関連ワード | 技術的範囲 / 禁反言 / 均等 / 権利濫用(権利の濫用) / 考案 / 構造 / 組合せ / 補正 / 進歩性(3条2項) / 新規性(3条1項) / きわめて容易 / 拒絶理由 / 請求項 / 本質的部分 / 同一の作用効果 / 容易に想到 / 特段の事情 / 特定 / 明細書 / 請求の範囲 / |
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事件 |
平成
15年
(ネ)
1127号
実用新案権使用差止等請求控訴事件
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控訴人 株式会社プレスセンター 訴訟代理人弁護士 山下江 同 目片浩三 同 田中伸 被控訴人 パンチ工業株式会社 訴訟代理人弁護士 山田敏夫 同 馬場和佳 補佐人弁理士 小林保 同 大塚明博 同 小島猛 |
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裁判所 | 東京高等裁判所 |
判決言渡日 | 2003/12/25 |
権利種別 | 実用新案権 |
訴訟類型 | 民事訴訟 |
主文 |
1 本件控訴を棄却する。 2 当審における訴訟費用は控訴人の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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当事者の求めた裁判
1 控訴人 (1) 原判決を取り消す。 (2) 被控訴人は,控訴人に対し,290万4600円及びこれに対する平成11年5月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 (3) 被控訴人は,その製造に係るプレス用パンチリテーナー装置に「チェンジリテーナー」という標章を付し,同標章を付したプレス用パンチリテーナー装置を販売し,又はそれに関する広告に同標章を付してはならない。 (4) 訴訟費用は第1,2審を通じて,被控訴人の負担とする。 (5) 仮執行宣言 2 被控訴人 主文と同旨 |
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事案の概要等
1 控訴人は,プレス機械の設計製作等を業とする会社,被控訴人は,機械工具の製造並びに販売等を業とする会社である。控訴人は,プレス用パンチのリテーナー装置についての登録実用新案(実用新案登録番号1872007号,以下「本件実用新案」といい,これに係る考案を「本件考案」という。)を有している。 控訴人は,被控訴人が製造販売する,別紙物件目録記載のプレス用パンチリテーナー(その構造は,別紙被告製品構造図のとおりである。以下「被控訴人製品」という。)が,本件実用新案権の技術的範囲に属するとして,その侵害に基づき,損害賠償を請求した。 控訴人は,「チェンジリテーナ」という片仮名文字から成る標章について,商標登録(登録番号第4332063号,指定商品は,第7類「金属用金型」である。平成10年8月31日出願,同11年11月5日商標登録。以下,この標章を「本件標章」ということもある。)を得ている。そして,被控訴人が,プレスパンチ用のリテーナー装置の製造や広告について,本件標章を使用しているとして,不正競争防止法,商標法ないし不法行為に基づき,本件標章の使用の中止及び損害の賠償を求めた。 2 本件考案の請求の範囲を,構成要件ごとに分説すると,次のとおりとなる。 A カム板3が前進したときはパンチ8がリテーナーブロツク1の下面からストローク分突出し,且つカム板3が後退したときはパンチ8がリテーナーブロツク1内にストローク分引込む如く構成したプレス用のパンチリテーナー装置において, B カム板3及びパンチ8両移動方向と直方する方向の深横溝1aをリテーナーブロツク1の上面に凹設すると共に該深横溝1a中にパンチ用嵌合孔1bを設け, C パンチ用嵌合孔1bの仮想中心軸とカム板3の移動方向によつて決まる仮想中立面に対し対称な位置に当たる深横溝の溝底に複数個のバネ用有底孔1c・・・1cを設け, D 圧縮バネ10を配して長方形状パンチセツトブロツク2を上下動のみ可能に深横溝1aに嵌合配置し, E 該パンチセツトブロツク2に鍔付きパンチ8の段付孔2aを設け, F カム板3に対応する傾斜面2cをパンチセツトブロツク2に設けたことを特徴とするプレス用パンチリテーナー装置。 (以下「構成要件A」,「構成要件B」などと呼称する。また,構成要件Cの「パンチ用嵌合孔1bの仮想中心軸」を単に「仮想中心軸」と,この仮想中心軸と「カム板3の移動方向によつて決まる仮想中立面」を単に「仮想中立面」という。) 3 原判決の理由の骨子 (1) 実用新案権侵害について 被控訴人製品は,構成要件C「パンチ用嵌合孔1bの仮想中心軸とカム板3の移動方向によつて決まる仮想中立面に対し対称な位置に当る深横溝の溝底に複数個のバネ用有底孔1c・・・1cを設け・・・」を充足しない。すなわち,本件考案に係る明細書(甲第2号証は,その内容を表す公開公報である。以下「本件公報」という。)の記載,従来技術に照らし,構成要件Cの「仮想中立面に対し対称」における「対称」は,「面対称」のことであるであると理解すべきであるのに,被控訴人製品はそうなっていない(対称位置に孔はあるが,その深さ,ボルトのあるなし,底のあるなし,バネの強さに違いがある。)。 (2) 不正競争防止法違反について ア プレス用パンチリテーナー装置に,「チェンジリテーナー」の名称を付して販売しているのは,控訴人ではなく,日本デイトン・プログレス株式会社(以下「デイトン」という。)