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事件 平成 15年 (ネ) 277号 実用新案権侵害差止等請求控訴事件
控訴人 株式会社エスト・ワン
控訴人 A
両名訴訟代理人弁護士 竹田章治
同 小川憲久
同 池田 眞一郎
被控訴人 株式会社北典社
訴訟代理人弁護士 巻嶋健治
同 鈴木和夫
同 鈴木きほ
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2003/09/22
権利種別 実用新案権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 原判決主文第3項ないし第5項を次のとおり変更する。
(1) 控訴人株式会社エスト・ワンは,被控訴人に対し,7200万円及びうち7000万円に対する平成8年3月8日から,うち200万円に対する平成12年7月15日から,各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 控訴人Aは,被控訴人に対し,1450万円及びこれに対する平成12年7月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3) 被控訴人の控訴人らに対するその余の請求をいずれも棄却する。
2 原判決主文第1項及び第2項は,被控訴人の当審における訴えの取下げにより失効した。
3 訴訟費用中,前項の訴えの取下げに係る分を除く分は,第1,2審を通じ,被控訴人と控訴人株式会社エスト・ワンとの間では,これを2分し,その1を同控訴人の,その余を被控訴人の各負担とし,被控訴人と控訴人Aとの間では,これを5分し,その1を同控訴人の,その余を被控訴人の各負担とする。
4 この判決の主文第1項(1)及び(2)は,仮に執行することができる。
事実及び理由
控訴の趣旨
1 原判決中,控訴人らの敗訴部分を取り消す。
2 被控訴人の控訴人らに対する請求をいずれも棄却する。
なお,被控訴人は,当審において,控訴人株式会社エスト・ワン(以下「控訴人会社」という。)に対する原判決主文第1項の差止請求及び第2項の廃棄請求に係る訴えを取り下げた。
事案の概要
1 株式会社エストに対する前訴 被控訴人は,平成8年3月1日,株式会社エスト(以下「エスト」という。)が被控訴人の後記実用新案権を侵害しているとして,エストに対し,侵害行為の差止め及び損害賠償を請求する訴訟(東京地裁平成8年(ワ)第3871号,以下「前訴」という。)を提起し,平成12年4月27日,損害賠償金7000万円(平成4年6月10日から平成8年2月29日までの間の侵害行為に係る分)及びこれに対する前訴の訴状送達の日の翌日である平成8年3月8日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の請求を認容する判決(以下「前訴判決」という。)がされ,控訴なく確定した。
2 控訴人会社に対する請求 (1) 前訴判決のエストに対する認容額と同額の金銭支払請求 被控訴人は,控訴人会社がエストと実質的に同一の法人であるとして,@ 被控訴人との関係において,控訴人会社の法人格は否認されるべきであるから,前訴判決の既判力が控訴人会社に及ぶ,A 控訴人会社が前訴判決で認容された損害賠償債務の履行を拒むことは,信義則に著しく反するものとして許されない,B 控訴人会社は,エストから営業の全部を承継した上,「株式会社エスト」と実質的に同一の商号である「株式会社エスト・ワン」を用いるものであるから,商法26条1項所定の商号続用営業譲受人の責任を負う,と主張して,前訴判決のエストに対する認容額と同額の金銭,すなわち,損害賠償金7000万円及びこれに対する上記1と同様の遅延損害金の支払を求めている。
(2) 実用新案権の侵害を理由とする損害賠償請求 被控訴人は,控訴人会社が使用し,貸し渡す冠婚葬祭用木製看板(以下「控訴人看板」という。)が別紙物件目録1記載のものであり,控訴人看板は,前訴判決において被控訴人の後記第3の1(2)の実用新案権に係る考案技術的範囲に属するものと認定されたのであるから,エストと実質的に同一の法人格である控訴人会社が本件訴訟においてこの点を争うことは,信義則に著しく反するものとして許されないなどと主張して,実用新案権の侵害を理由として損害賠償金6750万円(平成9年5月19日から平成12年6月30日までの間の侵害行為に係る分)及びこれに対する本訴の訴状送達の日の翌日である平成12年7月15日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求めている。
(3) 不正競争を理由とする損害賠償請求 被控訴人は,仮に,控訴人看板が別紙物件目録2記載のものであるならば,控訴人会社が「檜」でない「スプルース」を「檜」と表示していることになり,これは,看板の品質について誤認させるような表示行為に当たると主張して,予備的に,不正競争防止法2条1項13号,3条及び4条に基づき,上記(2)と同額の金銭の支払を求めている。
(4) 不法行為を理由とする損害賠償請求 被控訴人は,民法709条に基づき,弁護士費用相当額500万円の損害賠償金及びこれに対する上記(2)と同様の遅延損害金の支払を求めている。
3 控訴人A(以下「控訴人A」という。)に対する請求 (1) 清算人の責任を理由とする損害賠償請求 被控訴人は,控訴人Aが,平成9年6月9日,エストの解散に伴い清算人に就任したが,商法418条以下の清算手続を履行せず,また,前訴判決によりエストが負担した損害賠償債務の存在を知りながら,エストの営業を無償で控訴人会社に譲渡し,よって,清算人としての職務を行うにつき重大な過失により,被控訴人に対し,前訴判決認容額と同額の損害を与えたとして,商法430条2項,266条の3第1項に基づき,上記2(1)と同額の金銭の支払を求めている。
(2) 不法行為を理由とする損害賠償請求 被控訴人は,民法709条に基づき,弁護士費用相当額300万円の損害賠償金及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成12年7月16日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求めている。
4 原判決の判断と当審における審判の対象 (1) 控訴人会社に対する請求について,原判決は,上記2の(1)の請求を全部認容し,同(2)の請求を5800万円の限度で,同(4)の請求を200万円の限度でそれぞれ認容した。
(2) 控訴人Aに対する請求について,原判決は,上記3の(1)の請求を全部認容し,同(2)の請求を50万円の限度で認容した。
(3) 原判決に対し控訴人らのみが敗訴部分の取消しを求めて控訴した。当審における審判の対象は,上記認容部分に係る被控訴人の請求の当否である。
争いのない事実及び当事者の主張
1 争いのない事実 (1) 被控訴人は,冠婚葬祭用品の製造,卸し,小売及び貸出し等を目的とする株式会社である。
控訴人会社は,冠婚葬祭用品の開発,販売,レンタル等を目的とする株式会社であり,控訴人Aは,エストの専務取締役及び清算人を務め,控訴人会社の専務取締役の職にあった後,現在はその代表取締役である。
(2) 被控訴人は,下記の実用新案権(以下「本件実用新案権」といい,その考案を「本件考案」という。)の実用新案権者である。
登録番号 第2080271号 考案の名称 冠婚葬祭用木製看板 出願日 昭和61年2月24日 登録日 平成7年9月18日 (3) 本件実用新案登録出願の願書に添付した明細書(平成6年3月17日付け手続補正書による補正後のもの。以下「本件明細書」という。)の実用新案登録請求の範囲の記載は,次のとおりである。
「檜の板材を表面に張り合わせた合板を心材の両側に取り付け中空体状とし,表示を行うべき表裏の両側に檜の木目模様が現れるようにした看板本体と,この看板本体の表裏の両側の表面に形成され,無色透明で上記木目模様が透視可能で,かつ,その表面に黒色水性インキによる表示,及び,上記黒色水性インキによる表示の水による除去を行え,表示の書換えを自在とする合成樹脂層とから構成した冠婚葬祭用木製看板。」 (4) 本件考案の実用新案登録請求の範囲の記載を分説すると,次のとおりである(以下,A〜Dの各構成要件を,「構成要件A」〜「構成要件D」という。)。
A 檜の板材を表面に張り合わせた合板を心材の両側に取り付け中空体状とし, B 表示を行うべき表裏の両側に檜の木目模様が現れるようにした看板本体と, C この看板本体の表裏の両側の表面に形成され,無色透明で上記木目模様が透視可能で,かつ,その表面に黒色水性インキによる表示,及び,上記黒色水性インキによる表示の水による除去を行え,表示の書換えを自在とする合成樹脂層とから構成した D 冠婚葬祭用木製看板 (5) 控訴人会社は,板材を表面に張り合わせた合板を心材の両側に取り付け中空体状とし,表示を行うべき表裏の両側に上記板材の木目模様が現れるようにした看板本体と,この看板本体の表裏の両側の表面に形成された,無色透明で上記木目模様が透視可能な合成樹脂層とから構成された控訴人看板を使用し,貸し渡している。
(6) エストは,平成4年6月10日に設立された冠婚葬祭用品の販売等を目的とする株式会社であるところ,設立のころから平成8年2月29日ころまでの間,板材を表面に張り合わせた合板を心材の両側に取り付け中空体状とし,表示を行うべき表裏の両側に上記板材の木目模様が現れるようにした看板本体と,この看板本体の表裏の両側の表面に形成された,無色透明で上記木目模様が透視可能な合成樹脂層とから構成された冠婚葬祭用木製看板(以下「エスト看板」という。)を使用し,貸し渡していた。
被控訴人は,平成8年3月1日,エストを被告として,本件実用新案権に基づく前訴を提起した。
(7) エストは,前訴係属中の平成9年5月31日,株主総会の決議に基づき解散し,同年6月9日,その旨の登記がされた。また,上記解散に伴い,エストの専務取締役であった控訴人Aが清算人に就任した。
エストは,平成10年4月30日,清算を結了し,同年5月25日,その旨の登記がされた。
