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関連審決 無効2000-35103
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事件 平成 14年 (行ケ) 321号 審決取消請求事件
原告 株式会社森本製作所
訴訟代理人弁理士 鈴江孝一
同 鈴江正二
被告 ヤマトミシン製造株式会社
訴訟代理人弁理士 河野登夫
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2003/06/25
権利種別 実用新案権
訴訟類型 行政訴訟
主文 特許庁が無効2000―35103号事件について平成14年5月22日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
請求
主文と同旨
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 被告は,名称を「ミシンの上送り装置」とする実用新案登録第2594003号考案(平成5年7月22日出願,平成11年2月19日設定登録。以下,「本件考案」といい,その実用新案登録を「本件実用新案登録」という。)の実用新案権者である。
原告は,平成12年2月22日,被告を被請求人として,本件実用新案登録について無効審判の請求をし,特許庁は,同審判請求を無効2000-35103号事件として審理した上,平成12年10月24日に「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「第1次審決」という。」)をしたが,当庁平成12年(行ケ)第468号審決取消請求事件の判決(平成13年9月20日言渡し)により第1次審決が取り消され,同判決は確定した。特許庁は,同審判請求につき更に審理し,平成14年5月22日に再度「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をし,その謄本は,同年6月3日,原告に送達された。
2 願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)の実用新案登録請求の範囲請求項1の記載(以下,構成要件ごとに分説して示し,冒頭の符合に従い,Aを「構成要件A」のようにいう。) A ミシンアームの内部に主軸と平行をなして送り駆動軸及び送り調整軸を架設し, B 該送り調整軸を含む送り調整機構を介して前記主軸と前記送り駆動軸とを連結してなり, C 主軸の回転に応じて所定の上限角度内にて生じる送り駆動軸の反復回動をミシンアームの先端に垂下支持された上送り歯に伝え,ミシンベッド上の縫製生地に上部から送りを加えると共に, D 前記反復回動の上限角度を前記送り調整軸の回動操作により加減し,前記上送り歯の送り動作量を調整する構成としたミシンの上送り装置において, E 前記送り調整軸の一部に係合し,該送り調整軸と略直交する面内にて揺動する送り調整レバーと, F 該送り調整レバーの下方への延長端にその後端を連結され,前記ミシンアームの外側に前後方向への摺動自在に支承してある送り調整ロッドと, G 該送り調整ロッドに並設され,該送り調整ロッドに長手方向の相対移動を許容して連結してあり,その操作により前記送り調整ロッドを介して送り調整レバーを揺動させ,前記送り調整軸を回動操作する送り操作軸と, H 前記送り調整ロッドの長手方向に沿って前記上送り歯の動作位置に面して配設され,該上送り歯の送り動作量を,前記送り操作軸の操作に伴う前記送り調整ロッドの摺動位置の変化を媒介として表示する目盛り板とを具備することを特徴とするミシンの上送り装置。
3 本件審決の理由 本件審決は,別添審決謄本写し記載のとおり,請求人(原告)の主張,すなわち,(1) 本件明細書の実用新案登録請求の範囲請求項1の構成要件Eの記載につき,本件実用新案登録の出願に適用される平成6年法律第116号による改正前の実用新案法(以下「旧法」という。)5条5項1号及び2号(審決謄本3頁下から2段目に「実用新案法第5条第5項第1項及び第2項」とあるのは誤記と認める。以下同じ。)違反の記載不備がある(本件審決にいう[主張1]),(2) 構成要件Gの記載につき,旧法5条5項1号及び2号違反の記載不備がある(同[主張2]),(3) 本件明細書考案の詳細な説明における段落【0036】の記載につき,旧法5条4項違反の記載不備がある(同[主張3]),(4) 構成要件Hの記載につき,旧法5条5項1号及び2号違反の記載不備がある(同[主張5])との主張について,いずれも採用することができず,請求人の主張する理由及び証拠によっては,本件実用新案登録を無効とすることはできないとした。