である。すなわち,同社が,控訴人の製造したプレス用パンチリテーナー装置(以下「控訴人製品」という。)のOEM提供を受け,これを販売している。控訴人が,本件商標の付された控訴人製品について,その製造・販売等の業務に主体的に関与する事業主体である,ということはできないから,不正競争防止法2条1項1号,2号の「他人」に該当しない。また,同法3条の「不正競争によって営業上の利益を侵害された者」に該当するともいうこともできない。 イ 「チェンジリテーナ」は,"change"と"retainer"から成る。いずれも,この種パンチ保持器の機能に係る言葉であり,しかも一般的なものである。本件標章は説明的なものであって,もともと自他商品識別力が弱い。 この「チェンジリテーナ」の語は,複数の業者が製造している特定の用途・形態のプレス用パンチリテーナー装置を表す普通名称ないし慣用表示として用いられている。 特定企業の商品等表示として周知性ないし著名性があったとは認められない。 (3) 商標権侵害について 上記(2)イの事実から,本件商標は,商品の普通名称を普通に用いられる方法で表示する標章のみから成る商標である,ということができる。したがって,本件商標は,無効事由(商標法46条1項1号(3条1項1号)該当性)を有することが明らかであるから,これに基づく損害賠償請求は,権利の濫用に当たる。 また,本件商標の登録出願時(平成10年8月31日),「チェンジリテーナー」の語は,普通名称ないし慣用表示として用いられていたことを併せ考えると,被控訴人による本件標章の使用には,商標法26条1項2号の適用があり,商標権の効力が及ばない,というべきである。 (4) 不法行為について 被控訴人が本件標章を使用することは,不正競争防止法ないし商標法により違法とされるものではない。 被控訴人による本件標章の使用が控訴人との間で背信行為に当たるなど,特段の事情も認められない。不法行為の成立を認めることはできない。 |
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当事者の主張
当事者双方の主張は,次のとおり付加するほか,原判決の「事実及び理由」の「第2 事案の概要」及び「第3 争点に関する当事者の主張」記載のとおりであるから,これを引用する。 1 当審における控訴人の主張の要点 (1) 実用新案権の侵害について(文言侵害) ア 本件考案の目的は,@カム板の誤作動(後退)・パンチの誤作動を防止すること,A市販のJIS規格の鍔付きパンチを使用できるようにすること,である。この点は,原判決の認定したとおりである。 イ 原判決は,実開昭61-97325号公報(乙第14号証,以下「乙14公報」といい,これに記載された考案を「乙14考案」という。)を挙げ,これが,本件考案におけるのと同様の課題を解決するために考案されたものである,とする。 しかし,乙14考案は,「比較的小さなリターンスプリング例えば小径のコイルリターンスプリングを用いた場合にあっても,大きなバネ力が得られるため,移動パッキングプレートを退出位置としたときには,パンチを金型ホルダへ向けて確実に変位させることができる。」(5頁3行目〜8行目),としている。すなわち,この発明は,バネの強力な力によってパンチを素早く動かすことができる,というものであり,本件考案の目的とされている誤作動を防止することや,汎用の鍔付きパンチの使用を可能にすることは目的としていない。 現実に,この考案では,パンチを固定する役割を果たすのは基本的にパンチ取付孔11しかなく,バネ座用ワッシャ21は,単にバネを受ける支えとしてのみ作用し,パンチの大径頭部7aが同ワッシャの上部に飛び出ていて移動パッキングプレート15に接触するため,パンチで打ち抜くたびに,パンチがぐらついてしまい,これが誤動作の原因となる。 解決課題が異なる乙14考案と比較して,本件考案の特徴を把握するのは,誤った方法である。 ウ 本件考案が目的とする上記@の誤動作は,パンチを突出させた状態で,衝撃や振動によりカム板が後退することである。バネの強さは,パンチの突出力には何ら影響しない。バネは,パンチをパンチブロックごと引っ込ませる(上昇させる)ときに作用するだけである。 本件考案の本質的な構成は,以下のとおりである。 (ア) カム板及びパンチ8両移動方向と直方する方向の深横溝1aをリテーナーブロック1の上面に凹設すると共に該深横溝1a中にパンチ用嵌合孔1bを設け(構成要件B) (イ) 圧縮バネ10を配して長方形状パンチセットブロック2を上下動のみ可能に深横溝1aに嵌合配置し(構成要件D) (ウ) 該パンチセットブロック2に鍔付きパンチ2aの段付孔を設けて(構成要件E) (エ) (パンチを同ブロックに完全に嵌め込むことができるようにし,パンチをパンチセットブロック2と一体的に上下動させるために)カム板3に対応する傾斜面2cをパンチセットブロック2に設けた(構成要件F)。 これにより,パンチを突出させた状態で,パンチは, @ パンチ用嵌合孔1bのみならず, A パンチの鍔(大径頭部)が上部に出ないように嵌め込まれたパンチセットブロック2と B パンチセットブロック2をがっちりと嵌め込む深横溝1a, C そして,パンチセットブロック2がその上面に完全に密着したカム板3と D その下面に完全に密着した深横溝の溝底に挟まれることにより, 完全に固定されている。また,パンチセットブロック2が長方形状であり,カム板との摩擦による生じ得る摩耗に強い(乙第24号証)。 これに対し,乙第12号証ないし第14号証の考案の構成では,ポンチリテーナー,パンチが円形であり,これらを下方に押し込む部材との接触面積が大きいことから,早期摩耗が避けられない。