(8) 控訴人会社は,商号を「株式会社ベルコム・ビー・エム」,本店所在地を「東京都台東区雷門」,目的を「コンピューターのハードウェア・ソフトウェアの企画・製作及び販売」等として,昭和62年1月17日に設立されたが,平成9年5月16日,商号を「株式会社エスト・ワン」,目的を「冠婚葬祭用品の開発並びに販売,冠婚葬祭に関する用品のレンタル」等に変更し,同月21日,その旨の登記がされ,同月19日,本店所在地を「横浜市北区新羽町」に移転し,同年6月10日,その旨の登記がされた。
2 被控訴人の主張 (1) 控訴人会社に対する前訴判決認容額と同額の金銭支払請求 ア 上記1(8)の商号変更,本店所在地の移転等一連の手続は,前訴で被告の立場にあったエストを解散し,エストの資産を含む営業財産すべてを控訴人会社に引き継がせることを目的とし,エストの営業所,建物付属設備,自動車,什器備品,預金債権,長期貸付金,売掛金債権,電話加入権等,エストの解散時に存在した営業財産は,すべて控訴人会社が無償で承継している。また,エストの従業員24名のうち19名が控訴人会社にそのまま勤務し,本店及び埼玉支店のいずれも,賃借人名義を形式的に変更したのみで継続使用されている。エストの商品はそのまま控訴人会社に引き継がれ,電話番号,ファクス番号も変更されていない上,控訴人会社は,エストが用いていた価格表をコピーして用いたほか,エストが解散の約1年前である平成8年9月ころから用いていた「エスト総合センター」という名称をそのまま用いている。さらに,控訴人会社は,平成9年7月10日付けで第一勧業銀行本牧支店に代表者,商号及び届印を変更する旨の変更届を提出し,エストの同支店の普通預金口座及び当座預金口座を引き継いでおり,しかも,これら口座においては,上記届出後1年以上にわたって,エスト名義での入金やエスト埼玉支店への支払がされている。
控訴人会社のオーナー代表者であったB(以下「B」という。)は,エストのオーナー代表者であったC(以下「C」という。)と合意の上,エストと控訴人会社を実質的に支配し,エストの営業を控訴人会社に移転する一連の手続を執った。Bが両社を実質的に支配していなければ,このような手続を行うことはできない。
法人格否認の法理を適用する一類型である濫用事例において,支配の要件が必要であるとしても,支配の有無は,法人格付与の本来的な意義,目的に照らし,独立した法人格を認めることが許されるかどうかという観点から実質的に判断されるべきである。
Bは,一方でエストを解散させるとともに,控訴人会社の商号を変更し,その目的及び本店所在地をエストと同一にし,エストの営業財産のすべてを事実上承継させたのである。また,エストが解散時に有した営業財産は,すべて,外形的には何らの変化もなく,控訴人会社に移転されている。
BがCと合意の上でエストの営業を事実上すべて控訴人会社に移転した一連の行為は,前訴におけるエストの被控訴人に対する債務を承継することなく,営業を控訴人会社に移転させるために行われたものであり,不正の目的が肯定されるべきである。控訴人らの主張するように,従業員の雇用確保,取引先への迷惑回避のためというのであるならば,Bがエストの株式を譲り受けることによりエストのオーナーになれば足り,本件のように迂遠かつ技巧的なテクニックを弄する必要はなかった。
したがって,控訴人会社とエストは実質的に同一の法人格というべきであり,本件において,法人格否認の法理が妥当することは明らかである。そうすると,被控訴人とエスト間の前訴に係る前訴判決の既判力は,控訴人会社に対しても及ぶと解すべきであるから,改めて債務名義を得る必要上,前訴判決認容額と同額の損害賠償請求権は,控訴人会社に対しても肯定されるべきである。
イ 仮に,前訴判決の既判力が控訴人会社に直接及ばないとしても,本件においては,上記アの各事実のほか,控訴人Aがエストの取締役及び清算人であると同時に控訴人会社の取締役でもあり,前訴が係属していたことを当初から知っていたから,控訴人会社は,控訴人Aを通じて,前訴に実質的に関与することが十分可能であったし,現に関与した。
これらの事情の下では,本件訴訟において,控訴人会社がエストと形式上別の法人格であることを理由に,前訴判決の内容となっているエストの損害賠償債務を負担することを争うことは,信義則に著しく反し許されないというべきである。
ウ また,控訴人会社がエストとは別法人であるとしても,控訴人会社は,エストから営業の全部を承継した上,「エスト」と実質的に同一の商号である「エスト・ワン」を用いるものであるから,商法26条1項所定のいわゆる商号続用営業譲受人の責任を負う。
エ 以上により,被控訴人は,控訴人会社に対して,前訴判決認容額と同額の7000万円の損害賠償請求をすることができる。
(2) 控訴人会社に対する本件実用新案権の侵害を理由とする損害賠償請求 ア 控訴人会社が使用し,貸し渡す控訴人看板の構成は,別紙物件目録1記載のとおりであり,本件考案技術的範囲に属する。控訴人看板は,エスト看板と同一のものであるところ,エスト看板は,前訴判決において,別紙物件目録1記載のとおりの構成であり,本件考案技術的範囲に属すると認定された。
上記のとおり,控訴人会社は,前訴で被告の立場にあったエストと実質的に同一の法人格を有するものであるから,控訴人会社が本件訴訟において新たな証拠を提出し,控訴人看板の構成が別紙物件目録2記載のとおりであると主張して前訴判決の認定判断を争うことは,信義則に著しく反するものとして許されない。
また,エストと控訴人会社とは,法人格否認の法理により一体とみなされ,また,控訴人会社は,エストの営業状態及び財産関係のすべてを外形上何らの変化もなく引き継いでいるから,その売上等についても,エストのものと同一と推認される。
したがって,被控訴人は,控訴人看板の構成が別紙物件目録1記載のとおりであり,同商品が本件考案技術的範囲に属することを前提に,本件実用新案権の侵害を理由として損害賠償を求めることができる。
イ 控訴人看板の構成が別紙物件目録2記載のとおりであるとしても,控訴人看板は,本件考案技術的範囲に属する。
すなわち,本件考案は,葬儀の式場等を表示する際に掲げる冠婚葬祭用木製看板を改良したものであるところ,表面の板材が「檜」とされているのは,檜が高品位に見え,葬儀等のしめやかな雰囲気を保つことができ,故人に対する敬意を表すことができることによるから,構成要件Aの「檜」は,当業者又はその関係者において檜と認識されれば足りるものであり,純粋な檜に限らず,檜と木目模様の形状,色彩等が酷似する「スプルース」も含まれると解すべきである。
また,塩化ビニルフィルムが貼付されている点についても,上記目録記載の看板には,その板材の表面に合成樹脂層が形成されており,同層は,「看板本体の表裏の裏側に形成され,無色透明で上記木目模様が透視可能で,かつ,その表面に黒色水性インキによる表示,及び,上記黒色水性インキによる表示の水による除去を行え,表示の書換えを自在とする」(構成要件C)ものであるから,本件考案の「合成樹脂層」(前同)に該当し,同層の上にさらに上記フィルムが貼付されているからといって,控訴人看板の構成要件Cの充足性が否定されるものではない。
以上のとおり,控訴人看板の構成が別紙物件目録2記載のとおりであったとしても,同看板は本件考案の構成要件をすべて充足しており,その技術的範囲に属する。
(3) 控訴人会社に対する不正競争を理由とする損害賠償請求 仮に,上記(2)イの構成要件Aの充足性が否定される場合,控訴人会社は,「檜」でない「スプルース」を「檜」と表示していることになり,これは葬祭用木製看板の品質について誤認させるような表示(以下「品質誤認表示」という。)に当たるから,不正競争防止法2条1項13号所定の不正競争として同法3条及び4条の責任を免れない。
(4) 控訴人会社に対する不法行為に基づく損害賠償請求 本件訴訟の提起に至る経緯等に照らし,被控訴人は,控訴人会社に対し,民法709条に基づき,弁護士費用相当額500万円の損害賠償を求めることができる。
(5) 控訴人Aに対する損害賠償請求 控訴人Aは,平成9年6月9日,エストの解散に伴い清算人に就任したところ,商法418条以下所定の清算手続を何ら履行せず,また,前訴判決の損害賠償債務の存在を知りながら,事実上,エストの営業を無償で控訴人会社に譲渡し,被控訴人に上記債権と同額の損害を与えた。したがって,控訴人Aは,商法430条2項,266条の3第1項及び民法709条に基づき,被控訴人に対し,前訴判決認容額と同額の損害賠償及び弁護士費用相当額300万円の損害賠償をすべき義務がある。
控訴人Aは,エストが解散当時既に無資力であったから,清算人である控訴人Aの行為と被控訴人の損害との間に因果関係は存在しない旨主張する。しかしながら,解散会社に債務超過の疑いがあるときは,特別清算開始の申立てをすることが商法431条2項所定の清算人の義務であり,清算人がこの申立てをしないまま清算手続を結了させた場合には,解散会社が債務全額を弁済するだけの資産が存在したとの推定が働く。したがって,エストが無資力であったことを前提とする控訴人Aの上記主張は失当である。
また,控訴人Aは,エストが解散したことを知った被控訴人が清算人である控訴人A宛てに清算についての状況等を明らかにするよう求めたのに対して,回答を拒絶したばかりか,清算人として当然すべき商法419条,421条,427条1項の各手続を全く履践せず,法人税法104条に基づく清算確定申告すらしないまま,エストの財産を控訴人会社に承継させ,会社財産を不当に流出させた上で清算手続を結了した。商法421条所定の手続のような,会社債権者保護のために要求される重要かつ不可欠の手続を履践せずに清算手続を結了させることは,被控訴人を含む会社債権者に対する重大な義務違反である。このように,控訴人Aは,清算人として会社債権者の利益保護のために行動すべき義務を何ら果たさず,逆に,エストの財産を控訴人会社に流出させて債権者の利益を損なったものである。上記の事情からすれば,控訴人Aは,故意に特別清算手続を回避しており,後に本件訴訟でエストの会社債権者である被控訴人に対し,エストの無資力及び特別清算手続が執られた場合の予想配当額を主張することは,信義則及び禁反言の法理に反し許されない。