原告主張の審決取消事由
本件審決は,本件明細書の実用新案登録請求の範囲請求項1の構成要件E,G及びHの記載につき,いずれも旧法5条5項1号及び2号違反の記載不備があるのに,これがないとの誤った判断(取消事由1,2,4)をし,また,本件明細書考案の詳細な説明における段落【0036】の記載につき,判断遺脱ないし同条4項違反の記載不備があるのに,これがないとの誤った判断(取消事由3)をしたものであるから,違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(構成要件Eの記載不備[主張1]) (1) 本件審決は,「構成要件Eに『上下方向に適宜の長さを有して形成された係合孔61による係合』との記載がなくとも,構成要件Eの『前記送り調整軸の一部に係合し,』との記載が,『前記送り調整軸の一部に長孔と係合ピンによる周知の係合構造(揺動運動を回転運動に変換できる形態での係合構造)により係合し,』を意味するものであることは,当業者であれば格別の困難なく理解することができる」(審決謄本6頁下から第2段落)とした上,構成要件Eの記載は旧法5条5項1号及び2号に違反しないと判断したが,誤りである。
(2) すなわち,実用新案登録請求の範囲に旧法5条5項2号所定の必須の構成が記載されているかどうかを判断するに当たっては,実用新案登録請求の範囲の記載に従ってされるべきであり,そこで用いられた用語や語句について直ちに考案の詳細な説明に記載された実施例等に特定(限定)して解釈することは許されない。考案の詳細な説明等が参酌できるのは,実用新案登録請求の範囲に記載された用語や語句の技術的意義が一義的に明確に理解することができないときなどの特段の事情がある場合に限定される。構成要件Eの「係合」自体は,「係り合う」という意味であり,何ら理解困難な用語ではないが,「該送り調整軸と略直交する面内にて揺動する送り調整レバー」とは,送り調整レバーが送り調整軸と略直交する面内において,上下方向に揺動するのか,あるいは前後方向に平行に揺動するのか,あるいはそれらの組み合わせの揺動なのか分からず,一義的に明確に理解することはできない。そこで,本件明細書考案の詳細な説明等を参酌すると,送り調整レバーは,第1図のとおり,枢支ピンを中心に送り調整レバーを送り調整軸と略直交する面内において前後に揺動し,このように揺動する送り調整レバーから送り調整軸を回動操作するものであることは理解される。しかし,このように揺動する送り調整レバーから送り調整軸を回動操作するためには,単なる係合ではその目的を達成することはできない。すなわち,送り調整レバーは,枢支ピンを中心とする前後の揺動であるから,送り調整レバーの係合箇所では円弧の運動となる。この円弧の運動を送り調整軸の回動に変換するためには,送り調整レバーの係合は,上下方向に適宜の長さを有した長孔にして係合ピンと係合させる必要があるが,構成要件Eでは,単に「前記送り調整軸の一部に係合し」としか記載されていないから,当業者において,当該記載から「上下方向に適宜の長さを有して形成された係合孔による係合長孔と係合ピンによる係合構造」であると理解することは到底できない。
2 取消事由2(構成要件Gの記載不備[主張2]) (1) 本件審決は,「構成要件Gに『送り調整レバー6で送り調整ロッド7を後向きに付勢する』との記載がなくとも,構成要件Gの記載から,送り操作軸8の操作で送り調整ロッド7を介して適宜な手段により後向きに付勢された送り調整レバー6を揺動させる構成とされるものであることは,当業者であれば格別の困難なく理解することができる」(審決謄本7頁第3段落)とした上,構成要件Gの記載は旧法5条5項1号及び2号に違反しないと判断したが,誤りである。