そのため,パンチを前後にぐらつかせることになり,その衝撃や振動がカム板を後退させる原因となる。 エ パンチの誤作動の防止において,これを突出させるばねの弾力が左右で均等である必要は全くない。このバネが,パンチセットブロックを下方向から押し上げ,カム板に密着させるものであれば,パンチは左右にぶれることなく下方に突出できる。 オ 以上のとおりであるから,構成要件Cは,本件考案の構成要件ではあっても,その特徴となるものではない。 したがって,本件考案の技術的特徴が,単にスプリングのための孔をパンチの周回り方向に配置するだけでなく,孔をパンチ孔の仮想中心軸とカム板の進行方向で構成される仮想中立面に対して対称な位置に設けること,すなわち構成要件Cにあるとした原判決の理由付けには,誤りがある。 構成要件Cが本件考案において有する意味がこのようなものにすぎない以上,これを厳格に解釈する必要は全くない。たとい,被控訴人製品のバネ用有底孔の深横溝の溝底における位置が仮想中立面に対して「面対称」ではないとしても,それを構成要件Cにいう「対称」であるとすることに,何の不都合もないというべきである。 カ 被控訴人は,本件考案が無効である,と主張する。 本件公報の記載に不備があることは認める。しかし,それを全体として理解すれば,「その考案の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をできる程度」の記載はある。 また,被控訴人は,カム板の誤動作の防止のためには,エアーシリンダーの構成を工夫して,カム板が誤って後退しないようすることが,構成として必須であるとし ,これに関し,本件考案の明細書の記載には不備がある,と主張する。 しかし,カム板をいったん保持すること自体は,この種装置において当然のことである(そうあるからこそ穴開けができる。)から,「考案の詳細な説明に記載した考案の構成に欠くことができない事項のみを記載」していることも明らかである。 そもそも,エアーシリンダーの構成を工夫して,カム板が誤って動かないようにしても,上記のような衝撃・振動があれば,カム板の後退は起こり得る。 (2) 実用新案権の侵害について(均等論) 仮に,構成要件Cの解釈を原判決が認定したように解釈すべきであるとしても,本件では,均等侵害が成立する。 前記のとおり,本件考案において,バネ用有底孔を,仮想中立面に対し面対称に設けることは,考案の本質的部分ではなく,それを面対称に設けなくても,パンチの誤動作防止,汎用のパンチの使用という,本件考案と同一の作用効果を得ることができる。 バネ用有底孔を,仮想中立面に対し面対称の位置に設ける代わりに,仮想中心軸に線対称に設けることに,当業者は容易に想到できる。 本件考案は,その登録出願時に容易に推考できたものではない。 被控訴人製品の構成を,本件考案の出願手続において,請求の範囲から意識的に除外したという特段の事情もない。 したがって,均等侵害が成立する。 (3) 不正競争防止法違反について ア パンチを突出させたり引っ込ませたりする機能を有するパンチの保持具は,業者ごとに呼び名が異なっている。 例えば,株式会社ミスミ(以下「ミスミ」という。)の「セレクトリテーナー」のほか,三協オイルレス工業株式会社(以下「三協」という。)の「パンチ切替ユニット」,アメリカのレイン社(以下「レイン」という。)の「クイックリテーナー」などである。業界では,これらとデイトンとで,プレス用パンチリテーナー装置のほぼすべてのシェア(市場占有率)を占める。 以上のとおり,この業界では,個々の業者が異なる標章を用いており,これにより,どの業者の製品であるか容易に認識できた。特定の業者しか用いない標章であって,これを見ればどの業者の製品であるか即時認識できるようなものを,普通名称や一般名称などとということはできない(甲第24号証ないし第36号証)。 被控訴人が本件標章の使用を開始した平成8年以前に,控訴人ないしデイトン以外の会社で,本件標章を用いていた者は皆無であった。平成8年以後,本件標章を用いていた者は,デイトンのほかは被控訴人だけである。 被控訴人は,平成8年以降,本件標章を付したプレス用パンチリテーナー装置が,デイトン製のものか被控訴人製のものか区別できなくなったことをもって,本件標章が出所識別機能を喪失したとする一つの論拠とする。しかし,被控訴人自らの行為により生じた状況をもって,本件標章の出所識別機能がなくなったとするのは,不当である。被控訴人の主張は,むしろ,被控訴人の行為が出所の混同を生じさせたことを自認するものというべきである。 そもそも,デイトンの製品と被控訴人製品との出所が混同される状況をあることをもって,他の業者の製品との混同も生じている,などといい得ないことは明らかである。 イ 原判決は,「証拠(乙3の1)及び弁論の全趣旨によれば,スズキの平成8年5月13日付けの「スズキ技術企画」においては,購入メーカーがミスミであるにもかかわらず「チェンジリテーナー」と記載されているのである」(原判決35頁20行目〜23行目),としている。しかし,購入メーカーがミスミであるものは,あくまでパンチであり,リテーナー装置ではない。乙第3号証の1の記載をもって,プレス用パンチリテーナー装置の普通名称が何であるかを認定することはできない。 ウ 原判決は,「(なお,原告は,不正競争防止法2条1項1号,2号の「他人」に該当しなくても,同法に基づく請求の主体となり得る旨を主張するが,明文に反する独自の主張であって,失当である。)」(原判決31頁14行目〜17行目),とする。 しかし,控訴人は,そのような主張はしていない。あくまで,控訴人が不正競争防止法3条の主体である,ということを主張している。同法2条1項1号,2号の主体たり得るかを争点とはしていない。