(6) 被控訴人の被った損害の額については,立証が不十分であっても,民訴法248条の適用により相当な損害額の認定がされるべきである。
3 控訴人らの主張 (1) 控訴人会社に対する前訴判決認容額と同額の金銭支払請求について ア 控訴人会社とエストは,株主構成及び代表者が異なる全く別の株式会社であり,形式的にも実質的にも別個の存在である。
すなわち,控訴人会社は,平成9年6月ころから,エストと同種の営業を行っているが,これは,控訴人会社が独自に営業活動を行った結果,既に廃業状態であったエストが十分な営業活動をしなかったことと相まって,その得意先等を吸収し,もって商圏を事実上継承した結果にすぎない。確かに,営業開始当初,控訴人会社がエストの銀行口座を一時使用したことはあったが,それは,エストから引き継いだ取引先からの入金を停滞なく受け入れるため,便宜上使用しただけである。また,控訴人会社は,エストの車両,従業員,店舗,用品,得意先等を事実上引き継いでいるものの,一部車両のリース料の支払を除き,すべて新規に契約を締結しており,エスト名義の契約をそのまま引き継いだわけではない。
以上のとおり,両者は,それぞれ実体を伴う別個の法人格を有する別会社である。そもそも,法人格否認の法理が妥当するのは,会社財産と株主個人の財産が混同されて法人格の形骸化が顕著といえるような場合についてであり,本件のように実体として存在する法人間において,同法理の適用があるとする被控訴人の主張は,失当である。
法人格の濫用による法人格否認の法理が適用されるべき要件は,法人格が株主により意のままに道具として支配されているという支配の要件と,支配者に違法又は不当の目的があるという目的の要件を要する。支配の要件について見ると,控訴人会社の支配者はB,エストの支配者はCであって,控訴人会社とエストとの間には,何ら人的関係も資本関係もないのであるから,支配の要件を欠く。控訴人会社がエストの営業資産を承継したのは,エストの経営が立ち行かなくなったため,従業員の雇用確保及び取引先等への迷惑回避を目的とするものであって,エストの債権者を排除する目的はないから,目的の要件も欠く。控訴人会社がエストの資産を譲り受けたのは平成9年6月のことであり,前訴判決がされた平成12年4月の約3年前であって,当時,Bは前訴の存在を知らず,強制執行を免れる目的もなかった。
エストの清算と控訴人会社の営業承継は,控訴人会社の支配者であるBがエストを支配していなくても可能な一般的手法である。Bがエストを実質的に支配していたのであれば,事実上の営業譲渡をするために債務整理手続を経る必要はなく,エストを破産又は特別清算により完全に消滅させてから新たに同一業務を開始すれば足りる。Bが控訴人会社の商号を「株式会社エスト・ワン」に変更し,目的を追加したことは,営業の事実上の承継をするための当然の行為であり,実質的支配の根拠とはならない。役員変更登記,本店移転登記についても,同様である。
イ また,上記のとおり,控訴人会社とエストは全く別の法人格を有する別の権利主体であるから,控訴人会社が前訴判決の内容であるエストの債務と同額の債務を負担するいわれはなく,同債務と同額の金銭支払請求を拒み得ることは当然である。
被控訴人は,控訴人会社とエストが実質的に同一の法人格を有することを前提に,控訴人会社が上記債務と同額の金銭支払請求を拒むことは,信義則に著しく反し,到底許されないというべきであると主張するが,前提において誤っており失当である。
ウ さらに,被控訴人は,控訴人会社がエストと別の法人であるとしても,商法26条1項所定の商号続用営業譲受人の責任を負うと主張する。
しかしながら,上記アのとおり,控訴人会社がエストと同種の営業を行っているのは,自由競争の範囲内でエストの商圏を事実上継承した結果にすぎず,両者間で営業譲渡がされた事実はない。しかも,控訴人会社の商号「株式会社エスト・ワン」は,エストの商号である「株式会社エスト」に「・ワン」が付加されて全く別物となっており,商法26条1項所定の「商号の続用」に該当しない。さらに,被控訴人がエストに対して有する債権は,平成12年5月16日の経過により確定した前訴判決に基づくものであるところ,控訴人会社の営業開始は平成9年6月であるから,その時点で上記債権はそもそも存在せず,また,前訴の経緯に照らし,被控訴人は,控訴人会社がエストの商圏を継承した事実及びエストの債務を引き受けない事実を知っていたことは明らかであるから,このような債権者に対して商法26条1項は適用されない。
したがって,被控訴人による商法26条1項の主張は,その前提を欠いており,理由がない。
エ 以上のとおり,控訴人会社に対し,前訴判決に基づきエストが負担する損害賠償債務と同額の金銭の支払を求める被控訴人の請求は,理由がない。
(2) 控訴人会社に対する本件実用新案権の侵害を理由とする損害賠償請求について ア 被控訴人は,控訴人会社が前訴被告のエストと実質的に同一の法人格を有するものであり,控訴人会社が本件訴訟において前訴判決の認定判断を争うことは,信義則に著しく反するものとして許されない旨主張する。
確かに,前訴判決は,法的には有効に確定した判決であるが,被告のエストが倒産状態で,訴訟活動を事実上放棄してしまったため,判決に至る審理において,本件実用新案権の内容が十分に検討されたとはいい難い。エストが前訴で十分に防御を尽くさなかったために招いた敗訴の結果を,エストとは別個の法人格を有する控訴人会社に対して課すことは許されない。控訴人会社が本件実用新案権の侵害の成否につき,的確に反論,反証することは許されるべきである。
イ 上記(1)アのとおり,控訴人会社は,エストとは全く別個の法人格を有する株式会社であるところ,控訴人看板の構成は,別紙物件目録2記載のとおりである。
控訴人看板の表面の板材には「檜」(構成要件A)ではなく,「スプルース」が使われており,この点で明らかに構成要件Aを充足しない。被控訴人は,純粋な檜に限らず,檜と木目模様の形状,色彩等が酷似するスプルースも「檜」に含まれると主張するが,このような解釈は文理に反する上に,出願経過に照らすと,本件考案は,檜の木目模様を表すため,木製看板の表面材に本物の檜を用いた点に新規性が見いだされて登録されたものと認められるから,被控訴人主張のような拡大解釈は許されない。
また,控訴人看板は,看板本体の表裏の表面に形成された無色透明な合成樹脂層に更に塩化ビニルフィルムを貼付した構成を有するところ,この合成樹脂層は,ニス,ラッカー,ウレタン等で形成された表面保護を目的とするもので,黒色水性インキによる表示及び水によるその除去(構成要件C参照)を目的とするものではない。また,上記塩化ビニールフィルムも,その都度貼付して剥離することを前提にしており,看板表面に固定されて繰り返し用いることは予定されていないから,看板本体の表面に「形成」(構成要件C)されたものとはいえない。したがって,これらは,いずれも「合成樹脂層」(構成要件C)に該当するものではない。
以上のとおり,控訴人看板は,本件考案の構成要件を充足せず,その技術的範囲に属しないから,控訴人会社は,本件実用新案権に基づく損害賠償責任を負わない。
ウ 本件において法人格否認の法理が適用されるとしても,その適用範囲は,エストが負担すべき債務を控訴人会社が負担すべきかどうかに限られ,前訴の口頭弁論終結後の事実関係について適用はない。控訴人会社自身の行為が本件実用新案権を侵害するかどうかは,前訴判決に拘束されるものではない。エスト看板が別紙物件目録1記載のものであったとしても,控訴人看板が同じものであるという点に前訴判決の拘束力は及ばない。したがって,控訴人会社の行為によって被控訴人が被った損害を侵害期間で除した額は,エストについて同じということはできない。
(3) 控訴人会社に対する不正競争を理由とする損害賠償請求について 被控訴人は,不正競争防止法2条1項13号所定の不正競争による責任についても主張するが,失当である。控訴人会社は,そもそも,葬祭用木製看板につき「檜看板」の表示をしておらず,「白木看板」の表示を用いている。かつて,控訴人会社の使用する価格表に「檜看板」の表示があったことは事実であるが,葬祭業界においては,「檜看板」という表現が,「布看板」に対するものとして木製看板一般を指す慣用的な表現として用いられるので,それに従っただけのことである。かつての一時期,「檜看板」という表現がされていたからといって,それが被控訴人の何らかの権利を侵害したわけではないし,また,被控訴人の営業上の利益を侵害したものともいえない。
(4) 控訴人会社に対する不法行為に基づく損害賠償請求について 控訴人会社の行為について,被控訴人に対する不法行為が成立する余地はないから,弁護士費用相当額の支払を求める被控訴人の請求は理由がない。
(5) 控訴人Aに対する損害賠償請求について 被控訴人は,エストの清算人であった控訴人Aが,前訴判決の損害賠償債務が存在することを知りながら,エストの営業を無償で控訴人会社に譲渡したことによって,上記債務と同額の損害を被ったと主張する。
しかしながら,取締役であった控訴人Aがエストの清算人になったのは,当時の代表者が平成9年ころには経営を事実上放棄した状態であったことから,従業員の雇用確保と取引先等への迷惑回避のために,形式的に清算人に就任したことによる。控訴人Aは,被控訴人とエストとの前訴にほとんど関与していないから,前訴判決の債務の存在を当然認識していたということはできない。
また,当時,事実上廃業の状態にあったエストが,資産と負債の適正な評価に基づく清算を行うべきであったとの議論は一応あり得るにしても,エストの平成9年5月31日期における当期損失は2967万円,未処理損失は5億4383万円であって,債務超過は明らかであるから,仮に,控訴人Aにおいて完全な清算業務を遂行していたとしても,前訴判決で認容された債権は回収不能であった。エストは,法形式上は普通清算をしているものの,その実態は事実上の倒産であって,債権者に対する配当原資はなかったから,形式的に就任した清算人である控訴人Aの行為と被控訴人の損害との間に因果関係はない。