(2) すなわち,上記判断においても,構成要件Gに記載されていない付勢の構成を,考案の詳細な説明の段落【0036】に記載された実施例に限定して解釈しているものである。構成要件Gにおいては,送り操作軸8が送り調整ロッド7の長手方向に対して相対移動を許容して連結しているだけの構成であるから,送り操作軸8は送り調整ロッド7の長手方向に対して相対移動が自由のままである。相対移動が自由のままであると,送り操作軸8を操作しても,送り調整ロッド7を長手方向に移動させることができないか,あるいは,本件明細書実施例に記載された第1図の場合では,1回限りしか送り調整レバー6を揺動させることができない。そうすると,送り調整レバー6を往復揺動させて本件考案の目的である「上送り量の調整」を達成することができないことになるから,結局のところ,構成要件Gは,本件考案の目的を達成するための必須の構成を欠いていることは明らかである。本件審決は,構成要件Gの「その操作により前記送り調整ロッドを介して送り調整レバーを揺動させ」という記載で理解できるかのような判断をしているが,当業者において,当該記載から「送り調整レバー6で送り調整ロッド7を後向きに付勢する」構成に特定して理解することは不可能である。また,「送り調整レバー6で送り調整ロッド7を後向きに付勢する」付勢手段が,本件実用新案登録の出願前に普通に採用されていたとの本件審決の判断(同頁第2段落)の根拠が全く不明であり,仮に,その根拠が明らかになったとしても,上記付勢手段の構成が構成要件Gに全く記載されていない以上,本件審決の判断は誤りというほかはない。
3 取消事由3(本件明細書の段落【0036】の判断遺脱ないし記載不備 [主張3]) (1) 本件審決は,本件明細書の段落【0036】の「送り調製ロッド7は,これの後端に接続された送り調製レバー6を介して後向きに付勢されており」との記載につき,この「記載から,被請求人(注,被告)が示した参考図3〜5(注,乙1─3〜5)のような構成のミシンとすることは,当業者であれば容易に実施することができる」(審決謄本8頁第4段落)とした上,当該記載は旧法5条4項に違反しないと判断したが,誤りである。
(2) すなわち,本件考案の解決しようとする課題及び目的によれば,本件明細書考案の詳細な説明及び図面には,@ミシンアームの内部空間が限定される従来のミシンであっても,ミシンの種類によらずに,後付で,本件考案の特徴とする送り調整レバー6がミシンアーム内に揺動自在に収容される構成,A送り調整ロッド7は,これの後端に接続された送り調整レバー6を介して後向きに付勢されている状態の構成が,当業者において容易に実施をすることができる程度に具体的に記載されていなければならないはずである。原告は,無効審判の段階において,考案の詳細な説明及び図面には上記事項が記載されていないと主張したのに,本件審決は,この主張について何ら判断していないから,判断遺脱があり,そうでないとしても,当業者にとって容易に実施をすることができる程度に具体的に記載されているとはいえない。
4 取消事由4(構成要件Hの記載不備[主張5]) (1) 構成要件Hの記載中,「上送り歯の送り動作量を,前記送り操作軸の操作に伴う前記送り調整ロッドの摺動位置の変化を媒介として表示する目盛り板」は,どのような目盛り板の構成になっているのか具体的に特定することができず,抽象的すぎて,不明りょうであるのに,本件審決は,考案の詳細な説明の段落【0038】の記載から,上送り歯の送り動作量は,調整ロッド7の摺動位置の変化を媒介として,ナット部材81の係合突起83の端面に形成された1本の目盛り線と目盛り板9の長手方向に並ぶ複数の目盛り線との整合状態を視認することによって確認するものである(審決謄本8頁下から第2段落〜最終段落)と判断したが,誤りである。
(2) すなわち,上記判断も,上記1と同様,単に考案の詳細な説明の段落【0038】に記載された実施例に直ちに特定して解釈しているものであって,構成要件Hに全く記載されていない事項が記載されているかのような判断をしているにすぎない。構成要件Hには,「上送り歯の送り動作量を,前記送り操作軸の操作に伴う前記送り調整ロッドの摺動位置の変化を媒介として表示する目盛り板」と記載されているだけであり,「ナット部材81の係合突起83の端面に形成された1本の目盛り線と目盛り板9の長手方向に並ぶ複数の目盛り線との整合状態を視認する」との構成は記載されていないから,構成要件Hの記載が必須の構成要件を欠くことは明らかである。