そして,同法3条には,文言上,同法2条1項1号,2号の「他人」でなければならないとはされていないから,反対解釈により,その「他人」でなくても,同法3条の請求主体になり得ると解すべきである。 本件では,被控訴人の行為(周知表示混同惹起行為ないし著名表示冒用行為)により,デイトンの販売数が減少し,売上げが減って,その結果,デイトンにOEM供給している控訴人の売上げも減少している。控訴人が,被控訴人の不正競争行為により,営業上の利益を侵害されていることは明らかである。 エ アで述べたとおり,「チェンジリテーナー」が,控訴人ないしデイトンが製造販売するプレス用パンチリテーナー装置を指す標章であることは,業界の常識である。自他商品識別力が低いなどということはできない。 原判決が挙げている本件標章の使用例も,実際は,被控訴人の製品を除いては,すべてデイトンの製品に係るものである(甲第8号証の1ないし4,乙第1号証,第2号証,第3号証の1,第6号証,第7号証)。 (4) 商標権侵害について 前記のとおり,本件商標の登録査定時(登録時である平成11年11月5日より少し前),本件標章が,普通名称ないし慣用表示であった,とすることはできない。この点について,反対の前提事実に立って,本件商標登録に無効理由があるとし,商標権侵害に基づく請求が権利濫用であるなどとしたのは,原判決の誤りである。 2 被控訴人の反論の要点 (1) 控訴人の主張(1)(実用新案権の文言侵害)に対して ア 控訴人が挙げる原判決の説示を,乙14公報が本件発明と同様の課題を解決することを目的としていたとするもの,と理解すべきではない。 原判決は,リターンスプリングを周回り方向に間隔を開けて配置する構成のプレス金型は,本件考案の出願日には,既に公知の構成になっていた,ということを,乙14考案によって認定し,このことを前提に,この構成と比較して,本件考案の技術的特徴を認定しているのである。乙14考案を本件考案の同様の課題を解決するためのものであると理解しているのではない。 仮に,原判決の説示を,控訴人主張のように理解したとしても,その説示に誤りはない。すなわち,乙14考案は,パンチの周回りに間隔を開けてリターンスプリングを配置する構成を採用することにより,パンチを正確かつ安定的に変位させるものである。本件考案も,左右にぶれることなく,正確かつ安定的にパンチを変位させ,緩衝によるパンチの誤作動を防止するものであるから,解決しようとする課題が同様であることは明らかである。 イ 控訴人は,原判決が,仮想中立面の左右でバネの弾力が均一であることにより,パンチの後退という誤動作を防止できる,と認定しているとする。しかし,控訴人のこの要約は不正確である。 原判決は,「・・・仮想中立面の左右において同一にバネによる弾力が加えられていることから,カム板3の下向き斜面3aがパンチセットブロック2の斜面2cに接触して,水平方向の力が垂直方向の下向きの力に変換されてブロック8を押し下げる際に,左右均一に下向きの力が加えられることになり,これによりパンチ8が,左右にぶれることなく,正確かつ安定的に押し下げられることになるのである。」(原判決28頁11行目〜16行目)と認定している。この認定は,技術的に正しい。 そして,原判決は,このことから,構成要件Cにいう「仮想中立面に対し対称」とあるのを,厳格に,仮想中立面に対し面対称な位置に,同一形状のバネ用有底孔が設けられていることを意味する,としている。この原判決の結論も正しい。 ウ 控訴人は,バネは,パンチをパンチセットブロックとともに引っ込ませることに意味があるのであって,パンチを突出させて使用すること(すなわち,下方に変位させること)に関しては,全く意味がない,と主張する。 しかし,本件考案において,パンチ8は,圧縮バネ10の弾力に抗して押し下がるものであるから,この圧縮バネ10の弾力が仮想中立面に対して左右均一でなければ,スムーズ(円滑)にパンチ8を押し下げて突出させることができなくなるのは当然である。 エ 控訴人は,乙14考案で,カム板(移動バッキングプレート)の後退の誤動作が起こるとし,その理由として,パンチを固定する役割を果たすのが,パンチ取付孔11しかなく,パンチの大径頭部7aが移動バッキングプレートに接触するため,パンチを打ち抜くたびにこれがぐらつくからである,とする。 もともと,乙14公報には,カム板の後退という誤動作が起こることそのものについて,何の記載もない。乙14考案において,上記誤動作が生じると断定することはできない。 しかも,本件公報にも,記載の不備がある。すなわち,本件公報の「[考案が解決しようとする問題点]」には,「この考案は,カム板が正確にプレス位置に保持され,緩衝によるパンチの誤動作を避けることが出来る」(2頁3欄3行目〜5行目)としており,控訴人の主張するパンチの後退という誤動作の防止が,本件考案の解決課題であることが示されている。 しかし,この後退防止は,控訴人が主張するような,パンチないしパンチセットブロックの固定によりなされるものではなく,これらを上面から押さえつけるカム板が誤って後退しないようにすること,ひいてはこれを動かすエアーシリンダ5が誤って動作しないようにすることにより達成される。しかし,本件公報に,そのようなことを達成するためのエアーシリンダに関する記載はない。 「[考案の効果]」の記載にも,JIS規格のパンチを利用できることは記載されているが,パンチの誤動作の防止という効果については触れられていない。 オ 控訴人は,バネの弾力が仮想中立面に対して左右不均等に働いたとしても,パンチが不安定となることはない,との主張をする。しかし,前記のとおり,左右均一に下向きの力が加えられることにより,パンチ8が,左右にぶれることなく,正確かつ安定的に押し下げられるものである。