エストは,解散決議の時点で,借入金6億6500万円,買掛金,未払金合計約1600万円の負債に対して,現金,預金,売掛金合計約5200万円程度の資産であったから,特別清算をした場合の予想配当額が因果関係のある損害額となる。その額は,最大でも,上記負債にエストの前訴の損害賠償額7000万円を加えた7億5100万円で資産合計5200万円を除して7000万円を乗じた484万円となり,現実には,清算費用を控除した更に低額なものにすぎない。法人格否認の法理を適用する前提として,エストが債務超過であり営業継続が不可能であったならば,当然,被控訴人の債権回収も不可能であったというほかはない。
特別清算をしなかったことから,解散会社に債務全額を弁済するだけの資産があったと推定することはできない。特別清算をしていれば配当により債権の一部が回収できたにすぎない債権者が,普通清算の手続を執った清算人に債権全額を請求し得る理由はない。
(6) 本件において,損害額の主張立証は可能であるから,「その額を立証することが極めて困難であるとき」と規定する民訴法248条の適用はない。
当裁判所の判断
1 控訴人会社に対する前訴判決認容額と同額の金銭支払請求について (1) 前提となる事実関係について見ると,前記争いのない事実(第3の1)に,証拠(甲4〜23[枝番を含む],乙13,14,16〜23,原審における控訴人A本人)を総合すれば,以下の事実を認めることができる。
ア 控訴人会社は,昭和62年1月17日,商号を「株式会社ベルコム・ビー・エム」,本店所在地を「東京都台東区雷門」,目的を「1.コンピューターのハードウェア・ソフトウェアの企画・製作及び販売,2.経営コンサルティング業務,3.特定労働者派遣業務,4.前各号に附帯関連する一切の業務」,額面株式1株の金額を「5万円」,発行株式総数を「200株」,発行済み株式総数を「200株」,資本の額を「1000万円」として設立された。
イ エストは,平成4年6月10日,商号を「株式会社エスト」,本店所在地を「横浜市中区新山下」(ただし,平成8年10月1日「横浜市港北区新羽町」に移転),目的を「1.企業宣伝用カタログ,価格表,ダイレクトメール等印刷物の企画,制作,2.教育用出版物の企画,制作並びに販売,3.コンピュータ及びその関連機器の利用に関するソフトウェアの開発並びに販売,4.各種イベントに関する企画,制作並びに運営,5.冠婚葬祭用品の開発並びに販売,6.冠婚葬祭に関する用品のレンタル,7.上記各号に付帯する一切の業務」,額面株式1株の金額を「5万円」,発行株式総数を「800株」,発行済み株式総数を「200株」,資本の額を「1000万円」として設立された。
ウ 被控訴人は,平成8年3月1日,エストを被告として,本件実用新案権に基づく差止め及び損害賠償を請求する前訴を提起した。
前訴においては,エストが,エスト看板について,平成4年6月10日から平成8年2月29日までの間,取引上用いていた価格表に「檜看板」又は「檜式次第」と表示した上で,これを使用し,また,第三者に貸し渡していたことについて争いがなかった。
被控訴人は,看板本体の板材に檜を用い,その表面に,黒色水性インキによる表示及び水によるその除去が可能な合成樹脂層を形成した冠婚葬祭用木製看板(以下「イ号物件1」という。),看板本体の板材に檜を用い,その表面に,黒色水性インキによる表示及びその水による除去が可能な合成樹脂層を形成し,さらに同樹脂層の表面に,黒色水性インキによる表示及びその水による除去が可能な合成樹脂フィルムが剥離自在に貼付された冠婚葬祭用木製看板(以下「イ号物件2」という。),看板本体の板材にベイトウヒ又はスプルースを用い,その表面に,黒色水性インキによる表示及び水によるその除去が可能な合成樹脂層を形成した冠婚葬祭用木製看板(以下「ロ号物件1」という。)及び看板本体の板材にベイトウヒ又はスプルースを用い,その表面に,黒色水性インキによる表示及びその水による除去が可能な合成樹脂層を形成し,さらに同樹脂層の表面に,黒色水性インキによる表示及びその水による除去が可能な合成樹脂フィルムが剥離自在に貼付された冠婚葬祭用木製看板(以下「ロ号物件2」という。)の4種類の看板を列挙した上,エスト看板がイ号物件1であり,本件考案技術的範囲に属すると主張して,同物件の製造販売等の差止め及び損害賠償を求めた。
被控訴人は,また,エスト看板がイ号物件2であるとしても,本件考案の「合成樹脂層」(構成要件C)は二重構造を排斥するものではなく,同物件における合成樹脂フィルムそれ自体が「合成樹脂層」に該当するから,同物件は本件考案技術的範囲に属すると主張し,さらに,エスト看板がロ号物件1であるとしても,本件考案における「檜」(構成要件A)には,純植物学的な檜に限らず,檜と木目模様の形状,色彩等が酷似するベイトウヒ又はスプルースも含まれるから,同物件は本件考案技術的範囲に属し,エスト看板がロ号物件2であるとしても,イ号物件2及びロ号物件1と同旨の理由により,同物件は本件考案技術的範囲に属すると主張した。
エ これに対し,被告であったエストは,エスト看板はロ号物件2であるとした上で,本件明細書(甲2)の手続補正書(甲3)の「檜の無垢材からなる木製看板・・・と同様に高品位に見え・・・係る効果は,看板がいかに実物の檜に似たものであったとしても,模造物では醸し出すことはできないものである」(右欄5)との記載などに照らし,表面の板材としてベイトウヒ又はスプルースを使用したエスト看板は,構成要件A及びBを充足しないこと,また,同商品において合成樹脂層の上に更に合成樹脂フィルムを貼付したことの目的は,合成樹脂層の保護にあるのではなく,同フィルムの表面に黒色インキを表示し,かつ,その表示を水ではなく同フィルムの剥離によって除去し,看板本体を損なうことなく表示の書き換えを行うところにあるから,上記合成樹脂フィルムは「合成樹脂層」に該当せず,エスト看板は構成要件Cを充足しないと主張した。
オ エストは,前訴係属中の平成9年5月31日,株主総会決議に基づき解散し,同年6月9日,その旨の登記をした。上記解散当時,エストは,本店所在地を「横浜市港北区新羽町」とするほか,上記イ認定の目的等を有し,C,控訴人A及びDの3名を取締役,Cを代表取締役とする株式会社であり,Cがエストの株主兼代表者の地位にあったが,上記解散に伴い,控訴人Aが清算人に就任し,同日,その旨の登記がされた。
カ 控訴人会社は,エスト解散の約2週間前である同年5月16日,商号を「株式会社ベルコム・ビー・エム」から「株式会社エスト・ワン」に,目的を上記ア記載の「コンピューターのハードウェア・ソフトウェアの企画・製作及び販売」等から上記イ記載の「冠婚葬祭用品の開発並びに販売」及び「冠婚葬祭に関する用品のレンタル」等という,エストの解散当時の目的と全く同一のものに変更した上,同月21日,その旨の登記がされた。
また,控訴人会社においては,平成3年2月18日,E,B,F,G,H及びIの6名が取締役に,そのうちE,B及びFの3名が共同代表取締役にそれぞれ就任し,いずれも平成5年3月31日に退任したものの,Bが株主兼代表者の地位にあったところ,上記商号及び目的変更の登記がされた平成9年5月21日,上記6名の退任の登記がされ,同月16日付けでJ,控訴人A及びKの3名が取締役に,そのうちJが代表取締役に就任した旨の登記がされた。
さらに,控訴人会社は,同月19日,本店所在地を「東京都台東区雷門」からエスト解散当時の本店所在地である「横浜市北区新羽町」に移転した上,同年6月10日,上記新本店所在地において,その旨の登記がされた。
キ 上記オ,カ記載のとおり,平成9年5月,エストの解散とともに控訴人Aが清算人に就任し,それと入れ替わるようにして,平成5年ころから休眠会社であった控訴人会社は,商号を「株式会社エスト・ワン」に,目的を「冠婚葬祭用品の開発,販売及びレンタル」等にそれぞれ変更した上,エストの本店所在地に本店を移した。これは,被控訴人から前訴を提起されて1年以上経過していた当時,エストの株主兼代表者であったC及び控訴人会社の株主兼代表者であったBが合意の上,エストの営業すべてを控訴人会社に承継させるために行われたものと推認される。
また,エスト解散の翌日である同年6月1日には,従業員24名のうち19名が控訴人会社にそのまま雇用されるとともに,本店及び埼玉支店のいずれについても,賃借人名義をエスト・ワンに変更したのみで,保証金・敷金も含めてそのまま賃貸借関係が継続され,電話番号,ファクス番号も変更されていない。得意先,仕入先及び商品もそのまま引き継がれたほか,営業所,建物付属設備,自動車,什器備品,預金債権,長期貸付金,売掛金債権及び電話加入権等,エスト解散時に存在した営業的財産は,すべて控訴人会社に無償で引き継がれた。控訴人会社は,目的を変更して葬祭用品のレンタル等の業務を開始するに当たり,エストが用いていた価格表(甲12)をコピーして表裏の表紙だけを替えたものを用いた(甲4)ばかりか,同年7月10日付けで第一勧業銀行本牧支店に,代表者,商号及び届印を変更する旨の変更届(甲21)を提出することにより,エストの同銀行同支店の普通預金口座及び当座預金口座を残高を含めてそっくり引き継いだ。しかも,これら口座においては,上記届出後も,1年以上にわたって,エスト名義での入金やエスト埼玉支店への支払がされていた。エスト埼玉支店の用いていた第一勧業銀行川越支店のエスト名義の口座も,控訴人会社において事実上引き継いでおり,同口座との間で,ファーム・バンキング上,同一名義の口座と同様の金銭のやり取りがされており,上記エスト名義の口座も,後に,控訴人会社名義に名義変更がされた。
すなわち,エストの解散までの間に,それぞれエストと控訴人会社の株主兼代表者であったCとBの間で,エストの営業を控訴人会社に譲渡する契約が合意され,この譲渡契約により,エストの営業は控訴人会社に譲渡されたものと認められる。
ク 控訴人Aは,平成4年のエスト設立当初から,専ら財務担当の専務取締役として業務に携わっていたが,平成9年の清算に当たって,清算人に就任するとともに,控訴人会社の専務取締役に就任した。
なお,控訴人Aは,平成8年3月にエストを被告とする前訴が提起されたことは当初から知っており,Cの指示により,エストから控訴人会社への営業の引き継ぎを準備していた。前訴の遂行は専らCが担当し,控訴人Aがそれに異を唱えることはなかった。