被告の反論
本件審決の認定判断は正当であり,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
1 取消事由1(構成要件Eの記載不備[主張1])について (1) 構成要件Eにおける「揺動」は,送り調整軸と略直交する面内におけるものであることが本件考案の構成に欠くことができない事項であるから,それが明示されている構成要件Eの記載が明確でないとはいえない。本件考案において,送り調整レバー6は,その揺動により,係合している送り調整軸5が回動することの作用を営めば足り,そのためにはその揺動が送り調整軸5と直交する面内であれば可能であるから,この揺動が上下方向であるか,前後方向に平行であるか又はそれらの組み合わせであるかは任意である。したがって,構成要件Eが明確でないから,考案の詳細な説明を参酌せざるを得ないとの原告の主張は根拠がない。構成要件Eはその記載自体だけで明確であり,考案の構成に欠くことができない事項のみを記載してあるというべきである。
(2) また,考案の詳細な説明を参酌したとしても,原告の主張は失当である。すなわち,構成要件Gの記載から明らかなように,送り調整レバー6の揺動により送り調整軸5を回動するのであるから,この動作を担保できる係合であれば足り,考案の詳細な説明に記載したとおりのものを考案に欠くことができないものとして記載する必要はない。送り調整軸5の回動を可能とする係合は,考案の詳細な説明にある係合ピン60及び長孔に替えて,例えば,送り調整レバー6から送り調整軸5側へ突出するフォーク状の物を設け,係合板62をフォークの歯間に位置させるという係合の態様も採り得るのであり,考案の詳細な説明の実施例に記載されたものに限定すべき理由はない。本件審決は,送り調整レバー6の送り調整軸5に対する係合形態は原告が主張するような揺動することができない形態で単に係合するものではなく,かつ,実施例が揺動運動/回動運動の変換構造として普通に採用されているものであること(審決謄本6頁下から第3段落)を明らかにするために,係合ピン63及び係合孔61の構成に言及したものであり,原告が主張するように,構成要件Eの「係合し」が「上下方向に適宜の長さを有して形成された係合孔61による係合長孔と係合ピン63による係合構造である」と認められるとしているものではない。したがって,構成要件Eの記載に関する本件審決の判断に誤りはない。
2 取消事由2(構成要件Gの記載不備[主張2])について (1) 本件審決は,構成要件Gの記載だけから送り調整レバー6を揺動させるように構成されていると認定したものであり,「揺動」は字義どおりに解釈すべきであって,一方への1回限りの移動ではないから,原告の主張は本件審決を正解しないものというほかはなく,失当である。本件審決が考案の詳細な説明の【0036】に言及しているのは,原告が無効審判において【0036】の記載を引用して主張したことに対して,【0036】記載の構成に限らずとも後向きの付勢が可能であり,実施例の構成が格別のものではないことを明記したにすぎない。
(2) 構成要件Gは,構成を作用によって表現する「作用的記載」であり,実用新案登録請求の範囲の記述に慣用されている表現形態である。そしてこの記載から送り操作軸8の操作で送り調整レバー6を揺動させる作用を担保する構成を理解することに格別の困難はない。構成要件Gにおいては,送り操作軸8の操作により送り調整ロッド7を介して送り調整レバー6を揺動させるものであるとしているのであり,後向きの付勢の有無は送り操作軸8の操作による送り調整レバー6の揺動とは直接的には関係がない。これとは逆に前向きに付勢すること,更には,送り調整ロッドを直接後向き又は前向きに付勢することも,電動式等,付勢手段ではない別手段による復帰も可能である。このように技術的観点からも考案の詳細な説明に記載した一実施例の形態の構成を,考案に欠くことのできない事項であるとして記載すべき必要性は存在しない。