控訴人の主張は,技術的に誤っている。 カ 控訴人は,控訴審において,パンチの後退の誤動作の原因として,パンチセットブロックやパンチ自身の摩耗により,前後方向の衝撃や振動が生じて,エアーシリンダのエアーが抜けてしまい,カム板・パンチの後退の誤動作が起こる,ということを補充して主張している。 しかし,本件考案の出願段階の意見書(乙第24号証)には,パンチセットブロックを長方形状にすることにより,摩耗に強くなる,ということが記載されているにすぎず,摩耗についての控訴人が主張するような機序は,全く記載されていない。 エアーシリンダの構造上,エアーが抜けてしまえば,そもそも動作することができない。控訴人の主張は,こじつけである。 本件公報にも,上記のような耐久性や摩耗のことなどは記載されていない。 キ 本件考案の無効理由の主張 前記のとおり,本件考案は,カム板が正確にプレス位置に保持され,緩衝によるパンチの誤動作を避けることを目的としているにもかかわらず,そのための構成が示されていない。 したがって,本件考案は,実用新案法5条3項及び4項,37条1項3号の規定により,無効とされるべきである。 ク 包袋禁反言の主張 本件実用新案は,昭和61年8月18日にその出願がなされ(乙第9号証),これに対し,平成2年2月14日に拒絶理由通知書(乙第11号証)が発せられた。控訴人は,これに対し,平成2年5月14日付け手続補正書(乙第15号証)を提出した。控訴人は,この手続補正書で,構成要件Bを加え,構成要件Cを特化し,引用例(乙第12号証ないし第14号証)との違いを明確にした。これにより,本件考案は,実用新案登録を得るに至った。本件考案が実用新案登録されるに至るまでのこのような経過の下では,構成要件B及びCは,厳格に解釈されるべきである。 意見書(乙第24号証)には,「本願考案のものにおいて,カム板3が第2図の状態から第1図の状態に移動するとき,パンチセットブロツク2を圧縮バネ10に逆つて下方向に押下げると共に左方向に押します。このため鍔付きパンチ8とパンチセツトブロツク2の結合体には反時計回わりの回転モーメントを受けます。」(2頁16行目〜3頁1行目),と述べている。この記載は,パンチセットブロックがカム板により押し下げられるとき,回転モーメントを受けること,そのため,これを正確かつ安定的に押し下げるためには,仮想中立面に対して面対称の位置に同一のバネを設ける必要があることを,うかがわせるものというべきである。 (2) 控訴人の主張(2)(均等論)に対して ア 控訴人の均等侵害の主張は,時機に後れたものであり,却下されるべきである。 イ 前記のとおり,本件考案の出願過程,とりわけ構成要件Cを補正したことから,仮想中立面に対し対称な位置にバネ用有底孔を設けることが,本件考案の本質的部分であることは明らかなことというべきである。 控訴人は,パンチセットブロックの摩耗による衝撃・振動に基づく誤作動の防止を,本件考案の目的として挙げる。しかし,そのようなことは,本件公報には記載されていない。これに着目し,構成要件Cの「仮想中立面に対し対称」の「対称」を,「面対称」と解釈した構成も,そうでない構成も,同一の作用効果を持つとして,均等論の成立を主張することは相当でない。 面対称を線対称に置き換えることが容易であれば,手続補正書(乙第24号証)で,構成要件Cを補正した意義がなくなってしまう。控訴人の主張は,本件考案に進歩性がないといっているのに等しい。 構成要件Cを補正したからこそ,本件考案は登録が認められたものである。その意義は大きいものといわなければならない。 構成要件Cの補正の経緯からは,控訴人が,バネ用有底孔を仮想中立面に対し面対称に設けない構成を,意識的に除外したことが明らかである。 ウ 以上のとおりであるから,均等論も成立しない。 (3) 控訴人の主張(3)(不正競争防止法違反)に対して ア ミスミの「セレクトリテーナー」の標章も三協の「パンチ切替ユニット」の標章も,パンチを突出させたり引っ込ませたりする機能を有する,パンチの保持具であるチェンジリテーナーという種類の商品についての各社の商標にすぎない。 イ 控訴人は,乙第3号証の1の記載は,鍔付きパンチの購入メーカーをミスミにすることをいっているにすぎず,そのパンチは,特定の業者が作るチェンジリテーナー用のものであることを意味している,などとして,原判決の認定を争っている。 しかし,ミスミ製鍔付きパンチは,ミスミ製のセレクトリテーナーにしか使用できないから,これを,他の特定の業者が作るチェンジリテーナーで用いることはできない(乙第3号証の2)。そうすると,乙第3号証の1の記載は,ミスミ製のパンチを,セレクトリテーナーという商標の付されたチェンジリテーナーに使用する,という趣旨にしか理解できない。 ウ 控訴人は,甲第8号証の1ないし4,乙第1号証,第2号証,第3号証の1,第6号証,第7号証には,すべてデイトン製品が挙げられている,と主張する。 しかし,甲第8号証の1ないし4には,「この部品はデイトン製とする。」との記載があり,これは,複数のメーカーがチェンジリテーナーを製造していることを前提としている記載である。乙第1号証,第2号証,第3号証の1についても同様である。 甲第12号証(平成10年12月17日付け三菱自動車作成の書面)には,その標題として,「(株)パンチ工業製チェンジリテーナ購入数量連絡の件」,甲第13号証(平成11年5月21日付けの富士重工業作成の回答書)には,「弊社は,この5年間内において,パンチ工業殿より・・・エアーシリンダータイプのチェンジリテーナと実質的に同一の製品を購入したことがあります。」とある。