ケ 被控訴人は,平成9年10月7日到達の内容証明郵便(甲10-1)をもって,控訴人Aに対し,エストの解散は前訴における不利益な結果を回避するための仮装行為であると疑わざるを得ないとした上,解散手続につき,商法418条所定の届出の有無,同法421条,422条所定の催告の有無,清算手続の進ちょく状況及び会社財産の状況を書面で明らかにするよう求めるとともに,前訴で請求中の債権を排除して財産が分配されるなど違法な清算手続が執られた場合には,エストだけでなく清算人個人も損害賠償義務を負うことになる旨通知した。
これに対し,控訴人Aは,同月13日付け内容証明郵便(甲11)をもって,事情の説明を受けておらず答えられない旨を回答した。
コ エストは,平成10年4月30日,清算を結了し,同年5月25日,その旨の登記がされた。上記清算に際し,解散決議のあった平成9年5月31日現在で存在した現金141万円余,当座預金182万円余,普通預金1033万円余及び売掛金3800万円余は,買掛金1033万円余及び未払金590万円余等の支払に充てられ,その残りは控訴人会社に引き継がれた。また,商品,貯蔵品,建物付属設備,車両,什器備品,電話加入権,保証金・敷金及び長期貸付金等も,上記キに認定のとおり,無償で控訴人会社に引き継がれた。さらに,上記解散決議の時点で約6億6511万円余あった流動負債については,借入金債務につき債権者から約40%の放棄を受けたほか,残りの約3億9000万円は,CとBの話合いにより,控訴人会社のオーナーとなるBが仮受金という形で引き受けることにより処理され,清算が結了した時点では,エストの負債はゼロとされ,清算手続において,債権者に対する配当手続はされなかった。
サ 平成12年2月14日の前訴第20回弁論準備手続期日に,控訴人Aがエストの代表者清算人として出頭した上,エストの全売上高に占めるエスト看板の売上の割合が約10%であること,その粗利益の率が75%を下らないことは,いずれも認めること等の陳述をした。
シ 東京地方裁判所は,平成12年4月27日,被控訴人のエストに対する7000万円及びこれに対する遅延損害金の請求を認容する前訴判決を言い渡し,そのころ,控訴人Aがエストの代表者清算人として自ら同判決正本の送達を受けた。
前訴判決において,エスト看板はイ号物件1,すなわち,看板本体の板材に檜を用い,その表面に,黒色水性インキによる表示及び水によるその除去が可能な合成樹脂層を形成した冠婚葬祭用木製看板と認定され,これが本件考案技術的範囲に属するとされ,また,仮に,エスト看板がイ号物件2であったとしても,やはり本件考案技術的範囲に属すると認定された。
損害賠償の額について,前訴判決は,侵害期間である平成4年6月10日から平成8年2月29日までのエストの全売上高を15億6142万円余であると認定し,エストの全売上高に占めるエスト看板の売上の割合が約10%,その粗利益率が75%を下らず,変動経費は約40%であるとの事実等を考慮した上,エストが上記期間に7000万円の利益を得ており,被控訴人は同額の損害を被ったと認定して,損害賠償金7000万円及びこれに対する遅延損害金の請求を認容し,エストに対して同額の金員の支払を命じた。前訴判決に対しては,被控訴人及びエストの双方とも控訴せず,同判決は確定した。
ス 被控訴人は,平成12年7月7日,控訴人会社及び控訴人Aを被告として,本件訴訟を提起した。
本件訴訟において,被控訴人は,上記第3の2のとおり,控訴人会社に対して,前訴判決のエストに対する認容額と同額の金銭支払を請求するとともに,本件実用新案権の侵害又は不正競争を理由にして損害賠償を請求し得ると主張し,また,控訴人Aに対しては,清算人の責任を定めた商法430条2項,266条の3第1項等に基づき,損害賠償を請求し得ると主張した。
これに対し,控訴人会社は,上記第3の3のとおり,エストと全く別の法人であるから,前訴判決における認容額と同額の金銭支払を請求されるいわれはなく,また,控訴人看板は本判決別紙物件目録2記載の構成であり,本件考案技術的範囲に属さず,かつ,被控訴人が主張する不正競争も成立しないと主張している。さらに,控訴人Aは,エストの従業員の雇用確保及び取引先等への迷惑回避のため,いわば善意で清算人に就任したものであり,しかも,エストは債務超過の状態にあって,仮に,完全な清算業務を遂行していたとしても,債権者に配当する原資となるべき資産は存在しなかったから,清算人である控訴人Aの行為と被控訴人が生じたと主張する損害の間には何の因果関係もないと主張して,責任を否定している。
なお,控訴人Aは,原判決の言渡しの直前である平成14年11月30日,控訴人会社の代表取締役に就任し,現在に至っている。
(2) ところで,株式会社が商法の規定に準拠して比較的容易に設立され得ることに乗じ,取引の相手方からの債務履行請求手続を誤らせ時間と費用とを浪費させる手段として,旧会社の営業財産をそのまま流用し,商号,代表取締役,営業目的,従業員などが旧会社のそれと同一の新会社を設立したような場合には,形式的には新会社の設立登記がされていても,新旧両会社の実質は前後同一であり,新会社の設立は旧会社の債務の免脱を目的としてされた会社制度の濫用であって,このような場合,会社は取引の相手方に対し,信義則上,新旧両会社が別人格であることを主張できず,相手方は新旧両会社のいずれに対しても当該債務についてその責任を追求することができるものと解すべきであって,このことは,判例とするところである(最高裁昭和48年10月26日第二小法廷判決・民集27巻9号1240号)。
この判例の趣旨に照らすと,不法行為の被害者から損害賠償請求を受けている営業中の株式会社の株主兼代表者が,たまたま休眠中の他の株式会社があることに乗じ,当該株式会社の株主兼代表者と相謀り,営業財産を隠匿し被害者からの損害賠償請求を免れる手段として,営業中の会社の営業又は主要な営業財産を休眠中の会社に無償で譲渡し,休眠中の会社の商号,役員,営業目的,従業員などを営業中の会社と同一又は類似のものに変更し営業を開始させるとともに,従前の会社を解散したというような場合においても,上記判例の場合と同様に,会社は,被害者に対し,信義則上,両会社が別人格であることを主張できず,被害者は,休眠中であった別会社に対しても,当該損害賠償債務について,その責任を追求することができると解するのが相当である。なぜならば,このような場合,形式的には休眠中の別会社の営業再開であっても,実質的には休眠中の別会社に営業中の会社の営業財産を無償で譲渡することにより,当該営業を継続しつつ会社の債務を免脱するという不正な目的をもってされた会社制度の濫用であるという点で,上記判例の事例と何ら異なるところはなく,このような場合,不法行為の被害者が別会社に対して当該損害賠償請求をすることができないとすると,損害賠償を受けることができない被害者に酷である一方,加害者である会社は,当該営業を継続しつつ損害賠償債務の支払を不正に免れ得るという,看過し得ない不合理な結果を招くといわざるを得ないからである。
また,このような場合において,営業中の会社と休眠中の別会社の株主兼代表者が異なる場合であっても,両社の株主兼代表者が相謀って上記一連の不正行為を行ったような場合には,同一の株主兼代表者が行ったのと同視し得るものとして,別会社の責任を肯定することが相当である。そのように解さなければ,営業中の会社の株主兼代表者が休眠中の会社を探し,その株主兼代表者と相謀ることにより,容易に上記法理をせん脱することを可能にするからである。
(3) 本件において,上記(1)の認定事実によれば,前訴の被告であるエストは,前訴係属中に解散したが,その直前,控訴人会社の商号が「株式会社エスト・ワン」と変更され,目的も変更され,本店所在地がエストと同じ場所に移転された上,エストと全く同じ業務が開始されたものであって,控訴人会社は,エストの株主兼代表者であったCと控訴人会社の株主兼代表者であったBとの合意に基づき,いわばエストの営業のすべてを移転する受け皿として,休眠状態から営業を再開した株式会社ということができる。控訴人会社の変更後の商号は,「株式会社エスト」に「・ワン」を付加しただけの「株式会社エスト・ワン」であり,エストからの営業の継続性及び連続性を想起させるものであって,商業登記簿に記載された事業目的は,7項目のすべてがエストと全く同一である。また,控訴人会社は,従業員の構成,本店及び埼玉支店の電話番号,ファックス番号,賃貸借関係においてエストとほぼ同一であり,得意先,仕入先及び商品のほか,営業所,建物付属設備,自動車,什器備品,預金債権,長期貸付金,売掛金債権,電話加入権等,エスト解散時に存在した営業財産を,すべて無償で引き継いでいる。加えて,控訴人会社は,平成9年7月10日付けの代表者,商号及び届印を変更する旨の届出により,エストの第一勧業銀行本牧支店の普通預金口座及び当座預金口座をそのまま引き継いでおり,これら口座においては,上記届出後も,1年以上にわたって,エスト名義での入金やエスト埼玉支店への支払がされていた。エスト埼玉支店の使用していた第一勧業銀行川越支店のエスト名義の口座も,控訴人会社において事実上引き継いでおり,同口座との間で,ファームバンキング上,同一名義の口座と同様の金銭のやり取りがされていた。なお,同銀行川越支店の上記口座も,後に,控訴人会社名義に名義変更がされた。
以上の事実関係の下においては,控訴人会社は,前訴係属中に,エストの株主兼代表者であったCと控訴人会社の株主兼代表者であったBとの合意に基づいて,休眠会社であった控訴人会社の営業を再開させ,前訴で被告の立場にあったエストの営業を承継させることを目的として,実質上新たに設立された株式会社であるということができる。
したがって,控訴人会社は,少なくとも前訴の原告である被控訴人との関係においては,エストの被控訴人に対する実用新案権侵害に基づく損害賠償責任を回避するために,会社制度を濫用した場合に当たるというべきであり,控訴人会社がエストと別人格であると主張することは,信義則上許されない。そうすると,被害者である被控訴人は,エストの侵害行為当時に休眠中であった控訴人会社に対しても,エストに対する前訴判決認容額と同額の金銭支払請求をすることができるというべきである。