3 取消事由3(本件明細書の段落【0036】の判断遺脱ないし記載不備[主張3])について (1) 原告が,本件考案の詳細な説明及び図面に記載していないとする点は,@ミシンの種類によらず従来のミシンにおける限定されたミシンアーム内に後付で送り調整レバー6を揺動自在に収容する構成,A送り調整ロッド7を送り調整レバー6を介して後向きに付勢できる構成,以上の2点である。しかし,まず,@の点について,原告は,従来のいかなるミシンにおいても送り調整レバー6をミシンアーム内に揺動自在に収容できるものであるかのごとくに理解しているようであるが,本件考案の詳細な説明にはそのような記載はない。本件考案が解決しようとする課題を示した【0018】において「ミシンアームの内部空間が限定される」従来のミシンについて言及しているが,この場合にも送り駆動軸4及び送り調整軸5が主軸Sの近傍に配置できることが前提であり,本件考案の必須の構成要件Aにも明記されている。さらに,揺動アームの取付け,又は揺動空間の確保が主軸との干渉で困難であることを本件考案の解決課題としているのであり,その解決手段の一部として本件考案の必須の構成要件Fにあるように,送り調整レバー6の下方への延長端と送り調整ロッド7の後端とを連結することとしている。本件考案は,実用新案登録請求の範囲の記載自体から明らかなように,ミシンアーム内に送り調整軸5が主軸Sと平行して架設されている(必須の構成要件A)ことが前提であり,送り調整軸5の一部に係合して揺動する送り調整レバー6(構成要件E)が下方への延長端を有して,送り調整ロッド7の後端と連結されている(構成要件F)という構成で主軸Sとの干渉を回避しているものである。その限りにおいて,ミシンの種類によらず適用できる上送り装置を提供することが,本件考案の目的である。調整レバー6とミシンアームとの関係については,L字形の送り調整レバー6の枢支ピン60から後方へ延びる部分の後端は連結チェーン64を介して作業者の膝により押圧される膝レバーに連結してあるから,前記後端に近い部分はミシンアーム外にある。また,送り調整レバー6の枢支ピン60から下方へ延びる部分の下端部は送り調整ロッド7との連結の都合上,ミシンアーム外にある。本件考案にあって,送り調整レバー6が連結される他部材との関係でいえば,ミシンアーム内に存在する必要性は格別存在せず,L字の角部をミシンアーム内部に枢支したのは一実施例にすぎない。
(2) 次に,Aの点は,構成要件Gに係る取消事由2のとおり,本件考案の必須の構成要件ではない。ロッドをレバーを介して一方へ付勢するなどのことは一般的な機械技術者にとって極めて容易なことであるから,当業者がこれを容易に実施できないということは到底考えられない。前後方向に揺動するレバーに接続されたロッドをレバーを介して後方向に付勢するにはレバーに後方への駆動力を与える構成とすればよいことは,自明ともいえる簡単な技術事項である。
4 取消事由4(構成要件Hの記載不備[主張5])について (1) 構成要件Hの記載は字義どおりに解釈をすることができるし,また,本件考案の目的に照らして,字義どおりに解釈できる事項だけで,考案の構成に欠くことができない事項のみを記載するという旧法5条5項2号の記載要件を充足する。実用新案登録請求の範囲の記載が原告主張のように抽象的又は不明りょうであるとしても,直ちに同号違反となるものではない。
(2) 構成要件Hに係る目盛り板9は「送り調整ロッド7(それ自体は構成要件Fで規定されている)の長手方向に沿って(前記上送り歯35の動作位置に面して)配設されている」ものであって,該ロッド7の摺動位置を媒介としての上送り動作量の表示は,これを可能とするように配置した目盛り板9で行うことができるから,構成要件Hに旧法5条5項1号及び2号違反はない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(構成要件Eの記載不備[主張1])について (1) 本件考案の構成要件Eの記載について,本件審決は,「調整レバーは,『送り調整軸の一部に係合し,該送り調整軸と略直交する面内にて揺動する』ものである。そして,調整レバーの送り調整軸に対する係合形態は,請求人(注,原告)が主張するような揺動することができない形態で単に係合するものではなく,考案の詳細な説明の段落【0032】の『送り調整レバー6と送り調整軸5との係合は,後者の端部に固着された係合板62の上部に軸長方向外向きに突設された係合ピン63を,前者の下方への延設部の中途に,上下方向に適宜の長さを有して形成された係合孔61に嵌入せしめ,送り調整軸5の回動が,送り調整レバー6の揺動の向きと逆向きに生じるようになしてある。』