両社が,チェンジリテーナーには,デイトン製のものしかない,などとは意識していないことが明らかである。 そもそも,仮に,ある標章が,特定の業者しか使用しないものであっても,そのことにより,当然にその標章が普通名称や一般名称でなくなる,というものではない。しかも,控訴人は,平成8年以降,本件標章を付されたプレス用パンチリテーナー装置が,その標章からだけでは,デイトン製のものか被控訴人のものか区別できなくなったこと,すなわち,自他識別力を失ったことを認めている。これは,本件標章が,普通名称ないし慣用表示となったことを認めたことにほかならない。 エ 控訴人は,不正競争防止法2条1項1号,2号に基づく主張はしていない,と主張する。しかし,控訴人の主張は,原判決が説示したとおりのものとしか理解できない。そして,上記各号の主体でない以上,控訴人が,同法3条の請求主体になり得ないことも明らかである。 (4) 控訴人の主張(4)(商標権侵害)に対して 争う。 控訴人は,「チェンジリテーナー」が,デイトン製品の出所表示機能を有するものである,と主張している。仮にそうであるとすれば,本件商標は,商標法4条1項10号により無効である。 |
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当裁判所の判断
当裁判所も,控訴人の請求は理由がないものと判断する。その理由は,次のとおり付加するほか,原判決の「事実及び理由」の「第4 当裁判所の判断」のとおりであるから,これを引用する。 1 実用新案権の侵害(文言侵害)について (1) 本件考案の出願過程において,特許庁が発した拒絶理由通知書(乙第11号証)には,以下のような記載がある。 「本願考案におけるリテーナーブロック,パンチセットブロックは,引例1(判決注・乙第12号証の実用新案公報を指す。)に記載された考案におけるホルダーブロック5,ポンチリテーナ7に相当する。 リテーナーブロックに設ける弾性部材として圧縮バネを用いることは,引例2(判決注・乙第13号証の実用新案公報を指す。)及び3(判決注・乙第14号証の実用新案公報を指す。)の記載に基いて当業者がきわめて容易に想到し得るものと認める。」との記載がある。 (2) これに対し,控訴人は,平成2年5月14日付け手続補正書(乙第15号証)を提出した。この中で,控訴人は,従前の請求項が, 「カム板(3)が前進したときはパンチ(8)がリテーナーブロツク(1)の下面からストローク分突出し,且つカム板(3)が後退したときはパンチ(8)がリテーナーブロツク(1)内にストローク分引込む如く構成したプレス用のパンチリテーナー装置において, リテーナーブロック(1)に圧縮バネ(10)を配してパンチセツトブロツク(2)を上下動のみ可能に嵌合配置し, 該パンチセツトブロツク(2)に鍔付きパンチ(8)の段付孔(2a)を設け, カム板(3)に対応する傾斜面(2c)をパンチセツトブロツク(2)に設けたことを特徴とするプレス用パンチリテーナー装置。」(乙第9号証) とあったものを,前記のとおり 「カム板(3)が前進したときはパンチ(8)がリテーナーブロツク(1)の下面からストローク分突出し,且つカム板(3)が後退したときはパンチ(8)がリテーナーブロツク(1)内にストローク分引込む如く構成したプレス用のパンチリテーナー装置において, カム板(3)及びパンチ(8)両移動方向と直方する方向の深横溝(1a)をリテーナーブロツク(1)の上面に凹設すると共に該深横溝(1a)中にパンチ用嵌合孔(1b)を設け, パンチ用嵌合孔(1b)の仮想中心軸とカム板(3)の移動方向によつて決まる仮想中立面に対し対称な位置に当る深横溝の溝底に複数個のバネ用有底孔(1c)・・・(1c)を設け, 圧縮バネ(10)を配して長方形状 パンチセツトブロツク(2)を上下動のみ可能に深横溝(1a)に嵌合配置し, 該パンチセツトブロツク(2)に鍔付きパンチ(8)の段付孔(2a)を設け, カム板(3)に対応する傾斜面(2c)をパンチセツトブロツク(2)に設けたことを特徴とするプレス用パンチリテーナー装置。」(判決注・下線部が,補正により付加された部分である。) としたものである。また,これに対応して,考案の詳細な説明の記載も一部訂正した。 すなわち,構成要件Cは,補正により新たに付け加えられたものであり,しかも,その文言をみれば,圧縮バネを配置する位置を,「仮想中立面に対し対称な位置」に限定するものであることが,明らかである。 (3) この補正に関し,控訴人は,同日付意見書(乙第24号証)で次のように述べている。 「(イ) 実開昭61-117328号のマイクロフィルム(引用例1)(判決注・乙第12号証を指す。)の第4頁第3〜4行目「ホルダブロツク5の摺動孔6に摺動自在となしたポンチリテーナ7」の記載されており,ポンチリテーナ7は円柱状の形状をしています。それ故,打分け作動部材11によつて,ポンチリテーナ7を下方に押出すとき,打分け作動部材11は円柱の端面の一点から当ることになり,早期に摩耗することが避けられません。 これに対し,本願考案のものはパンチセツトブロツク2が長方形なので,カム板3が前進するとき,斜面2c,3aが面接触又は線接触するので,引用例のものと比べて耐久性があります。 (ロ) 本願考案のものにおいて,カム板3が第2図の状態から第1図の状態に移動するとき,パンチセツトブロツク2を圧縮バネ10に逆って下方向に押下げると共に左方向に押します。このため鍔付きパンチ8とパンチセツトブロツク2の結合体には反時計回わりの回転モーメントを受けます。この回転モーメントに対して生じる抵抗モーメントは,リテーナーブロツクの深横溝1a部の左上隅と,パンチ用嵌合孔1bの右下隅とに最大の圧縮応力を生じますが,抵抗モーメントの腕の長さが最大応力を生じる2点間のリテーナーブロツクの高さだけありますので,最大圧縮応力値はそれ程大きくありません。 