(4) この点に関する控訴人会社の主張について判断する。
ア 控訴人会社は,控訴人会社とエストは,株主構成及び代表者が異なる,形式的にも実質的にも別個の株式会社であると主張する。しかしながら,上記のとおり,形式的に別個の会社であっても,エストが営業及び主要な営業財産を休眠中の控訴人会社に無償で譲渡して解散するなど,上記認定の一連の事実関係に照らすと,信義則上,控訴人会社が,実質的に別個の会社であるとしてその責任を免れることはできないというべきである。控訴人会社は,独自に営業活動を行った結果,既に廃業状態であったエストが十分な営業活動をしなかったことと相まって,その得意先等を吸収し,もって商圏を事実上継承したと主張するが,上記認定のとおり,休眠状態であった控訴人会社は,エストの営業及び主要な営業財産を無償で譲り受けることによって営業を再開することができたと認められ,控訴人会社の主張は採用し得ない。
イ また,控訴人会社は,控訴人会社の支配者はBであり,エストの支配者はCであることから,法人格否認の法理におけるいわゆる支配の要件を欠くと主張し,また,控訴人会社がエストの営業資産を承継したのは,従業員の雇用確保及び取引先等への迷惑回避を目的とするものであって,エストの債権者を排除する目的はないとしていわゆる目的の要件も欠くと主張する。しかしながら,両社の支配者が異なるからといって,信義則上両社が別人格であることを主張し得えないことは上記のとおりであるし,たとえ控訴人会社が従業員の雇用確保及び取引先等への迷惑回避を目的として営業及び主要な営業財産を譲り受けたとしても,上記一連の行為によってエストの債権者を害する結果を招来することを認識していた以上,上記信義則の適用は免れない。
ウ 控訴人会社は,さらに,エストの清算と控訴人会社の営業承継は,控訴人会社の支配者であるBがエストを支配していなくても可能な一般的手法であり,Bがエストを実質的に支配していたのであれば,事実上の営業譲渡をするために債務整理手続を経る必要はなく,エストを破産又は特別清算により完全に消滅させてから新たに同一業務を開始すれば足りると主張する。しかしながら,エストの清算と控訴人会社の営業承継が一般的手法であることを認めるに足りる証拠はなく,また,事実上の営業譲渡をするためにエストを破産又は特別清算により完全に消滅させてから新たに同一業務を開始するという手法では,エストの営業とともに主要な営業財産を無償で譲り受けるという目的が達成されないのであって,だからこそ,本件のような一連の行為が行われたと解することが自然である。
エ 控訴人会社は,控訴人会社が前訴判決の内容であるエストの債務と同額の債務を負担するいわれはなく,同債務と同額の金銭支払請求を拒み得ることは当然であると主張する。
そこで,前訴の経過等について見ると,上記のとおり,前訴において,被控訴人は,イ号物件1,イ号物件2,ロ号物件1及びロ号物件2の4種類の冠婚葬祭用木製看板のうち,エストが製造販売等するのはイ号物件1であるとし,同物件は本件考案技術的範囲に属すると主張して,本件実用新案権の侵害を理由に,同物件の製造販売の差止め及び損害賠償を求めた。これに対し,被告であったエストは,エスト看板は,表面の板材としてベイトウヒ又はスプルースを使用し,また,看板本体の表裏の両側の表面に形成された合成樹脂層の上に更に合成樹脂フィルムを貼付した,ロ号物件2であるとした上で,同商品におけるベイトウヒ又はスプルースは「檜」(構成要件A)に該当せず,また,同商品における合成樹脂フィルムは「合成樹脂層」(同C)に該当しないから,同商品は本件考案技術的範囲には属しないと主張した。
前訴判決は,エスト看板はイ号物件1であり,これは本件考案技術的範囲に属するとした上,被控訴人の被った損害の額を7000万円と認定し,7000万円の損害賠償及びこれに対する遅延損害金の請求を認容した。
他方,控訴人会社は,前訴係属中に,休眠会社の営業を再開させ,前訴で被告の立場にあったエストの営業を承継させることを目的として,実質上新たに設立された会社であり,エストの清算人と控訴人会社の専務取締役を兼ねる控訴人Aを通じて,前訴が係属していることを認識していながら,前訴の遂行をエストの前代表者であるCに任せきりにし,また,前訴判決の送達を受けた控訴人Aを通じてその内容を知りながら,控訴することなく,前訴判決を確定させた。控訴人Aは,本件訴訟の原判決言渡しの直前に控訴人会社の代表取締役に就任し,現在に至っている。
上記のような前訴の審理経過及び控訴人会社のこれに対する対応に照らすと,本件訴訟において,控訴人会社が,前訴判決において認容された請求権の存否及びその額について再び争うことは,信義則に反するものとして許されないというべきである。また,控訴人会社は,形式上はエストと別個の法人格を有し,エストに対する前訴判決の既判力及び執行力の効果を受けないため,被控訴人は,改めて控訴人会社に対する債務名義を取得する必要上,本件訴訟の提起により控訴人会社に対して上記金銭支払を求める法律上の利益を有することは明らかである。
(5) 以上によれば,控訴人会社に対し,前訴判決認容額と同額の7000万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める被控訴人の請求は,理由がある。
2 控訴人会社に対する本件実用新案権の侵害を理由とする損害賠償請求について (1) 上記のとおり,控訴人会社がエストと別人格であると主張することは,被控訴人との関係において,信義則に反し許されないところ,前訴判決は,エスト看板がイ号物件1であると認定した上で,同物件が本件考案技術的範囲に属すると認め,本件実用新案権の侵害を肯定した。そして,上記認定のとおり,控訴人会社は,エストの商品をすべて引き継いでおり,控訴人A自身,原審における本人尋問において,控訴人会社が控訴人看板を使用するようになってからの控訴人看板の作り方は,エストの時代と全く同じであると供述しているが,控訴人会社が前訴判決認容額を争うことができないといっても,前訴の口頭弁論終結後における控訴人会社自身の行為についてまで主張立証が制限されると解すべき根拠はないから,控訴人看板がエスト看板と同じものであるとか,エスト看板が前訴におけるイ号物件1であるという主張についてまで,前訴判決の認定を争い得ないものではない。
(2) 証拠(乙1,6,12,検乙1)によれば,控訴人看板の構成は,別紙物件目録2記載のとおりであると認められる。
前訴において,エスト看板の構成につき,原告である本件被控訴人は,看板本体の板材に檜を用いたイ号物件1(別紙物件目録1記載のものに相当)であると主張し,被告であるエストは,看板本体の板材にベイトウヒ又はスプルースを用いたロ号物件2(別紙物件目録2記載のものに相当)であると主張したのに対し,前訴判決は,本件被控訴人の上記主張を採用したことは,上記のとおりである。
被控訴人は,控訴人会社がエストと実質的に同一の法人格を有するものであるから,本件訴訟において新たな証拠を提出し,控訴人看板の構成が別紙物件目録2記載のとおりであると主張して前訴判決の認定判断を争うことは,信義則に著しく反するものとして許されないと主張する。しかしながら,上記のとおり,控訴人会社がエストと別人格であることを主張することが信義則上許されないのは,法人格を濫用して不正に免れようとしたエストの債務についてであって,控訴人会社の行為によってエストと無関係に生じた被控訴人の損害について,前訴におけるエストの主張を争うことができないというべき法的根拠はない。
また,控訴人Aは,原審における本人尋問において,控訴人看板の作り方はエスト看板と全く同じである旨供述するが,前訴におけるエストの上記主張を前提としたものであり,他方で,控訴人看板の材質はスプルースであると供述しているから,原判決の認定するように,控訴人看板の構成が別紙物件目録1記載のとおりのものであることを裏付けるものではない。さらに,控訴人会社がエストの商品をそのまま引き継いだことは上記1(1)認定のとおりであるが,証拠(甲4,12,乙2,9)によれば,エストの取扱商品は,看板以外にも多種多様なものがあり,価格表でも,控訴人会社が平成9年9月ころから平成10年2月ころまで使用していたエストの価格表をコピーした旧価格表(甲4)では,「檜看板」と「布看板」と表示されているのに対し,それ以降に控訴人会社が独自で作成して使用している新価格表(乙2)では,「白木看板」と「布看板」と表示され,「檜看板」と「白木看板」の単価を比較すると,4規格中3規格について後者の方が安くなっていることが認められ,これらの点に照らすと,控訴人Aの上記供述は,控訴人看板の構成についての上記認定を左右するものではない。
(3) そこで,控訴人看板が本件考案技術的範囲に属するか否かについて判断する。
ア 構成要件Aに係る「檜」の意義について検討すると,本件明細書(甲2,3)の考案の詳細な説明中には,以下の記載がある。
「[産業上の利用分野]この考案は・・・冠婚葬祭用木製看板の改良に関する。[従来の技術]従来,この種の看板は無垢の檜材が使用されていた。これは,冠婚葬祭には,ほとんどといつて木目が美しく清楚なイメージを醸し出すためであり,檜の美しい木目を看板に活かすと共に,墨にて書かれた表示内容を書き換える際に,檜材の表面をかんな等により研削する必要があることによる。[考案が解決しようとする問題点]・・・無垢の檜材が非常に高価なものであるにも拘わらず,使用の度に,この檜材表面を研削する消耗品として扱うことは極めて非合理的であると言わざるを得ない。そこで,この考案は上述の問題点を解消すべく案出されたもので,檜の木目模様が表面に現れて,外観上の品位を維持することができ,高価な檜を最小限に使用し,檜材の表面を研削しなくても表示の書き換えを容易に行え,しかも,軽量で取り扱いに便利な冠婚葬祭用木製看板の提供を目的とする」([甲2]1〜2欄,[甲3]左欄2) 「[考案の効果]この考案は上述の如く構成したことにより,あたかも高価な檜を用いた無垢の看板のように見えて・・・便利なものとなる。・・・檜の無垢材からなる木製看板・・・と同様に高品位に見え・・・係る効果は,看板がいかに実物の檜に似たものであったとしても,模造物では醸し出すことはできないものである」([甲2]3〜4欄,[甲3]右欄5) イ 本件実用新案権の出願経過は,次のとおりである(乙11-1〜17)。