との記載及び第1図からも理解できるように,本件の出願前に回動運動を揺動運動に変換(逆の場合も)する際に普通に採用されている長孔と係合ピンによる係合構造を採用したにすぎないものである。そうすると,請求項1の構成要件Eに『上下方向に適宜の長さを有して形成された係合孔61による係合』との記載がなくとも,構成要件Eの『前記送り調整軸の一部に係合し,』との記載が,『前記送り調整軸の一部に長孔と係合ピンによる周知の係合構造(揺動運動を回転運動に変換できる形態での係合構造)により係合し,』を意味するものであることは,当業者であれば格別の困難なく理解することができる」(審決謄本6頁下から第3段落〜第2段落)として,構成要件Eの記載は,旧法5条5項1号及び2号に違反するものではないと判断した。
(2) しかし,構成要件Eは,「前記送り調整軸の一部に係合し,該送り調整軸と略直交する面内にて揺動する調整レバー」と規定するにとどまり,調整レバーの送り調整軸に対する係合形態について具体的に規定するところがないことは明らかである。本件審決は,このことを前提にした上,本件明細書考案の詳細な説明における実施例に係る段落【0032】の記載及び第1図を根拠に,当該係合形態は,「前記送り調整軸の一部に長孔と係合ピンによる周知の係合構造(揺動運動を回転運動に変換できる形態での係合構造)による係合」を意味するものであることは,当業者であれば格別の困難なく理解することができるとの判断をしている。本件実用新案登録の出願について適用される旧法5条5項2号は,実用新案登録出願の願書に添付した明細書の実用新案登録請求の範囲の記載要件として,実用新案登録を受けようとする考案の構成に欠くことができない事項のみを記載すべきことを規定しているところ,本件審決は,実用新案登録請求の範囲に記載はなくとも,考案の詳細な説明の実施例に具体的に記載された事項を意味していると認定し,それゆえに,本件考案の構成に欠くことができない事項のみを記載しているとの判断をしたものにほかならない。考案の要旨は,特段の事情がない限り,願書に添付した明細書の実用新案登録請求の範囲の記載に基づいて認定されるべきものである。確かに,実用新案登録請求の範囲に記載された用語や語句の技術的意義を明細書考案の詳細な説明の記載を参酌して解釈することが許される場合はあるが,本件において,構成要件Eの「送り調整軸の一部に係合し」の「係合」を,考案の詳細な説明の実施例に係る「前記送り調整軸の一部に長孔と係合ピンによる周知の係合構造(揺動運動を回転運動に変換できる形態での係合構造)による係合」の係合形態に限定して解釈することは,実用新案登録請求の範囲に単に「係合」とのみ記載されていることを無視し,そこに記載されていない要件を付加することになるから,「係合」の解釈として明細書考案の詳細な説明を参酌し得る限度を逸脱しており,このような参酌が許されるべき理由を見いだすことはできない。そうすると,構成要件Eの記載は,本件審決の理由によっては,旧法5条5項2号に違反しないということはできない。
(3) 被告は,上記係合形態について,構成要件Gの記載から明らかなように,送り調整レバー6の揺動により送り調整軸5を回動するのであるから,この動作を担保できる係合であれば足り,考案の詳細な説明にある係合ピン60及び長孔に替えて,例えば,送り調整レバー6から送り調整軸5側へ突出するフォーク状の物を設け,係合板62をフォークの歯間に位置させるという係合の態様も採り得るのであり,考案の詳細な説明の実施例に記載されたものに限定すべき理由はないとして,本件審決とは異なった前提に立つ主張をしている。被告は,また,構成要件Eにおける揺動は,送り調整軸と略直交する面内におけるものであることが本件考案の構成に欠くことができない事項であるから,それが明示されている構成要件Eの記載が明確でないとはいえないと主張するが,本件審決は,構成要件Eにおける揺動は,送り調整軸と略直交する面内におけるものであることが本件考案の構成に欠くことができない事項であると判断したものではない。被告は,さらに,本件審決は,構成要件Eの「係合し」が「上下方向に適宜の長さを有して形成された係合孔61による係合長孔と係合ピン63による係合構造である」と認められるとしているのではないと主張するが,上記のごとく,本件審決は,構成要件Eの「送り調整軸の一部に係合し」が「送り調整軸の一部に長孔と係合ピンによる周知の係合構造により係合し」を意味することは当業者において理解できると判断していることは明らかであり,被告の上記主張は,本件審決に基づかないものであって,採用することができない。