引用例1のものは,打分け作動部材11を押込むときポンチリテーナ7に生じる回転モーメントを,ホルダブロツク5と接触しているポンチリテーナ7だけで受けますので,抵抗モーメントの腕の長さが短く,ポンチリテーナ7がこじられるのが避けられません。 (ハ) 引用例2(判決注・乙第13号証を指す。)のものは,パンチ7の大径頭部7aが円形で,且つ移動バツキングプレート15の押込みが生じるモーメントをパンチ中径部7bとリテーナ5のパンチ取付孔11の間のみで受けるため大径頭部7aが摩耗し易く,パンチ取付孔11よりも上側に突出しているところのパンチ部分が大きいので,取付孔11が大きくこじられ,取付孔11及び中径部7bの早期摩耗が避けられません。 (イ)で述べた如く,本願考案においては,パンチセツトブロツク2が長方形なので,摩耗量が少なくなります。また(ロ)で述べた如くパンチセツトブロツク2と鍔付きパンチ8に生じる抵抗モーメントは,・・・最大応力値が低く摩耗量を少なくすることが出来ます。」(2頁1行目〜4頁10行目) (4) 控訴人は,当初の明細書,手続補正書,意見書を通じて,本件考案の解決課題の一つである,「カム板が正確にプレス位置に保持され,緩衝によるパンチの誤動作を避けることが出来る」との点が,本件考案の構成によりどのように解決されるかにつき,述べていない。 上記手続補正においても,結局,早期摩耗が避けられることしか述べておらず,しかも,このことと補正により付け加えられた内容との関係についても,パンチセットブロック2を長方形状としたこと以外は,明確な説明がない。 もっとも,上記意見書の記載からは,本件考案において,パンチの側面の一部が,パンチセットブロックの段付孔に密着し,パンチセットブロックの側面がリテーナーブロックの深横溝に密着し,また,パンチの側面の別の一部が,リテーナーブロックのパンチ用嵌合孔に密着し,もって,パンチセットブロック及びパンチの側面の全部ないしその大部分(パンチが引っ込んだ状態)が,リテーナーブロックにより確実に保持されていることにより,カム板により押されてもこじられず,摩耗が少なくなる,と理解することができる。 (5) 控訴人が意見書で言及している機序は,要するに,パンチ及びパンチセットブロックが,カム板により下方に押されて突出する際,カム板に近い部分が先に押され,そこに強い力がかかって,カム板の進行方向に向かって少し傾いた(あるいはゆがんだ)状態で沈降することにより,早期摩耗が発生する,というものである。 このことを参考にすると,構成要件Cの「仮想中立面」に対して,面対称にバネ用有底孔が設けられていない場合には,パンチセットブロックやパンチには,沈む動きに不均衡が生じ,ゆがみや傾きが生じ得ること,これが,摩耗につながることも,また明らかである。 確かに,これは,控訴人が意見書でいうところの,カム板がパンチセットブロックやパンチをこじろうとして生じるゆがみ等と比べて小さいものであると認められ,また,発生の機序も異なる(意見書のものは,主に,カム板が,その進行方向に向かって,パンチセットブロック及びパンチを押すことによって生じるものと認められる。)。さらに,これらの問題は,前記のとおり,パンチセットブロックないしパンチが上下動以外の動きをしないように把持されているという本件考案の構成により,ほとんど解決し得るものとはいえよう。 しかし,構成要件Cの仮想中立面に対し面対称にバネ用有底孔を設け,そこに設けたバネにより,仮想中立面の左右において均等にパンチセットブロックないしパンチを押し上げさせる力を働かせ,もってカム板がそれらを押し下げる力,動きについても仮想中立面の左右で不均等を生じさせず,スムーズ(円滑)にパンチセットブロック及びパンチを変位させる,ということには,たとい微弱なものであっても,なお,控訴人が意見書で強調している早期摩耗の防止という技術的意義がある。そのためには,構成要件Cが,厳密な意味で「仮想中立面」に対し面対称にバネ用有底孔を設けることを定めている,と解すべきである。 構成要件Cを厳密に解して,バネ用有底孔を仮想中立面に面対称に配置することにより,左右方向に均等に押下げ力が働くようにすると,パンチセットブロック及びパンチのスムーズ(円滑)な押下げと元の位置への復帰という,作用効果を果たすことができる。このこと自体は,被控訴人も主張するところである。 (6) 以上のとおり,「仮想中立面に対し」て「面対称」であるとして,厳密に解釈した構成要件Cには,技術的意義があり,これは,控訴人自身意見書において述べている。仮想中立面に対し,面対称であるものとして厳格に解釈する必要はない,とする控訴人の主張は,採用できない。 (7) よって,文言侵害は成立しない。 2 実用新案権の侵害(均等論)について 控訴人は,均等論の主張をするが,これも採用できない。 前記1(1)及び(2)で認定したとおり,構成要件Cは,補正により新たに付け加えられた要件である。そうすると,この補正により,控訴人は,仮想中立面に対し「面対称」でない構成を,意識的に除外したものというべきである。 以上のとおりであるから,均等論に基づく侵害も成立しない。 3 不正競争防止法違反について (1) 控訴人は,本件標章が普通名称ないし慣用表示として用いられていないことの追加立証として,陳述書(甲第24号証ないし第34号証)を提出する。 (2) 甲第24号証には,本件標章を特許明細書中に使用したのは,同号証に記載された発明が本件考案の改良発明であるためであり,その使用を被控訴人が許可していたとの記載がある(その特許出願は,平成9年3月3日及び同月17日である。乙第6号証,第7号証)。 