被控訴人は,昭和61年2月24日,考案の名称を「木製看板」,実用新案登録請求の範囲を「1.表面が木材から成る看板の表面に透明な合成樹脂層を形成し,この合成樹脂層の表面に所定インキによる表示を書き換え自在にしたことを特徴とする木製看板。2.看板は,檜材の板体を表裏面に張り合わせた中空体状の合板から成る実用新案登録請求の範囲第1項記載の木製看板。」として出願し,拒絶理由通知を受けて,平成3年7月20日付け手続補正書により,実用新案登録請求の範囲を「桧材の板体を表裏面に張り合わせた中空体状の合板から成る看板のその表裏面表面に透明な合成樹脂層を形成し,この合成樹脂層の表面に所定水性インキによる表示を書き換え自在に形成したことを特徴とする冠婚葬祭用木製看板」と補正したが,実願昭58-123566号(実開昭60-30473号)のマイクロフィルムを引用例として実用新案法3条2項により実用新案登録を受けることができない旨の拒絶の査定がされた。
そこで,被控訴人は,これに対する不服の審判の請求をし,平成6年3月17日付け手続補正書により,実用新案登録請求の範囲を上記第3の1(3)のとおりに補正するとともに,考案の詳細な説明の[考案の効果]の欄を「檜の無垢材からなる木製看板に筆で墨を用いて文字を記載されているのと同様に高品位に見え,葬儀等のしめやかな雰囲気を保つことができ,関係者の故人に対する敬意を表すことができる。係る効果は,看板がいかに実物の檜に似たものであったとしても,模造物では醸し出すことはできないものである」と訂正し,同年5月26日付け理由補充書により,本件考案は,檜の使用,檜の木目を現すこと,樹脂層が透明であること及び水性インクの使用の4点において引用例と相違し,進歩性がある旨主張した。
特許庁は,平成7年4月25日,本件考案は,檜材の合板の木目模様を看板材料に木目模様を付与するのに利用したものであるのに対し,引用例では木目模様を付与した樹脂フィルムを用いている点で相違し,当業者がきわめて容易に想到し得たものとはいえないとして,登録をすべき旨の審決をし,同年9月18日,本件実用新案権として設定登録がされた。
ウ 「ひのき(檜)」の語について,昭和50年4月15日図鑑の北隆館発行「牧野新日本植物圖鑑」(乙4)には,「〔ひのき科〕各地の山林中にはえ,幹は直立してそびえ分枝する常緑の高木で・・・材は用途が多く建築材として最良品である」と,平成10年3月6日日立デジタル平凡社発行「世界大百科事典」(乙5)には,「細かい鱗片状の葉が圧着して,小枝に表裏の別があるヒノキ科の常緑高木。日本特産で,木材の用途が極めて広い」と記載され,「スプルース」の語について,平成6年1月1日小学館発行「ランダムハウス英和大辞典(第2版)」(乙3)には,「トウヒ(エゾマツを含む);マツ科トウヒ属の常緑針葉樹」と,「トウヒ」の語について,乙4には,「〔まつ科〕本州の山地にはえる常緑高木・・・材はヒノキの代用品として用途が多く・・・唐檜はこの種を唐風(中国風)のヒノキと見立てたからといわれる」と,乙5には,「本州中部の亜高山にみられるマツ科の常緑高木・・・緻密な材が楽器,家具,建築材として賞用される」と記載されている。
エ 被控訴人は,構成要件Aの「檜」は,当業者又はその関係者において檜と認識されれば足りるものであり,純粋な檜に限らず,檜と木目模様の形状,色彩等が酷似する「スプルース」も含まれると主張する。確かに,一般に,「スプルース」ないし「トウヒ」の材がヒノキの代用品として用いられることは,上記のとおりであり,控訴人Aは,前訴第20回弁論準備手続期日において,「葬儀業界においては,檜看板という用語が布製看板に対応するものとして用いられており,一般にスプルースの看板も檜看板と呼称されている」と陳述し,本件訴訟において提出された同人作成の陳述書(乙9)中にも同旨の記載がある。
しかしながら,登録実用新案の技術的範囲は,登録出願の願書に添付した明細書の実用新案登録請求の範囲の記載に基づいて定められなければならず,その場合においては,明細書の実用新案登録請求の範囲以外の部分の記載及び図面を考慮して,実用新案登録請求の範囲に記載された用語の意義を解釈すべきものであり(実用新案法26条において準用する特許法70条1項,2項。なお,平成15年7月1日施行の特許法等の一部を改正する法律(平成14年法律第24号)参照),その記載の意味内容をより具体的に正確に判断するために,出願経過を参酌することも許される。本件において,植物学上,「ひのき(檜)」と「スプルース」ないし「トウヒ」とは,ともに常緑の高木ではあっても,前者は「ひのき科」に属するのに対し,後者は「まつ科」に属する別個の植物であることは明らかであり,一般に,両者が同義の語として,あるいは前者が後者を包含する語として認識,理解されていることを認めるに足りる証拠はない。また,本件明細書考案の詳細な説明中にも,本件考案は,木目が美しく清楚なイメージを醸し出すために従来使用されてきた高価な檜を最小限に使用し,檜材の表面を研削しなくても表示の書き換えを容易に行うことができ,しかも軽量で取り扱いに便利な冠婚葬祭用の木製看板の提供を目的とすること,本件考案に係る構成により,檜の無垢材から成る木製看板に筆で墨を用いて文字を記載されているのと同様に高品位に見え,葬儀等のしめやかな雰囲気を保つことができ,関係者の故人に対する敬意を表すことができること,このような効果は看板がいかに実物の檜に似たものであったとしても,模造物では醸し出すことのできないものであることが記載されている。加えて,出願過程において,出願人である被控訴人は,本件考案は,木製看板の表面材に「檜」を使用することによって木目模様を付与し,檜の無垢材から成る木製看板と同様に高品位に見え,葬儀等のしめやかな雰囲気を保つことができ,関係者の故人に対する敬意を表することができる効果を奏することを目的とし,このような効果は看板がいかに実物の檜に似たものであったとしても,模造品では醸し出すことのできないものであることを強調し,特許庁も,檜材の合板の木目模様を看板材料に木目模様を付与するのに利用したものである点に考案としての進歩性を認めて登録審決をするに至った経緯がある。
そうすると,本件考案の実用新案登録請求の範囲の解釈としては,「檜」ではない「スプルース」を表面材に使用した冠婚葬祭用木製看板は,その技術的範囲に属さないものというべきであり,被控訴人の上記主張は採用することができない。
(4) 以上によれば,控訴人看板は,本件考案の構成要件Aを充足しないから,被控訴人の控訴人会社に対する本件実用新案権の侵害を理由とする損害賠償請求は,その余の点について判断するまでもなく,理由がない。
3 控訴人会社に対する不正競争を理由とする損害賠償請求について (1) 被控訴人は,仮に,上記構成要件Aの充足性が否定される場合,控訴人会社は,「檜」でない「スプルース」を「檜」と表示していることになり,これは葬祭用木製看板の品質誤認表示に当たるから,不正競争防止法2条1項13号所定の不正競争として同法3条及び4条に基づく責任を免れないと主張する。確かに,控訴人会社は,平成9年9月ころから平成10年2月ころまでの間,控訴人会社の取り扱う看板が「檜看板」と表示された旧価格表(甲4)を使用し,その後,これを「白木看板」に改めた新価格表(乙2)を使用していることは,上記2(2)に認定したとおりである。また,控訴人会社は,葬祭業界において「檜看板」という表現が「布看板」に対するものとして木製看板一般を指す慣用的な表現として用いられるとも主張し,控訴人Aは,前訴第20回弁論準備手続期日において,「葬儀業界においては,檜看板という用語が布製看板に対応するものとして用いられており,一般にスプルースの看板も檜看板と呼称されている」と陳述し,本件訴訟において提出された同人作成の陳述書(乙9)中にも同旨の記載があることは,上記2(3)エのとおりである。しかしながら,控訴人会社自身,新価格表において「白木看板」の表示を用いており,そのメーカーのカタログ(乙1)においても「スプルスツキ板」の表示が用いられているのであるから,控訴人Aの上記陳述は,にわかに採用することができず,他に,控訴人会社の上記主張事実を認めるに足りる証拠はない。そうすると,控訴人会社は,葬祭用木製看板の取引に用いる書類に看板の品質について誤認させるような表示をしたものとして,不正競争防止法2条1項13号所定の不正競争を行ったものといわざるを得ない。
(2) そこで,控訴人会社の品質誤認表示によって被控訴人が被った損害について検討すると,控訴人会社の品質誤認表示は,上記のとおり,平成9年9月ころから平成10年2月ころまでの間に行われているところ,控訴人会社の行った品質誤認表示の具体的内容は,葬祭に係る各種商品の価格が掲載された旧価格表(甲4)において,その一商品である葬祭用木製看板を示すものとして「檜看板」の表示を用いたというものである。しかしながら,被控訴人は,この間において被控訴人,控訴人会社及び競業他社が使用し,貸し渡した葬祭用木製看板の数量,売上額,利益額等,被控訴人が控訴人会社の品質誤認表示により被った損害を認定するために必要な事実関係,例えば,控訴人会社の営業担当者が被控訴人の顧客に対して上記価格表を示し,当該顧客がそこに表示された葬祭用木製看板が檜製であると誤認した後に被控訴人との取引を中止したことなど,被控訴人に何らかの損害が生じたことを推認させるに足りる具体的な事実関係について何ら主張立証をしていない。そうである以上は,控訴人会社の品質誤認表示がされたからといって,直ちに,被控訴人に何らかの損害が生じたと認めることはできないのであって,控訴人会社の品質誤認表示によって被控訴人に損害が生じた事実を認定することはできないというほかはない。