(4) したがって,原告の取消事由1の主張は理由がある。
2 取消事由2(構成要件Gの記載不備[主張2])について (1) 構成要件Gの記載について,本件審決は,「構成要件Gには,請求人(注,原告)の主張するように送り調整レバー6で送り調整ロッド7を後向きに付勢することについては記載されていないものであるが,構成要件Gの『該送り調整ロッドに長手方向の相対移動を許容して連結してあり,その操作により前記送り調整ロッドを介して送り調整レバーを揺動させ,』との記載から理解できるように,送り操作軸8は送り調整ロッド7に長手方向の相対移動を許容して連結されており,送り操作軸8の操作により送り調整ロッド7を介して送り調整レバー6を揺動させるように構成されているものである。そして,考案の詳細な説明の段落【0036】には,『送り調整ロッド7は,これの後端に接続された送り調整レバー6を介して後向きに付勢されており,』と記載されているように,送り調整レバー6は適宜な手段により後向きに付勢されている・・・このような付勢手段は,本件の出願前に付勢手段として普通に採用されているものであって,何ら格別なものではない。そうすると,請求項1の構成要件Gに『送り調整レバー6で送り調整ロッド7を後向きに付勢する』との記載がなくとも,構成要件Gの記載から,送り操作軸8の操作で送り調整ロッド7を介して適宜な手段により後向きに付勢された送り調整レバー6を揺動させる構成とされるものであることは,当業者であれば格別の困難なく理解することができる」(審決謄本7頁第1段落〜第3段落)として,構成要件Gの記載は,旧法5条5項1号及び2号に違反するものではないと判断した。
(2) しかし,上記1と同様,考案の要旨は,特段の事情がない限り,願書に添付した明細書の実用新案登録請求の範囲の記載に基づいて認定されるべきものであり,そこに記載されていない要件を付加することは考案の詳細な説明の参酌として許される限度を逸脱するものであるところ,本件において,構成要件Gを,送り操作軸8の操作で送り調整ロッド7を介して適宜な手段により後向きに付勢された送り調整レバー6を揺動させる構成と限定して解釈することが許されるべき理由は見当たらない。そうすると,構成要件Gの記載は,本件審決の理由によっては,旧法5条5項2号に違反しないということはできない。
(3) 被告は,本件審決は,構成要件Gの記載だけから送り調整レバー6を揺動させるように構成されていると認定していると主張するが,本件審決は,構成要件Gの記載から,送り操作軸8の操作で送り調整ロッド7を介して適宜な手段により後向きに付勢された送り調整レバー6を揺動させる構成とされるものであることが理解できる,すなわち,構成要件Gに記載された構成要件と,構成要件Gに記載されていない「送り調整レバー6を後向きに付勢する適宜な手段」とにより,送り調整レバー6を揺動させるものであると判断しているのであって,構成要件Gに記載された構成要件のみにより送り調整レバー6を揺動させるように構成されていると認定しているものではないから,被告の上記主張は失当である。被告は,また,構成要件Gの記載から送り操作軸8の操作で送り調整レバー6を揺動させる作用を担保する構成を理解することに格別の困難はなく,後向きの付勢の有無は送り操作軸8の操作による送り調整レバー6の揺動とは直接的には関係がないし,前向きに付勢したり,電動式等,付勢手段ではない別手段による復帰も可能であると主張するが,本件審決は,構成要件Gは「送り調整レバー6を後向きに付勢する適宜な手段」を具備していると判断しているのであるから,被告の上記主張は,前提を欠き,採用することができない。
(4) したがって,原告の取消事由2の主張は理由がある。