しかし,何らの注記もなく本件標章を用いること自体,本件標章を普通名称ないし慣用表示として用いるものであり,そうなることに寄与するものである。 (3) 甲第25号証には,本件標章を用いれば,それだけでデイトンの製品を指すと分かるものであり,甲第8号証の1ないし4の「この部品はデイトン製とする。」との記載は,注意的な記載である,との記載がある。 しかし,「この部品はデイトン製とする。」との記載は,甲第8号証の1ないし4が装置の仕様書であることをも考慮すると,「チェンジリテーナー」の名称が付された製品を,その製造業者で特定する記載と解するのが最も自然かつ合理的である。そして,これからは,「チェンジリテーナー」の名称だけでは,どの業者の製造販売に係る製品か特定できない状況にあった,との事実を認めることができるのである。 (4) 甲第26号証から第33号証までは,基本的に同文の陳述書である(作成者の勤務先と勤務開始年が異なる。)。 これらにより,被控訴人製品と同種の製品につき,ミスミ,三協及びレインで,異なる標章を付していたことを認めることはできる。しかし,このことは,本件標章が普通名称ないし慣用表示となっていたことと,基本的に両立し得ないことではない。例えば,乙第3号証の1に記載されているとおり,ミスミ製の部品も,「(チェンジリテーナー用)」と呼称されており,このことは,本件標章が普通名称ないし慣用表示となっていた,と考えさせる一資料となる。 控訴人は,この乙第3号証の1の付表3の意味は,ミスミ製のパンチを買い,それをデイトンの製品につけることを意味している,と主張する。しかし,ミスミ製のパンチは,ミスミ製の「セレクトリテーナー」にしか使用できないものであるから(甲第35号証,弁論の全趣旨),結局,この「セレクトリテーナー」用の鍔付きパンチを,「チェンジリテーナー用」鍔付きパンチと呼称している,としか理解できない。 (5) 甲第34号証の陳述書も,基本的に上記各陳述書と同じ内容である。 なお,同陳述書は,業者ごとに異なる名称を製品に付し,これにより製品の識別ができているとする例を挙げる。 しかし,この陳述書が挙げる例は,ガスクッションの製品についての,「タンカー」,「カラー」,「パスカル」,「キリー」,「ダドコ」という名称を挙げるものである。少なくとも,その種製品の持つ一般的な機能と名称の意味との関連性は明らかでない。 原判決が説示するとおり,「チェンジリテーナー」は,プレス用パンチリテーナー装置の持つ一般的な機能を表す普通の語の組合せであり,取引者が,そうした機能を持つパンチ保持具を指すと容易に理解できるものである。そして,原判決は,甲第8号証の1ないし4,乙1号証ないし第3号証,第6号証,第7号証から,本件標章が,特定の業者の製品の名称として用いられていないとして,それが普通名称ないし慣用表示となっていることを認定している。上記事例の存在は,その認定を揺るがすものではない。 (6) 本件標章が,普通名称ないし慣用表示であるとした原判決の判断に誤りはない。したがって,本件商標は,控訴人の製品に関し,周知ないし著名な商品等表示とはいえないから,被控訴人が,その製品に本件標章を付したことは,不正競争防止法2条1項1号,2号に該当しない。 控訴人は,不正競争防止法3条に基づく請求をしているのであって,同条1項1号,2号に基づく請求はしていない,とする。 しかし,控訴人が,「不正競争により営業上の利益を侵害され」た事実として挙げるものは,「被控訴人が本件表示(判決注・本件標章を指す。)を被控訴人(判決注・「控訴人」の誤記と認める。)に無断で使用すること(周知表示混同惹起行為ないし著名表示冒用行為)により,デイトン(控訴人)のものと被控訴人のものの判別が困難となり,あるいは,被控訴人が本件表示の著名性を利用することで売上をあげ,デイトンはそのことにより,販売数を減少させ,営業上の利益を侵害されている。そして,デイトンへのOEM供給の生産元である控訴人も,デイトンへの上記販売数の減少にともない,デイトンへの販売数を減少させ,デイトンへの売上(営業利益)を減少させており,営業上の利益を侵害されているのである。」(控訴理由書8頁8行目〜15行目)である。すなわち,控訴人は,本件標章が周知ないし著名な商品等表示であることを前提に,営業上の利益の侵害を主張している者である。 したがって,仮に,不正競争防止法3条の請求主体が,同法2条1項1号,2号の「他人」でなくてもよいとしても,本件標章を周知ないし著名な商品等表示であるとし得ない以上,不正競争防止法3条に基づく請求ができないことは明らかである。 4 商標権侵害について 上に述べたところによれば,本件商標は,その登録審査時(登録日である平成11年11月5日の少し前)において,商品の普通名称を普通に用いられる方法で表示する標章のみから成る商標であったことが明らかである(甲第14号証,第15号証)。 本件商標の登録には,商標法46条1項1号,同法3条1項1号の無効理由があることが明らかであり,また,控訴人による本件標章の使用には,商標法26条1項2号により商標権の効力が及ばないとした原判決の判断に,誤りはない。 5 結論 以上検討したところによれば,控訴人の請求は理由がないことが明らかであり,これを棄却した原判決は相当であって,本件控訴は理由がない。そこで,これを棄却することとし,当審における訴訟費用の負担について民事訴訟法67条,61条を適用して,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 山下和明 |
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裁判官 | 設樂隆一 |
裁判官 | 高瀬順久 |