(3) 被控訴人は,被控訴人の被った損害の額については,立証が不十分であっても,民訴法248条の適用により相当な損害額の認定がされるべきであると主張するが,同条は,裁判所が口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果に基づき相当な損害額を認定することができると規定するとともに,その前提として,損害が生じたことが認められる場合において初めて適用されることを明記しているから,本件のように,被控訴人に損害が生じたこと自体認められない場合には,その適用の前提を欠くことは明らかである。また,不正競争防止法5条は,不正競争により被った損害の額の推定等につき規定し,同条1項は,不正競争をした者がこれにより利益を受けている場合に適用されるところ,本件において,控訴人会社が品質誤認表示によって利益を受けたことについては,何ら主張立証がないから,同条1項は適用の余地がない。なお,前訴判決においてエストが得た利益として認定された額は,本件実用新案権の侵害に係るものであって,品質誤認表示によって受けた利益の額とは性質が異なるから,控訴人会社が品質誤認表示によって受けた利益の額を推認させるものではない。さらに,同条2項が同法2条1項13号所定の不正競争に適用がないことは,法文上明らかである。
(4) 以上によれば,被控訴人の控訴人会社に対する不正競争を理由とする損害賠償請求は,理由がない。
4 控訴人会社に対する不法行為を理由とする損害賠償請求について 上記1の請求に係る諸般の事情を総合考慮すれば,弁護士費用相当額の損害賠償請求として,原判決の認定に係る200万円の限度でこれを認めるのが相当である。
5 そうすると,被控訴人の控訴人会社に対する請求は,7200万円及びうち前訴判決認容額と同額の7000万円に対する前訴の訴状送達の日の翌日である平成8年3月8日から,うち弁護士費用相当額の200万円に対する本訴の訴状送達の日の翌日である平成12年7月15日から,各支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるものというべきである。
6 控訴人Aに対する清算人の責任を理由とする損害賠償請求について (1) 上記認定及び証拠によれば,@ 控訴人Aは,平成4年のエスト設立当初から,専ら財務担当の専務取締役として業務に携わっていたところ,平成9年の清算に当たっては,清算人に就任するとともに,控訴人会社の専務取締役に就任したこと,A 控訴人Aは,平成8年3月に前訴が提起されたことは当初から知っており,Cの指示に従い,エストから控訴人会社への営業の事実上の引き継ぎを準備していたこと,B 前訴の遂行は専らCが担当し,控訴人Aがこれに異を唱えることはなかったこと,C 被控訴人は,平成9年10月7日到達の内容証明郵便をもって,控訴人Aに対し,エストの解散は,前訴における不利益な結果を回避するための仮装行為であると疑わざるを得ないとした上,解散手続につき,商法418条所定の届出の有無,同法421条,422条所定の催告の有無,清算手続の進ちょく状況及び会社財産の状況を書面で明らかにするよう求めるとともに,前訴で請求中の債権を排除して財産が分配されるなど違法な清算手続が執られた場合には,エストだけでなく,清算人個人も損害賠償義務を負うことになる旨通知したこと,D これに対し,控訴人Aは,同月13日付け内容証明郵便をもって,事情の説明を受けておらず答えられない旨を回答したこと,E エストは,平成10年4月30日,清算を結了し,同年5月25日,その旨の登記がされたが,この清算に際しては,残金を含む銀行口座,商品,貯蔵品,建物付属設備,車両,什器備品,電話加入権,保証金・敷金及び長期貸付金等が,無償で控訴人会社に引き継がれる一方で,債権者に対する配当手続もされなかったこと,F このような清算の結了後である平成12年2月14日,前訴の第20回弁論準備手続期日に控訴人Aが清算人として出頭した上,エストの全売上高に占めるエスト看板の売上の割合が約10%であること及びその粗利益の率が75%を下らないことは,いずれも認める旨等を陳述したこと,G 控訴人Aは,自ら前訴判決の送達を受けて判決の内容を知りながら,控訴することなく,前訴判決を確定させたことが認められる。
上記の事実関係の下においては,控訴人Aは,前訴判決の内容となっている被控訴人のエストに対する損害賠償請求権の存在を知りながら,商法418条以下の法定の清算手続を何ら履行しないまま,エストの営業を無償で控訴人会社に譲渡し,よって,エストの清算人としての職務を行うにつき重大な過失により,被控訴人が有する前訴請求債権の回収を不可能にし,これによる損害を被らせたというべきである。
控訴人Aは,前訴にほとんど関与しておらず,前訴判決の債務の存在を認識していないと主張するが,上記事実経過に照らし,採用することができない。
(2) 進んで,被控訴人の被った損害について判断すると,控訴人Aは,エストは解散当時既に無資力であったから,清算人である控訴人Aの行為と被控訴人の損害との間に因果関係は存在しない旨主張し,他方,被控訴人は,前訴で認定された請求債権額の全額が控訴人Aの義務違反と相当因果関係を有する損害であると主張する。しかしながら,エストから控訴人会社に対して営業及び主要な営業財産が無償で譲渡された当時,既にエストが無資力であり,債務の全額を弁済するに足りる資産を保有していなかったならば,控訴人Aが特別清算の手続を執ったとしても,被控訴人がエストに対する債権全額を回収することはできなかったこととなり,そのような回収不能の部分については,控訴人Aの本件行為と相当因果関係を有する損害ということはできないが,このように回収不能な額を具体的に認定することは極めて困難である。そこで,被控訴人主張の民訴法248条を適用して,相当な損害額を算定すると,エストは,営業財産を控訴人会社に譲渡した平成9年6月に近接する同年5月31日時点の貸借対照表(甲23)において,負債約6億6500万円に対して,資産約1億3100万円を計上しているが,上記負債には,被控訴人の前訴請求債権7000万円が含まれていないから,これを加えると,負債は7億3500万円となる。また,エストが上記のとおり前訴請求債権を免れるための不正な行為に出なければ,エストの営業継続のため,前訴判決の確定後に全額の弁済に応じた可能性も低くはないこと,他方,優先弁済を受けることのできる担保権者の存在や,清算又は破産の手続のために必要とされる費用もあり得ることなどの事情も認められるから,これら諸般の事情を総合考慮すると,前訴請求債権7000万円の20%に当たる1400万円をもって,控訴人Aの本件行為と相当因果関係を有する損害額と認める。
(3) 被控訴人は,清算会社に債務超過の疑いがあるときは,特別清算開始の申立てをすることが商法431条2項所定の清算人の義務であり,清算人がこの申立てをしないまま清算手続を結了させた場合には,解散会社が債務全額を弁済するだけの資産が存在したとの推定が働くと主張するが,清算会社に債務超過の疑いがありながら,清算人が特別清算開始の申立てを怠ることは,世上,ままあり得ることと考えられるから,上記申立てがないことから直ちに,解散会社が債務全額を弁済するだけの資力が存在したとの推定が働くということは困難である。確かに,他に何ら解散会社の資力を証明する証拠がない場合には問題なしとはしないが,本件においては,上記貸借対照表(甲23)において,エストが無資力であることが記載されているのであるから,この点でも,特別清算の申立てがされなかったことから直ちに被控訴人主張の上記推定は働かない。
また,被控訴人は,控訴人Aが被控訴人に対する清算状況等の回答を拒否したこと等の義務違反行為を主張するが,これらの行為がされたからといって,エストが無資力であったとの主張が信義則又は禁反言の法理により許されないとまでは解することができず,これらの行為の悪質性は,上記民訴法248条の適用に際し考慮すれば足りる。
(4) したがって,控訴人Aは,商法430条2項,266条の3第1項に基づき,被控訴人に対し,1400万円の損害賠償金及びこれに対する本訴の訴状送達の日の翌日である平成12年7月16日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払債務を負うものというべきである。なお,被控訴人は,前訴の訴状送達の日の翌日である平成8年3月8日以降の遅延損害金の支払を請求するが,上記損害賠償債務は,法が清算人の責任を加重するため特に認めたものであって,不法行為に基づく損害賠償債務の性質を有するものではなく,履行の請求を受けた時に遅滞に陥るものというべきである(最高裁平成元年9月21日第一小法廷判決・判例時報1334号223頁参照)から,被控訴人の上記遅延損害金請求中,本訴の訴状送達の日までに係る分は理由がない。
7 控訴人Aに対する不法行為を理由とする損害賠償について 清算人がその職務を行うにつき故意又は過失により直接第三者に損害を加えた場合には,上記法定責任のほかに,一般不法行為の規定によって,その損害を賠償する義務を負うことを妨げるものではない(最高裁昭和44年11月26日大法廷判決・民集23巻11号2150頁参照)。本件において,上記6(1)に認定した事実関係の下においては,控訴人Aの行為は,被控訴人に対する民法709条の不法行為責任をも構成するものと認めるに足り,上記6の請求に係る諸般の事情を総合考慮すれば,弁護士費用相当額の損害賠償として,原判決の認定に係る50万円の限度でこれを認めるのが相当である。
8 そうすると,被控訴人の控訴人Aに対する損害賠償請求は,1450万円及びこれに対する平成12年7月16日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の限度で理由があるものと認められる。
9 以上のとおり,被控訴人の控訴人会社に対する請求は,本判決主文第1項(1)掲記の限度で理由があるが,その余は理由がなく,被控訴人の控訴人Aに対する請求は,本判決主文第1項(2)掲記の限度で理由があるが,その余は理由がない。
よって,原判決主文第3項ないし第5項を本判決主文第1項(1)ないし(3)のとおり変更することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 岡本岳
裁判官 長沢幸男
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