3 取消事由4(構成要件Hの記載不備[主張5])について (1) 原告が,構成要件Hの記載中,「上送り歯の送り動作量を,前記送り操作軸の操作に伴う前記送り調整ロッドの摺動位置の変化を媒介として表示する目盛り板」の構成について,具体的に特定することができず,抽象的すぎて,不明りょうである旨主張したのに対し,本件審決は,「考案の詳細な説明の段落【0038】には,『図示の如く,送り調整軸8を支持する前記目盛り板9の長孔90の下側には,これの長手方向に並ぶ複数の目盛り線が形成され,また,この長孔90に係合するナット部材81の係合突起83の端面には,1本の目盛り線が形成されており,これらの目盛り線の整合状態の視認により,長孔90に対するナット部材81の移動位置の変化,即ち,ナット部材81と一体的に移動する送り調整ロッド7の摺動位置の変化を媒介として,前述の如く調整される上送り量の確認をなし得る構成となっている。』と記載されている。そうすると,上送り歯の送り動作量は,調整ロッド7の摺動位置の変化を媒介として,ナット部材81の係合突起83の端面に形成された1本の目盛り線と目盛り板9の長手方向に並ぶ複数の目盛り線との整合状態を視認することによって確認するものであることは,明らかである」(審決謄本8頁下から第2段落〜最終段落)として,構成要件Hの上記記載は,旧法5条5項1号及び2号に違反するものではないと判断した。
(2) しかし,上記1と同様,考案の要旨は,特段の事情がない限り,願書に添付した明細書の実用新案登録請求の範囲の記載に基づいて認定されるべきものであり,そこに記載されていない要件を付加することは考案の詳細な説明の参酌として許される限度を逸脱するというべきところ,本件において,構成要件Hの「上送り歯の送り動作量を,前記送り操作軸の操作に伴う前記送り調整ロッドの摺動位置の変化を媒介として表示する目盛り板」を,「上送り歯の送り動作量は,調整ロッド7の摺動位置の変化を媒介として,ナット部材81の係合突起83の端面に形成された1本の目盛り線と目盛り板9の長手方向に並ぶ複数の目盛り線との整合状態を視認することによって確認するものである」として実用新案登録請求の範囲に記載のない要件を付加して解釈することが許されると解すべき理由は見当たらない。
そうすると,構成要件Hの記載は,本件審決の理由によっては,旧法5条5項2号に違反しないということはできない。
(3) 被告は,構成要件Hは字義どおりに解釈できるし,また,本件考案の目的に照らして,字義どおりに解釈できる事項だけで,考案の構成に欠くことができない事項のみを記載するという旧法5条5項2号の記載要件を充足し,さらに,構成要件Hに係る目盛り板9は「送り調整ロッド7(それ自体は構成要件Fで規定されている)の長手方向に沿って(前記上送り歯35の動作位置に面して)配設されている」ものであって,該ロッド7の摺動位置を媒介としての上送り動作量の表示は,これを可能とするように配置した目盛り板9で行うことができると主張する。
しかし,本件審決は,構成要件Hの「上送り歯の送り動作量を,前記送り操作軸の操作に伴う前記送り調整ロッドの摺動位置の変化を媒介として表示する目盛り板」の記載につき,上記のとおり「上送り歯の送り動作量は,調整ロッド7の摺動位置の変化を媒介として,ナット部材81の係合突起83の端面に形成された1本の目盛り線と目盛り板9の長手方向に並ぶ複数の目盛り線との整合状態を視認することによって確認するものである」と判断し,構成要件Hの字義どおりに解釈できる事項だけで,考案の構成に欠くことができない事項のみを記載していると判断したものではないから,被告の上記主張は採用することができない。
(4) したがって,原告の取消事由4の主張は理由がある。
4 以上のとおり,本件審決は,本件明細書の実用新案登録請求の範囲請求項1の構成要件E,G及びHの記載につき,誤って考案の構成に欠くことができない事項のみを記載していると判断したものであって,これらの構成要件の記載が,旧法5条5項2号にいう,考案の構成に欠くことができない事項のみを記載していることの理由を示していないことに帰し,この誤りが本件審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,違法として取消しを免れない。
よって,原告の請求は,その余の点について判断するまでもなく,理由があるから認容することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 岡本岳
裁判官 長沢幸男
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