無に関し前記1で説示したところと同様の理由により,本件担当審判長が原告の主張の上記各点について原告に意見を申し立てる機会を付与しなかったことが,審判の適正手続に違反しないことはもちろん,訴訟の前段階において特許庁の慎重な審理判断を受ける利益を侵害するものではなく,審判前置主義にも違反せず,したがって,違法といえないことは明らかというべきである。
3 取消事由3について (1) 実用新案法41条が準用する特許法156条は,審判長は,事件が審決をするのに熟したときは,審理の終結を当事者等に通知しなけれならない旨(1項)規定するとともに,必要があると認めるときは,上記審理終結の通知をした後であっても,当事者等の申立てにより又は職権で,審理を再開することができる(2項)旨規定している。
上記156条2項の規定の文言及び趣旨からすれば,同項に基づき,審判長が審理を再開するかどうかは,審判長の自由裁量に委ねられているものと解されるから,当事者が審理再開の申立てをしたのに審判長が審理再開の措置をとらなかったとしても,それが裁量権の範囲の逸脱,その濫用に該当すると認められない限り,違法の問題は生じないというべきである。
(2) 本件についてみると,証拠(甲9,11,14ないし18)及び弁論の全趣旨によれば,被告が本件審判請求をしたのは平成10年12月11日であること,原告は,前訴確定判決が確定した後,本件担当審判長宛てに前後3回にわたり上申をしたこと,第1回目の上申は,再度の審判手続の審理終結通知(起案日・平成14年7月29日。発送日・同年8月1日)がされるより前の平成14年3月5日付けでされたものであり,その内容は,本件登録実用新案の別件事件において平成13年12月11日付けで訂正請求をしているところ,それによっても実用新案登録請求の範囲は限定不十分なので,同請求を取り下げ,再度の訂正請求をしたいので,準用に係る特許法153条2項により無効理由通知の起案をして欲しいとして,これを請願するものであること,また,第2回目の上申は,上記審理終結の通知を受領直後の平成14年8月6日付けでされたものであり,本件明細書の訂正案を添えて,それが適法である旨の根拠を明示した上で,前訴確定判決の認定判断の内容が双方当事者の主張に含まれない技術的事項である旨を指摘して,審理再開を求めたものであること,さらに第3回目の上申は,本件審決の日(同年8月30日)より前である同年8月26日付けでされたものであり,第2回目の上申の内容を補足して,審理の再開を求めるものであることが認められる。
上記認定の事実によれば,原告は,本件登録実用新案の訂正の機会を得るため,また,前訴確定判決の理由中の判断に従って無効審決が出される可能性があることを慮って,審理の結果につき意見を申し立てる機会の付与を受けるため,上記のとおり審理終結通知がされる前に無効理由通知の起案を要請するとともに,2回にわたり審理再開の申立て行ったものであると認められるが,審理終結の通知があった平成14年8月当時には,被告の本件審判請求がされてから既に3年半以上経過しているのであって,この時点で訂正の請求は著しく時期に後れたもので,本件審判手続の審理を著しく遅延させるものであると考えられるし,また,本件審決が前訴確定判決の拘束力に従って本件登録実用新案の登録を無効にする判断を示すに当たり,原告に意見を申し立てる機会を付与する必要が認められないことは,既に説示したとおりである。
のみならず,本件担当審判官は,前訴確定判決の拘束力を受け,前訴確定判決の理由中の前記認定判断に抵触する判断をすることはできないのであって,再度の審判手続において,本件担当審判官は,前訴確定判決の拘束力の及ぶ上記認定判断について,これを誤りであるとして従前と同様の主張を繰り返すこと,あるいは,このような主張を裏付けるための新たな立証をすることを当事者に許すべきでものではないと解される。
前記第2の1記載の本件審決に至る経緯及び上記の各事情からすれば,原告の上記審理再開の申立て等について,これに応じなかった本件担当審判長の措置が,原告に対し不利益な取扱いをしたものであり,何らかの不正な動機により被告の利益を過大に保護する意図に出たものであるなどと評価すべき事情は見当たらず,裁量権の範囲の逸脱又はその濫用に該当するものであるとは到底いえない。他に,本件担当審判長の措置が裁量権の範囲の逸脱又はその濫用に該当するとする事情を認めるに足りる証拠はない。
4 以上の次第で,原告が本件審決の取消事由として主張するところはいずれも理由がなく,その他,本件審決にこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって,原告の本件請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 北山元章
裁判官 青柳馨
裁判官 絹川泰毅